黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

2 / 76
第2話 閃刃黎爪

 撃剣(スタンキャリバー)

 マルドゥック社で開発され、データ収集を目的とした貸与という形でヴァンが扱う武器である。形状は剣であるものの刃はついておらず、その用途も殺傷ではなく制圧を主として設計された。

「これがあったところでっつー話だ!」

 幻想のヘイムダルの街中で、リィン・シュバルツァーが太刀を構えている。鋭いながらもこちらの全体を俯瞰(ふかん)していると思える眼差しは遠山の目付けという――いや、それは東方武術の呼称であって、八葉一刀流では観の目と呼ばれるものだったか。

 カルバード人であっても、むしろカルバード人だからか、あの青年の顔と名前は知っている。経歴もだ。

 帝国宰相ギリアス・オズボーンの暗殺未遂(・・)に端を発する、後に十月戦役と名付けられたエレボニアの内戦。その争いにおいて士官学院生の身でありながら、巨大な騎士人形を操って戦場を駆け抜け、終戦への足掛かりを作った人物。

 さらには在学中にクロスベルの臨時武官としても活躍。内戦終結直後の混乱に乗じて進攻を開始したカルバードの空挺部隊を幾度となく撃退。続く北方戦役にも参戦している。

 わけても彼を決定的に有名にしたのは、二年前のカルバードとエレボニアの全面戦争である《ヨルムンガンド戦役》だ。

 事の顛末としては、エレボニア皇帝の殺害を企てた銃撃事件がカルバード共和国による陰謀でなかったことが発表され、帝国側の全部隊が即時撤退するという終息を迎えたわけだが――《千の陽炎》側についていた自分は知っている。

 実際はその裏でリィン・シュバルツァーを中心とした協力者たちが、事態の元凶を討つべく動いていたことを。

 それらの真実の全ては公に語られていなくとも、大戦終結の立役者として《剣聖》の称号と共に、その名は大陸に広く知れ渡ることとなった。

「名実伴った正真正銘の英雄だ。相手が悪すぎるぜ……!」

 なんであんなやつまでここにいる。フード男の言葉通りなら、このヘイムダルエリアを創り出したのが彼ということになるのか。

「いったん引くぞ。真正面からぶつかって勝てる相手じゃねえ!」

「わ、わかりました」

 アニエスを連れて動くより早く、リィンが地を蹴った。弧を描くような軌道で、辺りに集まってきていた人形兵器の群れに素早く切り込むと、流れるような剣筋で片っ端から両断していく。彼の通り道を追うようにして、連鎖する爆発が紅蓮を瞬かせた。

「なんつー速さだ……!」

 勢いは止まらず、燃え盛る炎を背にこちらに迫る。ヴァンはリィンの一刀をスタンキャリバーで受け止めた。甲高い剣戟が響く。

「……硬いな」

「話はできるらしいな、英雄殿! もう少し平和的に行きたいんだが!」

「八葉一刀流、紅葉切り」

「聞いちゃいねえ!」

 捌ける手数の斬撃ではなかった。とにかく下がって回避。

 このまま逃げきれる相手とは思えない。態勢の立て直しをしたいが、それも難しい。

「武器だけじゃ厳しいな。せめてあれがあれば――あ?」

 コート裏のホルダーに硬い感触があった。馬鹿な。さっきまでは空だったはずだぞ。

 まさかスタンキャリバーや魔導杖が現れたのと同じ現象か? つくづく謎の世界だ。しかし今は利用させてもらう。

「アニエス、お前もあるか?」

「は、はい。いきなりポーチの中に出てきたみたいです」

「仕切り直しだ。レクチャー通りにやれるな?」

「大丈夫です。全力で行きます!」

「上等!」

 彼女に戦闘指南をした記憶が、当たり前に自分の中に存在している。

 二人はそれを手にし、同時に起動させた。戦術オーブメント《Xipha(ザイファ)》が光を散らす。

『シャード展開!』

 

 

《★――第2話 閃刃黎爪――★》

 

 

 eXternal Interface for Post Human Activation。通称は《Xipha》――ザイファ。

 第五世代の《ARCUSⅡ》や《RAMDA》に続く第六世代型の戦術オーブメントである。

「アニエスは後方支援を頼む。隙を見て――って、そんなもんがあるかは知らんが、自分の判断で攻撃と防御を切り替えていけ」

 輝く波動のようなものが、ヴァンの周囲に展開される。霊子装片(シャード)と呼ばれるエーテルの欠片だ。《Xipha》はこれを任意で制御することで多種多様の効果を発現させる。

 リィンが間合いに踏み込んできた。上段からの切り下ろしを、スタンキャリバーで防ぐ。眼前で火花が散った。

「エレボニアはまだ《ARCUS》が主流だよな。だが一人じゃ虎の子のリンク機能も活かせねえだろ!」

 バリッと弾ける青白い稲妻。スタンキャリバーから電撃がほとばしった。撃剣の特性の一つ。柄のトリガーを引くと、衝撃波や雷光を発する仕組みだ。

「ぐぅっ!?」

 予想外の攻撃だったのか、リィンは一足飛びに後退した。

「エトワールレイ、撃ちます!」

 宙に浮き立つ光陣。リィンの着地点を狙って、アニエスが魔導杖からレーザーを放った。際どく逸れた四本の熱線が、黒い焦げ跡を道路に刻む。

「ごめんなさい、外れました!」

「いや、それでいい。ガンガン牽制していけ!」

 実戦経験が少ないなりに、よく使いこなしている。魔導杖はそれ自体に導力を生み出す機構が備わっていて、指向性を得た無属性の導力魔法(アーツ)を撃ち出すことができる。結晶回路(クオーツ)から抽出したアーツの威力には及ばないが、駆動時間無しで使えるのはかなりの利点だ。

 スタンキャリバーを構えて追撃を仕掛けようとした直後、リィンとヴァンの間に銃撃が割って入った。

 霧の中にずんぐりとした影が複数(うごめ)いている。

 人形兵器だろうが、もはやどのタイプなのかの識別もできない。こちとらシュバルツァーの相手だけで手いっぱいなのに、別方向からの攻撃にまで気を回していられるか。

「いい加減に視界が悪すぎる! アーツで霧を吹っ飛ばせるか!?」

「やってみます!」

 《Xipha》の導力魔法(アーツ)機能は基本的に二つから成る。全体の基本性能に関わる《ホロウコア》と、個別の導力魔法がインストールされた《アーツドライバ》。この二種をセットすることで、《Xipha》は戦術オーブメントとしての真価を発揮するのだ。

 アーツドライバに組まれた《エアリアルダスト》が駆動し、周囲に竜巻が巻き起こった。

「霧が……晴れない?」

 何体かの人形兵器を巻き添えにして、その爆風も追加されているのに、依然として薄白い霧は広範囲に滞留している。普通の霧じゃない? であれば、これはどういう現象なんだ? 

「ヴァンさん!」

「しまっ――」

 思考に費やした一秒の隙さえ見逃さず、リィンがヴァンに肉薄した。

 やられる。その敗北の直感と、愛車が突っ込んできたのは同時だった。

 耳障りなクラクションを全開で鳴らしながら、バンパーの外れたピックアップトラックがリィンに猪突した。

 彼は車体を跳び越す勢いでジャンプし、鮮やかに突進を避ける。同時に中空で身をひるがえして、斬撃を繰り出した。助手席側のフロントガラスとドアが、切り分けられたケーキのごとくズッパリと落ちる。

「うおああああ! お、俺の車ぁっ!?」

 本日二回目となるヴァンの慟哭の最中、運転席から少女が飛び降りた。

「お二人とも、今のうちに一時撤退を!」

 小柄な体躯に、短い薄紺色の髪。中東の流れを組む衣装だろうか、レッドカラーの肩掛け(ショール)からのぞく褐色の肌。12,3歳くらいの印象だった。

「おい、こら、ちびっこ! なんてことを、なんてことをしやがる!」

「相手は小さな女の子ですよ!? 落ち着いて下さいってば!」

「これが落ち着いていられるかよ! 一度ならず二度までも!」

「修理費なら、私のバイト代から払いますから……」

「ボディーが半壊してんだぞ! バイト代程度じゃ一年かかっても無理だっつーの! 永久就職でもするってのかよ!」

「え、え、え、永久就職って、それって……っ! あ、いえ、そういう意味じゃないのはわかりますけど!」

 始まった諍いに、少女は怪訝そうに眉をひそめる。

「あの、ヴァンさん、アニエスさん……?」

「つーか、なんで俺たちの名前を――っ!?」

「な、なに、頭が……!」

 ずきりと痛む頭蓋。アニエスも膝をついていた。

 景色がねじ曲がる。どこかの何かの映像が目まぐるしく脳裏に展開され、それらが記憶として、経験として叩き込まれていく。外部から流れ込んでくるようでいて、内部から浮き上がってくるようでもあった。

 旧市街の路地で自分たちを尾行してきた《クルガ戦士団》の少女。行方不明になった猟兵団《アイゼンシルト》中隊の捜索を依頼された。

 クレイユ村に赴いて、情報収集をして、そして村のはずれの丘陵の高台で、少女が探していたアイーダという女性を見つけて――見つけたが――二つ目の《ゲネシス》が作動して――アイーダは血を求める異形と化して――最後に自分を取り戻したけれど、全ては遅くて、彼女は月夜の下で“妹分”に看取られて――その涙と共に消えてしまった。

「フェリーダ・アルファイド……。フェリか」

「ん……フェリちゃん」

 アニエスの時と同じだ。フェリと出会い、一連の事件を終えて、バイト二号として居候するまで(・・)の記憶が生み出される。新たに植え付けられたなどではなく、それらは経験済みの事象であり、“最初から知っている”というこの感覚。

 しかも今回はアニエスの記憶も拡張されたらしい。困惑しつつも、フェリをフェリとして認識できている。

「とりあえず逃げましょう! あの太刀使いはこちらを見失っているみたいです。それになんだか妙な息吹を感じます」

 まだふらつく頭を抱えながら、フェリの先導で二人はその場を離れた。

 

【挿絵表示】

 

 

 ●

 

 窓ガラス越しに《ヴァンクール大通り》という標識が見えた。そういえば最初に車で逃げまどっていた時にも通った気がする。

 車、車……。

「バイト君たちに聞きたいんだけどさぁ。君たち、登場の度に俺の車を壊していくルールなのかな? ねえ、どうなのかな?」

 バイト一号ことアニエスは気まずそうに視線をそらし、バイト二号ことフェリは不思議そうに首をかしげた。

「ああしないとヴァンさんがやられちゃってましたよ? 近くに車があって良かったですっ」

「良かったですっ、じゃねえ。助けるにしても他の方法があったろ。そもそも無免許だろうが!」

「はい、アクセルとブレーキがどちらかわからなかったんですけど、勘が当たって何よりでした。これも翼の女神(アルーシャ)のお導きですね!」

「もしも女神の采配だとしたら、俺は全武装して七耀教会に突撃する所存だ」

「そんなことしたらダメですよっ」

「お前のせいなんだけどな!」

 俺がバイトを二人も雇うとは。まさかとは思うが、この先バイト三号なんて出てこないよな。

 車の件でひとしきり苦言を呈した後で、フェリにも状況は伝えた。ここが現実の世界でないことは、すんなりと受け入れてくれたようだった。

 《ロア=ヘルヘイム》に呼ばれるにあたっては、彼女もアニエスと似たような経緯だ。裏解決屋として働き始めて数日後、《モンマルト》で朝食を食べて、二階の事務所に上がり、扉を開いたところで霧に呑まれたそうだ。

 そしてフェリはその朝食を、俺とアニエスと一緒に食べたという。

 俺がこの世界に来たのが8月27日、アニエスが8月31日、フェリは9月16日。

 あり得ない話だが、たとえば二人が未来からやってきたと仮定してもだ。8月27日以降に、俺と共に過ごした事実があることが、どう考えても辻褄が合わない。

「それで、あのリィン・シュバルツァーという人を倒せばいいんですね?」

 フェリの一言で思考を戻す。

「そうすると何が起こるのかは、正直まだわからないんだがな。とはいえ、まず倒す手立てがないのが現状の問題だ」

「障害物が多いのが救いですね。こうやって隠れていられますから」

 アニエスが吐息をつく。

 街中だから建物があちらこちらにある。自分たちが身を潜めているここもその一つ。見れば服や装飾品が、棚やショーウインドウに飾られている。ろくに確認もせずに入ったが、どうやら《ル・サージュ》とかいうブティックショップらしかった。

 何やら考え込んでいたフェリが顔を上げる。

「ヴァンさん。ここって本当の街じゃないんですよね?」

「そう聞いてるが」

「物とか壊しても怒られませんよね?」

「そりゃ怒ってくるやつがいないからな。……お前、何を思いついてんだ?」

 愛用の突撃銃剣(アサルトソード)の残弾を確認しながら、フェリは自信たっぷりに言った。

「正面からぶつかって勝てない相手には搦め手で。今日は猟兵の戦い方で行きます」

 

 ●

 

「はあ……厄日以外の何物でもねえな。あんたもそう思うだろ、剣聖殿」

 ヴァンは自らリィンの前に姿を見せていた。中央区より東に位置するアルト通り。戸建の邸宅や小洒落た店が並ぶその住宅街に、破壊された人形兵器の残骸が転がっている。

 燻る噴煙の中、リィンがヴァンを見た。

「……まだいたのか」

「おっと、ようやく会話してくれるのか」

 しかしそれ以上は何も言わず、リィンは太刀をゆらりと持ち上げた。切っ先から攻撃の意志が立ち昇る。

「まあ待て。この世でもっとも強い剣士ってのは、最後まで剣を抜かずに物事を収める人間のことだろう。ここは一つ、甘い茶請けでも食べながら穏やかな話し合いを――」

 話の途中でリィンが切り込んできた。なんて野郎だ。平和主義者の平和的なお誘いを不意にしやがるとは。

 素早くシャード展開。煌めく霊子装片が散らばり、スタンキャリバーで相手の刃を打ち払う。雷撃もくれてやるつもりだったが、さすがに二度同じ手にかかってくれるほど甘い敵ではなかった。

 刃と刃の接触は一瞬にとどめ、鍔迫り合いには一切発展しない。一足一刀と二足一刀の間合いを巧みに切り替えながら、つかず離れずの距離を徹底している。卓越した体裁きがとにかく厄介だった。

 その時、空に銃声が二発響いた。人形兵器の射撃ではない。これはフェリの合図だ。

「来たか!」

 予定より早い。手際よくやってくれたようだ。

 即座に撤退。踵を返して逃走するヴァンを、リィンは追ってきた。

 アルト通りを駆け抜ける途中、ふと一軒の邸宅に目が止まった。立派な門の表札には《クレイグ》とある。

「……?」

 他の民家にも表札はかかっているが全て無記名だ。なのに、なぜあの家だけ名前がある。

 推察している余裕はなかった。方向転換して、狭い路地裏へ。

 しばらく進んだところで急転回。地面を滑るようにしてリィンに振り返る。彼は足も速い。あわよくばもう少し距離を稼ぎたかったが、まったく引き離せていなかった。

 自分を追って、一本道の路地を駆けてくる。まだ早い。まだ、まだ――

「今だ! アニエス!」

 リィンの足がマンホールにかかった瞬間に、そのマンホールのふたを弾き飛ばしながら、強力な水流が直上へと噴出された。

 駆動待機状態にあった《カタラクトウェイブ》を、アニエスが下水道の中から上方に放ったのだ。

「うぅ、最近の私、下水道ばっかり入ってる気が……」

 ひょこっとマンホールから顔を出すアニエス。

 打ち上げられたリィンは、空中で半回転しつつ態勢を整えていた。その彼の背に、細い糸が触れる。圧がかかり、ピンと張った糸が切れると同時に爆発が起こった。

「ぐっ!?」

 路地を挟む建物と建物の間に、ワイヤートラップを張り巡らせていたのだ。さらに追撃。煙に巻かれながら落下するリィンめがけて、屋上に潜んでいたフェリが手榴弾をばらまいた。

「わっ、お先に失礼します!」

 速やかに下水道の中に頭を引っ込めるアニエス。まっすぐ落ちてきたふたが、綺麗にマンホールの穴を塞いだ。

「いやいや、アニエスさん? 俺は?」

 リィンと一緒に手榴弾がごろごろと降ってくる。防ぐ手段もなく、炸裂、爆発、大音響。

 路地を埋め尽くす衝撃と噴煙をかき分けて、ヴァンは転げるように駆け抜けた。

 《Xipha》に通信。フェリからだ。

『そっちはワイヤートラップいっぱいです。右側から回り込んで、中央通りまで戻って下さい』

「お前な! 雇用主をもっと大事にしろよ!」

『? わかりました』

「わかってなさそうな返事!」

 言われた通りのルートで中央通りに出た――つもりだったが、そこにあったのはどこかイーディスの旧市街を思わせる古びた民家の並びだった。区画の標識が立っている。

「オスト地区だと……?」

 ヘイムダルは十六の地区で構成されているそうだ。その地区の一つなのだろうが、方向的に考えるとここら一帯は確かに中央通りのはずなのに。

「ちっ、感覚が狂うな。こっちの認識している位置把握が通用しねえ」

 またフェリからの通信が入った。

『どこか適当な家に入れませんか? 逆に逃げ場を無くしたいです』

「適当な家ってもな」

 走りながら辺りを見回した。後方からはリィンが迫ってきている。

 近くに大きめの邸宅を見つけた。この家の表札にも名前があった。

「お邪魔しますよ、レーグニッツさん!」

 レーグニッツ邸なる扉を蹴り開けてリビングに押し入る。案の定、誰もいない。

「その家は……!」

 にわかに焦りを見せ、リィンも家の中に飛び込んでくる。

 すぐさまヴァンは窓ガラスを破って外に逃げた。入れ違うように、屋根伝いに追走してきていたフェリが、その窓から手榴弾をどかどかと投げ入れる。

 レーグニッツ邸が爆発した。木端微塵に支柱は砕け散り、二階がぐちゃぐちゃに崩落し、そのまま一階を押し潰す。膨大な粉塵にまぎれて、芳しいコーヒー豆の香りが鼻先をかすめて消えた。

「はあ、はあ、これでどうだよ……」

 果たしてリィン・シュバルツァーは瓦礫の中に立っていた。頭上に落ちて来る建材を片っ端から切ったのだ。

「よくもマキアスの家を……っ!」

「知り合いか? そりゃ悪いことをしたと思うが、ちょっとはこちらの話を聞いてくれ」

「くそ! これ以上、被害を拡げさせるわけにはいかない!」

「ああ、いや。あんたが襲って来なければそれで済む話なんだが」

 ダメだ。やはり会話ができるようで通じていない。俺を見ているようで、俺でない何かを見ているようだ。

 俺でない何か。不意によぎった言葉が、核心を突いた気がした。

 

 ●

 

 何度も切り結びながら移動し続け、いつの間にかヴァンクール大通りまで戻ってきていた。

 遠くにそびえる城の輪郭は、緋の帝都の象徴とも言えるバルフレイム宮だろう。いや、それもどこかおかしい。城と思しき尖塔が、城一つ分にしてはやたらと多いような……?

 限界が近い。一角の武術は修めているつもりだが、自分が扱う崑崙(こんろん)流は剣術特化というわけではない。ここまで剣聖と謳われる相手の斬撃を凌いできたことが、すでに敢闘賞ものなのだ。

 せめて強打を与えられれば。その隙さえあれば。

『ヴァンさん。そこから右斜め後ろに五歩下がって下さい』

 どこからか、フェリの通信だ。《Xipha》を手に取る余裕はないので、ホルダーに引っかけたまま音声だけを聞く。

 策があるのか? ヴァンは指示通りに動いた。ごん、と背中が硬いものにあたる。傷だらけのピックアップトラックだった。どうやら最初の場所だったらしい。それにしても痛ましいボディになってしまった。待ってろよ、必ず修理してやるからな。

 間髪入れず、リィンが刺突を繰り出してくる。とっさに避けた鋭利な切っ先が、運転席のシートを貫いた。

「ああ!? やりやがったな、てめえ!」

 直後、地面を走った冷気がリィンの足元を凍らせ、その動きをわずかに封じた。

「ヴァンさんは離れて下さい!」

「アニエスか! ナイスフォローだ!」

 下水道を通ってこの区域まで移動してきたらしい。しかし今が攻め時なのに、なぜ離れろなどと言うのか。

「ん?」

 車の下に嫌なものが見えた。大量の手榴弾が敷き詰められている。最悪の予感が背すじを震わせた。

 チャキッと銃を構える音が、《Xipha》の通信越しに届く。近くの民家の屋上に、フェリの影が見えた。

「冗談だと言ってくれ、フェリちゃんサン」

『早く退避を。他に方法はありません! 人形兵器の群れも集まってきています!』

「ダメだ、それだけはダメだ。それをやるってんなら、俺は愛車と運命を共にする覚悟だ」

了解(ウーラ)っ』

「ウーラっじゃねえ!」

 慈悲のない銃声とマズルフラッシュが瞬く。ばら撒かれ、車体を穴だらけにした弾丸が、手榴弾の一つに命中した。

 熱と衝撃がオーバルエンジンを誘爆させ、重厚感のあるピックアップトラックのフレームが、ひしゃげながら軽々と宙を舞う。

 

【挿絵表示】

 

「ああああ!!」

 もう何度目の絶叫なのかわからない。だが最大の好機であるのは違いなかった。

 スタンキャリバーを空に放り投げる。至近距離での爆発で、大きく体勢を崩したリィンの懐に踏み込む。太刀の間合いのさらに内側へ。

 両手で打ち込む双頭掌底、寸勁を応用した通背拳、体軸を肩に移行しての鉄山靠。流れるようなヴァンの連撃を、リィンもまた素手で防いでいく。

 八葉の無手の型だったか。初見だろうに、よくもまあここまで適切な防御ができるものだ。つくづく戦闘の勘が凄まじい。だがここからは型通りには行かせない。

 回転しながら落ちてきたスタンキャリバーの柄を、ヴァンは軽業師のような身のこなしで寸分の狂いなくつかむ。完璧なタイミングで引かれるトリガー。爆ぜるスパーク光をほとばしらせながら、渾身の横一閃を繰り出す。

 零式勁術を組み合わせた奥の手、《ヴァンダライズレイド》だ。

 対するリィンは太刀を下段に構えていた。白刃に渦巻くは、暴龍がごとく猛る炎。熱波の渦と共に豪快な切り上げが見舞われる。

 《ヴァンダライズレイド》と《螺旋撃》が正面からぶつかった。相殺される威力。いや、押し負けた。スタンキャリバーが手から離れ、勢いよく地面を転がっていく。

 リィンが太刀を構え直した。二撃目が来る。これは避けられない――

「ヴァンさん!」

 アニエスの叫び。彼女が腰にかけているポーチが激しく輝いた。唐突に世界の色が反転する。リィンが――否、全てが静止している。この現象はまさか。

 

『まーた妙な場所に呼び込まれてるわね! どういう状況なのよ、これ!?』

 

 躍り出る小さな体躯が自在に宙を滑る。軽快な口調と長い耳は、さながらおとぎ話に登場する妖精と言えた。

 《Xipha》にインストールされた支援用AI(ホロウコア)――MK-ESV004《メア》。

「来たか、メア公!」

『公いうな! 相変わらず失礼ね~』

 ホロウとはコアごとに設定された支援AIで、音声や特有のパーソナリティがある。だがあくまでAIであり、自由意志の類は存在しない。

 そのはずなのだが、ホログラムのようなアバターとしてそこに顕現したメアは、プログラムの質疑応答以上の会話を交わしている。仕組みはまったく不明にも関わらず、イーディスでの地下遺跡、クレイユの時と合わせてこれで“三回目”だった。その記憶(・・)がある。

 メアは問う。

『もう要領はわかってるわよね? さあ、どうするの。悪夢を纏う? 纏わない?』

 用意された選択肢など、最初からただ一つ。

 

「ああ、纏うぜ」

 

 何かが目覚める鼓動が、胸の内を侵食していく。

「オッケー、アタシに任せて! シャード解放! ――悪夢を纏え(テイク・ザ・グレンデル)!」

 メアは腕を上にかざした。足元から青い陽炎が立ち昇る。それは瞬く間にヴァンの体を包み込み、異形の姿へと変貌させていった。

 全身を覆う鎧のような鋼皮。両手両足に伸びる鋭爪。鬼面のごときマスクで覆われた頭部にはためく、野性の凶獣を感じさせる長髪。

 剥き出しとなった闘争心は己自身のものか、あるいは別の何かが生じさせるものか。 

『ウヲヲヲヲヲンッ!!』

 魔装鬼(グレンデル)の腹の底まで振動する咆哮が、辺りの民家の窓ガラスを残らず砕け散らせた。

 止まっていた時が動き出す。

 同時にリィンに疾駆。喉輪をわしづかみ、民家の壁に叩きつける。抵抗など意に介さず、力任せに押し込み、三軒続けて家をぶち抜いた。

 三軒目を抜けたところで、ぶんとリィンを放り投げる。その一秒後には彼を追い越し、痛烈な回し蹴りを背中に食らわす。太刀の反撃があったが、鋼皮でそれを弾いてやった。

 さらに攻勢は緩めず、瞬時に追いつき、再びリィンの喉を掴んで瓦礫の山に押し付ける。

『……!?』

 リィンがヴァン(グレンデル)の腕をつかみ返していた。ぎりぎりと締め上げ、握りしめる力だけで鋼皮にヒビが入る。

 揺らぐ得体の知れないオーラ。彼の髪が白く、瞳は深紅に染まりゆく。

「神気合一」

 切っ先が動いた――と認識した時には切られていた。先ほど刃を弾いた鋼皮が、今度は深い斬撃痕を刻まれる。

 ヴァン(グレンデル)は飛び退いて、リィンから距離を取った。

 対峙するは鬼と鬼。

 視線が交わった刹那に膠着は破れ、互い路面をえぐるほどに踏み込む。

 ヴァン(グレンデル)の剛拳が突き出され、リィンは居合抜きの一刀を放つ。猛スピードでの激突。拮抗する青黒い力と赤黒い力。

 せめぎ合いの果てに行き場を失った高密度の波動が円状に拡散し、集まってきていた人形兵器たちを一体残らず爆破させる。

 グレンデル化が解かれたヴァンは吹き飛び、黒髪に戻ったリィンもまた後方に吹き飛んだ。

「がっ!」

「大丈夫ですか!?」

 アニエスが駆け寄ってくる。

「ぐっ……お前のポーチの中、もしかして」

「はい、これもこっちの世界に来ていたようです」

 取り出したのは懐中時計にも似た導力器(オーブメント)だった。アニエスに出会ってから、フェリの依頼に至るまで、一連の事件の中核にあった機械仕掛けの謎の装置――《ゲネシス》

「確かにそれも気になるが、周りを見てみろ」

「え、あ! 霧が無くなってる……?」

 どうやっても晴れなかった霧が嘘みたいに消えている。

 クリアになった視界の中、リィン・シュバルツァーがこちらに歩いて来ていた。

「嘘だろ、あれで倒れねえのかよ……! もう一度グレンデル化を――」

「あ、あれ? うそ、どうして……?」

 アニエスの手の平から、《ゲネシス》が失われていた。それだけではない。ヴァンの《Xipha》からホロウコアも消えている。今の今までそこに存在していたはずなのに。

「やばいな、フェリは?」

「多分、瓦礫が多くてすぐに降りて来られないんだと思います」

 ヴァンはアニエスを自分の背に押し隠す。二人の目の前で足を止めたリィンは口を開いた。

「ここはヘイムダル……? 戦闘があったみたいだが、君たちは何か知らないか?」

 二人して戸惑う。

 その時、空から光る何かが落ちてくる。それはリィンの手に収まると光を失った。黒い表紙の手帳のようだった。

 不思議そうに眺めていたリィンは、おもむろに手帳を一枚めくる。

「もしかして、ヴァン・アークライドというのは?」

「ああ、俺のことだが。どうして急に俺の名前を?」

 リィンは手帳をヴァンに差し出した。

「いや、一ページ目に書いてるんだ。『これをヴァン・アークライドに手渡せ』って」

「は?」

 受け取った手帳の表紙を、ヴァンとアニエスはそろってのぞき込む。そこにはこう記されていた。

『幻夢の手記?』

 

【挿絵表示】

 

 

 ――つづく――

 

 




第2話をお付き合い頂きありがとうございます。

ゲームで言うところのチュートリアル戦闘でした。ヴァンたちはレベルが1上がって、リィンの荷物からUマテリアルを1個、あと少量のセピスを手に入れました。

そういえば黎の軌跡は今までのシリーズより金欠に悩まされました。
やむを得ない時は新装備を整えるために既存の古装備を売ってミラに変えていたのですけど、買った矢先の防具を誤って即売り払ってしまって、慟哭した覚えがあります。

次回は恒例の《人物ノート》と《虹の軌跡Ⅱ~2.5エンディング》までのストーリー公開となります。

ご意見ご感想は随時お待ちしております。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。