黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第32話 獅子は天に吼ゆる

 まさかセドリックからエリゼに『好きだ』と言うとは。完全な誤爆事故ではあったようだが、言い放った以上はもう飲み込めない。

 とはいえアルフィンを含めた、あの三人の関係性を知る自分としては納得していた。

 新Ⅶ組として駆け抜け、共に卒業を迎えたセドリックたちがお互いに抱く信頼は、言葉だけでは表せないものがあるのだ。それこそ自分たち分校Ⅶ組と同じように。

 弾みとはいえ、あの内気なセドリックが自分から踏み出したのだから、個人的には応援をしたいが……。

「殿下――あ、いえセドリック! ビニール袋を持ってきましたよ!」

 呼び捨てはどうにかがんばるが、これまでの習慣もあって敬語はすぐには崩せない。オリヴァルトとミュラーのような間柄にはまだ遠かった。

 調達したビニール袋を持って、セドリックがいる小屋裏に走っていくと、そこには春エリアに残されたメンバーが集合していた。

「早くこちらに嘔吐を!」

「ちょっ、クルト! 大丈夫だから! それよりもこれを見てくれ」

 突き返されたビニール袋をポケットに直しつつ、クルトはセドリックが示した太陽の石碑を見た。

「数字が減っていく……? ま、まさかカウントダウン?」

「そうらしいわ。ノルド攻略には時間制限があったみたいね」

 シェラザードが言った。残り時間は三十分。もう半分を過ぎている。

 急ぐよう皆に伝えなければ。《ARCUS》を取り出したクルトに、「無駄よ」とレンが重ねた。

「導力通信が使えないの。《ARCUS》も《Xipha》も繋がらないわ。そうよね、ティータ」

「う、うん。原因がわからないんだけど、十月戦役中のノルドでも同じことがあったって聞いてる。もしかしたらその時の状況が再現されているのかもしれない」

「監視塔が貴族連合に占拠されていた時のことか……」

 監視塔の屋上に導力波妨害装置が設置されていたという。

 だがクルトにはわからなかった。

 仮に妨害装置が通信不通の原因だとして、どうしてそんなものを創造する必要があるのだろう。

 このエリアはガイウスの意のままに作り換えることができるのだ。少なくとも良い印象のないそれを、わざわざ再現するなんて。

「いったいガイウス先輩の望みは何なんだ……?」

 

 

《――★第32話 獅子は天に吼ゆる★――》

 

 

 ゲルの上部が切り裂かれ、雨降る高原に出た一同の見たものは、華奢な体躯に似つかわしくない巨大な法剣を肩に担ぐ女性だった。

 アレンジの施された教会特有の紋様を入れたシスター服。腰まで届く火のように赤い髪。ギラつく闘気を隠そうともしない交戦的な瞳。

「久しいな、セリス」

 セリス・オルテシア。聖杯騎士団を束ねる十二人の守護騎士の一人、その第四位を冠する実力者だ。

 拳を固めるベルガルドと相対し、漆黒の霧を漂わせるセリスは口元に獰猛な笑みを浮かべた。

『どウも、先生』

「……霧人形(ミストマータ)というやつか。聞いてはおるよ」

 通行人だったり住人だったり、主格者が役割を与えて創造するのが“幻影”。

 成り立ちは不明だが、黒霧をまとって自分たちの知り合いの姿として現れるのが“ミストマータ”

 そしてミストマータはこちらの勢力に対し、なぜか敵意を抱いているという。

「私がわかるのだな。なぜ攻撃を仕掛けてきた?」

『霧を晴らさせるわけにはいかないンですよ。裏弟子に肩入れするってんなら、いかに先生と言えども見過ごすわけニはいかねぇ』

 ヴァンのことも認識している。現実世界での記憶はあるらしい。その上で我々への敵対行動を取っている。

 自分の知るセリスなら、私に危害を加えようとはしないはずだ。

「おらァあ!」

 紅き大型法剣が振るわれる。連結を解かれてしなり、間合いの外から迫る斬撃がベルガルドの首を狙った。

 軌道を見切って最小限の動きで避ける。

「ベルガルドさん、援護します!」

「ならん! お前たちは退け!」

 真っ先にアサルトソードを構えたフェリを制する。

 アルティナは《クラウ=ソラス》を失っている。下手に戦闘で使えば、ミリアムも《アガートラム》を消される可能性がある。

 ティオやフェリの武装は異能の枠ではないから大丈夫だとは思うが、交戦に巻き込むよりは宝玉探索で離脱させた方が良い。

 一瞬の判断。続く指示を口に出そうとして、

『逃がしませんよ』

 涼やかな声音が聞こえたのと同時、ベルガルドの右腿が裂傷した。

 死角からの一撃だ。鞭のごとく伸びた細身の連結刃が、持ち主の元に戻っていく。黒き霧人形がもう一体いた。

「リオンもおったか。セリスがいる時点で想定はしていたが」

『ご無沙汰しておリます、先生。ご壮健そうで何より』

 レイピア型の法剣を振り、刃についた血を払う。

 白を基調とした清廉な出で立ちと優し気な表情だけを見れば、温和な青年という印象を受けるが、その瞳には確かな冷徹さも潜んでいた。

 彼はリオン・バルタザール。セリスと同じく守護騎士で、第十一位を担う。

「現役の守護騎士が二人か。実力も本人たちと遜色ないのであろうな」

『先生が相手なンだ。あたしらも手は抜けねェな』

『ええ、かつての師に刃を向けることをお許シください』

 リオンとセリスが挟撃を仕掛けてきた。不規則な斬撃を手甲でいなしつつ、ベルガルドはフェリたちから距離を開けるように立ち回った。

 セリスたちの発言から察するに、自分への敬意は感じられる。それでもなお本気で戦ってくる。彼らの行動基準はどこにあるのだ。

「なぜ霧が晴れることを良しとしない? なんの目的があって我らの前に立ちはだかる」

『世界を完結さセるためですよ』

「それがわからんと言うのだ」

『わかって頂く必要性を感じまセん』

 リオンの鋭い刺突が頬をかすめる。ここだ。ベルガルドはカウンターの寸勁を撃ち込もうと間合いを殺して前に踏み込む。しかし横合いからセリスに切りかかられて即座に身を引いた。

「やっぱり私がフォローに入ります!」

 フェリがこちらに走ってこようとしている。他の三人もまだこの場から離れていなかった。

「ならんと言った!」

「私も《Xipha》持ちです! せめてS.C.L.M.(スクラム)を繋げば役には立てます」

「案ずるでない。厳しい相手ではあるが、二人を押さえることくらいはできる。それよりもお前たちは宝玉を探せ。エリアの攻略条件はそれなのだろう?」

『はっ、探し物はコイツですか?』

 セリスが手にしているのは、まさしく宝玉だった。彼女はそれを遠くに放り投げる。

『ここに来る途中に見つけたもンだ。欲シけりゃどうぞ。ただしあたシらを倒してからって話ですがね』

『それと、僕たち二人を押さえることができる、でしたか。いかに先生とはいえ、さすがに見くびり過ぎデはないでしょうか』

 空気が震えて圧を帯びた。本物の霊気の圧だった。

 二人の背後に紋章が浮かび上がる。セリスは炎のように赤く、リオンは氷のように青い。

聖痕(スティグマ)……だと!?」

 強大なオーラが揺らめき立つ。豪雨は激しさを増していた。

 

 ●

 

 風エリアの風車小屋。その中には人力で回せる風車の連動機があった。

 ジュディス、リーシャ、フィー、オリヴァルト、ロイド、ジンの六人で力を合わせ、風車の回転に繋がる丸太棒を回すこと十分あまり。

「もう無理……」

 ジュディスは座り込んだ。他のみんなも疲れきっている。

 重い。すさまじく重い。おまけに固い。人の力だけでどうにかなるものではなかった。ジンがいても無理だった。

 宝玉は小屋の外の枯れ井戸の中にあることはわかっている。風車を回すことで何らかの仕掛けが働くかと思っていたが、そもそも見当違いの可能性もある。

 いっそ最初の案に戻って、井戸に直接潜ることも考えた方がいいかもしれない。あたしは絶対イヤだけど。

「ごめん、リーシャ。ちょっと外の空気吸ってくる」

「なら私も行くわ。一応警戒した方がいいと思うし」

「ロイドと一緒にいなくていいの? せっかく同じチームに――」

「あああー!」

 ジュディスの言葉をかき消すリーシャ。

 寝っ転がっていたロイドが驚いて跳ね起きた。

「ど、どうしたんだ!?」

「すみません。急に発声練習をしたい衝動にかられまして。職業病みたいなものなんです」

「舞台女優は大変なんだな……」

「あはは、捜査官ほどではありませんよ」

 ロイドには笑顔でごまかし、ジュディスにはにらみを利かせ、リーシャはすたすたと先に小屋から出た。

「待ってよ、リーシャ。怒んないでって」

「面白がってるでしょ?」

「そりゃ友達の色恋には余計なお節介を焼きたくなるもんよ」

 リーシャを追ってなだめつつ、ジュディスも外に出る。

「はー、風が気持ちいわね。他がどんなのかわからないけど、風エリアって当たりかも」

「でもおかしいわ、風はそれなりに吹いてるのに、風車がまったく動かないだなんて」

「そこは同感」

 風力が足りないにしても、制止は妙だ。

 ジュディスはグリムキャッツに変身した。軽やかに跳躍し、風車小屋の頂上へと飛び登る。

 そこから小屋の裏側をのぞき込んでみた。

「これは……そういうこと」

 正面からでは気づけなかったが、裏手には堀があった。水は流れていないものの、人工的な水路のようだ。

 そしてその水路には水車が設置されている。

 水車が回ることで、小屋の中の機器に連動し、風車も回るという仕組みだったのだ。

 リーシャも小屋の上に登ってきた。

「何かわかったの?」

「ええ、先に回すのは裏側の水車だったのよ。おそらくはそこを起点に仕掛けが動いていくんだわ」

「なるほど、さすがはジュディスね」

「伊達に怪盗稼業やってないってことよ。あらゆるトラップを経験してきてるからね」

 痛い系、頭使う系、恥ずかしい系、よりどりみどりだ。恥ずかしい系はちょっと思い出したくないけども

「じゃあさっそく水車を回しましょう。……どうやって?」

「さあ」

 

 ●

 

「ユウナ・クロフォードです! お願いします!」

 元気よく名乗りを上げつつも、ユウナは緊張の面持ちでクララへと近づいて行った。

 朱に染まる落ち葉に彩られた石切り場。この秋エリアで待ち構えていたクララを、ジャンル問わず“芸術”で満足させることが、彼女から宝玉をもらうために提示された条件である。

 鋭い三白眼がユウナをにらんだ。

「お前は私に何を見せてくれる?」

「はい、これです!」

 ユウナは頭を下げた。ピンク色の鮮やかな髪には、落ち葉で作られた飾りがつけられていた。

 確かに凝った造形をしていて、あり合わせで作ったとは思えないクオリティだ。手先の器用さがうかがえる逸品だった。

「それが芸術か?」

「はい! かわいいで――きゃああ!?」

 クララにがっと襟首をつかまれ、抵抗する間もなくユウナの服は脱がされた。

 不出来な作品を提出しようものなら、問答無用で服を脱がしてくるという前情報の通りだ。

「うわあ……容赦ないな」

 絵を描く手を止めてカトルがぼやくも、モデル役のワジは感心していた。

「でもあの脱衣テクニックは巧みの技だよ。ブラウスのボタンがまるで生き物のようにはずれたよね」

「驚くポイントそこですか……」

 黒霧をまとわない彼女はミストマータではなく、主格者が創り出した“幻影”だ。ということはガイウスのイメージが構成の核になっているはずだが、こんな傍若無人な人が本当にいるのだろうか。

「うぅ……こんな目にあわされるなんて。お嫁に行けないわ……」

 あらわになった胸を両手で隠しながら、元気を失ったユウナが帰還した。

「次はスカーレットさんがどうぞ。その石のオブジェ、よくできてると思います」

「二番手はお姫様に譲るわよ。その絵の完成度はさすがね。飛び跳ねて遊ぶ犬の躍動感の表現がすばらしいわ」

「これ、風にたゆたう花ですけど」

 ユウナの惨状を目の当たりにして、スカーレットとアルフィンは互いに生贄役を押し付け合っている。

「仕方ないな。僕が行こう」

 自作の彫像を抱え、ジョルジュはクララの元に向かった。

 一秒で脱がされた上、彫像は破棄された。そんな扱いには慣れているらしく、彼は散らばった自分の衣服を無言で集め始めた。

「ど、どうしましょう、ワジさん。そもそも芸術家の感性を満足させるなんて、並大抵のことじゃできませんよ」

「カトル君は心配いらないよ。ちょっと待っててね」

 まるでランウェイを歩くかのようなモデルウォークで、ワジはクララの前まで歩み出た。

 そして自信に満ち溢れたポーズを取ってみせる。

「なんの真似だ?」

「真の芸術とは己の内側に存在するもの。すなわち自分自身が芸術になることこそが、この秋エリア攻略の最適解だったってわけさ」

 脱がされた。

「時間の無駄だから次で最後にする。そこのお前、作品を持って来い」

 指定されたのはカトルだった。

「い、いえっ、僕はまだ途中で、だからそのっ」

「二度言わすな」

 従うしかなかった。

 カトルは半端なデッサンが描かれた画用紙をクララに手渡す。

「ふん……期待外れか」

「一体どんなのなら満足してくれるんです……?」

「芸術に正解の形などない。卓越した作品というのは、見ただけで衝撃が走るようなものだ。お前たちの陳腐なそれとは違って」

 やはり合格はもらえなかった。

 はっとして顔を上げる。クララの手がカトルの襟元にかかっていた。

「脱げ」

「い、イヤだ! ああああっ!」

 

 ●

 

「無理ね。普通の火じゃないのだと思うわ」

 燃え盛るゼンダー門の炎は、ヴィータの水属性アーツでも消えなかった。

「手詰まりじゃねえか、くそっ」

 アーロンは舌打ちした。

 基地内には荒れ狂ったようにステップを踏む第三機甲師団がいる。彼らは火炎の中であるにも関わらず、いやむしろだからなのか、平然と猛りまくっていた。

「さすがは猛将の眷属(クレイジーブリード)だぜ。しかし参るな。これじゃあ進みようがねえ」

 飛ばされたエリアにこうしてゼンダー門があるのだ。宝玉も“月の石碑”もこの中だと思うが、このままでは確かめられない。

「そうだ! 猛将なら入れねえか!?」

「いや、行けるわけないから。普通に焼け死ぬから」

 エリオットはかぶりを振った。

「なんでだよ。油を溜めた湯船に火をつけて入るのが猛将の入浴スタイルだろ。肌をこするのもスチールウールって聞いてる。この程度の炎はせいぜい温風ぐらいにしか感じねえはずだ」

「なんでアーロンさんに《猛将列伝》を渡しちゃったんだろう、セドリック殿下」

「現実世界に戻ったら、ちゃんと共和国でも布教するからよ。まずはラングポートのダチからだな」

「ゼムリア大陸が汚染されていく……」

 げんなりと頭を垂れるエリオットを横目に、エステルとノエルとデュバリィがひそひそと話し合っていた。

「エリオット君が猛将ってどういう意味?」

「ランディさんが言うにはエレボニア特有の隠語みたいで、その……ちょっとこれ以上あたしの口からは言えないんですけど」

「お二人とも知りませんの? エリオット・クレイグは夜になるとクレイジーだから、女性は迂闊に近づかない方がいいという注意は有名ですわ。わたくしも……名前忘れましたけど、トールズ卒業生のお団子髪の女子にそう教わりましたの」

 三人の疑惑の視線がエリオットに刺さるが、エリオットは何も言わない。

 ヴィータが言った。

「で、どうするの? 赤毛君」

「つーか赤毛って呼ぶな、アーロンだ。とにかくあの火が消えねえことにはな……」

 どこかにからくりでもあればいいんだが。もう少し基地の周りを調べてみるか?

 そういえばさっきよりも、太鼓の音が激しくなっているような――

「全員注目ううう!!」

 ゼンダー門の頂上から響く大音声。そこに将校らしき男が立っていた。右目に黒眼帯をつけた厳つい顔の壮年だ。

「ゼク」

「ゼクス・ヴァンダールじゃねえか!」

 エリオットのセリフをかき消して叫ぶ。

 アーロンはその男のことを知っていた。《猛将列伝》に登場しているのだ。

「オイオイオイ、今日はなんて日だよ。当代の《破壊の四柱(デストロイフォース)》の一人、隻眼(SEKI☆GAN)のゼクスまでお目にかかれるなんざ……!」

「帝国軍中将って肩書よりそっちが先に出てくるのどうなんだろう……」

 ゼクスはエリオットを見据えて言った。

「高いところからの無礼をお許し頂きたい。猛将の探し物は我がゼンダー門の中に確かにある」

「やっぱり……!」

「この手でお渡ししたいが、私にも守護の役割がありましてな。私から奪い取ってもらう他ないのです」

「守護の役割?」

 あのゼクスはミストマータか“幻影”か、この距離からでは判別ができない。

「せめて我々の気持ちだけでも受け取って下されい! 皆の者、猛将に最大の敬意を捧げよ!」

『ソイヤ! ソイヤ! オーッセイ!』

 さらに足を踏み鳴らす機甲師団。戦車からの祝砲が撃ち鳴らされ、炎がますます勢いを増した。

 一つの巨大な火柱と化したゼンダー門を前に、一同はただ立ち尽くす。

「それでこれ、どう収拾つけてくれるの? ねえ、猛将さん」

 辟易したようにヴィータは扇子をあおぐ。エリオットは無言を貫いた。

 

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 ●

 

 雪積もる大きな木の裏に、リゼットとエリゼは身を潜めていた。

「かまくらでも作れたらよかったんですが、さすがにそこまでの余裕はありませんね。リゼットさんにはこの寒さは厳しいでしょう?」

「いえ、寒さには強い方……といいますか、温度変化には鈍いもので」

「そうなんですか?」

 二人は慎重に辺りの様子を伺う。

 手足の生えた雪だるまが、近くを捜索していた。数も多い。七十体はいる。見渡す限りの雪だるまだ。

 ここもじきに見つかるだろう。

「セリーヌさん、アリサさん、シャロンさんも無事だといいんですけど」

「トヴァル様も入れて差し上げては……」

「なにか」

「いえ」

 雪だるまに追われる内に、他のメンバーとははぐれてしまった。自分たちと同じように、どこかに隠れているとは思うが。

「エリゼ様はトヴァル様がお嫌いなのでしょうか?」

「別に嫌いとかじゃ……恨みとか憎しみとか、そんな感じです」

「もっと根深い感情でしたか……」

「冗談ですよ。感謝していることはあります。ただまあ、間の悪い人といいますか、何かと私を巻き込むトラブルを運んでくるので」

「お聞きしても」

「大した話ではないですが」

 そう前置きしてエリゼは語った。

「まずトリスタから離脱してようやくアイゼンガルド連峰で目覚めた兄様をいきなり崖下に落としたんですよね。本当に余計なことしちゃうんですよ。ユミルで親睦会的な雪合戦をした時もそう。アリサさんとラウラさんと協力して母様を倒して和気あいあいと郷まで戻ったら、そこに潜んでいたトヴァルさんに雪玉ぶつけられて色々台無しにされちゃいましたし? 私がトールズに入学してからはさらにひどくなりましたか。何回か本気で《テスタ=ロッサ》を召喚して焼き払おうかなって思った事もありましたね。中でも文化祭でやったメイド喫茶ゴールドエディションの時なんて、更衣室を兄様と共同にされてて――」

「わかりました。ありがとうございます」

 根深いどころか闇深い感情だった。

「ですがエリゼ様。トヴァル様はわたくしとエリゼ様との仲を取り持とうと様々にお気遣い頂きまして。決して悪い方ではないと思うのです」

「それは……わかっています。付き合いだけは長いですから」

「ならば歩み寄ってはいかかでしょう。感謝も伝えられる内に伝えておくに越したことはありませんよ」

「……私と年齢が変わらないはずなのに、リゼットさんは大人びて見えますね。人生経験が豊富なのでしょうか」

「さあ、人並みだと思いますが――あら、今、わたくしの名前を……?」

 照れたようにエリゼは下を向いた。

「別に名前くらい大したことではないですし、一人くらい同名の友人がいたところでややこしくもなりませんし、意地っ張りだと思われたくありませんし」

「まあ……」

「それにトヴァルさんの愚策に乗ってそうなるよりは、私の意思で呼ぶ方がいいです」

 これは意地っ張りだ。

 リゼットはエリゼを抱きしめた。

「な、なにするんですか?」

「申し訳ありません。急に愛おしくなりました。妹属性とお見受けします」

「はい!?」

 雪だるまたちが近付いてくる。

「ひとまずはこの場をどうにかしなくてはいけませんね。宝玉を目に埋め込んでいるのは一体。しかし雪がある限り、どこまでも増殖していく……」

 無尽蔵に湧いてくる雪だるまの軍勢を数人で相手にする方法など、リゼットには思いつかなかった。

 

 ●

 

 遠くの地平が蜃気楼に揺らぐ。

 砂漠のただ中を、五人はもはや遭難していた。

「はぁ、はあ……水……」

 これがデッドラインに踏み込んだ渇きか。人が水分無しでは生きていけないというのがよくわかる。

 ヴァンは後ろを振り返った。

「お嬢、気を確かに持てよ。必ずロイドの元に連れて帰ってやるからな……」

 完全にダウンしたエリィを、ランディは担いで歩いている。さすがの体力だが、彼もとっくに限界だ。

「きっともう少しです! がんばって下さい、クローゼさん!」

「リベールの豊かな自然が見えます。ふふ、ジークが空を飛んで……カシウスさんもフェニックスに……」

 ついに膝をついたクローゼを、必死にアニエスが励ます。しかしクローゼとの会話が成立していない。

「くそっ……!」

 汗さえ出ないのは相当やばい証拠だ。

 太陽が俺たちを焼いてゆく。付着した細かい砂で唇がざらつく。一呼吸するごとに喉が苦痛だ。せめて日陰があれば。

 何が地エリアだ。大はずれじゃねえか。冬エリアとか雪エリアと変えてくれ。絶対そっちの方がいい。

 どさりと音がした。とうとうアニエスまで倒れてしまった。

「おい、しっかりしろ」

「う……」

 駆け寄ったヴァンに、アニエスは力なく微笑んだ。

「ごめんなさい、私はここまでのようです……」

「バカ言ってんじゃねえ。あきらめんな」

「最後なら、ヴァンさんに、伝えたいことが――」

 

 ●

 

 重力の力場を球体にして、ガイラーの前に出現させる。エマが駆動させた《ダークマター》だ。

 しかし彼の手刀の一振りで力場は両断される。物質ではないから物理的な衝撃では干渉さえできないはずなのに。

 光の剣や転移術は使っていない。魔女の術を異能として消滅させられる恐れがあるからだ。

「工房エリアで遭遇した話は聞いてたが……どういうことなんだろうな。トールズにいた用務員がミストマータとして《ロア=ヘルヘイム》に現れるってのは」

「わからないが……そういえばクロウは知らなかったな。ガイラーさんは今、分校の用務員に転属されてるんだ。俺もユウナたちもお世話になってる」

 困惑しているクロウに、リィンはそう説明した。

「いやいや、だとしてもここでの登場は違和感しかねえ。しかもめちゃくちゃ強いしな」

「確かに俺たちの知ってるガイラーさんとは似ても似つかない。常に穏やかな方なんだ。……そうだ。エマは思い当たることはないか? 確か二年の時は、ガイラーさんが文芸部の顧問を務めてくれていただろう?」

「………」

 エマは黙ったまま、魔導杖のシャフトを握りしめた。

 もう思い当たることしかない。

 そもそもクロウさんやリィンさんが、ガイラーさんの真の姿を知らないのは当然だ。針の穴を通すような絶妙の立ち回りで、私以外にその本性を悟られることすらなく、用務員としての顔を貫き通している。

 ちなみにガイラーさんが文芸部の顧問になったのは、アルフィン殿下の采配のせいだ。その時自分はトールズを離れていたので、なんの介入もしようがなかった。

 いや待って。

 ガイラーさんの本性は、私しか知らない(・・・・・・・)

「皆さん、一斉攻撃をお願いできますか? 確かめてみたいことがあります」

 エレインが遠慮がちに訊いてくる。

「いいの? だってエマさんが入っていた部活の顧問なのでしょう?」

「大丈夫です。やっちゃって下さい」

「え、でも」

「手加減もしないで下さいね?」

「……はい」

 謎の圧に負けて、エレインは従った。

『何か思いついたノかね、エマ君』

「さあ?」

『君ハ聡明だ。軽々に情報を口にシない』

 雷鳴が轟き、ガイラーの姿が消えた。

 リィンの背後に瞬時にして移動。気配を察知したリィンが、振り向きざまに一閃。しかしガイラーはその太刀を指二本で挟んで止めた。

「リィン!」

 カバーに入ったラウラが大剣を振り下ろす。紙一重で見切ったガイラーは、最小限の動きだけでかわしてみせた。

 連携は止まらない。体勢を低くして踏み込んだアガットが、逆袈裟への切り上げを繰り出す。

 完全に間合いを捉えた斬撃だったが、また残像を残す速さでガイラーは消えた。

「くそっ、どこに行きやがった!?」

『近くの大切なもノを見落とすのは君の性なのかな。良くないね』

 ガイラーは切り上げた重剣の先端に、スタイリッシュなポーズで立っていた。監視塔を背景に落ちた雷が、狂い咲きの用務員の陰影を際立たせる。

 ガイラーの空中回し蹴りが、アガットを吹き飛ばした。

 着地の隙を狙ったクロウが、ガイラーめがけて双刃剣を豪快に振るう。

「逃がさねえぜ、《デッドリークロス》!」

 十字の衝撃波が爆ぜ、しかしガイラーはその威力を右の手のひらで吸収してしまった。

『ふう、クロックは良イね』

「なんで俺のこと、いつもクロックって呼ぶんだよ!」

「いけません! クロウさんが生み出す“クロス”はガイラーさんを回復させます!」

「はあ!?」

 エマの警告を、クロウは理解できなかった。

「ならこれはどうかしら、《シルヴァリークロス》!」

『おッと』

 エレインが放った十字の衝撃波を、ガイラーは隙間を縫うように回避する。なぜか吸収しようとはしない。

「エレインさんの“クロス”なら有効です! 迷わず撃っていって下さい!」

「基準がわからないわ……」

 その基準を説明しようがないのだ。

 だが一連の交戦の中でわかってきたことがある。

『ふム……エマ君は何かを狙っているのかね。君がその目をするときは、いつだって私を驚かせてくレる』

「異世界に来てまであなたに追いかけられるのは御免こうむります。ただミストマータへの考察に確実性を与える好機でもあります」

『ほう、ではドうする』

「予測はあれど実証がない。ならば試すだけ」

 雷鳴が激しさを増す中、エマは魔導杖を投げ捨てた。

「私の目論見が正しければ、これが最後の戦いです。あなたは今日、ここで消える」

『……実にいいね』

 

 ●

 

「僕はもうダメかもしれません……よかったらこの上着を使ってくれませんか」

 マキアスは脱いだジャケットをクレアに渡そうとした。

「そんな、それではマキアスさんが凍えてしまうのでは」

「ふっ、死にゆく男の最後の格好つけですよ……」

「いらんのなら俺がもらおう。安物だろうが、ないよりはマシだ」

 横からそのジャケットを取り上げようとしたユーシスの吐く息は白く、「君に渡すためのものじゃない! あと安物でもない!」と抵抗したマキアスの力も弱い。

 冬エリアを象徴しているのだろう氷の洞窟には、ミュゼ、クレア、マキアス、ユーシス、ヨシュア、アッシュの六名がいた。

 宝玉は入手済み。しかしそれをはめ込む“月の石碑”は巨大な氷壁の奥。炎系のアーツはセットしておらず、物理攻撃では氷に傷一つ付かない。そうこうしている内に、あっという間に低体温症の兆候が全員に現れ始めた。

「うぅ……寒い。ああん、リィン教官……」

 ミュゼがうめいていた。

「私、もう体も心も冷え切ってしまって……リィン教官と素肌で温め合えたら助かるかもしれないのに……」

「そんな戯言が言えんなら、まだまだ余裕だろ」

「あら、アッシュさんの上着、モコモコがついてあったかそう」

「やらねえぞ。つーか引っ張んな!」

 ミュゼを振りほどいた勢いで、アッシュがしりもちをついた。そのまま立ち上がらず、うずくまってしまう。誰もかれもが限界なのだ。

「これは本当にまずいな……」

 打開策はないか。ヨシュアはまともに働かない思考を巡らせた。

 この状況ではもってあと数分。どんどん体が動かなくなっていく。ダメだ。何も思いつかない。

 自分は無理でも、せめてヨハン――アッシュは守りたい。

 ハーメルの運命の日を思い出す。

 彼にはただ謝罪と悔恨の気持ちがある。あの時、君が生きていることに気づけなかった。

 つらい思いをさせた。もちろん人生の全てが最悪の思い出だったわけではないだろう。彼を育てたのは良い養母だったと聞いている。リィンたちとも巡り合えた。

 もしかしたら僕には君を慮る資格さえないのかもしれないが、それでも。

「アッシュ、大丈夫かい」

「あ? ああ……」

「すまない。なんとかしたいんだけど……」

「なんでアンタが謝んだ」 

「うん、そうだね……」

「……別に責めてねえよ」

 うまくいかない。そういえば僕は話し上手な方ではなかった。理詰めは得意だけど、感情を伝えるのはエステルの領分だ。

 昔はよくヨハンの面倒を見ていたんだけどな、レーヴェといっしょに。ヨシュア兄ちゃん、レーヴェ兄ちゃんって、よく後ろを付いて来ていた。

 レーヴェはアッシュが生きていたことを知ったらどう思うだろう。

 レーヴェなら、なんて声をかけただろう。彼も口達者な方ではないけれど、少なくとも僕よりは彼の心に届く言葉を――

 不意に足音が聞こえた。洞窟の奥から誰かが近付いてくる。

「う、うそだ……」

 存在を煤けさすような灰色のコートと共に、氷結の世界に映える銀の髪を揺らすその青年。

 レーヴェが――黒き霧をまとう《剣帝》レオンハルトが現れた。

 

 ●

 

 ガイウスのことは子供の頃から知っていた。

 面倒を見る弟妹が多いからか、雄大な自然がその性格を育んだからか、少年と呼べる年齢には不似合いなほどの落ち着きがあった。

 トールズに入学してからは、より泰然とした立ち振る舞いとなった。大人びて見えた。

 思い出す。彼に聖痕を託したあの日のことを。私を見返すあの瞳を。

 私が《ロア=ヘルヘイム》に呼び込まれたことも、呼び込まれた先が幻影のノルド高原であったことも、主格者がガイウスであることも、全てが偶然とは思えない。

 縁、運命、あるいは作為――

「ベルガルドさんっ!」

 フェリの声に意識を戻す。

「む……気を失っていたか。どれくらいだ?」

「え、立ったまま気絶していたんですか? 多分、三秒くらいかと」

 側頭部に痛みがあった。攻撃を避け損ねたらしい。

 焦点が定まってきた視界の中には、聖痕を発動させたセリスとリオンの姿があった。

 紅と蒼の輝きに黒霧が混ざり合い、背に浮かぶ紋様が周囲の空間を鳴動させている。

『そんジゃあ先生、行かせてもらうぜ!』

『せめて苦しむことなく、一瞬で終わらセて差し上げますよ』

 二人が瞬時に動いた。ミストマータという規格外の上に、聖痕の力で身体能力が桁違いに上がっている。

 リオンの刺突が喉元をかすめた。上体をひねった回避の反動を使って、ベルガルドは裏拳を叩き込む。

 飛び退いたリオンと入れ違うように、セリスの斬撃が目前に迫っていた。手甲を鋭角に構え、刃の平を受け流す。衝突に散った火花の向こうで、好戦的なセリスの笑みが見えた。

「全員で援護に入ります! さすがにお一人では無茶ですっ!」

「来るな!」

 こちらに走り出そうとしていた彼女らを一括する。

「な、なんでですか?」

「聖痕の力を甘く見るでない。生身でまともにやり合える相手では決してないぞ」

「そんなのベルガルドさんだって同じですよ!」

「私はあの二人の戦い方や癖を知っておる。お前たちは迂闊に手を出すな、絶対にだ」

 圧を込めて言い含める。フェリたちはその場で足を止めた。

 フェリの俊敏性をもってしても、今のセリスとリオンを撹乱するには至らない。

 エリアのルールによって戦術殻を使えないミリアムとアルティナも、《ARCUS》頼りの戦法だけでは限界がある。そもそもアーツの駆動時間など与えてくれないだろう。

 ティオはエイドロンギアとやらを召喚できるようだが、下手に攻撃して二人の標的になったら、とても自分だけでは庇いきれない。

『足を止メるぜ、《グラン・セルペンテ》!』

 赤く輝く大型法剣が激しく波打ち、大地をえぐりながら迫りくる。爆ぜる土くれがベルガルドの視界を濁した。

 セリスは全身の関節可動域を柔軟に使い、その捻りを刃に伝える事で、あれほどの不規則な斬撃軌道を生み出している。

 見た目とは裏腹の繊細な体捌きの成せる技だ。ひどく読みづらい。しかし見切ることはできる。

『捌キきれますか? ――僕の《リコリス・ラジアータ》を』

 冷気をまとうリオンの法剣が宙を踊り、呼吸を合わせたセリスとの波状攻撃となった。

 まさしく縦横無尽。どこを向いても連結刃に囲まれている。

 果たして見切れるか。どちらかだけでも手甲で叩き落せば活路は開けるが――

「っ!?」

 急激に法剣の軌道が変わった。二つの刃の先端が狙う先は、動きあぐねているフェリたちだった。

 凶刃が交差し、鮮血が散る。

「ベ、ベルガルドさん……っ」

「ケガはないか」

 フェリたちの前に飛び出したベルガルドは、己の身を盾とした。両の二の腕と大腿から血が滴っている。

「なぜこの子たちに攻撃をした。戦闘に参加させていないのはわかっていたはずだ」

『先生が僕たちを足止めしテいる間に、彼女らが霧を晴らしに行くと困るンですよ』

『悪いがそれはさセられねえからな。先に潰させてもラう』

 沸々と怒りが湧いてくる。

 年齢を重ねてからは、こうした感情を抱く事が少なくなっていた。しかし今、確かな憤りが腹の底で燃えている。

 目的を達成するために、リオンは非情な一面を見せることもある。セリスもそうだ。使命のためなら迷いなく敵を討つ。

 しかし手段は選ぶ。間違っても子供を優先して狙ったり、犠牲にしたりはしない。

『次は耐えさセねえ。行クぜ、リオン』

『えエ、幕引きです』

 セリスは引き戻した法剣を地に突き刺し、リオンは刀身を顔の前に立てた。

『我が深淵にて震えし赫灼の刻印よ。昏き魔を喰らう炎の顎となれ』

『我が深淵にて凍えし氷焱の刻印よ、穢れし世界に永遠(とわ)なる静謐をもたらせ』

 聖痕から溢れ出る燐光が明度を増していく。さらなる力の解放だ。

 続けて放たれる二つの法剣。先ほどまでとは比べ物にならない、全てを穿つ必殺の一撃。

「エイドロンギアを出します!」

「一瞬だけでもガーちゃんを呼ぶから! 下がって、おじいちゃん!」

「私は防御アーツを!」

「ベルガルドさんっ!」

 自身を盾としたままベルガルドは優しげな口調で言った。

「孫ならば爺に守られておれ」

 前に出ようとする少女たちを変わらず制し、迫る炎熱と獄氷を見据える。

 わかった気がした。

 ミストマータには本人たちの性格、性質、あるいは記憶が投影されているのだろう。

 しかし同時に“霧を晴らすものを排除する”という行動基準が最上位なのだ。

 だから自分たちがエリア解放を目的とする以上、あらゆる交渉は無意味だし、会話による停戦にも応じない。

 その優先事項以外は度外視するから、平然と子供も攻撃対象にする。

 ただこの怒りは、それに対してではない。

 教え子の二人が決してしないことを、二人の姿ですることに対してだ。

「……ガイウス」

 ふと最後の弟子の名をつぶやく。

 お前に聞きたいことがあるのだ。

 お前が創造したであろうノルド高原を目の当たりにして、私は疑念を抱いている。私はお前に会わねばならない。

 もしかしたらお前はあの時――

『あ、あリ得ねえ……!』

 セリスが後じさり、リオンも動揺している。

 強力無比である二つの法剣技を、ベルガルドは弾いていた。

 力を込める拳に呼応するように、背に浮き上がる黄金の紋章が輝きを増す。

『どういうことだよ! 先生の聖痕はそこにないはずダろ!』

『おかしい。確かに譲渡はなサれたと……』

 数多の戦場を戦い抜いた灼熱の記憶がよみがえる。

 噴き上がる力の奔流が、自らの魂を熱く震わせる。

 理由も理屈も定かではない。ただできるという確信だけがあった。

 幾度となく発してきた口上を、今は静かに厳かに胸中へと沁み込ませる。

 今ならわかる。あれは祈りだった。

「もはや二度と名乗ることはないと思っていたが、最後に一度だけこの名を使わせてもらおう」

 

 ――我が深淵にて煌めく金色の刻印よ

 

 その猛き咆哮をもって我が拳に無双の力を与えよ――

 

「守護騎士元第八位《吼天獅子》、グンター・バルクホルンだ。覚悟はよいか。弟子の似姿を(かたど)る霧人形共よ」

 

【挿絵表示】

 

 

 ――つづく――

 

 




《話末コラム①》【アッシュとヨシュア】

 ハーメルの遺児たち。再会当初はアッシュの側に確執があったが、二人で話をした際に誤解は解けている。しかしややお互いに遠慮している雰囲気がある様子。
 アッシュは気を抜くとヨシュアに「ヨシュア兄ちゃん」と言ってしまいそうになるので普段から気をつけているが、それをリィンがあの手この手で言わそうとしてくるので辟易している。ついでにミュゼも面白がって言わそうとしてくる。

 ●

《話末コラム②》【バイク】

 作成した導力バイクはサーキットエリアからノルドエリアに移動する際に運んできており、現在は春エリア内に停めてある。
 バイクに憧れのあるセドリックは試しにまたがってみて、かっこいいポーズを決めたところをティータに目撃されて死にたくなった。

 ●

《話末コラム③》【ガイラーさんの作品】

 ある日、彗星のごとく現れたエレボニア乙女小説界のスーパースター。ファンの前では常に仮面を身につけ、素顔をさらすことはない。ファンからは同志《G》と呼ばれている。
 年一でファンの交流会も開かれており、ドロテ、ミュゼ、アルフィンが主催者。エマは嫌がっているが、三人の連名での招待状(召集令状)が届くため断り切れないでいる。

 数多の作品が彼の手で生み出されているが、中でもデビュー作である《クロックベルはリィンリィンリィン》は原点にして頂点と評価されるほど、根強い人気を得るに至った。

 ストーリーの軸はヌールズ士官学院の先輩クロックと後輩リィンが織りなす青春群像劇で、クロックの裏切りとリィンの葛藤、そして和解までもが描かれた不屈の名作である。

 基本的に登場人物の名前はモデルとなった人物をベースにしているようだが、なぜかリィンだけは本名を使われている。
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