黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
「ふはあ、こいつはやべえ……!」
アーロンは熱された息を吐き出し、セドリックから借りていた《猛将列伝》を閉じる。
あのエリオットとかいうやつ。見たまんまの文化系かと思いきや、とんでもねえ野獣じゃねえか。バイオリンのくびれに情欲を催すなんざ、常軌を逸してやがる。まさしくクレイジー。エリオット・クレイジーだ。
この荒れ狂いっぷり。確かに学校エリアで遭遇した
そこで『エリオット・クレイジー=ミストマータ』という仮定の元に、『ミストマータとは《ロア=ヘルヘイム》に囚われたものたちの性格を取り込んだ影である』という仮説を《幻夢の手記》に伝えてみた。
しかしはずれ。手記はなんの反応も示さなかった。
「ああ、くそっ、じっとしてられねーな」
《猛将列伝》はまだ半分も読んでいないのだが、体中の細胞が活性化しているのがわかる。ぐつぐつと下っ腹が煮えたぎるようだ。
熱い。魂が熱い。雄の本能が叩き起こされた感覚だ。エレボニアが他国に戦争ばっか吹っ掛けんのは、こいつを読んでるせいじゃねえのか。
ダメだ。思考が定まらねえ。冷たい水でも飲んでクールダウンしないとまずい。
部屋から出て階段を降り、二階の事務所へ向かう。
ちょうどドアが開いて、アニエスとレンに出くわした。
「あ、アーロンさん。ちょっと私たち外出してきますね。あれ、顔赤いですけど熱でもあるんじゃないですか?」
「オレは問題ねえ。それでどこ行くんだ、オメェら」
「え、えっと……」
「乙女のスニーキングミッションとだけ言っておくわ。詮索は野暮よ?」
口ごもるアニエスに代わって、レンがそう言った。詮索するつもりはなかったし、そもそもそんな余裕が今の自分にはない。
足早に二人はどこかへと走り去った。
アーロンはキッチンで冷水をがぶ飲みする。焼けた石に水をかけるようなものだ。まったく熱が引かない。
ふらふらとソファーに沈み込んだその時、事務所の扉がノックされた。
「あん? 鍵は開いてるから入っていいぜ」
「お邪魔するよ」
入ってきたのは、特務支援課の面々だった。
「ロイド・バニングスだ。よろしく」
彼の後ろには、支援課の全メンバーが揃い踏みだ。
「クロスベルのおまわりか。何の用だ?」
「ヴァン・アークライドが《ロア=ヘルヘイム》探索の中心人物だと、リィンから聞いてね。自己紹介を兼ねて、一度話をしようと思って」
「ご丁寧にどーも。だが所長殿はどっか出かけたぜ。さっきまで事務所にいたっぽいが」
「おっと、タイミングが悪かったか。それじゃ彼女はいるかい?」
「彼女?」
「フェリちゃん教官だ」
教官? そういえば学校エリアではクロスベル勢のクラス担任がフェリだったか。とっくに霧の夢から覚めているはずだが、ロイドたちの表情は真剣そのものだった。
「上の階の自室にいんだろ。勝手に訪ねてくれや」
「ありがとう。じゃあまた」
閉められる扉。なんだったんだ?
それにしてもうずきが止まらない。動いていないと体の内側からあふれ出る何かによって破裂してしまいそうだ。
「はぁ……俺も出回ってくるかね」
《――★第17話 ラブインターミッション★――》
「へえ、この狼型の機械が《XEROS》って言うんだね。そっちの浮いているのが導力ドローンだっけ? 《FIO》だったかな」
アークライド事務所の屋上。XEROSとFIOのメンテナンスをするカトルの元に、ワジはやってきた。
「君が作ったのかい? すごいね」
「僕一人ってわけじゃないですけど。ええと、あなたは……」
「ワジ・ヘミスフィアだよ。よろしく、カトル君」
「え、ええ。こちらこそよろしくお願いします」
メンテの手を止め、カトルはぺこりと会釈をした。
なんだろう、この人。七耀教会所属とは聞いてるけど、ずいぶんと雰囲気がある。中性的な容貌に、口元の柔らかい笑み。かといって親しみやすいかと言われればよくわからない。今一つ心情が見えない。
「いきなり声をかけてゴメンね。できれば警戒しないで欲しいな」
XEROSをひと撫でして、ワジはにこりと微笑んだ。そしてそのまま腰を下ろす。
「あの、何かご用ですか?」
「君とおしゃべりしたくて来たんだ。もしかして邪魔だったかな?」
「そんなことはないですけど……」
「それじゃあ話そうよ。フェリちゃん教官を支援課の事務所に案内する予定なんだけど、まだ少し時間はあるからさ」
「フェリちゃん……教官?」
「ふふ、みんなのトラウマだよ。僕がここまで精神的に追い詰められたのは、いつ以来だろうね……」
「フェリちゃんと誰かを間違ってません?」
「そうであればどんなに良かったか。僕は君のクラスに入りたかったよ。あの優秀賞を取った映画、面白いストーリーだった」
「……それはどうも」
初対面の距離感を無視してくるワジに、カトルのペースは乱される。しかもやたら近い。
「どうして僕と話そうなんて思ったんです? 技術職なんてつまらない話しかできないですよ」
「興味の問題とでも言おうかな。うん、僕はカトル君に興味があるんだ」
「興味……?」
ワジはさらに顔を近づけて、耳元で艶っぽく囁いた。
「君は僕と同じ匂いがするからさ」
「!?」
●
「いいですわ。その調子です。そのまま頭の高さを上下させることなく、滑るようにして床を移動しましょう」
シャロンに言われた通り、リゼットは楚々とした足取りで歩く。
「ではティーカップに紅茶を注ぎ入れて下さい。この時の注意点は?」
次はクレアから問われる。
「カップはあらかじめ温めておくこと。沸騰した熱湯を注ぎ入れること。ふたをして蒸らすこと」
「リーフティーの場合の蒸らし時間は?」
「細かい茶葉で二分半から三分、大きな茶葉で三分から四分が目安です」
クレアは満足したようにうなずいた。横からシャロンもぱちぱちと拍手する。
「お見事ですわ、リゼット様」
「ええ。すばらしい素質です」
「恐縮です、シャロン様、クレア様」
第三学生寮のキッチンで、リゼットへのメイド修行が続く。
掃除、洗濯、炊事。他にも仕える主人の生活リズムを完璧に把握した各種サポートのノウハウが徹底的に叩き込まれていく。
元々リゼットは要領が良い。一度教えられたことは、完璧にこなしてみせた。
さしもの先輩メイドたちも、これには舌を巻いていた。
「まさかここまでとは……リゼット様ならなれるかもしれません。全知全能にもっとも近いとされるレジェンドメイドに……」
「ふふ、私たちもうかうかしていられませんね」
シャロンはともかく、クレアは完全にメイドが本職としか思えない発言だった。
鉄道憲兵隊の少佐だとは聞かされたが、リゼットは彼女の軍服姿を一度も見ていない。
二人はリゼットの手を取り、ぐっと握りしめた。
「このような異世界だからこそ、皆様には安らぎが必要だと思うのです。心の安寧を提供するのは、まさにわたくしたちメイドの本懐と言えるでしょう」
「がんばりましょう、リゼットさん。メイドロードは果てしなく長いのですから」
「ええっと……」
言っていいのでしょうか。すごく勘違いされていますが、わたくしはサービスコンシェルジュであって、メイドではないのですと。メイド風味の服ですけど、メイドではないのですと。
あれよあれよの間に流されてメイド修行をすることになり、まあ、はっきりその時点で言わなかったわたくしが悪いのですけど。
「ティオ様たちは、《みっしぃ愛好同盟》なる会を発足されたとか。こうして出会ったのも何かの縁。わたくしたちも作りましょう。巷でいうところのズッ友の誓いみたいなものです」
「メイド仲間が増えて嬉しいです。では会の名前はリゼットさんが決めて下さい」
「わ、わたくしが?」
メイドではないわたくしが?
お二人の目が輝いている。解かなくては、誤解を。言わなくては、SCだと。
「では《異世界メイダーズ》で……」
もうメイドになることにした。
●
特務支援課の詰め所は、ミシュラムのど真ん中に再現されていた。場所の選定基準は不明だが、おそらくはクロスベル勢の意識や認識が統合された結果――かもしれない。
入口を入ってすぐに来客用のソファーとテーブルがあって、奥側が支援課メンバーがミーティングをしたり、ご飯を食べたりする多目的区画だ。隅っこには導力端末も設置されている。残念ながら《ロア=ヘルヘイム》では機能しないが。
「わあっ、ここが皆さんの事務所なんですね! お招きしてもらって嬉しいですっ」
その来客用のソファーに一人掛けで座るのはフェリだった。ロイド、エリィ、ランディ、ティオ、ノエル、ワジの支援課メンバーは、テーブルを挟んだ向こう側に直立不動で立っている。
そのテーブルにはフェリが喜びそうなお菓子が山のように積み上げられていた。
代表として、ロイドが口を開く。
「恐縮であります。ここを自分たち特務支援課の待機場所にしようと思っています。ご許可を頂けますか、フェリちゃん教官」
「え? わたしの許可なんていらないですよ」
「いえ。フェリちゃん教官のご承諾が必要なのです」
彼らの上司であるセルゲイ・ロウにでさえ、ここまで慇懃丁寧に接しはしないだろう。
全ては学校エリアでの、フェリの指導のせいだった。
彼女のクラスに配属されたロイドたちは、鬼のごとき新兵しごきを食らい、絶対服従の意識を刻み付けられていた。“囚われ”から解放されて尚、彼らはフェリに頭が上がらないのである。
当のフェリはしごきガイドブックに従っただけで、自らの発言の意味もわかっていなければ、支援課メンバーが自分を恐れ
「じゃあ、許可しますけど?」
「ありがとうございます!」
「なんでそんなに固いんですか? 楽にして下さい」
「全体、休め!」
ロイドの号令で、素早く左足を肩幅に開き、両手を背中で軽く握り、一拍置いて腰に下ろす。軍隊式休めの姿勢に転じる一同。エリィやノエルは当然として、ランディもティオ、果てはワジまでも一糸乱れぬ動きだった。
「自分たちの指揮系統はフェリちゃん教官を最上位として機能します。ご用命があれば、何なりと」
「……? よくわかりませんけど、皆さんは警察官ですし、巡回にでも行きます?」
『
声をそろえての返事。駆け足で扉から出ていく特務支援課。
フェリの勢力が拡大された。
●
「なにやってんだ、ありゃあ……」
アークライド事務所を出たアーロンは、トールズ組の第三学生寮まで転移してきていた。
ちらりと垣間見えるキッチンの中では、リゼットがメイド二人にレクチャーを受けているところだった。
あいつはエセメイドであってメイドじゃねえはずだが。
「ん? 君は?」
いかにもお堅そうな眼鏡の男性が近づいてきた。
「アーロン・ウェイだ。ぽんぽん新規加入してくっから、都度の自己紹介が面倒臭えな」
「す、すまないな。僕はマキアス・レーグニッツだ。元トールズⅦ組で今はエレボニアの司法監察官をしている」
「行政のお役人かよ。あん? 少し前にもこの寮に来たんだが、そういえばアンタはいなかったな」
「僕だけが学校エリアに囚われていたらしい。みんなには手間をかけさせてしまった。一応この世界の仕組みは理解してるよ」
「監察官様は頭もよろしいことで」
「はは……お手柔らかにな」
本当にこいつがシュバルツァーたちと同じⅦ組なのか。文系を絵に描いたような容姿と性格をしている。
「ところでエリオット・クレイジーはいねえのか?」
「クレイジー……? エリオットならさっきどこかに出かけたようだが」
「行き違いかよ。無駄足踏んじまったな」
ここにやってきたのは、エリオット・クレイジーを自分の目でもう一度見ておこうと思ったからだ。あとサイン欲しい。
ラウンジにはマキアス以外に誰もいなかった。外出したり、部屋で待機していたりだろう。
ふとテーブルにチェス盤が置かれていることに気がついた。
「チェスやってたのか? 相手は?」
「いや、一人でね。落ち着くからな」
「なんだ、根暗か?」
「ち、違うぞ!」
インドア派の代表みたいな平凡な男だ。絡んだら絡んだだけ反応してくるし、いじられ役に違いない。
その折、リゼットの指導を終えたクレアがキッチンから出てくる。
「あー、TMPの少佐殿か。軍人のくせにメイド服を常用ってのが、ギャップがあって悪くねえな」
女手一つで自分を育ててくれた母親をリスペクトしているアーロンは、その影響もあってか年上の女性が好みだ。
「恰好通り従順なのかねェ。ちょっくらメイドさんのご奉仕でもお願いして――」
「修羅という言葉を知っているか」
踏み出そうとした一歩目で、いきなり後ろからガッと肩をつかまれる。ドスの効いた低い声。
「てめぇ、何しやがる!?」
「全てを捨ててでも、目的のために力を求めた存在だ。わかるか? 僕の目的はクレア少佐に近づく不逞の輩を殲滅することだ。一片の慈悲無く、な」
「ああ!? わけわかんねえこと言ってねえで離せ!」
「ではわかりやすく教えてやろう」
「ぐあああっ……!」
メキメキィと肩の骨が砕けんばかりに握力をかけられ、アーロンは床に膝をついた。さらにひゅんひゅんと周りを囲むように無数の鏡面装置――ミラーデバイスが飛ぶ。強烈な殺意の渦だ。
「分を弁えろと言っている、小僧が」
「ぐっ、このっ!」
振り返って見上げたマキアスの顔。鬼の形相とはまさにこのことだった。そのメガネのレンズは昏い闇に染まり、陰惨なオーラを立ち昇らせている。邪悪の権化だ。大君さえ凌駕するほどの威圧と禍々しさが、確かにそこにあった。
これがマキアス・レーグニッツ。これが帝国の修羅。これがトールズⅦ組。
やべえヤツらしかいねえじゃねえか。
●
ヘイムダルエリアの道路を車で飛ばす。幻影の通行人はちょくちょく目にするが、対向車線を走る車は一台も見かけていない。走行車両までは再現されていないのかもしれなかった。
せっかくだからこの機会にもっとスピードを上げてみたいのだが、となりの堅物がそれを許してはくれないだろう。異世界であっても法定速度は守りなさい、とか言うに決まっている。
ヴァンは横目でちらりと助手席を見やる。エレインは窓縁に頬杖をついて、流れゆく景色を黙って眺めていた。
「なあ、今さらなんだが……エリア転移でミシュラムまで行った方が良かったんじゃねえか? 一瞬だぜ」
「私、あなたの車にちゃんと乗ったことないもの」
「学校エリアの攻略に行く時は《
「あの時は他の人がいたし、私は助手席じゃなかった」
「変なこだわりがあんだな……」
「解釈はご自由に」
エレインは窓の外に向けた視線を動かさない。
不機嫌のようにも、いつも通りのようにも、どこか緊張しているようにも見える。昔は感情と表情が一致していたから、もっとわかりやすいやつだったのに。
とはいえミシュラムに誘ったら行くと即答だったから、不機嫌ってことはないと思うが……。もしくは仮に不機嫌だったとしても、ミシュラムに行かないという選択肢はないとかか?
「……一つ、気になっていることがあるのだけど」
エレインもヴァンをちらりと見て、
「あなた、弱くなった?」
「出し抜けになんだ。別に弱くなった覚えも強くなった覚えもねえが」
「あ、言葉が悪かったわ。なんて言ったらいいかしら。えっと、そうね……あなた、強くないんじゃない?」
「意味同じだろーが!」
言葉を模索した時間は何だったんだよ。
「ミシュラムエリア攻略の時、鏡の城でS
「覚えてるが、それがどうした」
「シャードスキルの効果が薄かったように思うのよ。シャードを介した連携自体は取れていたけど、微妙なずれも感じたし」
「ああ、そういうことか。ちょっと俺の《Xipha》を見てみろ。運転中だから取ってくれ」
「ん……」
エレインはヴァンの腰のホルダーから、遠慮がちに《Xipha》を取り出した。
「え? どうしてホロウコアを入れてないの? なにもインストールされてないじゃない」
「入れてなかったわけじゃねえ。消えたんだ。それ以降は戦術オーブメントとしての基本的な機能しか使えねえから、戦闘の立ち回りで多少難が出るのは仕方ねえだろ」
《ロア=ヘルヘイム》に来て一発目に、フード男に強いられたリィン・シュバルツァー戦。その直後に
エレインへの説明はそれだけに留める。
メアを鍵として
「……変ね」
「まったくだ。変な世界だぜ」
「そういう意味じゃない。《幻夢の手記》の仕組みを見る限り、ヴァンはこの事態の解決に呼ばれている節がある。フードの男も最初にそう言ったんでしょう? なのにどうして、ヴァンの力に制限をかけるようなことをするの?」
「そりゃあ……わかんねえ。ホロウコアを失わせたっつーのが、そもそもフード男の仕業とも限らねえし」
「そうね。でもいずれにせよ、理由がわからない。例えば敵意を持つ何者かが存在していたと仮定して、さらに私たちの所有物を消せるような力も持っていたとしましょう。だとしたらヴァンのホロウコアだけを消すっておかしくない?」
「確かにな。もしも戦力を削るのが目的なら、もっと不特定多数の武器やら戦術オーブメントやらを消すよな……」
だったら戦力を削るのが目的ではないということだ。
《メア》と《ゲネシス》だけを特定して消滅させたなら、何者かの意思が封じたいと思うのは、やはり《グレンデル》なのか……?
そういえば《幻夢の手記》が空から落ちてきたのは、シュバルツァー戦のすぐあとだ。そしてほぼ同時に《メア》と《ゲネシス》は消えた。
タイミング的には《幻夢の手記》を託してきたやつと、《メア》と《ゲネシス》を消したやつは、同一の存在だと考えられる。
ならばこそ意味が不明。ミストマータでさえも圧倒できるであろうあの力は、《ロア=ヘルヘイム》攻略の大きな助けになったはずなのに。
「わかんねえな……」
としか、まとめようがなかった。
ピックアップトラックは街並みを抜ける。
ヘイムダル中央区、グランセル城下町、クロスベル市街が融合されていて道に迷いもしたが、ようやく目的地が見えてきた。本来は湖を渡らなければならないが、今は陸続きの場所に創造されていた。
煌びやかなミシュラムワンダーランドのゲートが近づいてくる――
●
レンはやれやれとかぶりを振った。
「まさかお車デートとはね。やられたわ」
「デッ、デートって!?」
「反応し過ぎよ、アニエス」
先に転移でミシュラムまでやってきて、ヴァンたちを待ち構えていたが、二人は一向に姿を現さなかった。
全然来ないから変だと思って、一度アークライド事務所に戻ってみたところ、ヴァンのピックアップトラックがなくなっていたのだ。
で、再びミシュラムに転移でトンボ帰りして、レンとアニエスは入口ゲート付近に潜んでいる。
「エリア転移を使ったら一瞬でミシュラムまで来れるのに、それをわざわざ時間のかかる車を選んでいるのよ。これはもう、二人だけの時間を作りたいってことに他ならないんじゃない?」
「二人だけの時間ってなんですか。それって食べられるんですか」
「ある意味おいしいと言えなくはないけど」
「焼いたらもっとおいしくなりますかね。ヴァンさん甘いもの好きだから、砂糖とかいっぱいまぶして」
「ヴァンさんがカラメルになっちゃうわよ。戻ってきなさい、正気の世界に」
「うぅ……」
がくりとうなだれるアニエス。
「ねえ、アニエスはヴァンさんの車に乗ったことある? 二人っきりで」
「二人だけというのはなかった……気がします」
「あら~」
「もうイヤです。う~っ」
「唸らないの。うなりエスって呼ぶわよ」
「絶妙に語呂が悪い……なんで私を不安にさせることばかり言うんですか」
「可愛い後輩だもの」
「だったらもう少し大事に扱ってもらえません?」
重要なのは車で行こうと提案したのが、ヴァンさんなのかエレインさんなのかだ。もしもヴァンさんからだったら、私はすごく落ち着かなくなる。
というかもう、この感情はあれじゃないのでしょうか。初めてのことだから、よくわからないけれど――
「恋?」
「違います」
「認めないわねえ」
普通に心を読んできた先輩。そして反射的に否定した私。
「まあいいわ。ヴァンさんたちが時間がかかるなら、それはそれでいくつかの仕込みもできるから。今のうちに動いておくわよ」
「仕込み?」
「まずはあれを探しましょうか。尾行と言えばの伝統的必須アイテムをね」
一つ立てた細い指を口元に当て、レンは楽しそうに笑った。
――つづく――
《話末コラム①》【ミラーデバイス】
クレアが使用していた自律飛行型鏡面装置を、十月戦役の最中にマキアスが受け継いだ。
自律とは言うものの事前にインプットした通りのルートで動くので、敵に対する多角的な行動予測が必須となる。
譲り受けたミラーデバイスは煌魔城のマクバーン戦で全て使用不可能になったため、マキアスは後日にクレアにおねだりして追加分をもらっている。
★
《話末コラム②》【いじめたい人たち】
ヴィータはエマをいじめたい。
シャロンはアリサをいじめたい。
レンはアニエスをいじめたい。
しかし彼女らの「いじめる」は「可愛がる」と同義であるため、大変厄介である。
★
《話末コラム③》【なかよしグループ】
《ロア=ヘルヘイム》で仲間が増えるに連れ、シンパシーが合う者同士のグループが国境を越えて発足されていく。
現在の状況は以下の通りである。
①フィッシング同好会(エステル、ロイド、リィン、エリゼ)
②ギャンブラーの集い(ランディ、クロウ、ワジ、アッシュ、ヴァン、アーロン)
③みっしぃ愛好同盟(ティオ、ラウラ、エレイン、ユウナ)
④異世界メイダーズ(シャロン、クレア、リゼット)
⑤クロスベル警察フェリちゃん支援課(フェリ、ロイド、エリィ、ランディ、ティオ、ノエル、ワジ)
⑥トヴァル・ランドナー被害者の会(エリゼ、その他大勢)
⑦猛将の眷属(セドリック、アーロン)
⑧陽溜まりガールズ(クローゼ、アニエス)
⑨遊撃士協会《ロア=ヘルヘイム》支部(ジン、アガット、トヴァル、エレイン、フィー、エステル、ヨシュア)
⑩カーマニア(ヴァン、ノエル)
⑪遊んでお兄さん(レン、マキアス)
⑫お姉様の会合(スカーレット、シャロン、クレア)
※仲間の新規加入がある度にチームが作られたり、メンバー増員が発生する。
※⑥トヴァル・ランドナー被害者の会は、現実世界ではトールズ同窓生を中心に多数の会員が存在する。
※⑫お姉様の会合は、25歳以上の女性は強制加入。24歳のエレインとデュバリィはすでにロックオンされている
※尚、これらのグループの様子は《幻夢の破鏡》に映ることがある。
★
《話末コラム④》【アニエス七変化】
♥ノーマルアニエス……パパが大統領なだけの、どこにでもいる普通の女子高生アニエス。
♥踊りエス……城エリア攻略で華麗な舞踏を披露しつつも、その時の衣装が男性用だったことを未だに納得していないダンサーアニエス。
♥バニエス……ウサギしっぽ付きブラックレオタードとグレーの網タイツを着用したカジノ仕様のバニーガールアニエス。
♥うらエス……気合いを入れつつもテンパった時に「うーらっ」と返事をしてしまう猟兵アニエス。
♥GTエス……腿上ピッチリタイトスカートに胸元開きまくりブラウスで、思春期の男子生徒の性癖を片っ端から歪めていくグレートティーチャーアニエス。
♥うなりエス……レンにいじめられた時は「う~っ⤵」と落ち込み系で、アーロンにいじめられた時は「う~っ⤴」と威嚇する防衛型アニエス。
♥発ケス……打倒アーロンを目標に、発勁の習得をがんばる攻撃型アニエス。