黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第30話 アンドヴァリの指輪

 機械の動く音がそこかしこから聞こえる。《フェリちゃんの工房》はフル稼働だった。

 ヴァンは作業場の隅っこで三角座りをしている。恨みがましい目で、ピックアップトラックがバイクへと変貌していく様を眺めていた。

 設計を担うのはカトルで、解体を担うのはフェリだ。

 あの破壊の権化め。なんて楽しそうに俺の愛車をばらしやがるんだ。煉獄の魔物より魔物じゃねえか。

 そこにFIOがふよふよと飛んできた。

『ドンナ気持チ? ネエ、今ドンナ気持チ?』

「見りゃわかんだろ、最悪だ」

『FIO、満足!』

 人類の敵に成り果てた導力ドローンめが。こいつ絶対初期化したほうがいい。今度カトルに内緒でやってやる。

「困りましたね。ああなってしまったのは、そもそもヴァン様とアーロン様が原因ですから……」

 カトルの元に戻っていったFIOと入れ違いで、リゼットがやってきた。

「だからデータをリセットしてやるってんだ。嫌な記憶をゼロにできるってのは機械の特権だろ」

「機械でないカトル様の記憶までは消えませんよ。お怒りは必定でしょう。ゆえに人間関係はリセットできるかもしれませんが」

「心配すんな。これ以上、うちの技術顧問の機嫌を損ねる真似はしねえさ」

 半分くらいは本気だったが。

 人間関係のリセット、ね。そういえばこの前、エレインにも言われたか。

「身につまされるな」

「なにか?」

「いや、お前もその格好なんだと思ってな」

「似合いますか」

 レースクイーン姿のリゼットは、おどけたポーズを取ってみせる。

「何気にうちで一番ノリいいよな。いつもはすまし顔なのによ」

「二十歳ですから。中身は一般的なヤングガールと変わらないと自負しております」

「一般的なヤングガールは自分のことヤングガールとは言わねえよ……」

 これでクラウゼルとほぼ同い年だからな。あいつも年齢の割に落ち着いているほうだが、こいつは加えてベテラン秘書みたいな風格がある。

「他にアークライド事務所からのレースクイーン参戦はアニエス様、エレイン様、ジュディス様です。もうお会いに?」

「ジュディスにはさっきな。すでに着こなしてるあたりはさすがだと思ったぜ。残りの二人には……そういや会ってねえな」

「お恥ずかしいのでしょう。ここはヴァン様から攻めるべきかと」

「攻めてどうすんだ」

 ちなみにレースクイーン衣装には二パターンあって、二十歳以上ならショートパンツ、未満ならミニスカートスタイルだ。つまりエレインは前者で、アニエスは後者である。

「本音を言えば、わたくしはレーサー志望ですけどね。ところでヴァン様はバイクの運転はできるのですか?」

「愚問だな。疾風のアークライドの異名を聞いたことねえか?」

「遊撃士の渾名みたいですね。もしくは執行者の」

「マジでやめろ」

 その時、工房にクロウとジョルジュが駆け込んできた。サーキットエリアの偵察に行くと言っていた二人である。

 クロウは呼吸を整える間も惜しいようで、全チームの作業場に届く声で言った。

「すぐにバイクのチューニングを変更しろ! 想像していたレースじゃなくなった!」

 

 

《――★第30話 アンドヴァリの指輪★――》

 

 

 魔導剣を第二段階まで開放し、デュアルドライブの連撃で攻めても隙一つ生まれない。エリゼのアーツによるサポートは絶妙だったが、それでも相手を崩すには至らなかった。

『二人ガかりでその程度ですか』

 泰然とした構えから繰り出される攻防一体のランスの嵐。

 わかりきっていたことだが、アリアンロードはやはり強かった。物々しい甲冑が古城の雰囲気によく映えている。

「セドリックさん、リンクを!」

「う、うん」

 ここまで《ARCUS》の戦術リンクは使っていない。今以上の連携を取らなければ、まず間違いなく相手にならないだろう。

 しかしセドリックは渋った。

 激闘の中でせっかくうやむやにできたさっきの誤爆告白の動揺が、リンクを通じてエリゼに伝わってしまうのではないか。つまるところ、恥ずかしい。

 エリゼは冷静だ。顔色一つ変わっていない。戦闘の思考に一瞬で切り替えたらしい。さすがとしか言いようがない。

 今は戦いの場。セドリックも割り切って、戦術リンクをエリゼと繋いだ。

 その途端、エリゼの感情の波が伝搬してきた。

 いや、めちゃくちゃ動揺してるね。全然切り替えられてない。そしてこちらの動揺も伝わった。

 お互いの動揺が行き来し、二人は静かに赤面した。

「……あの、セドリックさん」

「ご、誤解なんだ。いや誤解っていうと語弊があるんだけど、そういうんじゃないっていうか」

「そういうんじゃない?」

「なくもないっていうか……」

 何言ってるんだよ、僕は。

 エリゼがとっさに前を警戒した。彼女からの感応波を受けたセドリックの視線も、反射的に正面に向く。

 アリアンロードが突進してきた。

 左右に分かれて二人とも回避。ランスにまとう白銀の闘気には、かすっただけで吹き飛ばされるほどの力がある。

『……《夢の綻び》にツいて話すつもりはないようですね。デュバリィでも探して聞き出すほうが早いかもしれません。彼女なら教えテくれるでしょう』

 アリアンロードの威圧が増した。光を放つランスを掲げると、空気が裂けるような鳴動を始める。

「これは……グランドクロスの……っ! 私たちで受けきれる技じゃありません!」

「避けるのも無理だ……!」

 聞いていた通りではあるが、ミストマータはここまでの大技も使えるのか。

 アリアンロードの放つ聖技グランドクロスは必中の奥義。防御も回避も不可。相殺するしか生き残る道はない。

 使うか? 《フレスヴェルグ》の第三形態を。

 ローエングリン城の最上の間。広い空間。遮蔽物はなし。やれなくはない。ないが――エリゼを巻き込んでしまうかもしれない。

「私を気遣わずにやって下さい。自分の身は自分で守ります」

 考えを察したようで、エリゼはそう言った。

 どのみちここでやらねば、二人そろって消し飛ばされる。決めろ、覚悟を。

 セドリックはエリゼの前に出ると、魔導剣を縦に構えた。

『さあ、終わりニしましょう』

 アリアンロードのランスが十字の輝きを立ち昇らせる。

「――第三形態、チェインドライブ」

 《フレスヴェルグ》の刀身に無数の光の線が走る。

 せめぎ合うオーラ。なんて圧迫だ。一瞬でも気を抜くと膝折れしそうになる。だけど僕の後ろには絶対に攻撃を届かせない。

 アリアンロードが動いた。来る。万物を屠る終焉の十字架が――

『……ここは退クことにします』

 ランスから闘気が消える。

「な、なんで?」

『全力のあなたとぶつかれば余波が大きく、少なからず周囲のもノが破壊されるでしょう』

「それは……そうなるでしょうけど」

『この城は私ニは壊せない。そうなっています(・・・・・・・・)。場所を変えて、いずれ改めて』

「待ってください!」

 踵を返したアリアンロードを呼び止めたのはエリゼだった。

「《王》とはなんですか?」

『あなた方は《夢の綻び》を隠スのに、私には聞くのですか?』

「知らないという事実を教えました。それはそれで意味のある情報ではありませんか?」

『……まあいいデしょう。《王》とは“世界ヲ作り、世界を閉ざすモノ”』

 抽象的な言葉だ。人かシステムかもわからない。アリアンロードからそれ以上の説明はなかった。

 《ロア=ヘルヘイム》創造の起源であることは推察できる。しかし閉ざすというのはどういうことだ。

 エリゼに続けて、セドリックが質問した。

「《バルドルの箱》はどこにあるんです」

 《王》が創造者というのなら、この世界の元になり、脱出のキーともされる《バルドルの箱》とは必ず関係があるはず。

 あえてストレートな問いかけにした。仮に返答が得られなくても、反応だけは見られる。

 黒霧のアリアンロードは言った。

『《バルドルの箱》……? なんですか、それは?』

 

 ●

 

 ●

 

 セドリックとエリゼからの報告で、アリアンロードという元結社の使徒――そのミストマータと遭遇したという。彼女の実力は交戦した者なら誰もが知るところらしい。

 様子見程度の戦闘の後で敵はすぐに去ったそうだが、アリアンロードから得られた情報もある。

 “自分にはローエングリン城を傷つけられない”

 “《バルドルの箱》など知らない”

 この二つを口にしたことだ。

 前者の理由はいくつか想像できる。後者はわからない。そもそも本当のことを言ったかも不明ではある。

 さしあたって重要なのは攻略済みのエリアにも出現したことだろう。

 これからは《ロア=ヘルヘイム》の巡回も気をつける必要がある。いや、むしろ情報源と考えるべきか。遭遇を好機とし、一体でも捕らえられればいいのだが。

「……とはいえ、まずはこちらに集中だな」

 ヴァンはグローブをはめ直した。

 再び戻ってきたサーキットエリア。クロウたちからの報告通り、コースが変形していた。

 元々オフロードだったのは承知していたが、坂やらジャンプ台やら水たまりやら、他にもトラップと思しき障害物が盛り盛りに追加されている。クロスカントリー形式に近い。

「うん、不調なし。これなら良い走りができそうです」

 自慢げにノエルが言う。

 スマートなダークグリーンのボディに、丁寧なカスタムが施されているのが見てわかる。

 

【挿絵表示】

 

「いい仕上がりじゃねえか。こいつは期待できそうだ」

「がんばります! ヴァンさんのバイクも格好いいですよ!」

「おう。ははは……」

 流れるように二輪車へと改造された四輪車。おかしいだろ。何をどうやったらピックアップトラックがバイクになるんだよ。

 作業工程はよく覚えていない。くそでっかいナタ包丁みたいな機械に通され、愛車が中央から真っ二つにされた時点で俺の意識は朦朧としている。

 レーサーは十四名。ヴァン、アーロン、ロイド、ユウナ、ノエル、リィン、ジン、ランディ、アッシュ、マキアス、クロウ、トヴァル、スカーレット、デュバリィだ。

 全員が各々のバイクの最終チェックをしている。

「やあ、集まってくれたね。機体も……なるほど、すばらしいものが用意できたようだ」

 アンゼリカが現れた。彼女もレーシングスーツに身を包み、紺色のバイクでの登場だ。

 ざっと見たところ、スピード重視のチューニングか。ずいぶんと長い間、愛機として扱ってきたらしい。バイクに乗る姿が誰よりも様になっている。

 密かに感心しつつ、ヴァンは言った。

「一対十四じゃ圧倒的にそちらが不利だと思うが、いいのか?」

「ドッジボールをやるわけじゃない。早いか遅いかを競うのだから、数の利にさほどの意味はないさ」

「さっぱりした考え方だな。嫌いじゃねえ」

「光栄だね。ただレースには、もう一人入ってもらうつもりだがね」

「ん?」

 パカラパカラと蹄の音が後方から近づいてくる。黒馬の手綱を引くガイウスが、さも当然のようにスタート位置に入ってきた。リィンたちの視線の集中を受けても、彼は堂々として動じる様子もない。

「……馬なんだが」

「ガイウス君も皆と走りたいそうなのだが、二輪は運転できないみたいでね。まあバイクも普及する前は“鉄の馬”なんて呼ばれていたし、かまわないかな?」

「ネタ枠としてはアリだろ。それにルールを決めるのはそっちだ。好きなようにしてくれ」

「ありがとう。旧友と勝負する機会も最近ではめっきり減ってしまってね。なあ、クロウ」

 アンゼリカが視線を転じると、スタンバイ中のクロウはひらひらと手を振り返した。

 ガイウスもそうだが、“旧友”と言ったり“皆”と言ったり、アンゼリカは明らかに彼らを特定の個人として認識している。

『みなさん、準備はいいですかー?』

 サーキットの中央付近に実況席が作られていた。そこからマイク音声で、トワが声を張る。

『改めてルールを説明します。コースを一番早くに三周した人が勝利です。でも途中には様々な障害物があるから気をつけて下さいね。以上!』

 やはりルール自体はシンプルだ。しかし今回は優勝者に商品を渡すという、いつものあれがない。しかしレースで勝つ以外に、今のところエリア攻略の手がかりもない。

 計十五機と一頭が、メインストレート上に記されたグリッドへの配置を完了させた。グリッドスタート方式である。

 さあ、いよいよだ。

 エンジンの振動の中で、アクセルグリップに手を添える。手首に重みが伝わる。鼓動が高鳴ってくる。自分の息遣いだけが聞こえる。緊張が張り詰める。

 前方、五つ横並びになった信号機の二列目までレッドシグナルが灯った。

 三列目が灯る。四列目が灯る。五列目が灯る。

 そして全てのシグナルが消えた。

「――!!」

 全機、一斉にスタート。

 

 ●

 

 割れるような歓声が響き渡る。レースが始まったと同時、無人だったはずの観客席が埋め尽くされた。

 レースを盛り上げるために主格者が創造した幻影だろうが、それらのギャラリーにはなぜか軍人が多い。エレボニアにカルバードに様々だ。

 アリサたちレースクイーンはコースの内側に入って、スポンサーボードを掲げたりしている。

 その役割に意味があるのかは不明だが、雰囲気作りのためにアンゼリカが望んだことなら応じるしかない。……ただの趣味かもしれないが。

「様子見をしている余裕はなさそうだな」

 スタート直後。各マシンが団子になって入り乱れる中で、リィンは速度を上げた。

 アリサが一から作り上げたリィン専用機《セブンスソウル》だ。マシンポテンシャルが高く、どんな地形も走破できるほどのパワーを誇る。

 しかしアンゼリカに追い抜かされた。直線での立ち上がりは彼女のほうが早い。

 続けてノエル、スカーレットのスピードタイプが抜き出てきて、

「バイク歴は俺が上だからな? 先行かせてもらうぜ!」

 並走してきたクロウが、にっと楽しそうに笑う。

 テールランプが赤い尾を引き、メタリックブルーの車体が唸りを上げた。ジョルジュ作成の《ブラストエッジ1203》が先頭集団に食い込んでいく。さすがの性能だ。

 まだ序盤。巻き返しは後でもできる。どこを勝負所に据えるかが重要だ。

「ぬおおおおっ!」

「うわ!?」

 リィンを退かすように、マキアスが猛スピードで走行してきた。もはや突撃だ。《グラスオブダークネス》だったか。無駄にウィリーを決めながら、アンゼリカさえ抜かして一気にトップに躍り出る。

 そして一つ目の障害、砂場エリアに入った。

 わかった。クレア少佐だ。彼女もレースクイーンとして配置されていて、その砂場エリアに近い位置にいる。いいところを見せたいのだろう。

 マキアスがクレアへウィンクを飛ばし――直後、彼のバイクが爆発した。粉砕されたメガネと共に、黒煙に巻かれたマキアスはどこかへと飛んで行ってしまった。

「な、なんだ!?」

『あーっと、マキアス選手が早くもリタイア! トラップにかかっちゃいましたね!』

 実況席の役割らしく、トワがしっかりとアナウンスしてくれる。

『スピードを出し過ぎたのがあだになったかもしれません。いかがでしょうか 解説のジョルジュ君』

『え、うーん。この先も何があるかわからないし、ここは慎重に進んだほうがいいんじゃないかな? いや、なぜ僕がコメント役を……』

 同じく実況席でマイクの前に座るジョルジュは、どうやらトワに連れていかれたようだ。彼はトワから手渡された資料をめくると、

『えーと、なになに? ……あー、みんな聞いて欲しい。コース内の至るところに、戦術オーブメント式のトラップが仕掛けられているみたいだよ。ようするに属性アーツを利用した罠ってことだ。気をつけてくれ』

 どう気をつけたらいいんだ。

 対策する間もなく、リィンも砂場エリアに突入。砂利道で多少スピードは落ちるし、ハンドル操作も重くなったが、それだけだ。

 いや、視界の端に何かが飛んで――

「っ!?」

 反射的に右に避ける。蝶だ。炎の蝶。それらが無数に舞っている。

「教官!」

 ユウナが追いついてきた。

「ここ火属性アーツの《フレアバタフライ》が常時発動しています! 砂の中にオーブメントが複数埋められているみたいです!」

「わかるのか!?」

「スキャンしたので」

「ああ、そうだったか。今さらだがその機体はありなのか……?」

 ユウナの《エクセル=ソラス》は普通のバイクじゃない。《クラウ=ソラス》がバイクにトランスしたものだ。

 様々な能力はそのまま使えるらしいので、有りか無しかで言えば、無しの気がしないでもない。

「どわああ!?」

 後方でランディが爆発。炎の蝶がマフラーに入り込んだらしい。コースの外まで吹っ飛んでいく。

 容赦ないトラップだ。心血注いで作ったバイクが、あっという間にスクラップになってしまう。リィンは巧みな蛇行運転を繰り返し、砂場エリアを突破した。

 第一コーナーを曲がる。レースクイーンのアリサがスポンサーボードを持って立っていた。ボードに《ラインフォルト社》と書かれているが、夢の世界でスポンサー契約してるわけがない。なんのアピールなんだ。

「次のトラップ来ますよ! 水属性と地属性の反応ありです!」

 ユウナが教えてくれた直後、すぐにそのエリアに入る。

 急に車体が沈んだ。

「うっ、泥か!?」

 アーツで精製された粘性の高い泥水だ。タイヤが囚われたらそこで進めなくなってしまう。

「こいつは面倒だぜ、駆け抜けろ!」

 そう言って先頭に出てきたのはトヴァルの機体だ。エンジンを噴かし、豪快に押し進んでいく。

「わぷっ!? ち、ちょっとやめて下さいな!」

 トヴァルのちょうど後方にいたデュバリィ機は、巻き上げられた大量の泥をかぶって大きくバランスを崩した。

「おい! こっちにくんな!?」

 その煽りを受けて、アッシュ機も巻き込まれるようにクラッシュ。カトルが作った《ギルティバレット》が、見せ場もなく泥水に消える。

 トヴァルが鮮やかに友軍二機を始末した。遠くから顛末を見ていたエリゼの目が、人知れず険しくなる。

 その最中、アンゼリカとガイウスは危なげなく泥水を抜けていた。

 

 ●

 

 障害物がことごとくえげつない。

 たったの一周でマキアス、ランディ、デュバリィ、アッシュがリタイアしてしまった。

 しかしここからは二周目。仕掛けの内容はわかっているから対策が立てられる。

 アンゼリカとガイウスに後れを取っているが、巻き返しはここからだ。

 ロイドは《フェリちゃん号Ⅱ》のスピードを上げた。加速力は抜群。安定感もある。不安なのは名前だけだ。

「ロイド! これを見て!」

 コースの内側にいたエリィが叫んでいた。ボディラインの際立つレースクイーン姿が最高に似合う。色々なところがチラチラしている。無意識に力のこもった右手がアクセルスロットルを回し、機体にさらなる加速を促した。

 彼女が掲げるボードに何かが書かれていた。

 “一周目とトラップが変わっているわ!”

 高速で後方に流れていく景色の中で、かろうじて読み取った内容はそれだった。

「!?」

 前方に大きなジャンプ台が見えてきた。一周目はあんなものなかったはずなのに。

「さすがは何でもありの異世界レースか!」

「臆しましたか、バニングス!」

 泥まみれのデュバリィがロイドを追い抜かした。泥水エリアでクラッシュしたと思っていたが、転倒まではしていなかったようだ。それでもここまで持ち直してくる負けん気がすごい。

「これ見よがしなジャンプ台に馬鹿正直に付き合うなど愚の骨頂! 台の脇を抜けてはいけないというルールはありませんわばばばばあ!?」

 ジャンプ台を避けて走行したデュバリィ機に電撃が弾けた。

「雷のアーツが地面に発動してるぞ! みんな飛び越えていけ!」

 振り返る余裕もなく、指示だけを後続の仲間たちに飛ばす。

 ロイドは最高速度のまま、勢いよくジャンプ台を登る。重心を持ち上げ、豪快に跳躍。放物線を描いて中空を飛び、《フェリちゃん号Ⅱ》は電流エリアを越えた。

 続くスカーレットの《クリムゾンローズ》もジャンプ台を飛び越えてくる。軽量機の特性を活かした大ジャンプだ。

 さらに続くのはガイウスの黒馬だったが、ジャンプ台は使わず電撃が流れる地面を平然と駆け抜けた。

「蹄が絶縁体仕様なのか……?」

 蹄鉄は当然金属のはずだが、夢の中ゆえの特殊素材なのかもしれない。

「うおっ! ぬぐおおお!」

 逆に重量機のジンの《ぽむぽむベアー》はジャンプの高さが足りず、電撃エリアに落ちてしまった。しかし気合で耐えながら、無理やり突破してきた。

「きゃあああ!?」

 先行していたスカーレットの悲鳴。いきなり横殴りの突風にさらされて大きくバランスを崩し、横転してしまっている。

「次はなんだ!?」

 巨大扇風機がコース横に設置されていた。翠耀石の力で風属性アーツの力を生み出しているのだろう。

 威力が半端ではない。扇風というか旋風だ。

「ぐううううっ!」

 上半身を機体に押し付けて姿勢を低く保つ。少しでも風圧の影響を減らして、サイクロンエリアもどうにか切り抜ける。

 息つく間もない。今度は正面から火球が飛んできた。とっさにハンドルを切ってかわす。

「熱っ!?」

 コースの前方に砲台が五つ設置されていた。そこから吐き出されるのは、火属性アーツの《ファイアボルト》だ。

 初級アーツだが、ここまで連発されるときつい。バイクにとって火熱は天敵でもある。

 一周目にあった《フレアバタフライ》とは違い、狙いを定めて撃ってきている。避け切るのは難しい。

 こうなったら一気に駆け抜けるしかない。だがすでに速度は限界に達していた。

『ロイドさん、聞こえますか?』

「ティオか!?」

 腰部ホルダーの《ARCUS》にティオからの通信が入った。

『そのマシンには秘密の機能があります。それを使えばその状況を打破できるかもしれません』

「本当か! いったいどんな機能なんだ!?」

『その名も“フェリちゃんブースト”です』

「嫌な予感しかしない」

『《フェリちゃん号》の車体後部には液体燃料がパンパンに詰め込んであります。それを瞬間燃焼させることによって限界を超えた速度を叩き出すことができるんです』

「お、おお。すごいじゃないか!」

 そこまでのハイスピードなら、いかに砲台五台といえどもこちらを捕捉しきることはできないだろう。

『問題があるとすれば可燃性が凄まじいので、火の近くでの使用は厳禁ということくらいでしょうか』

「今から俺、火に向かっていくんだけど」

 なんならそれは《フレアバタフライ》エリアで、先に言っておくべきことじゃないのか。

 きっとまたフェリちゃん教官のアドバイスを『了解(ウーラ)』って聞いたに違いない。いやまあ、わかるけど。フェリちゃん教官のご指示は絶対なのだから。

 火球が連弾で発射された。無数の炎が尾を引いてロイド機に襲いかかる。

 ダメだ。回避できない。

「くそっ! フェリちゃんブースト起動!」

 後輪の両サイドに噴射炎が爆ぜた。瞬間的に異常加速した《フェリちゃん号》が火球をすり抜ける。

 やった。いや、まだだ。正面から特大の火球が飛んできている。だが一つだけ。逆に速度を落として進路変更をすれば避けられる。

「ティオ! フェリちゃんブーストを切りたい。どうすればいいんだ!?」

『液体燃料を全て消費するまでブースト中断はできませんよ』

「どうしてそういう仕様にするんですか」

 フルスピードで爆炎の中に突っ込んでいく。豪快な火柱を上げて、ロイドは消えた。

 

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 ●

 

 一手に火球を引き受けてくれたから、おかげで道が開けていた。

 ロイドの大爆散を横目に、ヴァンは三周目へと入る。ファイナルラップだ。

「クラッシュリタイアが多過ぎだろ……!」

 味方で生き残っているのはヴァン、アーロン、ノエル、ジン、クロウ、リィン、トヴァルである。度重なるトラップのせいで半数近くが脱落してしまった。

「ヴァン!」

 アーロンが並走してきた。東方紋様の映える真っ赤な機体が、いかにも派手なこいつらしい。

「あのアンゼリカっての走り込みが半端じゃねえぞ。そろそろ抜かさねえと逃げきられるぜ!」

「わかってる! 別にこっちも手を抜いちゃいねえ!」

 数々のトラップは俺たちにだけ作動しているわけじゃない。アンゼリカに対しても障害として邪魔なものになっているはずだ。それでも彼女がいま全員の先頭を走っているのは、単純に運転技術が卓越しているからだった。

 さすがにガイウスは後続グループだが、馬に乗っていることをハンデとは思わせない程に食らいついて来る。

「おい、なんか変だぜ!」

「あ?」

 ヴァンとアーロンの姿が透けていく。すぐに察した。

「ステルスがかかってやがるな! 離れろ、アーロン! 接触すんなよ!」

「クソ厄介なことを……!」

 最後の周回だからか、上位三属性のトラップまで出してきたか。

 完全に見えなくなってしまった。走行音は聞こえるが、それだけで互いの位置を把握できるものでもない。

 ガンッと衝突音がした。

「ぐああっ!」

「アーロン!?」

 ステルスエリアを抜けたらしい。透明化が終わると同時、アーロンが何かにぶつかってクラッシュした光景が見えた。

 ジン機だ。アーロンはあいつのマシンにはねられてしまったのだろう。

「よくもうちのアーロンをやりやがったな……!」

「待て待て、わざとじゃない。俺も見えなかったんだ!」

 ジンのイメージにそぐわない可愛らしい車体は、レンとティータがデザインしたものだそうだ。だがジン仕様のためにボディはでかいし、出力もすさまじい。

 不意に前方の景色がゆがむ。渦を巻く力場が出現した。

「今度は吸い寄せられる……っ!?」

 ダークマターだ。《Xipha》規格にはない、初期頃に出回った《ARCUS》専用のアーツだったはずだ。

「負っけませんわー!」

 ものすごい速度で追いかけてきたのはデュバリィ機だ。一周目で泥水を受けて、二周目で電撃を食らい、それでもなおリタイアしていないとは。もはや執念だ。

「勝負事で後れを取るわけには行きませんわ! それが鉄機隊筆頭たるわたくしの矜持でばああ!?」

 ジンの《ぽむぽむベア》のシート後部からマジックハンドのパンチが飛び出し、真後ろに来ていたデュバリィの顔面を直撃した。バイクから吹っ飛ばされたデュバリィはコースを転がっていく。

「い、いくらなんでも非道だろ!?」

「ち、違う! なんかレンがレースに役立つオート機能を付けたとか言ってたが、これのことか!? 俺がやったわけじゃ――」

「どわあ!?」

 二発目のマジックパンチが後方に炸裂。今度は追い上げて来ていたクロウを吹っ飛ばした。さらにクロウは後続のトヴァル機にもはねられる。

「一度ならず二度までも……見下げ果てたやつだな! 教会から外法認定されちまえ!」

「レン! なんとかしてくれレンーっ!」

 カーブが迫る。《ダークマター》がいくつも進路上に出現した。

 マシンを地面すれすれまで傾けて曲がりつつ、重力の球体を避ける。リィンとノエルも同様に続く。ユウナはマシンの前面にバリアを張っていた。一人だけずるいヤツがいる。

 最後の直線。やはりアンゼリカに先行される。

「ちくしょう! このままじゃ追いつけねえ!」

「ヴァンよ! そのマシンには加速機能があったであろう! それを今使わずしていつ使う!?」

「そ、そうか! 失念していました! ありがとうございます、師父(せんせい)!」

 ……師父?

「せ、せんせいいい!?」

「前に集中せぬか!」

 後ろに撫でつけた獅子のごとき白髪に、豊かな口ひげ。右目の眼帯と革ジャン。バイクにまたがっているのは自分の記憶にない姿だったが、だとしても見間違えるはずもない。

 聖杯騎士団、元第八位《吼天獅子》の名を冠するグンター・バルクホルンその人だ。

 この流れ、エレインの時にもあったような。

「ちっ! 幻影かミストマータ辺りか!? よりにもよって師父の姿を模すなんざ許せねえ!」

「おぬしの目に、私は偽物に映るのか?」

「う、うぅ……」

 本物だ。理屈じゃない。まとう雰囲気でわかってしまう。やばい。動揺が運転に出る。

「今は先にやるべきことがあろう。話はちゃんと後でする」

「っ! わかりました!」

 全ての疑問はいったん頭の外に締め出し、ヴァンはアクセルグリップの付け根にある青いボタンを押し込んだ。

 ターボチャージャーシステムはピックアップトラックの名残だ。オーバルギア・ギガントにも採用されていたものが、このバイクになっても引き継がれている。

 大加速。大量の土煙を巻き上げ、アンゼリカ機を猛追。観客たちの興奮。レースクイーンたちの声援。

 ラストストレート。アンゼリカも速度を上げた。ゴールが近づく。二機が並ぶ。気合で駆け抜ける。

「うおおおっ!!」

 わずか、ほんのわずか――先に機首がゴールラインを越えたのはヴァンの《ナイトブレイカー昇天》だった。

 二着がアンゼリカ、そこからノエル、リィン、ユウナ、ジン、トヴァルという順位となった。むしろ完走できたのがこれだけだ。

「ふう……いや、いい勝負だった。最高だね」

 速度を緩めながら、アンゼリカが近づいてくる。

 霧は晴れていない。

 俺たちが勝つことが条件ではない? しかし彼女は最高だと言っている。勝敗の結果ではなく、全力を尽くしたかどうかに価値を見出す性格のようだ。であれば望みも叶っていそうなものだが……。

 蹄の音が通り過ぎていく。

「ん? おっと、忘れてたな」

 ガイウスだ。最後に彼がゴールラインを越えた。馬で参加したのは謎だが、それでも走り抜いたのは健闘と言えるだろう。

 だがなぜか止まらない。コースをはずれて、サーキットの壁に向かって駆けていく。

 すると壁の一部が勝手に開いて、奥へと続く入口ができあがった。外に繋がっているのか?

「よくわからんが、誰か追い駆けろ!」

 ヴァンのバイクは停まっている。今から走り出しても間に合わない。

「あたしが行きます!」

 ユウナの《エクセル=ソラス》が急加速した。タイヤを機体の中に収納し、ウイングボードみたいになって滑空している。最後に強く言わせてもらうが、やっぱあれバイクじゃねえよな!

 早い。一瞬で黒馬に追いつき、ガイウスが振り返り――右手をユウナに向けてかざした。その中指にはめられていたリングが光り輝く。

「え? きゃああ!?」

 瞬間、《エクセル=ソラス》――いや、《クラウ=ソラス》が消えた。つかめるものを失い、ユウナは中空に投げ出される。

「おや、ガイウス君は《アンドヴァリの指輪》を使ったようだね」

「アンドヴァリ……?」

「異能より生まれし力を消失させる、《王》から賜わった反転の輪だよ」

 アンゼリカは事情を知っているらしかった。

 もっと詰問したいが、ガイウスを見失うのはまずい気がする。

 ヴァンは再び《ナイトブレイカー昇天》を走らせた。ガイウスが消えた入口を通り、その後を追う。

「こ、こいつはなんだよ……!?」

 通路を抜けて驚愕した。

 霧に覆われた大空と広大な草原。それらがどこまでも続いている。

 ミシュラムエリアの中にあったカジノエリアと同じだ。今までいたサーキットエリアは、この果てない大草原の中に存在した一施設だったのだ。

「……ノルド高原だ」

 遅れること少し、追いついてきたリィンがその光景を見てつぶやいた。

「ヴァン、間違いない。ここはノルドエリアで、夢の主格者はガイウスだ。アンゼリカ先輩じゃない」

「そう言われてもよ……」

 何をどう攻略すればいいんだ。

 過去最大級のメインエリアを前に、ヴァンはただ立ち尽くした。

 

 

 ――つづく――

 

 

 




 水と炎は消し合う約定。風と土は混ざれぬ境界。光と闇は背中合わせ。

 万物は相反しながら存在し、流転しながら重なり合う。

 ならば狭間にいるものはどう在ればいい。覆らぬ矛盾を抱えた世界で、盾にも矛にもなれぬものはどう在ればいい。

 霧だけが曖昧なまま、夢の鎖に私を繋ぐ。

 異なりの烙印を消すは、呪いの指輪の昏光のみ。

 君の目に私は愚かに映るだろうか。黄金の消失を望まないこの私を。

 本当はわかっている。

 複雑に絡み合う世界は、これ以上ない程に単純だということを。

 ただ一つの理解さえあれば、それだけで私は救われるのに。
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