黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第31話 散らばった世界のカケラ

 眼前に広がるのは霧の漂う大草原。リィンはノルド高原だと言った。

 エレボニア北東部、アイゼンガルド連峰を越えた先に広がる高原地帯で、帝国史を語る上では決して外すことのできない重要な場所だ。

 縁は帝国の方が深いのは明らかなのだが、共和国も領有権を主張しているため、カルバード人であってもそれなりに話題に挙がる土地でもある。

 そのノルド高原を故郷とし、旧トールズⅦ組のメンバーであり、現在の聖杯騎士団第八位を務めるのが、この第六エリアの主格者であるガイウス・ウォーゼルなのだった。

「第八位……ね」

 師父(せんせい)から聖痕を受け継いだ青年か。さらには師父が命を落としたと思われていた地の創造。どうしても巡り合わせを感じてしまう。

 サーキットエリアはノルドエリアの一施設。ミシュラムエリアとカジノエリアのような関係だった。しかしその規模は比較にさえならない。

 霧のせいで遠くまで見通せないが、相当な面積を誇っているのは確実だ。

 無論、この光景に驚きはした。だがそれよりも恩人たるグンター・バルクホルンが生きていたことのほうが、ヴァンにとっては驚愕の事実だった。

 なんで……教えてくれなかったんだ。事情があったのは察するが、それでも。

 バルクホルンはワジと話している。聖杯騎士団であれば、当然旧知の間柄なのだろう。

 そこはかとなく不満げに眺めていると、視線に気づいたらしく、彼はこちらに歩み寄ってきた。

「そうむくれるな。存命を伝えなかったことが不義理であるのは、自分でも承知しておる」

「バルクホルン師父……俺は」

「ベルガルド・ゼーマン。それが今の私の名だ」

「わかりましたよ……ベルガルド師父」

 単なる偽名ではなく、過去の名前は捨てたかのような印象を受けた。

 数年前にこのノルド高原で何があったのか詳しくは知らないが、いずれにせよ彼は生きていて、こうして自分の前に姿を現してくれた。たとえ異世界であっても、それで十分だ。

「うそ……あんなにもヴァンが素直だなんて……!」

 エレインが愕然としていた。まともに立っていられないくらいにショックを受けて、アニエスに肩を支えられている。失礼なやつめ。

 続々と他のメンバーも通路を通ってノルドエリアに出てくる。三十人近い総勢がそろったところで、サーキットエリアとつながる扉が勝手に閉じてしまった。

「おい、マジかよ。開かねーぞ!」

 アーロンが押しても引いても、扉はぴくりとも動かない。

「どいてどいて、ボクたちに任せてよ。ね、アーちゃん?」

「はい。やってみますが……」

 ミリアムとアルティナが扉の前に立った。あの巨大な戦術殻でこじ開けるつもりだろう。

 まずアガートラムが召喚され、続いてクラウ=ソラスが――召喚されなかった。

 自らの手を眺めるアルティナ。

「クラウ=ソラスが呼べません。私との同期も切れています。存在が感じられない……」

「もしかしたら、《アンドヴァリの指輪》の力かもしれねえな」

 ヴァンは言う。

 あの指輪をガイウスが掲げた途端、クラウ=ソラスがトランスしていたユウナのバイクは消え去った。アンゼリカの言葉を拾うなら、“異能の力を消失”させるものだという。

 仮にエリアを攻略したところでクラウ=ソラスがアルティナの元に戻るのかは、誰にもわからなかった。

「三十人でのピクニックだ。霧も出てるし、はぐれねえように行くぞ」

 一定間隔の距離を保ち、慎重に幻影のノルド高原を進む。

 ヴァンの前にはベルガルドがいた。

 あの頃と変わらない大きな背中。

 ベルガルドには1208年の記憶があるそうだ。しかし自分たちに記憶の拡張は発生していない。

 つまり《ロア=ヘルヘイム》には“アークライド事務所に雇用された仲間枠”ではなく“ヴァンとの縁で呼ばれた同行者枠”――レンやエレインと同じグループということになる。

「……まあ、師父を俺が雇うとか恐れ多いしな」

 だが今回は新規の拡張がないせいで、ジュディス加入時の記憶のままで止まっている。

 だから龍來(ロンライ)からの帰りで、首都高があれだけ渋滞していた理由はわからないままだ。あの渋滞に妙な胸騒ぎを覚えてしまうのはなぜだろうか……。

 師父の記憶は龍來に車で向かう俺たちと、バイクですれ違ったところまでだという。

「記憶の拡張が発生しなくて良かったですね」

 そう言ってきたのはアニエスだった。いつの間にか俺の横にいる。

「なんでだよ?」

「だってバイクの運転中にあの頭痛に見舞われていたら、絶対事故を起こしてましたよ」

「ああ、確かにな……」

「あと気がかりなことがあります」

「言いたいことはわかってる」

 アニエスも気づいていたらしい。

 そう。異能なる物質を消失させたのが、ガイウス・ウォーゼルの有するリングであるならば。

「俺たちからゲネシスとメアを奪ったのも、あの《アンドヴァリの指輪》の力かもしれねえ」

 

 

《――★第31話 散らばった世界のカケラ★――》

 

 

 しばらく進むと、柵に覆われた50アージュ四方の区画があった。柵の一部は開くようになっていて、そこから中に入る。

 その区画の真ん中に小屋があった。木材のみで作られた簡素な小屋だ。

「……人の気配はないな」

 リィンが言う。彼の他に数名――リーシャやラウラ、ジンなんかの“気配を読める人”たちの意見も同じだった。

 魔獣の息遣いも、監視の視線も、何者かの敵意も、一切何も感じないという。危機予測に関しては、つくづく便利なやつらだ。俺も一応できるが……少し種類が違う。

「俺とシュバルツァーで小屋の中を探索する。構わねえな?」

「もちろんだ」

 少人数の方が良い。ヴァンは腰のスタンキャリバーに手掛け、リィンも鞘から太刀を抜いた。

「あたしとロイド君で小屋の周りを調べてみるわ」

「他の皆は周囲の警戒を頼む。柵の外に異変がないかも注意をしておいてくれ」

 チームリーダーのロイドとエステルで二手に分かれ、小屋をそれぞれで左右から回り込む。

 ヴァンとリィンは小屋の中に足を踏み入れた。煤けた床がぎしりと軋む。

 間取りはシンプル。入ってすぐはラウンジだ。年季物の丸テーブルと椅子が設置され、壁際にはハンモックが吊り下げてあった。

「ヴァン、テーブルの上だ。何かある」

「ああ。これ見よがしにな」

 敷き紙に乗った綺麗な球が、卓上に置かれていた。宝玉と呼ぶにふさわしい輝きを放っている。

 こんこんと指先でつつく。ひんやりとして硬質な触感。ガラス細工のようでもあった。何かのトラップではなさそうだ。

 ヴァンが宝玉を手に取った時、ロイドの声に呼ばれた。

「聞こえるか、ヴァン。こっちに来てくれ」

 リィンと顔を見合わせ、急いで外に出る。

 小屋の裏手に回ると、ロイドとエステルに挟まれる形で、二つの石碑が立っていた。

 ひっそりとたたずむ大小の石碑には、大きい方には“太陽の石碑”、小さい方には“月の石碑”と刻まれている。

 太陽の石碑には九つの水晶がはめ込まれており、月の石碑にはくぼみが一つだけ空いていた。

 

【挿絵表示】

 

 エステルが気づく。

「あ、太陽の石碑に文字が記されてるわ。えーと――」

 

《自然と共に季節は巡る。

 雷は春を呼び、雨は夏を招き、風は秋を誘い、地を覆う雪は冬を導く。

 失われた全ての輝きを取り戻し、我の内なるを見出せ》

 

「どういう意味かしら……。捜査官の推理としてはどう? ロイド君」

「その前に、ヴァン。その手に持っている球は小屋にあったものだな。そこに納めてくれないか?」

「まあ、だよな」

 言われるまでもなく、試そうとしていたことだ。

 月の石碑のくぼみに、ヴァンは宝玉をはめ込んだ。ぴったりだ。

 すると太陽の石碑側に変化が起こった。九つある水晶の一つに、じんわりと光が灯る。

 さらに月の石碑側にも文字が浮かび上がってきた。

 

《全ては春から始まりし運命。諍うことなく歩を進め、九つに分かたれた世界を繋げ》

 

 ロイドは二つの石碑の文章を見比べると、自分の見解を述べた。

「太陽の石碑の水晶は九つ、季節や自然に関するワードも九つか。……おそらくそれらの自然を司るエリアが九つあって、そこには月の石碑と宝玉が隠されているんじゃないか? この場所みたいに」

 すなわち春、夏、秋、冬、雷、風、雨、地、雪である。

「俺もそこに異論はねえ。手に入れた宝玉をそれぞれの月の石碑にはめ込めば、この太陽の石碑に光が宿っていく――という感じか。いや、一つ使ったから残りは八つだな。……太陽の石碑側にある“我の内なるを見出せ”は?」

「我というのはガイウスのことだろうけど、これ以上の推測は難しい。リィンはどうだ?」

 旧友であるリィンは、しかし彼も首を横に振った。

「俺にもわからない。だがこの様子だと月の石碑に宝玉をはめ込んでいく度に、新たな文章が浮かび上がってきそうだ。そこからガイウスの望みに迫って行くのが最適なやり方だと思う」

「そうね。最終的にはやっぱりガイウス君に繋がっているはずだわ。それに見てよ、あたし達の格好を」

 エステルはレースクイーンの姿のままだ。ポーズを決める彼女は何とも健康的だった。ヴァン、リィン、ロイドもレーシングスーツから変わっていない。

「服が戻ってないのよ。これってレースは続いてるってことよね? 今がまだレースの最中、あるいは延長であるなら、まずは彼に追いつくことが必須条件じゃないかしら」

「ああ、納得だ。……よし、全員聞いてたな?」

 ヴァンは後ろに振り返る。各チームのメンバーがそろい踏みだ。

 やることは決まった。

 残り八つあるであろう月の石碑を探し出し、同時に宝玉も手に入れる。

 その宝玉を月の石碑にはめ、太陽の石碑の水晶を全て輝かせる。

 そうすれば何が起こるのかは不明だが、ガイウスの望みを知る手がかりにはなるという見込みだ。

「いずれにせよ、このノルド高原の広範囲探索は避けられねえってことか。動くにしても班分けしたほうが良さそうだな。さてどうするか――」

「おい、ヴァン。質問だ」

 アーロンが言った。

「今から石碑と宝玉を探しに出回るって理解でいいのか?」

「そうだ」

「自然や季節を象徴する区画があるっつー話だよな?」

「バニングスの推測ではあるけどな。それがどうした?」

「オレは春だ。春エリアがいい」

「お前、楽しようとすんじゃねえよ!」

 この野郎、いけしゃあしゃあと。

「寒いのが嫌いなんだ、オレは」

「じゃあ夏だ! 行ってきやがれ、夏エリアに!」

「夏はあちぃだろうが!」

「ふざけんな、もうあれだ! てめぇは雷エリア一択だ!」

 ヴァンとアーロンが揉める。

 いきなり二人の脳天に空から雷が落ちた。比喩ではなく本物の電撃だ。仲良く地面に倒れ込む。

「んだよ……痺れ……」

「う、クソが……」

「ああ、もしかしてこういうことか?」

 リィンは月の石碑の一文を指さした。

「“諍うことなく歩を進め”ってあるだろう。きっとケンカをするなって意味だ」

「ちっ、主格者のルール設定かよ。なんでまたそんな面倒な決め事を……ガイウスってやつは博愛主義者か?」

「そういうわけじゃないが、争いを好まない性格なのは間違いない」

 よろよろと体を起こすヴァンは、ぎろりとアーロンをにらんだ。

「おいこら、アーロン。おめぇに言いてえことがある」

「奇遇だなァ、オッサン。オレもだ」

 にらみ合いは一瞬、二人はがっと強い握手を交わした。

「大人気ない俺が悪かったぜ、アーロンくぅん!」

「オレが聞き分けのないガキだったぜ、所長殿!」

 天に向かって仲良しアピールだ。電撃二連発は嫌だった。

 唐突に地面から光が立ち昇ってくる。

「な、なんだ!? 警戒しろ!」

 ヴァンがそう言う間にも、光は瞬く間に柵の中いっぱいに広がる。

 警戒のしようもなく、全員が虹色の輝きに包まれた。

 

 ●

 

 さっきの光は強制転移のそれだったらしい。視界を埋める光が収まった時、眼前に広がっていたのは、今までとはまったく異なる景色だった。

「ジュディス、こっちに来て」

「何か見つかったの?」

 リーシャに呼ばれ、ジュディスは彼女の元に歩き出す。

 そこは緩やかな風が吹く丘陵地帯だった。漂う薄霧さえなければ、開放感のある原っぱでさぞ見晴らしのよいことだろう。

 草を踏みつつリーシャの後ろについていくと、一緒に転移されてきたメンバーもそろっていた。

 オリヴァルト、フィー、ロイド、ジンだ。

 辺りを散策していて、この場所を発見したという。

「風車小屋? こんなところに……」

 転移前の区画にあった小屋よりも二回りは大きく、屋根には四枚羽の立派な風車がついている。だが肝心のその風車は回っていなかった。

 ロイドが言う。

「実は月の石碑と宝玉も、もう見つけたんだ。石碑は小屋の中にあって、宝玉はそこの中だ」

「そこ?」

 彼が示したのは、風車小屋のそばにある石造りの井戸だった。

 ジュディスがのぞき込んでみると、奥底にきらりと輝く宝玉が見えた。

「いや、でも取れないわよ。底まで10アージュ以上あるでしょ。潜るにしたって、何が出てくるかもわかんないし」

「潜るつもりなら私の鍵爪を貸すわ」

「潜るのは危険って言ったつもりなんだけど」

 時々天然が顔を出すリーシャだ。しかし潜るとなれば、確かにワイヤー付きの鍵爪は必須アイテムではある。

 オリヴァルトが首をすくめた。

「ちなみに小屋の中に仕掛けらしきものはなかったよ。ごく一般的な風車の作りだった」

「となると怪しいのは、やっぱり風車自体かな」

 オリヴァルトの言葉を継ぐと、フィーは依然として回らない四枚羽を見上げる。

「そうね、わざわざこの場所に飛ばされたんだもの。何かしらの意味はあるでしょうね」

 相槌を返しつつ、ジュディスはこのエリアの特徴について思考を巡らせた。

 転移させられてから、絶えることなく吹いている悠久の風。しかし風を動力とするはずの風車はぴくりとも動かない。

 これほどキーワードに風という単語が出てくるのだから、ここはほぼ間違いなく風エリアだろう。少数編成で転移させられるとまでは思っていなかったが――ロイドの予想は的を射ていたわけだ。

 そして風エリアなのであれば、やはり風車にヒントがある気がする。

「ちょっと風車を回してみる? 見落としている仕掛けがあるなら反応するかもしれないわ」

 そう言うと、リーシャが不思議そうに聞いてくる。

「回すって……あんなに重くて大きい物をどうやって?」

「人力でだけど。ジンさんもいるし、いけるんじゃない?」

「え、俺?」

 ジンにみんなの視線が集中した。

 

 ●

 

 カトルは困っていた。

 ジョルジュは石材にノミを打ち立て、彫刻を掘っている。

 アルフィンは画用紙いっぱいに絵を描いている。

 ワジは何だか変なポーズを取っている。

 スカーレットは石を積み立て、奇妙なオブジェを作っている。

 ユウナは落ち葉を拾い集めて、髪飾りに変えている。

「……僕、どうしよう」

 カトルだけが手つかずのまま止まっていた。

 おずおずと顔を上げる。視線の先で、小柄な女性が憮然として腕組みをしている。三白眼が印象的な彼女は、クララという名前だそうだ。

 元トールズの卒業生で、美術部の部長を務めていた人らしい。クララ・ヴォーチェといえば、帝国では名の知れた彫刻家なのだとか。

 主格者であるガイウスが生み出したであろうその幻影のクララこそが、この石切場の番人だった。

 石切場は実際にノルド高原にある場所だという。無造作に、しかしどこか均整を保って積み重ねられた石材の数々が、その名の由来だ。

「強行突破……はダメかな、やっぱり」

 月の石碑はクララが腰かけているそれで、宝玉も彼女の手の中にある。

 宝玉を引き渡す条件としてクララから提示されたのは、『私を満足させる芸術を見せろ』であった。

 草木の彩は陰りを見せ始め、赤茶色の落葉が足元に散っている。そして“芸術”のキーワードが示す通り、ここは秋エリアなのだろう。

 芸術といっても様々だ。だからそれぞれが思うところの芸術アプローチをするのだが、カトルは何も思いつかなかった。

「困っているのかい、カトル君」

 ワジが声をかけてきた。

「ええ、まあ。僕は工学専門ですから、芸術って言われると勝手が違うもので」

「設計図面は引くけど、デッサンをするわけじゃないって感じかな。わかる気がするよ」

「ところでワジさんのそのポーズはなんなんですか?」

 斜め四十五度からの目線。ファッション雑誌の表紙を飾りそうなスマートなモデル立ちだ。

「僕自身を芸術にしてみたらどうかと思ってね。本当はロイドと共同でやりたかったんだけど」

「共同?」

「ふふ、そこが気になるのかな。興味津々のお年頃なんだね」

「ちょっと意味がよく……」

「でもそろそろ作品は形にしておいたほうがいい。彼女の同期であるジョルジュが言うには、あのクララという人は相当な変わり者みたいだよ」

「異様な凄みは感じますけど……変わり者って、どこがでしょうか」

「なんでも不出来な作品を提出しようものなら、問答無用で服を脱がしにかかってくるとか」

「狂人の域じゃないですか……」

 そんなこと絶対されたくない。されたら困る。

「ど、どうしよう。僕、まだ何も思いつかなくて……」

「対象があれば絵くらいは描けるかい? 僕をモデルにするのはどうだろう」

「それは――」

 ありかもしれない。ワジの肉体は華奢だが、その実よく鍛えられている。古今東西、美しい筋肉はそれだけで芸術だ。

 人体工学にも多少は携わっている。そういう意味での絵なら描けると思う。

「ぜひお願いします!」

「うん、任せて。僕とカトル君の仲だからね。一肌脱がせてもらおうか」

 まだそこまで深い仲じゃないような。どうしてワジさんは僕によくしてくれるんだろうか。

「さ、ポーズは自由に指定してくれて構わないよ」

「えっとじゃあ……まず服は脱がなくていいです」

 

 ●

 

「ここ、絶対冬エリアですよね……」

「はい、むしろ氷ですね……」

 ミュゼとクレアがガタガタ震えている。

 氷柱が連なる洞窟の奥。しんとした静謐な空気が耳に痛い。強制転移で飛ばされたそこは、マイナス30度の氷結世界だった。

 他に転移してきたメンバーは、マキアス、ユーシス、ヨシュア、アッシュである。

 男たちは今、目の前の巨大な氷壁に、各々の武器を突き立てている真っ最中だ。

 マキアスがショットガンを放つが、氷壁の表面を幾ばくか削っただけに終わる。甲高い銃声が空しく反響した。

「う……硬すぎるだろ……ただの氷じゃないのか?」

 かちかちと歯の根を鳴らしながら、マキアスはその氷の壁に封じられた月の石碑を忌々しげに見やった。

「宝玉は簡単に手に入ったのに……そう上手くは事が運ばないな」

 さすがにこの寒さはヨシュアにも堪えるようで、二刀を振るう動きも鈍い。

 宝玉は普通に氷壁の前に転がっていた。しかしそれをはめる為の月の石碑が氷のさらに奥なのである。

 アッシュが武器を落とした。ギミックの組み込まれた鎖鎌が、がらんがらんと音を立てる。

「くそっ、手の感覚が失せてきやがった……」

「ヨハン! あ、いやアッシュ……大丈夫かい」

「……別に大したこたねえ」

 差し出された手を借りず、アッシュは一人で立ち上がる。微妙なぎこちなさがあった。

 一方のマキアスとユーシスは、どうにか氷を砕けないか色々試していたが、

「だ、ダメか。クレア少佐の前で無様な恰好だけは見せたくないのに……」

「今までも散々な無様を見せてきただろう。無駄口を叩かず、どうにかする方法を考えるがいい」

「言ってくれるな。君が魔導剣に火属性のクオーツを装備していたら、それで済んだ話かもしれなかったんだぞ」

「結果論の無い物ねだりだ。お前こそ、とっととメガネからビームを撃て」

「撃てるか!」

 口論に発展しかけ、「お二人とも諍いは――」とミュゼが仲裁しようとしたところで、ズドンと雷が落ちた。

 洞窟内にも関わらず落雷に打たれ、マキアスとユーシスは倒れた。ちょっと焦げている。

「うーん、困りました。チームとして仲良くして頂きたいところなのですけど」

 ミュゼが伏した二人をツンツンつついていると、クレアが不思議そうに言った。

「私の知る限り、マキアスさんとユーシスさんの仲は良好なはずですが」

「ケンカするほど仲が良いを地で行きますから、このお二方は。ちょっとした言い合いがコミュニケーションみたいな感じでしょうか。殿方の友情って良いですよね」

「ですがノルドエリアのルールに触れてしまうのは考えものですね。アッシュさんとヨシュアさんもどこか互いに遠慮しているようですし……」

「そちらもそちらで色々あるのでしょう。せめて私たちは仲良くしましょう、クレア少佐」

「ええ、ミュゼさん」

 頭脳担当の二人は打開策を考える。しかし冷気にさらされたままでは、まともな思考も巡らない。

 ミュゼはしゃがみ込む。唇にはチアノーゼ症状が出ていた。

「これは厳しいかもしれません。長い間ここに留まるのは命の危険があります。ですが洞窟をどう抜ければいいかもわかりません」

「私も同じく……」

「《氷の乙女》なのに寒さに弱いんですか?」

「氷耐性があるわけではないので。せめて炎系の攻撃アーツが使えれば……水系の補助アーツをメインで装着したのは失敗でしたね」

「《氷の乙女》設定にそこまで忠実にならなくても」

「そういうわけじゃありません。あと設定じゃないです、設定じゃ」

「あん、怒らないで下さい。私たちにも雷が落ちちゃいますよ」

「はあ、血色は悪いのに元気ですね……」

「若さのおかげでしょうか?」

「………」

「あの、無言で銃の残弾数えるのやめて頂けますか?」

 

 ●

 

「あちい……結局オレが夏エリアかよ。こうなってくると冬エリアが良かったぜ……」

 照りつける太陽の下、アーロンが気だるそうにぼやく。

「ま、猛将はこんくらい暑いほうが猛るんだろうけどな?」

「だから猛将じゃ――もういいけどさ」

 エリオットはダウン寸前だ。

 霧もあるのに夏の陽光も差すという奇妙な気候だった。本物の霧ではないからだろう、水気も湿度もまったく感じられない。

「暑いですわ……」

「暑いですね……」

「あーつーいー」

 デュバリィ、ノエル、エステルの言葉も、『暑い』の一言だけになってしまった。

 額に滲んだ汗の粒が頬をつたい、ぽたぽたと足元に落ちていく。

「ん? つーかアンタは平気な顔してんな。暑さには強いのかよ?」

 アーロンにそう言われて、ヴィータはかぶりを振った。

「まさか。嫌いよ」

「いや、強いか弱いかを聞いたんだけどな……あん? なんかアンタのとこだけ涼しいような……」

「ああ、私の周りには微細な氷を含ませた風を舞わせているから。アーツの出力を調整してるのよ」

「はあ!? オレらにもしてくれりゃいいだろうが!」

「あのねえ、これ結構集中力使うの。暑い上に疲れたら、すぐバテちゃうでしょ? 魔女の術ならもっとやりやすいんだけど、異能扱いで《アンドヴァリの指輪》に消されるのは勘弁だし」

「わがままなヤツだろ、アンタ。他人の意見を聞かなさそうだ」

「そのセリフはそのままお返しするわ、赤毛くん」

 夏エリアに飛ばされた攻略チームはこの六名だ。

 冷風を求める女子組は、こぞってヴィータの周りにむらがった。暑苦しいと嫌がるヴィータそっちのけで、引きはがされても無理やりにしがみついていく。

「あの輪の中に猛将は行かねえのか?」

「行っちゃダメでしょ、僕は」

「自分からは求めず、求められてこそ猛将か。さすがとしか言いようがねえ」

「そのフィルターいつになったら外れるのかな……。とりあえずもう中に入っちゃわない? ここで警戒していても始まらないしさ」

「同感だぜ」

 一同の眼前にあるのはゼンダー門だ。物々しい雰囲気を醸し出すそれは、ノルド高原南部に位置するエレボニア正規軍の重要基地の一つである。

 見える限り、他に調べられそうな場所はない。

 アーロンたちが正門をくぐろうとしたとき、いきなりゼンダー門全体が炎に包まれた。

「熱っ!? なんだァ……!?」

 たまらず引き下がる六人の耳に、男たちの野太い掛け声が聞こえてくる。

『ソイヤッ! ソイヤッ! ソーレソレソレ! ソイヤッサーッハイハイ!!』

 門の上、基地の中。火炎に包まれる男たちが――否、漢たちが猛り踊っている。足を踏み鳴らし、太鼓を打ち鳴らし、その激しい舞いに合わせて、炎の勢いも増していった。

 彼らは第三機甲師団。ただし軍服は破り捨て、ふんどし一丁というスタイルだ。

 女性陣はわかりやすくドン引きするが、アーロンのテンションは上がっていた。

「ありゃあ《猛将の眷属(クレイジーブリード)》だよな! 《猛将列伝》に載ってたぜ。やべっ、本物じゃねえか!」

「感激するような光景じゃないからね、これ」

 エリオットの目が光を失う。

 漢たちの気勢は留まることを知らず、ゼンダー門はもはや焚火のごとく燃え上がっていた。

 

 

 ●

 

 

「高原の天気は変わりやすいものではあるが……ふむ、雨エリアということなのだろうな」

 容赦なく雨が叩きつけるテントの屋根を、ベルガルドは緩慢に見上げる。

 転移と同時に豪雨に見舞われ、どうなることかと思ったが、すぐ近くに遊牧民のゲルがあって助かった。

「タオルもあったぞ。体を拭いておきなさい。風邪を引いてはいかん」

「はーい」

 ベルガルドはミリアムに数枚のタオルを渡してやった。ミリアムはそれを、アルティナ、フェリ、ティオに回す。

「宝玉はどこにあるんでしょうね。月の石碑はありましたが」

 薄水色の髪を拭きながら、ティオがそう言った。

 全員の視線がそこに重なる。月の石碑はこのゲルの中心に設置されていた。

 一応全員でゲル内を捜索してはみたものの、肝心の宝玉までは見つからない。

「雨足が弱まる気配はありませんが、宝玉探しはやっぱり外でするしかなさそうです」

 フェリはゲルの入口から外の様子をうかがっている。

 それを後ろから眺めながら、アルティナが嘆息を吐いた。

「せっかく体を拭いたのにまた豪雨の中ですか……。雨粒が痛いという経験は初めてかもしれません」

「ガーちゃんを大きな傘にトランスさせるとかどう? それなら濡れないでしょ?」

「やめたほうがいいかと。遠隔でも《アンドヴァリの指輪》が使われるなら、アガートラムまで消されかねません」

「クーちゃんはまだ戻らない?」

「残念ながら、クラウ=ソラスとの同期は切れたままです」

 アルティナとミリアムのやり取りから、あの戦術殻の話らしい、とベルガルドは顎ひげをしゃくった。

 アガートラムのサーチ機能を利用すれば、この雨でも手がかりくらいは拾えるかと内心で期待していたが、異能の力と認定された以上は無理な相談らしい。

「目を閉じてどうしたんですか? 眠いんですか?」

 あぐらで瞑想するベルガルドの元に、フェリが心配そうにやってきた。

「そういうわけではない。状況の打開策を考えていたのだ」

「やっぱり頼りになりますね。ヴァンさんのお師匠でしたか。師父(せんせい)って呼ばれていましたし」

「うむ、一時期面倒を見ておった」

「ヴァンさんの昔の話が聞きたいですっ」

「私はヴァンの今の話を聞きたいがな」

 良い仲間に恵まれているようだ。かような異世界に取り込まれながらも、中心人物として動いているという。

 その成長をただ喜ばしく思う。

「この雨エリア攻略班ってさ、“おじいちゃんと孫”チームみたいだよねー」

「失礼ですよ、ミリアムさん。ベルガルドさんの素性は聞いたでしょう? すごい人なんですから」

 ミリアムをたしなめるアルティナ。ベルガルドは楽しげに笑った。

「爺と孫か。私は構わん。こんな孫たちに囲まれていたら、さぞ幸せであろうな」

 彼女たちは目配せすると、ベルガルドの周りにちょこんと座った。

「おじいちゃん、肩凝ってませんか?」

「おじいちゃん、お小遣いちょーだーい」

「おじいちゃん、肩車して下さい」

「おじいちゃん、ご飯はもう食べましたよ」

 孫ムーブを連発してくるノリの良い少女たちだった。

「はっはっは、どれ、肩車くらいなら――伏せよ!」

 穏やかな口調から一転、戦士のそれへと挙動を変えたベルガルドは、ミリアムたちを床に押し付けた。

 ほぼ同時、鋭い刃風が頭上を擦過する。ずっぱりと切り裂かれたゲルの屋根が、どこかへ飛んで行ってしまった。

 確かに見た。今のは連結を解かれた法剣の一撃。しかも通常の刃幅ではない。太く、大きく、そして紅い(・・)

 まさか――

 

 ●

 

 暗雲が覆う空に、絶え間ない雷鳴が轟く。

「エマさん、お願い!」

 エレインが軽やかに敵の懐に潜り込み、ナイトソードを振り抜いた。その攻撃を追いかけるように、エマは光の剣を放つ。

 物理と魔法。タイミングを合わせた二連撃だったが、敵の体勢は崩れない。

「強い……!」

 エレインは剣を構え直す。

 飛ばされたのはノルド高原の監視塔。帝国正規軍の拠点の一つだというのは、エレボニアのメンバーが教えてくれた。

 カルバード方面を監視する役割も担う施設と聞いては、カルバード住まいの自分としてはいささか複雑な気分ではあるが――今はそんな感傷に浸る余裕もない。

 監視塔に隣接する発着場。装甲車や飛行艇が停留するこの場所に足を踏み入れた途端、侵入者用の迎撃システムが作動した。

 現れたのは戦車のキャタピラの下半身と、機甲兵の上半身が組み合わさったような半人型機械兵器。胸部には《tanker=Thor》との刻印がある。《タンカートール》というのが、この兵器の名前なのだろう。

 わざわざ戦う必要もない。いったん迂回路を取って監視塔内部を調べるつもりだったが、そこ(・・)に気づいてしまったのだ。

「止まるな、エレイン!」

 エレインに向けられた《タンカートール》の腕部砲口を、飛び込んできたアガットが重剣で切り上げた。狙いの外れた銃撃が、エレインの後方を破壊する。

「すみません、助かりました」

「気い抜くなよ。あれさえ取れりゃあ、こんなヤツに用はねえんだが……」

 《タンカートール》の胸には宝玉が埋められていた。動きを止めずに奪えるとは思えない。倒すしかなかった。

 続けざまの連携攻撃。ラウラがキャタピラに横一線の斬撃を繰り出し、クロウが双刃剣でボディに連撃を仕掛ける。その隙をついて機体を駆け上がったリィンが、《タンカートール》の頭部に強烈な兜割を叩き込んだ。

「すごいわ。効いてはいる。でも……」

 傷はつけるが、決定打にならない。

 そもそも装甲兵器相手に、エマを除いては全員が近接武器のアタッカーなのだ。相性が悪い。ここまでやり合えているのは全員が一流だからに他ならない。

 《タンカートール》に異変が起きた。全身の装甲の隙間から稲妻がほとばしる。

「大技を出してくる気だわ。雷エリアの守護者らしく、やっぱり雷属性のようね」

 エレインは冷静に相手を分析した。腹部装甲にヒビが入ってる。内部に強い一撃を与えられれば勝機はある。

「私が一点突破する! みんなはサポートをお願い!」

 シャードブースト。霊子装片を背と足首に展開させ、光り輝く翼をまとう。

 《タンカートール》が全身から青白い雷撃を広範囲に放った。360度をカバーする攻防一体の武装だ。

 鋭敏に宙を滑空するエレインは、減速を一切しない直角軌道で荒れ狂う雷をかわす。こんな動き、長くはもたない。

 敵に最接近したその時、雷光の密度が増した。稲妻の隙間の幅が狭まる。このままだと雷に突っ込んでしまう。

「っ!?」

 いや、再び隙間ができた。雷撃が分散している。リィンたちがそれぞれの武器を一斉に放り上げて、避雷針の代わりにしてくれたのだ。

 シャード全開。最大速度。切っ先に全てを込めた《ナイツ・オブ・アステリア》が、《タンカートール》の装甲を穿ち抜く。

 さらにエマがアーツを駆動させた。虚空に広がった魔法陣から、高熱の炎柱が降り落ちる。《ゼルエル・カノン》に全身を包まれた《タンカートール》は大爆発を起こした。

「あの、あれ……宝玉は……?」

 エレインは降り注ぐ機械の残骸を眺めながらつぶやいた。

 ここまで派手に爆発するとは思っていなかった。リィンたちも焦って宝玉を探す。

『見つけたよ、これだろう?』

 その報告にとっさに安心し、同時にその声に違和感を覚え、誰よりも早くエマが警戒態勢に入った。

 噴煙の中から、悠然と一人の紳士が歩み出てくる。黒い霧に包まれたその手には、一つの宝玉があった。

「ガイラーさん……!」

『やあ、エマくん。ここで出会えるトは僥倖だね』

 狂い咲きの用務員の襲来に、エマは魔導杖を構えた。

「余計な会話をするつもりはありません。宝玉を渡してください」

『異なことヲ言う。そのためノ方法は君が一番よく知っているだろうに』

 ミストマータ・ガイラーの背後に雷が落ちる。爆ぜる雷光が彼の姿をいびつに歪め、魔の物としか言いようがないシルエットを浮かび上がらせた。

 

 ●

 

 しんしんと降り積もる雪原に、六人分の足跡が続いている。

 足が取られて思うように進めない一同の中で、シャードの足場を作るリゼットだけが雪上を滑るように先行した。

「――いた」

 足場を蹴って高く跳躍したリゼットは、眼下に逃げる目標を捕捉した。即座に銃を構えて、その進行方向に三発撃ち込む。

 目標の足が止まった

「どなたか取り押さえられますか!?」

 着地と同時にリゼットが叫ぶ。

 アリサとシャロンはまだ後方で追いつけない。セリーヌは寒さで動きが鈍い。

 リゼットの両脇から、エリゼとトヴァルが駆け抜けて前に出る。

「連携を取っていく! エリゼお嬢さん、俺とリンクを繋ぐんだ!」

「いやです」

「まさかの拒否!?」

 仕方なくトヴァルは単騎特攻。全員で追走していた目標――雪だるまの背後に回って首を羽交い絞めにする。

 手足つきで自由自在に動く雪だるまである。遭遇するなり散々に逃げ回ってくれたその雪だるまの左目が宝玉だったのだ。

「今だ、お嬢さん! 見せ場は譲るぜ!」

「別にそんなのいりません。欲しいのは宝玉だけです」

 エリゼの手が雪だるまに伸びる。

「あ、しまっ――」

「え? あぶっ!?」

 トヴァルの拘束を抜けた雪だるまの手が、エリゼの頬をフルスイングで引っぱたいた。

 雪にしりもちをついたエリゼの目に冷たい殺意が湧き、トヴァルを無言で見つめ返す。

 

【挿絵表示】

 

「く、くそう! 許せねえ、あの雪だるま! エリゼお嬢さんにこんな仕打ちを! 雪だるまめえっ!」

 どうあっても雪だるまのせいにしたいトヴァルは必死だ。

 その折、アリサたちが追いついてきた。

「どうしたの、エリゼちゃん!? 大丈夫?」

「トヴァルさんにやられました」

「またやらかされたのね? 本当にトヴァルさんは……!」

 《トヴァル・ランドナー被害者の会》の会長と副会長である。

「ここまで追い詰めて、雪だるまを逃がすわけにはいきません。皆様、こうなったら一斉攻撃で仕留めましょう」

 リゼットが小型ブレードを構えた時、逃走していたはずの雪だるまがこちらに振り返った。二体だ。

「あら?」

 言う間に雪だるまが、まるで地面から生えるようにどんどん増えていく。その数およそ三十体。それらの雪だるま達が、今度は逆に襲い掛かってきた。

「これは……さすがに多勢に無勢ですね。いったん退きましょう」

 全員で撤退。しかし雪だるまの群れはどこまでも追いかけてくる。

 リゼットは振り向き様に銃を撃つ。

 弾丸は雪だるまの眉間を貫いたが、すぐに雪で埋まってダメージは与えられていないようだった。

「単なる魔獣とも違うようです。倒せないとなると、なおさら戦闘は避けて宝玉だけを回収したいところですが……」

 チームメンバーは、リゼット、エリゼ、トヴァル、アリサ、シャロン、セリーヌだ。

 戦闘バランスは悪くないパーティなのだが、敵を倒すことが必須条件ではない以上、どう立ち回るのがベストなのか。

 それに《Xipha》持ちが自分だけなので、スクラム機能は使えない。

「ここって冬エリアなんでしょうか?」

 リゼットと並んで走るエリゼが言った。

「いえ、太陽の石碑には“雪”と“冬”がありました。こちらは見る限り雪エリアだと思います」

「冬と雪って一まとめにしてもいいような……」

「冬は季節で、雪は自然現象なのでしょう。冬エリアは純粋な寒さを強いられているかもしれませんね」

 雪だるまの数は増え続け、今や五十体を越えていた。

「とにかく落ち着ける場所まで逃げましょう。エリゼ様、体力はまだ残っていますか?」

「問題ありません。ユミル育ちで、雪には慣れていますから。トワイニングさんは?」

「やはりリゼットと呼ばれないとしっくり来ないといいますか……」

「今そこ重要ですか!?」

 

 ●

 

「なあ、ここって地エリアだと思うか?」

 ヴァンが半ばうわ言のように問いかけると、同じくうわ言のようにアニエスが答えた。

「地エリアというか砂エリアですよね……」

「砂エリアっつーか砂漠エリアだろ……」

 延々と続く見渡す限りの砂丘。ここでラクダでも登場すれば完璧だ。

 サルバッドの砂漠を駆け抜けた記憶ならあるが、ここまでの苦痛ではなかった。

 霧はあるのに、日差しが肌を焼くという謎の天候。逃げようのない極悪な暑さ。靴の裏から伝わる熱は、ステーキ屋の鉄板の上でも歩いているのかと思うほどである。

「でもヴァンさんってサウナ好きじゃないですか。この熱砂はダメなんですか?」

「わかってねえな。お前には今度サウナ道のなんたるかを教えてやる。こういう無秩序の灼熱とは似ても似つかぬものなんだぜ」

「おーい! お前らちょっとペース落とせ! お嬢がもう死にかけてんだ!」

 後ろから呼びかけてきたのはランディだ。その肩に体を預けるエリィは、ぐったりとしてすでに虫の息だった。

 

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「わ、たし、もう……無理……かも」

「ほれ、水飲め。うちのお嬢は肉体派じゃねえんだよ。砂漠なんざ初めてだろうしな」

 転移してまだ二十分と経たないくらいだが、異常な熱気のせいで一歩進むごとに体中の水分が失われていく。いくら砂漠とはいえ暑すぎるのだ。

 日陰は一切ない上、砂漠を想定した装備もない。携帯用の飲み物が少しあるだけだ。

「……ノルド高原にこんな砂漠地帯はないはずですけどね……」

 そう言いながら、ランディたちよりさらに遅れてきたのはクローゼだ。

 この五名が砂漠エリア攻略チームで、そして全員の限界が早くも近い。

 アニエスがクローゼに駆け寄った。

「大丈夫ですか? もう少しがんばりましょう。オアシスくらいどこかにあるかもしれません」

「あら? あそこの木にみずみずしい果物が……」

「あれは干からびたサボテンですよ! ヴァンさん、クローゼさんが幻覚を見始めています!」

 リベール王太女の最後が異世界の砂漠だなんて、冗談にもならない。

「くそっ、攻略の糸口さえねえってのがな……!」

 宝玉も、月の石碑も、その手掛かりになりそうなものも何一つ見つからない。

 まさかこの果てない砂漠のどこかに埋まってるとかなんてねえよな……?

 蜃気楼に揺らぐ砂の地平を、ヴァンは絶望の心地で眺めた。

 

 ●

 

「特に周りに異常はありません。ご気分はいかがですか?」

 一通りの見回りを終えたセドリックは、小屋の中へと戻ってきた。

 ロッキングチェアに揺られるシェラザードは、気持ちよさそうに伸びをする。

「ありがとう、セドリックさん。それにしても穏やかねえ。なんて過ごしやすいのかしら」

「おそらくここが春エリアなんだと思います。柵に囲まれたこの区画だけ温暖な気候ですし、向こうの木々にはライノの花も咲いていましたよ」

「ライノ……エレボニアの固有種だったかしら?」

「カルバードにもあるそうなので固有種というわけではありませんが、エレボニアの春の風物詩ではありますね。卒業と入学の象徴みたいなものでして、トールズ本校に続くトリスタの並木道はちょっとした名物なんですよ」

「満開の時期は見ごたえがありそうね。いつか案内してくれる? この子と一緒に」

「も、もちろんです」

 シェラザードは優し気に自分の腹を撫で、セドリックに微笑んだ。先日の立食パーティを経て、二人の距離は今までよりも近くなっていた。

「それにしてもやることがありませんね。このエリアの月の石碑には最初に宝玉をはめ込んでいますし」

「まあ、あとはみんなの帰りをまったり待ちましょう。今はそれくらいしかできないわ」

「確かに。……一応、もう一回りしてきます」

 ただ待つというのも落ち着かないものだった。

 リィンたちが転移して、もう二十分は過ぎたくらいか。

 小屋の外ではレンとティータが談笑していた。

「ねえねえ、アガットさんにあの時なんて言われたの? いい加減に教えてちょうだい?」

「ええ、ええ~、でもレンちゃんにならいいかな……。絶対内緒にしてくれる?」

「この通りよ」

「できればイエスかノーで答えて欲しいなあ……」

「私の目を見て。これが嘘を言っている目に見えるかしら?」

「だからイエスかノーで明言して欲しいんだけど……」

 仲の良い友人同士、おしゃべりが楽しそうだ。久しぶりの邂逅なのだろう。とはいえレンは1208年、ティータは1207年なので、見た目の成長度合いに若干の差はあるのだが。

「殿下」

 クルトが声をかけにきた。春エリアに取り残されたのは以上の五名である。この選定基準は謎だ。

「クルト……この前はセドリックと呼んでくれたじゃないか」

 立食パーティの終盤での出来事だ。

「あの時はなんというか……これが最期だと思っていたので……記憶も曖昧ですから、その」

「大げさだな。間違ってお酒を飲んで酩酊していたんだろう? でもしっかりと名前で呼んでくれたよ。証拠として日記にも書いておいたから」

「そこまでしますか……はあ、わかりました。じゃあ、えっと……セドリック」

「うんうん、それだよクルト! これからはそれで宜しく! ところで君も見回りをしてくれていたのかい?」

「はい、妃殿下もいらっしゃいますので、万が一があってはいけませんからね。とはいえやはり害意のあるものは特に発見できませんでしたが」

「同じく。……僕らも少し休憩しないか。その時間で親友の君にちょっとした相談があるんだけど、いいかな?」

「相談? なんでしょう」

「実はエリゼさんに好きだって言っちゃってさ」

「なるほど……は?」

 凍結するクルト。状態異常にかかってしまった。解凍カイロを使わねば。

「おうええええ!?」

「こ、声が大きいって!」

 解凍するなり叫び出したクルトを諫め、セドリックは事情を説明した。

「――というわけで、完全な弾みというか、勢いというか、そもそも告白とは違うっていうか、敬愛の意を示しただけであって、そんな深い意味はないっていうか……ね?」

「ね? と言われても……」

「どうしたらいいと思う? あれ以来、エリゼさんとまともに話してないんだよね……」

「正直に話したらどうですか。別に恋愛の好きじゃなくて仲間としての好きだと」

「い、いや、別に仲間としてだけじゃないっていうか……ね?」

「ね? と言えば僕がなんでも察すると思っていませんか。アルフィン殿下にこのことは?」

「話すわけない。アルフィンが知ったら、どれだけ引っかき回してくるか。もはや武力介入に等しいよ」

「武力まで……。しかしエリゼさんもアルフィン殿下にこんなふうに相談したりはしないでしょうか?」

「はっ!」

 僕とクルトがそうであるように、あの二人も親友だ。当然その可能性は高い。

「うぅうう、吐きたくなってきた」

「すぐにビニール袋を!」

 クルトは急いで走って行ってしまった。

 やらかしてしまったな。とにかくどこかでエリゼさんに謝らないと。いや、謝ることが正解なのか? わからない。こういうことを他に相談できそうな相手はいないだろうか。

「セドリック殿下。クルトさんとのお話は終わりましたか?」

 今度はレンに声をかけられた。

「ええ、まあ一応。レンさんこそティータさんとお話していたのでは?」

「乙女の秘密を暴こうとしたら逃げられちゃいまして」

「それは逃げて当然だと思いますが……僕に何か?」

「こちらに」

 急ぎ足のレンに連れていかれたのは、小屋の裏手だった。

 太陽と月。二つの石碑が並んでいる場所だ。

「これを見て下さい。太陽の石碑です」

「うん」

 九つある水晶の内、一つしか光は灯っていない。すなわちこの春エリアで月の石碑にいれた宝玉の分だけだ。

 各チームで宝玉探しに苦戦しているのかもしれないが、実はそこまで心配はしていなかった。皆が相応の実力者だ。時間さえかければ、全員が目的を果たすだろう。

「太陽の石碑の下部を。様子を見に来て私もさっき気がついたのですが……浮き出ている数字が見えますか?」

 その数字は点滅し、減っていっている。

「ちょ、ちょっと待って。これってカウントダウンじゃないか! しかもあと……三十分!?」

「はい。おそらく時間制限です」 

 時間さえかければ――ではなかった。かける時間がそもそもない。

 そのタイムリミットまでに水晶が全て光らなければ、第六エリアの攻略は失敗に終わる。

 

【挿絵表示】

 

 

 ――つづく――

 

 





《話末コラム①》【ノルド高原エリア 現在判明している攻略手順】

★各エリアに散らばる“宝玉”と“月の石碑”を発見する。
★その“宝玉”を“月の石碑”にセットすることで、春エリアの“太陽の石碑”の水晶が輝く。
★各エリアと連動しているらしい九つの水晶全てが光を取り戻した時、何かが起こる……かもしれない。


《話末コラム②》【ノルド高原 各エリアと配置メンバー】

★エリアは九つ存在し、季節が四つ、自然現象が五つで構築されている。尚、現実世界のノルド高原には存在しない情景も創造されている。

①春エリア
メンバー:セドリック、クルト、シェラザード、レン、ティータ
宝玉  :小屋のテーブルに放置
月の石碑:小屋の裏手
現状  :“太陽の石碑”も設置され、他エリア攻略の起点となる場所だった。半自動的に攻略済み。メンバーは恋バナとかしながら、ゆっくりブレイクタイム。

②夏エリア
メンバー:アーロン、エリオット、ヴィータ、エステル、ノエル
宝玉  :不明
月の石碑:不明
現状  :ゼンダー門前に転移。しかし第三機甲師団の益荒男たちのせいで基地全部が大炎上。中に入ることができなくなってしまったが、生で《猛将列伝》の片鱗を感じたアーロンのテンションは上がる。

③秋エリア
メンバー:カトル、ワジ、ユウナ、ジョルジュ、アルフィン、スカーレット
宝玉  :クララが持っている。
月の石碑:クララの尻の下。
現状  :石切場に転移。宝玉を“幻影”のクララからもらうために、彼女を満足させる芸術作品を提出しなくてはならない。ミスしたら服を無理やり脱がされそう。カトル苦戦中

④冬エリア
メンバー:ミュゼ、アッシュ、ユーシス、マキアス、ヨシュア、クレア
宝玉  :洞窟内で拾って入手済み。
月の石碑:巨大な氷壁の奥。
現状  :洞窟の中に転移。全てが氷結しており、温度はマイナス30度。寒冷地帯用の装備も、火属性アーツも持っていない。低体温症状に伴い判断能力も低下しており、そろそろ死ぬ。

⑤風エリア
メンバー:ジュディス、リーシャ、フィー、オリヴァルト、ロイド、ジン
宝玉  :風車小屋の外の井戸の底。
月の石碑:風車小屋の中。
現状  :風吹く丘陵地帯に転移。そこで風車小屋を発見した。井戸の底から宝玉を引き上げるのに風車を動かすのでは、という憶測の下に行動。とりあえずジンのパワーを当てにして、人力で回してみることに。

⑥雷エリア
メンバー:エレイン、リィン、ラウラ、アガット、エマ
宝玉  :《タンカートール》の胸。
月の石碑:不明
現状  :監視塔に転移。そこで交戦した《タンカートール》を撃破するも、突如として現れたミストマータ・ガイラーに宝玉を取られてしまう。エマVSガイラー。宿命の対決シーズンⅦ開幕。

⑦雪エリア
メンバー:リゼット、エリゼ、トヴァル、アリサ、シャロン、セリーヌ
宝玉  :雪だるまの左目
月の石碑:不明。
現状  :豪雪地帯に転移。宝玉を片目に埋め込んだ雪だるまを追い詰めるも、逆にわんさか出てきた追加の雪だるまの群れに襲われてしまう。セリーヌの炎は有効に思えるが、寒さでろくに動けず、猫モードの彼女をシャロンが抱えている。現在みんなで逃走中。

⑧砂エリア
メンバー:ヴァン、アニエス、クローゼ、ランディ、エリィ
宝玉  :不明
月の石碑:不明
現状  :砂漠地帯に転移。現実世界の砂漠よりも遥かに暑く、気温は70度を超えている。早くも熱中症状、脱水症状が各自に現れており、そろそろ死ぬ。

⑨雨エリア
メンバー:ベルガルド、フェリ、ティオ、アルティナ、ミリアム
宝玉  :不明
月の石碑:ゲルの中。
現状  :豪雨地帯に転移。雨を凌ぐゲルの中、おじいちゃんと孫たちで微笑ましく談笑していたところ、何者かによって襲撃される。


《話末コラム③》【クララ先輩(虹の軌跡ver)】

 トールズ本校の卒業生で、美術部の部長であり、ガイウスの先輩にあたる。鋭い三白眼で、愛想の欠片もない性格。
 彫像作りに煮詰まったりすると、部活の後輩たちを脱がしまくっていた。これはあくまで他者の肉体を観察することで、新たなインスピレーションを得るための行動ではあったが、後輩たちにしてみれば悪夢以外の何物でもなかった。よくガイウスやリンデが被害にあっていた。
 十月戦役ではヴァリマールの整備を担当しており、なんやかんやで彼とは絆を深める。
 当時、アルフィンから電撃を食らったせいで入院していたシュミット博士は《カレイジャス》に乗艦しておらず、鉱石加工の知識を持つクララがゼムリアブレードの作成を手掛けた。その際にジョルジュを七日七晩不眠不休で使い潰したため、ジョルジュは今でもクララに対して恐怖で逆らえなかったりする。
 卒業後は適当な理由をつけてはヴァリマールに会いに行き、他愛のない雑談を交わしていた。全ての役目を終えて彼が消滅したことを知った時は、少しばかり寂しそうにしていた。


《話末コラム④》【第三機甲師団(虹の軌跡ver)】

 十月戦役中、ゼンダー門に身を寄せていたミントが《猛将列伝》を広めたせいで、第三機甲師団は益荒男の集団となってしまった。司令官であるゼクス・ヴァンダールも例にもれず、唯一猛将神エリオット・クレイジーに最上の畏敬を抱く信者と化している。
 信者は《猛将の眷属(クレイジーブリード)》と呼ばれ、中でも特に血潮たぎる四名の漢は《破壊の四柱(デストロイフォース)》の称号を与えられる。彼らの目的は《猛将界(クレイジー・エデン)》へ到達することにあるらしい。
 その気勢は凄まじく、十月戦役の最終戦では誰も彼もが戦車を降りて手榴弾を片手に突撃し、生身で機甲兵部隊を次々に殲滅するというクレイジーな戦果を上げた。
 ちなみに天使である息子エリオットを信じたいオーラフ・クレイグが率いる第四機甲師団とはとにかく仲が悪い。

 
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