黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第24話 デルタ=オラクル

「げほっ、けほっ!」

 少し煙を吸い込んでしまった。熱せられた空気で喉が焼けそうになる。

 カトルは咳込みながら、ようやく黒煙の薄らいできた視界に目を凝らした。

 広範囲に焼け焦げ、深くえぐれた床。後方の観覧席は崩落し、瓦礫の山と化している。

 《デルタ=オラクル》のレーザー攻撃で、幻影のトールズ学院生たちの機体は全壊。散らばった残骸の中に、本来搭乗者であった彼らが倒れていた。

「ああ、アラン……生まれ変わっても、私……あなたのことを……」

「俺もだ、ブリジット……俺たちの愛は永遠だ」

「よそでやれ、お前たち……」

 アランとブリジットのいちゃいちゃを、恨みがましい目で見るパトリック。

「へっ、こういう最後も悪くねえ……」

「悪いことしかないだろ……。くそっ、今度こそ生意気な小僧を潰して、クレア少佐にアピールしようと思ってたのに……」

「心血を注いだオーバルギアが一瞬で沈むなんて……はは、僕のアイデンティティー……」

 なぜか納得しているらしいクレインと、呪詛のつぶやきを吐くハイベル。そして悲嘆のステファン。

「ムフォオ! ヴィンゼントざまあ! 愛に準じましょう、二人でぇ!」

「ぐあああ……ぎゃばっ!」

 マルガリータに抱きしめられて、元々無傷だったヴィンセントが死んだ。

「ああ、ニコラス君……生まれ変わっても、私……あなたのことを……」

「もうそれアラン君たちがやってるから」

「何度やったっていいじゃないのよー!」

 エミリーとテレジアが言い合う横で、ニコラスは静かに伏している。

 他の搭乗者たちもそんな感じで、幻影チームは根こそぎ全滅だ。

「お前ら、大丈夫かよ!?」

 クロウを筆頭に旧知のトールズ出身者たちが駆け付けようとするも、彼らの姿は白い霧になって消え、景色の中に溶け失せてしまった。

 幻影だ。本人たちじゃない。わかってはいるが、手を差し伸べずにはいられなかったのだろう。

 空ではヴァンたちのオーバルギア・ギガントが六機、《デルタ=オラクル》に挑もうとしていた。

 《ノルンの工房》を統べる三人のフロア長が生み出した、強大な力を持つオンリーワン機。数の有利はあるとはいえ、勝つことなんてできるのか? 新三高弟を名乗るような相手に。

 弱気になっちゃダメだ。本家の三高弟であるグランマ――L・ハミルトンの技術を受け継いでいるのは誰だ。

 まだまだ一人前とは言えないけど、丸っきり歯が立たないわけじゃない。

「僕らはピットインコーナーに移動しましょう。サポーターとしてできることもあるはずです」

 全員にそう告げると、カトルは愛用の工具箱を手に取った。

 

 

《――★第24話 デルタ=オラクル★――》

 

 

 六機で《デルタ=オラクル》を包囲する。空中戦だ。

「撃て、リゼット!」

 ヴァンの号令で《ナイトブレイカー堕天》のパルスガンが連射される。砲手はリゼット。激しく動き回る三次元軌道においても、その狙いは正確だった。

「いきます! 熱粒子圧縮アルフィンビーム!」

 こちらの攻撃に合わせるように、エレボニアギアγ《レッドローズ》がビームを発射した。

 主操縦を担うのがアルフィンで、副席に着くのがエリゼとセドリック。アルフィンは技名を叫んじゃうタイプらしい。

「受けてみなさい! エステルレーザー!」

 エステル、ヨシュア、オリヴァルトの駆るリベールギア《ソルブライト》が、拡散型のレーザーを高位置から浴びせかける。

 どいつもこいつも技名を叫び、そしてなぜそれに自分の名をつける。

「ブリューナク、発射しますよ」

 紫光の熱線がエレボニアギアβ《ブルーライオット》から放たれた。

 搭乗者はユウナ、ミュゼ、アッシュで、砲手はミュゼだった。

 オーバルギア・ギガントは複座式だが、誰がどの操作を担当するかは機体によって様々だ。アルフィンのように操縦と撃ち手を兼ねる者もいたりする。

 タイミングを合わせた一斉射撃。射角も複雑。回避なんざできねぇだろ。

 《デルタ=オラクル》のリフレクトユニットが稼働した。青い光の障壁を展開し、ビーム攻撃を屈折させて弾く。

「な、なんだありゃあ!?」

『偏光フィールド! 熱エネルギーを使ったビーム系の兵器は無効化されるよ。実弾で攻めて!』

 オペレーターのカトルから通信でのアドバイスだ。

「実弾持ちはいるか!?」

「任せろ!」

 果敢に前に出たのはエレボニアギアα の《セブンスハート》。リィン、マキアス、ラウラで操縦し、射程圏内から散弾砲を撃ち込んだ。

「俺たちも追撃に入るぞ!」

 クロスベルギア《フェリちゃん号》のロイド、エリィ、ノエルだ。

 なぜ特務支援課の機体に、うちのフェリの名前がついているのか不明だが。

 ついでにあいつらの機体だけなんか形がおかしい。武装も搭乗者たちが直接抱えている。

 エリィが大口径スナイパーライフルを撃ち、ノエルが八連装ミサイルポッドを乱射した。

 敵のシールドの色が青から赤に変わる。

 実弾も阻まれた。押し広がった爆発の炎の中から、傷一つない《デルタ=オラクル》が悠然と上昇する。装甲の各部が一斉にスライドして開き、そこから大小含めた無数の砲口が迫り出した。

「やべぇぞ、あれは……アーロン!」

「言われるまでもねぇ! ちと荒く動くぜ!」

 サブブースターを最大まで噴かして、後退しながら回避軌道を取る。

 機体のすぐ傍らを擦過していくミサイル、ガトリング、レーザーのオンパレード。空気の焼ける臭いが走り、幾重もの火線が霧の空に刻まれた。

 カトルが通信越しに叫ぶ。

『ロックされた! 後続の誘導ミサイルが来るよ、六発!』

「六だあ!? 避けれるか!」

「おい、どーすんだ!?」

「ヴァン様は姿勢制御を! アーロン様はそのまま乱数回避運動を! わたくしが撃ち落とします!」

 リゼットがパルスガンをばら撒く。一つ、二つ――三つ撃墜。爆発に飲まれて四つ目が誘爆。しかし残り二発は抜けてきた。

 《レッドローズ》が追い付いてくる。

「下がって下さい、フレアを使います。ほら、早く『セドリックフレアーッ!』って叫んで!」

「叫ばなくてもやれるだろ!」

「はい、フレアですね」

 空の上でも言い争うアルフィンとセドリック。そしてもはや仲裁することもなく、淡々と兵装選択するエリゼ。

 フレア散布。デコイの熱源に惑う敵のミサイルは、狙いを狂わせてヴァンたちから逸れていく。

「ダメージはありませんか?」

「助かりましたよ、アルフィン殿下」

 《レッドローズ》と並んで飛びつつ、ヴァンは《デルタ=オラクル》を視界に入れた。

 伊達じゃない強さだ。高エネルギー兵装も実弾も防ぐとは

「となると後は接近戦しかねえ。突っ込むぜ!」

 機体の両側面にウイングブレードを展開し、《ナイトブレイカー堕天》は特攻した。鋭い切れ味を誇るひし形のメタルスライサーだが、元は車のドアだ。

 重剣を有する《ソルブライト》と、スチールソードを持つ《セブンスハート》が続いてくれた。いずれも機体腕部に剣を接続するような形だ。

 スライスバック軌道、スプリットS軌道、エルロンロール軌道。三機でアクロバティックに弾幕をかいくぐって突撃する。

「すごい連携だね。ヘカトンアームを使わせてもらおう」

 ジョルジュが《デルタ=オラクル》の六つの隠し腕を展開させた。巧みに稼働したマニピュレーターが、三機の特攻を三方向から全て受け止める。

 衝撃に火花が散った。ギリギリと競り合っては見せるが、どの機体も押しきれなかった。三対一の力比べでも勝てないのか。

 いや、一機に異変が起こっていた。

「そろそろ夢から覚めてもらうぞ、アリサ!」

「リィン!? あなたもトーナメントにエントリーしていたの!?」

 戸惑いを見せたアリサの目前で、《セブンスハート》の装甲が赤く輝く。

 増大する力。赤光に覆われた特殊合金の刃が、敵の隠し腕を根本から切断した。

「マスタークオーツの発現システムですって!? なんでリィンとうちの作業スタッフがリンクを繋げられるのよ!?」

「まだ認識できないのか! ラウラのこともマキアスのことも! 大事な仲間だろう!」

「何を言って……!?」

 《デルタ=オラクル》の砲口の一つがリィンに向いた。

 《セブンスハート》の装甲が、今度は琥珀色に輝く。跳ね上がった防御力によって、敵機のゼロ距離射撃を凌いだ。

 《ARCUS》に付けられた個々のマスタークオーツの特性を、そのまま機体に反映させる特有のシステム。今の攻撃力はラウラの《ブレイブ》で、守りはマキアスの《アイアン》だ。

「これがエレボニアギアαの特能か……! 負けていられねぇな。こっちも機体性能をフルに活かしていくぜ! アーロンもリゼットもついてこいよ!」

「誰に言ってやがる!」

「システムリミット解除します。お二方、席の窪みに《Xipha》をセットして下さい」

 霊子装片が機体フレームを通して全身に行き渡る。

 シャードスキル《フレアインパクト》を発動させ、熱エネルギーを加えたパルスガンを撃ち込んだ。

 しかし通じない。ジョルジュが言う。

「ゼムリア鉱を加工した複合装甲だ。偏光フィールドに頼らなくても、その程度の攻撃は防げるよ」

「そうかい。なら貫くまで撃ち続けてやる」

「先に弾切れになるだけさ。とはいえ、ここまで近づかれるのも煩わしいな」

 《デルタ=オラクル》のリフレクトユニットに光がにじみ出した。空気が揺らぎ始める。

「またあれが来んぞ! 全機離脱しろ!」

 再び発射される高威力の極太レーザー。一度空に放たれたそれは無数に分かれ、豪雨のように降り注ぐ。

 シャードブーストとターボチャージャーを併用しての全速回避。他のチームを気遣う余裕もない。

 熱線が機体をかすめた。装甲の表面がどろりと融解する。

「くそっ! 俺の愛車が!」

「もう車要素はねぇだろーがよ」

「ヴァン様、《ナイトブレイカー堕天》の出力が落ちてきています。さっきのブーストでシャードを使い切ったようです。あと姿勢制御にも若干のずれが」

 スタビライザーかバランサーパーツが狂ったのか? シャード不足もあるなら、《Xipha》の交換のためにメンバーチェンジが必要だ。

「緊急メンテだ。下降する」

 カルバードチームのピットインコーナーに着地。

 カトルを先頭に、仲間たちが駆け寄ってくる。

「エンジン周りのバランスを中心に点検を頼む。それとメンバー交代だ。アニエス、ジュディス、エレインから二人乗ってくれ」

 フェリが挙手した。

「ヴァンさん、ヴァンさん。わたしの名前が抜けていますよ?」

「忘れたのか? お前はうちの秘密兵器だ。そうおいそれとは出せねえよ。わかるだろ?」

「秘密……えへへ、了解(ウーラ)っ」

 その時、《デルタ=オラクル》のリフレクトユニットが光った。鏡面がこちらに向けられている。

「ピットイン中の機体を狙うなんざ反則じゃねえのか!? なんでもありかよ!」

「あれだけの大出力の主兵装を、この短時間で三連続……!? あり得ない!」

 驚愕するカトル。

 やばい。こいつらを逃がす暇さえない。あっという間に光が収束していく。

「ヴァン!」

 リィンたちの《セブンスハート》が射線の間に割って入った。

「シュバルツァー!? どけ! お前らごとやられるぞ!」

「どうとでもする! エマ!」

「行って下さい、ミリアムちゃん!」

 エマが転移術を使った。乗り換えの時間を省略し、マキアスとミリアムが瞬時に入れ替わる。

 《デルタ=オラクル》がビーム光を放った。軽く機体を飲み込む幅の光軸だ。今度は分裂せず、一直線に大気を焼き焦がしてくる。

 《セブンスハート》が黄金のバリアを前面に顕現させた。マスタークオーツ《イージス》の絶対障壁が、荒れ狂う灼熱の奔流を防ぐ。

 しかしその障壁にびきりと亀裂が走った。

「ぐっ!? 《イージス》でも耐えきれないのか…‥!」

「兄様!」

 飛び込んできた《レッドローズ》が《セブンスハート》に並んだ。

「エリゼか! 何をする気だ!?」

「私たちも助力します。姫様、あれを使いますよ!」

「最大出力でいっちゃうわ! リアクティブアーマー起動!」

 かつて機甲兵《シュピーゲル》に搭載されていた防護機能だ。青く輝く光膜を正面に向けて半球状に展開し、《イージス》のバリアに重ねがける。

「カルバード組! 俺たちが耐えてる間にそこから動いてくれ!」

「急げ、カトル!」

「わかってるよ!」

 熱粒子の波動と光の防壁がせめぎ合い、互いに干渉する力場が悲鳴に似た轟音を響かせる。

 臨界に達した二極のエネルギーが大爆発を引き起こした。

 同時、広がる爆炎を突き抜けた《ナイトブレイカー堕天》が再び空に舞う。

「ぎりっぎりだったな……。シュバルツァーたちに感謝だぜ」

 《セブンスハート》も《レッドローズ》もどうにか無事だ。しかし動きがぎこちない。耐えたとはいえ、無茶をし過ぎたせいで駆動系がやられたのかもしれない。

 そうだ。余裕がなくて目が向かなかったが、アーロンとリゼットの代わりに乗ったのは――

「た、高いですね。というかこの席シートベルトしかないんですか!?」

 アニエスと、

「え? こっちの火器管制席には安全バーとか色々ついてるけど」

 エレインだった。

「仕切り直しと行くぜ。二人とも《Xipha》をセットしておけよ」

 カトルの整備のおかげで、機体の不具合は軽減された。しかし相手が強すぎる。近、中、遠と全ての間合いに対応してくる。最強と呼ぶに相応しいスペックだ。このままでは分の悪い消耗戦しか残されていない。

 どこかに付け入る隙はないのか……?

 

 ●

 

 あのリフレクトユニットからのレーザー砲は驚異だ。

 《セブンスハート》と《レッドローズ》によるシールドニ枚張りのおかげでどうにか事なきを得たが、代償にその二機はほとんどのエネルギーを使い果たしてしまった。

 つまり、もうレーザー砲を防ぐ手段はないということだ。

 カトルは戦闘の空を見上げる。

 新たにアニエスとエレインをサブシートに迎えた《ナイトブレイカー堕天》が、激しい攻撃を敵機に仕掛けていた。

 ……あの《デルタ=オラクル》という機体、何かおかしくないか……?

「んだよ、あのパワーは。まったく出力が落ちやがらねえ。主格者の作ったモンと主格者のエリアで戦うなんざ、そもそも勝ち目がねえんだよ。エリアのルールを好きにいじくったチートだ、チート!」

 相当消耗したのだろう、アーロンはその場にへたり込んで、フェリが持ってきた水をがぶ飲みしていた。

 本来、無尽蔵のエネルギーなど存在しない。導力を使う以上、回復はできるが使い続ければ一時的に枯渇もする。

 それが起こらないのは、アーロンの言う通りルール無用のご都合パワーだからか?

「……違う気がする」

 ウルズフロアにハッキングして侵入した時も感じたことだった。

 セキュリティロックがちゃんとした正規の手段を用いられていた。

 だから現実世界のまっとうな技術で破れたのだ。荒唐無稽な無敵バリアーでも張られていたら、手も足もでなかったのに。

 そうでないのは、主格者がまっとうな技術者だからだ。

 論理に基づくシステムを導入しているのは、事象には理由があることを理解しているロジカルな思考の持ち主だからだ。

 だから《デルタ=オラクル》が夢の中の超常現象で無限の出力を生み出しているというのは、腑に落ちない。ちゃんと合理的な理屈があるはずだ。

「機体の内側じゃないなら外側……? そうか……そういうことか! みんな、ちょっと聞いて!」

 カトルはカルバードメンバーを集めた。

「あの《デルタ=オラクル》のエネルギー源は、何らかの外部システムから送られている可能性が高い。つまり独立した心臓部が別にあるってこと。あの巨体だ。それを無力化できれば、あれだけの高出力はすぐに維持できなくなるはずだよ」

「その心臓部ってどこにあるんです?」

 フェリが問う。

「……ごめん、そこまではわからない」

「オイオイ、そこが重要だろうがよ。このだだっ広い工房エリアをしらみ潰しに探せってか? 机上の空論ってのは勘弁だぜ、なァ、カトルきゅん」

「XEROS、アーロンさんに嚙みつけ」

「うお!?」

『BOW!』と牙をガチガチ鳴らしながら、XEROSはアーロンを追いかけ回した。

「でもアーロンさんの言う通りなんだよね……。大きさも形もわからない。しかもあくまで予想だから、存在していない可能性だってあるわけだし」

「ですが、それさえ探し出すことができるなら、《デルタ=オラクル》にこちらの攻撃が通じるということですね。探すべきです。ヴァン様たちが時間を稼げる内に。わたくしは他のチームの方々にも伝えて参ります」

 リゼットが急いで情報伝達に回った。

 観覧席や死角になっているような場所を捜索する為、すぐにスクルドフロア全域に待機メンバーが散開していった。

 正直、望みは薄い。

 そんな重要なコアユニットがあったとして、探して簡単に見つかるようなところには設置しないだろう。

「……カトル君。あたしだけ別行動とっていい?」

 何か思案していたらしいジュディスが口を開いた。

「別行動? どうかしたんですか?」

「うん。あたし、その装置がどこにあるかわかるかも」

「えっ?」

「《デルタ=ドライブ》。ウルズフロアの最奥研究室の端末に、その表示を見たわ。さほど気に留めてはいなかったけど、名前からして《デルタ=オラクル》と関係あるでしょ」

「ドライブ……なるほど、そうかもしれない。だったらウルズフロアに降りるメンバーの編成を――」

「いいえ、あたしが単独で行く。最奥までのルートを知ってるのはあたしとアニエスだけだけど、アニエスはここにいない。他の誰かを連れていって、いちいちトラップ回避の手引きをしながら進む時間もない。あたし一人で突き進んで、そのシステムをどうにかしてくる」

「それは……」

 その通りだ。あれほどの強敵相手に、いつまでも凌げるとは思えない。これは時間との勝負でもある。

 そしてウルズフロアに到達したはいいが、目論見が外れていた場合、そこに投入した人員が全て無駄になる。

 怪しいピンポイントに単騎突攻をかけるやり方が、もっとも現状の理に適っている。

「わかりました。僕らは引き続きヴァンさん達のサポートをしつつ、スクルドフロアを探索します。ジュディスさんは最下層のウルズフロアに向かって下さい」

「任せてちょうだい。潜入ミッションこそ怪盗の真骨頂よ。あっ、怪盗とか何のことかわかんないけどね!」

「聞き流すにも限度がありますので……」

 

 ●

 

 今はベルザンディフロアがスクルドフロアに上がってきていたりと、工房の構造自体がかなり変わっている。しかし幸いにもスクルドフロアからの直通エレベーターは残っていて、それでウルズフロアまでは行くことができた。

 慎重に、急いで駆け抜ける。

 警戒はしていたものの、トラップは発動しなかった。それどころかセキュリティシステムが一切働いていなかった。

 これは多分、工房内で生み出されたエネルギーを《デルタ=オラクル》に注いでいるから、他に回す余裕がないということだろう。ラッキーだ。

 それでも念には念を入れて、ジュディスはグリムキャッツのステルスモードを使っていた。この透明化はシャード技術ではなく、ボディスーツの機能によるものである。

 最短で最奥部に到達。

 ゆっくりと研究室の扉を開く。鍵はかかっていない。

 前と同じだ。そこまで大きくない部屋には専門書のぎっしり詰まった本棚と、デスクに設置された導力端末のみがある。

 そして部屋の一側面は強化ガラスになっていて、その奥には《デルタ=オラクル》を製造していた空間が広がっていた。

 机の端末を起動。こんな機械の操作は慣れていない。

 苦慮しながらキーボードを叩き、デスクトップを検索。CR、TW、AN……相変わらずよくわからないタイトルのデータがいくつもある。

 その中に見つけた。《デルタ=ドライブ》のフォルダだ。

 ロックがかかっていないから閲覧はできる。論理とか数式の羅列が表れた。意味不明過ぎて頭痛がしてくる。

 ライブビジョン公開? 画面に出てきた円グラフと棒グラフが忙しなく増減している。リアルタイムでのエネルギー送受信推移とも記されていた。やはりこれっぽい。

 適当にカーソルを進めていく。いくつもの警告文を無視。やがて『緊急停止』ボタンにたどり着いた。緊急ゆえか、パスワード入力の類を求められない。これを止めてしまえば――

「っ!?」

 反射的に身を屈める。背後からの鋭い刃風がジュディスの頭をかすめた。

 はらりと落ちる数本の髪の毛。眼前の端末モニターがずっぱりと両断される。

 ステルスのかかっているあたしを気配だけで切ってきた。こんなことができるのは。

「そりゃあんたでしょうね!」

 振り向いた先、リーシャ・マオがそこにいた。銀色の仮面で目元を隠しているが、その容貌は見間違えない。

 想定していないわけではなかった。

 オーバルギア・ギガントを作り終わり、外敵から《ノルンの工房》の入口を守る必要がなくなった今、守護の役割を担うとすればどこか。当然、エリア内の最重要ポイントになるはず。

 ここでリーシャが何かを守っているという時点で、カトルの読みは大当たりだ。

「リーシャ、悪いんだけど――」

「侵入者発見、排除します」

 問答無用で大剣が振り抜かれた。ジュディスはステラビュートの鎖を束ねて、その斬撃を受け止める。連接刃と呼ばれる法剣に近い構造の武器だ。

 耐えきれず、吹き飛ばされた。グリムキャッツ化して身体能力は上がっているのに。

 室内側面の強化ガラスに背中を打ち付ける羽目になった。肺から空気が絞り出され、視界がちかちかと瞬く。

 こちらが体勢を戻すより早く、リーシャは突きを繰り出してきた。体をひねって回避。かわした大剣が強化ガラスを突き破った。

「ぐっ、あっ!」

 片手で喉輪をわし掴まれ、勢いのまま押し込まれる。ガラスを派手に砕け散らせ、ジュディスはその奥の作業ドックへと放り投げられた。

「痛いじゃないの……。こんな裏稼業やってるけど表の女優業もあるんだから、これでも肌は傷つかないよう結構気を遣ってんのよ?」

 会話はなかった。

 床に散らばったガラス片をぱきりと踏み割りながら、リーシャは無言で近づいてくる。

 そう、ここが《デルタ=オラクル》が作られた場所。かなり広く、天井は高い――というか先が見えない。光が差し込んでいないから吹き抜けではないはずだが、もしかしたらスクルドフロア近くまで通じているのかもしれない。

 さらに室内を囲むように専門的な機材が立ち並んでいる。

 中央部には明らかに稼働中の装置があった。ジュディスの身長をゆうに上回る逆円錐型をした機械の塊だ。

 その装置のてっぺんから、色鮮やかな光線が上方に向かって照射されていた。

 

【挿絵表示】

 

 カトルの予測通りなら、あれがエネルギー供給システムで、スクルドフロアで戦っている《デルタ=オラクル》に力を送り続けていることになる。

 これまたラッキーだ。リーシャが強化ガラスを破ったおかげで、手短に装置側に来ることができた。

「あたしがあんたを倒して、あの装置を破壊する。ヴァンたちが凌いでいる間にそれができたらこちらの勝ち、できなければ負け。わかりやすくていいわ」

 シャード展開。虚空に舞う霊子装片の輝きの中で、ジュディスはステラビュートを鋭く振るった。

 リーシャがゆらりと剣先を持ち上げる。

「侵入者を――」

「機械みたいに役割に徹してさあ! そういうのはもう終わったんじゃないの? 親友として目を覚まさせてやるわよ。あたし、この工房の秘密にもう気づいちゃってんだからね!」

 

 

 ――つづく――

 

 

 

 




《話末コラム①》【ジュディスとリーシャ】

 怪盗と凶手としての裏稼業ではあるが、同時期、同年代のデビューであることから、互いを意識していた。共闘する機会もあり、現在ではライバル兼親友といった間柄になっている。
 リーシャは職業柄、身の上話を控えることが多いが、ジュディスには心情を隠さず吐露する。

 ★

《話末コラム②》【せっかく幻影チームの機体を10機も作り上げたのに、トーナメントをせずに一瞬でアリサが壊滅させた理由】

アリサ「え? だって一試合ずつのトーナメントやってたら話が全然先に進まないわよ」
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