黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第14話 霧の世界の映画祭

「あーあー、マイク音声良好。はい皆さん、おはようございます」

 霧にかすむグラウンド。朝礼台に立つヴァン教官は、生徒たちに向かって朝の挨拶をする。

 夢に囚われている者も、そうでない者も『おはようございまーす』と元気な声を返してきた。

『おはようございますっ!!』

「うおっ!?」

 しかし一組だけ、明らかに空気感の違う返事が飛んできた。太い声圧に押され、台から落ちそうになりながらその集団を見る。フェリのクラスだった。

 クロスベルの警察学校チームだ。生徒たちは直立不動の姿勢で身じろぎさえしない。ランディ、ティオ、ワジは解放されているのだが、完全に役割になり切っているというか、もう目がイッちまってる。

 え、なに。士官学院勢より遥かに軍隊っぽいんだが。フェリの服装もジャージだったはずなのに、いつの間にかガチガチの軍服に変わってるし。

 

【挿絵表示】

 

「――とりあえず今週末に文化祭がありますんで、各クラスで準備とか頑張りましょう。じゃあブライト学院長、あとお願いします」

 学校っぽいからやるのだろう朝礼を手短に済まし、ヴァンはレンに話を振った。

 彼女は《ブライト総合学院》の学院長であり、この学校エリアを創造した夢の主格者だ。会話が普通に成立したり、こちらに指示も出してくるあたり、今までとはまたタイプの異なる主格者である。

 ヴァンと交代で台に登ったレンは、マイクスタンドの前に立った。

「これより学院長閣下から訓示を賜る! 全員傾注っ!」

了解(ウーラ)っ!』

 フェリの怒声が響き、警察チームの表情がさらに引き締まる。もう警官じゃなくて猟兵だろ、お前らは。

 その異様なフェリ学級をさして気に留めた素振りもなく、レンは言った。

「ヴァン先生から説明があった通り、学院祭の開催が近づいているわ。新任の先生方の提案もあって、今年は映画発表会をやることに決まったの」

 ざわつく生徒たち。「映画? 見たことないぞ……」とリィンが眉根を寄せるが、カルバード勢以外で映画文化に慣れ親しんだ人はそうはいないだろう。ほとんどが戸惑っている様子だ。もちろん警察学校組はまばたき一つしないが。

「開催は一週間後よ。それじゃあ生徒の皆さんはクラス一丸となって、学院祭をたくさん盛り上げてね」

 

 

《――★第14話 霧の世界の映画祭★――》

 

 

「こんなところにいたのか。ここはなんの施設だ?」

 石造りの建物の中は薄暗かった。不可思議な空気が妙に肌をざわつかせる。

「トールズ本校の旧校舎だ」

 そう言ってヴァンに振り返るリィンは、その空間の奥――昇降機と思しき機械の前に立っていた。 

「一人で行動して悪かった。この場所も再現されているのか確認しておきたくて」

「そりゃ構わんが。何かを探しにでも来ていたのか?」

「相棒とか仲間とか、そんな関係かな。俺の大切な――」

「ダチってことか」

「……ああ、そうかもしれない。きっとそうだ。友人だ」

 リィンはかすかに嬉しそうな表情をした。

 こんな場所にいたという友人。おそらく人ではないのだろう、とは察した。

「けど見つからなかった。旧校舎は地下一階までしか構築されてなかった。“彼”はその最下層にいたんだ。そしてもう現実の世界にもいないが……ここでならもしかしたらって、そう思っただけさ」

「何に会いたかったのかは知らんが、再現されないものもあるんだろ。なんなら呼んでみたらどうだ。手記の㉛番。お前が“当たり前にある”と思っているものなら呼び出せるかもしれんぜ」

「もう試したよ。ダメだった。大き過ぎるのか、そもそも存在が特殊過ぎるのか、無理みたいだ」

「マジで何を呼ぼうとしてたんだ……」

 大きい? 存在が特殊? まさか十月戦役頃から表舞台に出てきたという帝国の騎士人形か? シュバルツァーがその操縦者だったのは知っているが。

 しかし《ロア=ヘルヘイム》には召喚できないものもある……か。

「っと、ヴァンは俺を探しに来てたんだったな。もう撮影か?」

「まずはセリフ合わせだ。やるからには妥協なし。カルバード魂を叩き込んでやるぜ」

「……お手柔らかに頼む」

 

 ●

 

「――今日はここまでだ。各パートのセリフの暗記、演技は明日までにおさらいしておいてくれ。あと立ち位置とカメラ位置の把握も忘れるなよ」

 台本をぱたんと閉じて、ヴァンは生徒たちに言う。

 トールズⅦ組、リィンたちは疲れ切っていた。今回は“囚われ”ともコミュニケーションが取れるから、まだやりやすい。とはいえ完璧な意思疎通とまではいかないので、そこは難しいところではあるのだが。

 あくまでも“本人の認識”を逸脱しないレベルの会話だ。試しに《ロア=ヘルヘイム》の話を振ってみたりしたものの、彼らは反応さえしなかった。

 囚われメンバーの一人であるエマは、優等生で指示にはすぐに従ってくれる。しかしマキアスとユーシスはそういう役割でもあるかのように、目を離すと些細なことですぐ小競り合いを始める。

 リィンたちに言わせればそれが日常茶飯事で、二人にとっては挨拶のようなものなのだとか。なんて面倒くさい奴らなんだ。

 ケンカするくせに、昼食はいつも一緒に食べているのも謎だった。

 重い足取りで各々が解散していく。リィンたちは転移で拠点に戻るのだろうが、“囚われ”たちはふらふらと霧の中へ姿を消した。

「さて、俺は見回りにでもいくかね。マジで教師っぽくなってきたな……」

 ヴァンは一人、夕暮れ時の学校エリアを巡回する。果たしてこの異世界に時間の概念ができたのは、良いことなのかどうなのか。

『俺たちゃ無敵の警察官ー!』

 グラウンドに差し掛かると、そんな大声が響いている。クロスベル組だ。もう暗くなりつつあるというのに、謎のメロディーで歌わされながら、彼らはトラック周りを延々と走らされていた。

「声が小さいぞ、貴様ら!」

了解(ウーラ)ッ!!』

 木刀を地面に叩きつけるフェリ。教官というか軍曹だ。フェリちゃん軍曹だ。

 あいつ、ストーリー作成と構成、撮影と小道具の手配はそれぞれのクラスの教官――つまりカルバード組の個々が一手に担うってこと、わかってんのか。

 その光景を視界の端へと流しながら、ヴァンは校舎に入る。

 解散しているクラスはまだなかった。黒板にストーリーやら配役やらを書き連ねていたり、すでに演技指導に入っていたり、進捗は様々のようだ。

 多くの学校が点在している《ブライト総合学院》だが、それら複数の校舎は時空間トンネルのような仕組みで結合しているらしかった。

 たとえばジェニス王立学院の廊下の端まで行くと空間がゆがんで、聖アストライア女学院に通じる。アストライアの階段を登るとトールズ士官学院に繋がる。そんな感じだ。

 巡回の中で興味深かったのは、アーロンの面倒見が良かったことか。

 彼は日曜学校の先生だ。子供たちを適当に遊ばせて、本人はうたた寝でもしているのかと思いきや、ちゃんと輪の中心に入って孤立する子供が出ないように気配りをしていた。

 あれは天性のカリスマだ。地元で好かれるのもわかる気がする。相手が幼子なのだから大した映画は作れないだろうが、それは仕方ない話だった。

「ん? 表札のない教室? 誰かいるようだが……」

 ドアを少し開けてのぞいてみる。

「――つまり落ちこぼれの烙印を押されたあなた達が、苦難を乗り越えて友情を育んでいくというサクセスストーリーが観客の心を打つわけで、そのためのロジカルな物語構成と登場人物の心情をリンクさせることにこそ――」

 エレインが熱弁している。

「あの……エレイン。あ、いやエレイン先生?」

「はい、トヴァルさん」

「お話はわかるんですけどね。その世界観でみっしぃを登場させるのはやっぱり無理があると思うんですよ……絶対破綻しますって」

 トヴァルの意見に、スカーレット、シャロン、クレアも深くうなずく。

「やれるかやれないかは論じない。やるのよ」

 一撃で封殺される意見。強硬的なエレイン先生だった。

 夕日が差し込んで赤く染まる廊下。どこかから聞こえる学生たちの声。下校時間の雰囲気だ。

 わけもなく懐かしさが胸に去来する。

 もしも。もしも学校をやめてなかったら、こんな光景をもっと見ていられたのだろうか。

 エレインやルネと遅くまでだべって、他愛のない話で盛り上がって、また明日なと別れて、明日になったら当たり前にまた会える。そんな日々を繰り返して、いっしょに卒業を――

「バカか俺は……がらにもなく感傷に浸るとか……」

 自分から捨てたくせに。振り返りもしなかったくせに。何を都合のいい夢想を。

 ヴァンはそっとその場から離れた。

 数多の学校を取り込んだ《ブライト総合学院》か。

 レン。お前には個人的に思うこともある。

 大人びて、達観して、人をからかったり自由奔放なお前だが、囚われるものは多いんだろう。学校エリアなんて作り出したのは、当たり前の人生を送ってこられなかった裏返しの心情なのかもしれない。

「何のしがらみにも囚われず学校生活を楽しみたいってことなら……ああ、楽しませてやるさ」

 五年越しのアフターサービスだ。お前はちゃんと助けてやりたい。

 

 

 《幻夢の手記》の㉛番【その者が当たり前に所有しているという認識があれば、それは《ロア=ヘルヘイム》に実体として呼び出すことができる他、すでに《ロア=ヘルヘイム》内に存在しているものを手元に移動することもできる】

 これは要するに、“自分が持っていて当たり前のものは呼び出せる”という解釈になる。

 だから当然こうなるわけで。

「カトルさん、電気の流れる警棒みたいなの作って欲しいんですけどっ」

「そんなことを笑顔で言われても困るよ、フェリちゃん……」

 “電気の流れる警棒みたいなもの”って、それはもう純然たる“電気の流れる警棒”だ。いったい何に使うんだろう。まともな用途が思いつかない。

 授業を終えて帰還した《アークライド事務所》エリアのリビングである。

 フェリの次にアニエスがやってきた。彼女はメモ紙を見ながら、

「カトル君、対装甲用のロケットランチャーと榴散弾砲、あと電磁ネットと四方10アージュ級の鋼鉄の檻が必要なんですけど」

「いや、なにそれ。アニエスさんのクラスはなんの映画撮るの?」

「カブトムシの捕獲……ですかね?」

「疑問形で言われても……」

 なんで虫取り網と虫かごじゃないんだ。ロケットランチャー撃ち込んだら、カブトムシどころか壮絶な森林破壊が起こるんだけど。

 続けてアーロンが声をかけてきた。

「オレも頼むわ。スイッチ一つで色を変えられる照明器具と音響設備な。反射板も忘れんなよ。あと天井からの昇降システム。おっと暗転幕も」

「え、は? 舞台装置から作るってこと……?」

「おう」

 軽いんだけど、返事が。おかしいでしょ、色々と。

 ㉛番の条項、もう一度耳元で読み聞かせた方がいいのかな。

 持っていて当たり前のものは呼び出せるけど、そういう認識じゃないものはどうやっても呼び出せない。

 僕の場合、各種工具だったり細かな部品類は普段から慣れ親しんでるから、それがたとえ専門的なパーツであっても呼び出すことはできた。

 でも既製品の撮影用カメラだとか舞台装置だとか、そもそも現実世界で手に入れたこともないのに召喚できるわけないでしょうが。ロケットランチャーなんて呼び出せたら、それはもう事件だよ。

 だからこうなった。

 僕が部品を創造する。僕がそれを組み上げて各自の欲しい物を作る。幸い内部機構や仕組みなんかは理解できるから、時間さえかければ大体の物は作成できる。

 ただその負担が僕にだけ圧しかかるってどうなの。技術職が一人ってキツい。

「悪いな、カトル。自分たちで創造できそうなのは試してみてるんだが、意外に呼べないものの方が多くてな」

 申し訳なさそうにヴァンが歩み寄ってきた。

「はあ、いいけどね、別に」

「そう言ってくれると助かるぜ。ほら」

 紙に書かれた必要物のリストを渡される。用紙の上から下までズラーっと埋め尽くされていた。

「……なにこれ?」

「俺が欲しいもんだ。アニエスたちのと合わせると、どれくらいで作れそうだ?」

「三日三晩、不眠不休なら」

「おっ、なんとかなりそうだな」

「ねえヴァンさん。雇用する従業員の健康管理義務って知ってる?」

「当たり前だろ。有名な都市伝説だ」

「法律。実は《アークライド解決事務所》の労働環境ってブラックじゃない?」

「滅多なこというんじゃねえ。うちの裏解決屋は法の隙間と行政監査を潜り抜ける立派なグレーだ」

「い、一番タチが悪い……」

 あとでエレインさんに報告だ。こってりしぼり上げてもらおう。彼女だけはまだ学校に残っていて、事務所には帰ってきていない。

 ヴァンは自室でストーリーを練ると言って離れた。そのタイミングで、リゼットが近づいてくる。

「あの……カトル様」

「リゼットさんも必要物の依頼?」

「申し上げにくいのですが、仰る通りです」

「じゃあメモに箇条書きで記しておいてもらえれば」

「いいのですか? お忙しいのでは」

「ここまで来たら一人増えるも二人増えるも同じですしね。それに――」

 リゼットには強い恩を感じている。彼女のためならがんばりたい。

 バーゼルでのメルキオルとオランピアとの戦闘で、爆発から助けてもらったのだ。でもその代償にリゼットは……。

「……体、大丈夫ですか?」

「体? ……ああ」

 首をかしげて、しかしすぐに思い当たったようだ。

「カトル様。私にはバーゼルの記憶まで拡張されていますし、その時のことを実体験のように思い出せもします。ですがそれは、私にとって“実際にはまだ起こっていないこと”なのですよ」

「そうか……そうだった」

 ヴァンから見せてもらった手記の⑭番には【《ロア=ヘルヘイム》は過去、現在、未来が圧縮されて存在する】と表記があった。

 そう、圧縮。様々な言葉と事象がカトルの中で繋がりゆく。

「なるほど……。だから現実世界で生きている時期に差があるらしい僕たちでも、同時にここに存在できるのか。《ロア=ヘルヘイム》を中心に、時空間が渦を巻くようにねじれているイメージがわかりやすいな。さらに記憶の拡張時に起きるフィードバック上の経験が全員まったく同じことから、時間軸自体は同じって推測も立つ」

「えっと……カトル様?」

「ヴァンさん、聞いてた!? ヴァンさんがそばにいないと《幻夢の手記》の新項目は解放されないんでしょ!?」

 彼の自室から「うお!? 急に手記が光りやがった!?」と叫び声が聞こえてきた。

 

⑮【時間、及び次元圧縮された空間であるが故に、ヴァン・アークライドとその仲間たちが召喚される際は、個々が呼び込まれる時期に差異が発生する】

 

⑯【召喚されるヴァン・アークライドの仲間及び同行者は、同一時間軸上から選定される】

 

 どうやら新規項目が浮き出てきたらしい。

「カトル! なんだか難しい項目なんだが! 時間の圧縮がどうとか」

「はいはい、あとで説明するから」

 開示されたってことは、今の見解で正解のようだ。

 もう一つ気づいたことがある。

 【時間、認識、空間】。それらの言葉はこの《ロア=ヘルヘイム》の在り方自体を構築する重要な要素だ。

 言い換えるとそれは、【時、幻、空】ということになる。

「上位三属性によって成り立つ世界……?」

 現状の事態を引き起こしたとされる《バルドルの箱》。まだおぼろげながら、謎の輪郭がなんとなく見えてきた。

 カトルは自分の前に散らばったままの部品に目を落とす。

 個人の認識による物質創造、あるいは召喚。手記の㉛番は現在明かされている中でも、際立って異質だ。

 もしかしたらこの項目は、《ロア=ヘルヘイム》からの脱出の鍵となるかもしれない。

 

 ●

 

 あっという間に一週間が経った。

 校舎全体が文化祭仕様の飾り付けに彩られている。自由に歩き回る生徒たちも多い。もちろん主格者が創造した幻影の学生なのだろうが。

 講堂には観覧用のパイプ椅子が整然と並べられ、正面の壇上には巨大なスクリーンが降りていた。

 クラスごとにまとまって席につく。映画自体が初めての者も多く、エレボニア、リベール、クロスベルの外国勢は興味津々のようだった。

 ヴァンのとなりにリィンが座る。

「これが映画鑑賞のスタイルか。楽しみだな。どういう仕組みなんだ?」

「投影機ってのがあってな。そこに映像が収められた記憶結晶(メモリークオーツ)をセットすることで、スクリーンに直接映像を映し出せるってわけだ。一昔前は映像だけだったんだが、近年では技術力向上もあって音声も入れられるようになってる」

「カルバード文化の粋か」

「だが一部の上流階級共がオペラなんかの舞台芸術と比較して、低層の大衆娯楽だなんだと揶揄されることもある。そこは共和国内での根強い格式の差だな」

「そういう格差はいつだって時間と実績が解決するものだろう。歴史学の教師として保証する」

「シュバルツァー……。いや、今は俺が教官だから。さっきから敬語忘れてるぜ」

「……申し訳ありません、ヴァン教官。調子に乗りました」

「気をつけたまえよ。シュバルツァー君。人間の役割とは着る制服によって決まるものだ」

「いったいどんな人物設定の教官なんだ……」

 他のクラスも続々と席につく。

 最後にレンが講堂に入ってきて、そのまま檀上に立った。

「今日はみんなが待ちに待った映画祭よ。各クラスが全力を尽くして完成させた作品を見られることを嬉しく思うわ。特に素晴らしかったクラスには、最優秀賞として贈呈品があるから頑張ってね」

 贈呈品。来た、これだ。仲間と目配せする。アニエスたちもわかっているようだ。おそらくエリアの主格者の望みを叶えることでもらえる、次のエリアへと繋がるキーアイテム。

「質問。その最優秀賞の選定には、どんな評価基準があるんですかね?」

「私の独断と偏見よ。ちなみに面白くなかったら、賞も贈呈品もなしだから」

「さいですか……」

 まあ、そうなるか。女王様と呼ぶにふさわしい権限が、この学校エリアにおいてレンには存在する。

 彼女の望みは楽しい学生生活を送る――あるいは送りたかったということなのだろう。現実世界では現在進行形でそれを実現させているはずだが、心の内側だけは誰にもわからない。

 だがそういうことならエリア解放は困難ではない。なぜなら最優秀賞は、俺たちの誰かが必ず取れるからだ。

 とはいえ手は抜かねえ。映画好きとして、こいつは負けられねえ戦いだ。

「それでは始めましょう! 《ブライト総合学院》の映画祭を!」

 檀上を降りたレンは、最前列の特等席に腰かけた。パイプ椅子ではなく、豪華でふかふかのリクライニングチェアーだ。しかもひじ掛けのホルダーにドリンクとポップコーン付きである。女王様め。

 講堂が暗幕に覆われ、照明が落ちる。正面スクリーンに光が灯り、映像が映し出された。

 まずはノミネート作品の紹介だ。タイトルとあらすじが流れゆく。

 

①【リベンジオブダークサイズ】

『受験失敗、恋愛破局、企業倒産、眼鏡粉砕、あらゆる不条理を叩きつけられたマキアス・レーグニッツは闇へと堕ちる。

湧き上がる負の感情が眼鏡を黒く染め、彼は成功者たちへの復讐を始めた。叫べ人類、震えろ世界。全てを失った男が今、奪うためのモンスターと化す』

【監督】:ヴァン・アークライド

【主演】:トールズ士官学院、特科Ⅶ組(リィン、クロウ、ラウラ、フィー、ミリアム、マキアス、ユーシス、エマ)

 

②【陽溜まりの甲虫】

『それは一人の少女の願いから始まった。感情を失った少年を笑顔にするために、少女と仲間たちは約束のカブトムシを探す。想いよ届け。甲皮が黄金に輝く時、願う奇跡は起きるのか。大切な何かを忘れた現代人に贈る、愛の形を問うハートフルストーリー』

【監督】:アニエス・クローデル

【主演】:ジェニス王立学院(エステル、ヨシュア、シェラザード、クローゼ、アガット、ジン)

 

③【クロスベル・ジャケット】

『俺たちゃ無敵の警察官♪ 荒んだダウンタウンに響く陽気な歌声。平均生存時間15分と言われた、煉獄にもっとも近い街《クロスベルシティ》に着任した警察官たちの奮闘を描く痛快ポリス活劇。

手錠が足りないなら犯人の頭数を減らせばいいんですよっ』

【監督】:フェリーダ・アルファイド

【主演】:クロスベル警察学校(ロイド、エリィ、ランディ、ティオ、ワジ、ノエル)

 

④【大切なトモダチだから】

『おっきくなったら、君のお嫁さんになるよ。子供の頃に交わした約束が、やがて彼らの世界を変えていく。

友情は時を超えて愛となり、そして奇跡を起こすだろう』

【監督】:アーロン・ウェイ

【主演】:イーディス8区日曜学校(ユメ・シーナ・ハリー)

 

⑤【アストライアの薔薇】

『男子禁制の女学院に手違いで編入してしまったセドリック。正体がばれないよう女装し、彼はセドリーヌとして過ごすことに。でもこの学校なんか変。満月の夜になる度に生徒が一人ずついなくなっちゃうんだ。調査に乗り出したセドリーヌだったけど、ある日、幼馴染のエリゼと寮が同室になっちゃって……!?

恋あり、謎あり、お色気あり。アクションシーンも満載の学園ラブコメディー!』

【監督】:リゼット・トワイニング

【主演】:聖アストライア女学院(エリゼ、アルフィン、デュバリィ、セドリック)

 

⑥【分校戦隊トールズドール】

『この世に悪が蔓延る時、五色の光をまとう戦士たちが大地に降り立つ。

信頼と裏切りが交錯し、複雑に入り乱れる様々な勢力。明かされる謎と残酷な真実。

星の未来を記すという伝説の石板を巡って、千年に渡る光と闇の戦いが今、終焉の時を迎える』

【監督】:カトル・サリシオン

【主演】:トールズ士官学院第Ⅱ分校、特務科Ⅶ組(ユウナ、クルト、ミュゼ、アッシュ、アルティナ)

 

 

⑦【アウトローは四季に眠る】

『季節という概念が失われた世界。社会に弾かれた三人の不良は、ある日不思議なペンダントを拾う。『みししっ』と笑い声が聞こえた時、彼らの運命の歯車は回り始めた。遥かなる時を駆ける冒険の果てに知る歴史の秘密とは。これは春夏秋冬を巡る出会いと別れの物語』

【監督】:エレイン・オークレール

【主演】:留年候補生クラス(スカーレット、シャロン、クレア、トヴァル)

 

 ヴァンはうんうんとうなずいた。

「こうしてリストで見ると壮観だぜ。マジで努力の結晶だからな」

 珠玉の七作品が出そろった。他のクラスの映画の内容はほとんど知らない。それぞれで四苦八苦しながら撮影したとだけ聞いている。

 上映順はランダムで組まれているらしい。

 さっそく一つ目の上映が始まった。

 

 ●

 

【陽だまりの甲虫】

 戦災孤児であるヨシュアという少年は、養子としてブライト家に引き取られてから一度も笑ったことがなかった。

 義姉であるエステルはあの手この手で日々奮闘するが、それでもヨシュアは一向に笑わない。そんな彼が唯一興味を示したのは、

「カブトムシ?」

「そう、大きなカブトムシよ。こーんなに大きいの!」

 エステルがぐーっと腕を広げると、ヨシュアは嘆息した。

「いるわけないだろ、そんなの」

「ヨシュアは見たくない?」

「絶対いないけど……いるなら、まあ……見てはみたいかな」

「わかったわ! ヨシュアは待っててね!」

 エステルは一人で家を出て、遠くの山を目指した。その山は人間が立ち入ってはならないと伝えられる不可侵の領域だった。

 旅の途中、ヨシュアを想うエステルの心に胸を打たれ、次々と協力者が増えていく。吟遊詩人のオリビエ、踊り子のシェラザード、凄腕傭兵のアガット、貴族令嬢のクローゼ、八百屋のジン。

 彼らはついに禁忌の山の奥深くへと足を踏み入れる。

 そこで待ち受けていたのは、クヌギの木々が所せましと立ち並ぶカブトムシの王国。

 先兵たるカブトムシの群れが、侵入者であるエステルたちに容赦なく襲い掛かってきた。

 勇猛果敢に立ち向かう仲間たち。クローゼの細剣が鋭くしなり、アガットの重剣が群れを薙ぎ払う。オリビエが銃撃で隊列を乱し、シェラザードが魔法を広範囲に放つ。群れからはぐれたカブトムシを狙って、ジンは大根で執拗な打突を繰り返す。

 それらを撃退した先、最奥部にそいつは待ち構えていた。

『ギ……ギギ!』

 奇怪な鳴き声で威嚇をするのはカブトムシの王。金色の甲皮をまとい、がっちり二足歩行だ。顔は人型だし、腕も筋骨隆々である。全長は10アージュに匹敵するほどの巨躯だ。

 と、急に画面の背景が不自然に切り変わり、「戦闘映像はそのまま使いますので、今日こそがんばって倒しましょう。ジンさんは大根置いていいですよ。あ、カメラここに置きますので、なるべく画角の中で戦うようにして下さいね」と、アニエスの音声が入り込む。

 まさかこれ、本物の魔獣か? そういえば撮影前にアニエスはカブトムシと戦っている的なことを言っていたが。

 ヴァンが疑問を抱いた時には、映画のクライマックスと言うべき激しい戦闘が開始されていた。

「うおおおおっ!!」

 カトルが作ったロケットランチャーと榴散弾砲が爆炎を撒き散らす。キングカブトは暴れまわる。

「だりゃああっ!!」

 噴煙を突き抜けたジンが発勁を連打。キングカブトの甲皮にひびが走った。反撃で蹴り飛ばされたジンが流れ星のごとく飛んでいく。

「やああああっ!!」

 爆発、爆発、大爆発。画面を埋め尽くす紅蓮の嵐とノイズ。

 画面下に『激しいフラッシュの点滅にご注意ください』とテロップが流れた。

 やがて激戦は決着の時を迎え、焦土と化したクヌギ林には、うつ伏せで拘束されるキングカブトの姿があった。

 全員が満身創痍だ。

 がっとキングカブトの頭部に足をかけ、息も荒くアガットが重剣を振りかぶる。

「はあ、はあ……やっと捉えたぜ。悪く思うなよ、エステルの望みを叶えるためだ」

『ギ、ギギィ……おのれ、野蛮な人間どもめ。我らが住まいを焼き、一族を滅ぼし、あまつさえ我を手にかけようとはな』

「いや、しゃべれんのかよ!?」

 アガットはキングカブトの角めがけて、重剣を振り下ろした。ガキーンと固い音が響く。

「こんなでけえの入れる虫かごなんざ、さすがにねえよ。角だけでエステルが納得してくれりゃあいいんだが」

 ガキーンガキーンと何度も刃を入れるが、なかなか切れない。

『愚かな人間めが。我が角は雄としての誇りよ。そう易々と切り落とせると思うてか!』

「アガットさん、こう……ノコギリみたいにギコギコいけます?」

 画面外からまたアニエスの声が入る。

 監督のオーダーに応え、アガットは重剣の押し引きを高速で繰り返した。

「ふんっふんっふんっ!」

『ぬっ!? ま、待て、ならぬ! 角が折れては雌になってしまう! あっ、あっ、それ以上はやめっ、らめええええっ!』

 断末魔と共に、ごとりと落ちる黄金の角。ひゅーうと寒々しい風が吹き抜けた。

 場面転換。エステルの家。

 エステルは手に入れたキングカブトの角をヨシュアに渡した。

「どうヨシュア! 本当にいたでしょ? ちょっと全部は持ってこれなかったけど」

「……角の大きさからして、エステルが言っていたより十倍は巨大だったんじゃ……」

「それくらいはあったかな。みんなが協力してくれたんだよ」

 ヨシュアはエステルの後ろに控える仲間たちを視界に入れた。ボロッボロだった。

 その目が訴えている。“お前が笑ってハッピーエンドだからな?”“これ以上、余計な望みをエステルに抱かせるなよ?”“カブトは倒したし、撮り直しとかないぞ?”

 脅迫にも似た眼力に圧をかけられ、ヨシュアはぎこちなくにこりと笑う。

「わ、笑った。ヨシュアが笑ったわー!」

 画面暗転。

 シェラザードが歌う《星の在り処》のアレンジ曲と共にスタッフロールが流れて、一つ目の上映が終わった。

 

 

「ドキュメントムービーなのか……?」

 撮影したというか、奮闘記をそのまま映画にしたような。

 ヴァンは二席ほど離れたアニエスを横目で見てみる。ずぅーんと表情が沈んでいた。彼女の後ろに列で座るリベール組も生傷だらけで、疲れ切っている。

 クローゼとの打ち合わせでは《陽溜まりのアニエス》の実写版を作りたかったらしいが、エステルの望みという事情もあって《陽溜まりの甲虫》になったのだろう。“陽溜まり”要素は欠片もなかったが。

 とはいえ監督未経験で短時間で撮ったのだから、アニエスにしてはむしろ上出来だ。

「おっと、次は俺の作品か。二番手で大本命が上映とはな……あとの盛り上がりに影響しなきゃいいんだが」

 

 

【リベンジオブダークサイズ】

 全てを失い、全てに見放された男、マキアス・レーグニッツがトボトボと薄暗い裏路地を歩いている。

「もう何もやる気が起きないな……このまま川に身投げでもしてしまおうか……」

 足元に新聞が落ちていた。今日の日付だ。『リィン・シュバルツァー。またお手柄! 街で暴れる男ををその場で制圧!』と見出しが躍り、実直そうな青年の顔写真が掲載されている。

「あいつと僕と何が違うんだよ……」

 リィンとは幼馴染同士だった。友人として共に育った。違いなどないはずだ。それなのに、どうしてあいつの人生の方が上手くいく? 脚光を浴びる? 僕はこんなにも打ちのめされているのに。

「力が欲しいか?」

 路地の闇から、黒マントを羽織る人物が姿を見せた。その金髪の男はユーシス・アルバレアと名乗った。

「どうせ捨てるつもりの命なら、俺に預けてみるがいい。人知を超えた能力を与えてやろう。代償として寿命の半分をもらうがな」

「……っ! わかった。君が悪魔の使いだろうが何だろうが関係ない。僕の人生を変えてくれ!」

「ふっ、いいだろう。古の契約だ」

 ユーシスは闇の契約書を取り出した。

「この下線部に名前を書くのだ。実印はあるか? 朱肉はこちらで用意している」

「認印でも構わないか? あと連帯保証人は三親等以内なら有効だろうか?」

「大丈夫だ。それとお得なパックもあってな。こちらのサービスに加入すると、寿命軽減率を15パーセントも抑えることができるのだ」

「えっ、すごくいいじゃないか!?」

「顧客のニーズに応えるのが弊社の方針だからな」

「あ、書き間違えた!」

「まったく何をやっている。書損箇所に二重線を引き、その上から訂正印を――」

 恐ろしい契約をしてしまったマキアス。

 ここで場面が切り替わり、エマのシャワーシーンが流れた。

 超能力を得たマキアスは、法律で裁けない社会悪を非合法の手段で次々と仕留めていく。

 三か月後、街は黒い仮面をかぶったダークヒーローの話で持ちきりだった。彼は義賊であると。

 だがそれは同時に犯罪でもあった。立ちはだかるリィンと幾度となく衝突していくことになる。

 とある日の昼下がり、銀行強盗が発生した。

「さわぐんじゃねえ! このカバンにミラを詰めろ! サツを呼んだら一人ずつ頭に風穴が空くことになるぜ!」

 強盗犯であるクロウが人質に銃を突きつけながら怒鳴る。

『怖いよー!』と泣き叫ぶ人質のエリオット、ミリアム、フィー。

 場面が変わり、エマのなまめかしい着替えシーンが導入される。

 窓ガラスを割ってリィンが突入。しかしクロウはせせら笑い、人質のエリオットの頬に銃口をぐりぃっと押し付けた。「いだっ、そこ口内炎できてるって言ったよね!?」とエリオットは絶望と苦痛に顔をゆがませる。

 残虐な行為に、リィンは激高した。

「やめろ!」

「やめるのはお前だ、英雄さんよ。正義の味方はつらいねえ?」

「くっ、卑怯な……!」

「そうか。では正義を背負わない私なら問題ないな」

 クロウの後ろに瞬間移動で現れた黒き仮面の男。超能力で電撃を生み出し――実際にはラウラの雷系アーツを画面外から発動させ――クロウに直撃させる。

「さ、撮影では当てないって言ったじゃねえか……」

 恨みがましく呟き、彼は黒煙を吐きながらくずおれる。しかし最後の反抗で、クロウは銃弾を黒仮面に放った。

 仮面が砕け、ダークヒーローの正体が露わになる。驚愕するリィン。

「マキアス……? お前、マキアスか……!?」

「そうだよ、リィン。君の友人のマキアスさ。友としてのよしみで、この場を見逃してくれるかな?」

「……それは……できない」

「だと思ったよ。君はいつだって正しくて、僕はいつだって間違えるのさ」

 黒装束がはためき、マキアスはふわりと宙を舞う。

 縦横無尽に動きまくる派手なワイヤーアクションでのラストバトル。正義と悪の相容れないセリフの応酬。差しはさまれるエマのお色気シーン。

 互い差し違えるつもりで繰り出した一撃を、先に相手に届かせたのはリィンだった。

「こうするしか……なかったんだ」

「がはっ!」

 吐血するマキアス。

 血のりの量が多すぎて、返り血を浴びたリィンの顔面がペンキで塗りつぶされたみたいに真っ赤に染まる。なんならマキアスよりも重症感がすごい。

「僕の負けだ……だが覚えておけ。正義も、大義も、所詮は力あるものだけが押し通せるってことをな。僕が死んでも、第二、第三のマキアスが現れ、君たちを脅かすだろう……」

「だったら、その度に守ってみせるさ」

「ふっ、相変わらず正義面がムカつくやつだ。ごはあっ!」

 また血を吐く。大量の血のり追加。編集ミスで、このタイミングでもエマのグラビアシーンが挿入される。

「僕たちの戦いは……これからだ」

 画面暗転。

 エンディングで『いまー、別れの時かも~、果てーしなーい坂の果てにー♪』とエマが歌い上げ、閉幕。

 

 

 パチパチと拍手が起こる。

 ファンタジーとリアルの融合。悪による世直しという、ダークヒーロー鉄板の命題も放り込んでおいた。お色気シーンを入れるタイミングが難しく少々強引になったが、B級映画ならよくあることだ。

 アーロンはなんやかんやで楽しんだみたいだった。しかし女性陣からの反応が芳しくない。

 硬派な表現は、まあ理解できない部分もあるだろう。コア層を狙う尖った作品だからな。

「さて、三番目はリゼットの【アストライアの薔薇】か」

 

 ●

 

 そろそろ講堂で自分たちの映画が上映されている頃だろう。

 そんなことを思いながら、聖アストライア女学院の校舎裏を歩いていると、

「セドリック皇子?」

 声を掛けられる。不意打ちにびくりとして振り返ると、そこにはデュバリィがいた。相変わらず憮然とした態度で腕組みをしている。

「デュバリィさん……どうして一人でこんなところに?」

「おそらくあなたと同じですわ」

「あぁ……少し歩きます?」

「よしなに」

 ここにいる理由は明快だ。自分たちの出演する映画が、他の人に見られるのが恥ずかしいのである。

 エリゼやアルフィンは抵抗がないようだが、セドリックは恥ずかしかった。素人演技は否めないし、何より女装させられている。ストーリーの都合上で仕方なかったとはいえ、やはりなんとも……。

「撮影大変でしたね。意外にもリゼットさんがスパルタで。ダメ出しのリテイク、十回を超えたシーンもありますよ」

「なぜわたくしが敵役なのでしょうかね」

「そこは適材適所といいますか」

「何か仰いまして?」

 ぎろりと睨まれ、セドリックは閉口する。

 皇族だからか、デュバリィは一応慇懃には接してはくれるのだが、セドリックは自分に向けられた敵意のようなものを感じていた。攻撃してくるとか、そういう類のものではないが。

 その理由もわかる。

 銀の騎神をアリアンロードから継承したからだろう。

 あの日。空高くに飛翔した《エンド・オブ・ヴァーミリオン》に追いついてエリゼと話すためには、もうそれ以外に手段がない状況で、アリアンロード――リアンヌ・サンドロットは自ら《アルグレオン》を託してくれた。

 だがその事で、彼女は起動者としての権限を失い、“黄昏”で戦うこともなく、やがては結社を離脱。今はセントアークでただの人として生活している。確か薬屋を営んでいるのだったか。

 それが良いことだったのかどうなのかはわからない。僕が《アルグレオン》に乗らず、リアンヌさんが戦う未来もあったのかもしれない。

 鉄機隊はアリアンロードと共にあり、彼女の征く戦場を駆けることを矜持としている。その機会を奪った僕に、筆頭隊士たるデュバリィさんが折り合いをつけられない感情を抱くのは当然のことか……。

「危ない!」

「え? うわっ!?」

 急にデュバリィから体当たりされて、セドリックは派手に倒れ込んだ。

「な、何を――っ!? デュバリィさん!」

 “何者”かの襲撃を受けて、彼女も地面を転がっていた。不意の一撃から助けてくれたらしいと理解した時には、セドリックはその“何者”かに正面から首をわしづかまれていた。

「ぐっ、うう……がっ!」

 つま先が浮き上がり、校舎の外壁に押し付けられる。凄まじい力だ。息ができない。ブラックアウトしかける視界で“何者”かを見定める。

 影だ。黒い霧が凝集されて人の形を成している影だった。

 見覚えがある。ミシュラムエリア攻略の際、シェラザードと観覧車に乗ってみっしぃを探していた時だ。

 建物の陰に黒い人影を見たのだ。すぐに見失ったし、気のせいかと思っていたが。こいつだ。間違いない。

 影の顔の部分に、うっすらと輪郭が浮き出ている。

「あ、あなたは……っ!?」

 バカな。いるはずがない。だってついさっきまで講堂にいたはずだろう。

 首を絞める力が強くなる。まずい。意識が。振り払わなければ。しかし素手では。

 いや、呼べ(・・)

「来い……っ!」

 瞬間、強い衝撃波が巻き起こる。瞬時に手を放し、“影”はセドリックから離れた。

 粉塵を一払いで吹き散らすセドリックの手には、一振りの騎士剣が携えられていた。

 風属性特有の緑光を発しながら鳴動する白金の刀身。第二世代型魔導剣《フレスヴェルグ》が、強大な力の息吹をもって大気を震わせる。

 

【挿絵表示】

 

「立てますか、デュバリィさん。動けるなら戦闘準備を」

「こんなのダメージの内にも入りません。にしてもコイツはなんですの!?」

「わかりません。ただ敵対意思がある以上、交戦は避けられなさそうです」

「ふん、かかる火の粉は払うまでですわ」

 デュバリィは呼び出した盾と剣を一瞬で装備する。

 《ARCUS》の戦術リンクが二人を繋ぐと同時、“影”は雄叫びを上げて突っ込んできた。

 

 

 ――つづく――

 

 




《話末コラム①》【クルトの学年差について】

【1205年4月】
エリゼ、アルフィン、セドリックがトールズ士官学院に入学。
(閃の軌跡ではセドリックの入学は《緋の騎神》の起動による消耗により見送られているが、虹の軌跡ではエリゼが《テスタ=ロッサ》の起動者となっているため、予定通りのスケジュールで新一年Ⅶ組として入学している)

【1205年12月】
ミュゼがアストライア女学院を去る。

【1205年12月】
ユウナはクロスベル軍警学校の単位を取り消され、クレアの勧めでトールズ士官学院・第Ⅱ分校に編入することを決める。

【1205年12月】
クルトは閃の軌跡ならセドリックの入学延期に合わせて、一年遅れでトールズ本校に入学するつもりだったが、秋頃にヴァンダール家がエレボニア帝国の皇族守護職から解任されたため、本校は辞退し悩んだ末に第Ⅱ分校への入学を決める。

※しかし虹の軌跡においてはセドリックは延期せずに入学している。
それなのにクルトの入学が一年遅れた理由は、『皇族守護職の解任の話自体はもっと早く(1205年3月以前)に上がっており、セドリックの護衛の任につけない線が濃厚であったことから、トールズ本校の受験に足踏みしてしまった』という舞台背景となっている。
要するに悩んでいる内に受験の機会を逸し、結果一年遅れで第Ⅱ分校に入学することでユウナたちと同級生になった。
ユウナもミュゼも所属校を辞めて第Ⅱ分校に来ているので同年代設定に矛盾はない。

セドリックに対して、入学当初はクルト側に引け目があった為、彼から距離を取っている状態だった。
しかし“黄昏”で共闘も行い、学年は違うものの同い年の親友としての立場となった。

――というのが《黎明の軌跡》におけるセドリックとクルトの関係。


《話末コラム②》【オッサン】

原作でのアーロンはヴァンのことを出会った当初は“オッサン”呼びしていたが、時間が経つにつれ“ヴァン”呼びに変わっていく。
《ロア=ヘルヘイム》で合流した当初はやはり“オッサン”呼びであったが、記憶の拡張が起こるたびに、共に過ごしたという実体験がフィードバックされるため、時間経過がなくとも信頼性は深まっていく状態。
故に現在はバーゼルの一件を解決した時点と同等の親密度であるため、自然に“ヴァン”と呼ぶことが増えてきている。


《話末コラム③》【銀の騎神の継承】

《虹の軌跡2.5 Dragon's breath》の最終戦において、アリアンロードは暗黒竜《ゾロ=アグルーガ》の呪いを身に宿すエリゼの命を絶つつもりだった。
しかし《エンド・オブ・ヴァーミリオン》を使役するエリゼの一撃を受け、彼女は戦闘不能に陥ってしまう。
殺さずに救うという一縷の望みに賭け、アリアンロードは偶然に現れたヴィータ・クロチルダに胸を貫くよう頼み、自ら致命傷を負った。
その時点で銀の騎神の準契約者であったセドリックは、システム上の繰り上がりを受けて正起動者に昇格。アリアンロードから《アルグレオン》を継承するに至った。
その後、“黄昏”までリィンサイドで戦い抜き、騎神消滅時点でも正起動者のままであった。
その為、リアンヌは存命となるが、鉄機隊としては思うところがある。


《話末コラム④》【エリゼとテスタ=ロッサ】

《ゾロ=アグルーガ》の呪いが解けたあと、《テスタ=ロッサ》は自我を取り戻している。
彼は解呪してくれた起動者のエリゼに感謝していたが、エリゼは緋の騎神を忌むべきものと感じていた期間が長かったために、最初は《テスタ=ロッサ》とあまりコミュニケーションを取ろうとしていなかった。
エリゼに構って欲しい《テスタ=ロッサ》と、騎神とは距離を置きたいエリゼというのが、二人の長らくの関係であった。
しかし“黄昏”の終盤では歩み寄りを見せ、関係は多少良好になり――そこで《テスタ=ロッサ》は消滅する。
相棒として自分をずっと支えてくれた彼に、最後まで素直な気持ちを伝えられなかったことを、エリゼは人知れず後悔している。

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