黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
背に顕現した輝く刻印は超常的な力を生み、あらゆる外法のものを討ち滅ぼす。
『なんでそれが
セリスの振るう法剣が上へと伸び、高速で振り下ろされた。
金色に光り輝く聖痕。ベルガルドから噴出するオーラが、セリスの法剣の軌道を狂わせた。狙いの逸れた刃が地面をえぐる。
間髪入れず、リオンの攻撃が割って入った。鞭のようにしなる細身の法剣が、豪雨を裂いてベルガルドの首筋に迫る。
「ふんっ!」
剣の腹に豪快なアッパーを叩きこむ。大きく弾かれたリオンの法剣が虚空に波打った。
「フェリたちはセリスが投げた宝玉を探せ! この雨で見えづらいが、辺りに転がっているはずだ」
背後に指示を出すと、リオンが言った。
『先程まデの言い付けと違いますよ。いいのですか、彼女らが僕たちの標的となっても』
「今の私の後ろに攻撃が通ることはない」
『なぜ先生に聖痕が発現しているかはわカりませんが、《王》のためにも霧は晴らさせません』
二人の力が増大した。勝負を決めにくるつもりだ。
『行くぜ、先生! これがアタシの最大の技だ!』
高く跳んだセリスの聖痕が、炎のように揺らめき立ち昇る。
熱にぐらつく視界の中、そこから繰り出された法剣は、うねりながら牙を向く火焔の大蛇だった。
『回避はサせません。真っ向から食らって頂きます』
ベルガルドの足元が瞬く間に氷結していく。落ちてくる雨粒さえ雹と化した。
雪の結晶のごとき聖痕を背に輝かせ、リオンは法剣を地に突き刺していた。さらにとどめの刺突を放ってくる。
彼らの奥の手の法剣技、《フィアンマ・ミズガルド》と《ニブルヘイム》だ。
この両方を一度に見る機会などそうあるものではないし、受けるとなればことさらにない。受けきれる人間もいないだろう。
壮観だ。ミストマータとはいえ、本人の力がベースであることは間違いない。二人ともよくぞここまで成長した。
「ぬああああ!!」
ベルガルドの聖痕がさらに眩い光を帯びる。黄金の闘気を宿した足が、大地を覆う氷を一撃で踏み砕いた。
腰をひねり、最小限の動きで攻撃を避ける。炎と氷の法剣が両脇を勢いよく擦過した。
「法剣には弱点が二つある。一つは刀身を連結するワイヤー。ここに攻撃能力はない。そしてもう一つが、最大まで法剣を伸ばし、引き戻す瞬間に必ず生じる硬直だ。そう教えたな?」
その硬直の瞬間に伸びきったワイヤーを、ベルガルドは二剣同時に素手で掴んだ。
『そりゃご指導頂きまシたけどね! 実際にそこを突いてくる相手なんざ今まで一人だって――』
「なぜ教えた私にそれができないと思うのだ」
セリスとリオンごと法剣を豪快に振り回す。さらに中空に打ち上げ、ぶつけ合わせた。
先に落ちてくるリオンに狙いを定める。
『くッ、セリスさんは撤退を!』
『リオン!』
「セリスを庇うか。きっと現実の本人でも……そうするのであろうな」
お前たちを引き合わせて十年余り。いがみ合ってばかりいた頃を知っている身なれば、ただ感慨深い。
故に看過できぬ。
今に至る関係は本人たちが積み重ねてきた日々の結実。
姿と記憶だけを用いた模倣など、軽々にして良いものでは断じてないのだ。
「
脚を軸に腰を半回転。遠心力を衝突力に変換し、肩背の鉄山靠に爆発的な威力を生み出す。
炸裂した《獅子王靠》が、リオンの左胸に埋まる黄金の歯車を破壊した。これがミストマータの核だ。
リオンだった人型は崩壊し、黒い霧を散らせて消滅した。
『アタシまでやられるわけにはいカねえ……ここは退かせてもらうぜ。――《オグンオリシャ》!』
セリスを中心に、その足元から広範囲に炎が噴き上がる。豪雨の中にあってなお強く燃え盛り、火に触れた水滴を片っ端から蒸発させた。
「記憶があるなら知っていよう。倒すと決めた者を、私が逃したことはないと」
煌々と輝く刻印を背に、ベルガルドは炎を踏みにじる。悠然と歩を進め、セリスの前で拳を構えた。
『くっ! アタシはこノ世界を――!』
防御した法剣の腹に、寸勁を打ち込む。刀身を伝搬した衝撃が貫き、セリスの黄金の歯車を粉砕した。
リオン同様に黒霧を散らしながら、彼女はくずおれる。
「この世界をなんだ。教えるがいい」
『《王》のために……夢を完結させる……』
「完結……?」
『へへっ、やッぱ先生は強いなあ』
「セリス!」
消滅するセリスに反射的に手を差し伸べる。つかめたものはなく、傷だらけの指の隙間を霧がすり抜けていった。
立ち尽くすベルガルドに、フェリが駆け寄ってきた。
「ベルガルドさん、宝玉を見つけました。その……大丈夫ですか? えっと……」
「子供が気を遣わなくてよい。それより早く石碑にはめ込まなくてはな」
切り裂かれたゲルの中にあった“月の石碑”に、フェリは宝玉をセットした。
石碑の表面に文章が浮かび上がる。
【雨ばかりが降りしきり、叫ぶ声は霧に紛れて届かない】
そう書かれていた。
そして、もう一つの異変が起き始めた。
「……雨が止んだ?」
《――★第33話 大きな世界の小さな願いを★――》
「な、なに? 急に天気が曇って……」
風車小屋の屋根に立ち、空を見上げたジュディスの顔に雨粒が落ちてくる。
雨は急激に勢いを増し、豪雨となった。
「とりあえず小屋に戻った方がいいわ! 急いで、ジュディス!」
「いえ、これってまさか」
急かすリーシャを置いて、ジュディスは小屋裏の枯れた堀を見下ろした。
この大量の雨のおかげで、堀に水が流れ込んできている。瞬く間に水量が増し、そこに設置されていた水車を回し始めた。
「おいおい、なんだこりゃあ!?」
「すごい大雨……」
「なんの前触れもなく……これは不自然だね」
「リーシャも屋根か!? どういう状況なんだ!」
事態に気づいたジン、フィー、オリヴァルト、ロイドが小屋の中から走って出てきた。
リーシャは屋根から飛び降りて、ロイドに報告した。
「よくわかりません。いきなり雨が降り出して、小屋裏の水車が動き出しました」
「水車もあったのか。けどなんでこんなにも急に雨が降ってくるんだ? 雨エリアでもあるまいし――いや、もしかして……そういうことか」
ロイドが何かに気づいたらしい。
ジュディスも屋根から飛び降りた。
「そういうことって、どういうことよ?」
「ノルドエリアは自然や季節を象徴した各区域に分かれている。そしてそれらの各区域は相互連動しているんじゃないのか? 相互なのか一方向なのかはわからないが……とにかく自エリアでの攻略状況が、他エリアにも影響として現れるんだと思う」
「たとえばこの風エリアをクリアしたら、どこかのエリアに風が吹いて攻略の手助けになるってことかしら」
「なるかもしれない、だ。予想の域は出てない」
さすがは捜査官の慧眼だ。
“諍いを起こしたら雷を落とす”というルールは、裏返せば“協力し合え”という含みもある。
水車が回ったことで、構造が繋がっていた小屋の風車がついに回り始めた。
井戸の底に水が湧きだし、宝玉が浮き上がってくる。
「やったわ。あとはこれを小屋の中の石碑にはめればいいのよね!」
「ふむ……」
オリヴァルトが何かを思案しているようだった。
「ロイド君の考察には僕も同意だ。しかし他エリアに及ぼすのは良い影響だけなのかな」
「ですけど、通信が使えないんじゃ別のチームの状況もわかりませんし」
「それはまあ、その通りか。ははは、考え過ぎてしまったな」
勢いを増す雨を払いつつ、一同は笑いながら小屋に入った。
●
「うっ、うおおお!」
砂漠地帯に風が吹き荒れた。ヴァンはアニエスとクローゼを自分の体で覆い隠し、ランディも同様にエリィを守る。
突風が渦を巻き、恐るべき砂嵐と化した。
風と共に吹き付ける砂塵のつぶてが、容赦なく肌をこそいでいく。目の粗いやすりを全身に押し付けられているかのようだった。
「くっそが、耐えしのぐしかねえ! 服で口と鼻を塞げ! 目も開けるな!」
灼熱で死にかけてたところにこれかよ。あんまりの仕打ちじゃねえか。《ロア=ヘルヘイム》に女神はいねえのか。
●
『私が消エる。つまり私を倒スと?』
「いいえ。あなたはとても人の手では倒せない。文字通り“消す”ということです」
雨まで降りだした雷エリアで、エマは宿敵であるガイラーと対峙する。
仲間たちにはわからないはずだ。
なぜただの用務員がミストマータとして現れるのか。なぜ常軌を逸した力を有しているのか。その相手を前にして、なぜ私が魔導杖を手放したのか。
ここからは仮説。私だから提唱できる仮説。
“
それはイコール本人とは限らない。主観や認識が大いに入り混じって構成されるもの。
だから学校エリアに出現したエリオットさんのミストマータは、私たちが知る彼からはかけ離れた性質をしていた。
《猛将列伝》なる小説の主人公は、荒ぶるエリオット・クレイグがモデルだという。おそらくはそれを読んだ誰か、あるいは不特定多数の認識が集合しているのではないか。
つまりミストマータ・ガイラーを作り出したのは、この私である可能性が高い。
なぜならガイラーさんの本性を知っているのは、《ロア=ヘルヘイム》においては他ならぬ自分だけだから。
もしも仮説通りだとするなら、私以外には
そこに勝機がある。
「どういうことなの、エマさん。私たちにも説明してちょうだい」
「ごめんなさい。まだ言えません」
エレインの訴えはもっともだった。しかしガイラーがアレでアレな感じであることを説明するわけにはいかない。
その認識を持つのが、今は自分だけという点にこそ意味がある。
『君たちの作戦会議を待ツ義理はないが、攻めても構わないのかな?』
「お好きにどうぞ。――ラウラさん!」
「な、なんだ?」
突然指名されたラウラが驚いた。
「私を気絶させて下さい!」
「待て、いきなり何を言うのだ?」
「説明はあとです!」
「説明のいる案件だと思うのだが……」
ガイラーが高く鮮やかに宙を舞う。無数の落雷と激しい雨風を従える様は、まさに天を統治する雷神のごとし。
いえ、そもそもあなたは雷エリアの守護者でも何でもないですけどね。
「考えがあんなら邪魔はさせねえよ! ぐあっ!?」
アガットが盾になるも、一蹴りでまた吹っ飛ばされる。
続けざまにクロウとエレインが前衛に立ち、ガイラーをこちらに近づけさせないよう牽制してくれた。
「ラウラさん!」
「やむを得んか……わかった!」
エマの背後に回ったラウラは、首を羽交い絞めにした。
「うっぐっむぅ……!」
「む、ギブか?」
ぺしぺしとラウラの腕を叩く。
「はあっ、はあ……あの、できれば苦しくないのがいいんですけど。ほら、首裏をトンって叩いて気絶させるのあるでしょう」
「うーむ、あれは難しいのだ。リィンはできないか?」
「俺? まあ、やってみようか……?」
お試し感満載のリィンが、エマの背後に移動する。
「じゃあ……ふっ!」
「うっ」
「ダメか。続けて行くぞ」
「うっ」
全然気絶できない。
「リィン、ここをもっとこうではないか?」
「うっ」
「手刀の形が悪いのかな……」
「うっ」
ふふ、お二人とも結構容赦なくやりますね。まあ、私が言ったことだからいいんですけども。
ガイラーさんは《ロア=ヘルヘイム》でも、私のところばっかりに現れて。
そう思っていたが、彼は私がいるところに現れるのではなく、私がいるから現れるのではないか。
そう、私一人の認識の元に成立している姿なら、私の意識が途絶えれば連動するミストマータは消せるかもしれない。
「ううっ!」
結局ラウラの手刀がいい角度で入った。視界が急速に狭まり、意識が遠のいていく。さあ、消えて――
暗転する視界の中で、彼は宝玉をこちらに投げ渡してきた。
『実にいいね。君はいつだって私の退屈を壊してくれる。石碑は監視塔の屋上にあっタよ』
●
「カトル君!」
ワジが助けに来てくれた。そしてまた一瞬で脱がされ、彼は地面に転がされる。
聖杯騎士って強いんじゃないの? それかこのクララさんが、こと脱衣に関しては規格外のテクニックを持っているのか。
いずれにせよ、僕を助けてくれる人がいなくなった。
「イヤだ! ああああ!」
作品は認められなかった。それはそうだ。ぜんぜん専門でもない人体スケッチなのだから。しかも途中のラフ画。
脱がされる! どうしよう、どうしよう、グランマ――
「ぐあああっ!」
閃く雷光。雷がクララの脳天に落ちた。プスプスと黒煙を上げて、彼女は両膝をつく。
「……へ? なんで」
呆然とするカトル。
雷は仲間内でケンカをしたら落ちてくるんじゃなかったっけ。別にクララさんは仲間というわけではないのに。
いや、今の雷。直上から降ってきてはいなかった。遠くの方。
「もしかして雷エリアから……?」
直感でそう思う。
どこかのチームが雷エリアを攻略したのかもしれない。その影響がこちらにまで連なってきた……?
とはいえ憶測に過ぎず、不意打ちの雷撃に伏してしまったクララをみやる。
「し、死んじゃったかな」
「誰がだ」
「うわっ」
むくりとクララは起き上がった。
「合格だ」
カトルにそう告げると、彼女は宝玉を投げよこしてきた。慌てて受け取る。
「合格ってどうしてですか? 僕は不合格だったんじゃ……」
「お前の作品を見た直後、私の脳天に衝撃が走った。言っただろう。素晴らしい作品に出合うと、時としてそういう精神状態になると。まるで雷が落ちたかのようだった」
「それ本物の落雷ですけど……」
「中途半端なデッサンは、人の不完全さを表現しているのだろう。その反面、モデルの人物の筋肉は実に均整が取れていた。これは合理と不合理の二面性を含めたアンチテーゼか」
「うーん?」
芸術家の感性というのは理解が難しい。僕は技術職肌だからなおさらだ。
答えに窮していると、
「そうです! カトルさんはすごいんです! 男性の裸身を描かせたら右に出る人はいません!」
「カルバードを代表する希代の芸術家。それがカトル・サリシオンよ」
「語弊があり過ぎる……」
アルフィンとスカーレットのコンビが、すごい持ち上げてくる。援護射撃のつもりらしい。
「ふん、他者の評価などどうでもいい。私は私の基準で良し悪しを判断する。私は満足した。あとは好きにしろ」
その言葉を最後に幻影のクララは消え去り、後には彼女が座っていた“月の石碑”と、地面に伏す何人かの半裸メンバーだけが残されていた。
●
ゼンダ―門の周囲に入り込めるような隙はなかった。
けたたましい太鼓の音に負けないよう、アーロンは声を張った。
「さてどうするか。猛将で強行突破と行くか?」
「いいんじゃないかしら。彼、猛将なんでしょう」
面白がってか、ヴィータも乗ってくる。
エリオットが首を横に振った。
「僕が突っ込めばどうにかなる前提で話進めてない? 無理だよ、こんなの」
依然として基地の全方位が炎上している。
その時、雨が降り出した。ヴィータの魔術でも消えなかった炎が、その雨に打たれた途端に勢いを失っていく。
「どういうことだ、こいつは……。しかしラッキーには違いねえ。今のうちに突入すんぞ!」
二刀を鞘から引き抜き、アーロンはゼンダ―門の中へと駆け出した。
第三機甲師団のふんどし
「慎重に策とかは練らないタイプなのね。私たちも赤毛君に続くわよ。さあ先陣を切って、猛将さん」
「お願いするわ、猛将!」
「猛将の援護はお任せを!」
「もう定着してる……」
ヴィータが扇子を振るい、エステルがロッドを大回転させ、ノエルはマシンガンを乱射する。
女性陣がやたらと強く、一騎当千の戦いぶりだ。怒号が入り乱れ、ふんどしが宙を舞う。もはや拠点攻略戦だった。
「こっちだ、クレイジー! ここはそいつらに任せて、オレと一緒に頭を叩きに行くぞ!」
「誰一人正しい名前で呼んでくれない!」
エリオットはムービングドライブを駆動させながら、アーロンの後を追った。
雨のおかげで炎が押さえられてはいるものの、いつまた勢いがぶり返すかわからない。
立ちはだかる敵勢を蹴散らし、二人は急いで基地内部に入った。階段を一気に駆け上がり、屋上へとたどり着く。
そこに待ち構えていたのは、やはりゼクス・ヴァンダールだった。
「黒い霧がねえ。ミストマータじゃなくて“幻影”ってことだな。一応確認するが、主格者のガイウスってやつに創造できる相手なのか?」
「日常的に会ってるわけじゃないと思うけど、もちろんガイウスとの面識もあるよ。それにまあ……ガイウスは猛将騒動を初期から知ってるし、あのゼクス中将が再現されているのは納得かな……」
「猛将の生き証人か。深い歴史を感じちまうぜ」
「そんな感慨深いものじゃない、絶対」
ゼクスが口を開いた。
「待っておりましたぞ、猛将。あなたの探し物はこちらに」
ゼクスの後ろに“月の石碑”と、荘厳な台座に祭られた《猛将列伝》があった。その表紙に宝玉が埋め込まれている。
「《猛将列伝》に雄々しく剣を突き立てなされ。それが宝玉を取り外す方法です。無論、私を倒してからという話になりますが」
「おもしれえ」
アーロンが進み出た。
「《猛将列伝》の登場人物の一人。一度剣を交えてみたいと思ってた。助力は無用だぜ、クレイジー」
「若造が粋がりおるわ」
ゼクスの筋肉が膨れ上がり、軍服が弾け飛んだ。バラバラと勲章バッジが地に落ちる。
それを合図に打ち合う二人の剣。
剛のヴァンダール流と柔の東方剣術が、さながら舞いのように交錯し、幾度も火花を散らす。
「ほう、口だけではないようだな!」
「そっちもな! だが!」
ゼクスの脇を抜け、アーロンは《猛将列伝》に目標を定めた。優先順位は忘れていない。これで終わりだ。
勢いよく剣先を表紙に突き刺そうとして――アーロンは止まった。
「っ、できねえ……! 俺にこの本を傷つけることは……!」
これは聖典。まだ下巻も読めていない。無下に扱うなんざ愚の骨頂だ。
「……勝負の最中に動きを止めるとは」
「笑えよ。自分でも驚いてる」
「いや……お主も血潮滾る漢であったか。この試練、合格とさせてもらう」
「
「何も言うな」
ゼクスの足元から光に包まれ、その体が薄れていく。
「名は?」
「アーロン・ウェイ」
「アーロン。お主を《
「アンタの生き様、忘れねえ」
世代を越え、国を越え、紡がれる漢の友情。
その後ろでは、エリオットが《猛将列伝》から無言で宝玉をもぎ取っていた。
●
リゼットとエリゼは雪だるまに囲まれている。見つかってしまい、逃げ場を塞がれてしまったのだ。
「わたくしが戦って注意を引きます。エリゼ様はその間に離脱して、他の方々と合流して下さい」
「それではリゼットさんがもちません。私も派手に立ち回りますから、皆さんに気づいてもらえるようにしましょう」
「しかし下手をすれば二人とも助かりません」
「上手くやれば二人とも助かります。犠牲を払って生き延びることを、私は良しとはできません。たとえそれが合理的な判断であっても」
エリゼはレイピアを引き抜いた。
なんて芯の強さだろう。自身の価値観と優先順位にブレがない。
「同年代のはずですが、エリゼ様はわたくしより大人びて見えます」
「え? リゼットさんの方が落ち着いていて大人っぽいですよ」
「いえいえ、エリゼ様の方が年上に思えます」
「どう見てもリゼットさんですって」
会話の最中に襲ってきた雪だるまの一体に、エリゼのレイピアとリゼットのダガーが瞬時にして無数の斬撃を入れる。
粉雪が散り、その雪だるまは倒れた。
「個体としての戦闘力は高くないようですが……」
「問題は数ですね。やむを得ません。エリゼ様の案で行きましょう」
リゼットはシャード展開をした。
エリゼの考えはよくわかったが、もしもの時はやはり彼女だけでも逃がすつもりだった。
雪だるま達が身をかがめた。一斉に飛び掛かってくるつもりだろう。
リゼットとエリゼも構える。一触即発、絶体絶命のその時――
『ソイヤッ』
天から響く謎の掛け声。
同時に近くの枯れ木が燃え上がった。火は瞬く間に広がり、雪だるま達を覆い囲む。
『ソイヤッ、ソイヤッ』
太鼓の音も聞こえた。火は激しさを増し、雪だるま達を溶かしていく。さらに最初に燃えた木の表面が崩れ落ちて、中から“月の石碑”が現れた。
「な、なんでしょう、これ。いきなり火が出るなんて。あと男性の掛け声みたいなのも」
「わかりませんが好機です。突破しましょう」
範囲アーツも駆動させながら攻勢に転じる。
そのタイミングで、分断されていた仲間たちも駆け付けてきた。
アリサが矢で射抜き、シャロンは鋼糸で切り刻む。地に落ちた雪だるまの残骸をセリーヌが片っ端から燃やしていった。
「こいつが親玉か!」
トヴァルが後方に隠れていた一体の後ろを取る。スタンロッドの打突が雪だるまの後頭部を貫通し、そのまま左目の宝玉を押し出した。
一番おいしいところだけをさらったお兄さんだった。
謎の発火現象により、雪だるま軍勢は全滅。
宝玉を拾い上げたトヴァルはご満悦の様子だったが、対してエリゼは不満げだった。
「……トヴァルさん、助けに入るタイミングが良すぎでしたよね。もしかして近くにいて機を窺っていたとか」
「え? いや、まあ……その方が一網打尽にできる可能性があったというか……もちろんピンチと思ったらすぐに助けに行くつもりだったぜ?」
「ずっとピンチでしたけど」
「そ、それはだな」
「エリゼ様、先ほどのお話です。感謝は素直に表しませんと。それにケンカ認定されると雷が落ちてきますよ」
リゼットにたしなめられると、エリゼはぐぐーっとこらえて、
「くっ……助けて下さり、ありがとう……ございました」
「そんなに納得いかなさそうなお礼は初めて見ました……」
●
まずい。よりにもよって剣帝レオンハルトのミストマータだなんて。
寒さで体が固まり、ろくに動けないこの状況で、まともに太刀打ちできる相手ではない。
その姿に懐かしさを覚える余裕もなく、ヨシュアはかじかんだ手で剣を握った。
「レーヴェ……!」
「レーヴェって……おい、まさか」
ヨシュアの呼んだ名前に反応したのはアッシュだった。
そうか。彼が最後にレーヴェと会ったのは幼少の頃だ。一目ではあの“レーヴェ兄ちゃん”だとわからなかったのだろう。
他の誰も面識はないはずだが、レオンハルトの名前自体は知っているらしい。マキアスたちは警戒している。
『お前タちが霧を――』
「あ……」
レーヴェの声だ。もう二度と聞くことはできないと思っていた。
別れは済ませたつもりだった。大切な思い出は心に刻み、とっくに前を向いていたつもりだった。
それなのに、一瞬で揺らぐ。
レーヴェ相手にその刹那の惑いは致命的であることを思い出した。
彼は魔剣《ケルンバイター》を手にしている。今、攻撃を仕掛けられたら――
「うっ!?」
急にどこからか熱風が吹き込んできた。洞窟に充満した熱気が、全ての氷結をあっという間に溶かしていく。
レーヴェが何かしたのか? そう考えたが、おそらくこれはレーヴェの出現とは関係ない現象だ。
傷一つ付かなかった巨大な氷壁さえ完全に溶かしきり、“月の石碑”があらわになる。
「いったい何が……」
とにかくこれで宝玉をはめられる。しかしレーヴェをなんとかしなくては。
頭数も少ない上に体力も低下しているのに、果たして彼を押さえるなんてことができるのか。
アッシュの前に立ち、最大限に牽制するヨシュア。
レーヴェは二人を一瞥すると、静かに踵を返した。
「……僕はヨシュア・ブライトだ」
なぜ名乗ったのか、自分でもわからない。きっと認識して欲しかったのだと思う。たとえ霧人形だったとしても。
続く言葉は浮かばず、ヨシュアは離れていく背中を見送るしかなかった。
●
天変地異だった。
ここは地エリアのはずだ。砂漠を遭難するという理不尽を突きつけられる地エリア。
しかしこれはどういうことだ。
風が吹き荒れ砂嵐と化し、必死で耐えていたら今度は雷が辺りに落ちだした。さらには炎に包まれるし、大雨も降ってくるし、最終的には雪まで降ってくる始末。
全ての天候が凝縮されているようだった。猛威を振るう大自然の前では、いかに人間が小さな存在なのかを否応なく叩き込んでくれる。
「うっ、ぐう……」
アニエスとクローゼをかばっていたから、体が砂つぶてで擦り傷まみれだ。
風が収まってきた。ようやくうっすらと目を開けられる。目の前に宝玉が転がっていた。
「……は?」
さらに砂がほとんど消えて、黒土の大地になっている。さっきまでの突風が砂を吹き散らしたせいかもしれない。砂漠の地面はそういう仕組みではないはずだが……。
首を上げる。前方に石碑が見えた。“月の石碑”だ。多分、最初からそこにあって、砂がはけたおかげで見つけられたのだろう。
宝玉をつかみ取り、這うようにして“月の石碑”の元へ。
そして最後の力を振り絞り、ヴァンは宝玉をくぼみにはめた。
●
全員が始まりの春エリアに強制転移されてきた。
全ての“月の石碑”に宝玉をはめこむと、そうなる仕組みだったらしい。
「みんな元気で無事に戻って来てくれて嬉しいわ。心配していたのよ」
小屋の裏手に集合した全員の前で、しれっとレンが言った。
「お前にはこれが元気で無事に見えるのか。あと心配していた割には優雅に過ごした痕跡があるんだが」
半死半生のヴァンが皮肉たっぷりに頬をひくつかせた。
砂漠で遭難した自分たちが一番大変だと思っていたが、それなりに皆がぼろぼろだった。
「ゆっくり紅茶でも飲みながらみんなの苦労譚を聞きたいところなのだけど、もう時間がないの。太陽の石碑を見て」
春エリアの“月の石碑”の横に、その“太陽の石碑”はある。そこには減少していく数字が表示されていた。
「時間制限があったのかよ! おい待て……あと10分だと!?」
「むしろ連絡が取り合えない状態で、よく10分も残して全チームが帰還できたと感心するわ」
“太陽の石碑”に反応があった。
あらかじめ埋め込まれていた九つの宝玉が、“月の石碑”の宝玉とも連動して輝きを取り戻していく。
“太陽の石碑”の表面に新たな文章が出現した。それは各地区の“月の石碑”に浮き上がってきた言葉がまとめられたものだった。
【全ては春から始まりし運命】
【残り雪は解けて消え、想いを抱いて異国へと】
【踏みしめた大地はあまりに脆く、ただ立つことさえ難しい】
【雨ばかりが降りしきり、叫ぶ声は霧に紛れて届かない】
【それでも夏は世界を照らし、確かな希望を開いてみせる】
【予期せぬ降雷が、私と友を引き裂いた】
【実りの秋は訪れず、落ちた果実は赤葉の下へ】
【しかして黒き冬は終わりを迎え、自然の中で生命は巡る】
【底に食い込む根は抜けずとも、いつか悠久の風が吹くことを】
九つ文章が出そろったと同時、何人かが光に包まれた。トールズの旧Ⅶ組だった。
「こいつは転移の光か? どうしてお前らだけ……?」
「ガイウスが呼んでいるのは、きっと俺たちだからだ」
リィンはそう言い切った。
「主格者の力で誘われているなら、転移先にいるのはガイウス本人だろう。会って直接望みを叶えてくる」
「わかったのか? この文章の意味が」
「まだわからない。だがタイムリミットもあるし、ゆっくり謎解きしている時間はない。推察しながら動く」
「あと10分しかねぇ。やれるのかよ?」
「やるさ」
リィンにはまるで迷いがなかった。
分かたれた各区域は、おそらくガイウスの望みを象徴する断片だ。
点と点で拾ってきた想いの欠片を繋ぎ合わせられるのは、やはり共に苦難を乗り越えてきた彼らにしかできない。
ノルドエリア攻略に向けて、最後の転移が始まる。
「じゃあ行ってくる。必ず第六の霧も晴らしてみせる」
膨れた光が弾け、Ⅶ組の姿をかき消した。
ここまで来たら、あいつらを信じて待つしかできない。
バイクのエンジン音がした。ベルガルドが自前のバイクに乗っている。
今気づいたが、ベルガルドが一番傷だらけだった。
「師父!?」
「転移先の光が遠くに見えた。地続きの場所なのであれば、バイクならぎりぎり間に合うやもしれん」
「ですが……」
「私もガイウスに確かめたいことがある。そしてそれは、夢に囚われている時だから聞けることなのかもしれぬ」
“囚われ”は願望が表に出やすくなる。普段は寡黙でも、今なら心情を吐露しやすくなっている。
「師父が何を確かめたいのか、俺にはわかりません。止めはしませんが……今はシュバルツァーたちが霧を晴らそうとしている最中です」
「状況は理解しておる。彼らの邪魔をするつもりはない。心配ならついてくるがいい。バイクはあるのだろう?」
「お、俺もですか?」
「不測の事態は起こり得る。信じて待つのも良いが、追いついて助力ができるならそれに越したことはない」
サーキットエリアを抜けて来たバイクは、この春エリアを覆う柵の入口に停めてある。
ベルガルドの言う通りではあった。
Ⅶ組だけで対応できない可能性もあるし、タイムアップ時に何が起こるかも不明だ。
「わかりました。――バイク持ちはすぐに準備しろ。各機タンデムで向かう」
ヴァンたちが急ぎ準備をする中、ベルガルドはすでにバイクを走らせていた。
●
転移した先は巨像の前だった。大地の至宝《ロストゼウム》――その抜け殻である。
巨像の前には玉座があった。そこにガイウスは座っている。
しかし玉座を支える長方形型の石台は相当な高さがある。離れて見上げなければガイウスの姿を視認することができないほどだ。
「ガイウス! 俺だ、リィンだ! みんなもいるぞ!」
返答はない。リィンは振り返って首を横に振る。十人の旧Ⅶ組がそろっていた。やはり呼ばれたのは自分たちだけだった。
「つーか俺もⅦ組メンバーに入れられてんのかよ。やれやれだぜ」
「ガイウスがその認識ってことだろう。今さら違うなんて言っても聞かないからな」
「へいへい」
軽口を叩くクロウだが、ちょっと嬉しそうだったりする。学校エリアで赤服が用意されていた時と同じ反応だ。
改めてリィンは眼前の台座を調べてみた。
高さは目算で17アージュほど。石造りで幅は一面が約5アージュ。完全な長方形ではなく、やや台形をしていた。
なので上に向かう傾斜はあるが、表面に手掛けられるような凹凸もなく、とても素手で登れる形状ではなかった。
この頂上にガイウスが鎮座している。そして残り時間はほとんどない。
汲み取れ。感じ取れ。
正直、ガイウスが主格者になるほどの強い願いを抱いているというのは想像していなかった。
普段から穏やかで、どちらかと言えば、自分の望みを叶えるために何かをするよりは、他の誰かのために自分の都合を後回しにして動くような性格だ。
考えろ。主格者が創り出したメインエリアは、少なからずその人物の心が反映されている。
思い出せ、ノルドエリアに来てからのことを。
サーキット場でのレースに続いて、ノルド高原に分かれての区画攻略。
そこでの諍いはペナルティというルールに加え、異能の力は消されるという制限。
……統一性がない。それぞれに繋がりを感じられない。これらはガイウスの願いから連なる現象のはずなのに。
いや、俺たちは難しく考えすぎていないか?
これだけのエリアが創造されるのだから、それに伴うような大きな願望があるのだと、勝手に思い違いをしていたのではないか?
俺たちの知るガイウスは、やっぱり純粋な人間だ。
「もっと単純なことなのかもしれない。もしかしてガイウスが欲しいのは……」
リィンは自分の考えを仲間たちに述べた。
みんなも薄々感づいていたようだ。エリアの構成がどこかガイウスらしくない。でもそれこそが心の奥底に沈むものだった。
「下から声をかけ続けてもきっと無駄だろう。まずはガイウスと同じ場所まで行って、目線を合わせる必要がある。ガイウスの手をつかむんだ」
「でも、どうやってよ」
アリサはそう言って、石台に触れた。
「異能がダメなら、エマの転移術は使えない。アガートラムも消されるだろうし、ガイウスのいる頂上まで届く手段がないわ。……あら、この石。材質が石切場のものと似ている気がするけど」
「待て、アリサ! その姿勢のまま動くな」
ラウラが走ってきて、アリサの肩に登った。
「あうっ!? ちょっとなんなの、ラウラ!?」
「ふむ……もう一人来てくれ。とりあえずマキアス、そなたに頼めるか?」
「あ、ああ」
戸惑いながらもマキアスはアリサをよじ登り、さらにラウラの肩に立つ。
「なるほど、ラウラの言いたいことがわかった。みんな聞いてくれ。この台座の一面の長さがおよそ17アージュだとしたら、僕ら10人の身長を足せばどうにか到達できるかもしれない。しかも台形で各面には60度近い傾斜もある。生身のクライニングでは到底無理だが、数珠繋ぎの人間梯子ならやってやれないことはない! 試しにユーシス、登ってこられるか?」
「了解した。ふっ、土壇場の小細工にしては悪くない」
「悪いわよ! 肝心なところ間違ったまま進んでるからね!」
アリサの怒りを無視して、ユーシスは一気に駆け上がった。
「他も続くがいい。時間がないぞ!」
「次は俺だ。真ん中でお前らを支えてやる」
クロウが行く。アリサがうめいた。
「うぅっ、おかしいわよ。なんでクロウが真ん中なのよ。一番下を支えなさいよ……」
「見切り発車のまま続行しちまったんだからしょうがねえだろ。文句は二番手のラウラに言えって。いや、このまま行く流れにしたのは三番手のマキアスか? でも続けって言ったのは四番手のユーシスだしな……」
「もう誰だっていいわよ! ねえ! 体重とか体力とかを加味して、もう一回組み直さない!? ねえってば!」
必死のアリサをリィンがなだめる。
「すまない。俺もそうしたいが、残り時間が三分を切ってる。今から肩車の順番を練り直す余裕がないんだ。それに女子の体重を開示することになるぞ」
「細かく列挙しようなんて思ってないわよ。なんとなくよ……なんとなくわかるでしょ、そういうの……!」
「傾斜に寄りかかるような姿勢だから、垂直の壁よりは耐えやすいはずだ。ラクロス部の練習を思い出すんだ!」
「こんな練習した覚えない……。せめて早くして。私の肩が死ぬ前に……」
エリオット、エマと続く。ちなみにエマは、ついさっき気絶から復帰したところだ。
順番はもうアバウトだった。女子が途中に挟まっているので、下層の男子は上を見てはならないルール発動である。
「よし、次は俺が」
「私が行くよ。リィンはなるべくガイウスに近い方がいい。私の体躯でもニ、三人は支えられると思うし」
フィーが軽やかな身のこなしでエマまで駆け上る。
リィンもすぐに後を追い、フィーの肩に乗る。
そして最後の一人であるミリアムがリィンの肩に乗った。
「ダメだよ、リィン! ボクじゃ全然届かない!」
「くそっ……!」
ミリアムの身長を加算しても、あと二アージュ近く足りない。刻々と時間だけが過ぎていく。とうとうアリサが無言になった。
「わわっ!?」
不安定な足場に、ミリアムがバランスを崩した。
その衝撃は最下部まで伝わった。
「う……もう限界……」
アリサの膝が折れそうになる。
「気を強く持て、アリサ嬢! あとほんの少し辛抱して欲しい!」
轟くエンジン音。バイクを乗り捨てる勢いで、ベルガルドが走ってきた。片膝をついて身を屈めると、アリサの足首を掴む。
「な、なにベルガルドさん!?」
「失礼する! むぅんっ!」
アリサごとⅦ組10人分を持ち上げ、自分の肩に乗せた。そこからさらに立ち上がろうとする。とんでもない膂力だ。
しかし膝は立たなかった。雨エリアの攻略で、彼は負傷している。腕や足に血の跡があった。
「ぐっ……っ。ガイウスよ、聞こえるか!?」
「……その声。バルクホルン師父……?」
ガイウスが反応した。
「……久しいな。あの日、お前に聖痕を託して以来になるか。息災で何よりだ」
「どうしてここへ?」
「聞きたいことがある」
ベルガルドは膝をついたままうつむいた。
「私から聖痕を譲渡されたことを後悔してはいないか?」
「師父……?」
「あの時はああする他なかった。お前もうなずいてくれた。だが状況が状況だった。私はお前の本当の気持ちを確認できていない」
苦々しい声だった。
「その後の人生の枷にはなっていないか? 争いを好まぬお前に戦う力を与えてしまった。それだけが……」
「それは……違います。この聖痕があったから俺は家族を守れた。仲間たちの力になれた。後悔などするはずがありません」
「それだ。お前は物分かりが良い。年齢以上に泰然としている。それでもやはり二十歳そこそこの若さなのだ。納得いかぬことがあるのなら、全てを飲み込もうとしなくていい。……だから霧に囚われたのかと」
「囚われ……? 嘘偽りはありません。状況に迫られたからじゃない。聖痕を受け継いだのは紛れもなく俺の意思です。今の道は自分で選んだ。師父にはただ感謝しかありません」
「そうか……。私こそ感謝する。同時に理解もした。この夢幻のノルドの構築は、それとは関係ない事情であることが――ぬううん!!」
ベルガルドはじりじりと腰を持ち上げた。十人分の重さを引き受けた大腿から血が噴き、両の腕からも鮮血が滴り落ちる。苦痛にゆがむ顔面は汗まみれだ。
「部外の者が出しゃばり、申し訳ない事をした。あとはおぬしの友人たちに任せよう」
完全に立ち上がった。二アージュ近い巨躯が加わり、頂上へとさらに近づく。残り時間は一分もない。
「行けるか、ミリアム!」
「まだちょっと足りない! こうなったら一瞬だけでも……来て、ガーちゃん!」
ミリアムはなりふり構わずアガートラムを呼んだ。
彼女を抱きかかえ、素早く頂上まで運ぼうとして――わずかに間に合わず、アガートラムが消される。やはり《アンドヴァリの指輪》の力が発動したらしい。
「わわっ!」
「手を伸ばせ!」
かたわらを落下するミリアムの腕を、リィンは右手だけでつかんで引き留める。
しかし衝撃で全体が右に傾いた。いかにベルガルドでも支えきれない。倒れる――
「カルバードチーム、総員で右から師父を支えろ!」
遅れて追いついてきたヴァンたちが、ベルガルドのサポートについた。
「クロスベルチームは左につく! 土台を固定するんだ!」
ロイドたちも素早くフォローに入った。
「リベールチームは後ろよ! ベルガルドさんの背中を押して!」
エステルたちが背後を固める。
「その他のエレボニアチームは、えーと、入れる隙間がないから先輩方を応援!」
ユウナたちが声を張り上げる。
さすがに全員は連れてこれなかったが、バイクで先行してきた大人数でⅦ組タワーの下支えとなった。
崩れていたバランスが、つかの間に持ち直した。
リィンは首を上げる。視界に映るのは、霧の滞留するノルドの空だけだ。
「……ここまで進んできて、ガイウスの心がわかった気がする」
相手の顔はやはり見えないが、リィンにはガイウスが息を呑む気配が伝わった。
「サーキットエリアは戦争の代替えで作ったんだろう。ノルドは歴史的にエレボニアとカルバードに挟まれるが故の戦禍に巻き込まれてきたからな」
観客席に帝国と共和国の軍人が多かったのは、常に両大国に見られているという認識がガイウスにあったからだ。
そして血を流す以外の方法で解決して欲しいという願望が、あのレース場を創り出したのだ。
「ノルド全域に広がっていた季節もそう。四季がごちゃ混ぜだったり、暑さと寒さだったり、あれは本来なら同時に成立するはずのない天候だ」
ちぐはぐな数多の季節は、板挟みとなるノルド高原という環境の比喩に思えた。
互いに連動しつつも、矛盾を抱えたまま成り立っている危うさが、これ以上ないくらいにノルドを象徴している。
そこで分かれた九つの区域に、ガイウスの想いが散らばっていた。
「そう、矛盾だ。ここは色んなものが相反しながら、ノルドエリアとして包括されている。その矛盾を解消したい。それこそがガイウスの望み――なんかじゃないだろ?」
そもそも異能を宿す身ながら、異能の力を消す《アンドヴァリの指輪》を有しているのも一つの矛盾だ。
世界には嘘、欺瞞、矛盾がはびこり、決して綺麗なだけではない事を、彼はとっくに受け入れている。
「だからガイウスの本当の願いは――っ!」
右手だけでつかんでいたミリアムを、力いっぱい上に放り投げる。その動きがきっかけになって、とうとうⅦ組タワーは倒壊した。
落ちゆくリィンたちと引き換えに、ミリアムは頂上に到達する。
「えへへ、つーかまーえたっ。そういえばみんなと初めて出会ったのは、このノルド高原だったよね。ボクにとっても思い出の場所なんだよ」
ガイウスは驚いた顔をしていた。その手をミリアムは強く握る。
「
たとえ聖痕という異能を持っていても、守護騎士という他を隔絶する役割を担っていても、綺麗なだけじゃない世界でいつか嘘や欺瞞にまみれても。
いつか争いのない日々を迎えるために、戦いの槍を振るい続ける。
その矛盾ごとガイウス・ウォーゼルだと、仲間たちにはわかって欲しい。
それが言葉にできなかった彼の想い。雄大に創造されたこのノルド高原とは相反するかのように、とても小さく個人的な彼の願い。
「そうか」
理解を示す、たったの一言。それだけで救われるものがある。
ガイウスは屈託なく笑った。歯を見せて、年相応の笑みを。
●
ノルドの霧が晴れていく。エリアの広さからして、相当大量の霧がどこかへと吸い込まれていった。
「攻略完了だな……」
ヴァンは石台の下で団子になった面々の中から抜け出した。
ガイウスに何を告げて、どのような願いが果たされたのかはわからない。だがやはり、彼の同輩であるⅦ組にしかできないことだったのだろう。
石台の上からガイウスが飛び降りた。抱えていたミリアムを地面に降ろすと、彼はヴァンに近づいてきた。
「あなたにこれを渡さねばならない気がする」
ガイウスは《アンドヴァリの指輪》を取り外すと、ヴァンに差し出した。
「おっと、主格者からのアイテムか。まさかそいつをもらえるなんてな。記憶の混濁はないのか?」
「頭の中がぼやけているが、多分大丈夫だ。迷惑をかけたことは何となく覚えている。すまなかった」
「それはお仲間に言ってやってくれ。ありがとうの方がいいと思うけどな」
ガイウスはふらつきながらも、ごちゃごちゃに絡まっているリィンたちを助けに行った。
「ともあれ、これで第六のエリアを突破か。かなりギリギリだったが……。第七のエリアが出てくるまでには時間がかかるだろうし、さすがに休息しねぇと――」
『わーはっはっはー!』
急に上空から響き渡る少女たちの笑い声。
見上げた大空には、巨大な白亜の船体が浮かんでいた。
「あ、あれは《パンタグリュエル》じゃないか!?」
リィンが言った。
その名はもちろん知っていた。アルノール家が保有し、《千の陽炎》作戦の際には、各国首脳会合にも使われた儀礼戦艦だ。
しかし元々は十月戦役時、貴族連合が旗艦として使用していたものである。
ノルドの大地にあった霧は晴れた。しかし《パンタグリュエル》の周りには、広範囲に渡って霧が未だ存在している。
『この世界は! 我々《新生帝国ピクニック隊》が頂いた!』
少女たちの高笑いは続く。
そういうことか。第六のエリアは大地のみ。
第七の――最後のエリアはこの空だ。
――つづく――
《話末コラム①》【落雷】
エリア攻略の最中、諍いをした時に落ちてくる雷は、雷エリアから召喚されている。
これはトールズ在学中に「あんまりケンカばっかしてたら雷落とすわよ!?」というサラの怒りが、ガイウスにとって印象強かったために再現されたもの。そのせいなのか、色合いがどこか紫電。
●
《話末コラム②》【ノルド攻略・真】
ノルドエリアは各地区ごとの相互連動型である。
本来は雷エリアを最初に突破することで、監視塔屋上の導力派妨害装置を無効化し、遮断されていた《ARCUS》の通信機能を復旧。
そこから他エリアのメンバーと連絡を取り合いながら、攻略に有利に働く天候エリアを優先的に進めていくというのが正しい攻略手順であった。
しかしながらガイラーさんが雷エリアに現れたために、エマたちの意識は完全に彼に持って行かれ、妨害装置の存在にまったく気付けなかった。
これにより連携を取る手段が戻らないまま、全エリアが手あたり次第に宝玉を“月の石碑”にはめることになり、天候と自然が入り乱れて荒れに荒れたのだった。
特に地エリアの砂漠が大自然のるつぼと化しており、下手をすればヴァンたちのチームは全滅する羽目になっていた。
●
《話末コラム③》【指輪】
指輪をはめる指には左右でそれぞれに意味があり、たとえば右の親指なら威厳や勇気、左手の薬指なら愛や絆を司っている。
そして右手の中指には、邪気払いや直観力などインスピレーションを高める効果があるとされる。故にガイウスは《アンドヴァリの指輪》を右中指につけていた。
●
《話末コラム④》【ガイウス・ウォーゼルの願い】
尊敬していたベルガルドから聖痕という異能の力を引き継ぐことに、重責は感じても忌避や抵抗はなかった。聖杯騎士としての使命も理解し、受け入れた。
しかしもうⅦ組の輪の中に戻れないのではという漠然とした不安があった。
仲間である彼らが、当然のように自分を受け入れてくれることなどわかっていた。育んできた絆と培ってきた信頼があるから、そこに疑念はなかった。
事実、身の内を打ち明けたあとでも、リィンたちは変わらず接してくれている。当初に抱いていたその気持ちは、払拭されたと思っていた。
それでも己の聖痕の力が増していくにつれ、自分は彼らから離れて行っているのではないかと、再び小さな不安に駆られるようになった。
そんなことはないと自分に言い聞かせるが、心に刺さった見えない棘は抜けようとしない。
だがそれを確かめようとすること自体に、どこか罪悪感を覚えてしまう。お前は仲間を信じていないのか、と。
とある夢の夜。幻影のノルド高原に佇んでいた彼の元に《王》は現れた。
持たざる者に戻りたいのなら、それで自身の異能を消せと言い、《アンドヴァリの指輪》を授けた。
ガイウスの望みは、そうではなかった。
ただ一言、仲間から言って欲しい言葉があるだけだった。
それを聞いた《王》は、こう告げた。
ならばお前を六番目にしてやろう、と。