黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第25話 恋する工房

 とっさの判断だったが、転移術で搭乗者を入れ替えるというのは良い方法だった。

 特に搭乗者が変わることによって能力も変わるリィンたち旧Ⅶ組の《セブンスハート》と、ユウナたちの《ブルーライオット》にとっては、かなり有効的な手段だ。いちいちピットインしてメンバーチェンジをしなくていい。

 問題は一つ。

 《デルタ=オラクル》へのエネルギー供給ユニットを探してスクルドフロアに散らばっているメンバーと、飛び回っているオーバルギアの搭乗者を入れ替えることだ。

 座標指定がすさまじく難しい上に、状況に応じて攻撃、防御に秀でた仲間を都度送り込むわけだから、転移回数も多くなる。私一人では――

「一人では捌き切れないって顔してるわね。いいわよ、その表情」

 エマの横から、ヴィータが優雅に歩み出てくる。つなぎ服が抜群に似合わない。

「ね、姉さん」

「可愛くお願いできたら手伝ってあげるけど」

「結構です」

「あらそう?」

 リィンからの通信と、ユウナからの通信が同時に入った。

『エマ! ラウラとフィーを交代だ! あとミリアムをクロウと変えてくれ! 《イージス》のオートガードを使い切った!』

『エマさん! アッシュとアルをチェンジで! あ、やっぱり訂正願います。クルト君はアッシュと交代で、アルはミュゼと入れ替えて下さい!』

「え、え!?」

 居酒屋のピークのごときオーダーが矢継ぎ早に飛んでくる。

 えっと、なんでしたか。ラウラさんとフィーちゃんを変えて、ミリアムちゃんとアルティナちゃんはセットでご提供? クロウさんとアッシュさんをチェンジ? あれ? それだとクロウさんが分校チームの機体に乗っちゃいますけど。

 姉さんが来たせいで集中が途切れた。ガイラーさんに遭遇した動揺も抜けていない。聞き逃してしまった……!

「私、今のオーダー全部覚えてるわよ」

「うっ」

「どうするの? 自分の意地を優先して、仲間の窮地を放っておくの? なんてひどい子なのかしら。リィン君たちがかわいそう」

「お、おねが……お願いします。力を貸して下さい」

「可愛くと言ったはずよ。まずはヴィータお姉さまとお呼びなさい。そして一人称を自分の名前に変えなさい」

「~っ!」

 《デルタ=オラクル》のミサイル攻撃が空に連続して放たれた。《セブンスハート》と《ブルーライオット》が狙われている。彼らを見殺すか、私の心を殺すか。

「ヴィータお姉さまっ! エマはお姉さまがいないと何にもできないんですっ。ダメダメなエマにお姉さまのお力を貸して下さいっ!」

「ああ、背すじがゾクゾクするわ。ふふ、まったく可愛い妹だこと」

 ヴィータは扇子を振るった。

 あちらこちらにいるメンバーの場所も完璧に把握しているらしく、注文通りの人選で転移術を複数同時発動させた。

 寸分の狂いなく入れ替えは成功し、操縦席に新たなメンバーが搭乗する。もっとも、いきなり乗せられた側は混乱の極みだろうが。

 いや、本当にこの魔術はすごい。これで性格さえ良ければパーフェクトなのに。多分、恋人とかもすぐできるのに。

「失礼なこと考えてる顔ね。ジンさんって言うんだっけ、あの熊みたいな人。今度、彼が入浴中のバスルームにエマを転移させちゃおうかしら。もしくは入浴中のジンさんをエマの前に転移させてもいいけれど」

「お姉さま! エマはヴィータお姉さまが大好きです! 悪いことは考えてません!」

「ふふ、あははは! もう最っ高ね!」

 こんなにイキイキしている姉さんは久しぶりに見る。お母さん。今日もヴィータ姉さんは元気です。

「とはいえ、こんな感じで転移を立て続けにお願いされると、さすがの私でも少し面倒ね。さすがの私でも」

「二回言わなくても……」

「もう一人くらい転移術が使える人がいれば楽なんだけど――あら?」

 ヴィータの目に留まったのはセリーヌだった。すぐそばにいる。

 監督役は継続しているらしく、彼女もスクルドフロアに上がってきていたようだ。

「な、何よ、アンタたち。じろじろと見て。アタシに用事?」

「ふうん、私たちのことがわからないのね。ずいぶんと薄情な使い魔じゃない。まあ、それでもいいわ。捕まえて言うこと聞かせて、セリーヌにも転移術を使わせましょうよ」

「早く逃げて、セリーヌ! 姉さんは本気よ!」

「ニャア!?」

 本能が危険を感じ取ったのか、黒猫に変化したセリーヌは全速力で逃走した。

「あーあ、行っちゃったわね。ま、ここは危ないし、“囚われ”のままじゃ正常な判断も下せないでしょうし、いいんじゃないの?」

「もしかしてわざとセリーヌを遠ざけようと……?」

「そんなわけないでしょ。さあ、工房エリア攻略もいよいよ大詰め。サポート側も全力でいくわよ」

「わかったわ、姉さん!」

「違う」

「お姉さま! エマがんばるっ」

「そうね」

 

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《――★第25話 恋する工房★――》

 

 

 ラウラがフィーに乗り換わった途端、《セブンスハート》が加速した。

 黒い光の帯を引いて空中を駆け抜け、高速機動でミサイル攻撃を振り切る。マスタークオーツ・チェンジシステムとやらの機能だろう。

 ユウナたちの《ブルーライオット》も敵の弾幕からどうにか逃れたようだ。

 カトルから通信が入った。

『ヴァンさん、聞こえる?』

「音声は良好だ。どうした?」

『敵のオーバルギア・ギガントを倒せるかもしれない。実は――』

 カトルが言うに、《デルタ=オラクル》は外部装置からエネルギー供給を受けている可能性が高いそうだ。

 現在は待機メンバーが総出になって、スクルドフロア中でその装置を探し回っているという。

「そんな簡単に見つかるもんなのか? 装置の存在だって、あくまで憶測なんだろ?」

『スクルドフロア内の捜索は、はっきり言って望み薄だと思う。フィールド面積は広いけど見通しのいい構造だし、何かを隠すには向いてない』

「当たりがついてるような口振りだな。どこだ?」

『ウルズフロア。《デルタ=オラクル》が造られていた作業ドックに併設してる研究室があるんだけど、そこに侵入した時にアニエスさんたちが名前を見てるんだ。アニエスさん、《デルタ=ドライブ》って覚えてる?』

 アニエスは思い当たったようで、

「はい、その研究室の端末に表示されていました。詳細まではわかりませんでしたが……まさかそれが」

『おそらくね。今、ジュディスさんが一人でウルズフロアに降りてる。通信が遮断されたから、リアルタイムでの状況はわからないけど』

「なるほど――っと!」

 曳光弾が飛んできた。素早くハンドルを切って右に回避。発光する弾頭が尾を引き、三連続で機体をかすめていく。

「要するに俺たちがやるのは、ジュディスがそれを探し出して無力化するまでの時間稼ぎってことでいいな?」

『うん。念のためスクルドフロアの捜索は継続するけどね。《ARCUS》組にも別口で通信を回して状況は共有してるから』

 あとはどこまで粘れるか。作戦の成否はジュディスの双肩にかかっている。

「アニエス、エレイン、聞いてたな。こうなりゃひたすら逃げ回って時間を稼ぐ。とにかく敵から距離を開けて――」 

「何かを企んでいるようだけど無駄よ」

 アリサの声。ヴァンたちの目の前に《デルタ=オラクル》がいた。

 《ナイトブレイカー堕天》の腕部と敵の腕部が、正面から組み合う。

「もう諦めたら? せっかく作った機体が壊れちゃうわよ」

「諦めるって選択肢はねえな。だがこれ以上愛車が傷物にされたら、今度は俺の心が壊れちまう。そいつは御免だ」

「車要素が欠片も見当たらないけど」

「魂の形はいつだって四輪駆動だぜ」

 オーバルエンジン出力上昇。力比べを挑む。

 しかし比べるまでもなく、相手の膂力の方が上だった。圧をかけられ、機体の肘関節がギシギシと軋む。

「アニエス! もっと出力上げろ!」

「ターボチャージャーのエネルギーを転化していますが、限界です!」

 メーターはとっくに振り切っている。

 エレインがパルスガンを撃ったが、やはり相手の装甲には通じない。

 《デルタ=オラクル》の背部からキャノン砲が回転してきた。ここにきて新たな武器かよ。こんな密着状態では避けようがない。

 こちらに向けられた砲口の奥に赤い光が灯る――

「さっせないわよ!」

 リベールギアの《ソルブライト》が急上昇してきた。エステルの操作で重剣を切り上げる。

 《デルタ=オラクル》のキャノン砲の根元に刃が食い込んだ。

「ヨシュア!」

「ああ!」

 反対側の腕に仕込んでいた隠刀で、同じ場所を攻撃。敵の砲身に裂傷が走る。

「あとは僕に任せたまえ! 行け、オリビエレーザー!」

「エステルレーザーでしょ!? 勝手に名前変えないで!」

 なんとかレーザーのピンポイント射撃がキャノン砲を貫いた。その隙に《ナイトブレイカー堕天》は、組んだアームを振り解いて離脱した。

 小さな爆発の中で、《デルタ=オラクル》が再び隠し腕を操る。大刃ナイフを装備していた。

 ナイフ? この局面で?

「離れろ、リベールチーム! ただのナイフなわけがねぇ!」

「ご明察。ヴィブロブレードと言ってね。鉄骨くらいならバターみたいに切断するよ」

 ジョルジュは言いながら、超振動する刃を《ソルブライト》に振り下ろした。

 瞬時に赤い機体が割って入ってくる。《レッドローズ》が《デルタ=オラクル》の一撃を受け止めた。

「お兄様! ご無事ですか!?」

「後退して下さい、兄上」

「アルフィン、セドリック! すまない!」

 超硬度の刃を有する回転鋸と、敵のヴィブロブレードが激しい火花を散らす。

「名付けてエリゼサーキュラーソー! 最大回転数8000min-1を誇るモンスターノコギリよ!」

「そんな物騒な武器に私の名前を付けないで下さい!」

 エリゼがプンスカと怒る。

 双方引かず、押し切れず。拮抗の体勢を取ったまま《デルタ=オラクル》は全身の砲門を開いた。

「リアクティブアーマーを――」

 全方位発射。アルフィンの声が、ハリネズミのような密度の弾幕にかき消される。

 アニエスとエレインがシャードスキル、カバーシールドを発現させた。たとえ二枚重ねの防護壁でも、これほどの物量の攻撃を防ぎ切るのは困難だ。そもそもカバーシールドは絶対防御の障壁ではない。

「ぐっ、早く射程外まで下がれ……っ!」

 シールドで威力を減衰させはするものの、おびただしい数の弾丸にさらされる。

 《レッドローズ》が黒煙を噴いて墜落していった。リアクティブアーマーは間に合ったようだが、エネルギー不足だったのだろう。

 大ダメージを受けて再起不能だが、幸いにもアルフィンたちは無事だった。血相を変えたスカーレットが、彼女らの救出に走っている。

 エステルたちの《ソルブライト》も被弾したらしく、ピットインコーナーへと向かっていた。

「マジで急げよ、ジュディス……!」

 あいつは強すぎる。そう何分も耐えられねえぞ。

 

 ●

 

 不規則な軌道を描くステラビュートの範囲攻撃を、リーシャはいともたやすく見切ってくる。

 連接刃のしなりの隙間を縫って、大剣が突き出された。ジュディスは猫のようなしなやかさで、その刺突を俊敏にかわす。

 リーシャの間合いに入るのはまずい。軽やかなバックステップで距離を取る。

 間髪入れず、クナイに貼り付けた爆雷符が投擲された。

「逃がさない」

「逃げるつもりはないっての!」

 胸元から取り出したカードに口づけ。それをスイッチとして力の宿ったカードをこちらも投げ放つ。

 爆雷符と《トワイライトキス》が衝突。相殺し、爆発。

 焦げた火薬の臭いが充満した。鼻の奥を刺すような激臭だ。白煙も目に染みる。喉が痛い。

「げほっ、なんか仕込んでたわね……」

 視界がぐらりとゆがむ。

 彼女の元々の生業は暗殺。正面切ってまともに戦う方がおかしい話か。

 めまいの中で複数のカギ爪が襲ってきた。よろめきながら回避。かすめた右腕に三本の傷がつく。

「女優の肌になんてことしてくれんのよっ」

 どうにか投げた二発目の《トワイライトキス》は、しかし手甲の一振りで払われた。

 《デルタ=オラクル》を作成していた研究ドック。専門的な機材に囲まれた空間の中心にある逆三角錐型のエネルギー供給装置――《デルタ=ドライブ》を、リーシャは常に背にしながら立ち回っている。

 やはり彼女を倒さないと、あれには近づけない。

 リーシャが大剣を構え、身をかがめた。攻めてくるつもりだ。

 シャードブーストを使いたい衝動をぐっとこらえる。使い所はここじゃない。

「……わかってんのよ。あんたの方が強いってことくらい」

 クロスベル組が総出でかかって、後退させるのが限度だった。

 ここの守りにリーシャが出てきた時点で、勝ちの目なんてとうに消えているのだ。

 

 ●

 

「大丈夫なの!?」

 ピットインコーナーに着地した《ソルブライト》に、一番にシェラザードが駆け寄った。

 被弾したのはオリヴァルトが座っていた近くの左脚部だ。

「ああ……シェラ君。僕はもうダメだ……。一目でいいから我が子に会いたかったよ。でも君が熱烈なキスをしてくれたなら、僕は生きられるかもしれない……」

「それは何よりで。はい降りて」

「雑う……」

 シートから引きずり降ろされるオリヴァルト。

 エステルが言う。

「あたしとヨシュアは操縦を続行するわ。オリビエの代わりに一人入って欲しいんだけど」

「なら彼がいいだろう」

 オリヴァルトはアガットに視線を向けた。

「俺が?」

「身重のシェラ君を乗せるわけには行かないし、ジンさんの体躯じゃサブシートには窮屈だ。それに相手にはティータ君がいる。そういう意味でも適任だろう?」

「そういう意味ってどういう意味だよ?」

「どういう意味ってそういう意味だよ」

 レンが機体のコンディションを手早くチェックした。彼女がリベール組の技術顧問だ。

「……被弾はしてるけど、装甲は貫通してない。重要なケーブルもどこも断線してない。防御力重視で設計しておいて良かったわ。うん、問題ない。むしろなんで皇子様がダメージを受けた感じになってるのかがわからないわね」

 床に仰向けになって両手を組んで瞑目している皇子様を、仲間たちは白けた目で見やった。

「整備終了。いつでもいけるわよ、エステル」

「ありがとう、レン! 早く乗って、アガット!」

「結局俺かよ、了解だ!」

 空いた副操縦席にアガットは飛び乗った。

 再出撃直前にレンが言った。

「私からもお願いするわ。ティータを霧から解放して。唯一って言えるくらいに私の大切な親友なの」

「任せとけ。ティータは俺にとっても大切な――」

「なんなの?」

 押しかぶせたレンの問いに、アガットは虚をつかれた顔をした。

「1208年時点の私の記憶でも、あなた達二人の関係は何も変わっていない。大切な何なのか、ちゃんと答えてあげて」

 

 ●

 

 誘導弾が束になって迫ってくる。振り切れる速度でも量でもない。

「準備はいい? クルト君、アル!」

 ユウナは操縦桿を起こし、トリガーを引いた。

「こちらはいつでも構わない。《ARCUSⅡ》セット」

「ブレイブオーダー・チェンジシステム起動します」

 クルトとアルティナが応じ、《ブルーライオット》の内骨格フレームが燐光を散らす。

「では僕から行くぞ! 《太刀風の陣》!」

 緑を帯びた光の飛礫(つぶて)がスラスターを通じて放出され、敵の誘導弾を置き去りに猛スピードで滑空する。

「うっ! すさまじい機体反応だ! スラスター操作と姿勢制御はアルティナと共同でやるから、ユウナは攻撃にのみ集中してくれ!」

「振り落とされないでね! 限界まで飛ばすから!」

 《ARCUSⅡ》のブレイブオーダーをオーバルギアで再現する機能だ。リィンたち《セブンスハート》のマスタークオーツ・チェンジシステムより導力消費は激しいが、その分だけ性能強化の効果も高い。

 敵の上空を位置取る。

 《デルタ=オラクル》がリフレクトユニットを広げた。こちらに照準を定めている。

 ユウナはにらむように敵機を見返した。

 またあれを撃つ気だ。回避? 冗談でしょ。逃げてばっかりじゃ、勝てる戦いも落とすわよ。

「速力全開、急降下! しっかり付き合ってよ、二人とも!」

「ユウナの無茶は今さらだ! こちらから合わせていくぞ、アルティナ!」

「承知しています。目標、《デルタ=オラクル》!」

 熱を帯びた空気によって、また景色が歪曲する。リフレクトユニットから煌々たるビームが放たれた。

「アルッ!」

「ブレイブオーダー《ノワールクレスト》!」

 《ブルーライオット》の右腕部に、漆黒のエネルギーシールドが発生した。機体全面ではなく一部分のみに凝縮して展開したから、防護能力は桁違いに跳ね上がっている。

「ぐっ、ううううっ!」

 まともに受けたら一巻の終わりだ。ユウナはシールドに傾斜をつけて構えた。直撃、激震。ビーム光を受け流すように弾きながら《ブルーライオット》は特攻する。

 高熱の飛散粒子が降りかかり、ぐずぐずに装甲を溶かしていく。

 怯むことなくフルブースト。瀑布の逆流のごときビームを突破。同時に右腕は融解して、空中で粉々に砕け散った。

 最高速のまま、左腕に残されたガードトンファーをリフレクトユニットの一枚に打ち込む。

 赤い障壁に阻まれた。赤色のバリアは物理衝撃を防ぐ。

「こっからよ! トールズ魂見せてあげるわ! 打ち抜け、《スレッジハンマー》!」

 ユウナのブレイブオーダーがトンファーの破壊力を底上げし、こちらを弾こうとする障壁を力づくで押し返す。

 出力300パーセントまで上昇。

 しかしバリアは破れない。ガードトンファーの先端にヒビが入った。

「こ、これでも力負けするの!? 足止めが精一杯だなんて……っ!」

「いや、よく足を止めた!」

 その障壁に横から突っ込んできたのは《セブンスハート》だった。バリアに干渉したアームが砕けるのも構わず、《デルタ=オラクル》に接敵する。

 リィンが操縦席から立ち上がり、太刀を抜いた。

「フィーはここまででいい。あとは俺たちがやる」

「了解。アリサをお願いね」

 エマの転移術で、フィーは地上に退避した。

「下手な武装よりはこっちが上だ。行くぞ、クロウ!」

「おうよ、上げてくぜ!」

 リィンと同様に座席を立ち、双刃剣を豪快に振り回しながら、クロウは蒼い闘気を迸らせた。

 リィンは黒き力を身にまとい、瞳を紅くたぎらせ、その黒髪が銀髪へと変貌する。

 発動するクロウの《デスティニーブルー》とリィンの《神気合一》が、周囲の大気をわななかせた。

『おおおおっ!!』

 重なる気勢と共に、強力な連撃が繰り出される。

「す、すごい、リィン教官にクロウ先輩……!」

「道は俺たちで開く! ユウナも押し込め!」

「気合入れやがれ、後輩共!」

 リィンは太刀を上段に、クロウは双刃剣を横に引き絞る。損壊していく《セブンスハート》を足場に、二人は激しく前に踏み込んだ。

『蒼覇十文字!!』

 刹那に走った閃光が、絶対の障壁を十字に裂く。

 わずかな一瞬に生じた亀裂を見逃さず、《ブルーライオット》のガードトンファーが突貫した。

 

 ●

 

 エレボニアチームの二機の連携で、リフレクトユニットの一枚を破砕した。

 だがその二機も機体から火を噴いていた。砕いた鏡面の破片といっしょに、《ブルーライオット》と《セブンスハート》が地上へ落ちていく。

 その光景を《フェリちゃん号》からロイドは見ていた。

「そうか、あのリフレクトユニットは自動で展開するものじゃないのか!」

 ここまでの観察で判明したことだった。あれは敵の攻撃に合わせて、操縦者が任意で発動させている。

 つまり機体の死角や、操縦者の反応速度を上回る攻撃ならシールドを張られる前にダメージを与えられるということだ。

 ロイドたちは上空の霧に姿を隠しながら機を窺っていた。敵はリィンたちの相手をしていたせいで、こちらをロストしている。

「好機は今しかない。俺たちも有効打を与えたいところだが……」

 後ろを向くロイド。中間席のエリィと最後部席のノエルは、首を横に振った。

「ライフルの残弾数はゼロよ」

「すみません。あたしのロケットランチャーも使い切りました」

「そもそもうちの機体は武装がほとんど搭載されていなかったしな……」

 その代わりに異常なまでのスピードを出せるというのが、《フェリちゃん号》の特徴だ。

『……ロイドさん。最後の武器があります。もしかしたら《デルタ=オラクル》に通じるかもしれません』

 ティオからの通信だ。

「本当か!? だがそんなものがどこに?」

『今まさにロイドさんが乗っています』

「意味がわからない。意味がわからないぞ」

『その機体がなぜミサイル型をしているかわかりますか? それはミサイルだからです』

「本当に何を言ってるんだ……」

 それはまあ、おかしいとは思っていたさ。腕部も脚部も胴体さえもない《フェリちゃん号》。各チームで作成したオーバルギア・ギガントの初お披露目時に、リィンたちから向けられた正気を疑う目は忘れられない。

『それでそのミサイルのことなんですけど』

「もうミサイルって言っちゃってるんだが!」

『……フェリちゃん教官のご指示で。『機体そのものを武器にしちゃえば強いですよっ』って、自らで調合なさった混合火薬をしこたま渡されまして……それが機体の先端から尾翼までぎっちり詰まっているわけです』

「も、もしもレーザーの一発でも食らっていたら……」

『考えない方がいいかと』

「まさかとは思うんだが、このミサイルで敵に突っ込めっていうんじゃないだろうな?」

『他にミサイルの使い方ってあります?』

「死んじゃうんだけど、俺たち」

『心配はいりません。足元に赤いレバーがあるでしょう? それを引けば脱出装置が起動します』

「なるほどな……待ってくれ、レバーなんてないぞ?」

『脱出装置がついているのは後ろの二席だけなので』

「なんでそういうことするんですか」

『確実に直撃させられるようにメイン操縦者は最後まで操縦する必要があるんですよっ……とフェリちゃん教官が』

「とんでもない仕様だ! エリィ、ノエル! とりあえず君たちは脱出を――」

 ロイドが振り返ったのと、二つのサブシートが射出されたのは同時だった。

 うん。脱出しろとは言うつもりだった。でもせめて、それを聞いてから脱出して欲しかった。

 エリィとノエルを乗せたまま打ち上げられた座席はパラシュートを開いて、ピットインコーナーへと滑らかに降下していった。

 リフレクトユニットの一枚が壊された《デルタ=オラクル》は態勢を崩している。

 そして《フェリちゃん号》は敵の背後を取っていた。さらに十分な距離と高低差も空いている。全ての条件が整ってしまっていた。

「ああ、もうわかった。やってやるさ!」

 半ばヤケだ。リィンもユウナも死力を尽くした。ここで続かなきゃ男じゃないだろ。

 アクセルペダルを最大まで踏み込む。加速した《フェリちゃん号》は、一気にトップスピードへ。一直線に《デルタ=オラクル》に突撃。

 正面からの風圧で呼吸ができない。まぶたがめくれ上がって、まばたき一つできない。

 ピットインコーナーにクロスベルの仲間たちの姿が見えた。彼らは横並びになって、こちらに敬礼をしていた。いや、そういうのいらないから。

「うおおおおお!!」

 リフレクトユニットの発動を遥かに超えるスピードで単騎特攻。超高速のミサイルと化した《フェリちゃん号》はコンセプト通りの働きをした。

 ド派手な大爆発の中で、二枚目のリフレクトユニットが粉砕された。

 

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 ●

 

 《デルタ=オラクル》のシールド展開は間に合わず、《フェリちゃん号》が巨大な火の玉と化す。

「す、すげえ! やったのはバニングスか!?」

 特攻による自爆攻撃だ。我が身を顧みず、勝利のための自己犠牲とは。これが特務支援課のリーダーたる所以か。カルバードの警察じゃ絶対にありえねえ。

 しかしシールドを張らなくても、《デルタ=オラクル》の守りは堅い。

 分厚い装甲を完全に破るには至らなかったが、それでも二枚目のリフレクターは破壊している。最高の戦果だった。

 背部に食らった衝撃に《デルタ=オラクル》が大きく傾いた。黒煙に巻かれながら、その操縦席から人影が放り出される。二人だ。

「フロア長が機体から落ちたぜ! 誰か助けに行ってやってくれ!」

 ヴァンは拡声スピーカーで辺りに言う。

 リフレクトユニットは残り一枚。《デルタ=オラクル》の操縦者も残り一名。さすがのフロア長でも、一人で全ての操作を担うのは無理だろう。

 ジュディスが《デルタ=ドライブ》を無効化しなくても、このまま勝ちの見込みが出てきた。

「……あ?」

 敵機の挙動がおかしい。四肢の動きがちぐはぐだ。

 最後の一枚となったリフレクトユニットの表面が光る。またビームを撃ってきた。だが狙いが滅茶苦茶だ。明後日の方向に放たれた熱線が、スクルドフロアの観覧席の一角を消し飛ばす。

「うおっ! なにを……!?」

 《デルタ=オラクル》が急上昇した。真っすぐに上へと飛ぶ。

 逃げたのか? いや、そうじゃない。

「カトル! データ観測はしてるな! どういう状態だ!?」

『まずいよ、ヴァンさん! エネルギー供給が止まらないままリフレクターの二枚が失われたことで、逆に供給過多になってる!』

「オーバーロードして制御不能ってことか!」

『残ったリフレクトユニットからエネルギー放出して飛行推力に変換してるんだ思う。でもその程度で莫大な力を消費できるわけがない。焼け石に水だ。このままだとすぐに臨界を越えることになる!』

 その先は目に見えている。《フェリちゃん号》のそれとは比較にならないほどの大規模爆発が起きるだろう。

 残った操縦者は、それも見越して上空に……?

 とにかく早くエネルギー供給を遮断しなければ。

「くそっ! まだなのかよ、ジュディス!」

 その時《デルタ=オラクル》を追う一機が、霧の空を駆け上がった。

 

 ●

 

 鋭い蹴足を受けて、背中から壁に叩きつけられた。ガードした両腕の感覚が失せている。

 折れたか? いや、かろうじて動かせる。骨折はしていない。

 だがダメージは大きかった。ジュディスは壁に背を預けたまま、ずるずるとへたり込んだ。

 こちらを睥睨するリーシャの双眸は、銀色の仮面に覆われて見えない。いったいどんな目をして、あたしを見下ろしてんだか。

 痛みにかすむ視界の中、リーシャの向こうにある《デルタ=ドライブ》に異変が起きていることに気づいた。

 装置の表面にパネル画面があるが、さっきまで緑色だったのに今は赤色に明滅している。明らかな警告色。何かが起きているのか?

「ちょっと待ってよ。その装置、エラーが発生してんじゃないの? フロア長でも誰でも呼んできた方が良さそうだけど」

 無言のまま、リーシャは近づいてくる。

「シカト? 聞こえてんでしょ」

 大剣が振りかぶられる。

「リーシャ!」

「私が命じられたのはここを守ることだけです。与えられた任務を全うするのが、私の役割」

「うそつき」

 ようやく口を開いたと思ったら、機械みたいなテンプレートみたいなことを。

「そういうのは卒業したでしょうが。自分で道を歩き出したでしょうが。〝囚われ”の方が何も考えなくていいから楽だって? 違う、違うわね。あんたがここに囚われたのは、まったく別の理由よ」

 よろめきながら、ジュディスは立ち上がる。

「リーシャ。あんた、意中の人がいるわよね?」

「何の話でしょうか」

「ここの主格者候補のフロア長三人もそう。アリサ・ラインフォルトも、ジョルジュ・ノームも、ティータ・ラッセルも、きっとままならない恋をしてる」

「意味のわからない事を……!」

 投げられた爆雷符が、ジュディスのそばの機械に突き刺さって爆発した。

 なんだ、感情出せるんじゃない。

 リーシャのことは知っている。親友だもの。あたしにだけ打ち明けてくれたこともある。クロスベルにいるという〝本命”の話。

 特務支援課が彼女と交戦した最中、ロイドだけを個人として認識した。その話を聞いて、予想はついていた。

 フロア長たちの人となりのことも、リベールやエレボニアチームから教えてもらっていて、なんとなく察してもいた。セリーヌのことはよくわからなかったが。

「わからないって言うなら、教えてあげる」

 ジュディスの姿が透明化する。ステルス機能を使ったのだ。

 それでもリーシャは感覚で察知して攻撃してくる。だがこちらも本気で気配を消せば、そう易々と捕捉などさせない。

 いくつかの小さな玉が足元に転がって来た。ばんと破裂したその玉から、もうもうと白煙が噴き出した。

 煙幕の中を透明化した状態で動けば、そこだけ煙の揺らぎが不自然になる。巧い手だ。

 慎重に一呼吸――したと同時、わずかに生じた揺らぎを見逃さず、踏み込んできたリーシャが大剣を薙ぎ払い――その斬撃が空を切った。

「!?」

「引っかかってくれてありがと!」

 ジュディスは地べたに這った状態から跳ね起き、即座にリーシャの懐に入る。彼女が誤認した煙の揺らぎは、寝そべりながらステラビュートを操って離れた位置に生じさせたものだった。

 目標を見据え、爪を立てる。必中の間合いからの《ワイルドスナッチ》が、リーシャを捉えた。

 《ノルンの工房》は様々な理由から思い通りにならない想いを、機械仕掛けの運命に変換できる場所。何かを願い、エリアの中の役割に徹すれば、相手が振り向いてくれる――そんな夢想に囚われる場所。

 自分の好きな人間だけを認識できる、恋する工房だ。

 

 ●

 

「アガットさん!」

 制御不能のまま上昇する《デルタ=オラクル》に、《ソルブライト》が追い付く。高度が重なり、操縦席に残されていたティータはアガットの名を呼んだ。

「俺がわかるのか!?」

「え? アガットさんのことがわからないわけないじゃないですか」

 どういうことだ。ヨシュアやエステルのことは認識できていなかったはずなのに。

「いや、なんでもいい! 早くそこから脱出しろ!」

「できないんです。ハーネスベルトの固定具が壊れて外れなくて」

「は!? どうにかならねえのか!?」

「……いいんです、もう」

「ティータ……?」

 ティータはうつむいた。

「わたし、やっぱり何をやってもダメでした……。作るしかできないのに……これじゃ認めてなんてもらえない」

「ナーバスになるな。お前はとっくに皆に認められてる」

「今までにないオーバルギアを作って、一つでも結果を出せたらって思っていたんですけど……それも失敗しちゃいましたね」

「何が失敗なもんかよ。《デルタ=オラクル》はとんでもねえ機体だ。エリカだって目を丸くして驚くに決まってるぜ。だから――」

「いいんです、もう!」

 会話を打ち切って、《デルタ=オラクル》がさらに上へと飛翔する。ティータは操縦していなかった。すでに制御できなくなっているのだ。

 対して《ソルブライト》の速度は落ちていく。

「エステル、もっと出力上げろ! ヨシュアはサブバーニアも噴かせ!」

「わかってる! わかってるけど、上がらないのよ!」

「この重量を高度400アージュまで持ち上げてるんだ! 想定外の負荷がエンジンにかかり過ぎてる!」

「だからなんだ! あきらめられるか……っ!」

 霧に囚われながらも俺とは会話ができた。助けられる可能性はあるんだ。

 絶対に助ける、お前だけは。妹は――ミーシャは救えなかった。だからお前だけは、何があっても必ず。

「そうだ、あきらめんじゃねえ!」

 後ろから喝が飛んできたと同時、機体に衝撃が走った。下がりかけていた高度が再び上昇する。

 《ナイトブレイカー堕天》が《ソルブライト》を押し上げていた。

「ターボチャージャーを使います。こちらもこれでオーバーロードすると思いますが……たとえ機体が壊れたとしても、必ずもう一度追いつかせてみせます! 構いませんよね、ヴァンさん!」

「あっ? うーん、壊れるのはちょっとな……いや、でもまあ、人命には代えられねえし――おうよ! やってくれ、アニエス!」

「そこは即答してください……」

 ターボチャージャー起動。オーバルエンジン全開。焼き切れていく駆動系と引き換えに、最後の加速が発動する。

 さらに遠ざかる地上。強風を受けながら、エレインが声を張った。

「アガットさん! 聞いて下さい!」

「なんだ!?」

「女性のして欲しい気遣いを、男性はことごとく外すもの! でもそれはちゃんと気にかけている裏返しでもあるってこと! そのことをティータさんにわかってもらって!」

 エレインの言葉は何かしらを察したものだった。

「わかんねえぞ! 具体的にどうすればいい!?」

「私が知るわけないでしょう! 大体今のはラウラさんから聞いた言葉ですので!」

「えぇえ……」

 

 ●

 

 渾身の《ワイルドスナッチ》が、カウンターの膝蹴りで止められる。

 みぞおちに膝がめり込み、さらにリーシャの追撃の蹴りを受けて、ジュディスは床を転がった。

「うっ……う……」

 グリムキャッツモードが解けてしまった。スーツが消え失せ、元の姿に戻っていく。

 装置は動いたままだ。地上の様子は? ヴァンたちはどうなった? 何もわからない。まだ耐えているのだろうか。あの《デルタ=オラクル》相手に。

 彼らを仲間と呼ぶには日が浅い。命を張る義理もない。この《ロア=ヘルヘイム》から出られないのは困る。だから協力している。その程度。

 でもリーシャ。あんたへの想いは違う。

 裏稼業でデビューした頃も同じくらいで、年齢も同年代。怪盗と暗殺者じゃカテゴリーは全然違うけど、親から引き継いだという点も一緒。

 伝説の凶手だなんて物騒な触れ込みに最初は警戒もしたけどね。でも何度か出会う内に、意外に馬が合うとわかった。

 ライバルで、親友で。理想的な関係だったんじゃないかしら。

 クロスベルに渡って《アルカンシェル》に入団することになったって教えてくれたのも、あたしが最初だったわね。あたしはそれに難色を示して、そして今でも納得しているわけじゃない。

 クロスベルで多くのことがあって、リーシャにも仲間って呼べる人ができて、その人たちと苦難を乗り越えて、自分の道は自分で決めて、自分の意志で歩き出すようになった。

 しばらくぶりに会った時に、驚いたのを覚えてる。目の輝きがまるで違った。そんな良い顔ができるなんて。正直、置いて行かれたような気持ちになった。

 でもね、嬉しかったのよ。あんたは自分の人生を生きているって、そう思った。

「……招待してよ、リーシャの舞台。見たくなっちゃった。S席の手配よろしくね」

 震える膝を根性で押さえ、歯を食いしばってジュディスは立ち上がる。傷だらけの生身の体で、ステラビュートを握りしめる。

「まだやるなら容赦はしませんが」

「今までもしてなかったくせに」

「なぜ退かないのですか」

「自分で道を歩けるようになったあんたが、唯一踏み出せないのは“本命”に対してでしょ」

「だから何の話をしているか、理解できません」

「色恋とはかけ離れた世界で生きて来たし、そもそも奥手だもんね。こんなエリアに囚われるのも納得だわ」

 まあ、あたしも人のことは言えないかもだけど、それはそれで、これはこれ。

 人間関係、周囲の環境、しがらみ。恋愛に二の足を踏ませるそういうものは、そりゃ何かしらあるでしょうよ。

 けれどそんなのは、みんな同じじゃない。

「だから振り切って一歩前に出んのよ! 周りに遠慮して下がってばっかじゃ、その内誰かに取られちゃうわよ! 都合の良い夢ばかり見せてくる霧なんかに囚われるな!」

「誰ですか、あなたは。知った口ばかり……! もういい。次の一撃で確実に終わらせて――……!?」

「探し物はこれかしら?」

 ジュディスは手にしていた《ARCUS》を見せ――それをリーシャとは反対側の遠くに投げ捨てた。

 さっきの《ワイルドスナッチ》はこれを狙ったものだった。

「そう、あんたの方が強いなんてわかりきってる。だから弱くなってもらう。物取りは怪盗の真骨頂ってね」

 《ARCUS》にはリンク機能だけでなく、マスタークオーツによる身体強化能力も備わっている。当然、それがなくなれば通常状態に戻る。

「でえ! こっちはシャードブースト!」

 ここまで温存してきたシャードを全開放。

 霊子装片の輝きが舞い散る中で、再びグリムキャッツへと変身。正真正銘、最後の力だ。纏ったスーツはボロボロだった。仮面にもヒビが入っている。

 あたしにバフを、あんたにデバフを。これでようやく等しい戦闘力に。

「らあああ!」

「くっ!」

 ジュディスの猛攻。息もつかせぬ連撃に押されて間合いを取ったリーシャは、無数の爆雷符を投げた。

 床、壁、天井――三次元空間に放ったクナイの全てが跳ね返り、全方位からジュディスに襲い掛かる。

 連接刃が虚空を踊った。自らを中心に円状に攻撃する《クリミナルビュート》が、爆雷符を片っ端から弾き飛ばす。紅蓮の爆発が空中に連なった。

 小細工などない。ジュディスは爪を立て、爆炎の中を駆け抜けた。超近接の距離。大剣を捨てたリーシャも、手甲の拳撃を繰り出してきた。

 交差する二人の打突。すれ違いながら砕ける互いの仮面。

 すぐにリーシャは振り返り、しかしジュディスは振り返らなかった。

「あたしの目的は最初からこれよ!」

 勢いよく跳躍。そのまま《デルタ=ドライブ》の操作パネルを貫き、奥の配線を爪で引き裂く。

 どうだ? すぐに画面はブラックアウトし、赤色の発光も消える。装置の先端から直上に送られていた光の帯のようなものが止まった。

 成功した。いや、異変があった。不気味な振動がウルズフロア全体を揺らし始めた。莫大なエネルギーが逆流してきているのだ。

「な、なんかやばっ――あっ!?」

 後ろから襟首をつかまれる。しまった。まだリーシャとの戦闘中だった。

 ぶん、と装置から離れた場所に放り投げられる。

「え?」

「逃げて、ジュディス」

 押し広がる閃光が視界を埋め尽くす直前に、確かにリーシャはそう言った。

 

 ●

 

 地上で発生した地鳴りの音が、上空まで届いている。

 気になったが、今はそれどころではない。

 《ナイトブレイカー堕天》のターボチャージャーに後押ししてもらっていても、《デルタ=オラクル》には追いつけていなかった。引き離されないようにするのが精いっぱいだ。

「くそっ、くそ……!」

 アガットは機体から身を乗り出した。気持ちだけが逸る。

 ターボチャージャーの出力も間もなく尽きるだろう。高度700アージュに到達。少しでも機体重量を減らすために、武装は全て捨てていた。

 これ以上できることは……ない。

「見て! 《デルタ=オラクル》に近づいていってる!」

 エステルの声で伏せかけていた顔を上げる。確かに先ほどより接近していた。

 ヨシュアが言う。

「これは……そうじゃない。《デルタ=オラクル》が降りて来てるんだ。パワーダウンして推力が低下してる」

 ということは、件のエネルギー供給システムを無力化できたのか。

 《ソルブライト》の上昇。《デルタ=オラクル》の下降。やがて高さが再びつり合った。

「エステル、ヨシュア! 少しでいいから機体を寄せろ!」

「何する気なのよ!?」

「アガットさん、まさか……?」

 重剣を背負い、アガットは《デルタ=オラクル》に飛びついた。片腕がかろうじて機体脚部の突起にかかる。

「ぬっ、ぐう!」

 腕力だけで体を引き上げ、ティータのいる操縦席へ。

 ターボチャージャーが切れた《ナイトブレイカー堕天》が先に落ちていく。続いて《ソルブライト》も限界を迎え、急速に高度を下げ始めた。

 エステルたちが何かを叫んでいたが、風の音が邪魔をして聞こえなかった。

「待たせたな。手間取って悪かった。動くなよ」

「ア、アガットさん……」

 重剣でティータと座席を固定するハーネスを切断する。

「あとはこのまま地上まで――」

 機体の奥から軋むような異音がした。

 やばい。嫌な直感。重剣を手放し、反射的にティータを抱え、アガットは機体から飛び出した。

 直後に《デルタ=オラクル》が大爆発を起こした。エネルギー供給は止まっていたが、オーバーロードの臨界点はとっくに超えていたのだ。間一髪だった。

「俺にしがみつけ! 絶対に離すなよ!」

 爆風に煽られながら、アガットとティータは霧の空を落下した。

 その最中に言葉をかける。

「……なあ、ティータ。お前なんだろ、この工房エリアを創造した主格者は」

「主格者……?」

 三人のフロア長で、お前が一番目立たなかった。ずっと後ろに隠れていた。

 でも俺にはわかる。ほとんどしゃべらなかったくせに、ティータの《デルタ=オラクル》を操縦している時の顔は真剣そのものだった。何か――そう何か、一番強い望みを持っているように思えた。

 《デルタ=オラクル》は倒した。しかし霧は晴れていない。まだティータは囚われている。

「お前の望みはなんだ? 教えてくれ」

「私の望み……は……み、認めて欲しくて」

「さっきも言ったろ。とっくに認められてるってな。お前は自己評価が低いだけなんだ」

「………」

 空中を落ち続ける。

 霧が晴れなければ、この濁った視界の中で俺たちを見つけるなんて誰もできないだろう。そうなれば二人そろって、このまま地表に激突だ。

「もっと自信を持て。お前を認めねえやつなんざいやしねえ」

『ちがうわよ、このバカー!』

「うおっ!?」

 腰元の《ARCUS》からシェラザードの怒声が飛び出してきた。

 導力通信? さてはエステルか。《ソルブライト》から飛び出す直前に、俺の《ARCUS》をリベールチームでの複数通話に繋げやがったな。

『ティータが認められたい人ってのは、他の誰でもないアンタなのよ、アガット!』

「お、俺?」

 とにかく時間がない。よくわからないがシェラザードの言う通りであるのなら、

「いいか? 俺はお前を認めてる。お前はすげえやつだ」

『そうじゃありません。その言葉じゃないんです』

 次はクローゼの声だった。ちょっと責めるような声音だ。

「お前は立派だ。トールズ分校に留学して、大変なことばかりだったはずなのに、しっかりと乗り越えて―――」

『それでもないわよ! 朴念仁!』

 続け様にエステルに叱られる。どうすりゃいいんだ……!

「なんでも作れて、ホント大したもんだぜ!」

『子供の作文かってくらいボキャブラリーが貧困ね。コミュニケーション能力の欠如が甚だしいわ。不器用だとか俺は他人とは馴れ合わねえとか、どうせそんな感じの言葉でこれまで逃げてきたんでしょう。いやねえ、クールと無愛想を勘違いしてる男は』

 レンが一番辛辣だった。好き放題にメチャクチャ言いやがる。そして男どもは女性陣に圧倒されているのか沈黙を貫いていた。

 心。偽らない心を伝える。

「お前はただの仲間ってだけじゃねえ。俺はお前を守りたいと思ってる。これまでも、これからもだ」

「ミーシャさんの代わりにですか?」

 後頭部を殴られた心地だった。

 ミーシャ。死んでしまった俺の妹。

 そんなことをティータに今まで言われたことはない。そんなことを思っていたのか? いや、そんなことを思わせていたのか?

「違う。お前はミーシャじゃない。ミーシャの代わりなんかじゃない。ミーシャはもういないんだ。わかってる。わかってはいたのに、俺は……」

 言葉に詰まる。胸も詰まる。

 つい亡き妹の影を重ねて、そのように接してしまっていた。

 大切に想っていた。ずっと見守ってきて、その成長を喜ばしく思っていた。支えてきたつもりだった。

 お前も俺を頼ってくれていたし、それで良いのだと。

 けど、そうじゃなかった……のか?

 女のして欲しい気遣いを、男はことごとく外すもの。エレインの言葉が心に刺さる。

「聞け、ティータ」

 アガットは《ARCUS》の通信を切った。

「いいか。俺はこの先――」

 ぐっと強く抱きしめ、ティータの耳元に短い一言を告げる。

「……!!」

 彼女の目が大きく見開かれた。

 同時に工房エリア全域を覆っていた霧が、瞬時にして晴れ渡った。

「あ、わたし、今まで何を……アガットさん……?」

「記憶の混濁があるはずだ。無理に色々思い出そうとするな」

「ん……なんで逆さまに落ちて……夢?」

「終わったぜ、夢なら」

 ティータの小さな願いは果たされた。

 空中を風に流されるまま落下する二人。離れないように互いの体を引き寄せる。

 地表が見えてきた。ミシュラムエリアのレイクサードビーチに浮かぶ《ノルンの工房》――オーバルギア・ギガント同士の戦いで破壊し尽くされたスクルドフロアだ。

 どのチームの機体も半壊して、フィールド上に転がっている。おいおい、俺らを迎えに来れるオーバルギアあんのかよ。

「アガット! ティータ!」

 エステルの声が聞こえた。

 澄み渡った青空に一条の軌跡を引いて、《ソルブライト》がこちらに向かってくる。

「こういう時は、やっぱお前らだよなあ」

 霧に遮られることのない陽光が傷だらけの装甲を照らす。そこに描かれていた古竜レグナートのマークは翡翠色に輝いていた。

 

【挿絵表示】

 

 

 ――つづく――

 

 




《話末コラム①》【デルタ=オラクル】

★《デルタ=オラクル》
攻撃:SSS
装甲:SSS
速度:A
操作:A
臨機:SS
色彩:ブラック&ゴールド
刻印:オーバーラップデルタ
武装:リフレクトユニット三基(ウルズミラー、ベルザンディミラー、スクルドミラー)/近接戦用ヴィブロブレード/多角戦用ヘカトンアーム/オールレンジマルチキャノン/脚部収納式八連装ミサイルポッド/背部展開式電磁加速砲/近中距離用サブマシンガン/曳光弾/外部エネルギー供給装置《デルタ=ドライブ》
乗員:アリサ、ジョルジュ、ティータ

説明:《ノルンの工房》のフロア長たる三人が共同で作り上げたハイスペック機。多彩な武装と堅牢な装甲、《デルタ=ドライブ》から供給されるエネルギーを転化した高出力など、一機で戦局を変えるほどの力を有する。
 最大の特徴は攻防の機能を併せ持つリフレクトユニットで、実弾を阻むレッドフィールド、熱エネルギー兵器を無効化するブルーフィールド、収束した熱粒子を放つビーム攻撃を切り替えながら戦う。
 弱点を強いて挙げるなら、超上級者が三名そろわねば操縦できず、一人でも欠けたら残りの二人に負担が回るため機体運用が困難になること。
 さらにはエネルギー供給装置である《デルタ=ドライブ》が破壊された場合、高出力を維持できずに戦闘行動が不可能になること。
 フロア長たちが一番揉めたのはカラーリングで、ジョルジュは黒を、アリサとティータは金を推していた。最終的には『こっちには金髪が二人いるんで』というアリサの謎理論がまかり通り、ゴールドカラーをベースにブラックラインが所々に入るというデザインになっている。

 ●

《話末コラム②》【デルタ=ドライブ】

《デルタ=オラクル》に外部からエネルギーを供給する装置。逆三角錐型の頂点に送信ユニットがあり、《デルタ=オラクル》の受信ユニットへと遠隔で導力を送る。
 最初は虹色に輝く光線だが、途中から不可視化して見えなくなり、エネルギー供給の仕組みや《デルタ=ドライブ》の設置場所が敵に悟られないようになっている。また透過能力があり、遮蔽物があっても問題なくエネルギーを届け続けられる。故に地下に作られていた。
 本来はドライブ側に一人配置し、供給過多にならないようコントロールをかける仕様。しかし今回はアリサたちがパイロットになったために調整役をつけられず、護衛のリーシャに一応使い方のレクチャーもしてみたが全然理解できていなかったので、やむなくオート機能を使用していた。
 これによりリフレクトユニットの損壊に合わせて、エネルギー供給量を迅速に減少させることができず、結果として《デルタ=オラクル》が大破する原因となった。
『その装置、エラーが発生してんじゃないの?』とジュディスに言われたとき、リーシャは(そんなこと言われても、私には操作できないし……)と何気に困っていた。

 ●

《話末コラム③》【リーシャ・マオの不機嫌】

 工房の入口でリーシャに初遭遇した際、彼女は『俺がわからないのか!?』と詰め寄るロイドに対して『あなたのことなど知りません』とそっけない態度を取っていたが、実はリーシャは最初からロイドだけは個人として認識している。
 この時、ノエルやエリィがロイドのそばにおり、しかしリーシャはノエルやエリィを一般女性としてしか認識できておらず、『昼間からそんな堂々と女の人をはべらせます?』と不機嫌になっていたせい。
 これは“囚われ”は感情が出やすくなるという作用も働いている。
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