黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
「な、なんだコイツは……っ!?」
フェリからの緊急連絡を受けたのはつい先ほどだ。
《Xipha》での通信だったため、ヴァンだけが《ノルンの工房》に先行転移したところ、信じがたい事態が起こっていた。
《ノルンの工房》内へ通じる扉が華やかに変化していて、さらに《フェリちゃんの工房》と刻印がなされていたのだ。
その工房の入口に、フェリが胸を張って立っている。その後ろにはなぜか同じ格好で胸を張るフィーとミリアムもいた。
「えへへ、わたしの工房になっちゃいましたっ」
「なっちゃいましたっ、じゃねえ! どういうことだ!?」
「ヴァンさんからお借りした鍵で《ノルンの工房》の正面扉を開閉してみたんですけど、そうしたらこうなりまして」
「そういう仕組みか……!」
主格者のティータから渡されたあの鍵は、おそらく工房の管理者権限が集約された文字通りのキーアイテムだ。
その認証方法が、工房の扉を〝閉めて、開ける”という動作だったのだろう。偶然の発覚なので僥倖と言えなくはなかったが。
「ちなみにティータの主格者としての権能はちゃんと残ってるっぽいよ。工房内のことはほとんど把握できるって。フェリが現場責任者で、ティータがオーナーみたいな感じなのかな」
フィーの例えはわかりやすかった。しかしフェリが現場責任者などあり得ない。あり得てはいけない。
「ねえ、なに作る? アーちゃんが喜びそうなの作りたいなー」
ミリアムが興奮している。
早くも工房がちびっこ共に私物化されそうな予感がある。
失策だ。大失策だ。鍵を渡すべきではなかった。よりにもよってフェリちゃんサンの手に、工房の全権がゆだねられてしまうとは。
鬼に金棒とかそういうレベルじゃねえ。破壊神に殲滅兵器を与えるようなもんだ。
「内装や機材も全部変わっていました。わたしの欲しいもの、なんでも作れちゃいそうですっ」
「ほう……?」
扉が開いて、中から出てきたのはラウラだった。
「あ、ラウラさんも工房に入っていたんですか?」
「ああ。早めに巡回しておこうと思ってな。それよりもフェリ。今、何でも作れそうだと言ったな?」
「はい、言いました」
「ふむ……特殊機材なども準備できそうだな。よし」
ラウラはヴァンに向き直った。
「ヴァン殿。我々もかなりの大人数になった。工房エリアでもそうだったが、ここから先は総力戦でなければ攻略できない新規エリアも出てくるかもしれない」
「そうだな。《デルタ=オラクル》戦は全員でどうにか突破できた感じだしな」
各チームが死力を尽くして時間を稼ぎ、ジュディスが《デルタ=ドライブ》を止め、ティータの何かしらの望みをアガットが叶えたから、霧を晴らすことができたのだ。
その代償に六機のオーバルギア・ギガントは損壊がひどく、いずれも再起不能の状態だ。わけてもクロスベルギア《フェリちゃん号》は大破だった。よくあれでロイドは生還できたものだと感心する。
「そこでだ。さらなる結束の強化と各人の親睦を深めるために、ささやかな催しを企画したい」
「悪くない案だとは思うぜ。その催しってのは?」
「立食パーティーだ」
自信も満々に、ラウラはそう答えた。
「要するに食って飲んで話すってことか。ベタではあるが効果的だろうな。いや待て。勝手に料理が出てくるわけでもねえだろ。諸々の手配はどうすんだ?」
「その辺りも考えているから、ヴァン殿が案ずる必要はない。ああ、もちろん厨房には私が立とう。これでも腕に覚えはあるほうだ」
「そうか、なら心配はいらねえな!」
「うむ!」
《――★第27話 煉獄プレリュード★――》
その連絡は瞬く間に駆け巡った。
親睦のための立食パーティー。異世界攻略も後半に入り、ここで鋭気を養うのは良い案だと誰もが好意的に受け止める中、緊急対策会議を開いたチームがあった。
「みんな、よく集まってくれた。《ロア=ヘルヘイム》に取り込まれて以来、最大の危機が迫っている」
そう告げたリィンの表情は硬く、口調は重い。
学校エリアに再現されたトールズ士官学院Ⅶ組の教室に、リィンを始めとした旧Ⅶ組の男性陣――エリオット、マキアス、ユーシス、クロウが集合していた。
「改めて説明するまでもないだろう。例の立食パーティーの件だ。催し自体は素晴らしいことだと思う。しかし、しかし問題は……っ」
「主催者がラウラってことだな……当然食材を手にかけるのはあいつになるわけだ」
クロウがリィンの言葉を継いだ。
料理を手がけるのが料理人なら、食材を手にかけるのがラウラである。
「ど、どうしよう。僕たちだけならともかく、今回は他国の協力者も多いんだよ。このままじゃあ……」
エリオットが青ざめていた。
「間違いなく一網打尽にされるな。しかも王族、皇族の方々もおられるのだ。下手をすれば国際問題に発展しかねない」
淡々と見解を述べるユーシスだが、その指先は震えていた。四大名門の一角であるがゆえ、事の重大さが背に圧し掛かる心地なのだろう。
「僕たちで中止を訴えるか? 全滅の大惨事よりは余程いいと思うぞ」
マキアスが提言したが、立食パーティーを止めるためのもっともらしい理由は思いつかなかった。
「大変です、先輩方!」
クルトが教室の中に駆け込んできた。彼はラウラの料理の実態を身をもって知っている唯一の後輩である。
「みんな乗り気になっていますよ! すでに各チームに分かれて、ラウラ先輩が指定したレアな食材を探しに行ったり、会場設置を始めたりしています!」
「くそっ! 初動が早すぎる! レアな食材というか、アレな食材だろう!」
リィンは歯噛みした。何人か行動力の化身がいるらしい。
この時点で動き出しているメンバーに、やはり止めようなどとはとても言えない。逆に士気の低下を招くことになってしまう。
つまり立食パーティーの開催は決定事項だ。その上で被害を出さないようにしなくてはならない。
重苦しい空気だった。絶望が喉元まで這い上がってくる。
「……一つだけ方法がある」
全員の視線が集中する中、リィンは苦々しくそう言った。
●
「そっち行ったわよーっ!」
イノシシ型の魔獣が森の中を暴れまくっている。ステラビュートをぶんぶん振り回しながら、ジュディスは声を張り上げた。
「目標捕捉。任せて」
突進してくるイノシシを、リーシャは大剣ですくうように跳ね上げる。泥しぶきと共にイノシシが横転。しかしすぐに体勢を戻し、勢いよく明後日の方向に駆け出した。
「ごめんなさい、ジュディス。逃したわ」
「すぐに追うわよ! あれが走れば走るほど肉の旨味が増すっていう《ランナーズボア》ね!」
ここはエレボニアにあるルナリア自然公園という場所らしい。広大な森林地帯が、ヘイムダルエリアの外れに再現されていたのだ。
立食パーティーに出す料理のため、彼女たちはラウラの指定した食材を集め回っているのだった。
しかしその食材というのが希少なものばかりで、収集は難航している状況だ。
ジュディスをリーダーとしたこのチームは“肉班”。とにもかくにもレアな肉を探し求めているのである。
断崖絶壁に巣を作り、外敵には爆発する卵を投げつけてくる怪鳥《レインボーバード》。
縄張りに入るや、二足歩行で棍棒を持って襲い掛かってくる半人半牛《ブルミノタウロス》。
鋼ごとき固い皮膚を持ち、攻撃すると毒霧を吐いて反撃してくる青色の豚《ヴェノムピッグ》。
その豊かな体毛から即死レベルの電撃を広範囲に放つ悪魔の羊《ライジングラム》。
それらの猛獣の数々は、リーシャがいなければ仕留めることなどまず不可能だった。容赦なく首を狙いに行く凰月輪の使い勝手が、とにかく無慈悲に最強だった。
二人して《ランナーズボア》を追う。
「まずいわ、ジュディス。ラウラさんからのメモに書いてあるんだけど、走ることで《ランナーズボア》の肉がおいしくなるのは500アージュまでで、それを過ぎると固くなり過ぎて食べられたものじゃないって」
「そんな生物いるの!? というか今どれくらい走ってる!?」
「大体450アージュね」
「あと50アージュか。……所定位置に追い込めたし、なんとかなりそうね」
直後、木の上から飛び降りてきた人影が、《ランナーズボア》の背中にダイナミックに乗り移った。
「どっせーいですわ!」
デュバリィだった。鍛えられた体幹で、飛んだり跳ねたりされても、振り落とされることなく見事なライディングをしてみせる。
茂みから立ち上がったノエルが、ロケットランチャーを肩に担いだ。
「そのままでお願いします! 電磁ネット撃ちますから!」
「え、わたくしこのまま?」
宣言通り放たれる電磁ネット。
クモの巣状の網目に絡めとられたデュバリィと《ランナーズボア》は、仲良く電流を食らって白目をむいた。
尊い犠牲を払い、レア食材ゲットである。
ノエルが痙攣するデュバリィを引きずり出す傍らで、泥だらけのジュディスはその場にへたり込んだ。
「ねえ、リーシャ。あと何が残ってるの?」
「ええっと……隕石の速さで突撃してくる暴れ馬《メテオホース》と、子犬に擬態して近づいてくる狡猾かつ獰猛なワニ《フェイキングアリゲーター》だって」
「もう目につく生き物、片っ端から凰月輪で刈り取ってくれない?」
●
「ヴァンはよく釣りをするのか?」
「いや、あまり。昔にちょっとやったくらいだ」
「そうか。だがこれからするようになる。絶対にな」
「なんだよ、その予言は……」
ロイドが断言してくる。君は必ず釣りに関わることになるだろう、と確信さえ抱いているようだった。
釣り竿を握るのは、ずいぶん久しぶりだ。
「しかし釣れねえもんだな……暇だ」
「わかってないわねー。このゆったりとした時間を味わうのも釣りの醍醐味じゃないの」
エステルが楽し気に言う。
《ノルンの工房》に続く長橋の上、食材集めの魚班が横並びになって釣り糸を垂らしていた。この場所は大物が狙えそうな予感がする――らしい。
「そういやシュバルツァーは? あいつも釣りが趣味だと聞いたが」
「兄様は別件があるそうで。Ⅶ組の男性方と連れ立って、どこかに行かれましたよ」
ロッドを繰りながらエリゼが言う。
彼女まで釣りを嗜むのは意外だった。しかもその慣れた手捌きから、かなりの熟練者であることがうかがえる。
反対側の欄干ではクルトを除く分校Ⅶ組の四名と、後で合流してきたトヴァルも同様に釣り竿を振っていた。帝国組は各地を移動する機会が多かったそうで、その度に新たな釣り場を探していたという。
自分を含めてこの九名が魚班である。
「それにしても今日は当たりが来ないわね。魚影はあるから、いるのは間違いないんだけど」
「確かに。エリゼ――いや、聖天覇王爆裂大釣師でも釣果がないとなると、かなり手こずりそうだな……」
エステルとロイドがぼやいている。
なにか今、すごい名前が飛び出してきた気がしたが。
「なあ、俺のスタンキャリバーを放電状態にして、水中に突き入れるってのはどうだ? 電撃を浴びた魚がプカプカ浮き上がってくると思うぜ」
「そういうの良くないと思います」
エリゼにたしなめられた。
「エステルさんも言っていたじゃありませんか。空気の匂い、波しぶきの音、そういった静かな時間を穏やかな気持ちで受け入れるのが情緒というものです」
「若いのに達観してんな……」
「ヴァンさんも十分お若いでしょう。そんなことを言っていると、またアーロンさんがいじってきますよ?」
「違いねえ」
アーロンは会場設置班だったか。そういえばこの場でカルバード組は俺だけだ。
「いよっしゃあ、かかった!」
一人目の当たりが来た。トヴァルだ。結構な大物で、竿がぐんとしなっている。皆が見守る中、激しく湖面が波打ち――
「どりゃああ!」
気合で釣り上げる。ブルマリーナという相当でっかい魚だ。
「見てくれ、エリゼお嬢さん! これが頼れるお兄さんの真骨頂――」
勢いよく水中から引き上げられたブルマリーナが、トヴァルの頭上を飛び越え、その後方にいたエリゼに向かっていき、
「へぶっ」
鋭く跳ねる尾びれが、ビッターンと彼女の頬を引っぱたいた。
「お、お嬢さん……大丈夫か……その、ブルマリーナがな、元気いっぱいでな?」
凍り付く現場。
尻もちをついていたエリゼは、ゆらーりと立ち上がった。全身から噴き上がる黒いオーラに誰もが口を閉ざす。
「釣りをしていれば稀にあることですよ。ブルマリーナは悪くありません」
「おお、そいつは良かった。ははは、なあ? さすがのお兄さんもびっくりしちゃったぜ」
「ええ、ブルマリーナは悪くありませんよ。ふふ、清廉清楚を学んできたシュバルツァー家の息女ともあろう私が『へぶっ』とか言っちゃいましたよ。ああ、兄様がいなくて本当に良かった。繰り返しますが、ブルマリーナは悪くありませんよ、ブルマリーナは」
「………」
「ところでトヴァルさん」
「……はい」
「素潜りした方が効率よく魚を捕獲できるとは思いませんか」
「お、思っちゃうな。行っちゃおうかな?」
「はい」
何かに追い立てられるように、あるいは何かから逃れるように、白コートを脱ぎ捨てたトヴァルは欄干から湖に飛び込んだ。
「今です、ヴァンさん。放電状態のスタンキャリバーを水中に」
「そういうの良くないと思います」
●
クローゼさんが網かごを片手に、木の実を拾い集めている。
高貴なる方であるのは間違いないのに、どこか庶民的な雰囲気があるリベールの王太女。
優しくて、穏やかで、気遣いができて、とても素敵な女性。ヨシュアさんとエステルさんが目の前でイチャイチャすると、時々瞳が曇ったりはするけれど。
「落ちている果実は限りがありますね。虫に食べられてるのもありますし。アニエスさんはどうですか?」
視線に気づいたのか、クローゼはアニエスにしっとりと微笑んだ。
あ、天使だ。
「私も同じですね。思うように種類も集まりません」
肉、魚に続くアニエスたちは果実班である。
学校エリアのジェニス王立学園“区画”――その裏手の雑木林にて果実採取の真っ最中だ。
ここに割り当てられたメンバーは多く、林の中に広く分かれていた。
「やはり木の上の果実を取りたいところです。どうやっても届きそうにありませんが」
「高枝ばさみも脚立も、私たちの認識では呼び出せませんでしたし……それにしても色んな果物が生っていますね。旬の季節なんかは関係ないようです」
梨、りんご、レモン、ぶどう、みかん等が一つの木に勢ぞろいしているのは《ロア=ヘルヘイム》ならではの光景だろう。どれもよく実っておいしそうだ。
「一度事務所に戻って、使えそうなものを探してきましょうか? そのほうが効率がいいかも――」
「きゃっ、ちょっと」
少し離れたところから、レンの焦った声がした。
彼女も果実班で、他のリベールメンバーとチームを組んでいたはずだが。
「ほれ、たくさん採れよ」
「なんで私がこんな……」
レンはジンに肩車されていた。
「お前さん、軽いからな。多少背がでかくなっても大して変わらん」
「レディーに体重の話はデリカシーがないんじゃないの?」
「んん? そりゃ失敬。はっはっは」
「はあ、もう。親戚のおじさんじゃないんだから」
「親戚のおじさんみたいなもんだ」
あんなレン先輩は初めて見たかもしれない。普段の大人びた感じとは違って、年相応というか、むしろ子供っぽい部分が出ているというか。
「お疲れ様です、レン先輩。いっぱいになったかごは、私が受け取りますね」
近づいて、下から声をかける。
「アニエス……? いつから見ていたの?」
「先輩が肩車されて焦っていたところから。ふふ、なんだか新鮮ですね。あのレン先輩が」
ちょっとだけ、いつもいじめられている仕返しをしちゃおうかな。アニエスは含みあり気な視線で、にこやかに笑む。
「肩車、似合ってますよ」
「あらあら、言ってくれるじゃない。これはお仕置きが必要だわ。泣きエスになるまで折檻しちゃおうかしら――ってジンさん、あんまり揺らさないでよ!」
「いや、俺は動いてないぞ?」
振動しているのは地面だった。
すぐ近くの大地が隆起して、そこから金色のカブトムシが派手に登場する。
『ふははは! ついに復活したぞ。これで貴様ら人間共に復讐ができるというものだ!』
カブトムシとはいえ、巨大な人型で二足歩行をしている。カブトムシ要素は雄々しく生えた一本角くらいのものだった。
学校エリア攻略中にアニエス学級が幾度となく交戦した、人語も話すカブトムシの王という謎魔獣である。
アニエスはとっさに魔導杖を引き抜いた。
「ど、どうしてここに。角も折ってメスのカブトになったのに……」
『おう、それよ。我が角は生涯に一度だけ生え変わることができるのだ。それも前よりも強く、固く、猛々しくな!』
アサルトフレームほどもある巨躯が、頭上の角を振り回す。数本の大木がまとめて薙ぎ払われてしまった。
『さあ、覚悟はいいか、矮小なる人間よ!』
アニエスは素早く指示を飛ばす。
「クローゼさんは《ARCUS》の通信で応援を呼んでください! ジンさんと私は増援が来るまで少しでも時間稼ぎを――」
ギンッと硬質な斬撃音。ジンに肩車されていたはずのレンが、一瞬でキングカブトの肩に移動していた。自身の体躯を遥かに越える死神の大鎌を担ぎ、キュートなウィンクをしてみせる。
すでに根元から切断されていた一本角が、地面に落ちて突き刺さった。
『あ、ああ、らめええええ! またメスになっちゃうぅ』
へなへなと女子っぽくくずおれるキングカブト。
「これが前にアニエスが言ってた金色のカブトムシね? エステルもこんなのを欲しがってたなんて変なの。一応戦利品として角は持って帰ろうかしら」
「いやあ、やっぱレンはさすがだなあ」
「あはは、かないませんね」
ジンもクローゼも、レンの実力は知っているようだった。
バーゼルの一件でその力の片鱗は感じてはいたが、こんなにも強かったなんて……。
レンはすたすたと目の前までやってくると、しなやかな指の動きでアニエスのあごをくいっと持ち上げた。
「さてと、こっちにもお仕置きしなくちゃ」
「らめえぇ……」
●
《ノルンの工房》改め《フェリちゃんの工房》に、技術職のメンバーが招集されていた。
カトル、ティオ、アリサ、ティータ、アルフィンである。
「え、アルフィン殿下も技術班なんですか?」
アリサが意外そうな目を向けると、アルフィンは得意気に胸を張った。
「これでも在学中は技術部のエースですもの。それに新Ⅶ組のオーバルギア《レッドローズ》を設計したのはわたくしですよ?」
「その節は多大なご迷惑をお掛けしまして……」
工房エリアの主格者はティータだが、《デルタ=オラクル》をメインシートで乗り回し、掟破りの開幕リフレクトレーザーをぶっ放し、幻影のトールズ作業員たちを一撃で葬り去り、トーナメント制ではなく一対六のガチンコ勝負に変えたのはアリサである。
囚われていたとはいえ、女王様のごとき振る舞いを本人は恥じているらしい。しかし仲間たちに言わせれば『実にアリサらしかった』という。
アリサの謝罪を、アルフィンは笑って流した。
「いいんです、いいんです。機体にロマンを詰め込んで楽しめましたから……あら? そういえば技術職の招集なのに、トヴァルさんの姿がありませんが……」
「トヴァルさんは別の班ですよ」
フェリが言った。皆を呼び集めたのは彼女だ。
「フェリちゃん工房長、どうしてですか?」
「もちろんトヴァルさんにもお声がけしたんですけど、『エリゼお嬢さんにいいとこ見せたいから、俺は魚班に行くぜ』とのことでして」
「まあ、それはぜひトヴァルさんに頑張って欲しいですね。少しでもエリゼと仲良くなってくれたらいいのですけど」
「? そうですねっ」
「うふふ、わかってなさそう」
ここでフェリちゃん工房長が、集まってもらった趣旨を説明した。
「料理を担当するラウラさんから、必要な調理機器を作って欲しいと依頼を受けまして。えーと……ジュースディスペンサーに大容量ミキサー、あとスチームコンベクションに温冷対応配膳庫、ピザ窯にホットディッシュ、それから――」
「ま、待って待って、フェリちゃん! それ全部一から作るの? 僕らが?」
滝のごとき作成リストに、カトルが声を上げた。
「皆さんならできるかと。オーバルギアも作れましたし」
「オーバルギアとピザ窯を同じに考えちゃダメだよ……」
「? わかりました」
「わかってなさそう……。どうしようかな。こういう特殊な機器とか、トヴァルさんが得意そうなんだけど」
「あ、そうです。トヴァルさんの代わりに連れてきた人がいるんでした。こっちに来て下さい」
重機の陰からジョルジュ・ノームが姿を見せた。
「忘れられたままかと思ったよ。立食パーティーのことは聞いてる。僕にできることがあるなら、ぜひ手伝わせてくれないか」
疑いをかけられている人物の登場に、カトルが焦っていた。
「えっ、いいの? 一応ジョルジュさんって軟禁中だよね?」
「ヴァンさんに許可はもらいました。パーティの準備で、わたしたちも事務所を空にしちゃいますし、見張りも兼ねて同行させるのはアリだと」
「うーん……まあ、仕方ないか。確かに技師としては一流って話だから、こういう専門的な機材もお手の物かもしれない。でも自分の作業もあるのに、ずっと見張るのはちょっと無理があるよ」
「大丈夫ですよ。逃走を図ったら即座に足を撃ちます」
フェリの持つアサルトソードがガンモードに変形した。武器のギミックを見るや、「ひっ、フェリちゃん教官! 許してください!」とティオが何かしらのトラウマに怯えだす。
「でも、わたしも目を離すタイミングがあるかもしれません。そこでカトルさんには、FIOとXEROSを貸して欲しいんです」
「うん? 別にいいけど」
カトルに呼び出された二機は、ジョルジュの周りを旋回し始めた。
「ジョルジュさん、よく聞いて下さい。あなたが怪しい動きをした時は、FIOとXEROSが攻撃しますっ」
『GYAAOW! GRRR! BOWBOWBOW!!』
『怪シイ動キヲシナクテモ、背後カラ撃ッテヤル。脳天ニ風穴開ケテヤル。オ前ノ脳漿ハ何色ダァ』
「怪しい動きをしなくても撃つって言ってるんだけど……」
ひどく落ち着かない様子で、ジョルジュは図面の作成を始めた。彼以外のメンバーも、とにかく各々の作業に取り掛かる。
フェリちゃん工房長は両腕を大きく掲げた。首にかけていた《フェリちゃんの鍵》が輝く。
それを合図にベルトコンベアは回り出し、数々の重機も駆動し始める。工房が息を吹き返したかのようだった。
「皆さんなら必要な機材を召喚できると思いますけど、足りなかったらオーバルギアのスクラップも持ってきているので、それを転用してもらって構いませんよ」
《デルタ=オラクル》戦で大破したオーバルギア・ギガントの残骸は、全てこのベルザンディフロアに固めてある。
ふとフェリは思った。
主格者から渡されるアイテムは、次のエリア攻略に活かすためのもの。あれらの廃材でさえも、この先なにかの役に立つかもしれない。
それを調理機器の作成に使ってしまっていいのだろうか。
「まあ、いっか!」
●
「――では皆様、どうぞよろしくお願いします」
《モンマルト》の中心に立ち、リゼットは全員への指示をテキパキと出した。
指示は出すより従う方が性に合っているのだが、クジ引きでチームリーダーになってしまったのだからしょうがない。
「リゼットさん、こんな感じでどうかしら?」
エリィがテーブルにホワイトクロスを敷き、おしゃれな花瓶に造花を飾る。
シンプルながら品格を感じさせるチョイスだ。いくつか並べられたテーブルの距離感も絶妙で、狭すぎず開けすぎず、立食と談笑に最適な位置取りだった。
「すばらしいです、エリィ様。手慣れたご様子でしたが、このような会場設置がお得意なのですか?」
「自分でやることはあまりないけど、そういう場に足を運ぶ機会は何かと多くて」
エリィは上流階級の催しによく出席するらしい。クロスベルでマクダエル性といえば、かのヘンリー・マクダエルが一番に名前が挙がるところだが、もしかすると彼女はその血縁かもしれない。
「少しいいですか?」
「はい、いかがしましたか」
次に声をかけてきたのはヨシュアだった。
「料理を配置する置き台なんですが、ドリンクコーナーとの動線を考えると、もう少し手前が良いと思います。あとは休憩スペースも作っておきましょう。立食形式といっても、座れる場所はあったほうがいいですからね」
「なるほど。ええ、そうしましょう」
細面で整った顔立ちの青年で、雰囲気通りというべきか細やかな気配りが光る人だ。
会場設置、及び内装整備班には丁寧な仕事ができそうな人が、独断と偏見で割り当てられている。とはいえ実際に几帳面な仕事ぶりを発揮してくれているので、リゼットとしては何の問題もなかった。
問題があるとすれば、
「ちょっと、その柄はおかしいんじゃないかしら」
「あ? そっちのカラーリングをオレに合わせりゃいいだろうがよ」
エレインとアーロンが壁の内装で揉めていた。
白を基調としたクラシカルな色合いで統一したいエレインに対し、アーロンは赤を全面に押し出した東方風の紋様を派手に塗りたくろうとしている。
真逆のコンセプトなので、当然のごとく二人はぶつかった。
「お二方、落ち着いて下さい。そもそも壁の塗装まではお願いしていませんが……」
「空間を彩る演出は必要よ。せっかくだし、手は抜きたくないわ」
「だからオレのセンスに任せりゃいいっつー話だ」
この二人が選ばれたのは、エレインはその性格から適任であると見込まれたため。アーロンは工房エリアでのライン作業で、そこそこ真面目な勤務態度を見せたためだ。意外に向いているかもと、ヴァンが推薦したのだった。
そして見事に衝突した。
「見てみなさい。テーブルクロスは白でしょう? 壁も同色でまとめた方が美しいわ」
「純白に朱が交わるから華やかに映んだよ。紅白は縁起物だ。宴会には持ってこいの色彩だろ」
「親睦を目的とした立食パーティよ。宴会とは意味合いが異なると理解して欲しいものだけど」
「本質は同じじゃねえか。理解が足りてねえのはアンタだ」
「子供の乱痴気騒ぎと大人の宴席は、趣からして違うものなのよ」
「感性が古いぜ。剣のオバ――」
言い終える前に、アーロンは壁にめり込んでいた。一秒とかからなかった。
リゼットの目を持ってしても何が起こったのかはわからなかった。十字架に張り付けられたような恰好で沈黙するアーロンに、すでに意識は残っていなかった。パラパラと砕けた破片が足元に転がってくる。
「お望み通りに東方風の飾りつけにしてみたけど、いかがかしら」
「そうですね……はい、これも一つの趣かと……」
●
バルフレイム宮の広間にて、
「へえ、立食パーティか! 大好きだよ、そういうの!」
オリヴァルトの反応は上々だった。しかし、とラウラは頭を垂れた。
「元々は殿下方の為にということだったので、大人数になってしまったことは少々申し訳なく思うのですが……」
セドリックとシェラザードの微妙な距離感を縮めるための策として、ラウラが提案したのがアルノール家だけのささやかな晩餐会というものだった。もちろんラウラ自身がシェフを務めるという形で。
最初はその話だったのだが、あれよあれよの間に同行者たちは増えていき、今さらこじんまりとした催しを開くのも、何だか畏まった感じが否めない。シェラザードはともかく、セドリックは緊張してしまうだろう。
そういう事情もあって、小規模の晩餐会から全員を対象とした立食パーティーにシフトしたのだった。欲しかった専門的な調理器具が《フェリちゃんの工房》で作れそうだったからという理由もある。
「ラウラ君の配慮だろう。わかっているさ。君は厨房に入るわけだから、セドリックとシェラ君の仲立ちは僕がやるつもりだ。こういった場を用意してくれたことに感謝させてもらいたい」
「恐れ入ります。当日は全力で腕を振るいますので」
「ふむ……しかし心配なことが一つ。三十人を越える大所帯に提供する料理を、ラウラ君が一人で作る気なのかい? 立食形式だから大皿がメインなんだろうけど、それでも無理があるんじゃないか?」
「それは……承知しています」
そうなのだ。大量の料理、ドリンクが必要なのは当然として、どの皿が減ってきて、どのタイミングで補充するかなど一人ではとても手が回らない。
かといって誰かに手伝いを頼めば、その人はパーティに参加することができない。どうしたものかと、悩んでいたことではあった。
「俺たちに任せてくれ!」
リィンの力強い声と共に、Ⅶ組の男子たちが次々に転移してきた。
エリオット、マキアス、ユーシス、クロウ、そしてクルトもいた。
「そ、そなた達? 任せろとはどういうことだ?」
「話はわかっている。調理補助として俺たちも厨房に立つ。給仕やドリンクコーナーのアシスタントもするつもりだ。ラウラは調理に集中してくれればいい」
リィンの言葉に、他の者たちはうんうんと首を縦に振る。やり過ぎなくらいうなずいている。
「よ、良いのか? 裏方に回るということだぞ。せっかくのパーティを楽しめないかもしれないのに……」
「水臭えぜ!」
クロウが声を荒げた。
「お前が率先して裏方に回るんだろ!? みんなが楽しむために、お前は我慢するんだろうが! 分かち合おうぜ、その我慢をよ!」
うなずきまくる男たち。
「おお……まさかクロウからそんな言葉が聞けるとは……しかしクルトはどうしたのだ。そなたは後輩だ。気を遣わずに友人たちとの語らいを楽しめばいい」
「いえ! ラウラ先輩にはいつもお世話になっていますから、こんな時に恩を返さずして何が後輩でしょうか!」
「クルト……なんという……」
感極まるラウラの肩に、オリヴァルトはそっと手を添えた。
「頼もしい仲間じゃないか。これがⅦ組か。僕の描いた理想そのものだよ」
「私は果報者です。そなた達の申し出、ありがたく受け取らせてもらう。必ずや親睦のパーティを成功させてみせよう!」
『うおおーっ!』
決意を瞳に宿らせて、リィンたちは高々と拳を突き上げる。それはまるで死地へと向かう戦の前の雄叫びだった。
――つづく――
――another scene――
ジュディス・ランスターに付き合わされ、《ランナーズボア》の捕獲にルナリア自然公園を走らされた――その後のことである。
「はあ……わたくし絶対ぜーったい、雑に扱われてますわ!」
不満たらたらで、デュバリィはヘイムダルの街を歩いていた。
獲物ごとわたくしを電磁ネットにかけるっておかしいでしょうが。あんのノエル・シーカーとかいう女。
他の輩もそうだ。こちらは仲間になったつもりなんてない。《ロア=ヘルヘイム》から脱出するための、いわば一時的な共闘のようなものだ。
それを馴れ馴れしくも、さも当然のように狩りなんかに連れ出して。散々走り回らされ、泥だらけになって、挙句の果てに電磁ネット……。
「あーもう! やってられませんわ!」
何が立食パーティ。そんなもの仲間内だけで勝手にやっていればいい。わたくしは参加しない。別に楽しくもないし。
ああ、マスター……と呼んだら、今はいけないのだった。
リアンヌ様。早く貴女の元へ帰りたい。というか、貴女に何かを頼まれていた気がするのですけど。リアンヌ様の依頼だというのに、わたくしにとってそれはどうしてか不本意なことで……渋々ながらその何かをしようとしていて、途中で白い霧に覆われて――ダメだ。これ以上は思い出せない。
少し歩き疲れた。適当な家屋の壁にもたれかかる。人々は歩いているが、所詮は創造された影。誰も自分に気を留めようとはしない。
つまらない。別に誰かと話したいわけじゃないけれど。なんというかこう、こちらから近づいていくと構って欲しいみたいだし。チョロいとか思われたら癪だし。
「やっと見つけた。こんなところにいましたか、デュバリィさん」
「シュバルツァー? なんですの、そんなに息を切らせて」
リィンは真剣な眼差しでデュバリィを見つめた。
「俺と一緒に来て欲しい」
「へっ?」
間の抜けた声を出してしまったが、すぐに我に返って首を横に振る。
「どうせあなたも狩りだか釣りだかに付き合わせる気でしょう? わたくしは立食パーティなんかを楽しむつもりは毛頭ありませんので」
「……本当ですか?」
「二言はありません」
「なら!」
「きゃっ」
どんと背後の壁に手を突かれる。これがうわさに名高い壁ドン。よもや自分がやられる日がこようとは。……悪くないかも。
「楽しむつもりがないなら丁度いい。やはり俺たちと来て下さい」
「ど、どういうことですの。……俺たち?」
どこからともなく、他のⅦ組の男子たちが颯爽と登場した。
ずいと顔を寄せてきたクロウが甘い声で囁く
「どうしたよ、デュバリィ。また拗ねてんのか?」
「やっ、近い……」
顔を背けた先にはユーシスの顔があった。
「四の五の言わずについて来るがいい。拒否権などないぞ」
「年下のくせに生意気……っ」
姿勢を下げたエリオットが、上目遣いで見上げてくる。
「年下のいうことは聞いてもらえませんか……?」
「くっ、くすぐられるっ、わたくしの中の何かがっ」
クルトが実直な瞳を向けてきた。
「僕は一番若輩ですが、思いの強さなら負けません!」
「方向性の違う年下連鎖っ」
マキアスがネクタイを締め直し、控えめに笑った。
「すみません。僕らは不器用だから、こんな誘い方しかできなくて」
「メガネっ!」
なんですの、なんなんですの。男子がそろいもそろって、わたくしを誘い出そうとして。
「ふん! いやらしい魂胆が透けて見えますわ! あーやだやだ。いい加減にしやがれですわ。わたくし、そんなホイホイついて行くような軽い女じゃないですので」
リィンの目が見開かれた。がっとデュバリィの肩をつかみ、さらに強く迫る。
「いいから来てくれ!」
「う、うん……」
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《話末コラム》【《黎明の軌跡》更新についてのお知らせ】
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。早いもので、物語全体の折り返し地点は越えることができました。
さて、毎度のことではあるのですが、新作の黎の軌跡Ⅱの発売に合わせて少々をお休み頂きます。
ただ前回まで(閃Ⅱ、閃Ⅲ、閃Ⅳ、創)の時は、発売の度に更新を完全ストップしていましたが、今回は自分のゲーム進行に合わせるような形で、プレイ中でもちょくちょくと新話の更新をするつもりです。
クリア後は通常通りの更新頻度に戻しますが、それまで気長にお付き合い頂ければ幸いです。
それでは待ちに待った黎の軌跡Ⅱを共に楽しみましょう! カトルきゅんが闇墜ちしないか心配だなぁ……。