黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
アークライド事務所の屋上からジョルジュが消えて、三日が経った。
七番目の《
「えええええええ!?」
その空に向かってアルフィンは絶叫した。
「ちょっと姫様! 声が大きいです! ミストマータが出てきたらどうするんですか!?」
巡回中に新たに発見したカレル離宮エリア。自然の岩肌や滝に囲まれた景観を臨む、離宮東棟のテラスで休憩中のことである。
エリゼにたしなめられるも、アルフィンの興奮は収まらなかった。
「ミストマータには遭遇するのが目的の一つになってるんだから、それはそれでいいじゃない!」
「そうかもですけど……不意を突かれるよりも、こちらからの発見が望ましいわけですから」
今後の方針として追加になったのは、ミストマータとの接触をむしろ狙っていくことだった。
《ロア=ヘルヘイム》を統べし統括主格者――《王》と繋がり、その為に行動する何らかの存在。新たな情報はそこにこそある。
アリアンロードのミストマータが攻略済みのエリアに現れたことから、相手は霧がなくとも活動できることがわかった。
つまり巡回中に出くわすケースもあり得る。とはいえ敵の戦闘力は高く、危険が伴うので、今後は最低でも二人以上での散策が推奨されることとなった。
「そんなことはどうでもいいの! それよりもセドリックがエリゼに告白した方が大事件だわ! ふわああ!」
「ふわああって……告白とか別にそんなんじゃないですって。なんといいますか、こう、その『好きだ』って、ぼそっとつぶやいただけで」
「うおおおおお!」
「姫様が言っちゃいけないタイプの叫びです、それ」
「なんなの!? それでどうするの!?」
「どうって……友人としてみたいな意味合いだと思います。だから別に……」
「うちの弟じゃ不満だっていうの!?」
「そ、そんなこと言ってません」
いつになく姫様の圧が強い。
「……でも本当に真意がわからないんですよ」
「まあ、それはそうよね。愛の告白にしても、さすがにミストマータとの戦闘中というのはどうなのって感じよね」
「……はい」
あれはどういう意味だったのだろう。考えても答えは出ない。
でも、もしもそれが確かに恋愛感情からなる言葉だったとしたら、私はどうすればいいのだろう。
彼のことは決して嫌いではない。むしろ好意的に思っている。信頼もしている。
だが恋愛の対象というよりは、敬愛の対象に近い。今までそんなふうには見てこなかった。
それに身近過ぎて忘れてしまいがちだが、セドリック・ライゼ・アルノールはエレボニアの皇子だ。決して一般人ではない。
「うーん、私たちだけじゃ動きづらいわ。セドリックったらわたくしにも何も言って来ないもの。報告連絡相談は姉弟の基本なのにねえ」
「上司じゃないんですから。でも動きようがないのはその通りです。私の勘違いという線もありますし、それで変に意識してしまうものどうかと思うんです」
「勘違いってことはないと思うけれど。……そうね。ここは一つ、第三者を頼るというのはどうかしら?」
「第三者? 関係ない方を巻き込むのは本意ではありませんが」
「大丈夫よ。いい方法があるわ」
自信もたっぷりに、アルフィンは提案した。
「その海よりも深い問題の解決の為に、ヴァンさんに4spgで依頼しましょう!」
《――★第35話 恋歌の軌跡(前編)★――》
「色恋沙汰を4spgで解決しろだあ!?」
「そういうことになります」
異世界で4spgを受けることになるとは思いもしなかったが、これまた突飛な依頼が舞い込んできた。
アークライド事務所の応接間で深刻な顔をしているのは、クルトとセドリックだった。
ソファーに通して以降、セドリックはほぼ口を開かず赤い顔でうつむいていて、状況説明は全てクルトがした。
内容をまとめると、こうなる。
サーキットエリアで使う導力バイクを作成中、セドリックとエリゼは空いた時間でローエングリン城の巡回に出かけた。
そこで元結社の使徒第七柱、アリアンロードのミストマータの襲撃を受ける。ここまでは彼らからの報告で共有されていたが、実はもうひと悶着あった。
その戦闘中、セドリックがエリゼに『好きだ』と言ってしまったのだ。
はっきりと告げた為にごまかすこともできず、続く第六エリア攻略でうやむやになってしまい、ノルドから戻ってもエリゼとはまともに話していないという。
「あー……依頼を受けるか否かはさておき、どうして殿下はそんな誤爆をなさったんで?」
セドリックはおずおずと、半分くらい顔を上げた。
「……どうしてと言われたら自分でもわかりません。アリアンロードと対峙するエリゼさんが凛としていて、その、格好良くて……気づいたら口に出していたと言いますか……」
「つまり憧れみたいなもんですか。それならそうと言えば、ややこしい誤解もなく話が早いのでは?」
「う……」
「いえ、憧れだけでなく、セドリックはエリゼさんに対し、異性としての好意を抱いています」
黙ってしまったセドリックの代弁をクルトが始めた。
「エリゼさんにしてみれば、仲間に対しての好意とも取れますし、だとしてもそのタイミングはおかしいしで、セドリックの気持ちを量りかねているのでしょう」
「だったらやっぱりエリゼ嬢にストレートに伝えるのが手っ取り早いんじゃねえか?」
「それができるセドリックなら苦労はしません。立場上、迂闊な人選での相談もできません。だから4spgという形で依頼しに来ました」
「殿下から恋の相談なんて、そりゃ誰でも構えるもんだろうが……だが4spgってのはそういう何でも屋とは違う。もっとグレーな案件を扱う稼業で――」
「グレーです」
クルトは言い切った。
「引くも押すもできず足を止めてしまったこの煮え切らない感じは、どう見てもグレーでしょう」
「そういう意味じゃねえよ! あとお前さん、殿下のフォローしてるようで、そこそこ傷口えぐってるからな!」
さて困った。4spg向きではないのは確かで、何より俺がこの手の内容は不得手だ。
それにジョルジュ・ノームのこともある。姿を消して早三日、
正直、他のことに時間をかけている余裕がない。
どうにか理由をつけて断れないものか。
「この依頼をお受け下さり、解決まで導いて頂けた暁には、エレボニア皇室御用達の菓子折り詰め合わせ一年分をお贈りしたく思います」
「まずは具体的な決着点から決める必要があるな。そこから行動指針を詰めていくのがいいだろう」
「では……!」
「若者の悩みは放っておけねえタチでな。さあ、より良い未来へ向かうための話し合いを始めようぜ」
気づいたら受けちゃっていた。だが打合せはすぐに難航する。
勢いで口走ってしまったセドリック自身が、落とし所をどこにすればいいのかわかっていない。
気持ちを改めて伝えたいだけなのか、それとも――。
「私も協力するわ」
そう言って事務所のドアを開いたのはエレインだった。
「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったの。ただ話が聞こえてしまってね。この件に関して、そこの所長さんよりは力になれると思うけれど」
「ぐっ」
悔しいが、その通りだ。そして女性目線の意見も欲しいところではあった。
「わかった。よろしく頼む」
「ええ、任されたわ。セドリック殿下にも繊細な背景があるようですし、ひとまず場所を移しましょうか」
チーム
●
アニエスは誰もいない応接間の掃除をしていた。
普段は学校があるから、こんなにも毎日事務所にいるのは新鮮だ。少し楽しい。
「次はコーヒー豆にスティックシュガー、あとミルクのストックの確認と」
そして忘れてはいけないお菓子の在庫管理。
街に出ればいくらでも調達はできるが、たくさん備蓄しているという事実がヴァンさんの精神衛生を穏やかに保つのだ。
ちなみにコーヒー豆は、マキアスさんがブレンド済みのものをいつも差し入れてくれる。
私には苦みと酸味が強く感じるけど、ヴァンさんやリゼットさんには好評だ。アーロンさんに『小娘には大人の味はわかんねえか』と言われたのがちょっと悔しかったりする。
「たのもー!」
一通りのルーティンをこなし、小休止でも取ろうとした時、勢いよく事務所のドアが開かれた。
「姫様、もっと淑やかに。道場破りじゃないんですから……」
「大事件が進行しているのに落ち着いていられるわけがないわ。こんにちは、アニエスさん。ヴァンさんはいらっしゃいますか?」
エリゼとアルフィンの来訪だ。控えめなエリゼとは対照的に、アルフィンはずいぶんと前のめりだった。
「それがヴァンさんは外出中みたいで。さっきどなたかが来ていたみたいなんですが、気づいたらいなくなっていまして。どうかなさったのですか? 大事件がどうとか……」
「そうなんです。事件なんです。立ち話もなんですから、どうぞお掛けになって下さい」
「え、はい。おそれいります」
なぜか私が着席を促される。
エリゼは何もしゃべらず、アルフィンが饒舌に事情を説明した。
「――というわけです。事件でしょう?」
「事件と言っていいのかわかりませんけど……大事ではありますね」
一言で表すなら、同期としての恋模様だ。
なので依頼内容としては“セドリックの真意の確認、及び関係性の平定”ということになるのだろうか。
「ほら、エリゼも何か言ったら?」
「……その、私事でこのような相談を持ち込んでしまって申し訳ありません」
「もちろん私は構いませんが」
エリゼとしては『どうすればいいのか、よくわからない』という感じらしい。
その発言に至ったセドリックの心情はわからないが、“好きだ”というのもつぶやきに近かったそうだ。
工房エリアを例に出すなら、親愛や友愛の可能性だってある。
アルフィンは小さく嘆息して、
「ただこの件、ヴァンさんに引き受けてもらえるでしょうか?」
「そこですよね……」
そもそも4spgで扱うかが微妙だ。恋愛事に手を出したがらないかもしれない。
「お礼として、エレボニア皇室御用達のお菓子詰め合わせ一年分を考えているのですけど」
「失礼ですよ、姫様。そんなギフトみたいな報酬で動かれるような方ではないでしょう。ですよね、アニエスさん」
「動く可能性大です」
しかしどうあれ、年頃の女子としてはやはり力になってあげたい。
アニエスは決断した。
「この4spg、私に対応させて頂けないでしょうか。ヴァンさんではなく、私の領分かもしれません」
「え、でも……」
「本当にいいんですか? ごく個人的なことなのに」
アニエスはうなずいた。
「お任せください。これでヴァンさんの助手みたいなものですから、裏解決屋としての流儀は弁えているつもりです」
「ふふ、ただのバイト一号が助手を名乗るなんて、ずいぶんと大きく出たものね」
応接間に隣接しているヴァンの寝室のドアが不意に開く。その戸口に寄りかかるのはレンだった。
「話は聞いたわ。私も力添えさせてもらうとしましょう。なんて後輩想いで優しい先輩なのかしら」
「待ってください。どうしてレン先輩がヴァンさんの寝室から平然と出てくるんです」
「ヴァンさんがいない内にちょっとベッドに潜り込んだだけよ。可愛い仔猫のいたずら的なアレでね。何か問題でも?」
「問題しか見当たりません」
チーム
●
セドリックを連れだって、ヴァンたちはヘイムダルの裏路地を歩いている。
「こんな歩きながらの話でいいんですか?」
「移動しながらの会話は案外聞かれにくいものなんですよ。遊撃士も重要な情報共有をする時には度々使う手段です。それに一か所に集まって殿下と話していたら、何事かと勘繰られるかもしれませんから」
周りを気にするセドリックに、エレインはそう説明した。
何人かの通行人とはすれ違ったが、幻影の存在であるがゆえ、こちらに意識を向けてくることもなかった。
ヴァンが言う。
「セドリック殿下は恋愛に関する経験が不足していると思うんですよ。いや、仕方ないことなんですがね」
「仕方ない……か。そうかもしれません、恥ずかしながら」
生まれた時から皇族である人間の暮らしなんざ想像もつかないが、それでも自分たちと根本的な部分で異なるのはわかる。
誰とでも友人になれたわけではないだろうし、周囲も彼に失礼をしまいと気を張っていたことだろう。
ダチ同士で当たり前にあるような、惚れた腫れたなんて会話は極端に少なかったのかもしれない。
「あら、ということはアークライド所長殿は恋愛経験が豊富でいらっしゃるのね。ぜひ色々ご教授頂きたいものだわ」
「いや、それはお前な――」
「頂きたいものだわ?」
「うぐっ……」
失言だった。痛烈なエレインの厭味が突き刺さる。そして悲しいかな、言い返せる言葉は何一つなかった。
この手の話題にエレインが絡むと、俺は地雷を踏むか墓穴を掘る。ここはエレインではなく、アニエスを同行させておくべきだったか……。
「ところで、どこに向かっているんです?」
「勉強場所だ。ほれ、見えて来たぜ」
クルトにそう答え、ヴァンは三人を先導する。
裏路地を抜けてしばらく、《オスト地区》の標識があった。この辺りにはトールズ組が拠点としている第三学生寮もある。
入り組んだ街路を少し進んだ先、半地下のバーへと続く階段を下りていく。
「恋愛面における殿下の見識を広げてみるのはどうかと思ってな。見てくれや表面が大切なんじゃなくて、深い内面が重要だってことを。そこからわかってくるものもあるかもしれねえ。今ならちょうどそれが見学できると思う」
「見てくれや表面……」
「殿下の外面がどうのとかいう意味じゃないですよ。逆に見てくれや表面上をどんなに取り繕ったって、肝心なのはそこじゃねえってことです」
「ああ、いえ、わかってますよ」
セドリックは自覚に乏しいようだが、金髪碧眼の容姿は恵まれ過ぎているくらいだ。
バーの扉を開けると、濃い霧が漂っていた。
「うおっ、聞いていた以上だな」
「ヴァン? それにセドリックも。みんなで来たの?」
気配に気づいてか、霧の中からスカーレットが出てきた。
「事情があって見届けさせてもらいたくてな。どんな具合だ」
「私たちもさっき着いたばかりでね、今から始めようとしていたところなのよ」
「ドンピシャのタイミングか。ラッキーだ」
スカーレットの他にいるのは、クレアとベルガルドだ。
そのベルガルドがサラのとなりの席に座った。彼にも事情はすでに説明してある。
恋人が欲しいというサラの望みに加え、タイプは年上のナイスミドルとかいう条件付き。
初期から発見されていたにも関わらず、ずっとお眼鏡に叶う男性がおらず、彼女の解放は保留となっていた。
さあ、師父ならどうだ。さすがに年齢が高すぎる気がしないでもないが――
「横を失礼してもよいかな。麗しのお嬢さん」
「あら!」
爆発の勢いで消し飛ぶ霧。一撃である。
ついに理想の男性が現れ、サラの望みが叶ったのだ。
「どうです、セドリック殿下。引っ張るに引っ張ったサラの姉御の解放が、好みのタイプであるという、たったそれだけのことで一瞬でなされた光景は。何か得るものがあればいいんですが」
「確かに愛の力の一端を感じますけど、これって“見てくれや表面”が勝った案件ですよね……」
「……あまり参考にならないケースでしたかね」
ちょっと方向性がアレ過ぎた。
記憶が混濁しているらしいサラの介抱もほどほどに、スカーレットが不思議そうに訊いてくる。
「目的があってセドリックを連れて来たみたいだけど、どうかしたの?」
「悪いな。守秘義務があって詳細は話せねえんだが」
「守秘義務? ああ、何か依頼したってこと? ついにセドリックがエリゼに告白したとか、なんてね」
「んお!?」
いきなりの図星に固まる一同。エリゼたちの担任教官を二年務めただけのことはあった。
「え、その反応……マジなの?」
●
「聞かれたくない話は移動しながらっていうのは基本よ」
この手の立ち振る舞いにレンは詳しい。そういうスキルを習得しているのは、彼女の過去の経験によるものだろう。
《身喰らう蛇》という組織に所属していたとは大まかに聞いたが、その執行者としてどのような行動をしていたのかまでは知らない。どんな経緯でそこにいたのかもだ。
だが過去は過去。アニエスはそこに踏み込むつもりはなかった。
「でもどうしてミシュラムなんです?」
「人通りが多いから紛れやすいでしょう。誰かに見られても巡回中と言えるし、ミストマータ対策で四人でパーティを組んでいるとも言える。アルフィン殿下が後衛で、エリゼさんと私が中衛で、アニエスが前衛で、戦闘バランスもいいしね」
「私、一番わかりやすい後衛ですけど」
「魔導杖で敵をぶん殴っちゃえば?」
アーツも戦技も使う余力を失った場合における魔導杖戦術の最終奥義である。別名“杖の尖ったところでドーン”だ。
ミシュラムのメインストリートをアニエス、レン、アルフィン、エリゼが歩く。
先頭のアニエスは軽く振り返り、ちらりとエリゼを視界の端に入れた。
エリゼ・シュバルツァー。ユミルという雪郷の領主令嬢だそうだ。優しげで、どこか儚げで、絵に描いたような淑女だと感じる。魅力的な人だ。
「私がどうかしましたか?」
視線に気づかれたらしい。エリゼが微笑みかけてくる。その佇まい一つとっても、しとやかさを感じた。
「失礼しました。ええっと、エレボニアにもこんなミシュラムみたいな場所ってあるのかなと思いまして」
「うーん、私が知る限り、帝国にはテーマパークみたいな施設はありませんね。姫様はご存知ですか?」
「多分、ないと思うわ。レグラムやユミルみたいな観光地はそれなりにあるけれど、アトラクションを楽しめるような施設って、事業としてそこまで盛んではないもの」
エレボニアの歴史は戦争と共にあった。ゆえに軍需産業は高度に発展してきたが、遊園地のような娯楽施設は後回しにされてきた傾向がある。
「でもでも、これからはそちら方面に力を入れていきたいわ。《アルフィンランド》とかどうかしら。イリーナさんやアリサさんにお願いして、ラインフォルトグループで施工を担ってもらうの」
「……アトラクションの内容が偏りそうですね。戦車砲で的当てしたり、姫様型機甲兵だったり」
「姫様型って何なのかしら。そうそう、設計はトヴァルさんにも手伝ってもらいましょう。面白いアイディアをたくさん持っていそうだし」
「やめた方がいいですよ。欠陥工事とかされたらお客さんの命に関わりますので」
凛とした振る舞いがツンとした態度に変わる。トヴァルに対して、何かの確執があるのかもしれない。
ふとエリゼがつぶやいた。
「そういえば……トヴァルさんが“囚われ”だった時、どうしてホラーコースターの中にいたのかしら。何かの作業をしていたみたいだったけど、マシンガンで滅多撃ちにしたからわからないし……」
アニエスは聞かなかったことにした。淑女ってなんだったっけ。
近くをみっしぃパレードが通り過ぎていく。一日に数回、定時になるとティオの主格者権限で必ずパレードを行進させるのだという。
「あれ? レンちゃんだ。みんなでそろって見回り?」
そのパレードを挟んだ道の向こう側にアガットとティータがいた。ティータから気づいて声をかけてくる。
「そんなところよ。ティータこそ何をしていたの?」
「《ARCUS》を介したセンサー強化の実験だよ。ジョルジュさんの痕跡や、ミストマータの反応をどこかで拾えないかなと思って。アガットさんはそのデータ収集に付き合ってくれてて」
「だったら別にミシュラムじゃなくてもいいじゃない。適当な理由をつけて、アガットさんと遊園地デートしたかったんでしょう」
「ちょ、声が大きいよ! アガットさんに聞こえちゃう!」
「聞こえるように言ってるのよ」
「なんで!?」
リベールにいた頃からのレンの一番の親友だとは、アニエスも聞かされていた。確かにティータと話している時のレンは、気を許していることが一目でわかるくらいに表情が穏やかだ。
「まあまあ、けどちょうどいいかしら。ティータに聞いてみたいことがあるのだけど。ティータにとって恋愛ってなに?」
「ふえっ!? な、なにいきなり?」
「参考程度にね。深く考えずに答えて欲しいわ」
「そう言われても……んー」
それとわからない程に、レンはエリゼに視線を送った。参考になればというのは、どうやらエリゼにとってのことらしい。
ティータはしばし黙考して、口を開く。
「え、えっと“尽くすこと”……かな。その人に何かして喜んでもらえたら嬉しいし……えへへ、照れちゃうな」
「手料理を作ってあげるとか?」
「べ、別にそんなんじゃないよ、もー!」
なんだろう、この可愛い人は。
じゃれ合うのもほどほどに、レンはアガットに言った。
「一応アガットさんにも聞くわ。アガットさんにとって恋愛ってなに?」
「はあ? んなこと俺に聞くなよ……」
「大丈夫よ。実のある答えは微塵にも期待していないから」
ばっさり切り捨てる。アガットは若干肩を落としつつ、
「……そうだな。俺にとってはその……まあ、“そばにいて見守る”って感じかもしれねえな」
「そうね。見ているだけで何も行動しないものね。工房エリアで少しは見直したと思ったのだけど、とんだ棒立ち口だけ赤毛だわ」
「お前なんで俺に対してだけ、そんなに当たりがきついんだよ……」
「早く消えなさい。私の鎌があなたの頭を丸刈りにする前に」
「いや、当たりがきついってレベルじゃねえな!」
●
「サラの姉御のはちっと特殊だったが、方向性はこれでいいと思うんだよな」
バーを出たところで、ヴァンは足を止めた。
「殿下には恋愛に関する捉え方や向き合い方を学んでもらう。その為に多くの人の考え方を聞きに行く。自分の中の引き出しが増えれば、出せる答えも多くなっていく」
「なるほど。そういう意図がありましたか」
「僕も、はい。それでいいと思います。さすがはヴァンさんです」
クルトとセドリックも納得してくれたようだ。
しかし最後尾に続くエレインが口を挟んだ。
「私も方針としては賛成よ。どうしたいか、どうすべきかなんて、結局他人が決められるものじゃない。今の自分にはない見識を得て、セドリック殿下なりの結論を見出すのは正しい。でもね、ヴァン」
エレインは言葉を区切って、ヴァンを見る。
「それは一体いつまでかかるの? きっとエリゼさんも殿下の真意がわからず悩んでいるでしょう。ゆっくりと答えが出るまで時間をかけていいと思うのは、彼女に対して不誠実だわ」
「まあ……そりゃ確かに」
「殿下、《ARCUS》をお貸し頂けますか?」
「は、はい、どうぞ」
セドリックは言われるがまま、《ARCUS》を差し出した。エレインの凄みに気圧されているらしい。
エレインは預かった《ARCUS》を手早く操作した。そしてすぐにセドリックの手に返す。
「エレインさん、何を?」
「通信をかけました。相手はエリゼさんです」
「ちょ、えええ!?」
「彼女を呼び出して下さい。時刻は今日の17時。場所はどこでも構いません。理由は改めて伝えたいことがあるとだけ。会話内容はスピーカーにして私たちにも聞こえるように」
人質を取られた家族に犯人と直接交渉させるがごとき、一切無駄のない指示だった。
『……はい、エリゼです』
出た。あたふた慌てるセドリック。当然心の準備なんかできていない。
エレインさん、スパルタじゃねえか。
『あの、セドリックさん……?』
「ひゃい、セドリックでしゅ!」
『それはわかりますけども……』
ヴァンとクルトはジェスチャーだけでがんばれとエールを送る。
エレインは“言うべきことを言うように”と鋭い視線を送る。
「え、えっと本日はお日柄も良く! エリゼさんにおかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます!」
『……? はい、良いお天気ですね』
ぎろっとエレインがにらむ。セドリックの背すじが伸びた。
「う……その……来て欲しいんだ。17時に、今日……屋上に。あ、トールズ本校の」
『今日の17時にトールズ本校の屋上に行ったらいいんですね? ご用向きはなんでしょうか』
「つ、伝えたいことがあるんだ、君に、ちゃんと」
『………承知しました』
通信を終え、「だはあ!」と緊張の息を吐き出したセドリックに「これで期限は決まりましたね」とエレインが冷静に押し重ねた。
「有限であればこそ時間を無駄にはできません。刻限までに己が心と向き合うために、参考になりそうな人に手早く話を聞きにいきましょう。ここからは私が陣頭指揮を執ります。異論は?」
ぶんぶんと男たちは首を横に振る。まさしくエレイン女史は、大戦を目前に控えた指揮官の風格だった。すでにチーム
「戦も恋も迅速を尊ぶ。勝つわよ、この戦いに」
『イエスマム!!』
何に勝つんだ、とは誰も聞けなかった。
●
「い、今の通話相手セドリックよね? なに? なんだったの?」
息荒くアルフィンが確認してくる。
《ARCUS》をホルダーに戻したエリゼは、ふうと緊張の息を吐き出した。
「今日の17時にトールズ本校の屋上に来て欲しいと。改めて伝えたいことがあると……」
「うおおおお!」
「だからその叫びはダメですってば!」
燃え上がるアルフィンをよそに、レンは冷静に言う。
「それはほぼ間違いなく好意を告げられると思うわ。改めてという発言もあったし。誤爆しちゃったのを正式な形でやり直したいということでしょう。……でもセドリック殿下がここまで早く動くのは予想外ね」
「そうですね。私もそう思います」
アニエスもそこは同意だった。
知る限りの彼は、そこまで押しの強い性格ではなかった。どちらかといえば受け身の印象を受けていた。
「私はどうしたら……」
エリゼは悩んでいる。どれだけ親しいといっても相手が相手だ。
アニエスにもわかることだった。
親しいがゆえに踏み越えられない線があって、親しいがゆえに崩せない関係があって、いつだってそこで足が止まる。
でもそれは――
「それはエリゼさんにしか決められません」
「そうですよね。ええ……わかっているつもりです」
「……でも私たちにできることだってあります」
答えを出すのはあくまでエリゼだ。
しかし今現在で自分の中に戸惑いがあって迷っているのなら、それを解消する手伝いならできるかもしれない。
「約束は17時。まだ数時間の余裕はあります。その間に色々な人に話を聞きに行きましょう。幸い、バリエーションに富んだ恋愛経験を持っていそうな方々が多いですから」
「私の見識を広げて、返せる答えの幅を増やそうということですか」
「そうなります。単純なイエス、ノーの世界ではないのでしょう?」
正解などないのだ。模範解答もない。
だが今回に関して、受けるか攻めるかでは、攻めるべきだと思う。
「恋愛とは戦いです」
と、何かの本に書いてあった気がする。
アニエスのテンションは上がってきていた。
「事前の情報収集とその活用の仕方で勝敗は分かれます。負けるわけにはいきません!」
『了解!』
何に負けるの、とは誰も聞けなかった。
●
「はあ……驚いた。あのセドリックがねえ……」
エリゼに対して特別な好意があることは知っている。だがあの奥手ぶり。アクションはおろかアプローチでさえ二の足を踏んでいたというのに。
そんな関係性を微笑ましくも思っていたし、特に助言できることもないしで、静観していたというのがスカーレットの本音ではあった。
「ああ、おかえりなさい、スカーレットさん」
第三学生寮に帰還したスカーレットに声をかけてきたのは、リビングで一人チェスに興じるマキアスだった。
「ただいま。相変わらずソロプレイ? ユーシスは相手してくれなかったの?」
「べ、別にユーシスは関係ないでしょう。たまたまですよ」
ちょくちょくⅦ組のメンバーが対戦相手になってあげているが、今日はつかまらなかったらしい。
「ふーん、だったら私が付き合ってあげるわ。カジュアルプレイヤーだから手加減はして欲しいけど」
「え、いいんですか?」
「気が向いたのよ」
マキアスと対面し、さっそくチェスを始める。
言った通り、こちらは初心者。そこまで深く考えず、テンポよく駒を進めて行く。
その最中で、スカーレットは質問した。
「ねえ、聞きたいんだけど。あなたにとって恋愛ってなに?」
「れっ!? 僕の精神を乱す作戦ですか!?」
「他意はないわ。参考までに聞きたいだけよ」
「参考程度なら……端的に言うとですね――」
マキアスは手を止めると、メガネのブリッジを押し上げる。
「恋愛というのは双方向という前提で形作られるもので、それを多角的な見地から分析させてもらうと、すなわちパトスとエートスのバランスによって成立するシーソーのようなものではないかと思うんですよ」
「パト……うん? 端的の意味知ってる?」
「要するにほとばしる熱いパトスが思い出を裏切るわけで、その時僕はこの空を抱いて輝く神話に近しいものになるんですね。誰にだって遥かな未来を目指すための羽があるんですよ」
「何言ってるかマジでわからない――っていうか、あなたもわかってないでしょ。無理に答えなくてもいいから」
わかりやすいくらい、彼はクレアにアタックをかけている。
そのほとんどが不発に散って終わり、しかも当のクレア自身はマキアスのことを可愛い後輩くらいにしか思っていないのが何とも不憫ではあるのだが。
「はあ……すみません。急に訊かれると焦ってしまって……でもどうしてそんなことを?」
「ちょっとセドリックがエリゼに告白したみたいでね」
「へ?」
あ、口がすべった。
適当にごまかそうとしたところで、その異変に気がついた。
「なんでメガネにヒビが入ってるの……?」
二階から誰かが降りてくる。ぎしっ、ぎしっと階段をゆっくり踏みながら。
「あ、あああっ……!」
リィン・シュバルツァーだ。
彼は神気合一状態だった。見解によれば、無想神気合一との切り替えができるはずだが、黄昏以前の“鬼の力”の方を発動させている。つまり暴走の危険がある方を。
リィンの全身から噴出する黒いオーラが淀んだ空気を震わせて、戸棚の食器類を片っ端から粉砕していく。
一歩一歩近づいてくるたびに、強大な圧も迫ってきた。殺気。これは殺気だ。体がすくんで動けない。うつむけた顔を上げられない。
無言のリィンが横を通り過ぎていく。
突然にチェスの駒が燃え上がった。オーラに触れたマキアスのメガネが完全に砕け散る。
「ぐあああ! ゼムリアストーン製のメガネがあ!」
「そんなの希少鉱石で作るもんじゃないでしょうが!」
「スカーレットさん」
リィンが言葉を発した。人類の言語として聞き取れたのが奇跡と思うほど、彼を覆う殺気は禍々しく人の枠を大きく逸脱していた。そう、まさしく鬼だ。
まさか聞かれていたのか、さっきの会話が。
「用事ができたので、少し出かけてきます。シャロンさんに夕食はいらないと伝えて下さい」
「ど、どこに行くの?」
リィンは答えない。
扉を開けて出ていくその背中に、スカーレットは修羅の影を見た。
――つづく――
《話末コラム①》【マキアスのメガネ】
マキアスの誕生日にはⅦ組の同期たちからメガネが贈られる。どうせ割れるだろうということから消耗品としての贈呈だが、ユーシスだけは毎年それなりのブランド品を用意してあげている。
いずれにしても一年もつことなく、何らかの理由で必ず破損する。ヴィータ曰く、彼のメガネが砕け散る現象は、“因果の特異点が反転することによって起こる創造と破壊の天秤”らしい。よくわからない。
●
《話末コラム②》【認識による力の再現】
工房エリア攻略時までリィンの神気合一は“鬼の力”の再現だったことが判明した。
これはヘイムダルエリアで“囚われ”だった時、ヴァンとの戦闘で神気合一を使用したリィンが、記憶の中の印象強い時期の力を呼び起こしていたことに起因する。故に銀髪紅眼という姿に変じていた。
“囚われ”から解放された後もその感覚が残っており、錬気法としての無想神気合一ではなく、無意識に“鬼の力”の方を再現していた。
エリゼの指摘によってそれに気づいて以降は、無想神気合一に切り替えられるようになった。
尚、ノルドエリアで発現させたベルガルドの聖痕も認識再現によるものだった。
しかし聖痕をガイウスに譲渡し、それを彼が受け入れていることを知ってからは、ベルガルドは“手放した力”であると再認識し、再現であっても聖痕を顕現させることはできなくなった。
●
《話末コラム③》【現在のミストマータの判明事項、及び対応方針】
クロスベル警察《ロア=ヘルヘイム》支部より掲示板にて全体通知。
《★判明事項★》
・ミストマータは霧を晴らされたくない。
・ミストマータは霧のない攻略済みのエリアでも活動できる。
・ミストマータは《王》のために動いており、《夢の綻び》という何かを探している。そして《夢の綻び》は我々が隠しているとの発言があった。
・ベースになっている人物の記憶と経験はあるが、霧を晴らす者を最優先で排除してくる。故に人間関係が深い人間の説得でも効果は見込めない。
・ベースになる人物の記憶と経験は、《ロア=ヘルヘイム》に囚われている我々から抽出されている(と、思われる)
・抽出された(と、思われる)人間の意識が途絶えても、その対象となるミストマータは消滅しない。例:エマ⇔ガイラー
・ミストマータは縁の深い相手の元に現れやすい性質を持つ(と思われる)
《★今後の対応方針★》
・攻略済みエリアでもミストマータからの襲撃を受ける可能性が出てきたため、巡回行動は二名以上で行うことが望ましい。
・ミストマータは《ロア=ヘルヘイム》における情報源になり得る。なるべく会話から新情報を引き出し、可能であれば捕縛を行う。
・捕縛不可能と判断すれば、エリア転移などを用いて即撤退すること!
上記、各位把握の上で対応をお願いします。
発信責任者 特務支援課 ロイド・バニングス。