黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第41話 ラタトスクの羅針盤

 《パンタグリュエル》は悠々と飛行を続けている。船体に触れた霧雲がちぎれ、押しのけられるように後方へと吹き散らされていった。

「ヴァンさん! これどういう事態!?」

「カトルか。どうもこうもこういう事態だ」

「はしょり過ぎでしょ! 面倒臭がらずに説明してよ!」

 異変を察してか、強制転移させられた人間以外も甲板にやってきた。要するに《エインヘリヤルの霊珠》を手に入れていないメンバーである。

「簡潔にいうとだな。エリア攻略の役に立つんだろうと思って俺たちがせっせと集めていた霊珠は、今から始まるチェスゲームのチーム分けに使うものだったってことだ」

「チェス……? そっか、甲板に描かれてた四角い模様はチェス盤代わりなんだ。思いもしなかったな」

 枠線は一マスが10アージュ四方。それが8×8で構成され、全体はおよそ80アージュにも達する巨大なチェスフィールドだ。

 ルーファスの後ろから、ちょこんとラピスが顔を出した。

「じゃあ私がルール説明するわ! とりあえずチェスの基本は知ってるわね? 白が先攻で黒が後攻。互いに駒を動かして、キングを追い詰めていくボードゲームよ」

 キングは全方向に一マス。駒数は一。

 クイーンは全方向に直進。駒数は一。

 ルークは前後左右に直進。駒数は二。

 ビショップは斜め四方向に直進。駒数は二。

 ナイトは周囲八方向に跳躍。駒数は二。

 ポーンは前方向に一マス。駒数は八。

 これらの十六駒を駆使して、戦略を組み上げていくのだ。

「質問。チェスをやるならプレイヤーが必要だろ。それは誰がやったらいいんだ?」

 ヴァンが訊くと、ラピスは整った眉を吊り上げる。

「もう! 今から言うから黙ってて!」

「おっと機嫌を損ねちまったか。怒んなよ、可愛いお人形さん」

「機嫌直ったわ!」

 相変わらずちょろい。

「プレイヤーは誰がやってもいいの。途中の交代も認めるわ。でもみんなで相談しながら駒を進めるのはナシね」

「あくまでも差し手の采配が全てってことだな。となると誰がその役を務めるかだが――」

 一人、空に向かって腕をピーンと上げる者がいた。爛々とメガネを輝かせるのは、マキアス・レーグニッツその人だった。

「僕だ。僕がやる。僕を置いて他にはいない。周知の通り、僕は在学中はチェス部で、卒業後も研鑽を続けてきた。なんなら今日のために生きてきたと言っても過言ではない」

「あ、だったら僕もチェス部ですけど――なんでもないです、すみません」

 もう一人手を挙げたクルトに、マキアスは無言でショットガンの銃口を向けた。

 回ってきた自分の出番を絶対に逃したくないらしい。多分、クレアへのアピールも含まれているのだろう。

 レンが口を挟んだ。

「マキアスお兄さんで大丈夫? だってこの前、私が作ったチェスAIに負けたじゃない。メガネ大爆発させてたでしょ」

「ち、違うぞ、レンちゃん。あれはちょっと調子が悪かったんだ。なんかお腹が痛かったし、あと口内炎もできてたしな」

 一生懸命に言い訳するマキアスを、「お前の唯一のアイデンティティまで奪われていたのか……」とユーシスは憐憫の目で眺めていた。

 やる気ばっちりで立候補したのだから、ここで除外したら俺にもショットガンを向けられかねない。ヴァンはその立候補を受けた。

「白チームのプレイヤーはマキアス・レーグニッツで登録してくれ。黒チームはどうすんだ?」

「そこはお任せ~」

 間延びした声と共に、ナーディアとスウィンが甲板に現れた。

「ルーファスがキングだし、黒チームのプレイヤーはなーちゃんがやるよ。ふっふっふ、何を隠そう、なーちゃんはボードゲームが強いのだ~」

「自分でいうなよ……」

 スウィンは呆れ顔だが、これは確かに油断ならない相手だ。

 ナーディアはあれでかなり頭が切れる。難解な導力演算も余裕でこなす辺り、レンと同タイプの天才肌と言えるかもしれない。

「あともう一つ重要なルール。駒の取り合いをするのは変わらないんだけど、普通のチェスと違うのは、同じマスに入った駒同士で戦ってもらうことよ。それで勝った方が盤上に残るの」

「へぇ……いいルールじゃねえか。歓迎だ」

 ラピスの説明を聞いて、ヴァンは人知れずほくそ笑んだ。

 例によって、このゲームに勝つことがエリア攻略に直結する条件なのかはわからない。

 だが挑まれた以上は、ルーファスがキングである黒チームに勝利する前提で臨まねばならない。

 仲間が両軍に振り分けられており、同じマスに入ってから駒の取り合いが始まるというこの状況をフル活用してやる。

 開始前にメンバーに仕込みをして、同じマスに止まった場合は白チームの駒が勝つようにわざと手を抜いてもらえばいい。おかげでイージーゲームだ。

「八百長は認められないよ」

 ルーファスが先回りの釘を刺してきた。ヴァンは大げさにかぶりを振って、

「八百長? 勝負は正々堂々とするもんだ。こすい手を使うヤツは許せねえな」

「まったく同感だが」

「どうしてルーファスさんは俺を見てそんなことを言ったんで?」

「悪い顔をしていたからさ。わかるんだよ。私も悪い人間だからね」

「ズルはダメ!」

 割って入ったラピスが、腰のポーチから何かを取り出す。例の懐中時計に似た何か。あれは――

「これは《ラタトスクの羅針盤》よ! 嘘に惑わされずに本当のことだけを指し示す道しるべ!」

「少し補足しようか。この羅針盤はあらゆる指針となるものだ。チェスゲーム全体の管理も担い、勝負における“手抜き”の判定も自動かつ厳正に行ってくれる」

 ラピスに重ねて、ルーファスはそう言う。

 《ラタトスクの羅針盤》。ここに来てさらなる特殊アイテムが出てきた。不正を排除するシステムということか?

「ゲネシス……じゃない」

 そうつぶやいたアニエスの顔に、少しだけ落胆の色が見えた。

「実況役が欲しいわね! 選んじゃお!」

 ラピスが《ラタトスクの羅針盤》を掲げると、その針が勢いよく回り出した。

 針は二回止まり、その先にいたアルフィンとセドリックを示す。

「あら、わたくしが実況? 選ばれた以上はきっちり盛り上げるわ! がんばるわよ、セドリック!」

「なんでアルフィンはそんなに順応性が高いんだ……その半分でいいから僕も欲しいよ」

「きっと生まれるときにセドリックの分も取っちゃったのね」

「だったら早く返してくれない? 生きていくのに不便なんだ」

 

【挿絵表示】

 

 何はともあれ、コンパスの選択は絶対だ。

 ラピスに促され、《エインヘリヤルの霊珠》を胸に付けた各メンバーが、黒白の両陣営へと分かれて配置につく。

 仲間内での忖度なし。手抜きと判定されれば即負け確。掛け値なしの真剣勝負。

「英雄の魂をその胸に宿す者たちよ。迫る終焉の運命に抗う力があるのなら、この場で示してみせるがいい」

 黒のキングたるルーファスが剣を抜き、ラピスの手にある《ラタトスクの羅針盤》が淡い光を発した。

 

 

《――★第41話 ラタトスクの羅針盤★――》

 

 

《白チーム》

☆プレイヤー:マキアス

♔キング  :ヴァン

♕クイーン :アニエス

♗ビショップ:ティオ

♗ビショップ:エマ

♘ナイト  :リィン

♘ナイト  :ユーシス

♖ルーク  :ロイド

♖ルーク  :ベルガルド

♙ポーン  :ミュゼ

♙ポーン  :クルト

♙ポーン  :ワジ

♙ポーン  :クレア

♙ポーン  :デュバリィ

♙ポーン  :エステル

♙ポーン  :トヴァル

♙ポーン  :ランディ

 

 

《黒チーム》

★プレイヤー:ナーディア

♚キング  :ルーファス

♛クイーン :エレイン

♝ビショップ:リーシャ

♝ビショップ:ヴィータ

♞ナイト  :クロウ

♞ナイト  :アーロン

♜ルーク  :ジン

♜ルーク  :アンゼリカ

♟ポーン  :ガイウス

♟ポーン  :ジュディス

♟ポーン  :エリゼ

♟ポーン  :アッシュ

♟ポーン  :ヨシュア

♟ポーン  :アルティナ

♟ポーン  :リゼット

♟ポーン  :サラ

 

 

『――以上、三十二名ですね。全員初期配置につきましたか?』

 セドリックは全員の名前を読み上げた。盤外に設けられた実況席には、ご丁寧にマイクまで備えられている。

 彼に続いて横並びに座るアルフィンが言う

『ルールのおさらいも宜しいでしょうか? 要は“基本ルールはそのままで、同じマスに入った時に個別バトルが発生する”という点だけ押さえていてもらえれば大丈夫ですので』

 チェスフィールドの両端の一部が床からせり上がってきた。

 二アージュ四方の台座が、五アージュほどの高さで止まる。盤上を一望するための、プレイヤー用のお立ち台だ。

 白の台にはマキアスが、黒の台にはナーディアが、それぞれ梯子を使って登る。

「うわっ、なんだこれは?」

 マキアスの手元に小さなチェス盤の立体映像が浮かび上がった。

「ホログラムだよ~。虚像の駒を動かすと、実際の盤上の人たちも連動して動くようになってるからねー」

 ナーディアがそう説明した。謎機能だが、これも《ラタトスクの羅針盤》の能力なのかもしれない。

 その羅針盤を持つラピスは短い両手両足をばっと広げると、大きな声で宣言した。

「それじゃあゲームスタート!!」

 

 ☆

 

 先攻のマキアスが白のポーンの一つを進める。

「えっ、体が勝手に動いたわ!? 連動ってこういうこと!?」

 驚くエステルが一マス前進した。次に相手の黒のポーンが動かされる。ヨシュアもエステルと同様に前に出た。

 まずは互いにポーンを動かして、自陣後方の機動力のある駒の進行ルートを確保する。

 マキアスの手並みはさすがだった。テンポがいい。熟練の差し手であることがわかる。

「まだまだ序盤……こっからだな」

 ヴァンは身構えた。妙な静けさが激戦の始まりを予感させる。

 俺は白軍のキングだ。とにもかくにも絶対に落とされるわけにはいかない。

「……おい」

 マキアスが駒を進める。

「おいおい」

 マキアスがさらに駒を進める。

「おいおいおい!」

 そして白の陣形が整った。

 クレア・リーヴェルトを強力な駒で囲む完璧な防御の布陣だ。

 軍師マキアスのメガネがキラリと光る。

「名付けて超級ラヴァーズ防護円陣! これで敵はクレア少佐に手も足も出ませんよ!」

「俺に手も足も出し放題だろーが!」

 総動員でポーン守ってどうすんだ、あんのメガネめ。キングなのにお供が誰もいねぇじゃねえか。

「人徳の差ってやつじゃね? なあ、我らが所長殿よ」

「てめっ、いつの間に!?」

 アーロンがヴァンのマスに入っていた。こいつは黒のナイトだ。他の駒を飛び越えて接近していたのか。つーかいきなりキングまで接近を許してんじゃねーよ!

「傍若無人の愚王を刈るのは、いつだって正義の騎士ってこった。政権転覆は古今東西のお約束だろ?」

「英明果敢の賢王に何言ってやがる。革命の旗が燃え落ちる光景が、俺にははっきりと見えるぜ?」

 アーロンは二刀を引き抜き、ヴァンは素早くスタンキャリバーに手掛けた。

 刹那に重なる視線。同時に踏み込む足。閃く刃が衝突する――瞬間、

「勝負はトークバトル! お題は“仲間の秘密の暴露”!」

 ラピスがそう叫んだ。彼女は《ラタトスクの羅針盤》の針を見ていた。

 ヴァンは一秒で思考をフル回転させる。

 勝負ってのは必ずしも戦闘とは限らないってことか。あの羅針盤はゲーム内容さえ決めている。

 アーロンも察しよく意図を理解したようだ。すぐにヴァンへの攻撃を止める。剣を納めるが早いか、彼は先に口を開いた。

「フェリは寝る時にクマのぬいぐるみに抱きついてるぜ! あれがなきゃ眠れねーんだとよ!」

 野郎、ノータイムとはやりやがる。

 それはクルガの戦士としては恥ずかしいことらしく、暴露されたフェリは盤外で赤らめた顔をうつむけていた。多分あとでアーロンが後ろから撃たれるやつだ。

 俺も何か出さなくては。

 しかし何も思いつかない。ハッタリで乗り切るしかない。

 リゼットがMK社の企業情報横流ししてましたとか、アニエスが校舎裏でアルベール君をカツアゲしてましたとか、カトルきゅんが実は女の子でしたとか。――ダメだ、嘘過ぎてバレる。

 くそ、キングが初手でやられるとか洒落にならねぇ……!

「エレインは寝る時にみっしぃのぬいぐるみに抱きついてる! ベッドの上で毎回お話して、そっから眠るんだ!」

 ざわつくギャラリー。適当にでっちあげた上に、アーロンの二番煎じになっちまった。

 《ラタトスクの羅針盤》の針が回転し、ラピスが言った。

「72点対28点! 白のキングの勝ちよ!」

「あん? なんだその適当な点数は――どわああ!?」

 勝敗の宣言と同時、ヴァンのマスからアーロンが弾き飛ばされた。

 ヴァンは呆然として、勢いよくチェスフィールドの外を転がっていくアーロンを見送った。

「え、は? 俺の勝ち? なんで?」

「なんでも何も《ラタトスクの羅針盤》が、全員の心の動きを判定した結果だもの。それを元に点数計算したのは私だけどね!」

 ラピスはえっへんと胸を張った。

 推察するに、だ。

 フェリがぬいぐるみを抱いているのは何となくイメージがついて、エレインがぬいぐるみを抱くのはイメージにない。つまり、より暴露感が強かったのがエレインの方だったということになる。

 だから総合判定で俺の方が点数が高かったのか?

 しかし今のは嘘の内容だ。ハッタリでも何でもインパクトが強ければいいのだろうか。

「な、なんであなたがそれを……っ!」

 エレインはわなわなと全身を震わせていた。

 お前、その反応マジのやつかよ。適当に言ったのに、偶然にもドンピシャで的中させてしまったらしい。

 ならば《ラタトスクの羅針盤》は、まずエレインの動揺から暴露が真実かどうかの一次判定をした。

 続いてメンバー全員の心の動きを探って、勝敗に繋がる二次判定をした。

 それをラピスにフィードバックし、その結果を彼女が百分率に変換。トータルパーセンテージを算出したという流れだろう。

 確かにこれではイカサマはやろうと思ってもできない。

「幸運が味方してくれたわけか。にしても、いきなりナイトを落とせたのは幸先がいいな。この調子でガンガンと――」

「楽しそうねぇ……上機嫌ねぇ……人の秘密をフルオープンしておいてぇ……」

 殺意のこもった低い声。エレインさんがキレていた。いや、ブチ切れていた。

「ナーディアさん。今すぐ私をヴァンのところに――いえ、黒のクイーンを白のキングのところに突撃させてちょうだい。確実に仕留めるから」

「戦略があるんだから、すぐには無理だよ~」

「いいからやりなさい。立ちはだかる白軍の駒は残らず叩き潰す。私が、この手で、必ず、完膚なきまでに」

「こわっ」

 ナーディアの一言は、白軍全員の感想でもあった。

「勝っても負けてもお互いに無傷じゃ済まねえ。なんて恐ろしいチェスを思いつきやがるんだ。こいつはとんでもねえ死闘になるぜ」

「ヴァンさんのせいじゃないですか?」

 アニエスが湿度高めの半目でにらんできた。彼女は白のクイーンだ。

「それとさっきの。どうしてエレインさんの秘密を知ってたんですか? だって寝る時の習慣とか知る機会ないじゃないですか? おかしくないですか?」

「そりゃ適当がたまたま的を射たっつーだけで」

「本当に?」

「おう」

「じゃあこの一週間におけるヴァンさんの行動に不審な点がないか、口頭試問によるスケジュールの精査をさせてもらいますね。あ、カトル君って嘘発見器とか作れます?」

 なんで俺は浮気を責められるような感じになってんだ。

 

 ☆

 

 白のポーンのデュバリィと、黒のポーンのアッシュが同マスで対峙する。

「小生意気なガキンチョなんて、すぐに吠え面かかせてやりますわ!」

「やってみやがれ。逆にキャンキャン鳴かせてやる」

 にらみ合う血気盛んな二人に、ラピスがお題を告げる。

「テーマはトークバトル! 勝利条件は“相手を怒らせる”ことよ!」

 デュバリィが先に仕掛けた。

「チョロ過ぎですね! 未熟なお子様風情のつたない心根など、すぐに荒らしてみせますわ!」

「はっ、期待してんぜ」

「あなたのお母さま、でーべそ!」

 渾身の悪口は、しかし不発に終わった。アッシュはスンッとして表情筋一つ動かさない。

「ふん、これに耐えるとはやりますね。さあ、あなたの番ですわよ。先に言っておきますが、少々のことでわたくしのメンタルを揺らがせられるとは思わないことですね。そもそも武道の本質とは精神修練にあるのですから」

「お前のマスター、でーべそ」

「んだとコラアアアアッ!!」

「5点対95点! 黒のポーンの勝ち!」

 あっさり敗北したデュバリィは、盤外へと吹っ飛ばされていく。これはギャラリーは関係なく、当人同士の心情での判定らしかった。

「完封じゃなかったか。……ま、ちょっとはイラッとしたからな」

 アッシュはふんと鼻息をついた。

 

 ☆

 

「まさか聖杯騎士同士で争うことになるなんてね。ルール上手加減もできなさそうだ。悪く思わないで欲しいな」

「こちらも同じだ。互いの聖痕を出すような事態は避けたいものだが」

 先に前線で衝突するのは、やはり白のポーンと黒のポーンだ。

 ワジとガイウスの背中から立ち昇る闘気が干渉し合い、ちりちりと青白い光を散らせている。

 一触即発の空気の中、ラピスが言った。

「ポージングバトル! お題は“芸術”!」

『はぁっ!』

 即座にワジは上半身を脱ぎ、モデルのような斜め立ちを披露する。

 負けじとガイウスも上半身を露出し、彫像のような引き締まった肉体を見せつけた。

『おーっと淑女へのご褒美、目の保養! ワジさんの均整が取れた無駄のない筋肉に対するは、ガイウスさんの浅黒くワイルドな剛健の肌! 勝利の軍配はどちらに上がるのでしょうかー!?』

 アルフィンの実況にも熱がこもる。

 《ラタトスクの羅針盤》の針が高速回転。ポージングはゲームの特性上、テーマに則した全員の心境を計測しての判定となる。

 “芸術”という観点から、ラピスが勝敗を下した。

「59点対41点! 黒のポーンの勝ちっ」

『これは風の導きーっ! 接戦を制したのは純正ノルドボディーッ!』

『いやアルフィン、飛ばし過ぎだって!』

 前のめりになるアルフィンを、セドリックが引き戻した。

 

 ☆

 

 黒のルークであるジンが一直線に前進してきた。

「おっと、おぬしが相手か。これは気が抜けんな」

 立ち向かうは白のルークのベルガルドである。

「よく仰る。あなたと対戦するなら、俺が挑戦者の立場でしょうに」

「ルークは守りの要。ここで落とされたら、マキアスの戦略にも狂いが出よう。おいそれと負けるわけには行かぬ」

「ほう。チェスも嗜まれるとは、文武両道の噂に尾ひれはないようだ」

「素人の趣味を文と評されるのは本意ではない。それにおぬしとは武の拳を交えたいと思っておる」

「まったく光栄ですな。武人冥利に尽きるというものですよ」

 泰斗流と崑崙流の構え型が、流れるように展開される。

 二人の目がくわっと開き、

「ポージングバトル! “マッスル”!」

『ぬぅん!!』

 ラピスの発表と同時にはじけ飛ぶ二人の上衣。膨れ上がる筋肉が太い血管の筋を浮き立たせた。

「さすがというべきでしょうか。しかし俺もまだまだあっ!」

「なぁんのこれしきぃっ!」

 さらにピクピクと脈動する大胸筋。きらりと輝く白い歯。汗が蒸発し、むっわぁと漢のスメルが放散される。

「むっ?」

「こほおおお……」

 ベルガルドがゆらりと大きく両腕を回すと、緩慢な動作から一転、

「かあっ!!」

 キレッキレのサイドチェストポーズを炸裂させた。

 瞬間、76点対24点の判定が下り、「ぐあああ!」とジンが飛ばされていく。

「ベルガルドさん、最高ですぅー!」

 なぜか敵軍であるはずのサラが歓喜していた。

 

 ☆

 

 ビショップの最大の特徴は斜め方向への直進軌道である。攻撃ルートが通ったと同時に、あらぬ角度からの不意打ちを仕掛けてくる駒だ。

 両軍ともにそのビショップを担うのは魔女だった。白がエマ、黒がヴィータである。

「私たちが互いにビショップとは因果を感じてしまうわね。でも悲しい。可愛い妹をこの手で倒さなければならないなんて」

「別に魔術合戦をやるわけじゃないでしょう。私にも十分に勝ちの目はあるわ」

「あらあら、可愛くて生意気。暴露系のトークバトルだったらいいんだけどね。あなたの今日の下着はアダルティな黒のレースだとか、昨日はスケスケの白のフリルだったとか言いたい放題なのに」

「始まる前から暴露するのやめて!」

 慌てふためくエマを凝視しながら、リィンは難解な顔で「黒のレース……?」と深淵の命題に直面したかのように、何かを深く考え込んでいるようだった。

「ゲーム内容はファインドレース! お題は“大きな調理器具”!」

 ファインドレース。つまるところは借り物競争だ。

 調理器具ということなら、第六層の厨房まで走っていかねばならないが、魔女たちは転移術で瞬時にして消えていた。

 ほどなくエマが先に戻ってくる。彼女は自分の体半分を覆い隠してしまうほどの、巨大な鉄のフライパンを抱えていた。

「わ、私はこれを。多分、大人数のパエリアとかを作る時に使うものだと思います。見た感じではこれが一番大きかったですね。お、重っ」

 よたつきながら何とかバランスを取るエマ。

 続いてヴィータが転移で戻ってきた。

「はい、どうぞ」

 キッチンカウンターが丸ごとドゴンと置かれる。横幅はゆうに五アージュを超えていた。

「え、姉さん、なにこれ?」

「調理作業台だけど。コンロも三つ備えられてるし、広義ではこれも立派な調理器具でしょ」

「どうやって持ってきたの? 固定されてるものは転移術じゃ運べないのに」

「だから床ごと魔術で切断したのよ。ケーキを切り分けるのと大差ないわ」

「あの……戻せるの?」

「知らないわよ、そんなの」

 ラピスのジャッジが入る。

「0点対100点! 黒のビショップの勝利ー!」

「ふふふ、フルスコアじゃない。どんな気持ち? 完封されてどんな気持ち? ねえねえ?」

「……悔しい気持ちだけど」

「あはっ」

 とても楽しそうにヴィータは笑った。

 

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 ☆

 

「トークバトル!」

 エステルとヨシュアの対戦だった。注目カードではあるが、駒でいうならどちらもポーンだ。

「勝利条件は“先に相手を照れさせる”よ!」

 ラピスからのお題を聞いて、二人は固まった。

「え、えっと」

「どうすれば……」

 対峙したまま硬直する二人に、外野のレンが叫んだ。

「あれを言えばいいのよ。『やっぱりその……悔いは残したくないっていうか……』『……ごめん、その先は僕に言わせて。エステル……キスしてもいいかな』」

「きゃあああ! やめてえええ!!」

「ぐぅっ、うぅうぅ!」

 双方へのメンタルダメージが甚大だ。

「50点対50点! 両者ドローで、二人とも吹き飛んじゃえ!」

 引き分けの概念もあるらしい。

 ラピスが言うと、エステルとヨシュアは盤外に弾かれてしまった。

 

 ☆

 

「同期対決になっちゃいましたね、アルティナさん」

「しかもどちらもポーンですか。ミュゼさんはビショップとか似合いそうですが」

「私はリィン教官をお支えするクイーンか、リィン教官の玩具となるスレイブのどちらかが良かったのですけど」

奴隷(スレイブ)という駒の存在を初めて知りました」

 アルティナが黒、ミュゼが白のポーンだ。

「トークバトル! テーマは“仲間の秘密の暴露”!」

 このお題は二回目。ゲーム内容は《ラタトスクの羅針盤》が決めていて、ラピスはそれを読み上げるだけのようだった。

「仲間の秘密をばらすだなんて気が引けますね……でもまあ、私はユウナさんで」

「はあ!? ちょっと待ちなさいよ!」

 盤外で憤るユウナを無視して、ミュゼは大きな声で言った。

「最近、胸がまた大きくなったみたいで、このところユウナさんったら寝る時ノーブラなんです。たゆんたゆんなんです」

「やだあああ!」

 絶叫するユウナ。

「なら私も対抗してユウナさんで」

「張り合わなくていいって! アル! アルぅ!?」

 ユウナの制止も虚しく、アルティナが続く。

「三限が歴史学の授業の時、空腹に耐えかねたユウナさんは教科書で隠しながらよく早弁してましたよね。あれ、リィン教官は全部気づいてました」

「んわあああ!」

 二人の暴露は止まらない。

「抜き打ち持ち物検査があった時、隠し持っていた大量のお菓子を全部アッシュさんのロッカーに押し込んだのはユウナさんです」

「文化祭の劇でクルトさんがお姫様役をすることになったのは、実はユウナさんにドレスがフィットしなかったからでした」

「体操着を裏表逆に着ていたことがあったり、靴下を片方だけ履き忘れるという奇行があったり」

「一限からの水泳があった日、制服の下に水着を着てきたのはいいんですけど、お決まりのように下着を持ってくるのを忘れて、二限以降は丸一日完全に――」

「もうやめてえええ!」

 49点対51点でアルティナが勝った。

 

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 ●

 

 飛行甲板でのチェスゲームが白熱してきた頃、誰もいない最下層の船倉ドックに異変が起きていた。

 銀の扉である。

 もしかしたらジョルジュが言い残した、“クロウが開けるヒントを持っている”という銀の扉かもしれなかったが、ロックがかかった上に導力源さえ落ちていて、手のつけようがなかったものだ。

 しかも目を離した隙に頻繁に場所が変わるのだ。壁伝いに移動したり、天井に張り付いたり。

 面白がったフェリが追いかけたりもしたが捉えることはできず、結局ろくに調べられてもいない。

 その扉がまた動いている。

 船倉に入るための入口は三つある。昇降機と内階段と非常口だ。

 まず昇降機がエラーを起こした。端末のパネル表示にノイズが走り、船倉に昇降機が止まらない設定に切り替わってしまった。

 次に内階段がねじ曲がって、船倉への出入り口に到達できくなってしまった。

 最後の非常口は、船倉の側面に位置している。その扉は緊急事態にのみ解放され、艦外へダイレクトに脱出するための経路だ。当然、飛行中に開くことはない。

 銀の扉はなぜかそこに移動した。元々あった非常口の扉と混じり合い、融合した。完全に空間が閉ざされる。

 誰も立ち入ることができなくなった船倉で、何かが組み変わっていく――

 

 ●

 

「ロイドはルークなのね。イメージ通りかも。だけどポーンがルークを取ったら大金星じゃない?」

「与えられただけの役割だ。それに同マスで戦う結果が全てなら、駒の移動力はあまり意味がないさ」

 白ルークのロイドVS黒ポーンのジュディス。

「リーシャのことがあるから気が引けるけど、ルール上わざと負けるわけにはいかないものね」

「なぜリーシャの名前が出るのかわからないが、どうせ最初から負けるつもりなんてないんだろう?」

「知りたいなら教えてあげるわ……なぜあたしがリーシャの名前を出したのかをね!」

「別にそこを深掘りしようとは思ってないが……」

「ジュディス! 余計なこと言ったら枕に爆雷符仕掛けるから!」

 黒ビショップのリーシャが、ジュディスに全力で怒ってくる。ちなみに彼女らは同じ黒軍だ。

「ゲームはトークバトル! お題は“ゼムリアあるある”!」

『ゼムリアあるある?』

 ラピスから勝負内容が告げられ、二人はそろって戸惑った。

「え、えっと……あるある系の話で高い点数と出せばいいんでしょ!? えーと、えーと……じゃあこれ! “結社の連中、やたらとファッションが奇抜”!」

 ジュディスが遭遇した《身喰らう蛇》の人間は少ないが、その中での印象だ。

 あー、と大勢が納得する一方、

「あ? 俺は別に普通だろーが」

「わたくしも普段はメイド服ですし」

「ミスティさんモードは街に溶け込んでたでしょ」

「ゴスロリ服の何が悪いのかしら」

 “元”結社のクロウ、シャロン、ヴィータ、レンが不服を訴えた。戦闘力高めの人たちからの圧を食らって、ジュディスはたじたじだ。

「次は俺のターンか。そうだな……」

 ロイドは言った。

「機甲兵。もう誰もパンツァーゾルダって言わない」

『あぁ~!』

 全員の、とりわけエレボニア勢のうなずきは強かった。ロールアウト時は機甲兵(パンツァーゾルダ)の呼称だったのだ。

「82点対18点! 白のルークの勝利よ!」

「きゃあああ!」

 ラピスの宣言と共に、ジュディスが派手に飛んでいった。

 

 ☆

 

「よう、お嬢さん。まさか俺たちが戦うことになるとはな。やりにくいとは思うが、これもエリアのルールだ。遠慮なくかかってきな」

 白ポーンのトヴァルは残念そうにかぶりを振る。

 黒ポーンのエリゼは抜き放ったレイピアの切っ先を、すでにトヴァルの喉元に向けていた。

「公然とトヴァルさんを仕留める機会が得られるだなんて……え、何か言いましたか?」

「いや……俺は何も言ってないし、何も聞かなかった」

「そうですか? ではラピスさん、早くゲーム内容を発表して下さい。なるべく攻撃的なものがいいです」

 ラピスは困っていた。

「私が内容を選んでるわけじゃないのよ? 《ラタトスクの羅針盤》が決めた今回のゲームは――トークバトル! 勝利条件は“相手の心を折る”こと!」

 エリゼは嘆息してレイピアを納めた。

「悪口を言えということでしょうか。さすがに品がありませんが……やらないといけないのでしょうね」

「俺も乗り気にはなれんな。しかもエリゼお嬢さん相手になんてよ。大人のやることじゃねえが……!」

 ばばっとトヴァルは白コートを無駄にかっこよくひるがえした。

「だが勝負は勝負! 心を傷つけちまうことは先に謝っておく! エリゼお嬢さんは――」

「トヴァルさんが嫌いです」

「がはぁっ!」

 くずおれたトヴァルは、床に血を吐いた。 

 《ラタトスクの羅針盤》の針がエリゼの側に振り切れる。100点対0点で、トヴァルの心が完膚なきまでに粉砕されたことを示していた。

「あと今何言いかけたんですか? エリゼお嬢さんは? なんでしょうか? どうぞ、教えて頂けると」

「ラピス! 俺を盤外に飛ばせ! 早く! ラピースッ!!」

「え、うん。羅針加速マックスっ」

 ロケットの勢いで、トヴァルは遥か彼方に消えた。

 

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 ☆

 

「しまった!」

 そう呻いたのはマキアスだった。

 白のポーンであるクレアには敵駒を一切近づけないように鉄壁の布陣を敷いていたのだが、盤上が混戦にもつれ込むにつれ、付け入る隙を生んでしまった。

 クレアの前に配置していたロイドを、ヴァンを狙うジュディスの迎撃に回さねばならず、そこに間髪入れず黒のポーンのサラが前進してきたのだった。

「そのポーンが大事みたいだね~? やっちゃえー!」

「クレア少佐が目当てか。おのれぇ……!」

 抜け目のないナーディアの采配に、マキアスは呪いの歯ぎしりを鳴らした。

「こちらから仕掛けます。私を動かしてください、マキアスさん」

「少佐……くそっ、くそう……っ!」

 ポーン一つを断腸の思いで進めるマキアス。

 目前に迫っていたサラのマスに、クレアが自ら攻め込む形となった。

「さあ、サラさん。勝負です」

「あんたのスペックが高いことはわかってる。でもね、この手のゲームは単純な頭の良さが物を言うわけじゃない。思考の回転と瞬間の閃きが勝敗を決するのよ」

「承知しています。ですがどのようなお題が出されるかわからない以上、互いの条件はイーブンでしょう?」

「あたしが飲み会でどれだけの催しを切り抜けてきたか知らないようね。合コンでのミニゲームは全て制覇したと言っても過言ではないわ」

「虚勢ではなさそうですね。しかしシャロンさんから聞いています。サラさんの合コンでの勝率は、ミニゲームの勝率とはまったく比例していないと。むしろ鼻息荒く勝ちに行くから、大概の男性が離れていくのだと」

「うるっさいわ! つーか、あんたなんでメイド服のままなのよ?」

「? 私は清掃チームですよ。当たり前の恰好だと思いますが」

「順調に感性が狂ってきてるみたいで何よりね」

 ラピスが言う。

「勝負の内容はポージングバトル! お題は“セクシー”! ところで、せくしーって何?」

「知らないなら見せてあげるわ。本物のセクシーってやつをね! 今日は良い日よ、男子諸兄!」

 先にサラが攻めた。

 前かがみになって胸の谷間を強調。挑発的な表情で、扇情的なポーズを決める。

 Ⅶ組の男子一同は、そろって目線を床に逃がしていた。判定を司る《ラタトスクの羅針盤》の針が、計測不能のデータを受信してしまったかのようにギュンギュンと異常な速度で乱回転する。

「や、やっぱり私もやるんですか……ちょっとこれは厳しいと言いますか……」

「クレア少佐ァ!!」

「はいっ!」

 プレイヤースタンドからのマキアスの怒鳴り声に、クレアは思わず背すじを伸ばした。

「これは負けられない戦いです。少佐がここで引いてしまうようなことがあれば、白軍の士気の低下につながります。間違いなくそうなります。僕の指揮力は低下し、さらには口内炎も悪化するでしょう」

「こ、口内炎まで……あの、本当にやらなきゃだめですか?」

「はい」

「どうしても?」

「どうしても」

 光るメガネの圧に負けて、クレアは顔をうつむかせた。

 そして無言のまま、ゆっくりとメイド服の右肩をずらす。フリルに隠れていた柔肌があらわになった。慎ましやかに揺れる双丘の丸みが、上昇した体温のせいかほのかに汗ばんでいる。

「くぅんっ……見ないで……っ」

 震える指先でスカートをつまみ、ぷるぷると裾を持ち上げる。内股になったふとももに純白のストッキングがのぞき、その最上部のレース刺繍から繋がるガーターベルトがさらなる不可侵領域へと伸びている。

「無理です、これ以上は……もう……お願い、許して……下さい」

 クレアはぺたんとしゃがみ込んでしまった。

 同じ白軍のヴァンはうなずき、ロイドもうなずき、リィンは熱い拳を握り固めた。全員真顔だ。

 その瞬間にラピスからの判定が下る。

「97点対3点で白のポーンの勝ち。なんだかよくわからないけど、せくしーだったわ!」

「3点!? なわけないしょうが! やり直しを要求する――きゃあああ!」

「《ラタトスクの羅針盤》は絶対よ! 負けた駒は飛んでっちゃえ!」

 サラが消え、盤上に残ったクレアは、しかし顔を上げようとしなかった。

「ふっ、僕の作戦通りだった。やれやれ。このチェス勝負、負ける気が微塵もしないな」

 腕組みをして堂々と立つマキアスは、鼻から滝のような血を流していた。

 

 ●

 

「ど、どうしよう……」

 強気の姿勢とは裏腹に、ラピスは焦っていた。

 残りの駒数は白軍よりも多いのだが、しかし黒軍はどうにも攻め切れていない。

 逆に白軍は布陣を展開しながら、少しずつ戦線を押し上げてきている。その戦略の巧さは、ラピスにもわかった。

 巻き返されないようにナーディアも相当がんばっているものの、それでもあのメガネの従業員は数手先を読んでいる。すでにルークとナイトが一体ずつ落とされた。

 ゲームの審判は公平だ。というかこれ(・・)を持っている以上、公平にしかできない。

「……このままだとルーファスが負けちゃう。そんなのやだ……」

 私が、私がなんとかするんだから。

 ラピスは《ラタトスクの羅針盤》を握りしめると、まだ一マスも動いていないルーファスの後ろ姿を見た。

 

 ●

 

 黒のクイーンが動いた。

 エレインは一気に切り込み、斜めの軌道で白陣直前まで攻め入る。

「ここを突破されるわけには行きませんよ。僕が止める!」

 白のポーンであるクルトが、彼女と対峙する。

「クルト君」

「エレインさんにはセドリックの件でお世話になりました。ですが勝ちを譲ることはできません」

「譲る必要はない。奪うから」

 エレインの顔に影が差し、瞳には昏い凄みが映っている。気圧されまいとクルトは足を踏ん張った。

「ゲーム内容は――デュエル!」

 ラピスが言った。初めて登場したお題だ。

 実況のセドリックが手元の資料を見ながら補足に入る。

『えーと、デュエルっていうのはシンプルなガチンコ勝負みたい。武器の使用も可だって』

 瞬間、クルトは双剣を引き抜いた。

 機先を制す《双剋刃》を放つ。交差するように振り下ろした二刃から、十字の衝撃波が駆け抜けた。

 エレインはその斬撃を髪一本の差で避けてみせる。同時に展開した霊子装片のつぶてが輝きを散らせた。

「まだっ!」

 続けて《テンペストエッジ》だ。リーチを広げた嵐のような乱撃。しかしエレインは刃の隙間を縫って、平然と間合いの内側に踏み入った。

 騎士剣による逆袈裟の一刀。防御したクルトを物ともせず、彼は中空高くに打ち上げられた。

「なんて膂力っ! これがシャードブーストってやつか……だが!」

 宙に浮きながらも、体勢を立て直す。クルトはシャードの足場を蹴って駆け上がってくるエレインに大技を繰り出した。

 巻き上がる稲光と旋風。雷をまとう竜巻がエレインを包囲する。

「逃げ場を失ったところに叩き込む! 食らえ、ラグナストライク――」

『ダメだ、クルト!』

 とっさにセドリックが叫ぶ。

 エレインは竜巻の回転に合わせて、円を描くようにクルトの周りを高速で滑空していた。足首と背にシャードの翼が展開されている。しかし今までのような清廉潔白を体現したかのような美しい形状ではなかった。

 大型の蝙蝠を連想させる禍々しい悪魔の羽だ。

 あらゆる角度から、しかしクルトには反撃できない角度から、エレインは目にも止まらず連撃を浴びせかける。

 無数に重なる斬光の中心で、クルトは圧倒的な力に翻弄され続けた。

『抜け出せないのか、クルト! 外から見てると、君がピンボールの球みたいになってるんだ!』

『ちょっとセドリック、どちらかに肩入れするような実況はダメよ?』

『アルフィンだってポージングバトル見て『目の保養』とか言ってただろ!?』

『わたくしはガイウスさんとワジさんの両方に言ったの。平等でしょう?』

『納得いかないな!』

 揉める実況席をよそに、そのピンボールの球と化したクルトはズタズタにやられた。情け容赦なしの《ナイツ・オブ・アステリア》が光の軌道を描く。

 とどめの一撃が直上から炸裂。両手から離れた剣と共に、彼は受け身も取れず地面に落下した。

「うぅ……」

「ねえ、聞きたいのだけど」

 伏したクルトの頭元に降り立ったエレインは、そうささやきかけた。

「さっきのミュゼさんたちのトークバトルで知ったわ。クルト君は劇でお姫様役をやらされたそうね。女装は恥ずかしかった?」

「はあ、はぁ……こんな時になんの話です? 僕は負けてませんよ。まだ戦えますから……!」

「聞いてるのよ。女装は恥ずかしかった?」

 冷たく睥睨するエレイン。かりかりと地面をひっかく騎士剣の切っ先が、クルトの右頬にピタリとつけられる。

「くっ、それは……もちろん恥ずかしかったですが」

「そう、そうよね。私も恥ずかしかった。私の秘密、ばらまかれちゃったもの。ふふっ、死にたい気分」

 つーっと冷えた刃が、クルトの首筋までをなぞる。彼は息をのんだ。

「あ、あの? さすがに本気じゃないですよね? 手は抜けないルールですけど、まさか……そんな」

「なぁに?」

「僕の負けです!」

 盤外に吹っ飛んでいくクルトを背に、エレインはヴァンに向き直った。

「エ、エレインさん? さっきの暴露は事故っつーかなんつーか、ね? あんま根に持つのは良くないっていうか、ね?」

「ね」

 ハイライトの消えた灰色の瞳が、虚ろにヴァンを捉えている。怯える白のキングを見据えて、黒のクイーンはしっとりと微笑んだ。

「楽しみよ。あと何手であなたの元へとたどり着けるのか、本当に楽しみだわ」

 

【挿絵表示】

 

 

 ――つづく――

 

 

 




《話末コラム①》【現時点での両軍の戦況】

《白チーム》
☆プレイヤー:マキアス
♔キング  :ヴァン
♕クイーン :アニエス
♗ビショップ:ティオ
♗ビショップ:
♘ナイト  :リィン
♘ナイト  :ユーシス
♖ルーク  :ロイド
♖ルーク  :ベルガルド
♙ポーン  :
♙ポーン  :
♙ポーン  :
♙ポーン  :クレア
♙ポーン  :
♙ポーン  :
♙ポーン  :
♙ポーン  :ランディ


《黒チーム》
★プレイヤー:ナーディア
♚キング  :ルーファス
♛クイーン :エレイン
♝ビショップ:リーシャ
♝ビショップ:ヴィータ
♞ナイト  :クロウ
♞ナイト  :
♜ルーク  :
♜ルーク  :アンゼリカ
♟ポーン  :ガイウス
♟ポーン  :
♟ポーン  :エリゼ
♟ポーン  :アッシュ
♟ポーン  :
♟ポーン  :アルティナ
♟ポーン  :リゼット
♟ポーン  :

 ●

《話末コラム②》【現時点で推察される《ラタトスクの羅針盤》による勝敗判定の仕組み】

★羅針盤の針があらゆる状況や人間の感情さえも計測し、嘘偽りない情報をラピスにフィードバックする。

★ラピスはその情報を百分率に換算し、点数として判定を宣言。
つまり70点対30点の結果だとすると、全体に対して70%対30%という意味合いになる。
これは全員の精神状態にも左右されるため、たとえば「赤が好きか、青が好きか」という問いに対して、10人中1人しか「赤が好き」と思わなかったとしても、その一人が残り9人を上回る強い気持ちだった場合、《ラタトスクの羅針盤》は“赤の勝ち”という判定を下すものと思われる。

 ●

《話末コラム③》【ゲームごとの判定ルート】

★トークバトル……お題によって、ギャラリーもしくは対戦者の心情を読み取って判定。
“相手の心を折れ”なら対戦者同士。
“あるある系”ならギャラリー等。

★ポージングバトル……ギャラリーの心情のみを読み取って判定。
対戦者同士の取ったポーズが、テーマに則したものであるかが主な判定基準となる。

★ファインドレース……ギャラリーの心情のみを読み取って判定。
対戦者同士が見つけてきた物品が、指定されたお題に対して適正なものであるかが主な判定基準となる。

★フィールドバトル……《ラタトスクの羅針盤》も作用はするが、基本はラピスの主観による判定。ゲームの特性上、点数換算ではなく勝ちか負けかだけの結果が下る。

★デュエル……対戦者同士の心情のみを読み取って判定。本人が負けたと思えば勝負がその時点で決まる。
ただし不屈の精神で負けたと思わなかったとしても、ボッコボコにやられて立てないレベルになったら、《ラタトスクの羅針盤》よりもラピスの主観が優先され、彼女から勝負の裁定が下される。

 ●

《話末コラム④》【アルティナから読者様へのお詫び】

★白のポーンの記号表記が、お使いの端末によっては正常に表記されていないかもしれません。謹んでここにお詫び申し上げます。……なぜ私が謝らなければならないのですか。
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