黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第12話 光失われし大神殿

「リィンさんには伝えてきました」

 エリア間転移でアニエスが戻ってくる。彼女には伝令を頼んでいた。

 シュバルツァーに伝えれば《ARCUS》持ちには全員に通達してくれるだろう。《Xipha》と《ARCUS》の互換性がないのはやはり不便だ。どうにかして互いに導力通信ができるようになればいいのだが。

「さて……いよいよ四つ目の新エリアのご登場か。街、城、ミシュラムと来て、次は何が待ち構えてんだろうな」

 アークライド事務所エリアの崖際、ヴァンは深い藍色に輝く新たな《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》を見据えた。

 彼の後ろにはアニエス、アーロン、フェリ、リゼット、エレインと、カルバードチームが揃い踏みだ。

「お待たせ――って、あら? 一番乗りかしら」

 スカーレットに続き、シャロン、クレアが現れる。お姉さんチームだ。

「ちょうどいいわ。ヴァンに報告よ。ミシュラムのステージで囚われている人間を見つけた。名前はヴィータ・クロチルダ」

「ヴィータ……? その名前どこかで……」

 聞き覚えはあるが思い出せないヴァンに、横からアニエスが言った。

「有名な帝国のオペラ歌手ですよ。しばらく休業するとかメディアで報じられていました。ですがどうして彼女まで《ロア=ヘルヘイム》に囚われているんでしょう?」

「またお前さんたちの知り合いか? マジで大物ばっかりだな」

 肩をすくめるヴァンに、シャロンが答えた。

「少々わたくし達と縁がありまして。話すと長いので割愛しますが、その方は魔女なんです」

「割愛された内容が気になりすぎる……」

 魔女とは帝国の伝承の一つらしい。すでにバラエティーに富んだ同行者たちばかりなのだから、今更仰天するほどの衝撃はない。

 エレボニアは精霊信仰があったりと、その手の伝え話が豊富なのだとアニエスが教えてくれた。彼女も彼女でおとぎ話は好きな性格で、かなり詳しいようだ。

 そのヴィータだが、サラ・バレスタインと同じく固有の望みに囚われており、現状での夢からの開放は難しいとのことだった。なので一旦は放置するしかなかった。

 不可思議な術を操る魔女というなら、何かと役には立ってくれそうなのだが。

「トールズⅦ組、五名到着だ」

 リィンを筆頭に、ラウラ、フィー、クロウ、ミリアムが現れる。

 彼らを皮切りに、続々と転移してきた。

「ロイヤルチーム馳せ参じたよ。さあ、張り切って行こうじゃないか」

 オリヴァルト、シェラザード、アルフィン、セドリック、クローゼのやんごとなき方々に混じって、「わたくしはロイヤルじゃありませんけど!?」とデュバリィが登場する。彼らの後ろに控えるエリゼもロイヤルではないが、皇族のノリには慣れているらしく、いたって普通だ。

「特務支援課、参上だぜ!」

 ジャンプしながら転移してきたのか、ランディ、ティオ、ワジがスタイリッシュに着地した。

「分校Ⅶ組。アルティナ・オライオン、アッシュ・カーバイドの二名合流します。トイレお借りします」

 出現と同時に、《クラウ=ソラス》と融合型のトランスを果たしたアルティナは、ゴッと風を切ってアークライド事務所に突撃した。事務所の壁に穴を空ける勢いで――というか、躊躇なくレーザーで壁面を穿ち、その破孔から猛スピードでトイレへと消えていく。

 いや、済ませてこいよ、トイレくらい。アッシュが含み笑いを浮かべる辺り、何か深い事情があるのかもしれなかったが。

 そして最後の一組。

『毎度おなじみ、遊撃士協会《ロア=ヘルヘイム》支部~。民間の皆様の心強い味方~』

 荷台に乗ったトヴァルがメガホンで声を響かせながら、導力トラックでの登場だ。運転席はジン、助手席はアガット。

 なぜか転移ではなく、《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》でこのエリアまで走ってきたらしい。赤色の橋なのでヘイムダルエリアから戻ってきたようだ。「あれに同行してなくてよかった……」と、エレインが心の底からつぶやいていた。

 これで全員である。

「いつでも出発できるが、その前にこれを積んでくれるか? トラックがあるならちょうどいい」

 メンバーの名前が張られた木箱である。ミシュラムエリアの主格者であるティオから渡されたもので、開くこともできず、一箱ずつ貼られた札にはなぜかカルバード組の名前だけがない。

 男手で木箱を荷台に積み込む傍ら、ヴァンはティオに訊いた。

「中身がなんなのか、本当にわからないのか?」

「ええ。その箱のことはまったく覚えがないです。私が用意したものじゃない気がします」

 《ロア=ヘルヘイム》に来てからの記憶の混濁はほぼ無くなっているティオだが、木箱に関しては心当たりさえないという。

 遊撃士トラックへの積み込みが終わると、ヴァンは自分のピックアップトラックに乗り込んだ。残りのカルバードチームも順に乗る。

 完全な定員オーバーだが、法律のない世界である。この手のことには固いエレインも黙認してくれた。

 助手席にアーロン、後部座席に女性陣三人。そしてリゼットの膝の上にフェリという配置だ。

「リゼット。フェリを抱えたまま離すなよ」

「かしこまりました。フェリ様の安全はお守りします」

「そうじゃねえ。フェリを拘束することで、俺の愛車の安全を守るんだ」

 首をかしげるフェリは、自身が破壊の権化である自覚がないようだった。

「例によって俺たちが先行する。お前さんたちは後続で来てくれ」

 車窓からリィンたちに告げると、ヴァンはアクセルを踏み込んだ。

 ピックアップトラックが藍色の《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》を進む。すぐに霧が漂い始め、視界が白く濁っていった。

 やがて長い橋を渡りきると、開けた場所に出た。前方に新たなエリアの輪郭がぼんやりと浮かんでいる。

 しばらくすると、リィンたちも追いついてきた。

「霧が濃いな……もう少し進んでみるか。全員はぐれんなよ」

 その時、鐘の音が鳴り響いた。濃霧の中で、ガランガランと断続的に轟く。

「なんだ、教会か?」

「いや、教会じゃない。どこかこの音には覚えがあるが……――っ!? ヴァン! 木箱が開いてるぞ!」

 リィンがトラックの荷台を指さす。どうやっても開かなかった木箱のふたが、鐘の音に合わせるように勝手に一つずつ開いていた。

「ヴァンさん、こちらも! 霧が少し薄まってきたので、このエリアの様子が――」

 アニエスの言葉が途中で止まる。振り返って彼女の視線を追ったヴァンも、思いがけず開口したまま制止してしまった。

 物々しい柵門の向こう側に、とんでもなく広範囲に渡り建物が続いている。

 しかもこの独特の形、雰囲気、見える限りの設備。誰しも一度は目にしたことがあるだろうそれは、学び舎だった。ただし、とてつもなく大きな規模の。

「間違いねえ……! ここは学校エリアだ!」

 だとすれば、まさか木箱に入っているのは。

 ヴァンは遊撃士トラックの荷台に飛び乗って、適当な箱の一つから無造作に中身を取り出す。

「だよな、やっぱり。あー、くそ! そういうことかよ!」

 第四エリアの攻略キーアイテムは、制服だった。

 

 

《★――第12話 光失われし大神殿――★》

 

 

 リベール、クロスベル、エレボニア。例によってあらゆる国の教育機関が融合されているのが、この学校エリアだった。

「あの頃とそのままだなんて……」

 木目調の床を懐かしむように踏みながら、クローゼはその空間の細部までを見回した。

 ジェニス王立学園の本館である。リベールのルーアン地方にある学校だが、この本館だけではなくクラブハウスや学生寮、果ては本館裏の旧校舎まで再現されていた。

 再現というなら、自分の恰好もそうか。“クローゼ”と貼られた木箱から出てきた制服は、まさにジェニス王立学園のそれだった。

 紺と赤のコントラストのブラウスに、清潔感のあるホワイトスカート。元々この学園に通っていただけに収まりはいいのだが、二十歳を過ぎて当時の制服に袖を通すとは思わなかった。

 まだいけるかしら……?

「おい、クローゼ。このまま先導を任せて大丈夫か?」

 周囲を警戒するアガットが声をかけてきた。

「あ、はい。今のところ構造も現実世界と一緒みたいです。一通り散策してみましょう。私について来て下さい」

「心強いじゃねえか。心なしかでかくなった気がするぜ。身長伸びたか?」

「あはは、さすがにもう伸びませんよ」

 ジンが快活に笑った。

「おいおい、アガット。まるで親戚のおじさんだな。絡みが面倒だったらちゃんと言うんだぞ、クローゼ」

「あんたが言うのかよ……」

 リベールの異変を共に解決した彼らは、“クローディア王太女”としてではなく“クローゼ”として接してくれる。それが嬉しかった。

「私は楽しいですよ。最近じゃこんなふうにお話できる機会も減っちゃいましたから。それにしてもお二人……似合い過ぎてますね」

 木箱に用意されていた制服は、個人によってそれぞれバリエーションが違う。

 ジンとアガットに関しては、くたびれた学生帽に、両袖が肩からギザギザに破れた学制服、ボリュームのあるボンタンドカン。せいぜい二人の違いと言えば、ジンは上着が長ランで、アガットは短ランというぐらいだろうか。

「これで髪型がリーゼントならパーフェクトでした」

『何がだよ?』

 あ? と異口同音に首をかたむけてくる。みなぎる不良感が半端ではなかった。

 そのさらに後ろから、笑い声が聞こえてきた。オリヴァルトとシェラザードだ。

「なに笑ってんだ、オリビエ」

「おっと、アガット君。それ以上近づかないでくれたまえ。ヤンキーが感染したらどうするんだい?」

「するか! お前こそそんな制服あるかよ!? ド派手な格好しやがって!」

 自分をクローゼと呼ぶように、リベール組はオリヴァルトもオリビエと呼ぶ。この空気感が心地よかった。

 そのオリビエは襟元から靴先まで真紅だ。至るところに薔薇の刺繍が施された高貴なる制服である。

「シェラザードさんの制服も素敵ですよね」

「そう? 私はもう少し薄手の方が好みなんだけど。でもこういうの着るの初めてだから新鮮だわ」

 彼女は清楚なブレザーに身を包み、折り目が付けられたスカート丈はきっちりひざ下まである。

「どうかしら、オリビエ?」

「最高だよ、シェラ君。もうね、最高だよ。最高なんだからね」

 語彙がダメになっている。「そ、ありがと」とそっけなく応じるシェラザードだが、これはそこそこ照れている時の反応だ。

「あ、そういえばシェラザードさん。赤いボディウォーマー着けてますか?」

「ボディウォ……なに? ――ああ、腹巻きね。一応つけてるけど」

「せっかくおしゃれな言葉に言い直したのに……」

「気にしないわよ、そんなの」

 シェラザードの木箱には制服の他に、毛糸の腹巻きも入っていた。しかもご丁寧に『腹を冷やさないように』と一言メッセージも貼られていたのだ。

「おう、シェラザードは無理すんなよ。オリビエはもっと気を遣え。いいな?」

「オリビエの手綱は俺が握っといてやるから安心しろ。あと重いもんは持っちゃいかんぞ」

「歩き疲れたら遠慮せずに言ってくださいね? それとオリビエさんのテンションに疲れた時も休んだ方がいいでしょうね」

 シェラザードが瞳を潤ませる。

「ちょっとオリビエ! みんなが優しくて泣きそうなんだけど」

「うん。僕には厳しくて泣きそうなんだけど」

 近くの階段から足音が聞こえた。二階から誰か降りてくる。隠れようにも場所がなく、五人はその人物たちと正面から出くわした。

「あれ? クローゼ? シェラ姉にジンさんじゃない」

「オリビエさんにアガットさんも。早くしないと遅れますよ。次は生物の授業でしょう」

 エステル・ブライトとヨシュア・ブライトだ。リベールの正遊撃士である彼らは、いわゆるリベール組の中心人物だ。

 しかしこれは“囚われている”と、クローゼは直感した。こんなところで自分たちと出会う奇妙に、まるで疑問を持っていない。

 エステルの手をぎゅっと握る。

「エステルさん。もしもあなたが主格者だったなら、私たちが必ず望みを叶えて夢から覚ましてみせますから!」

「なに言ってるの、クローゼったら。でも望みっていったらアレよ」

「!? なんですか? 教えてください!」

「今から裏山で虫捕まえるの。いぶし銀ジャンボカマキリとかタツノオトシゴ・ダブルとか。子犬くらいの大きさのカブトムシも捕りたいわね!」

 ずぅーんとリベール組の表情が死ぬ。誰もが女神に祈っていた。

 エステルが主格者じゃありませんように。

 

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 ●

 

 木箱に入っていた制服は、着ろということだろうから着た。人によって様々なデザインだったが、特にクレア少佐たちのグループは凄かった。

 そして自分たちはこれだ。

「見知った場所ではあるが、何が起こるかわからないからな。なるべく離れないようにしてくれ」

 振り返るリィン。

 ラウラ、フィー、ミリアム、クロウの旧Ⅶ組チームだ。それゆえか用意されていたのは、特科Ⅶ組専用の赤い学院服だった。

「しっかし俺まで赤服かよ。別に緑服でも良かったんだがな」

 言いつつ、ちょっと嬉しそうなクロウである。

 まだ散策を始めて間もないが、とてつもない大きさのエリアであることは理解できた。多くの学校が存在し、融合しているからだろう。城エリアとミシュラム全域を足しても、それを遥かに上回る広大な敷地面積を誇っている。

 窓から見える限り、グラウンドも一つではないようだし、校舎以外の設備も点在しているらしい。移動に車が欲しいくらいだ。

「一階クリア。異常なし」

「念のためガーちゃんでスキャンもしたけどね。何も感知できないみたい」

 フィーとミリアムが言い、「ならば、次は二階か」とラウラが階段を見上げた。

 トールズ士官学院、本校だ。いや、自分たちが通っていたころは、本校も分校もなかったわけだが。

 先行して階段を登るラウラを見やり、リィンは何気なしに思った。

「そういえば、制服のサイズは今の身長とか体形に合わせてくれてるんだな」

「なっ! そなたはまたそういう目で……不埒だぞ!」

 ばっとスカートの裾を押さえて、ラウラは赤面する。

「ちがっ、そんなふうには見てない!」

「興味がないとでも言うのか!」

「正解の選択肢はどれなんだ……!」

 いたたまれずリィンはラウラを追い越し、そのまま階段を駆け上がった。

「あ! リィンが逃げたよー!」

「変わらないね、教え子にもそんな感じなの?」

「なるべく離れるなって言ったのお前だからなー」

 後続の非難を背に受けつつ、二階へと避難。

「あ、リィンさん! 早く早く!」

 そこで聞きなじみのある声が、自分の名を呼んだ。三つ編みおさげの女生徒が、教室のドア前からこちらに手を振っている。

 エマだ。エマ・ミルスティン。旧Ⅶ組の委員長。最近では眼鏡を外していたはずだが、今は当時のように丸眼鏡をかけていた。

 そして制服がすごいことになっている。サイズ調整されているにも関わらず、上着がピッチピチだ。もうピッチピッチのパッツパツのギッチギチ。なんといういかがわしさであろうか。二十歳を過ぎたエマの制服姿がこれほどまでに罪深いとは。リィンは固く拳を握りしめた。

 本校舎の二階。まさしくそこはⅦ組の教室だった。

 追いついてきたクロウたちと一緒に教室に入る。教壇と並べられた机。日差しの温かさや、匂いまで感じる。

 机にはすでに他のメンバーが座っていた。

 マキアス・レーグニッツ。ユーシス・アルバレア。エリオット・クレイグ――それだけだ。

「アリサとガイウスはいない……のか?」

 ひとまずリィンたちも自らの席へ着く。

 エマたちも霧の世界に“囚われている”のだろう。しかし俺の名前を呼んだことから、こちらを認識はしているようだ。

 この中に夢の主格者がいる可能性もある。言葉一つからヒントを得られるかもしれないから気は抜けない。

 皆、静かだ。今から何が始まるんだ。

 

 ●

 

「おー、いたぜ。お前らもこっちに来いよ。見つからないようにな?」

 ランディはティオとワジを呼び寄せる。ここはクロスベルチームだ。植え込みの裏に身を隠し、三人横並びでグラウンドをのぞき見る。

 トラック周りをジャージ姿で走っている三人組の姿があった。

「いっちにーさんしー」

 と、音頭を取って先頭を行く精悍な青年はロイド・バニングス。言わずと知れた特務支援課のリーダーだ。

「ごーろく、しっちはっち!」

 ロイドに続き、元気な掛け声を上げるショートカットの女性はノエル・シーカー。クロスベル警備隊所属で、一時期は特務支援課に出向したこともある。

「にーにーさんしー……」

 長麗な銀髪を垂らしながら最後尾でへばりかけている女性は、エリィ・マクダエル。彼女も支援課メンバーで、そのポジションはリーダーであるロイドの補佐だ。

「おお、めっちゃくちゃランニングしてんな。しかも俺らと同じジャージ姿だぜ」

 ランディは赤色のジャージで、上衣は腰に巻いている。

 ティオは水色のジャージで、胸にはワンポイントでみっしぃのバッジ付き、足の裾には肉球マークもあった。

 ワジは緑色のジャージで、へそ出し肩出し脛出しスタイルである。

 クロスベルチームは制服ではなく、全員がジャージだった。

「ワジさんのジャージ、なんだかセクシーです」

「そうかい? ティオちゃんのみっしぃジャージも可愛いよ」

 ロイドは青と白のストライプジャージ。

 エリィは白オンリーでおしゃれなデザインの、白鳥を連想させるようなスマートなジャージだ。

 ノエルは頭に鉢巻きに、半そで生足ホットパンツの活動的なジャージだ。もはやジャージというか体操服だが。

「もう一周行くぞ!」

「はい!」

「……了解」

 ロイドたちはまだ走り続けるようだ。

 ティオが小声で言う。

「なんで走り込んでるんでしょうね? そもそもどういう学校なんでしょうか?」

「いや、そりゃもうあれだろ。警察学校だ。確実に」

「なるほど。教育機関というから学生が通う一般的な学校を想像していましたが、こういうのも学校として含まれるんですね」

「しかしお嬢の表情死んでんな。そういや筆記と射撃試験で満点取ったとかで、警察学校は行ってなかったっけか。……いや、待てよ。お嬢のあの反応……もしかしてロイドが主格者だったりするか?」

 止まればいいのに止まらないのは、ロイドが走ることを望んでいるからか? エリアの主導権は主格者が有している。そのエリアに囚われている人間は、原則として主格者の与えた役割に従わなければならない。

「なんにせよ、まずは様子見だな。焦らずあいつらの行動を観察すんぜ」

「ねえ、ランディ。ロイドの認識ってどうなってるのかな? リィンの例もあるし」

 ワジがそんなことを言う。

「それも含めて判断するんだろ?」

「ふふ、僕は自信あるんだけどね。ランディたちが認識されなくても、僕だけはロイドに認識されるって」

「あ? 聞き捨てならねえな。悪いが俺とロイドは海千山千を共に超えてきた、いわば相棒よ。ぽっと出のお前にゃ負けねえよ」

「ムキになるのは不安の裏返しかな。なんなら教えてあげようか。僕とロイドだけが共有する大人の思い出ってやつをさ……」

「色めかして言うんじゃねえ! 俺だってなあ!」

「あの、お二人ともちょっと声が大きいのでは――」

 ティオがたしなめようとするも遅かった。

「ランディにティオ、それにワジじゃないか! どうしたんだ三人そろって。いや、まあ、なんでもいいか!」

 ロイドに気づかれてしまった。植え込みの前まで来られてしまっている。

 彼は嬉しそうに言った。

「みんなでハードな筋トレするぞ! 体を鍛えることこそ警察官の本分だ!」

「あー、最悪です……」

 恨みがましい目で、ティオは横の二人をにらんだ。

 

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 ●

 

 聖アストライア女学院まであった。

 ヘイムダルのサンクト地区にある貴族子女のみが就学できる由緒正しい女学院で、中等部まではエリゼもアルフィンも通っていた。内装も軒並み格式高いというか、いかにも良家子女、及びその両親が喜びそうな設えだ。

 しかし用意されていたのはアストライアの制服ではなく、トールズ本校のリニューアル版の制服だった。

「あのさ、僕は校門前で待ってたら良かったんじゃないの? 女子校だよ、ここ」

 セドリックが不満を訴えるも、アルフィンはどこ吹く風だ。

「いいじゃない。どうしてか他の学生は一人もいないし。女装しなくていいでしょう?」

「たとえ潜入することになっても女装はしないから」

「でもクルトさんは女装して聖アストライアに入ったことがあるらしいの。ぜひわたくしも一目見たかったわ」

「嘘だと言ってくれ、クルト……」

 でも女装似合いそうだな、と浮かんだ感想は、胸の奥にしまい込むセドリックだった。

 しかしアルフィンの言うことも気になった。確かに誰もいない。主格者が作る幻影の人々が、今までのエリアではそこかしこにいたのに。

 ふと前を歩くエリゼに視線を送る。彼女も本校制服で、卒業以降は二度と見るはずのない姿だったのだから、それはそれで改めて目に焼き付けておきたい光景ではある。

 しかし、しかしだ……!

「あーあ、せっかくだからエリゼさんのアストライアの制服も見ておきたかったなー、とか思ってる?」

「勝手に人の心を読まないで――い、いや、違うよ? そんなこと思うわけないだろ! いい加減にしろよ、アルフィン!」

 エリゼは振り返ってくすくすと笑う。

「あら、セドリックさんはアストライアの制服の方がお好みですか。着替えてきた方がいいでしょうか?」

「べ、別にそういうわけじゃないけど」

 最近ではエリゼも冗談を言ってくれるようになっていた。

 この波に乗るんだ、セドリック。ぜひとも言うんだ、セドリック。アストライアの制服じゃなくて、制服を着た君のことが――

「言えるわけないだろ……っ!」

 そんな歯の浮いたセリフがポンポン言えるなら、こんなにも苦労はしていない。そういうのが無自覚に言えるリィンさんが心底うらやましいよ。

「はあー、仲のよろしいことで」

 三人について来ているもう一人がぼやく。アルフィンが気さくに声をかけた。

「デュバリィさん、お疲れですか?」

「いいえ、まったく。ただこの格好は落ち着きませんが。おかしいでしょう。どうしてわたくしがこんな……」

 セドリックたちは顔を見合わせ、声をそろえて言った。

『すごく似合ってますけど』

「はあ!?」

 デュバリィはミニスカセーラー服だった。

 

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 ●

 

 どこかしこかの教室なのはわかるが、スカーレットにその学校の名前まではわからなかった。

 あまり広くもない教室なのだが、三人だけだと閑散と感じてしまう。ここはスカーレット、クレア、シャロンのお姉さん組である。

「スカーレット様、よくお似合いですよ」

 適当な席に座るシャロンが、開口一番そう言う。

「それはケンカを売ってるって解釈でいいかしら」

「まさか。ですがサラ様がいなくて、わたくし寂しくて……」

「その穴埋めの絡みを私にしてくるんじゃないわよ」

 スカーレットの制服は、黒セーラーに足首まで裾がかかる長スカート、オプション装備で黒マスクに、年季の入った木刀だ。

「なんで私、こんなヤンキースタイルなのよ。一応、今は教官職なのに……」

「一人称を“あたい”に変えて頂いても?」

「しない! だいたいあなたの制服もおかしいでしょうが!」

 シャロンはフリルのついたフレアスカートに、ふわふわのポンポンがついた上着。全体的にピンクカラーで統一されたお嬢様制服だ。

「ホントなんなのよ、誰が用意したのよ、そしてなんで着なきゃいけないのよ!」

「エリアのルールに従わなかったらどうなるかは判明していませんから。万が一、攻略失敗になってはいけませんし」

「わかってるわよ、そこは……。クレアも何か言いなさい。さっきから黙ってうつむいたままで……まあ、気持ちはわかるけども」

「……はい」

 としか言わないクレアは、かがめば下着が見えてしまいそうな超ミニのスカートに、へそ出しのセーラー服。さらにはだるだるのルーズソックスを履かされている。爪にはマニキュア、つけまつげも忘れていない。

「クレア様、発言の際は語尾を“みたいなー”に変えて頂いても?」

「私、精神不安定みたいなー」

「シャロンは追い打ちかけない! クレアもやらなくていい!」

 

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 はああ、と深いため息をついて、スカーレットも席に座る。

 この教室に来たのは、実は偶然ではない。木箱には制服の他に、学校の見取り図も入っていたのだ。それぞれにマーキングがしてあって、トールズ区画に行けだの、グラウンドに行けだの、聖アストライア区画に行けだの、指示が書かれていたのだ。

 それによってチーム分けが決まった――いや、決められたという感じである。偶然なのかどうなのか、結果的に概ね拠点ごとのメンバーになったが。

「で、これからどうしたらいいのかしら」

 つぶやいた時、廊下側から近づいてくる足音が聞こえた。

 歩幅から身長を予測、音から体重を予測、おそらく男性。誰だ。

 警戒する三人は臨戦態勢で、来訪者を出迎える。勢いよくドアが開いた。

「この地図読みにくいんだよなぁ、だだっ広いし、迷っちまったぜ。服着替えるのにも手間取ったし。この教室で合ってると――」

 白い学ランに、金髪のリーゼント。背中にはでっかい筆文字で『喧嘩上等』を背負ったトヴァル・ランドナーが教室に足を踏み入れようとして――

「あ、間違えました」

 木刀をかつぐ不良スカーレット、鋼糸を指から垂らすお嬢様シャロン、銃口を向けるギャルクレアを一目見て、彼は速やかにドアを閉めた。

 

 ●

 

「あ、アルだ。こっちこっちー」

「アルティナさん、もうお昼休憩終わっちゃいますよ」

 ユウナ・クロフォードとミュゼ・イーグレットが、アルティナを手招きする。

「アッシュさん、これは……」

「ああ。この学校エリアを作った主格者の夢に囚われてるんだろうな。今のところ違和感もねえし、見た目じゃわからねーが」

 トールズ士官学院、第Ⅱ分校。特務科Ⅶ組の教室である。

「やっぱ俺たちが分校担当か。適材適所なのは良いとして、あの木箱はどういう仕組みで適材適所であることを判断したんだろうな。シュバルツァーたちは本校、リベール組はジェニス王立学院とか、この割り当ては作為的だ」

「所詮は常識の通じない異世界です。そういうシステム、と括ることもできそうですが」

「システムって固い響きの割には、融通を利かしてくることが多い。あの《幻夢の手記》とかな」

「二人とも、早く座らないか」

 会話を割って入ってきたのは、クルト・ヴァンダールだ。

 ユウナ、ミュゼ、クルト、アッシュ、アルティナ。この五人が分校Ⅶ組である。

「わかってるっつーの、優等生。そういや教科書忘れちまったんだよ。見せてくれや」

「誰が優等生だ。もっとしっかりしてくれ。それでは後輩たちに示しがつかないぞ?」

「るせえなあ、相変わらず。――聞いてたな、今の」

 アッシュはアルティナに目配せする。彼女は席に座ったまま、小さくうなずいた。

 会話は成立する。そして“後輩”という言葉を使った。

 少なくともクルトの認識は、“二年Ⅶ組”としてのものだ。

「あーっ! 忘れてたー!」

 ユウナが急に立ち上がった。

「学院長に頼まれごとされてたんだった! ごめん、あたし、ちょっと行ってくる!」

「あっ、ユウナさん!?」

 アルティナが呼び掛けた時には、ユウナは教室を飛び出していた。

「相変わらずのじゃじゃ馬め。ん、あいつ今、学院長って言ったな……?」

 まさか囚われているのか、あのオーレリア・ルグィンが。

 

 ●

 

 一通りの様子見をしたら、とりあえずはここに戻ってくるという話にしていたのだが、誰一人として戻ってくる気配がない。

 ヴァンは校門の向こうに広がる巨大な学校エリアを漠然と眺めた。霧がかかり、全貌はまだ掴めない。

「あー、ヒマだぜ! トランプでもやるか。確かオッサンの車の中にあった気がすんなァ」

「ババ抜きですか? お付き合いしますっ」

「お子ちゃまめ。ポーカーとかバカラだろうがよ」

 その辺にしゃがみこむアーロンに、フェリが構いに行っている。

 リゼットは持参していた簡易式のティーセットで紅茶の準備をしており、エレインは周囲の警戒に立ってくれていた。

 校門前。ヴァンたちカルバードチームはスタート位置から動いていなかった。

 なぜか木箱が用意されていなかった者たちである。“学校には制服を着て入る”というルールなのであれば、うかつな行動はできない。詳細な情報を手に入れるまで、彼らはやむなく待機となっていたのだった。

「ヴァンさん。これありがとうございました」

「おう」

 貸していた《幻夢の手記》を、アニエスが返しに来た。

 これまでに開示された条項を読み返して、何か気づくことがあればと思ったらしいが、特に新たな発見はなかったようだ。

「まだ手記の項目は半分以上も残ってますね。でもこの学校エリアが折り返し地点みたいですし、ペースとしては悪くないのかもしれません」

「七つあるメインエリアの四番目か。“現状”と書いてあるし、増える可能性もある。サラ・バレスタインやヴィータ・クロチルダみたいなのを放っておくと、やがてでっかいエリアが生まれちまうのかもな」

 カジノエリアを飲み込むようにして、あとからミシュラムエリアが出現したことを考えると、あり得そうな話だとは思う。

 しかしだ。もしもそうやって街エリアや城エリアも構築されたのだとしたら、そこには最初、何があったのだろう。

「《ロア=ヘルヘイム》の始まり、か……」

「ヴァンさん?」

「いや、大したことじゃねえ。学校内の散策に時間がかかってるようだし、俺は車の中で一眠りしておく。何かあったら起こしてくれ」

 “疲れたら人は眠るもの”という認識を持ってしまってから、眠気が沸いてくるようになった。夢の中で寝るという感覚は不思議だが、この就寝中にさらに夢を見ることはないらしかった。

 ドアを開けて車内に入ろうとしたところで、不意にヴァンの眉根が寄る。

 運転席のシートに、数リジュほどの貫通痕があることに気づいた。

「な、なんだ、この傷は? またフェリか? だがこいつは――」

 覚えがある。街エリアでリィンと交戦した時、フェリが手榴弾でピックアップトラックを吹っ飛ばす直前のことだ。リィンの刺突が確かにこの位置を貫いていた。

 待て、おかしいぞ。手記の㉛番に【その者が当たり前に所有しているという認識があれば、それは《ロア=ヘルヘイム》に実体として呼び出すことができる】――という条項から、何度悲惨な目にあっても愛車はその度に復活を遂げてきた。

 そしてその際は、受けた傷も修復されている。

 なのにシートの傷が直っていない。よく見れば、車体には細かな傷が無数に走っていた。

 ヴァンの呼吸が荒くなる。

「ま、まさか。俺の認識が影響してやがるのか……!?」

 “ここまで破壊された俺の車が無事なわけがない”という心理が車の完全修復を妨げているのでは。だとすれば、俺の心が根っこからへし折れたときには、俺の愛車はスクラップと化したまま戻ってこない。そういうことなのか?

「ちくしょう! そんなことあってたまるかよ! 心を強く持てよ、ヴァン・アークライド!」

「ヴァンさんもトランプやりません?」

「ふぉおう!?」

 破壊の権化、フェリちゃんサンが横にいた。やばい、早くも心が折れそうになったぜ。今、エンジン周りから『ビキッ』と音がした気がしたが、それは俺の幻聴だ。絶対に幻聴なんだ……!

「あーいたいた! 皆さーん!」

 フェリをアーロンのところに押し戻そうとしていた時、校門の柵を開けて、一人の少女が走ってきた。桃色の髪色をした活発な印象の女生徒だった。

「すみません、出迎えが遅れちゃって。さっそく校内を案内しますね」

 

 

 少女の先導で、校舎の中を進む。

 今は下手に質問もせず、言われるがままにした方がいい。

 校舎内は綺麗だった。というよりここは――

「アラミス?」

 先に口にしたのは現役生のアニエスだった。首都イーディスのオーベル地区にある、共和国内でも有数の名門高等学校だ。

 ヴァンも気づいていた。当然エレインも気づいているだろうが、お互いに沈黙を守っている。

 しばらく進んで、とある部屋の前で立ち止まると、彼女はこちらに振り返った。

「あ、申し遅れました。あたしがこの学院の生徒会長を務めるユウナ・クロフォードです」

「生徒会長?」

「はい。そしてここが学院長室です。どうぞお入りください」

 促されるまま入室。

 シンプルなカーペットが敷かれた室内には、本棚とソファー、そして黒塗りの執務机だけがあった。 

 その執務机で書類の束に目を通すのは、すみれ色の髪をした少女――レン・ブライトだった。

「レ、レン先輩!?」

 アニエスが驚いていた。

 彼女の経歴を一言で説明するのは困難だが、現状だけで言うならアラミス高等学校へ通うリベールからの留学生で、アニエスの先輩ということになる。

 アラミスでは生徒会長を務めていたはずだが、この学院では学院長? まさかこの学校エリアの主格者は――

「ようこそ、私の《ブライト総合学院》へ。歓迎するわ、新任の先生方」

「先生だと――うおっ!?」

 全員の服が足元から変わっていく。スーツ、ネクタイ。教師然とした恰好だ。

 仲間たちも同様だ。いや、それぞれバリエーションが違う。

 エレインはお前のための服かってほど似合う。リゼットは上流階級感がすごい。フェリはなんだそれ。アーロンは笑いしか出てこねえ。アニエスのそれは教師としてアリなのか……?

「なるほどな。カルバードチームは生徒じゃなくて教師ってことか。それで新任教師の俺たちは何をしたらいい?」

「あなた達はこれから各教室に配属される。そこで生徒たちとの信頼関係を築いて欲しいの」

 また今回もずいぶんとカラーが違うエリアだ。

「それじゃあさっそく生徒会長に案内してもらって――ああ、忘れるところだった。新任の先生はもう一人いるんだったわ」

「もう一人?」

「入ってきていいわよ」

 扉が開かれ、その人物は姿を現した。ぶつぶつ呟きながら、歩み出てくる。

「これってどういう現象なんだろう。まずはこの環境に適応しつつ、状況を理解しないと……あれ? ヴァンさん? みんなも?」

「ん? 誰だ?」

 お互いに疑問符が踊る。

 中性的な容貌をした銀髪の少年だった。

「いや、誰って。カトルだけど。カトル・サリシオン。みんなして何の冗談なの?」

 

【挿絵表示】

 

 

 ――つづく――

 

 




バルドルはヤドリギの矢にて斃れた。

貴様のせいだ、悪神よ。

世界を隠す白き霧は、やがて黒き霧となりて黄金の歯車を覆うだろう。

心さえ見失う濁った世界で己を保つには、万物に通じた知識を有する以外にない。

光の失われた祀りの神殿を、ならば修養の社に変えてくれよう。

トネリコから切り出した木材で作った箱に、邪気を払う布を納めておいた。

それはヴァナディースの学衣。学舎を統治する者より与えられる夢宿した衣。

古き神よ。ヴァンの神族よ。学びの衣をまといて、叡智を蓄えるがいい。

滅びの霧がお前たちをも包む前に。
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