黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第3話 幻夢の手記

「改めて、リィン・シュバルツァーと言います。ヴァンさんに、アニエスさん。それとフェリちゃんだったかな」

 折り目正しい挨拶をするリィンに、ヴァンはかぶりを振って応じた。

「あー、固い口調は互いに無しで行きたい。歳は俺の方が少し上だが――ま、そんなに変わらないしな」

「私もアニエスと呼んで下さい」

「わたしだけ最初から“ちゃん”付けなのは……?」 

 一通り自己紹介を済ます。リィンを含めた四人は、ヘイムダルエリアからアークライド事務所エリアへと帰還していた。

「わかった。じゃあヴァンにアニエス、フェリちゃんもよろしく」

「おう。ちなみに俺はシュバルツァーって呼ぶ。馴染みが少ない相手にはファミリーネームの方がしっくりくるんでな」

「よろしくお願いします、リィンさん」

「あ、あれ、やっぱりわたしだけ……」

 事務所の二階。打ち合わせ用のローテーブルを囲み、ここまでの状況の整理を行う。

「――なるほど。三人はいずれもカルバード共和国の人間。まずヴァンがフードの男の誘いで、この世界に呼び込まれたと。そしてアニエスとフェリちゃんは、アークライド解決事務所に足を踏み入れた途端に“霧”のようなものに呑まれて、気づいたらここにいた。……ということでいいのか?」

「概ねそんな感じだ。そのフード男にヘイムダルエリアを作った人間を探せと言われて、あんたと出くわしたって流れだ。で、有無を言わさず戦闘になった」

 呼び込まれた時期になぜか差があるのは、話がややこしくなりそうだからいったん伏せておいた。

「それは……すまなかった」

 リィンの瞳がかすかに揺らいだのを、ヴァンは見逃さなかった。今のは不慮の交戦をしたことの憂い目とは違う空気感だ。

「意外に顔に出るタイプらしいな? 俺たちがカルバード人であることは気にしなくていい。少なくとも俺は、あんたへの確執は持ち合わせちゃいない。後の二人もだ」

「……ヴァンは勘が鋭いな。そう言ってもらえるとありがたい」

「ずいぶんと謙虚な姿勢だが、いつもそうなのか? 世間一般の印象だと、戦乱を駆け抜けた英雄そのものだ。もちろん今のは帝国側の視点でのイメージではあるが」

「偶像は一人歩きするというのが最近わかってきたよ。俺はそんなに立派じゃないさ」

 実質は一日で終戦したとはいえ、《ヨルムンガンド戦役》はれっきとしたエレボニアとカルバードの国家間戦争だ。しかもその顛末を端的に表すと、『うちの皇帝の暗殺未遂はカルバードの企てだと思って戦争吹っ掛けたけど、実はそうじゃなかったみたい。ごめんね?』である。

 真実はそれほど単純な話ではなく、多くの人間の思惑や、水面下での複雑な計画が絡み合っていたのだが、まさかそれらを公にするわけにもいかない。

 表面の結果だけを受けて、共和国側の国民感情は荒れた。エレボニアという名前だけで拒否反応を示す者もいる。たとえ天文学的な賠償金を支払われて、未曽有の好景気になったとしてもだ。

 故にシュバルツァーも、俺たちカルバード人に思うところがあるのだろう。彼に罪があるわけでもなく、むしろ騒乱を収めた立役者だというのに。

「さて、話を本筋に戻すぜ。次はこいつ(・・・)だ」

 《幻夢の手記》と題された黒い手帳をテーブルの上に置く。革張りの表紙に、見たことのない紋様と金刺繍の文字。高級感のある手帳だ。リィンとの戦闘後に空から舞い降りてきたものだ。

 表紙を開くと、その裏側に『この手記はヴァン・アークライドに渡すこと』と書かれてあった。

 そして一ページ目からは、通し番号とそれらの説明が記されている。

 

①【ヴァン・アークライドが《ロア=ヘルヘイム》の謎に触れる度に、この手記は自ら更新されていく】

 

②【《ロア=ヘルヘイム》とは《バルドルの箱》の力を介して、多数の人間の思念で形成された夢の世界である】

 

③【《バルドルの箱》とは“見たい夢を見る機械”が転じて、“人と人との夢を繋ぐ機械”となったものである】

 

 ①から③の項目までヴァンが読み上げ、「見たい夢を見る機械……?」と反応したのはリィンだった。

「心当たりがあるのか?」

「いや、ないが……身近でそういう荒唐無稽な機械を作れそうな心当たりと言えば……知り合いの先輩くらいかと思って」

「先輩ってのは士官学院時代のか」

「ジョルジュ・ノーム。当時は技術部の部長を務めていた」

「いや待て。たかだか学生の技術部員が、こんな大それた装置を作れるか」

「なんというか、あまり口外できないけど規格外の人ではあるんだ。経歴も含めて色々と。シュミット博士の弟子でもあるくらいだし」

「おいおい、三高弟の一人の弟子ってマジかよ……」

 50年前に導力革命をもたらしたC・エプスタイン。彼の直弟子である三人――A・ラッセル、L・ハミルトン、G・シュミットを畏敬の念を込めてそう呼ぶ。

 エプスタインの名を聞いたアニエスは、据えどころのない指先を空になったポーチに這わせていた。

 リィンとの戦闘後に消えてしまった《ゲネシス》と《メア》。そちらの原因も探らなければいけないが、やはりまずはこの手記だった。

「なぜ俺が名指しされているのか、だな。あのフード男がジョルジュ・ノーム本人だったっつー線はないか?」

「ありえるが……直接会っていないから断言はできない」

「仮にそのジョルジュだったとしてもだ。まったく面識のない俺に、いきなりここまでの依頼をしてくるってのも不自然な話ではあるよな」

 肝心のフード男は、事務所に戻ったら姿を消していた。説明不足のまま押し付けるだけ押し付けて、そのまま行方を眩ませるとは。あの野郎め。

 わからないことは山ほどある。

 ここが“多数の人間の思念で形成された夢の世界”だというのなら、その多数の人間はどこにいる。事態の中核らしい《バルドルの箱》はどこにある。そもそもそれを見つけたとして、どうすればいい。

「とにかく情報が少なすぎる。いくら考えたところで答えが出るわけもねえ。手記の項目も①から㊹まであって、④以降は空欄だしな」

 ヴァンは手記を胸元のポケットにしまった。

 その時、不意に空気が変わった。

「妙な気配だ」

「ふん、匂うな」

「何かの息吹を感じます」

 三者三様に鋭敏な感覚が働く中、一般人代表のアニエスだけが小首を傾げていた。

 異変の原因を辿って、ヴァンたちは外に出る。

 ビストロレストラン《モンマルト》を中心とした、崖にかこまれた地形。そこからヘイムダルエリアに伸びる赤色に光る橋があるのだが、そのとなりに新たな架け橋が形成されていた。

「また唐突に現れやがるな。今度は青色に発光する橋か。どこに繋がってんだ?」

「橋の先はまた霧が立ち込めていて見えませんね。あれ、ヴァンさんの胸ポケットが光ってるみたいですけど……」

「うお、なんだ!?」

 アニエスに言われて、ポケットを探る。先ほどの《幻夢の手記》が輝いていた。警戒しつつ開いてみると、勝手に文字が浮かび上がってくる。

 

㉒【各エリアへの移動、及び転移はアークライド事務所エリアから繋がる《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》を使用する】

 

「なるほどな。これが①の【ヴァン・アークライドが《ロア=ヘルヘイム》の謎に触れる度に、この手記は自ら更新されていく】ってことか。しかも㉒番。順番通りの更新ってわけでもないらしい」

「で、でもどうします? ヘイムダルエリアまでも遠かったので、徒歩では厳しいんじゃないでしょうか? 転移という意味もよくわかりませんし……」

「それな……」

 くそ、思い出したくもねえ。無惨にも破壊された愛車の痛ましい姿を。常に共にあった無二の相棒の悲惨な姿を。夢の世界だろうが何だろうが、精神衛生上では最悪の出来事だ。

「ヴァンさーん」

 その破壊の権化たるフェリが呼びかけてきた。振り向いて驚愕する。

「はあ!? お前、それはどういうことだよ!」

「わかりませんが、《モンマルト》の前に普通に停まっていましたよ」

 インゲルト社製ピップアップトラックが、何事もなかったかのようにそこにある。カスタムの痕跡も見えるから、間違いなく手塩にかけた俺の車だ。

「夢の中だから、ヴァンの認識次第でいつでも呼び出せるってことなのか……?」

 リィンが見解を述べるが、ヴァンはろくに聞いていなかった。

「くうっ、なんだっていい。理屈はなんだっていいぜ! よくぞ俺のところに戻ってきてくれた! うおおお!」

 喜びをかみしめながら愛車にすがりつくヴァンに、フェリは晴れやかに言った。

「良かったです。これで何度壊れても復活できますねっ」

「フェリちゃんサン……?」

 無邪気な笑顔が悪魔的だった。

 

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《★――第3話 幻夢の手記――★》

 

 

「すごいな、ヴァンは車を持ってるのか。維持費がかさんだり、メンテが大変だったりとか聞くが」

「今どき珍しくも――って、そういや帝国は鉄道が主な移動手段だったか。高速道路の導入もまだなんだよな?」

「ああ。それなりに普及もしてきたが、それでも一般家庭で自家用車を所有しているのは稀だろう」

「その認識も変わっていくんじゃねえか? お宅の貴族制度が廃れるに従って」

「エレボニアの貴族制は根深い。色んな動きはあるが、完全な廃止にはならないと思う。おそらく在り様が変わるだけだ」

「歴史ってのは厄介だな。どこの国でも」

 もう二度と触れないものと諦めていたハンドルを感慨深く握り、ヴァンはピックアップトラックを走らせる。輝く橋は普通では考えられないほど長く、揺れる車内の後部座席にアニエスとフェリ、助手席にリィンという並びだった。

 フェリがまたどこかに手榴弾でも仕掛けないか、気が気ではない。ちらちらとバックミラーを確認しながら、ヴァンはリィンに問う。

「仮にジョルジュ・ノームが《バルドルの箱》の作成者だとして、そんなわけのわからん発明をするようなマッドサイエンティストなのか?」

「そんなことはない……と思う。ただ十月戦役の最中に《カレイジャス》で帝国東部を飛び回っていた頃、ジョルジュ先輩がひどい寝不足に陥っていたのは聞いたことがある。主には業務過多で」

「《紅き翼》のブラック事情ってやつか。それでわずかな時間でも効率的に睡眠の質を向上できるような装置を作ったって可能性は?」

 想像の域は出ないが、あり得そうな話だとリィンは言う。とはいえ全ては仮の前提だ。

 しかし前提というなら、やはり“フード男がジョルジュ”という前提で動くべきかもしれない。とにかく今は情報がないのだ。

「だとしたら、また一つ謎が増えたな」

「時期か?」

「そうだ。十月戦役に作られたってんなら、4年経ってるはずだ。元々が他人同士の夢を繋ぐ機械だったのに、なぜ“今”になってこんなわけのわからない世界を生み出して、そこに入った人間が出られなくなっているのか。引っかかる部分だろ?」

「確かに。俺もいつ、どうやってここに来たか曖昧だしな。けどヴァン。細かくて済まないが、作られてからは3年だ」

「なんでだよ。十月戦役は七耀暦1204年だ。今が1208年だから、引き算して4年だろうが」

「いや、今は1207年だぞ。引き算したら3年だ」

 一瞬の沈黙。

『え?』

 会話の奇妙に互いが眉をひそめた時、急に開けた場所に出た。青い橋を渡り切ったらしい。霧の中に大きな――とてつもなく大きな何かのシルエットが浮かび上がっている。

 確かめる方が先だ。話を中断し、ヴァンたちは車を降りた。

「ここが次の場所か。……だがこれからどうすりゃいいんだ。来てみたはいいが、物事の進め方がわからん」

「あ、ヴァンさん。また胸ポケットが」

 アニエスに言われて気づく。《幻夢の手記》が光っていた。

 

⑱【《ロア=ヘルヘイム》は複数のエリアで構成されており、エリア毎に強い影響を持つ“夢の主格者”が存在する】

 

⑲【夢の主格者が持つ一番強い望みを満たすとそのエリアは解放され、エリア内に囚われていた全ての人間はそこが夢の世界であることを自覚できるようになる】

 

 手記を閉じて、ヴァンは肩をすくめた。

「いいタイミングでの情報開示だぜ。まるで、どこかで誰かが見てるようじゃねえか」

「うーん、でも私たちの知りたいことを知りたい時に教えてくれるわけじゃないみたいですね」

 フェリが残念そうに言う。

 それは同感だった。実は車中で『《バルドルの箱》はどこにある?』という問いかけもしてみたのだが、何の反応もなかったのだ。

「まあ、いずれ開示されるってんなら焦らなくてもいいさ。必要な情報を必要な時にくれるなら」

 なぜそんな段階を踏まされるのか、そこに意味があるのかもしれない。しかし現状ではやはり不明だ。ともあれ行動指針は決まった。

 “夢の主格者”なる人物を探すこと。そしてそいつの望みを叶えること。

 それをすると何が起こるかは――まだわからないが、またその時に新たな情報開示がなされるはずだ。

 気合を入れ直し、ヴァンたちは霧の中に足を踏み出した。

「……おい、これは予想外なんだが」

 そして全員がすぐに歩みを止め、その光景を見上げる。シルエットしか捉えられなかった物の全容が視認でき、なじみ深いのか、リィンが最初にその名を告げた。

「バルフレイム宮!? ……と、ローエングリン城か!?」

 皇帝が住まうエレボニアを象徴する宮殿に、同じく帝国のレグラムにあるという槍の聖女の伝承が残る古城だ。

 さらにもう一つ、

「あ、あれは多分、リベールのグランセル城だと思います! 独特の尖塔に覚えがあります」

 学校の歴史の資料で見たというアニエス。

 三つの城が融合を果たしていた。城の台座ともいうべき城壁部分は一つに重なり、かつ個々の特徴は残したまま、それぞれの天守が霧の空に向かってそびえ立っている。

 

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 圧倒される景観に、しかしリィンはすぐに平静を取り戻していた。

「予想外というか規格外ではあるが、俺たちのやることは変わらない。違うか?」

「はっ、さすが修羅場をくぐってきた英雄殿だ。腹の据わりが違う」

「みんなで現実の世界に帰ろう。俺も最大限に力になる」

 正直に言って心強い。彼の実力はヘイムダルエリアで身をもって知っている。剣聖の名に違わぬ圧倒的なものだった。この先のエリア攻略においても大きな助けとなってくれるだろう。

 改めて、眼前に佇む巨大な城へ踏み出そうとした時だった。

「リィン教官」

 いつの間に現れたのか、リィンの傍らに一人の少女が佇んでいた。

 流れる絹糸のような純白の髪に、小柄な体躯。言葉を発さなければ精巧な人形かと思うほど、流麗でありつつも(はかな)げな雰囲気をまとっている。

「アルティナ……? アルティナじゃないか!」

「その子、シュバルツァーの知り合いか?」

「俺の生徒なんだ。まさかアルティナもこっちの世界に来ていたなんて……」

 そういえばリィン・シュバルツァーの本職は、名門の軍事学校の教官だと耳にしたことがある。トールズ士官学院だったか。その名前は《紅き翼》とセットで語られることが多いから有名だ。

 アルティナと呼ばれた少女が、小さく口を開いた。

「知らない女性を二人も連れて、相変わらず節操のない人ですね。やっちゃって下さい、《クラウ=ソラス》」

 アルティナの後ろの空間が歪み、黒い巨躯が景色の中に滲み出た。一時期、帝国で運用されていた《戦術殻》だ。しかしあれほど大きなタイプは初めて見る。

 その《クラウ=ソラス》が腕部を振り上げて――

「ど、どうしたんだ、アルティヴゥアッ!?」

 リィンの横っ面に強烈な右フックをめり込ませた。

 受け身も取れずに地面を十アージュ以上も転がったリィンは、そのまま沈黙した。

「え、なに? あんたのクラス、学級崩壊起こしてんのか? なんなら別口の4spgで相談に乗るが」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃありません! アルティヴゥアッて叫んでましたよ!?」

 アニエスに急かされて、リィンの救助に向かう。だがアルティナを腕に抱えた《クラウ=ソラス》が接近し、彼を反対側の腕ですくい上げる方が早かった。

「ターゲット確保しました。では帰還します。あなた達もエントリーするなら、受付で手続きを済ませておいて下さい」

「エントリー? 受付?」

 ヴァンたちにそう言い残すと、アルティナは《クラウ=ソラス》で城の上方へと飛び去ってしまう。その腕に抱えられたリィンは、日干しされるくたびれた布団のようだった。

 なんとも言えない静寂。

 最大限に力になると言ってくれた英雄が。最高峰の称号を冠するに至った剣聖が。教え子である幼気(いたいけ)な少女の一撃で戦闘不能に陥り、問答無用でさらわれてしまうなんて。

 空気を変えなければ。『あれ?』みたいな空気を変えなければ。

「よっし、気持ちを切り替えていくか! みんなで元気出してな!? アークライド解決事務所、出発だぜ!」

了解(ウーラ)っ!」

「う、うーらっ」

 隠せないアニエスの動揺が返事に出ていた。

 

 ●

 

『武闘会?』

 三人そろって聞き返す。

 白霧の中、どうにかたどり着いた城門前。そこに設置された受付スペースで、受付嬢らしい少女が説明してくれた。

「はい。二人一組でのチーム戦となります。勝者には賞品が贈られますよ」

 腰までかかる艶やかな黒髪で、清楚な佇まいの少女だ。彼女の胸の受付バッジには、品のある銀文字で『エリゼ』と名前が刻印されていた。

「了解だ。メンバーの選定を兼ねて作戦会議をするからちょっと待っててくれ」

 ヴァンはエリゼにそう告げると、アニエスとフェリを連れて少し離れた場所に移動した。

「状況確認だ。まずアルティナって女の子と、今のエリゼって受付嬢だが、どちらも夢の世界に囚われていると考えるべきだ。というより、その“解放されていないエリア”にいる人物は、全員そういうことなんだろう」

 アニエスは首をかしげた。

「でも変じゃありませんか? 囚われている間のリィンさんは会話がほぼ成立しませんでしたけど、さっきのお二人は特に違和感なくお話ができてますよ」

「そう、そこだ。まず大前提として“囚われる”ってのはどういう意味だと思う?」

「えーと、外に出られないとか、何かに捕まっているとか……」

「一般的にはそうだな。だがここは夢――思念の世界なんだろ? だとしたら縛られているのは、自分自身の知覚や認識だったりするんじゃねえか?」

「待って下さい。だとしたら……もしかして戦っている時のリィンさんって、私たちのことが人形兵器に見えていたんじゃ……」

「ああ。戦闘中の会話も、つまりはひとり言だったわけだ」

 思い返せば『硬いな』『まだいるのか』『これ以上、被害を拡げさせるわけにはいかない』など、こちらを人形兵器と認識していたなら辻褄が合う発言である。説得に耳を貸そうともせず、執拗に戦い続けようとしたのもうなずける。

「うーん……なんで夢の中でまで戦っていたんでしょうね?」

「憶測だが、シュバルツァーにとって街は守護する対象で、同時に襲われる対象でもあったのかもな。その認識のせいで、守るべき《緋の帝都》を創造しながら、倒すべき《人形兵器》も合わせて出現させちまった……とか」

「……どういう人生を過ごしたら、そんな大変な認識になってしまうんでしょう」

「夢の中でさえ休まらない、か。英雄も楽じゃねえってこった。本人の性格もあるんだろうが」

 本当は彼に直接聞くのがてっとり早かったのだが、いかんせん拉致されてしまって確認のしようがない。

 嘆息をついた時、また《幻夢の手記》が光っていることに気付いた。

「またかよ、どれ――」

 

⑦【“夢に囚われる”とは、そこが夢の中であることに疑問を持たない状態である。会話も思考もできるが、自身の主観による認識が世界の全てとなる】

 

 アニエスが苦笑した。

「あはは、合ってたみたいですね」

「できればこっちが推理する前に開示してくれりゃ手間もないんだが……おかげで仕組みの一つがわかった」

「仕組み?」

「《幻夢の手記》の情報開示は、“自動的に更新されるパターン”と“疑問に思ったことに答えてくれるパターン”と“自力で導いた答えに正解を返してくるパターン”。この三つがある」

 もっともその判定がどのようになされているのかは、まったくもって不明のままだ。さらに言えば、情報が開示されるタイミングがあまりにも良すぎる気がする。さっきは軽口半分で口にしたが、本当に誰か(・・)が管理していたりするのか……?

 じっと考え込んでいたフェリが、不思議そうに言った。

「夢に囚われるという意味はわかりましたけど、なんで私たちは囚われてないんですかね?」

「……さあな」

 当たり前に行動しているから、疑問に思わなかった。

 返せる答えは浮かばず、《幻夢の手記》は沈黙を守ったまま、やがて逃げるように光を失った。

「あのー、出場される方は決まりましたか? そろそろエントリーの締め切り時間なんですが」

 受付のエリゼから催促される。

「おっと、わりぃ。出るのは戦闘経験の多い俺とフェリだ。前衛メンバーで押し切ってやろうぜ」

 

 ●

 

 ヴァンとフェリは戦いの舞台に立っていた。

 立ち尽くしたまま、冷や汗をだらだらと流していた。

 対戦相手はオリヴァルト・ライゼ・アルノール。そしてシェラザード・ライゼ・アルノール。

 エレボニア帝国の皇子夫婦である。諸外国の情勢に少々疎いところのあるフェリでも、かのシェラザード皇妃のことは知っているようだった。

「よーし、シェラ君! 僕らのコンビネーションを見せつけてあげよう」

「はいはい。真面目にやんなさいよ、オリビエ」

 なんだか新婚夫婦というより、歴戦の相棒感が強い。

 彼らの婚姻が発表されたのは《ヨルムンガンド戦役》の終息後のこと。ずいぶんと派手に報道されていたのはシェラザードが中東の血筋であるという理由も大きく、皇太子妃になるにあたってその経歴に賛否があったのは違いないが、戦争後のカルバードとエレボニアの緩衝材となった側面も少なからずあった。

 が、今ヴァンたちが委縮しているのは、彼らが対戦相手だからではなかった。

「なんでだよ。なんで武闘会じゃなくて舞踏会なんだよ……」

「エリゼさんはちゃんと舞踏会って言ったんでしょうね。私たちが勝手に聞き間違えちゃったんですね……」

 用意された舞台も、戦うためのリングではなく、踊るためのステージだった。

「フェリ。お前、ダンスの心得は?」

「故郷でやってた儀式用の演舞なら多少は。ヴァンさんは?」

「拳法の演武なら……」

「……やります?」

「肚をくくるしかねぇ。奇跡、起こしてやろうぜ?」

 照明暗転。スポットライトが双方のチームを照らし、クラシカルなワルツが流れ始める。

 余裕で負けた。

 

 ●

 

「えっと……気を落とさないで下さい。先進的で? 前衛的な表現で? 私はいいと思いますよ! 特にワルツの最後に決めた掌底とか――」

「もうやめろ……」

 アニエスの全力のフォローが胸に刺さる。魔導杖の柄でグリグリされるがごとき地味な痛さだ。

 いったん城門の前まで戻り、受付のエリゼに恨みがましい視線を送りながら、ヴァンはぼやいた。

「俺とフェリがお上品なダンスなんざできるわけねえだろ。完全な人選ミスだ」

「わたしもヴァンさんと一括りにされちゃうんですか。まあ、踊れませんでしたけど……。観覧席の皆さんからもクスクス笑われちゃってましたし」

「マジで放電状態のスタンキャリバーを投げ入れてやろうかと思ったぜ」

 ただ少し引っかかることもある。

 ステージを囲む観客の総勢は、百人近かった。拍手をしたり、ざわめいたり、観客同士で会話したりと、普通といえば普通なのだが、どこか淡泊というか、そういう役割を演じているだけというか。

 オリヴァルトとシェラザードは、“囚われている”というのが、なんとなくわかる。しかしあのギャラリーたちまでも、現実世界から《ロア=ヘルヘイム》に呼び込まれた者たちなのだろうか。

 さすがに気落ちした様子でフェリが言う。

「当面の問題は、ダンスで勝てる見込みがないことと、夢の主格者の特定ができないことですよね」

「ええ、フェリちゃんの言う通りです。主格者の望みを叶えることが最優先ですから。……あれ? でもどこかで主格者が望むから舞踏会が開かれているのであれば、私たちが勝てば自動的にその望みは叶うんじゃないですか?」

「いや、なんか繋がらない気がするんだよな」

 リィン・シュバルツァーが主格者となったヘイムダルエリア。《幻夢の手記》の通りなら、あいつの望みを叶えたからそのエリアは解放されたことになる。俺は何か、根本的な大きな見落としをしてないか……?

「ところでアニエスさんって踊れるんですか?」

「えっ、社交ダンスくらいなら少しだけ」

「じゃあもう一回エントリーしましょう。今度はアニエスさんがダンスメンバーに入れば問題ありません」

「えぇ~!? ペアですよ!? うー……でもヴァンさんがやってくれるなら、まあ……」

「別にヴァンさんじゃなくて、わたしがペアでも大丈夫では? 男女組じゃなくても良いそうですし」

「あっ」

 あたふたするアニエス。

 受付のエリゼが声をかけてきた。

「舞踏会と武闘会、両方ありますよ? バルフレイム宮が舞踏会ステージで、ローエングリン城が武闘会ステージとなっています。どちらで勝利しても商品は贈られますので。ちなみにどちらも二人一組が参加要件になりますね」

 言えよ、先に。

 つっこみたかったが、しとやかなくせに怒らせたら怖そうな受付嬢だったので、ヴァンは口をつぐんだ。

 勝利の確率を上げるためには両方に申し込むのがいいのだろうが――

「とはいえだ。まともなダンスができるのはアニエスだけで、そもそも三人じゃ人数が足りなくて同時エントリーもできねぇんだよな」

「そんじゃあオレに頼れや、舞踏も武闘もお手のもんだぜ?」

 唐突に届く誰かの声。

 身軽な身のこなしで、赤いシルエットが霧の中からアクロバティックに飛び出してきた。

 フェリを中東とするなら、東方文化ど真ん中といった出で立ちの青年だ。後ろでくくった長髪は炎のように紅く、女性と見まがうほどに艶やかだった。

「よう、オッサン、小娘、チビ。また面白そうなことやってんな」

 容姿の印象通りの軽薄な口調。

「あ? どこのクソガキだ、てめえ。すかした登場の仕方しやがって」

「初対面の女性に小娘って失礼じゃありません?」

「むっ、わたしはすぐ大きくなりますからっ」

「は? オイオイ、んだよ。その反応……?」

 赤髪の青年が訝しげに、戸惑っているようでもあった。

 その時、あの頭痛がまた脳裏に走った。

 目まいと共に訪れる、記憶の錯綜と連結とフィードバック。

 黒月のツァオ・リーからの依頼で出向いた煌都ラングポート。ちらつかされた生ドライフルーツに釣られたわけではない。ゲネシスが光ったからだ。

 望まずとも渦中に足を踏み入れる羽目になってしまったアルマータとの抗争。そこで出会った《麒麟児》《羅州の小覇王》の異名を持つ青年。

 そして霞みがかる昏き夜。響く悲鳴と起きた惨劇。血だまりに吼える復讐の慟哭。

 事件の黒幕を探し出して、たどり着いた黒龍城塞。そこに待ち受けていたアルマータの幹部たちを退けた先で告げられる《大君》の伝承と真実。三つ目のゲネシスが輝きを放ち、《大君》と化してしまった“彼”との闘い。

 しかして運命と大人たちの都合に翻弄された“彼”は、成すべきことを思い出し、強い心をもって自らの意思を取り戻す。

 そうだ。こいつはアーロン。アーロン・ウェイだ。

「この痛み、慣れませんね……。フェリちゃん、大丈夫?」

「んん……私は初めて経験しましたけど、ふらふらします」

 やはりアニエスとフェリにも同じ現象が来たようだ。記憶の拡張がなされている。

 アーロンが顔をのぞき込んできた。

「どうしたオッサン、更年期か?」

「俺は24だっつーの! くそっ、今の状況を説明してやる。いいからそこに直りやがれ、バイト三号!」

 

 ●

 

「はー、《ロア=ヘルヘイム》ねぇ。信じられねえが、確かに普通の世界じゃなさそうだしな。ったく、相変わらず我らが所長殿は厄介ごとが好きなこって。いや、厄介ごとに好かれるのかもなァ」

 にやにやとアーロンは口元を緩める。

「いい加減機嫌直せや、小娘」

「別に機嫌なんて悪くありません。あと小娘呼びをやめて下さい」

「そのうちな。しかし可愛いねぇ。目当ての男とダンスのペアになれなかったから、拗ねてるっつーのは」

「そ、そんなんじゃないですから!」

 再びのダンスステージである。バルフレイム宮の大広間。大勢の観客に囲まれた舞台で、アニエスとアーロンは対戦相手と対峙していた。踊れるコンビとしてチーム再編成だ。

「よう、殿下ご夫妻サマ。さっきのイモ臭えペアと同じと思うなよ?」

「な、ななな、なに言ってるんですか、アーロンさん!? も、申し訳ありません、オリヴァルト殿下にシェラザード妃殿下! この人ちょっと頭おかしいんです!」

「誰の頭がおかしいんだよ。オメェも結構言う方だな……」

 オリヴァルトたちは快活に笑った。

「ははは、若者はそれくらいの威勢でちょうどいいさ」

「跳ねっ返り上等。かかっていらっしゃい」

「へえ、話せる口じゃねえの」

「だから失礼ですって!」

 アニエスがアーロンを小突く。特に気にした素振りも見せず、アーロンは鋭い目を周囲に巡らせていた。

「どこを見てるんですか? もうすぐ曲が始まりますから、早く手を組んで下さい。……不本意ですけど」

「ツンツンとしつけえやつだな。つーか、ダンスで勝つこともそうだが、夢の主格者ってのを探さねーとなんだろ? ……そりゃやっぱアレだろうがよ」

 アーロンが目線を向けた先。貴賓席の一つに、波打つ金髪の美しい少女が座っている。

「アルフィン・ライゼ・アルノールだ。皇子夫妻の妹で、しかも審査員バッジをつけてる。主催者側ってんならほぼ決まりだろ。当たりを引いたな」

「アルフィン皇女……あの方がこのエリアを作り出した夢の主格者……なるほど」

 バルフレイム宮を舞台として、舞踏会を開く。確かにしっくりくる印象だ。自分の兄姉を出場者に据えているのも、関連としては申し分ない。

「あとは俺らが勝てば、何かしらが起こるわけだ。オッサンとチビの出番はねえぜ。気合入れろよ、小娘」

「がんばるのはがんばりますけど、最後に一ついいですか?」

「あん?」

 アニエスは髪を後ろに撫でつけたオールバックのブラックタキシードで、アーロンがさらさらロングヘアーのモダンドレスだった。

「なんで私が男性パートで、アーロンさんが女性パートなんですか!? 逆でしょう、逆!」

「東方歌劇の人気女形だ、俺は。舞踊衣装もいいが、こういうドレスも案外悪くねえな。胸の詰め物も違和感ねえし」

「そうじゃなくてですね!」

「カリカリすんなよ、更年期か?」

「16歳ですけど!」

 

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 ●

 

「アニエスさんたち、うまくやってるといいですけど」

「なんだかんだで大丈夫だろ。さて、俺たちはこっちに集中するぜ」

 ローエングリン城の天守に作られた特設の闘技場。直径50アージュほどの武骨な石畳のリングに、ヴァンとフェリが並び立っている。

 こちらサイドは武闘会。純粋な力と力のぶつかり合いだ。

 レフェリーがリングの中央に歩み出た。甲冑をまとった女性だ。

「司会兼審判のデュバリィですわ。なんでわたくしがこんなことを……任されたからにはやりますけど」

 根が真面目らしい。マイクをがっつり握ると、デュバリィは声を張り上げた。

 

【挿絵表示】

 

「青コーナー! はるばるカルバードからやってきた無類の車ジャンキー、《裏解決屋》ヴァン・アークライド! 小さなトラップで大きな迷惑を振りまくリトルブレイカー、《クルガ戦士団》フェリーダ・アルファイド!」

「むっ、失礼な紹介ですねっ」

「いや、だいたい合ってる。俺が車ジャンキーってのは違うが」

 ジャンキーではなく愛好家だ。人聞きの悪い煽り文は、どこから調達されてきたのやら。

 ここで対戦相手もリングインしてきた。ギャラリーからの歓声が闘技場を震わせる。

「続いて赤コーナー! ちびっこスタイルは変わらない。スピード命の元猟兵にして現遊撃士、《帝国遊撃士協会》フィー・クラウゼル! そしていけ好かない! とにもかくにもいけ好かない! 力こそパワーの《アルゼイド流》ラウラ・S・アルゼイド!」

「ふむ、私は彼女に嫌われているのだろうか?」

「え、今さらなの? というか私もそろそろ成長期が来て欲しいんだけど」

 長身青髪のポニーテールの女性がラウラで、単身痩躯の銀髪がフィーという名らしい。

「フィー・クラウゼル……?」

 フェリがその名前に反応していた。

「おい、フェリ。リングの外に貴賓席があるだろ。そこに座ってる赤い服を着た金髪の少年、わかるか」

「んー、誰ですか?」

「シェラザード妃は知ってて、セドリック皇子は知らねえのか……。エレボニアの第二皇子で、さっきのオリヴァルト皇子の弟になる。おそらくだが、彼が夢の主格者だと思う」

「皇子様が? どうしてですか?」

「セドリック皇子はシュバルツァーと同じ、トールズ士官学院の出身だ。軍事学校だし、こういう催しも身近なんだろう。加えて皇族として舞踏会の馴染みも深そうだから、ダンスフロアを構築していたとしても不自然じゃない」

「なるほど、確かにそうかもです」

「何より、胸に審査員バッジをつけてる。レフェリーとは別の権限を持っているらしいな。どうやら当たりは俺たちみたいだ。アーロンとアニエスには無駄骨を折らせちまうが……それは仕方ねえか」

「はい、こっちで片付けちゃいましょう!」

 ヴァンは撃剣(スタンキャリバー)を、フェリは突撃銃剣(アサルトソード)を構える。

 対するラウラは身の丈ほどもあるバスタードソードを、フィーは一対の双銃剣を携えた。

「いつも通り行くぞ、フィー」

「了解。ラウラに合わせるよ」

 二人の間に光軸が走り、共鳴する戦術オーブメントが熱を帯びる。

「戦術リンクを使ってきます。ヴァンさん、こちらも!」

「言わずもがな! シャード展開!」

 即座に円状に展開したエーテル片が、輝粒を強く瞬かせる。

 第五世代型の《ARCUS》と、第六世代型の《Xipha》が眩い光を散らせた。

 

 

 ――つづく――

 




第3話をお付き合い頂きありがとうございます。

まもなく《幻夢の手記》もサブメニュー欄に並びます。こちらは物語の進行に合わせて更新されていく形式です。

次回も激闘! 《ARCUS》VS《Xipha》ですが、正確には第五世代型なので《ARCUSⅡ》となりますね。

では引き続きお付き合い頂ければ幸いです。ご意見ご感想など、随時お待ちしております。
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