黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第21話 ウルズの泉に浮かぶ夜

 エマさんは魔女の一族らしい。

 ほうきで空を飛んだり、カボチャを馬車に変えたり――なんてことはできないそうだが、それでも幼い頃からおとぎ話に慣れ親しんだ身としては、憧れに近い興味を持ってしまう人だ。

 しかも綺麗で、優しくて、あふれる母性を備えている、穏やかで落ち着いた大人の女性。

 そんなエマさんに《ノルンの工房》ウルズフロアへの潜入作戦のため、ドームの屋根部分に転移術で連れて来てもらって――いきなり問答無用でダクトの中に押し込まれた。けっこう雑めに。

 ダクトの中は暗いですし、深さもわからないですし、できればもうちょっと心の準備をする時間が欲しかったのですけど。なぜ急にスパルタウィッチに……。

「きゃああああ!?」

 排気ダクトには多少の傾斜がついていた。そのおかげで垂直落下はしないで済んだが、垂直じゃないだけでほぼ落ちているのと大差ない。

 位置的にもう二階は過ぎている。あわよくばこのまま地下までいければと思ったが、ダクトは一階までしか続いていなかった。

 出口にあった金網のふたを蹴り飛ばしながら、アニエスはダクトの外に放り出された。

「う」

 腹から床に叩きつけられ、うぐぶっ、と乙女にあるまじき嗚咽がでそうになるのをどうにかこらえる。

 続けざまに飛び出てきたカトルが、うつ伏せのまま倒れているアニエスの背中にダイブした。さらにとどめの追いジュディス。

 三枚敷きの布団の最下層になったアニエスは、「うぐぶっ」と耐えきれなかった喉を鳴らした。

「ご、ごめん、アニエスさん! 大丈夫!?」

「すごい声出たわね……あ、心配しないで! あたしは何も聞いてないわよ!」

「とりあえず私の上からどいてもらえませんか……」

 ベルザンディフロアだ。フロアの照明は落ち、機械の類も全て停止している。昼間の喧騒が嘘のように物静かだった。幻影の作業員たちはどこへ消えたのだろう。

 三人は薄暗い作業場の中を慎重に歩いた。ほどなく例のエレベーターにたどり着く。

 カトルが一通りのスイッチパネルを調べた。

「やっぱりロックがかかってるね。僕らの入館証じゃ入れないみたいだ」

「そういえばセリーヌ監督も“管理者のカードキーがいる”って言ってました。どうにかなりそうですか?」

「これでもアークライド事務所の技術顧問だよ。異世界の物だからもっと荒唐無稽なシステムかと思ったけど、意外にもちゃんと論理に適った仕組みをしてる。《ノルンの工房》を創造した主格者は、ロジカルな思考の持ち主なのかな。うん、これなら行けるかも――XEROS、FIO!」

 カトルは呼び出したXEROSとFIOからケーブルコネクタを伸ばし、エレベーターのコンソール端末と接続した。二機分の演算機能をフル活用して、一時的にシステムをだます。

 ほどなくエレベーターのボタンランプが赤から緑に代わり、ドアがスライドして開いた。

「す、すごいです、カトル君。それじゃあ早く行きましょう!」

「いや、僕はここから動けない。防衛プロテクトが高度過ぎるんだ。ハッキングをやめたら、すぐに警備システムが復旧すると思う。ウルズフロアへの潜入はアニエスさんとジュディスさんに任せるよ。一時間は保たせてみせるから」

「そういうことなら、急ぐわよ!」

 先にエレベーターに乗り込むジュディス。アニエスも後に続くと、自動でドアが閉まった。カトルを置いていきたくはないが、そうするしかなかった。

 昇降機が地下へと動き出す。

「あれ……でもどうやって最初、ジュディスさんはウルズフロアに入ったんですか?」

「ああ、透明化してね。悟られないように、アリサとかいうフロア長と一緒にエレベーターに乗ったのよ」

「透明化……」

「あっ、違うの。透明化じゃなくてその……遠目なイカよ!」

「なんのごまかしにもなってませんが……大丈夫ですよ。ジュディスさんがグリムキャッツだって、龍來(ロンライ)での記憶拡張の時点で私も知っていますから。ヴァンさんにも教えてもらいましたし」

「ヴァン・アークライドね。あいつめ……あたしの裸を見た代償は高いわよ!」

「それに関しては色々と討議が必要ですね。不可抗力なのはわかってますけど、ヴァンさんの釈明もちゃんと聞きたいところです」

 ヴァンとアーロンは今回の記憶の拡張が起こる前から、ジュディスが例の怪盗であることは察していたという。

 エレベーターが止まり、ドアが開いた。

「ここがウルズフロア……」

 飾り気のないスチール板敷きの通路が続いている。明かりは灯っているが、見通しは良くない。

「けっこう入り組んだ構造をしててね。研究室や実験室のような部屋が多くあったかしら。途中で見つかったから最深部までは行けなかったけど、おそらく侵入者用のトラップもあると思う。はあ……もうばれてるわけだし、仕方ないか」

 ジュディスの体が光に包まれ、そして瞬く間に彼女の姿が変わった。

 胸元の開いた、しなやかで扇情的なボディースーツ。シャープな猫耳と一体になったようなデザインの、顔の上半分を隠すブラックマスク。

 まさしく変身。幾度となく出会ってきたグリムキャッツだ。

「これならステルスが使えるわ。あたしが先導するからアニエスは後ろに――へ?」

 呆然とジュディスを眺めるアニエスを、しかしジュディスも呆然と見返していた。

「いや、なにそれ」

「なにって……えええええっ!?」

 自分の姿を見て、アニエスは絶叫する。

 つなぎ服だったはずの自らの衣装が、ジュディスと同じグリムキャッツになっていた。

 

 

《――★第21話 ウルズの泉に浮かぶ夜★――》

 

 

 《七星撃》――精錬した七耀石をあしらい、あらゆる難敵を突破してきた愛用の強化トンファーだ。

 しかしその七星撃を持ってしても、リーシャの斬撃は受け止めきれるものでも、流しきれるものでもなかった。

「がっ……!」

 吹き飛ばされ、橋の欄干に叩きつけられるロイド。

 リーシャの追撃が来た。遠心力を乗せた大剣が、体勢を戻す前のロイドに迫る。

 間髪入れずに、後衛からエリィとノエルの援護射撃が入った。

 防御に転じた大剣で即座に身を守りながら、リーシャはしなやかに銃弾を回避。

 剛の剣捌きと柔の体捌きを両立させている。さらに直線軌道と円軌道を組み合わせたような不規則な足捌き。ひどく動きが読みづらい。だからといって捉え切れずにまごついていると、苛烈な攻撃を食らう羽目になる。

 アニエスら潜入班が察知されないように目眩しの時間稼ぎだが、これは思っていたより遥かに厳しい戦いかもしれない。

「逃がさねえ!」

 繰り出されたランディのスタンハルバードの刃は、彼女の毛先にさえかすりもしなかった。

「きっちり逃がしてるじゃないか」

「うるせえぞ、ワジ! つーかリーシャのやつ、めちゃくちゃ強いぜ!?」

「相手は幼少から暗殺術を極めてるプロだからね。僕たちとは下地からして違うさ。場合によっては聖痕(スティグマ)を使う――よっ!」

 電光石火の踏み込みで、ワジがリーシャの懐に入った。低い体勢からの渾身の蹴り上げ。大剣で防ぎつつも、リーシャは宙に打ち上げられた。

 追って跳躍したワジは、空中でさらにダイナミックな回し蹴りを見舞う。腕でガードしたリーシャをそのまま力づくで地上に押し返した。

「今度こそ決めてよ、ランディ!」

「おうよ!」

 

【挿絵表示】

 

 着地した一瞬の硬直を狙って、スタンハルバードを大きく振りかぶる。さらにリーシャを挟撃する形で、ロイドもトンファーを構えていた。

「合わせるぞ!」

「久々だな、相棒!」

 炎をまとう交差の一撃。二人一技で放つ《バーニングレイジ》が、闇の中に燃えるような軌跡を描く。

 必中のタイミング。しかしリーシャはまたかわす。

 紙一重の隙間を縫うようにして、赤々とした盛大な火花をかいくぐると、夜空に向かってブーメランのごとく大剣を投げ放った。

「凰月輪だ! 誰が狙われるかわからないから注意しろ――うっ!?」

 ロイドの足首に鉤爪が巻き付いていた。鉤爪から伸びた鋼糸は上―――これまででもっとも高く飛んだリーシャの手に握られている。

 しまった。投げた剣に気を取られ過ぎた。

 しかも鉤爪はワジとランディにも絡みついていた。前衛が全員捕らわれた。

「リーシャさんの動きを封じます! その間に抜け出して下さい!」

 ノエルが撃ち放った電磁ネットは、しかし弧を描いて戻ってきた凰月輪に切り裂かれた。大剣はそのままリーシャの手に収まる。

 満月を背景に《銀》のシルエットが舞う。大きな月が緋色に染まっていたが、そこに目を留める余裕は一切なかった。

「眠れ、白銀(しろがね)の光に抱かれ――」

 滅。

 明確な殺意の発露と共に、振り抜かれる紫光の一閃。

 まとめて屠られる寸前、三人を覆うようにして障壁が展開された。絶対の防護膜に、リーシャの剣技が弾かれる。

「ゼロ・フィールドを張りました。皆さん、今のうちに後退を。本当はエーテルストライクを狙っていましたが」

 ティオがエイオンシステムを使ってくれたのだ。

 鉤爪を外したランディとワジが下がる。

 ロイドも距離を開けるが、橋の途中で足を止めてリーシャに向き直った。トンファーを限界まで引き絞って構え、揺らぐ闘気が虎を象っていく。

 ロイドを狙って、おびただしい数の爆雷符が投擲された。

 同時にエリィが《ディバインクルセイド》を放ち、無数の光線の弾幕でそれらをことごとく撃ち落とす。

 爆煙が視界を濁らせた。今だ。

「おおおおっ!!」

 全身を強靭なバネにして、一気にトップスピードへ。粉塵を突き破る《タイガーチャージ》が、橋を踏み砕きながら高速特攻。猛虎が吼える。

 リーシャの影。捉えた。手荒だが、これで終わりにする。

「やっぱり強いですね、ロイドさんは」

 直撃の瞬間、確かに聞こえた彼女の声。

 個人を認識していなかったはずの“囚われ”のリーシャが、なぜ俺の名前を――

 

 ●

 

「あー、その、なんていうの。似合ってるわよ?」

「複雑ですね……」

「どういう意味よ」

 ジュディスのフォローが心に痛かった。

 せっかくみんなと同じつなぎ服だったのに。どうして私の衣装だけいつもこう、アレな方向に突き進んでいくんでしょうか。

 グリムキャッツと化してしまったアニエスは、あっちこっちが際どい衣装を自ら見やり、ずうんと消沈する。

 隠したくとも隠せないほどの露出範囲。ボディラインにぴたりと張り付くコスチューム。ジュディスと違うのは、カラーリングが白だということか。ああ、ヴァンさんがいなくて良かった。

 自分から潜入班に志願したのだから、あらゆる危険は覚悟の上ではあったけど、これはさすがに想定していない。

 挙手した理由は一つ。私だって役に立ちたかったから。エレインさんと同じくらいに。無理なことはわかってるけど、少しでも近づければ、と。

『エレインさんはヴァンさんのことが好きなんですか』と、そう問うたミシュラムで、わずかな沈黙の後に彼女から返って来た言葉は『……そんなの、わからないわ』だった。

 逆に受けた質問は『どうしてそんなことを聞くの?』で、自分の答えは『……そんなの、わかりません』だった。

 会話はそれだけで終わった。

 だから彼女とは少し気まずい。とはいえ大人の対応なのだろう、エレインさんは私と普通に接してくれている。

 ライバル心? 嫉妬心? そういうのじゃない気がする。

 これはそう……差をつけられたくない、離されたくない。そんな子供じみた感情だ。

「グリムキャッツは複数系だから、改名まではいらないかしら……」

「しれっとコンビ編成しないで下さい」

「え、イヤなの?」

「前向きではないです」

 とにかく今は雑念を捨てて、作戦に集中しなければ。

『える――聞こえる? 二人とも。異常はない?』

 カトルからの通信が入った。地下だが導力波は届いているらしい。

「聞こえていますよ、カトル君。異常なしです。なんの異常もありませんので、詮索は不要です」

『詮索不要って……まあ、いいか。ウルズフロアのマップを引き出すことに成功したよ。ここからは僕がナビをできるから』

「本当ですか! 心強いです」

『それにしても罠だらけだ。気を抜くとあっという間に女神送りだよ。いい? 絶対に僕の言う通りに進んで。まず直進して突き当たりを右に……――』

「カトル君?」

『ナビはここまでだ。あとハッキングも厳しい状態になった。一時間って言ったけど、あと三十分が限界だと思う。ごめん』

「えっ、ちょっ」

 通信途絶。

 何かトラブルかもしれないが、確認する方法はなかった。

「ナビはここまでって、『直進して突き当たりを右に』しか教えてもらってないんだけど」

「罠だらけで、気を抜くとあっという間に女神送りとか」

 薄闇の静寂の中、アニエスとジュディスは顔を見合わせる。

「あの、ジュディスさん。さっき私の前を歩いて下さるって」

「うん、並んで行こ?」

 

 ●

 

「端末への不正アクセスのせいかな。連動して警備システムが働く仕組みだったらしいね」

 ベルザンディフロアのエレベーター前。

 カトルは複数の人形兵器に囲まれていた。ドローン型が三機、装甲人型が二体、移動式の自律砲台まで出てくる始末だ。

 応戦するしかない。

 しかしXEROSとFIOの演算機能を最大に使っている現状、それらの端末接続を解除すれば、地下の警備システムもフル稼働する上に、エレベーターはカードキーでしか昇降できなくなってしまう。

 つまりアニエスたちは罠だらけのウルズフロアに閉じ込められる。

 外せて、どちらか一体。

「FIO、僕の直援について!」

 突破力の高いXEROSではなく、汎用性に秀でたFIOを選ぶ。

 しかしXEROSのみの演算機能では、ハッキング継続にかなりの負担が伴う。やはり三十分が限度だろう。

 カトルはパルスガンを構えた。護身用に自ら設計したものだ。安全装置を解除。出力上昇。

 端末との接続を解いたFIOが、傍らに滞空する。

「エネミー識別は、僕に敵対行為及びその予備動作のある全ての人形兵器だ。目標の破壊か無力化をするよ」

『ワカッタ、FIO、ガンバル』

 敵機が散開した。合わせてこちらもシャード展開。霊子装片が周囲に散らばった。

 キャタピラ式の自律機銃が旋回起動を取りながら、銃口を持ちあげる。

 撃たせない。先制の《オプティカルカノン》がFIOから放たれ、冷気を凝縮させた高密度のレーザーが、自律機銃を一発で凍てつかせた。

 続いてドローン型の人形兵器が三機。カトルへの包囲を狭めてくる。

 上に向けてパルスガンを乱れ撃つ。その内の一射がドローンのプロペラに命中。爆発したその一機は、黒煙を撒き散らしながら床に墜落した。

 

【挿絵表示】

 

 果敢にFIOが空中戦を仕掛ける。鋭い軌道で潜り込んで、残る二機の背後を取った。相手が方向転回するより早く、拡散型のレーザーを浴びせかける。射程は短いが範囲の広い熱線が、ドローンの表面装甲を融解させて飛行能力を奪った。まとめて二機撃墜。

『カトル、危ナイ!』

「わっ!?」

 転がって攻撃を避ける。剣を持った人型の一体に接近されていた。

 背の高い重機が散在しているせいで、空中からのFIOの援護射撃の射角が確保できない。

「いつも後衛だから、近接戦闘はキツいな」

 ベルトコンベアを乗り越えて逃げる。追ってきた人型は、しかし動きを止めた。首を左右に振って、迂回路を探す素振りを見せる。

「へえ……機械は壊したくないんだ。いや、壊さないようにプログラムされているのかな? 何を作ってるのか俄然気になってきたけど、それは後でいいか」

 コンベアを盾にしながら、パルスガンを連射。集中して腰の関節を破壊した。

 エレボニアの内戦で一躍有名になった機甲兵と同じだ。見た目のインパクトは強いが、なまじ人型をしているせいで構造上の弱点が多い。

「自律機械には人間じゃなくて昆虫の構造を転用することをお勧めするよ。さて、残る一体はどこに……あっ!」

 最後の人型はXEROSを狙っていた。しまった。行動順位の判断ができるのか。

 XEROSは無防備だ。あんな状態で攻撃を受ければ、ひとたまりもない。《ラプラスコード》で防壁を――間に合わない。あれは発動に時間がかかる。

 カトルはXEROSの前まで走り、向かってくる人形兵器と相対した。FIOも空中をショートカットして駆けつける。

「あれをやるよ!」

『了解。ランスモード起動』

 機体下部にせり出したグリップを握る。機体上部にエネルギー光が収斂し、瞬く間にランス状に成形された。加えてシャードブースト発動。

 人型機が剣を振り上げる。カトルは開いた懐に光のランスを突き出した。

 《ディガンマ・ドライバー》。奥の手の一撃が敵の腹部装甲を穿ち抜き、その後方まで光軸を走らせる。風穴の空いた人型はくずおれ、物言わぬ鉄の塊と化した。

「はあ……後衛なのに……FIO、端末と再接続してXEROSのフォローを――いや、噓でしょ……?」

 重い金属の足音が近づいてくる。

 人形兵器の増援。さっきの倍の数だ。

 シャードブーストはしばらく使えない。FIOの導力はあとどれくらい残ってる?

「アニエスさんたち、急いでくれなきゃ本当にまずいかも」

 その時、轟音が響いた。凄まじい衝撃が工房全体をも揺れ動かす。

 音はドームの天井からだった。

 エマさんが待機しているはずだが、上でも何かあったのか?

 

 ●

 

 エマの《イクリプスエッジ》とヴィータの《魔剣舞踏》が交錯し、虚空に無数の幻剣が舞い踊る。

「どちらの剣かわからなくなりそうね。色付けておきなさい。私はブルーにするから」

「じゃあ私はレッドで」

 《ノルンの工房》のドームの上。二人の意志に応じて赤と青の輝きを散らす剣が、鮮やかな残像を引いて縦横無尽に飛んだ。

『誰ガ、そノ術を教エたか忘れタか?』

 黒霧をまとうローゼリアは、同じく召喚した闇の大剣でこちらの剣を一つ残らず相殺する。衝撃の余波を防ぎながら、エマは次の攻撃に備えた。

 霧人形(ミストマータ)のローゼリア。実力は本人と遜色ない。いや、仲間としての手心が加えられない分、攻撃はより激しい。しかも全力の大人バージョンの姿だ。

 ミストマータは本人が呼び込まれているのか。それとも違う要因が核となって生成されているのか。

 学校エリアで現れたミストマータは、エリオットの姿をしていた。その時点でエリオットはまだ夢に囚われている状態で、確かに講堂での映画鑑賞の場にいたはずだ。

 そこから推察するに、仮説として正しいのはおそらく後者。

 本人ではないが、本人がベースとなっている存在。

 しかしそのミストマータは、エリオットらしからぬ剛腕を振るったそうだ。

 本人がベースとなるならアーツを使ってきそうなものだが、そんな気配は一切なく、発言も含めて終始荒ぶっていたという。

 やっぱり捕らえるのがてっとり早い。

「おばあちゃんには悪いけど」

 魔導杖の先端に生み出した業火を放ち、大炎球となった《ヴォーパルフレア》が大気を焦がす。

『ソノ程度――ぬッ?』

「あら、婆さま。もうお年なのだから、足元の冷えには気をつけなきゃね?」

 足場が広範囲に凍っていた。ヴィータの《無間氷獄》がローゼリアの動きを封じる。

 にぃと口の端をゆがめたローゼリアは、自身の腕にまとわせた赤黒いオーラを拡大し、一気に振り抜いた。《血濡れの牙》だ。ヴィータの氷もエマの炎も一瞬で掻き消え、その魔力が逆に吸い取られてしまった。

『もうヨイわ。“夢の(ほころ)び”は後で探シ出シテクレよう。オ前達は、ココで消エよ』

 上空へと浮き上がるローゼリア。震撼する夜空に鳴動が轟き、満月が緋色に染まりゆく。

「まずいわ。《紅月》を使うつもりよ」

「終極魔法まで扱えるなんて……!」

 本人以外には絶対に発動できない代物だ。

 このままでは《ノルンの工房》もろとも焼き尽くされる。

 いいのか? “霧を晴らすな”という言葉から、てっきりミストマータはエリアの守護者のような役割があると思っていたが、そのエリアごと灰塵に帰す威力の大魔法を使うとは。

 そういえば黒霧のエリオットは最後に主格者であるレンに襲い掛かったと聞いている。行動原理がまるでわからない。

 いずれにせよ、何か手を打たなくては。アニエスたちはまだ中にいるし、位置的にロイドたちも巻き込まれる。

 《パレス・オブ・エレギオン》で工房全体に結界を張るか? 無理だ。《紅月》を防ぎきれるとは思えない。

「撃たれる前に止めるわよ」

 ヴィータが言い、ここでようやく《ARCUS》の戦術リンクを繋ぐ。

 意図を汲んだエマは魔導杖を地に突き立て、ヴィータが蒼扇をしなやかに振るう。二人の足元に光の陣が浮き立ち、霊力(マナ)の奔流が渦を巻いた。

『そびえ立て、大いなる塔――』

 澄んだ声を重ね、姉妹で呼び出す幻像の巨塔。

 二人を頂に乗せた《ロードアルベリオン》が、宙に浮かぶローゼリア目掛けて立ち昇った。

「行きなさい、エマ!」

「ええ!」

 ローゼリアと拮抗する高さまでせり上がった塔から跳躍し、エマは光の短剣を指先に生成した。ナイフほどの大きさしかないが、凝縮させている分、桁違いの威力を誇る。

 捕縛はなしだ。捕らえられる次元の相手じゃない。

 エマはローゼリアの左胸に狙いを定めた。人間の心臓と同じ位置に、ミストマータの心臓部――黄金の歯車がある。それが何なのかは不明だが、急所であることは判明していた。

『読メてオルわ』

 ローゼリアがエマに魔杖を投げ放つ。魔力を込めた貫通力の高い一撃、《クリムゾンランサー》だ。

「読んでいるわ」

 エマは転移術で回避。同時にローゼリアの背後に飛ぶ。背中越しに光の短剣を突き立てようとして――

『読メテおると言ッタ』

 ローゼリアは投擲した魔杖を転移術で手に戻すと、エマに向き直ってさらに一撃を投げ打った。

「読んでるわよ」

 ヴィータが転移術でエマを引き寄せる。空を切った魔杖と入れ替えに、再度エマはローゼリアの背後へと瞬時に移動した。

 おばあちゃんと同じ姿なのは気が引けるけど――今は、言っていられない。

「これで――っ!?」

 光の短剣を突き出したエマの手首が、何者かに掴まれていた。攻撃を止められた。

 黒い霧に塗れた人の腕。ミストマータだ。まさか、こんなタイミングで二体目が現れるなんて。

 そのミストマータの顔に視線を移し、エマは絶句した。

『フフ……実にいいね』

 

 ●

 

 針山の天井が落ちてきた。落とし穴には槍が仕込まれていた。壁から矢が飛び出してきた。大きな鉄球に追い駆けられた。ドアノブには電流が流れていた。セントリーガンに滅多撃ちにされた。ヌルヌルのローションがバケツで落ちて来た。

 鬼のごときトラップの連続に、しかし時間がないからと、ほとんど特攻の勢いで突き進んできた。

「つ、ついた。やっと……最奥部の管制室……今までで一番キツかったかも」

「生きてるのが不思議なくらいです……」

 ジュディスとアニエスはズタボロだった。ただでさえ際どいグリムキャッツのボディスーツが、さらにあられもない格好になっている。

 あらゆるセキュリティに守られた最も厳重な管制ルームがここだ。研究室も兼ねているらしい。

 鍵がかかっていたので、ジュディスが蹴り開けて中に入る。

 誰もいなかった。

「そこまで大きくない部屋ね。キャビネットが三つにデスク置きの端末とモニター数種、あとあれは……金庫?」

「私は端末をいじってみますね。専門的な操作はさっぱりですが、アクセスくらいはできます。あの金庫、ジュディスさんなら開けられたりしますか?」

「ダイヤル錠ね……。やれなくはないけど、運と時間次第ってとこかしら」

 カトルが告げたタイムリミットまで、あと十分も残されていない。

 速やかに二人は持ち場に分かれた。

 アニエスは端末を起動し、モニターを表示させる。

「やっぱりよくわからない……これ、かな?」

 勘でキーボードを叩き、目についたファイルを片っ端から開けていく。

「CR01、TW-01、AN-07……AN-07フォルダだけロックがかかってる。他は――あ、これは《ノルンの工房》の詳細? 図面じゃなくて説明文みたいだけど……」

 

【B1F ウルズは過去を司る。運命を編みしものの象徴は、罪深き顔を覆うフードである】

 

【1F ベルザンディは現在を司る。今を生成するものの象徴は、その先を目指す翼である】

 

【2F スクルドは未来を司る。不確定な選択の象徴は、閉じられた巻物である】

 

 読んではみたが、意味がわからない。

 画面を下にスクロールすると、クリックできるボタンがあった。エンターキーで選んでみる。

「え、えっ?」

 連動して部屋に変化が起きた。壁の一面がスライドして、ガラス張りになる。

 強化ガラスらしい。それを隔てた向こう側に、広い空間が広がっている。天井の高い、大きなラボのようだ。

「な、なに、あれは……」

 ラボの中央、何かのシルエットが見える。機材や部品の山が、一つの形を成していこうとしている。

 そういうことか。ここだ。ベルザンディフロアで仕分けられたパーツは、すべてこのラボに集められ、組み上げられているのだ。

 モニターには、それの名前だけが明示された。

「《デルタ=ドライブ》……?」

「開いたわよ!」

 ジュディスが金庫のロックを破った。

「本当に開けたんですか! すごいですね。新しい情報が手に入ればいいんですけど」

「……ラッキーかも。ここで管理していたのね。これは想定以上の収穫よ」

 ジュディスは金庫の中から両手で抱えるほどのケースを引っ張り出した。そこにぎっしりと収められていたのは、

「あ! 私たちと同じネームプレート!? しかも新品で未登録の!?」

「“ディースの証明”って言うんだっけ? これだけあれば待機組を全員《ノルンの工房》に入れられるわね」

 けたたましいブザーが鳴り響く。照明が赤色灯に切り替わった。

「やばい、ハッキングが切れたんだわ! エレベーターのセキュリティが正常に戻る前に撤退するわよ、アニエス!」

「はい、急ぎましょう! ――え?」

 ラボで作られている機械の前に、誰かが立っていた。人だ。フードを被っている。

 ウルズフロアのフロア長か? さっきの説明文にも象徴がフードだと――いや、待て。

 あのフードには見覚えがある。恰幅の良い体躯にもだ。

 その人物がこちらに振り返り、フードを取った。

 心臓が高鳴った。リィンたちから聞いていた身体的特徴とも合致する。

「ジョルジュ・ノーム……!」

 間違いない。自分たちをこの霧の異世界に招き入れ、ろくな説明もなく忽然と姿を消してしまった男。そして《ロア=ヘルヘイム》の“何か”を知っている人物。

 ここにいたのか。こんなところにいたのか。

「アニエス、早く!」

「で、でもあの人に話を!」

「なに言ってんの! 急がないとエレベーターがって話したばかりでしょ!」

「……っ! 了解です!」

 すぐそこに異世界の重大な謎に関わる答えがあるのに。

 ガラスを砕いて向こう側に飛び込みたい衝動を抑え、アニエスは踵を返した。

 

 ●

 

 鼻下で整えられたグレーの口髭。一見は初老の紳士だが、その実は帝国に狂い咲いた紫の用務員。エレボニアの乙女小説界のスーパースター《G》ことガイラー。

 なぜだ。なぜこの人が現れた。

 やたらと暴力的なエリオット、平然と大人の姿になるローゼリア、そして《ロア=ヘルヘイム》に呼び込まれる条件からは外れているはずのガイラー。

 彼らがミストマータとして存在している理由、理屈。

 ダメだ。何かが繋がりそうなのに、動揺が激しすぎて頭が回らない。

「あの人知ってるわよ。トールズの用務員さんでしょう? 何回か見たことあるし、話したこともあるけれど」

「姉さん。侮ったら絶対にいけないわ。ガイラーさんの力は世界を滅ぼす……!」

「いや、ただの用務員でしょ?」

「世界を滅ぼす……!」

「聞いてる?」

 そもそもですね。おばあちゃんは齢800歳を超える《魔女の眷属(ヘクセンブリード)》の長ですよ。伝説的な凄い人なんですよ。そんなレジェンドのとなりに、どうして当たり前の顔をして嘱託雇用の用務員さんが立っているんですか。歴史と由緒の深いエレボニアの伝承が膝折れして泣きますよ。

『ヤレヤレ……仕切リ直シト行コウカのう』

 ローゼリアが魔杖に力を込め、それをガイラーが制した。

『魔女殿。ココは退クのが得策カト。相手も中々に強イ』

『……用務員殿がソウ言うナラ』

 いやいや、ガイラーさんの発言権がおかしいでしょう。魔女の長と同格みたいな感じで進言しないで下さい。

『サテ、エマ君。我々ハ一旦ココデ失礼する』

「できれば永遠に失礼したままでお願いしたいんですが」

『フフ、異ナ事を言ウ』

 口調も挙動も、自分の知る彼そのものだ。

 いや、小さな違和感がある。そのもの(・・・・)過ぎる……?

『君達ガ隠してイル《夢の綻び》は必ズ見ツケ出し、破壊させてモラう。我ラが“王”ノ為ニ』

「王……? 私たちが隠す……?」

 それだけを言い残すと、ローゼリアとガイラーは闇に溶け込むようにして姿を消した。

 

 

 ――つづく――

 




《話末コラム①》【猫エス】

 グリムキャッツ化してしまったアニエス。コスチュームはジュディスと同じだが、全体のカラーリングは白色となっている。
 能力自体は反映されておらず、ステルスなどは発動できない。要するにただのコスプレ。

 ●

《話末コラム②》【ガイラーさん】

 虹の軌跡の第一話から虹の軌跡Ⅱの最終話まで登場したトールズ士官学院の用務員。
 元々は普通の初老紳士だったが、文芸部のドロテの書いた小説を読んでしまい、紫色の覚醒を果たす。
 しかしその小説をエマが書いたものだと勘違いして、事あるごとに彼女を追いかけ回していた。誤解が解けた後も、それはそれとして追いかけ回す。
 自身も小説を執筆し、エレボニアの乙女たちには絶大な支持を得ている。筆頭はアルフィン。
 十月戦役の勃発以降、彼はトリスタから解き放たれ、帝国に狂い咲いた一輪の用務員として各地を巡り、様々な暗躍をしていた。
 最終的にはカレイジャスに同乗し、パンタグリュエル攻略戦にも参加。敵艦の若きエースたちに猛威とトラウマを振りまいた。
 とにもかくにも厄介で永遠のエマの宿敵ともK♯アァS§ヤメッΔΞ――特にエマからは尊敬の念が絶えず、長年の付き合いから非常に良好な関係を築けている。またⅦ組を始めとした男子学生にとっては、十月戦役時の活躍も相まって信頼と憧れの対象とも言えるだろう。実にいいね
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