黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第37話 天空の船

 ついに来た。最後の《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》が。色は銀白。眩い光の色彩だ。

「全員乗ったか? つーか狭えな!」

 運転席についたヴァンが振り返ると、後部座席はわちゃわちゃとひしめき合っていた。

 新エリアへは例によってカルバード組が先行する。

 メンバーはヴァンを始め、アニエス、フェリ、アーロン、リゼット、カトル、ジュディス、エレイン、レンに、ノルドエリアで合流したベルガルドを入れて総勢十名だ。

 人数制限は余裕で超過だが、そこはクロスベルの警察組も看過してくれている。どうもフェリちゃん教官を抱えるアークライド事務所には、異を唱えない方針らしい。

「で、その破壊神フェリちゃんサンは――おっと、師父が面倒を見てくれていましたか」

「うむ。しっかり抱えておくゆえ、安全運転で頼むぞ」

「フェリちゃんサンが危険行動をしなければ、俺の車はいつだって安全安心快適なんですがね」

「わたし、いつもおとなしくしてると思いますけど……」

 ベルガルド師父の膝の上で、フェリはちょこんと座っている。

 何がおとなしいものかよ、荒ぶる非道の解体屋め。今回はずっと目を光らせていたから、俺の愛車に触れることさえできなかったようだが。

「わたくしの役目が取られてしまいました……」

「だからってなぜ私がリゼットさんの膝に……」

 お抱え業務がなくなり、悲しそうなリゼットだった。代わりのつもりなのか、彼女はアニエスを自分の膝の上に乗せている。

「おい爺さん、でけえ図体で下手に動くなよ!」

「おお、窮屈な思いをさせてすまんな。許せ」

「こらアーロン! 師父に失礼な口叩くんじゃねえ!」

 ベルガルドの肩に圧迫され、アーロンは顔面の半分を窓に押し付けられていた。

 これ以上騒々しくなると収拾がつけられない。

 ヴァンはアクセルを踏んだ。定員オーバーのまま、ピックアップトラックは発進する。

 すぐに白い霧が濃くなってきた。

 さて、橋を渡り切った先には何があるのか。

「――うお!?」

 ガクンと急にタイヤの抵抗が突然なくなった。不自然に車体が前に傾く。胃の腑が浮き上がる感覚が襲ってくる。

 まさか、まさか……!

「お、落ちてやがる! マジかよ!」

 車が霧の中を落下する。くそ、ふざけんなよ。てっきりエリア転移で飛行甲板にでも到着するものと思っていたのに。大空のど真ん中じゃねえか。

 絶叫の車内で、カトルの声が耳に届く。

「ヴァンさん、赤いボタンを押して! ハンドル横のやつ!」

「あ!? これか!?」

 こんなところにボタンなんかあったか? 疑念は隅に追いやり、ヴァンはボタンを押し込んだ。赤ランプが灯る。

「お?」

 車体後部が展開し、二つの大型バーニアがせり出した。

「お!?」

 タイヤが車体に収納され、連結したサイドドアが一対の両翼を広げる。

「おお!?」

 フロントバンパーとボンネットが前にスライドし、鋭角なシルエットに変化した。

「おおおおっ!?」

 カトルとフェリが声をそろえた。

『名付けて、《ナイトブレイカー飛天》!!』

「何やってくれてんだあああ!!」

 ジェット機と化したピックアップトラックが、深い霧の空を飛翔する。

 

【挿絵表示】

 

「こんなこともあろうかと事前に改造しておいたんだ。フェリちゃんの認識で車を工房まで呼び出してもらってさ。夜間作業で大変だったよ」

「えへへ、ハンドル周りを壊して取り外すの、わたしも手伝いましたっ」

「ウヲヲヲヲヲン!!」

 魂を削る叫びと共に《ナイトブレイカー飛天》が加速した。

 操作感は車と同じでアクセルとハンドルで動かせる。強いて言えば、そのハンドルに上下の概念が加わったくらいだ。

 白い濃霧の中に大きな戦艦の影がよぎった。

 ようやく視界に捉えた。これがかつての貴族連合旗艦にして現儀礼戦艦《パンタグリュエル》の全容か。

「はぁ……甲板デッキに降りれそうだな。このまま――がっ!?」

 車体を近づけようとして、突如なにかに阻まれた。

 光の膜だ。強力な障壁が《パンタグリュエル》全体を覆っている。接触したボディの塗装がザリザリにはげてしまった。

「踏んだり蹴ったりかよ……! これじゃ近づけねえぞ! ありゃ元々パンタグリュエルに付いてる兵装なのか!?」

「私が知る限り、そんな機能はないわ。エリア特有の異能に近いものかもしれない」

 弾かれた車体が不規則に回転する中、《黄昏》時に乗艦経験があるらしいレンが言った。

 主格者が発現させた結界――であるならば。

「ダメ元でいい。使え、アニエス!」

「はい!」

 アニエスが手をかざす。その指にはめられていた《アンドヴァリの指輪》が輝きを増した。

 ガイウス・ウォーゼルから譲渡された、第六エリア攻略の証であるアイテム。その効果は異能の力を消失させる。

 光が爆ぜた。《パンタグリュエル》を包み込んでいた障壁が、一瞬で消え失せている。成功した。今だ。

「突っ込むぜ! 全員どっかにしがみついてろよ!」

 アクセル全開。飛行機雲の尾を引いて、《ナイトブレイカー飛天》が滑空した。

 目測で相対速度を合わせつつ、収納されていたタイヤを再展開。ブレーキペダルを細かに踏みながら、慎重に甲板に着陸する。

 いや俺、運転上手くねえか。

 全員が車を降りる。何人かはよろけていたが、誰も怪我がないのは幸いだった。

 《ロア=ヘルヘイム》の空を席巻する白銀の巨船は、十名程度の闖入者など意に介した様子もなく、依然として悠々と霧の中を泳いでいる。

 ヴァンはカルバードチームに告げた。

「さあ行くぜ。最後のエリア――《パンタグリュエル》攻略戦だ」

 

 

《――★第37話 天空の船★――》

 

 

「――全長は250アージュで七層構造。各フロアには様々な設備があって、軍需用から来賓用まで様々よ。例えば一層は船倉ドックで、七層はブリッジ。さっきの飛行甲板は五層に位置していたと思うわ」

 そう説明してくれたのはレンだ。このメンバーの中では唯一《パンタグリュエル》の内部に入ったことのある人間だった。

「とはいえ、主格者の認識によって艦内の構造が変化している可能性は高いから、あまり当てにしてもらっても困るけどね」

「暗中模索で進むより幾分かマシだろ。中身はともかく七層構造ってのは同じみてえだしな」

 甲板から艦内に入る連絡通路を通りながら、ヴァンは首をすくめた。

 レンの話によればここは五層。通路の壁に艦内図もかかっていたが、フロアの詳細までは記載されていなかった。

 機関部の音が遠くから聞こえてくる。しかし人の話し声はおろか気配もない

 エレインが提案した。

「とりあえずブリッジを目指すのはどう? 操舵を担う場所なら、誰かはいるんじゃないかしら」

「その“誰か”が友好的に出迎えてくれるならいいんだがな」

 先ほどまで《パンタグリュエル》を覆っていた障壁は、排他的な心情の表れという解釈ができなくもない。

 エンカウントと同時に侵入者扱いされて、空に放り出されるなんてオチは勘弁だ。

「鬼が出るか蛇が出るか。……よし、上層に繋がる階段か昇降機を探すぞ。どこかにはあるはず――待て、誰か来る」

 床を蹴る足音が近づいてくる。歩幅は狭く、小刻みだ。

 その少女は曲がり角から不意に姿を現した。

「あ、ラピス」

 そう言ったのはレンだった。

 白のフリルが映えるゴシックドレス風の服。波打つ鮮やかな銀の髪。トパーズとターコイズのオッドアイがレンの顔を訝しげにのぞき込む。

「誰よ、あなた。なんで私の名前知ってるのよ!」

「……再事変での面識はあるのに、私のことが認識できていないようね」

 レンはラピスのことを簡潔に説明した。

 《クロスベル再事変》で中核となった存在。意思を持つに至ったローゼンベルク人形だという。

 人形とは突飛な話だが、関節のつなぎ目なんかはボールジョイントになっていて、明らかに人のそれとは違う。

「ヴァンさんはローゼンベルクのお爺さんとは顔見知りでしょ? 信じられないかしら」

「いや、あの御仁ならできるのかもしれねえが……まさか人形まで“囚われ”になるなんてな」

 かつてレンと共にあった《パテル=マテル》を作ったのも彼だったか。

 ラピスは腰に手を当て、居丈高にふんぞり返った。

「囚われとか何だかよくわからないけど、私は誇り高いローゼンベルク人形よ。囚われるなんて造作もないことよ!」

「とまあ、こんな感じで天然でかわいいの」

「あ、かわいいって言った! でも天然ってどういう意味?」

「生まれつきってこと」

「あなた、わかってるわね!」

 

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 ラピスはご機嫌になったらしい。無邪気に笑って、くるくる回ったりしている。すでにアニエスはメロメロの様子だ。

「それであなた達はブリッジに行きたいんだっけ? 私が案内してあげてもいいわよ、ふふん」

「お、そいつは助かるな。さすがは高貴なローゼンベルク人形だぜ。なあ、お前ら」

 扱いがわかった。チョロい系だ。とにかくおだてれば上機嫌になって協力してくれる。

「目がくりくりでかわいい」

「ドレスが綺麗でかわいい」

「背がちっちゃくてかわいい」

「実に愛くるしい造形をしておる」

「抱きしめたいくらいかわいい」

「持ち帰りたいくらいかわいい」

 とりあえず手あたり次第に褒めた。師父の台詞だけすぐわかる。

「いいわ! もっと言って!」

 この上なく上機嫌になったラピスは、スキップしながらヴァンたちを先導した。

 その背中についていきながら、レンが小声でヴァンに言う。

「ラピスが肩に掛けてるポーチ、見える? 何か懐中時計みたいなものがはみ出してるわ」

「確かに。角度が悪くてよく見えねえが……あれは」

「少なくとも再事変時にはあんなポーチは持っていなかったと思う。主格者のアイテムの可能性……あるかしら」

「それもあるが、もう一つ――」

 消えてしまった《ゲネシス》である可能性。主格者候補でもある以上、ラピスの動向には要注意だ。

「あ、やべ!」

「どうしたの?」

「後続のやつらに連絡すんの忘れてた……」

 必死だったから失念していた。あのまま続いて来ていたら、俺たちと同じく落下コースだ。

「ああ、甲板に着いた時点で《Xipha》持ちのジンさんに連絡入れといたわよ。空に投げ出されるから来ちゃダメって」

「さすがだな、レン!」

「ふふ、もっと褒めて」

「ラピスと一緒じゃねえか」

 昇降機に乗って、第七層に到着。ラピスを先頭にブリッジに繋がるドアをくぐる。

 艦長席と思しきシートに金髪の青年が座っていた。

「今戻ったわ、ルーファス」

「おかえり、ラピス。散歩は終わりかな」

 リィンたちから聞かされていたから、今さら驚きはしない。

 ルーファス・アルバレア。

 鉄血宰相の子飼いとして表裏問わず暗躍し、クロスベル占領時には総指揮を取った男。《黄昏》においても最後までリィンたちの敵対勢力であり続けた男。

 そして《クロスベル再事変》の終結に先駆け、公には死んだことになっている男。

 だがヴァンにとっては、彼の両脇に控える二人の方が印象強かった。

「スウィンにナーディア……元気そうだな」

 ルーファスの右側に隙なく立つ少年がスウィン・アーベル。茶色がかった髪と実直そうな面立ちが特徴的だ。

 左側、クマのぬいぐるみを片手に立つ少女がナーディア・レイン。桃色のゆるふわヘアーで、気だるそうにあくびをしている。

 二年程前になるか、二人とは依頼という形での面識があった。

「おや、君たちの知り合いかね」

「俺は覚えがないが……ナーディアが過去に恨みを買った相手とかか?」

「その前提おかしくない~? なーちゃんも知らない人だなー」

 なるほど。今回のエリアの主格者候補たちは、他者を固有認識しないタイプか。

「まー、なんでもいいんだけどしっかり働いてね~。なーちゃんたち《新生帝国ピクニック隊》の野望のために」

 ナーディアがパチンと指を鳴らした直後、ヴァンたちの服が変わっていった。

 衣装は全員で統一されていない。スーツやら作務衣やらメイド服やら様々だった。

 戸惑うヴァンたちを眺めながら、ルーファスは鷹揚に言う。

「まあ、そういうわけだ。よしなに、使用人の諸君」

 

 ●

 

「似合ってるじゃない、アニエス」

「レン先輩こそ。ひらひらした服を着こなしてる感じがありますね」

「それはそうよ。これでも昔はゴシックドレスを好んでいたから。ちょうどラピスが着てるみたいなの」

 レン先輩のゴシックドレス姿か。想像できるようなできないような。数年前は背も低く、いわゆるゴスロリ風味の服がよく似合ったのだとか。

「とても可愛かったのよ」

「ご自身で仰いますか」

「このメイド服も悪くないけどね」

「私は不満がありますが」

「趣味に合わないの?」

「じゃなくてですね。どうして私のメイド服、レン先輩のより露出が多いんですか!? しかもいつの間にかツインテールにさせられてますし!?」

 アニエスのメイド服は際どいミニスカートだった。対するレンはきっちり足首までの丈がある。

 

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「私に言われても知らないわよ。なんならヴァンさんに『おかえりなさいませ、ご主人様』って言ってあげたら? 案外そういう従順なの好きかもしれないし」

「そ、そうでしょうか」

「“ご奉仕するにゃん、アニエスだわん、いっぱい可愛がって欲しいんだぴょん”って、ほら、早く言いなさい」

「方向性が定まってない……」

 猫なんだか犬なんだかウサギなんだか。一応何回か言わされた。

「ところであの後、エリゼさんとセドリック殿下ってどうなったのかしら?」

「藪から棒にどうしたんです。別に普通にされてますよ。アーロンさんは殿下を冷やかしに行ってましたけど……お二人とも気まずくなったりはしていないようです。いったんは一番いい形に落ち着いたのではないでしょうか」

 “僕を男として見てくれ”がセドリックの一番言いたかった言葉だった。

 今の互いの関係を踏まえ、相手の気持ちも尊重し、そしてちゃんと恋心を伝えた。

 どれほどの勇気を振り絞ったのだろう。誤解なく想いを伝えるというのは、本当に難しいことなのだ。

「アニエスもがんばらないとね」

「な、何をですか」

「いつも外側から見てるだけじゃなくて、どこかで線を踏み越えなきゃってこと。アニエスの場合、図々しいくらいが丁度いいんじゃない?」

「なんのことだか分りかねます」

「変に物分かりがいいのって足枷よねえ」

 また見透かしたことばかり言う。

「もう、エリア攻略に集中して下さいよ」

「その心配は無用よ。あれが食堂ね。やっぱり構造が変わってるみたい。現実の《パンタグリュエル》では四層にあったはずだし」

 ルーファスから自分たちに割り振られた担当フロアは第六層の大食堂だった。

 行けば分かると言うから来た次第だが、やはりメイド的な雑務でも押し付けられるのだろうか。

 扉を開けると、それはもう豪奢な内装の大広間だった。

 その空間の中央。十アージュはあろうかという長テーブルには純白のクロスがかけられ、その最奥の席にはエプロンをつけたラピスが座っていた。

 彼女はプンプンと怒って、

「やーっと来たわね。あなたたちはメイドなんだから、私を待たせちゃダメじゃない。許さないわよ!」

「申し訳ありません、かわいいご主人様」

「許しちゃう!」

 もはやレンの手の平で良いように転がされている。

「こう見えて私、お人形遊び得意なのよ」

「黒いセリフに聞こえるのは気のせいでしょうか」

「失礼ね。三十分もあれば言いなりのマリオネットにしてみせるわ」

「やっぱり黒い意味じゃないですか……」

 しかし私とレン先輩が動ける区画内にラピスがいるのは好都合だった。

 現状、四人の内の誰が主格者か特定できない以上、全員の望みを叶えていくというスタンスを取ることにしている。

 そして理由は不明だが、ラピスは《ゲネシス》を持っている可能性がある。

 メイドという世話係の立場を利用して近付き、あのポーチの中身をどうにかして確認しなくては。

「何をこそこそ話してるの? 早く料理を準備しなさい! もうお腹ペコペコよ!」

「料理って……え? 人形が食べるんですか?」

「言い忘れていたけど、そうなのよ。経口摂取した食事をエネルギー転化できるんですって。直の導力供給より効率はだいぶ落ちるみたいだけど」

 ということは彼女の願いは『お腹いっぱいになるまでご飯を食べたい』になるのかもしれない。

「キッチンは向こうよ。食材はルーファスが大量に仕入れてくれたから、いくらでも使ってかまわないわ。まずはこのテーブルをお皿で埋め尽くしてちょうだい!」

 この十アージュ級の長テーブルを料理で埋める。

 無言でテーブルを眺めたアニエスとレンは、互いに顔を見合わせた。

『……二人で?』

 

 ●

 

「はぁー、意外にもちゃんとしてやがんな。照明、音響も申し分ねえし、奈落まで用意しているとは驚いた。東方歌劇以外じゃほぼ使わねえからな」

 舞台に上がり、床を靴裏で叩くアーロン。その横に立つジュディスもしきりに感心していた。

「奈落って舞台の真下のスペースをそう呼んでるのよね。基本的には色々な仕掛けを動かす装置があるんでしょ?」

「概ねそんな解釈でいいぜ。映画女優じゃ馴染みもねえだろうに、よく知ってんな」

「ママやおばあちゃんは舞台女優だもの。子供のころから聞かされてるわ」

「芸能一家ね。上等なこった」

 親の影響で役者の道へ。オレと似通う部分もあるが、ポンコツぶりを見ているからか共感はあまりない。

 そういえば“当代”のグリムキャッツとか抜かしていたな。もしも世襲制であるなら、こいつの母親や婆さんも《幻夜の猫》を名乗る怪盗をやっていたってことか。

 母親はまあいいだろ。しかしババアもあのピチピチスーツを……。

「急に黙りこくってなによ」

「痴女一家が……ふざけやがって」

「いきなりあたしの家族に敵意むき出しってどういうこと!?」

「だが猛将なら……猛将クレイジーの守備範囲ならババアでもあるいは……!」

「意味わかんないわ!」

 そこでパンパンと手を叩かれ、掛け合いを中断させられる。

 客席に座るナーディアだった。

「はいはーい。なーちゃんは出来の悪い寸劇が見たいわけじゃないんだよ。ちゃんとした舞台を見せて欲しいな。血沸き肉躍るスペクタクルバイオレンスなやつ~」

「んだよ、その全部乗せ盛り盛りで節操の欠片もねえジャンルは」

「ゴッチ監督とか召喚できないかしら……」

「“自分のものである”っつー認識ならワンチャンあんじゃね?」

「うげえ」

 《パンタグリュエル》の四層は娯楽施設が集まっていた。それっぽい舞台衣装に変えられたアーロンとジュディスは、この劇場に送り込まれたのだった。

 どうも四層にはナーディアがメインで出入りしてるらしく、目下のターゲットは彼女となったわけだが、あれを見せろだの、これをやれだの、その願望はとどまるところを知らなかった。

「わがまま三昧のピンク小娘め。やってもらったことに対してもっと感謝しろよな。自分中心で協調性がまるで足りてねえ」

「あとで鏡見てきたら? 稽古用のでっかいのあったから」

「はあ、一人だとつまんないなー。舞台も地味だし。すーちゃんも他の階に行ってるし」

 深いため息。ナーディアは席から立ちあがる。

「あ、あの小娘、オレらの舞台を地味だと」

「これでも共和国の映画業界を牽引する一人と自負してるわよ。プライドを爪で引っかいてくれるじゃないの……!」

「なんか言いたいことあるのかな、雇われの使用人(・・・)さん。別に辞めてもらってもいいけど~」

『ぐっ』

 我慢だ。主格者候補の認識を下手に逸脱したり、正したりするのはエリア攻略に支障がでかねない。ただでさえ空の上。追放なんてされたら、仕切り直しができる見込みはない。

 つーか派手な舞台とか、たった二人じゃどうしようもねーんだよ。

「適当に時間潰したらまた戻ってくるから、それまでになーちゃんが楽しめる劇でも考案しといてね。お返事は~?」

「くそ……かしこまりました」

「……いってらっしゃいませ、ナーディアお嬢様』

 二人してぷるぷると拳を震わせながら頭を下げる。

「どこ行こうかな。この前作ったお風呂にでもすーちゃんを呼んで誘惑を……あ、でもそろそろカジノも欲しいなあ。くふふ、なーちゃんは全てを手に入れるのだー!」

 

 ●

 

「そうか、リゼット嬢はMK社のSCであったか。事務所の秘書のような立場かと思っていたが」

「そこまで大層なものでは。いくつかの書類仕事を処理しているだけです。とはいえ普段のSC服の意匠のせいか、メイドに見られがちなのですが」

 クレアやシャロンからもメイドと認識され、先日から色々と手ほどきを受けている。シャロンはともかくクレアはTMP所属と聞いていたが、そこは複雑な事情があるのかもしれない。

「であればレンやアニエスではなく、リゼット嬢がメイド服に変わりそうなものではあるが」

「その辺りの割り振りはどうなのでしょうね。それにメイド風味の服からメイドの服になっても変わり映えが少ないかと」

「ははは、違いない」

「わたくしはこの服も気に入っております。普段着る機会がありませんから」

 リゼットとベルガルドは簡素な作務衣だった。龍來(ロンライ)で着用したものに近いデザインだ。そしてベルガルドに似合い過ぎている。

 二人の持ち場は大浴場。劇場とは反対側の四層の端に位置していた。

「屋内ながらも温泉宿のような設えにしておるのか。うむ、良い雰囲気だ」

「サウナはないようです。これはヴァン様が落胆しますね」

「私も残念だ。もっともそれがあったとしても使用人の身分で入ることが許されるかはわからぬがな」

「同感です。ひとまずは使用人としての責務を果たすと致しましょうか」

 てきぱきとリゼットは動いた。

 速やかに脱衣室をチェックすると、畳んだバスタオルと湯着を棚に置いていく。桶や石鹸の在庫管理、入浴後のマッサージベッドの用意も手早く済ませた。

「実に勤勉な働きぶりだ。物ぐさのヴァンには、リゼット嬢の存在はさぞありがたかろう。だがこれでは私の仕事がなくなってしまうな」

「ベルガルド様はゆっくりなさっていて下さいませ。雑務はわたくしの領分ですので」

「そうもいかん。主格者候補が働けというのであれば、その指示に準じねばエリアのルールから逸脱したことになる」

 合流して間もないのに、《ロア=ヘルヘイム》の仕組みをよく理解している。その上での落ち着き、泰然とした立ち振る舞い。ヴァンが尊敬するのもわかる。

「それは……仰る通りでしたね。失礼しました。あとは浴場の中だけですので、一緒に確認を――え?」

「リゼット嬢?」

 リゼットは大浴場へと続く扉の前で足を止める。見ているのはその上、扉の上に掲げられた木簡だった。そこにはこう記されていた。

 《鳳翼館》と。

 

 ●

 

 船倉に変わったところは見当たらない。最下の第七層の担当となったカトルは、がらんどうの広い空間を見渡した。

 強いて言うなら、この“何もない”ことに違和感を覚えるくらいか。

 数年前の《十月戦役》で貴族連合が運用していた頃は、船倉は全域がドックとして機能し、装甲車や機甲兵の整備に使われていたという。

 その名残なのか、いくつかの作業用重機はある。しかし全て端によけられ、すぐに稼働させることは難しそうだった。

「僕にできるのって機械や資材の管理とかかな。でも物があんまりないしな……」

 カトルがいるのは船倉の前部――元作業ドックだ。五層の甲板デッキに着陸した《ナイトブレイカー飛天》は、いつの間にかここに移動させられていた。

「あ、フェリちゃん! そっちは立ち入り禁止って書いてあるよ!」

「うーん、わたしたち作業員でも入っちゃダメなんでしょうか」

 船倉後部の機関室である。カトルは慌ててフェリの元に駆け寄った。

 機関室のドアの前で、フェリが首をかしげている。

 そう、自分たちは作業員だ。服の種類は工房なんかでよく見るグレーのつなぎ服。地味だが着心地は案外悪くない。灰色のカラーリングもカトルの好みではあった。

「とりあえずもう少し見回ろうか。物は少ないけど、用途不明の設備もあるにはあるんだよね」

「用途不明といえば、わたしも一つ見つけましたよっ」

「へえ、なに?」

 フェリに船倉の一角に連れて行かれる。妙な存在感を放つ銀色の扉があった。

「導力式のロックドアか。開錠にはパスコードが必要みたいだけど……端末にも反応がないね」

「開けられないってことですか?」

「残念ながら。FIOやXEROSでハッキングしようにも、そもそも導力源さえ回って来てないみたいだし」

 いや、待って。

 “銀の扉を開きたければ、クロウに送ったものにヒントがある”――アークライド事務所の屋上から消える間際に、ジョルジュが残した言葉だ。

 まさかこの扉がその“銀の扉”だったりするのか……?

「一度経過をヴァンさんに報告しようかな」

「カトルさん、誰か来たみたいです」

 《Xipha》を取り出した時、フェリが言った。

 スチール板の床を、ブーツの叩く音が響く。スウィンか、ナーディアか。

「失礼する」

 ルーファス・アルバレアだった。

 予想外だ。ブリッジにいたはずの彼が、船倉にまで降りてくるなんて。

「か、艦の操舵は大丈夫なんですか?」

「基本的には旋回行動を繰り返すだけの自動操縦さ。君たちが案ずる必要はない」

「どうしてこちらに?」

「ナーディア君に頼まれてしまってね。野暮用を片付けに来た次第だ。そこは危ないからどいていた方が良いと思うよ」

 危ないと言われたものの何もないが。ひとまずカトルはフェリの手を引いて、その場から下がる。

 ルーファスは近くに設置されている端末台の前に立つと、手慣れた様子で操作を始めた。

「開け、《オーディンの左目》よ」

 ちょうど船倉の中央付近。さっきまでカトルとフェリが立っていた場所の床が二つに分かれ、ゆっくりとスライドして展開していく。

 そこに露わになったのは大きな丸型のガラス。これはレンズだ。大きさは直径20アージュはあるだろう。

 そのレンズには、地上が様子が拡大されて映っていた。

「ふむ……この辺りだろうか」

 端末を通じて、ルーファスがレンズの角度を細かく調整している。

 ヘイムダルの赤い街並みが映り、クロスベル区画が映り、ミシュラムが映り――

 

 ●

 

「そっちの汚れ取れてないわよ。ちゃんとやりなさい」

 エレインに指摘され、ヴァンは目を凝らす。通路の隅に小さな黒ずみがあった。

 綺麗好きな性格なのは知っているが、それにしても細かい。ファイルの高さとかそろえないと気が済まないタイプに違いない。

「なにその目。エリアの“囚われ”から言われたことには従った方が良いって言ったのあなたでしょ」

「そりゃそうだが……ちょっと丁寧にやり過ぎだろ。普通でいいと思うんだが」

「依頼に手は抜かない主義なの。裏解決屋さんは違うのかしら?」

「仕事で手は抜かねえよ。効率は重視するけどな」

「じゃあ分担ね。私が水拭きするから、あなたはその後から空拭きでお願い」

「へいへい、共同作業と行くかね」

「きょ……! またそういうこと言う!」

「なんで怒る……?」

「そういうところ!」

 これで長い付き合いだ。俺にはわかる。今日のエレインはご機嫌ななめだ。車に乗り込んだ時は別に普通だったはずなのに。

 ヴァンたちは清掃員だ。シンプルな作業着にキャップを被らされ、艦内の隅々までの掃除を命じられていた。

 劇場やら食堂での仕事に比べると地味だが、メリットはある。

 清掃にかこつけて、艦内を広く探索できることだ。内部構造を調べて、メンバーで共有する重要なポジションなのである。

「とはいえだ。さすがにこの広さを二人ってのはキツいな。手が足りねえし――」

 エレインが丁寧にやり過ぎるもんだから進みも遅いし――と出かかった言葉を、かろうじて喉の奥にしまい込む。

「まあ、それはどこのフロアも同じかもしれねえがな」

 とっさに後半を修正し、ヴァンはかぶりを振った。

 手が足りないのは事実だ。

 誰が主格者かわからない。あいつらの取りまとめといえばルーファスだが、そう決め付けるのも早計だ。今回は誰しもが何らかの願いを抱えていそうだった。

 願いの対応にも情報の収集にも人手がいる。だが空の上。さすがにリィンたちをここに呼ぶ手段はない。今回はカルバードチームだけで攻略を進めるしかなかった。

「今はやれることやるしかねえか。手が止まってんぞ、エレイン」

「どうしてアニエスさんに指輪を渡したの?」

 脈絡なく、いきなりそんなことを問われる。

「指輪って《アンドヴァリの指輪》か? 急に何を……」

「答えてよ」

「別に大した意味はねえが。全部のアイテムを俺が持たなくてもいいだろうし、工房の鍵もフェリが持ってるくらいだしな」

「……そういうところ」

「いっ!」

 デコピンが弾ける。いってえ。ブロック塀にヒビ入るだろ、この威力。

「大げさね」

「自信もっていいぜ。魔獣倒せる――あん?」

 《Xipha》に着信。通信じゃなくてメッセージだ。

「第五世代にはなかったメール機能ね。定時連絡?」

「ああ、都度通信を取れる状況でもないからな。各チームからの状況報告はメールで共有することにしてみた。お、全員分届いてんな」

 ヴァンの《Xipha》の画面をエレインものぞき込む。

 

【ひたすら料理作ってます。私のレパートリーが尽きて、ラピスちゃんに飽きられそうです。レン先輩は皿を運ぶのが疲れたって言ってます:アニエス】

 

【血沸き肉躍るスペクタクルバイオレンスって何かわかるか? あのピンクの小娘、マジでムカつくぜ。しかもカジノが欲しいとかでどっか行きやがった:アーロン】

 

【ベルガルド様と共に大浴場で皆様をお迎えする準備は万端でございます。気になるのは名前が《鳳翼館》になっていることでしょうか。ユミルエリアから消えた温泉宿と同じ名前なのです:リゼット】

 

【船倉は異常なし……だったんだけど、ルーファスさんが来てさ。ナーディアさんに頼まれたからって、大きなレンズで地上を見てるんだ。今のところそれくらいかな:カトル】

 

 メールを読み終わって、ヴァンとエレインは同時に察した。

 消えたはずの鳳翼館が《パンタグリュエル》にある。

 ナーディアはカジノが欲しいと言っている。

 ナーディアからの頼まれごとだとルーファスが船倉に現れた。

「今、ミシュラムの敷地内に新設のカジノがあるわ。不当占拠だけどね! ジンさんに連絡して、ミシュラムには近づかないように注意してもらわないと」

「待て、逆だ!」

「逆って……?」

 

 ●

 

 

 新品のスロット台、ルーレット、カードゲームテーブル、おしゃれなバーカウンター。床は全面が赤じゅうたんで、フロアを照らすシャンデリアは煌びやかの一語に尽きる。

「全員そろったな?」

 絢爛豪華なカジノフロアで、ロイドは集まった面々を見回した。だが人数が多過ぎて把握しきれない。

 点呼はクロスベル、エレボニア、リベール組ごとに、それぞれでやってもらうことにした。

「おう、ティオすけ。備品壊そうとすんじゃねえぞ」

「この場では弁えています。破壊し尽くしたい気持ちでいっぱいですが」

 ランディとティオがケンカしている。

 ヴァンからジンへの連絡内容は、“大至急、ミシュラムエリアのカジノに全メンバー集合しろ”だった。

 向こうも急ぎのようで、それ以上の説明はなかった。

 エリア転移で飛んできたのはいいが、このカジノの設立にあたっては一悶着あった――というか現在進行形で争っているらしく、その渦中のティオとランディは顔を突き合わせるだけで火花を散らせている。

「いいよな、ロイド? ミシュラムにカジノがあったってよ。ある意味夢のコーナーだよな?」

「ロイドさんならわかるはずです。こんな世俗の欲望にまみれた施設がミシュラムにあっていいわけがないと。警察車両で突撃案件ですよ」

「どっちの味方すんだよ、相棒。いーや聞かなくてもわかってる。俺とロイドの絆はティオすけとの比じゃねえんだ」

「むっ、どうなんですか。私とランディさんとどっちが好きなんですか」

 話が変な方向に行った気がする。

「巻き込むな、巻き込むな。俺はどっちの味方もしないからな」

「ロイドの一番は僕だろ?」

「話がややこしくなるから、ワジは向こうに行っていてくれ」

「つれないな。お預けも嫌いじゃないけどね」

 ウィンクをして、ワジはバーカウンターの席に座る。

 クロスベル組はどうしてこんなにマイペースなんだ。これでも規律を重んじる警察官なんだけど、俺たち。

 リベール組なんか行儀よく集まってるのに、この違いはなんだ……。

「ん……?」

 カタカタと足元が揺れている。棚のグラスも振動で落ちた。地震か……?

 次の瞬間、カジノの天井がごっそりと外れた。見上げる霧の空高くに、白銀の船影が見える。いつの間にか直上に来られていたのだ。

「な、何かにつかまるんだ!」

 ロイドはそう叫んだが、つかんだところで意味はなかった。

 しがみついた端から《パンタグリュエル》に吸い上げられていく。本体と分離したマキアスのメガネが、先行して上空に消えていくのが見えた。

 地上へと照射される光。全身を包む浮遊感。

 抵抗のしようもなかった。

 白く染まっていた視界が通常に戻った時、ロイドたちはだだっ広い空間にいた。

「お、俺のカジノはどこに行ったんだよ!」

「粉々に分解されて塵芥と化したかと」

 うろたえるランディに、ティオはしたり顔を向けた。

「だから二人とも、それは後で――」

「カジノなら三層に送らせてもらったよ。ちょうどいいスペースが空いていたのでね」

 ランディたちを仲裁しようしたロイドに、涼やかな声音が割り込んできた。

 息を呑む。この声。

「ルーファス……アルバレア……!」

「私を知っているのかね。まあ、顔は広い方ではあるか。極悪人としてだろうが」

 ロイドたちの前に立ち、ルーファスは自嘲の笑みを浮かべた。

「しかし目当ての施設を引き上げただけのつもりが、良いおまけも釣れたようだ。勤勉な働きぶりを期待しているよ。労働力はいくらあっても困らないからね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ――つづく――

 

 

 

 





死者の魂は空へと昇り、銀翼の船が迎えの扉を開く。

闘争の檻は白刃を研ぐ。

饗膳の宴は欠心を埋める。

観劇の標は享楽を満たす。

明晰の夢は望鏡を覗く。

走れ、叡智の栗鼠。審判を下す羅針の先へ。

穿て、三二の英霊。終末を誘う霧の角笛を。

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