黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
【アストライアの薔薇】
「あ、あなたはセドリックさん? まさかセドリーヌとセドリックさんって、同一人物!?」
「違うんだ、エリゼさん! これには事情があって……」
満月の夜に女生徒が一人ずつ消えていく。そんな奇怪な謎を解明するために、女装して聖アストライア女学院に潜入すること一か月。
学院長室の大きな鏡に秘密があると突き止めたセドリックだったが、ついに寮の同室のエリゼに正体を知られてしまった。
「そんな……私、同じ部屋で着替えとかしちゃいましたよ! そ、そ、それにお風呂も一緒に入っちゃったじゃないですか……!」
「わざとじゃない! 不可抗力なんだ! 見てないし、ちょっとしか!」
「信じられません!」
フルスイングビンタが、セドリックの頬にくっきりと手形を残す。
しどろもどろの説明。やっとのことでエリゼにも理解してもらえ、どうにか彼女の協力も得るに至った。
だが次の満月の夜。鏡の中に消えてしまったのはエリゼだった。
エリゼを救うためにセドリックは一人、夜の校舎を駆け巡る。
学院長室へと続く薄暗い廊下に、上級生のデュバリィが立ちはだかっていた。
「デュバリィ先輩? なぜこんな時間に学校にいるんです?」
「なぜ? それはこのわたくしが鏡の使者だからですわ。さかしまの世界を統べるミラークイーンに、無垢なる魂を捧げる崇高な役割を与えられたのです」
「ミラークイーンだって……?」
彼女は調査に乗り出すセドリックに、様々な助言を与えてきた。しかし実は敵だったのだ。
にらみ合う二人。その時、学院長室が光り輝き、鏡の中からミラークイーンが現れた。
「我は破鏡の女王、アルフィンである。忠実なる
「はっ、アルフィン女王。恐悦至極でございます」
「ゆえに用済みだ。貴様の魂ももらい受けるとしよう。贄となり、我が力の一部となるがいい」
「そ、そんなっ!?」
「くくく、ふはははー!」
うちひしがれるデュバリィ先輩。尊大にあざ笑うアルフィン女王。
物語は佳境。講堂に集まった観客たちは、皆が固唾を飲んで映画に集中している。
そのクライマックスへと移りゆくシーンを見ながら、
「ねえねえエリゼ。わたくし、けっこうはまり役じゃないかしら。デュバリィさんもいい味出してると思わない?」
「ええ、何気に姫様は悪役が似合いますね。はあ……でもお色気シーン、どうしましょう。兄様にあとでどんな顔をすれば……」
「そこまでじゃないと思うけど。リゼットさんのカメラアングルが上手で、肌はほとんど映ってなかったもの。なんならリィンさんの目の前で再現してあげればいいじゃない」
「しませんから。それに演技とはいえ、セドリックさんの頬を平手打ちしちゃいました……リテイク込みで五回も」
「二人が目覚めてしまわないか心配だったわ」
「何にです」
小声で話すアルフィンとエリゼ。
「そういえばセドリックとデュバリィさんの姿が見えないわね。お手洗いにしては長すぎるような」
「セドリックさんは女装もしていますので、皆さんに作品を見られるのがやはり恥ずかしいんでしょう。デュバリィさんも演技恥ずかしがっていましたし」
スクリーンの中では敵であったデュバリィ先輩と協力して、セドリックがアルフィン女王に立ち向かうところだった。
《――★第15話 ミストマータ★――》
セドリックの横一閃の斬撃が、相手の腕によって払いのけられる。
「硬いな……っ!」
黒い霧の集まりのような体をしているくせに意思も実体もあるらしい。聖アストライアの校舎裏でいきなり襲撃してきたそれは、“人のような何か”だった。
「影人間とでも呼称しましょうか。目的も不明ですが、敵であることは間違いないのでしょう」
セドリックの横についたデュバリィは、ぶんと大剣を振るう。
敵の顔を今一度確認する。影に黒く塗りこめられていて、頭の形をしているということ以外はわからない。しかしさっき確かに見たのだ。
今は講堂で映画を見ているはずの人の顔を。本人か、偽物か、あるいは。
「影人間について確かめたいことがあります。できるなら取り押さえたいんですが」
「あれを拘束するのは骨が折れますわ。多少は痛めつけても?」
「やむを得ません。手加減したらこちらが痛手を負います」
自分の知る“その人”なら、そうやすやすとやられてくれはしない。実力を表立って出さないだけで、間違いなく最強の一角だ。
影人間が跳躍する。ひとっ飛びで間合いを詰めて、剛腕を繰り出してきた。
セドリックとデュバリィは左右に分かれて回避。花壇を踏み荒らし、土を蹴立てて立ち回る。元園芸部員としては心苦しい限りだ。
「《フレスヴェルグ》――シングルドライブ!」
刃にアーツを宿らせ、圧縮して解き放つ。これが魔導剣の基本特性だ。
勢いよく隆起した大地の鍵爪を、しかし影人間はバックステップで避けた。そのまま窓ガラスを割って、校舎の中へと逃げてしまう。
「逃がさない! デュバリィさん!」
「承知しています!」
その敵を追って、二人も校舎へと駆け込んだ。
●
【分校戦隊トールズドール】
「情熱闘魂、ユウナレッド!」
「冷静沈着、クルトブルー!」
「搦手三昧、ミュゼグリーン!」
「愛玩動物、アルブラック!」
「金甌無欠、アッシュゴールド!」
ぴっちりスーツの五人組がビシッとポーズを決めると同時、五色の派手な爆発が大画面を彩った。
『紅天切り裂く五つの刃! 分校戦隊トールズドール! ただいま参上!』
声をそろえて、名乗りを上げる。
彼らこそ、世界が邪悪な闇に覆われんとする時に現れるという光の戦士たちである。幾多の戦いを潜り抜け、ついに悪の軍団の本拠地に乗り込んでいた。
「来たな、トールズドールよ。貴様らの命運は今日ここで尽きるのだ!」
敵の首領、カトル・サリシオンが哄笑を響かせる。監督も出演しちゃうパターンの映画だ。
用途不明の機械が多く並んでいる巨大な研究施設で、最後の戦いが始まろうとしていた。
一触即発の空気の中で、しかしカトル首領は静かに五人を手で制した。
「ふむ……光の戦士たちは我ら闇の一族にとって、忌むべき怨敵には違いない。だがその力、ここで根絶やしにするのは惜しくもある」
「な、なんですって」
戸惑うユウナレッド。やはり伝統の赤色スーツがリーダー格である。ユウナとミュゼのぴっちりスーツは中々際どかった。
「我が軍門に下らぬか? さすれば千年に渡る憎しみの連鎖も終わろう。さらにこの世界の半分を与えてやろうではないか。齟齬がないように補足説明すると、その半分を五人で分けてもらうわけだから一人当たりの領地は全体の十分の一となるのだがな。また不平等を防ぐために、地域ごとの特産品や商業傾向を勘案した上で、全員が納得いく方式で実利均等に分配してくれるわ」
「くっ! 細やかな気遣いが光るじゃない! 福利厚生は!? 福利厚生はどうなのよ!?」
「フハハ、闇の一族の有給取得率を教えてやろうか? ゆくゆくは悪の研究施設に保育園を併設し、幼子を抱える母親も安心して働ける職場に変革してくれよう。くくく……無資格未経験の方への指導育成も抜かりはないと言っておこうか」
「ど、どうせ口だけよ。本当はブラックな職場なんでしょ? 使い潰されて用済みになったら捨てられるのがオチよ」
「人材こそが宝。それに社員の健康管理は雇用主の義務だ。年二回の健康診断を実施し、シフト制で十分な休息をとれるよう配慮している。時勢に合わせてフレックスタイム制の導入も検討中だ。どうだ、我が社は」
「社て」
あいつに任せたら世界はいい方向に向かうんじゃないかな。揺れる光の戦士たち。
「ねえ、クルト君。最後に休んだのいつだっけ」
「もう三週間前になるな……それさえも緊急招集で消えたが。そういえばリィン司令官からの通達を読んだか?」
「あー読んだ読んだ。残業するときは退勤のタイムカード押した後でやれって。え、なに。あたしらの組織の方が闇じゃない?」
クルトブルーが挙手した。
「カトル首領。全員の意見を取りまとめてから最終決を出したい。協議の時間が欲しいのだが」
「まったくこれだから戦隊は。一人で何も決められんのか。だがよかろう、待ってやる。しかしあまり根を詰めて考えすぎるなよ。適度に休憩を挟みながら、論点が脱線しないよう結論に向けてしっかりと話し合うことが大切だ。それと糖分補給をした方がいいアイディアも出やすい。あとで差し入れ持っていくから。甘いもの苦手な人いない?」
「くそっ、理想の上司め……!」
円になって話し合う光の戦士。
「いやー、でも仲間になるってのは無理じゃない? マスコミになんて書かれるかわかったもんじゃないわ」
「一応正義のカテゴリーだしな。リィン司令官も納得しないだろうし」
「では仲間になったと見せかけて闇討ちはどうでしょう?」
「悪くない案かと。コーヒーに亜鉛を混入させてトイレから出られなくなったところを個室ごと蒸し焼きに……」
「待てや、お前ら。ここで倒した方がぜってー早いだろ。ついでにこの研究施設も奪ってやろうぜ」
あれこれと揉めて、ようやく結論が決まる。
「答えはノーよ! 正義の戦隊を見くびらないことね!」
「はぁ……なんか台本が全然違うものになってるんだけど。やっぱり“囚われ”が多いと勝手にストーリーが変えられるのかな……え、あっ、仲間にはならないんだ?」
我に返ったカトル首領が、ユウナレッドに顔を上げる。
五人は手のひらを天にかざした。
『五つの気持ちがそろうとき、太古の力が蘇る。いでよ、超絶神機トールズドール!!』
気持ちが一つだったかは怪しいが、ゴテゴテした巨大なかっこいいロボが登場し、ユウナたちはそれに乗り込んだ。
「ならばこちらも! 闇より出でよ、魔王機兵ヤン兄Ⅱ型! グランマ砲の威力を見せてやれ!」
カトルも巨大人型兵器を召喚。
光と闇のロボ同士が、ミニチュアの街のセットを破壊しながら暴れまくる。
●
「いない! どこだ!?」
聖アストライア女学院の校舎、その三階だ。廊下の中ほどで立ちどまり、セドリックは全方位を見渡した。片側には窓、もう片側にはいくつかの一般教室が並ぶ。
見失った。一階と二階にはいなかった。三階だと思ったのに。
「影人間について、確かめたいことがあると仰いましたね。何か心当たりが?」
三階まで全速力で駆け上がってきているが、デュバリィには息切れ一つなかった。
「影の頭部……その中に知っている人の顔を確認しました。けれどその人は今、講堂で映画鑑賞しているはずです」
「それが見間違いでないとして、現時点で想定できることは?」
「本人が影人間に取り込まれていること。影人間が本人を模していること。本人が影人間で最初から僕たちを欺いていたこと」
「その三パターンくらいでしょうね。どれもネガティブな話ですが。そして影人間そのものについては憶測さえできないと」
ミシュラムエリアで見かけた影人間と同じか? であればこいつは以前から存在していたことになる。目的は? なぜ僕たちを襲う? むしろ、なぜミシュラムでは襲ってこなかった。
判断するための材料がなさ過ぎる。
「僕たちの追走を受けて、すでに逃げたって線もなくはな――」
何気なしに窓からグラウンドを見やり、その窓から影人間が飛び込んできた。廊下に砕け散るガラス片。
『オ前タチ……ガ』
「しゃべった!? まさかあなたは本物の――がっ!?」
会話にはならなかった。体当たりを食らってセドリックは吹き飛ばされる。その隙にデュバリィが影人間に切り込もうとしたが、相手の反応が早すぎた。豪快なラリアットを受けて、防御した盾ごと彼女も廊下を転がる羽目になる。
強い。中の人間がベースだから? あるいは本人だから?
膝をつくセドリックに影の拳が迫る。
直撃を食らう寸前、目の前に黄金の障壁が現れた。それに弾かれた影人間はたたらを踏んだ。
今のは防御アーツの《アダマスシールド》だ。理解と同時、自分の傍らを駆け抜ける流麗な剣捌きが閃き、態勢を崩した影人間の片腕が飛ぶ。
「おケガはありませんか、セドリックさん!」
細剣の先端を影人間に突きつけるのはエリゼだった。アルフィンも魔導杖を手に、セドリックの横に並ぶ。
「二人とも帰ってくるのが遅いから様子を見に来たのよ。校舎裏の花壇が荒れてたから、何かあったのかと思って」
「そうか。助かったよ、エリゼさん。あとアルフィンも」
「わたくしのついで感……」
エリゼが切り飛ばした影人間の腕が再生していた。
もう取り押さえるなどと甘いことを言っていられる相手じゃない。
万が一逃げられて、講堂に乱入されでもしたら終わりだ。主格者であるレンの“楽しい学園祭”という望みが叶わなくなってしまう。やりなおしで再上映すればいいというものでもないだろう。その場合、どうなるかわからない。最悪はエリア解放ができなくなる可能性もある。
「説明はあとだ。敵は影人間。これを全力で倒す。行くよ、新Ⅶ組! あとデュバリィさんも!」
「わたくしのついで感……」
●
【大切なトモダチだから】
日記をめくりながら、回想形式で物語は進む。
日曜学校に通うユメ、シーナ、ハリーは仲良しだった。ほんわかした雰囲気の優しいユメ、ちょっとお姉さん気質のシーナに挟まれて、ドキドキのハリーの毎日がつづられた。
「もう! ハリーは私がいないとダメなんだから!」
「うっせえなあ、シーナはいちいち細けえんだよ」
「あはは、二人とも仲いいー」
時に甘酸っぱく、時に刺激的。ああ、自分たちにもこんな頃があったのかなあ、と思わせるどこか哀愁の漂うしっとりとした画面作りだった。
ある日の昼下がり。ユメはハリーを自宅に招いておままごとで遊んでいた。
「はーい、お帰りなさーい。今日もお仕事おつかれさま~」
「お腹すいたなー。今日の夕飯なに? ユメの料理は美味いんだよな」
「えへへ、野菜炒めだよー」
穏やかな時間だった。夕方が近づき、ハリーは立ち上がる。
「じゃあ俺帰るわ、また日曜学校でな。え、なんだユメ?」
「まだ帰らないでよ」
ユメはハリーの袖をつかんでいた。
「今日、ママ帰ってこないの。最近知り合ったZ1レーサーとご飯食べに行くんだって」
「だから?」
「だからぁ、ママ、帰ってこないんだってばぁ」
幼女が妖女へと変貌する。艶やかな色声を耳元でささやき、ユメはハリーをソファーに押し倒す。
「ま、待ってくれ! 俺はシーナのことが……」
「知ってる。あたしはシーナもハリーもどっちも大切。でも二人がくっついたら、きっとあたしのことなんて放っていっちゃうよね? いつか忘れちゃうよね? そんなのイヤだよ。だから奪うの。壊すの。狂わすの。あたしから誰も離れないで」
「やめろって!」
「きゃっ」
ハリーの払った手が、ユメの指先に傷を作った。
「あ、ごめ……」
「ふふ、ハリーからもらった痛み、気持ちいいの。ああ、痛ぁい」
指をつたう一滴の血を、ユメはちゅっと舐める。唾液が糸を引き、甘い視線をハリーに送る。ハリーの喉がごくりと鳴った。
「あらあら、欲しがり屋さんの顔してるわ。背徳の蜜の味を思うさまに本能のままに味わってみたいって顔。あなたはもう青く固い禁断の果実しか見えていない。反省も後悔も懺悔もあとにしましょう。今はただ、理性を捨てて、その手を伸ばすだけでいいの。そう、簡単なことよ」
「ユ、ユメ!」
ガチャッと扉が開く音。
「ユメー、勝手に入らせてもらったわよ。借りてた本を返しに――」
力の抜けたシーナの手から、ごとりと床に本が落ちる。
「な、なにしてるの二人とも……?」
「あっ、違う、シーナ! これはユメが」
「見つかっちゃった」
悪びれた様子もなく、乱れた着衣を直すでもなく、ユメはシーナに近づいた。
「ひどい、私の気持ちを知っていて……どうしてこんな。ユメのこと、親友だと思ってたのに」
「親友よ、これまでも、これからも。ただほんの少し形が変わるだけ。ねえ、三人で仲良く楽しみましょうよ。それが一番誰も傷つかない」
「バカ言わないで! ひゃん!」
猫のようなしなやかなさでユメの手が首に回され、その指先がシーナの襟元から服の中へと侵入する。内股で身もだえるシーナ。
「や、やめてよお。ハリーも見ないでぇ……」
「どうして嫌がるの。身を任せて。大丈夫よ。そうでしょう、だってあなたはあたしの――」
シーナの首すじに舌を這わせながら、熱を帯びた視線をハリーにも送って、ユメは言った。
「大切なトモダチだから」
●
【アウトローは四季に眠る】
「時を駆けるペンダントよ、私たちを未来に連れて行って!」
ロングスカートセーラー服&黒マスクのスカーレットの掲げる転移輝石が煌めき、トヴァル、クレア、シャロンも光に包まれる。
この世界から季節が無くなったのは、遥かな時間の先で起きたタイムハザードが、自分たちの生きる現在にも影響を及ぼし続けているからだった。
その時間災害を消滅させる為に、みっしぃは一人、未来へと旅立ってしまった。
「ちくしょう! 俺らダチじゃなかったのかよ! 何も言わずに行っちまうなんざ許せねえ……!」
リーゼントトヴァルが憤る。“喧嘩上等”の金刺繍入り白コートがひるがえった。
「アタシらも追いかけて問い詰めちゃえば、みたいな?」
取ってつけたような“みたいな”を連発するギャルクレアのミニスカートは、履いてる意味があるんですかと問いたいくらいに短い。
スクリーンに釘付けのマキアスの座り姿勢がだんだん下にずれていき、画面を少しでもローアングルで見れないか地味に試している。
「光が強まってきましたわね。一度未来に飛んだら、もうこの時代には戻って来られないかもしれません。本当に皆さんはそれで宜しいので?」
フリルだらけの改造制服のお嬢様シャロンが言う。
返事こそ誰もしなかったが、引き下がるという選択肢はない。
光の膜が押し広がった。
時空間がゆがみ、物理法則が反転する。次元のトンネルが渦を巻きながら、数千年後の未来への道を構築した。
凄まじい速度で時計の針が回る。社会からのはみ出し者だった四人。みっしぃと出会うことで、彼らの人生は変わったのだ。
ついに時間の壁を越える。
そこは瓦礫の山に囲まれた荒廃した世界。その終末の光景のただ中に、みっしぃは立っていた。
「みっしぃ!」
「スカーレット君……? みんなも……。なんで追って来ちゃったんだヨ」
驚きが、喜びが、悲しみが、複雑に入り混じった表情だった。
みっしぃは不思議な光を発するペンダントを手にしていた。
「そ、そのペンダントは私のと同じ!?」
「そう、スカーレット君に上げた《時》のペンダントと対を成す《幻》のペンダント。これを使って《空》の輝石に干渉することで、タイムハザードをそもそも起こらなかったことにしちゃうんだ。自然の営みは活動を再開し、世界は四季を取り戻し、元通りになるんだヨ」
「あなたはどうなるの? どこに行くの? 私たちと一緒に帰れるの?」
みっしぃは短くかぶりを振った。
「ボクは時空のねじれに囚われる。でもいいんだ。君たちが無事なら」
「いいわけねーだろ! ダチを放っておくなんざできるか!」
怒るトヴァルのリーゼントがビーンとそそり立つ。
「巡る季節とは美しいものなのでしょう? だったらみんなで見に行きましょう。わたくし達は花というものも見たことがありません」
「春って季節にはお花見ってのをするって聞いたしー、みたいなー?」
「トヴァル君、シャロン君、クレア君……」
スカーレットが《時》のペンダントを掲げた。ばりばりと黒い稲妻がほとばしる。
「だっ、だめだヨ! そんなことをしたら、君たちまで次元の狭間に囚われて……!」
「いいの。私たちはいつまでもあなたと一緒にいたい。そうじゃなければ数千年を越えた意味がない」
三つの輝石が反応し合い、止まっていた歯車が大きな音を立てて動き出す。回る、廻る。無数に噛み合い、世界と時間を連動させる歯車が。
そしてトヴァルが消えた。次にシャロンが、クレアが、その姿を消してしまった。
「……次元分解ね」
「うん……もう止められない。逆巻く時間の奔流に飲み込まれたんだ。どの時空間に飛ばされたかもわからない。時代さえ違う。ボクたちはもう……二度と出会えない」
「なら最後に聞かせて。まだ人間が嫌い?」
「やっぱりコナー君のことは嫌いだネ。でもスカーレット君たちのことは……嫌いじゃないヨ」
「じゃあこれ受け取ってくれる?」
スカーレットが差し出したのは、長靴だった。
「で、でもボクはそれを受け取れないヨ。だって願いを叶えてないから。人の願いと引き換えじゃないと、服は手に入れられないんだ……」
「わかってる。だから私の願いを叶えてちょうだい。私の願いはね――」
みっしぃの耳元でささやくと、スカーレットは消えた。
「ああ、ボクも望むヨ。時間は有限にして無限。奇跡の一つや二つ、簡単に起きるんだから――」
そこにあるもの、全てが消失していく。やがてみっしぃもいなくなった。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
人の感覚では認識できないほどの遠い遠い、未来の果て。
ここではない場所の、今ではない時間の先で。
春の木漏れ日の中で、ライノの花びらが舞っている。美しい並木道には四人分の足跡が途切れることなく続いていた。
その足跡を、一足の長靴が追う。みししっといつもの笑い声を響かせて。
エレインの歌うエンディングソングが流れる。スタッフロールなんて数人分しかないのに、彼女は五分以上みっちり歌い上げた。
さらにキャストを見て気づいた。着ぐるみの中のみっしぃ役はエレインだった。
「ぶらぼー! ぶらぼー!」
ティオは席から立って、スクリーンに向かってありったけの賛辞を叫んでいた。
ラウラは自分の膝に顔をうずめて大号泣している。「父上がカレイジャスで爆散した時より感情を揺さぶられた……」とつぶやかれた一言は聞かなかったことにしたい。
個人的には意欲作だと思う。
しかしその世界観ならアウトローが主役じゃなくても良かったんじゃねえか。しかも他作品の映画と世界線を繋げて勝手に続編っぽい感じにした上に、作中におけるコナーの扱いが凄まじく悪い。監督の主義主張を前面に押し出してやがる。
「私の作品どうだったかしら?」
「良かったぜ!」
感想を聞きにきたエレインに、ヴァンは親指をグッと立てて見せる。そんな講評言えるわけもない。
ただアーロンはあとで首根っこを捕まえなくては。あいつ、ユメに何やらせてんだ。ヴィクトルのおやっさんに殺されるぞ。
上映はあと一作品。フェリの《クロスベル・ジャケット》を残すのみだ。
●
光軸が交錯した。
デュバリィとセドリックを、エリゼとアルフィンを、それぞれ戦術リンクが繋ぐ。
電光石火の身のこなしで、デュバリィとセドリックが前に出る。二人同時に敵の懐に踏み込み、影人間を廊下から教室に蹴り飛ばした。
机や椅子を巻き込みながら、影人間が床をけたたましく転がる。
割れた窓べりに足をかけ、デュバリィも教室の中へと跳躍した。
「食らいやがれですわ! 剛っ雷っ剣っ!!」
空中でかざした剣から雷光がほとばしり、縦横無尽に電撃を暴れさせた。彼女は刀身に属性を宿す剣技を扱う。
「本家本元だもんな、これが……っ!」
大元をたどれば魔導剣の発想は、十月戦役の最中にユーシスがアルバレア城館でデュバリィと交戦したことがきっかけだ。
稲妻の隙間を縫って、セドリックは《アクアブリード》を魔導剣で発動させる。放たれた水流が電流と合わさり、影人間に追撃を与えた。
『グゥオッ!』
うめいた。効いた。けどまだだ。セドリックは剣先を床に突き立てる。
「《フレアバタフライ》を駆動させて逃げ道を塞ぎます! デュバリィさんはあれです。気をつけて下さい」
「ど、どう気をつければ?」
同じ魔導剣であっても、第一世代型の《スレイプニル》と第二世代型の《フレスヴェルグ》では、設計の根本が異なっている。
《ARCUS》と剣を接続させて導力供給を受け、圧縮させたアーツを斬撃に纏わせるのがユーシスの《スレイプニル》に対し、セドリックの《フレスヴェルグ》はそもそも結晶回路自体が剣の構造に組み込まれている。
この機構のおかげで導力が常にオートチャージされるので、体感上の駆動待機時間はほとんど発生しない。外部供給のエネルギーに頼らない分、総威力は《スレイプニル》に劣るが、それを補う速効性を有している。
すなわち《フレスヴェルグ》とは“剣の形をした戦術オーブメント”だ。
無数に羽ばたく炎の蝶が、火の粉を散らしながら虚空に舞い踊った。
瞬く間に教室が高温の窯と化す。影人間は熱波から逃れようと教室の前方へと退いた。
「だあっちぃい!」
淑女からは程遠い悲鳴を上げて、デュバリィは視界に残像を刻む速さで特攻。影人間の拳と《神速の太刀》が激突。
デュバリィが押し切った。黒板ごと壁をぶち抜き、建材と瓦礫を撒き散らしてとなりの教室へと突っ込む。
「いきますよ、姫様」
「任せて」
すでにその教室では、エリゼとアルフィンがアーツを駆動させていた。リンク状態であるがゆえの完璧なタイミングでそれらが放たれる。
影人間の足元から闇をまとう黒剣が突き上がり、頭上から光をまとう銀剣が降り落ちる。エリゼの《カルバリーエッジ》とアルフィンの《シルバーソーン》の上下挟撃だ。
『ガッ、アア……貴様タチガ……!』
影人間は再び廊下へと飛び出した。
「《閃光》の名は伊達ではありませんわよ。逃げられるとお思いで?」
デュバリィとセドリックで進路を塞ぎ、影人形を廊下の中央へと追いやる。さらにエリゼとアルフィンで後方の退路も断つ。二チームで挟んだ形だ。
「この距離なら使えるだろ、アルフィン!」
「十分!」
リンク切り替えで繋がったセドリックとアルフィンが、双方から影人間に向かって駆け出す。
アルフィンはすぐさま最高速に達し、魔導杖が光の帯を引く。エリオット直伝にしてアルフィン仕様のムービングドライブ・フルスピードだ。
《クリスタルフラッド》を駆動。強い冷気に覆われる廊下。トップスピードのまま、アルフィンは自らが生み出した氷の波の上を滑る。
「《フレスヴェルグ》デュアルドライブ!」
《イグナプロジオン》で床を打ち、セドリックは爆炎の反動で飛んだ。
セドリックの跳躍と同時、影人間の両足を凍らせながら、股抜きスライディングをするアルフィン。
空中前転しながら《エアリアルダスト》を宿らせた魔導剣を振るうセドリック。
互いの位置を入れ替えながらの双子のクリティカルヒットが決まる。動けない影人間の右上半身を、爆裂する烈風が吹き飛ばした。
人間でいう心臓の位置に何かがあった。影の体に守られた金色に光る何か。
直感する。あれを壊せば倒せる。だがすぐにやらねば、また影が回復してしまう。二連撃を放つデュアルドライブの反動が来ていて、自分は腕が痺れている。誰か――。
くすぶる炎塵の中に紺色の髪が波打つ。間髪入れずにエリゼの刺突が繰り出された。レイピアの先端がその金色の何かを穿つ。
「くっ……外しました!」
かすめただけだった。上半身を無理やりにひねり、影人間は致命傷を避けたのだ。
そいつは凍った足を引きちぎって窓から飛び降りる。逃走されてしまった。
●
【クロスベル・ジャケット】
ヴァンはスクリーンを見上げていた。
フェリ監督の《クロスベル・ジャケット》は、治安が最悪の魔都に配属された新米警官たちのドタバタコメディ活劇だ。
子供が作ったにしてはよくできていたと思う。
前半はロイドがクロスベル警察に着任するところから始まる。警察署内の受付のフランとかいうお嬢さんが、いきなりガムをくっちゃくっちゃさせていることで、やばい街の感じを印象付けているところも良い。
そしてロイド、エリィ、ノエルの新任警官ズの教育役となったのがフェリ軍曹だ。警察なのに軍曹という謎の役職だ。どうやら監督は出演するものみたいな勘違いをしていたらしい。
カトル特製の“電気が流れる警棒みたいなもの”を振り回し、ロイドたちを追いかけ回すフェリ軍曹。映画用のワンシーンじゃなくて、普段の様子を映像で流しただけの気がした。
少女から繰り返される罵声。少女によって踏みにじられる尊厳。荒ぶり続けるフェリ軍曹。
この街を俺たちの手で良くしよう。そんな希望と意欲に満ちていたロイドたちの瞳は日ごとに輝きを失っていき、最終的には返事が『
それから彼らは初めての市街パトロールに出かけた。
10アージュ歩けば誰かに絡まれる。ゲヒゲヒとニヤける悪漢どもの太ももを、エリィ女史が無言で撃ち抜いていく。手錠がもったいないからという理由で逮捕はせず、そのまま放置だ。ロイドたちが過ぎゆく背後で、動けないそいつらが野犬の群れに襲われる。血しぶきと悲鳴に、しかし誰も振り返ろうとも助けようともしない。
黒芒街が平和に見えるほどイカれた街だった。クロスベル怖っ。
まあ、そこも別にいい。
盗んだ車で逃走を図る銀行強盗の殲滅命令が、ロイドたちに下った。捕縛ではなく殲滅である。
パトカーに乗っての追走劇が、この映画のクライマックスだ。
「ヒャッハア-ッ! この金で遊び放題だぜえ!」
「そうだね、僕も豪遊ルートかな。ボスは?」
「私はミシュラムの運営権を買収しようかと」
犯人グループの車内。運転席がランディ、助手席がワジ、後部座席の主犯格がティオだ。
けたたましいサイレン。その車の後ろにパトカーが追いついた。
エリィが叫ぶ。
「ロイド! 並走させて!」
「
「
路肩のあふれたゴミ箱を弾き飛ばし、結構な数の通行人を跳ね飛ばしながら、激しいカーチェイスと銃撃戦が繰り広げられた。
問題はここだ。
犯人グループが乗り回して、今まさに銃弾に穴だらけにされているピックアップトラックは、すごく見覚えがあるんだよなあ。でも多分見間違いだよなあ。そんなことするわけないもんなあ。どうせカトル君が作ったんだろうなあ。なんでも作れてすごいなあ。
ちょっと車体ナンバー見てみようかなあ。『WD-024-SJ』だって。ははは、なるほど、俺の車だなあ。フェリちゃんサン、またやらかしてくれたなあ。
ロイドがパトカーをピックアップトラックにぶつけた。
「こんな街にも正義はあるんだ!」
正義ってなんだっけ。人の愛車でガンガン体当たりをかますことだっけ。
ノエルがパトカーから身を乗り出して、ロケットランチャーを構えた。しかも四連装。警察の携行武器の概念がおかしい。
「ファイヤー!」
ファイヤーされた。全弾命中。俺の車がファイヤーしている。そして大エクスプロージョン。爆発を派手にするために、大量の火薬が仕込まれていたらしい。
ヴァンはもう叫ばなかった。発狂もしなかった。ただ静かに涙をこぼした。
●
「楽しませてもらったわ。さっそく表彰式を始めましょう」
レンが全員の前に立った。
先生を先頭に、各クラスごとで整列する。「わたくしの生徒たちだけいないのですけど……」とリゼット先生がきょろきょろと辺りを見回している。
「どれも意欲作だったわ。正直、甲乙つけがたかったのだけど。そうね、うーん、受賞作品は――」
あるのか、ないのか。そこが最重要だ。
「あるわ。最優秀賞を贈らせて欲しい映画が」
ヴァンたちは目配せし合う。やった。
「それでは発表するわね。《ブライト総合学院》映画祭、最優秀賞作品は――」
ドルルルルとドラムロールがどこからか流れた。
「トールズ士官学院第Ⅱ分校の制作、【分校戦隊トールズドール】よ。監督はカトル・サリシオン教官」
スポットライトがカトルを照らす。
「え、僕が?」
「はあ、なんでだよ! オレの方が良かっただろうが!」
「いや待てアーロン、お前のはダメだろ。あんなR-15指定の映画を、15歳未満に演じさせた時点でアウトに決まってんだろ」
しかしなぜ俺じゃない。そこは納得いかねえ。
「レン学院長。評価ポイントは?」
「あら、ヴァン教官。不服かしら」
「そういうわけじゃねえが、後学のためにな」
「ヴァン教官の作品は、ダークファンタジー感とリアルさの同居がうまく嚙み合ってないの。もう少し正義と悪の在り様を際立たせるようなストーリー展開の方が良いと思うわ。あと脈絡なく差し挟まれるシャワーシーンに何か意味がある? それと血のりが凄惨過ぎ。絶対量間違ったでしょ」
「ぐうっ」
まったくもって正しい指摘だ。
「じゃあカトルのは? 面白かったとは思うが、他にも良い作品はあったぜ。【クロスベル・ジャケット】以外だけどな!」
「むっ」
フェリがむくれた。お前にはあとで話がある。
「カトル教官の作品は一人一人のキャラが立っていたし、何よりカメラアングルの工夫が良かった。最後のロボット戦闘でエフェクトを効果的に使っていたのも高評価よ。実はアッシュゴールドが裏切りものだったけど、最後には仲間に戻ってくるという物語の仕掛けもハマってたわ。ラストは敵の首領を力ではなく、プレゼンで論破するというのも斬新だったと思う。エンディングソングも秀逸ね。戦隊全員のソロパートと合唱パートの熱いこと。バックコーラスに、倒してきた敵役を起用したのも憎い演出だわ」
「ベタ褒めなんだけど……」
「ではクラスの代表は前へ」
「あ、じゃあユウナさんが行きなよ。生徒会長でもあるんだし」
「えっ、あたしでいいんですか!?」
カトルに促されて、ユウナが進み出た。
「はい、おめでとう。良かったわね、生徒会長。これが賞状と賞品。賞品は学年主任の先生に渡してあげて」
「学年主任はヴァン教官ですよね。わかりました!」
いつの間にか俺は主任教官に昇格していたらしい。
ユウナがヴァンに賞品を手渡した。今度は小箱だ。中には手のひらサイズのプレートが入っていた。数は八つ。
「銀色の……紐のついた金属製のプレートか。また用途不明だが――いや、それよりも霧は?」
晴れているかわからない。さっきまで映画上映をしていたから、講堂の窓には全て暗幕がかけられているのだ。
「ふふ、楽しかった。本当に――あ……?」
レンが足元をふらつかせた。とっさに駆け出したヴァンは彼女を支える。
「え、裏解決屋さん……? ここ、は?」
「夢は覚めたか? 説明はあとでな」
ロイドたち、エステルたち、エマたち、“囚われ”だった彼らも脱力したようにその場にしゃがみ込んだり、倒れ込んだりしている。
「悪い、アニエス。レンを看ててくれるか。霧が晴れたか、念のため外を確認してくる」
「わかりました。さあ、レン先輩」
「アニエス……?」
アニエスと代わり、ヴァンは講堂の入り口に向かおうとして――突然に扉が蹴り開けられた。
そこにいたのは黒い異形。人の形をした影だった。
『オ前タチガァ、オ前タチガァ……!』
なんだあれは。怒っているのか。影は雄叫びを上げると、荒々しくこちらに向かってきた。
一瞬遅れて、講堂にセドリックが駆け込んでくる。
「その影人間は僕たちに強い敵意があるみたいです! 今なら弱ってるから倒せます! おそらく核は心臓の位置にある金色の何かです!」
「影人間……!?」
リゼットのクラスの生徒がいないと思ったら、アクシデントに巻き込まれてやがったのか。
「カルバード組が前衛に立て! それ以外のヤツは夢から覚めたばかりの人間を避難させろ! 記憶混濁でまともに動けねえはずだ!」
シャード展開。S.C.L.Mも繋ぎながら、ヴァンたちは陣形を組んで影人間を囲む。
初撃のスタンキャリバーの切り込みは避けられた。
「こいつ速えな! 撃ちまくって機動力を削げ!」
フェリはアサルトブレードをガンモードにしてフルオート射撃。リゼットは空中に展開したシャードの足場を駆け上がって、頭上から銃弾を叩き込む。
「っしゃ、オレに任せな!」
敵の動きが鈍った瞬間を見逃さず、アーロンが二刀で両腕を一気に切り落とした。さらに二刀を床に突き立て、その柄を踏み台に飛び、影人間のあごに膝蹴りを食らわす。
よろめく巨躯。ナイトソードを構えるエレインが素早い刺突で心臓を狙う。しかし再生した腕によって、その一撃は防がれた。
「グオオオッ!!」
無理やりに包囲を突破する影人間。そいつが襲い掛かる先には、アニエスに守られるレンがいた。
「主格者が狙いか!? まずい、逃げろ!」
“何のために”は今は良い。助けなくては、アニエスが防護陣を展開しようとしているが、相手の方が速い。
しかしそれより早く、高速のレーザー光が影人間の足を後ろから撃ち抜いた。
カトルだった。彼の肩の高さに、導力ドローンと呼ばれるそれが滞空している。
「当たり前にあるという認識のものは呼び出せる。そうでなくても、この映画祭のために色々な機材を散々呼び出してきたからさ。FIOを召喚するなんてわけないよ」
銀色の流線形のボディが煌めく。『エッヘン、FIO、カトルヲ助ケニ来タ』と自律会話も可能だ。
倒れた影人間が起き上がろうとしている。
「足の再生? 遅いよ」
漆黒の四足獣がカトルの脇を駆け抜けて飛びかかった。むき出しにした鋭利な牙が、影人間の急所であろう心臓部を噛み砕く。それはXEROSと名のつけられた機械の狼だった。
『オッ、オオオ……』
体を構成する影が薄れていく。仰向けに倒れた影人間の周りに、ヴァンたちは集まった。
『オ前達ガ……霧ヲ晴ラスノカ……』
「受け答えができるのか? なら答えろ。お前は何者だ?」
『伝エナケレバ……アノ方ニ……』
「あの方? そいつは誰だ? お前の目的は? なんで主格者を襲う!?」
『霧ヲ、晴ラスナ……』
ダメだ。会話にならない。影が薄れる。顔が見える。人の顔。待てよ、こいつは……俺のクラスの生徒の。
『僕ハ、エリオット。エリオット・クレイジー……。バイオリン、ノ……クビレニ情欲ヲ催ス男サ……。六歳カラ七十五歳マデハ、僕ノ……テリトリー……』
「なんだお前! ロクなもんじゃねえな!」
エリオット・クレイジーと名乗った影人間は、最後にエレインを見据えた。
「私が何? 何か言いたいことがあるの?」
『太モモ……ムッチムチ』
それが末期の言葉になった。エレインは辱められただけだった。
影の体は完全に消滅し、その場にはXEROSが砕いた心臓部の破片だけが残されていた。
「金の歯車か、これ? なんなんだよ、影人間ってのは……」
疑問に呼応するように、《幻夢の手記》が光った。
㊱【
「影人間じゃなく霧人形――ミストマータか。しかし文字が塗り潰されて読めねえ箇所が多いな。どういうわけ――ん?」
その文章に急にノイズが走った。言葉が書き換えられていく。《幻夢の手記》は告げた。
【それはまだ、お前たちが知らなくていいことだ】
――つづく――
《話末コラム①》【エリオット・クレイジー】
トリスタ書房の店主、ケインズが執筆した《猛将列伝》の主人公。
元はエリオットの買おうとした本が大人の紳士本だと勘違いしたミントが「エリオット君は猛将だ」とはやし立て、それを見たケインズによって、「君は猛将なのか……!?」とさらに勘違いされたのが始まり。
その多大なるリスペクトとインスピレーションを元に書かれたのが《猛将列伝》である。主人公のエリオット・クレイジーはとにかく暴虐の限りを尽くす悪漢に描かれており、それを読んだ人間は例外なく誤った猛将イメージを植え付けられ、エリオットに心酔するようになる。
十月戦役でトリスタから離脱する際に、ミントは《猛将列伝》をケインズから託されていて、各地で布教活動を行った結果、ゼクス中将を筆頭に第三機甲師団を洗脳することに成功。
1207年時点ではエレボニア全土とクロスベル全土、リベール北部、レミフェリア南部、ノーザンブリア南~中部に広く信者が分布するに至った。
エリオットは嫌がっているが、信者からは「クレイジー様」「クレイジー卿」「エロオット・クレイジー」「血濡れの大魔王」「獣の皮を被ったケダモノ」などと呼び称えられている。
《話末コラム②》【
作成者:ジョルジュ・ノーム
所有者:ユーシス・アルバレア
コンセプト:アーツを宿す剣
仕様:《ARCUS》専用ホルダー《ドラウプニル》と、《スレイプニル》を接続させることで導力供給を受け、刀身に圧縮されたアーツを斬撃と共に発動させる。
特性:アーツストック時の圧縮率に優れ、初級なら中級クラスへ、中級なら上級クラスへと威力を跳ね上げる。
ただし上級アーツを使用した場合は強大な力に刀身が耐えられず、一度の発動と引き換えに魔導剣は砕け散る。
捕捉:ユーシスの《ARCUS》はトヴァルによって違法改造されているため、通信機能を失った代わりに高速駆動が可能となっている。
これにより魔導剣の致命的な隙であるチャージ時間を大幅に短縮できている。珍しくトヴァルが良い仕事をした。
《話末コラム③》【
作成者:G・シュミット
所有者:セドリック・ライゼ・アルノール
コンセプト:剣の形をした戦術オーブメント。
仕様:結晶回路そのものが剣の機構に組み込まれているため、導力のオートチャージができる。
もっともこれはユーシスのように足を止めてチャージする必要がないだけで、ちゃんと駆動時間は発生している。ゆえに無制限に魔導剣を乱発できるものではない。尚、チャージ時間自体は通常なので、実は《スレイプニル》の方が駆動自体は早かったりする。
特性:オートチャージ機能とアーツストック技術を併用することで、二連続で魔導剣を放つデュアルドライブが可能。ただし剣への負担を考慮し、一発の威力はシングルドライブ時のおよそ0.7倍に抑えられている。
また第二形態を有しており、その姿こそが《フレスヴェルグ》の真の力を発揮できるモードなのだが、扱いが困難を極める上に場所も選ぶ必要があるため、セドリックは好んで使おうとしない。かつて一度だけシャーリィ相手に使用し、その際は勝利を収めている。
捕捉:セドリックは《フレスヴェルグ》も高速駆動ができるようトヴァルに改造を頼みに行こうとしたのだが、エリゼの強い妨害にあったため断念している。
《話末コラム④》【ムービングドライブ・フルスピード】
エリオットからムービングドライブを伝授された際、アルフィンはその習得のための練習で短距離の全力走り込みを繰り返した。
結果、トップスピードで走っている時のみムービングドライブが発動するという謎仕様になってしまった。
ちなみにアルフィンいわく、全力で走っている時の方が駆動時間が短くなるらしい。
しかしアーツの駆動時間は身体や精神の状態に左右されないため、その効果自体も謎である。