黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第19話 願うデウスエクスマキナ

 カルバードチーム全員でピックアップトラックに乗り込み、例によってフェリをリゼットの膝の上に配置し、余計なことをしないようにがっちりとホールドさせておく。

「じゃあ出発すんぞ。毎度のことだがリゼットはフェリを離すなよ、絶対に。そう、絶対にだ!」

「かしこまりました。ふふ、役得ですね」

「あうっ」

 後部座席でフェリを抱えるリゼットは、そのほっぺたをプニっとつっついた。

 フェリは不服そうに訴える。

「ヴァンさん。わたし、一人で座れますよ。危なくないです」

「理解が足りてねえな。いいか? お前自身が危険物だ。ピンの抜けた手榴弾に手足がついてるようなもんだ」

「むっ……あうっ」

 膨れた頬を、リゼットがまた嬉しそうにつつく。フェリの口の端からぷしゅーと空気が漏れた。

 今後はチャイルドシートの導入を検討した方がいいかもしれない。もちろん固定紐が鎖でできていて、一分の隙も無く拘束できるタイプのを。

 子供席はさておき、すでにヴァンの愛車はカスタムされていた。

 バーゼルでの記憶の拡張が起きたと同時に、現在――あるいは未来で、シェリド公太子から車の追加ユニットが贈られた――あるいは贈られることを知った。

 その認識を持った途端に車体の後部が増改され、ピックアップトラックは八人乗りへと進化したのだった。

 エレインとレンも含めたちょうど八人で、車は五つめの《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》を渡る。

 今度は橙――鮮やかなオレンジ色だった。

 いつも通り、橋の中腹辺りから霧が出始めた。視界が極端に悪くなる。万が一にも車体をこすらないように、ヴァンは慎重にハンドルを切った。

 助手席のアーロンが、もっとアクセルを踏み込めやチキンが、みたいな無責任なことをさえずっているが、ぷいっと無視してやった。

 七つ存在しているという主格者たちのエリア。その五番目。後半戦の始まりだ。さあ、何が待ち構えているのか――

「……は?」

 橋を渡り切った。そこに広がっていたのはクリアな視界(・・・・・・)

 霧を抜けてしまっていた。それどころかここは、

「ミシュラムの……レイクサイドビーチだわ」

 そう言ったのは、一番に車から降りたエレインだ。

 すでに解放したエリアである。当然、まったく霧は出ていない。

 正午の太陽に照らされた湖面がキラキラと輝く。貝殻の散りばめられたベージュの砂浜を、白みを帯びたさざ波が寄せては引いていく。

「んだよヴァン。道、間違えたのかよ」

「そんなわけあるか。橋は一本道だったろうが。どっかにおかしなとこがないか探すぞ」

 気だるそうにしゃがみ込もうとするアーロンの尻を蹴って立たせる。

 カルバードチームに遅れること少し、リィンたちも橋を渡ってやってきた。

 メインエリア攻略だから全員導入だ。エレボニア、リベール、クロスベルも合わせたチーム総出で、ビーチサイドの探索を行う。

「どういうこった、こいつは……」

 それから一時間あまり。

 XEROSとFIOから得たデータを、リゼット、カトル、レンの三人がかりで解析するもこれといった収穫は得られない。あとは早くも休憩に入ろうとしているアーロンを、アニエスが一生懸命引っ張っていた。

 各チームのリーダーが状況報告にやってくる。

「ビーチの入口付近を調べてみたけど、アトラクション側と繋がってたから、ここは確かに解放したっていうミシュラムね。新たに創造された疑似ミシュラムとかじゃないみたい」

「なるほどな。フェイクの空間に放り込まれた線はないわけか」

 リベール組をまとめるのはエステルだ。現役の遊撃士を四人抱えているだけあって、最初の着眼点をフィールドそのものに向けるのはさすがと言うべきか。

 次にエレボニア組のリーダーとしてリィンが言う。

「《アガートラム》と《クラウ=ソラス》での上空哨戒とサーチを試したが、今のところ何も引っかからない。あとエマとクロチルダさんで霊的な探知もやっている最中だが、こっちも当たりはなしだ」

「便利なやつらだな……」

 技術的な観点と魔術的な観点、その両方からの広域精査とは。しかしそもそもが異世界である《ロア=ヘルヘイム》で、どこまでの効果を期待できるかはわからない。

 最後はクロスベル組のロイドだ。

「一つ妙なことがあるんだ。ティオがビーチサイドに関してのみ、以前からまったく把握ができない状態だったらしい。本人はさして気に留めていなかったみたいだが」

「なるほど……今の状況を考えると、何かしらの原因はありそうだな」

 ティオ・プラトーはミシュラムエリアを創り出した主格者だ。解放したエリアであっても、主格者としての権能は残っている。だから彼女はテーマパーク内のことは遠隔でわかるし、店やアイテムを追加したり、パレードや観覧車を動かしたり、あらゆることができるそうだ。

 エレインが言う。

「そういえばティオさん、前にもそのことを言っていたわね。私も深くは考えなかったわ。……そうね。ヴァン、あれを試しに使ってみたら?」

「あれってこれか?」

 学校エリア攻略で手に入れた、紐のついたプレートだ。

「新エリア攻略に役立つって言ってもな。正直、こんなもん首からかけるくらいしか使い道が――うおっ!?」

 紐を首にかけた途端、地響きが起きた。波が激しく荒れる。

 いきなり光り出したプレートの表面に『ヴァン・アークライド』と名前が浮かび上がってくる。

「これ名札だったのかよ……!? 全員湖から離れろ! 引き波にさらわれるぞ!」

 ビーチから100アージュほど先の湖上に雷光が走る。何もなかったはずの空間に、いびつな稲妻と共にシルエットが滲み出てきた。

 それこそが第五のエリア。白い濃霧に覆われたドーム型の巨大な施設だった。 

 

 ●

 

「不可視化の迷彩システム……!? あれほどの広範囲に作動させていたなんて!?」

 カトルの驚愕を聞きながら、ヴァンは目を見開いて施設の全貌を視界に納める。

 湖からせり上がってきたかのような半球状の建造物。オレンジ一色の明るいカラーリングだが、強固な殻を連想させる堅牢な外観だ。

 ただ視えなかっただけで、最初からあれはそこにあったのだ。ティオ・プラトーの権能が及ばなかったのは、別の主格者のエリアの境界とぶつかっていたからか。

 スパーク光はかき消え、まもなく地響きも止む。

 湖上の謎の施設に向かって、ビーチから長い一本の橋が伸びていた。

 荒れていた波が収まってきた頃合いで、全員で橋を渡る。

 造りは木製で横幅は三アージュほど。《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》よりは広い。

 橋が途中で落ちる可能性も、湖から魔獣が襲ってくる可能性もある。何らかのトラップがあったとしても一網打尽にはされないよう、列の一人一人の距離を離しつつ慎重に進んだ。

 警戒は杞憂に終わった。

 何事もなく橋を渡り切ると、すぐに施設の入口があった。見上げるほどに大きな鉄扉だ。

 その入口の前に、門番のごとく一人の女性が立っている。黒髪を結い上げて、紫を基調とした東方風の軽衣装をまとい、身の丈を優に超える大剣を背中に携える彼女のことは、ヴァンたちも知っていた。

「《(イン)》――リーシャ・マオか!」

 《銀》とはカルバードの東方人街で伝説の凶手と謳われる暗殺者の“号”である。その当代がリーシャだった。ラングポートでの一件でヴァンたちも顔は合わせている。

 彼女までも《ロア=ヘルヘイム》に呼び込まれていたとは。

 ヴァンは驚いたが、とりわけ驚いていたのはクロスベルチームのロイドたちだった。行動を共にしたことは一度や二度ではなく、関係も深いという。

 リーシャはヴァンに目を向けた。

「もう仕事は始まっていますよ。早く中で配置について下さい」

「ん?」

「リーシャ!」

 ヴァンの横を抜けて、ロイドが前に出た。

「俺たちがいるくらいだから君もいるかもとは思っていたんだ。無事で良かったよ」

「関係者以外は立ち入り禁止です。お引き取りを」

「俺がわからないのか? ロイドだ!」

「あなたのことなど知りません」

「俺は――」

「やめとけ。霧に囚われてる」

 ヴァンがロイドの肩を引く。

 主格者のエリアにいる時点で、リーシャは“囚われ”確定だ。彼女は人を人として知覚しているみたいだが、特定の個人としては認識しないタイプのようだ。

 関係者以外は立ち入り禁止? 俺が関係者で、バニングスは関係者じゃない? だとするなら、その判定基準はやはりこれだ。

「こいつはただのネームプレートじゃなくて入館証も兼ねてるらしいな。なら施設の中に入れるのは、あと七人ってことか……」

 首下げの紐をいじりながら、ヴァンは三十名近い総勢に振り返った。誰を選ぶべきか。

「カルバードチームで行ってくれ」

 思案を割って、ロイドが言う。

「理由は?」

「《幻夢の手記》を持ち込まなければいけない以上、まずヴァンは必須だ。そして残りの入館証が七つなら、君たちの人数とも合致する。メンバーのバランスも悪くない」

「確かに作為的な数に思えなくもねえな。だがいいのか? 本当は《銀》を自分たちで直接助けたいんじゃねえのか?」

「役割分担だ。最終的にリーシャを解放できれば、俺たちはそれでいいさ。ヴァンたちが施設内の攻略をしている間、こっちはこっちで外側の調査をしておく。まだ何かを見つけられるかもしれない」

「わかった。頼むぜ、捜査官」

了解(ウーラ)!」

「その返事でいいのか……」

 クロスベル警察フェリちゃん支援課になってやがる。

 学校エリアでは最初は校門前にカルバード勢が残り、それ以外のメンバーでの校内探索から始まった。制服がヴァンたちの分だけ用意されていなかったからだ。

 今回がその逆とするなら、自分たちが先に進み、ロイドたちを後で入れる方法もあるかもしれない。

「聞いての通りだ。行くぜ、お前ら!」

 ヴァンの号令で、カルバードチームのそれぞれ――アニエス、フェリ、アーロン、リゼット、カトル、エレインがネームプレートを首にかける。ヴァンと同様に一人一人の名前が浮かび上がってきた。

「あら? 私にはプレートをくれないの?」

 小首をかしげたのはレンだ。

「お前は残ってくれ。俺たちと通信できるやつが、一人は外側で待機してもらいたいんでな。レンは《Xipha》持ちだろ」

「うーん、私も探索メンバーに入りたいんだけど、ヴァンさんがそう言うなら聞き分けの良い子になろうかしら。特別よ?」

「そりゃどーも」

 理由の半分は本音で、もう半分は口実だ。

 学校エリア攻略からここまで、今回はあまり時間が経っていない。表立っては普通にしているが、消耗しているだろうレンは休ませておきたかった。

 昔のこともあってか、つい甘やかしちまうな、こいつは。

「うちの可愛い妹に手をつける気なら、あたし達を通してからに――」

「やめなよ、エステル。……“達”って絶対僕もカウントしただろ」

 鼻息荒く威嚇してくるエステルを、小慣れた手際でヨシュアが諌めた。

 人が増えた分だけ、人間関係も増えてくる。あらぬ敵視はゴメンだぜ。

 おずおずとジンが挙手した。

「あーっとだな、俺も一応《Xipha》持ちというかだな。ヴァンとの縁で呼び込まれたカルバード組ってくくりらしいんだが……」

 本人の思い違いと認識不足があっただけで、実はジンはエレインやレンと同じ系統で1208年から呼び込まれている。

 そこの気づきが遅れたせいで、《ロア=ヘルヘイム》に囚われるルールの解明に手間取ってしまっていた。自分自身で気づけなかったことに対して、ジンはエレインにささやかなお説教をされたらしい。

 ジンだけが悪いわけではないのだが、それでも不甲斐なさを感じているようで、でかい図体が心なしか小さく見える。

 レンがフォローを入れた。

「ジンさんはもうリベール組でいいんじゃない? 名札だって、私を含めて八人分がカルバード組として用意されていたんだとしたら、どのみちジンさんは溢れるわけでしょ? 最初からカルバード組とは見なされてなかったのよ、きっと」

「はは、キツいぜ……」

「帯緩めたら?」

「体じゃなくてだな」

 フォローじゃなくて追い討ちだった。

 気を取り直して、レンを除くカルバード組はリーシャの前に立つ。

 リーシャは一人一人のネームプレートに視線を移していき、

「はい、七名確認しました。次回からは遅刻しないようにして下さいね」

 扉が開かれていく。無骨な鉄扉だから手動だと思っていたが、まさかの横スライド式自動ドアだった。どうやら入館認証に反応してロック解除する仕組みらしい。

 待機メンバーの見送りを背に受けながら、ヴァンを先頭に扉の先へと足を踏み入れる。

 薄暗い通路を進んでいくと、何度かピッと音がして、プレートが反応した。おそらくセンサーだろう。何重ものセキュリティが張り巡らされているようだ。

 人の話し声が近づいてくる。一人や二人じゃない。もっと大勢の喧騒だ。

 最奥のドアにたどり着く。

「そんじゃあ開けるぞ。毎度のことだが、まずはエリアの特徴の把握と、主格者の特定からだからな」

 五つ目のエリア攻略ともなれば、要領は慣れたものだった。

 ヴァンは一度振り返って仲間たちの準備を確認すると、一息に扉を開け放った。

「ここが……!」

 体育館くらい高い天井の照明がフロア全体を照らす。

 全てを見通せないほど広い空間には、クレーンやベルトコンベア、フォークリフト、他にもお目にかかったことのない機械設備が、至るところで絶賛フル稼働中だった。

 それらの物々しい重機の間を、忙しなく駆け回る多くの作業員らしき人々。

「あーっ! アンタたち!」

 呆気に取られる一同の前に、小柄な少女が走ってきた。

 体躯はフェリと同じくらいで、しかし肌の褐色はフェリより濃い。薄手の黒衣にくるぶしまで伸びるツインテール――いや、そんなところはどうでもいい。

 ……尻尾が生えている。

「アタシは現場監督のセリーヌよ。新人のくせに遅刻だなんて、いい度胸してるじゃない。わかってんの? アタシはアンタたちよりも偉いんだからね?」

 精一杯に威圧感を出してくるのだが、リボンのついた猫みたいな尻尾がフリフリと揺れているのが可愛いらしく、女性陣はほんわかと癒された表情になっていた。

 しかし困った。雰囲気から“囚われ”のように思えるが、普通の人間じゃないのは一目瞭然だ。だって尻尾あるし。クロスベル再事変に関わっているかが一つの判別方法だが、俺にはわからない。

 さっきの今であれだが、判定ができるレンあたりに、やっぱり同行を頼めば良かったかもしれない。ミスったかもな……。

「なに和んだ感じの顔になってんのよ!? アタシを怒らせたら――」

「あー、セリーヌ監督? 一つ聞きたいんですが」

「なによ、アンタ。名前は……ヴァン・アークライドね、ふん」

 名札を兼ねた入館証を見やり、セリーヌは鼻を鳴らした。

「ここって何の施設なんですかね? 俺たち右も左もわからない新人なもんで」

「はあ!? そんなことも知らずに働きにきたの!? もう、仕方ないわね」

 文句は言うものの、意外にも面倒見が良いタイプだ。ツンデレというやつだろうか。

 と、いきなり全員の服が足元から変わっていく。個々にカラーリングを施されたツナギ服。主格者のエリア特有のコスチュームチェンジだ。これはまるで現場作業員のような――

「教えてあげるわ。ここは天球の大ファクトリー。運命さえも機械仕掛けで回る《ノルンの工房》よ!」

 

 

《――★第19話 願うデウスエクスマキナ★――》

 

 

「なんで命綱もないんだ……」

 天井付近の鉄骨にまたがり、黒色のツナギを着るカトルは、一つ一つボルトが緩んでいないかの点検をした。

 落ちたら30アージュはあるだろう高さから、身一つで床に叩きつけられることになる。

 万が一足を滑らせた場合は、落下する前に他エリアに転移すれば何とかなるのではと思ったが、考えてみればエリア間転移は、双方のエリアが解放されていることが条件だった。

「FIOでも人間一人分を浮力で支えるのは厳しいだろうな……」

「なるべく下を見ない方が良いかと思いますよ、カトル様」

 別の鉄骨組みの上で作業するのはリゼットだった。彼女のツナギ服は水色だ。細い足場なのに平然と立って、配線ケーブルの束をチェックしている。

「はあ……貧乏クジ引いちゃいましたね。僕たち以外は下で仕事してるんだもんな」

「セリーヌ監督の振り分けですから、致し方ないところではあります。監督への異議申し立ては控え、いったんはエリアのルールに従うのが定石かと」

「要するに“逆らうな”ですよね。なんにせよ主格者を探し出すのが最優先なのは変わらない、か」

 カトルは鉄骨にしがみつきながら、下フロアの様子を眺めた。

 ベルトコンベアを流れていく大小様々な部品。複雑な装置の数々に繋げられた導力端末とモニター。抽出したデータを転送しているようだ。

 それらの業務を担うのは、あちらこちらで動き回っている作業員たちだ。ツナギ服を着た者も入れば、白衣をまとう者もいる。

 工房、工場、研究所の機能が一まとめにされているような印象だった。

「大多数は幻影の人間なんだろうけど……彼らの中にいるのかな。この《ノルンの工房》を創り出したエリア主格者が――っていうかやっぱり危ないですよ、リゼットさん!」

 リゼットは相変わらず鉄骨に直立し、今度は上を見ていた。

「ご心配なく。落下したとしても、すぐにシャードの足場を作りますので」

「器用ですよね。理論はわかるけど、そんな精細な霊子装片の制御なんて、簡単にできるものじゃないのに」

「わたくしの場合は少々特殊ですから」

「あ、そんなつもりじゃ……」

「わたくしもそんなつもりで言ったのではありませんよ。気になさらないで下さい」

 マルドゥック社製の生体部品を義体とする彼女の事情は、まだ誰も知らない。少なくとも現時点での記憶にはない。ただ並外れた技能でシャードを扱う前提の人工体であることはわかる。

 余計なことを口にしたとしょげるカトルに、リゼットは困ったように微笑んで、再び天井を見上げた。

「上が気になるんですか?」

「外から見た建物の大きさと、フロアの大きさが一致しないのです。この天井は《ノルンの工房》のドーム部分に、まるで到達していません」

「言われてみれば確かに。――FIO!」

 黒銀のコーティングを施された流線形のボディを持つ導力ドローンが空中に現れ、『FIO、呼バレタ!』とカトルの周りを旋回する。現実世界と違って、自由に消したり出したりできるのは便利だ。

「天井に向かってスキャンしてくれる?」

『ワカッタ』

 FIOはサーチ用の導力波を円状に放出する。

 波動は物体を透過し、障害物に阻まれた先の地形を把握することができる。しかしどれだけ経ってもデータは生成できなかった。

「ダメだ。FIOのスペックで見通せないものがあるなんて……この天井、どんな物質でできてるんだろう」

「元の世界と同じ物理法則ではないのかもしれません。であればレーザーなどでの強行突破もやめておきましょうか」

「いきなりレーザーはちょっと考えてなかったかな……」

 二人して天井を見つめる。このさらに上に何かあるのだろうか。

 

 ●

 

 アーロンとフェリの持ち場は工房を縦貫するベルトコンベアだった。二人して、ローラーの上を流れるパーツの一つ一つを検品する。

 アーロンは赤色ツナギ、フェリは黄色ツナギだ。

「アーロンさん、手を抜いたらダメですよ。よくわからない施設ですけど、受けた依頼は完遂するのが猟兵の流儀です」

「いつからオレを猟兵にしやがった。特務支援課のヤツらみてぇに変な教育してくれんなよ」

「? わかりました」

「いつも通りわかってねーな」

 ロイドたちは素晴らしい教育――というか調教――というか洗脳によって、フェリの傘下に入った。

 クロスベル警察フェリちゃん支援課。あるいはフェリちゃん猟兵団だ。

 よほどフェリの指導がトラウマだったのか、エリア解放されても服従を続けるあたり、霧に囚われるより厄介な呪縛なのかもしれない。

「アニエスさんから、アーロンさんがサボらないように見張って下さいと指示を受けてるんです。ちなみにアーロンさんが職務放棄した場合には攻撃許可も与えられています」

「あんの小娘……! ったく、オレにだけやたらと厳しいんだよな。マジで小姑かよって感じだぜ。口うるせえったらねえ」

「アニエスさんに対する不当な悪口も報告するよう言われてますが」

「今のは不当な悪口じゃなくて正当な抗議だ。――ってオイ、お前さっきから何個もパーツをスルーしてんぞ」

「えっ、えっ?」

 ベルトコンベアの仕事は、文字通りの流れ作業だ。手を止められないのはもちろん、自分のさじ加減でペースを緩めることもできない。

 フェリはあくせくと大量のパーツに視線を走らせる。

「目が回りそうです……でもアーロンさんをサボらせるわけには……」

「ほいほいっと。あん? Aグループのパーツが混じってんぞ。こっちはCラインだぜ。ちゃんと型番確認してから通してんのか?」

「す、すみません」

「あと検品後は部品の向きもそろえとけ。あとのヤツがやりやすくなる」

「あ、あれ、わたしよりもちゃんとやってるような……」

 アーロンは手際良く作業をこなしている。歌劇然り、やるとなったら手は抜かない性分なのだった。

「それにしても、ずいぶんと細けぇ部品が多いな。一体これで何が作られんだか」

 コンベアの先がどこに繋がっているかは不明だ。

 流れを追っていけばわかるかもしれないが、現場監督のセリーヌがこまめに見回りに来るせいで、二人はここから動けなかった。

「なあ、そいつに辺りを調べさせられねぇか?」

「そいつってXEROSですか?」

「そこでお座りさせておくよりか役に立つだろ」

 狼型の支援機であるXEROSは、ちょこんと犬座りで待機している。何かに反応したら儲けものぐらいのつもりで、カトルから借りていたのだ。

「じゃあXEROS、工房の中を自由に探ってきて!」

「ま、待ちやがれ! フリーで動かすのは――」

『BOW!』

 アーロンが止めるよりも早く、機械音声で一鳴きしたXEROSは、フェリの指示を優先して走り去ってしまった。まもなく重機の向こう側から、スタッフたちの悲鳴が聞こえてくる。

「幻影の従業員さんたちでも狼に襲われたら怖がるんですねっ」

「このトラウマ製造機が……」

 アーロンは何も見なかったことにして、検品作業へと戻った。 

 

 ●

 

「はあ、はあ……くそっ、俺ら重労働じゃねえかよ!」

 台車に乗せたスクラップらしきパーツを運びながら、青色ツナギのヴァンは不満をこぼさずにはいられなかった。金属の塊なので、こいつがまた重いのだ。

 これはあっちに持って行きなさい、それはそこに置いて行きなさい、などなどセリーヌ監督にこき使われながら、右へ左へヴァンたちは走り回る。

「だらしないわね。なまってるんじゃないの?」

「ぐっ、俺の方が重いもん請け負ってんだよ!」

 同じく台車を押す緑色ツナギのエレインが、ヴァンの横を追い抜かしていった。

 裏解決屋とて足を使うのが信条ではあるが、遊撃士の体力を基準にされても困るっつー話だ。

「ヴァンさん、ファイトですっ!」

 運動部のランニングよろしく、さらにアニエスに追い抜かされた。まあね、相手は十代の現役女子高生だからね、これは仕方ないね。悔しくなんかないもんね。

「なんか機嫌良さそうだな。どうしたんだ?」

「えへへ、だってこれ見て下さい」

 白色ツナギに身を包むアニエスは、その場でくるりとターンをしてみせた。

「今まで変な服ばっかりだったじゃないですか。今回の私、みんなと同じ衣装なんですよ!」

「あー」

 バニーガールやら、ピチピチ女教師やら、それらに比べると工房エリアのコスチュームは確かにおとなしめだ。

 しかしツナギ服を着せられて喜ぶ女子高生とは。

 上機嫌のアニエスではあるが、ヴァンには気になっていることもあった。

 アニエスとエレインの間に漂う空気に、小さな違和感がある。

 険悪というわけでも、ギスギスしているわけでもないものの、どこか互いに遠慮しているというか、微妙な距離を保っているというか。

 何かあったのか?

 とはいえ普通に会話はしているし、俺の思い過ごしなのかもしれないが……。

「ヴァン、アニエスさん、ちょっとこっちに来てちょうだい」

 エレインに呼ばれる。

 壁際の一角だ。人間の五、六人は収まるだろう半透明の大きな管が、まっすぐに天井に伸び、おそらくはこの下にも続いている。

 管には扉があり、扉の前には制御パネルのようなものも設置されていた。

「多分これ、昇降機よ。ずいぶんと近未来的なデザインだけど。ここから下層と高層に行けるんだわ」

「お二人とも、こちらも見て下さい」

 今度はアニエスが呼ぶ。近くに壁掛けの平面図があった。簡略化されているので《ノルンの工房》の構造まではわからないものだが、各フロアの説明が記されている。

 ヴァンたちは横並びになって、その図面を眺めた。

「……なるほどな。《ノルンの工房》は地下、一階、二階の三つのフロアで構成されてんのか」

「私たちがいる一階は、ベルザンディフロアというのね。作業ドックと書いてあるわ」

「地下はウルズフロアで資材、物品置き場……あ、管制ルームもあるみたいです。あと二階はスクルドフロアという名称で……あれ? 説明書きが何もありませんね」

 俺たちが運んでいるパーツは地下か二階に集められているのか? エリア攻略のためには情報がいるが、現時点ではほぼ何もわかっていない。

「地下の管制ルームに行くことができれば、手がかりくらいはつかめるかもしれないわね。ただ管制というからには、機械端末へのアクセスが必要になってきそうだけど……」

「カトル君は天井近くの点検を命じられてますから、自由には動けないですよね……」

「比較的自由に動ける俺たちが地下に行ったところで、専門端末から情報を引き出すなんて真似が簡単にできるはずもねえ。だー、くそっ! やっぱりレンを連れてくるべきだったぜ。休ませるつもりだったのが、完全に裏目に出たな……」

 アニエスとエレインがその言葉に反応した。

「え、レンさんをメンバーから外したのって、そういう意図もあったの? ふうん、あーそう。あなたの判断だし、いいけどね。当たり前の配慮でしょうし」

「ヴァンさんってレン先輩に優しくないですか? 何かと気遣ってますよね? 一応お伝えしておきますが《ロア=ヘルヘイム》に来てから、私だってノンストップで走り回ってるんですけども?」

「な、なんだ、お前ら、その責めるような目付きは」

『別に』

 異口同音に言って、二人の視線がふいっと外される。急に連帯感だしやがって。俺が何したってんだよ。

「アンタたち、そこで何やってんの!」

 足を止めているヴァンたちの元に、セリーヌ監督がやってきた。

 目を吊り上げてお怒りなのはわかるのだが、尻尾をふりふりする彼女が現れると、アニエスとエレインはほっこりする。

「まさかサボってんじゃないでしょうね? そうだとしたら許さないわよ!」

「仕事は真面目にやってますよ。ああ、ちょうどよかった。俺らって地下――ウルズフロアに行ってもいいんですかね?」

「はあ? アンタたちみたいな新人がウルズフロアに行く用事なんかないでしょ。そもそも管理職のカードキーがないと他の階層には行けないわよ」

「管理職……」

 そいつが主格者か?

 だがその人物の特定ができないまま、無駄に働かされ続けるのは不毛だろう。やはり適当な理由をつけて一度外に出て、レンを呼んでくる方がよさそうだ。

 地下に潜る方法は考えなくてはいけないが、正攻法がダメなら侵入という手段もある。

 エリアのルールには従うのが定石とはいえ、ばれなければ違反もまかり通る。カジノエリアでこちらが仕掛けたイカサマにお咎めがなかったことが良い前例だ。

「セリーヌ監督! 気分が悪いので少し外の空気を吸ってきても――」

「ベルザンディのフロア長がお越しになったぞ! 全員集合だ!」

 どこかの作業員が叫ぶ。

「変ね。ミーティングの時間じゃないのに……あ、ほら! アンタたちもとっとと行きなさいよ!」

 

 

 セリーヌに急かされて、ヴァンたちはベルザンディフロアの中央付近に整列した。ベルトコンベアでの検品を中断したらしいアーロンとフェリも合流する。

 高所作業中のリゼットとカトルは、すぐには降りてこられないようだったが。

「おい、ヴァン。なんだこりゃ? 集会か何かか?」

「俺が知るか。フロア長が来たとか言ってたが……」

 アーロンとひそひそ話していると、コツコツと足音が聞こえてきた。

 現れたのは女性だった。タイトスカートのビジネススーツを着こなす、スマートな容貌。控えめに言って美人だ。若手のキャリアウーマンみたいだった。

 胸に金のネームプレートを付けている。あれが管理職のカードキーも兼ねているのか? 目を凝らす。名前は……アリサ・ラインフォルトか。

 サイドテールのブロンド髪を揺らして全員の前に立った彼女は、「おつかれさま」と一言目を口にした。

「進捗はどんな具合かしら。期日が近づいてきているから、みんな頑張ってね。さて……忙しく働いているところ悪いんだけど、この《ノルンの工房》の中に招かれざる者を見つけたの」

 ぎくりとする。

 招かれざる者だと。誰かヘマやったか。迂闊な行動はしないよう各々気を付けていたはずだが。まずいぞ、こんな攻略序盤で。

「地下のウルズフロアに忍び込んで、機密データを盗もうとした愚かな侵入者よ。これより不届き者の処刑を行うわ」

 アリサが手元の小型端末を操作すると、天井からガラガラと鎖に繋がれた鉄格子の檻が降りてきた。宙吊りの状態で止まった檻の中には、何者かが捕らえられていた。

「はあ!? 処刑って冗談でしょ! ちょっと誰か助けてーっ!」

 檻をぎしぎし揺らしながら、わめき散らす女が一人。

 イエローメッシュが入った太陽のようなオレンジ髪。均整の取れたプロポーションは美しく、しかし口を開けば残念な感じが隠せない。

 なーんでコイツがここにいやがる。なーんでウルズフロアに侵入とか余計なことをしやがる。

 共和国の映画女優にして痴女キャッツこと、ジュディス・ランスターめ。

「あっ! ヴァン!? ヴァン・アークライドよね!? どういう状況かわからないけど、とりあえずこういう状況なのよ! どうにかして助けなさいよ!」

 目を合わせないようにしていたのに気づかれた。

 アリサ・ラインフォルトにじろりと睨まれる。

「なに? あなた、この侵入者の仲間なの?」

「知らない人ですね」

「薄情者ーっ!!」

 

 

――つづく――

 

 





人とはつくづく興味深い。その想像力には恐れ入る。

予め定められし運命の謀を、自らが生み出した歯車で歪めようとは。

考えもせず、創りもせず、我らが示す三角の神託にのみ従っていればよいものを。

欠けたる魂を埋めたいが為に、神の仕組みさえ再現してみせるその所業を、傲慢と評さず何と言おう。

とある人間が我らにささやかな敬意をもって、運命の流転を絵画に起こした。

過去に目隠し、現在に翼、未来に開かぬ巻物を。

人とはつくづく興味深い。その想像力には恐れ入る。

我らは誰一人として、そのような姿をしていないのに。

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