黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第45話 夢の綻び

「“夢の綻び”の正体がわかったってのは本当か?」

 第六層の展望レストランのテラス。先ほどまでエレインが座っていた椅子に、今はルーファスが腰を下ろしている。

 半信半疑でヴァンが聞き返すと、ルーファスは肩をすくめてみせた。

「ジョークのほうが良かったかね? とはいえ“わかった”ではなく“わかったと思う”ではあるが」

「確証はなくて確信があるってことでいいのか?」

「核心を突く革新的な答えを用意させてもらったよ」

「言葉遊びはいらねえ」

「コミュニケーションの一環のつもりだったのだが、失敗したようだ」

 クロスベル占領時の総督、ルーファス・アルバレア。エレボニアの四大名門とかいう家柄の“元”大貴族にして、ユーシス・アルバレアの兄。

 まあ、なんだ。例に漏れず癖の強いヤツだな。

 最後の空エリアを攻略したということは、霧に囚われていたメンバーは彼らで全員なのだろうか。カルバードチームも含めて、総勢五十八名。大所帯だ。

「念のため再確認なのだが、“夢の綻び”というのは、ミストマータたちが“王のために探している何か”でいいのだね?」

「そうだ。ミストマータの反応や執着から見ても、それが《ロア=ヘルヘイム》における最重要事項なんだろうと俺たちは踏んでいる」

 隅に置かれていた三つのダンボール箱が、ずりずりと動いてレストランから出ていく。なんだ、あれは。

「ふむ、最重要か」

「それなのに、今さっきこの異世界の仕組みを知ったばかりのあんたが、いきなり“夢の綻び”の正体を思いつくってのが解せねえ。だから疑い半分ってな」

「私は君に対しての先入観がないからかもしれない。比較的フラットな目線で君を見ている。その私が思うに、他の人間に比べるとやはり君は存在が特殊だ」

「……どういう意味で言ってる」

「呼び込まれた経緯が、我々“囚われ”組と根本的に違うということさ」

 そっちか。一瞬身構えちまった。

「そのことはとっくにわかってるし、色々と憶測も立ててきた。もちろん確かなことはわからないままだがな。それが“夢の綻び”に何の関係がある」

「大いにある」

「もったいぶらずにさっさと言ってもらえると助かるな。当て物ゲームがしたいわけじゃねえんだろ」

「ゲームはチェスで満足させてもらった。さて、では“夢の綻び”についでだが――」

 ヴァンの《Xipha》に通信が入って、会話が中断された。ここからって時に誰だよ。

『あ、ヴァン! あたし! ジュディスだけど!』

「おかけになった通信番号は現在使われておりません。おととい来やがりますよう謹んでお願い申し上げます」

『はあ!? ちょっと!』

「耳元でキャンキャンと……どうした?」

『コンパクトが見つかったのよ! グリムキャッツの――あ、いや、おばあちゃんの形見の!』

「良かったな。これでばあさんも成仏できるだろうぜ。じゃ切るぞ」

『待ちなさいって! 死んでないわよ! 見つかったけど問題ありなの! 緊急なの! とにかくすぐに来て! 甲板!』

 言いたいことだけまくし立てると、ジュディスは一方的に通信を切ってしまった。

「なんなんだ、あいつ……。まあ、別にジュディスは後でいいだろ。あんたの話を聞かせてくれ」

「先に行ってあげたまえ。困っているようだった」

 意外にもルーファスはそんなことを言った。

「もっと合理主義かと思ったが」

「利己主義の間違いだ」

「胸張って訂正するほどのもんじゃねえ」

「いずれにしてもだ。仲間は大切にするべきだろう? 私の話は後でもできる」

「あんたが言うと、どこか白々しいんだよな……」

「手厳しいことだ。一応本心のつもりなのだがね」

 ルーファスはテラスから遠くを見据える。相も変わらず感情の読みづらい横顔が、しかしかすかに笑んだように見えた。

 

 

《――★第45話 夢の綻び★――》

 

 

 ヴァンとルーファスが第五層の甲板に着くと、船首側に何人かが集まっていた。

 ジュディスを始め、レン、アニエス、ティータ、アガットの五人だ。

 ヴァンは最後尾にいたレンに声をかける。

「お前らもいたんだな。こいつはどういう状況だ? コンパクトが見つかったと連絡を受けたんだが」

「あら、ヴァンさん。私たちもさっき戻ってきたところなのだけど」

 そう言って振り向いたすみれ色の髪に、なぜかダンボールのくずが付いていた。

「ヴァンさんはジュディスさんに呼ばれたのね。このタイミングで来るのは、間が良いというか悪いというか」

「間?」

「こっちの話」

 なぜか隅っこで三角座り中のアニエスに一瞬だけ視線を転じると、レンは困ったような表情を浮かべた。

 その横から、ナーディアが間延びした声を挟んでくる。

「今はそっとしておいてあげて~。ちょっとレンちゃんと一緒にいじめ過ぎちゃったみたいで」

「お前らな。うちのバイト一号はもっと大事に扱えよ?」

 アニエスは素直だし、いじりやすいんだろうけどな。それで落ち込ませちまったら世話ねえ話だ。

 普通に(たしな)めの言葉一つだったのだが、レンとナーディアは俺を非難するような目を向けてきた。

「ちょっと聞いたレンちゃん。大事に扱えとか、こういうことを平気で言うんだから、ヴァンさんって。これはあーちゃんも苦労してそうだね~」

「そうなのよ。ヴァンさんも大概よねぇ。まあ、アガットさんよりは幾分マシだけど」

 いつもこういう絡まれ方をするらしい。いきなり不意打ちの矢を放たれたアガットは、そそくさとティータの後ろに移動した。

 アニエスのことは気がかりだが、とりあえずヴァンはジュディスに話を移す。

「で、どうした? 見つかったんだろ、例のコンパクトが」

「見つかったのはいいんだけど、あれよあれ」

 船首の端から下をのぞき込むと、外装の中腹に引っ掛かっているコンパクトが見えた。

 おそらく甲板の清掃中に弾き落とされ、そこにかかったのだろう。

「はー。ありゃ場所が絶妙に悪いな。地上からは到底届かねえし、甲板からも無理だ」

「そうなのよね。しかも近くに窓がないから、艦内から手を伸ばすとかもできないし……」

「緊急事態ってこれかよ。飛んできて損したぜ」

「緊急でしょ! 落ちて壊れたらどーすんの!」

 怒るジュディスの脇から、ルーファスも下をのぞき込む。

「ふむ、回収が難しい位置だ。あれが祖母殿の形見かね?」

「あー、そいつは大勢を動かすために俺がついた嘘だ」

「あっさりばらしてんじゃないわよ! あ、えと、ごめんなさい。別にみんなを騙そうとしたわけじゃなくて……」

 申し訳なさそうにするジュディスに、ルーファスは朗らかにかぶりを振った。

「気にする必要はない。今は祖母殿がご健在でも、その内に形見になるだろう。将来的には真実に変わってくれる」

「人の心のない人種がまだいたとか……」

 ジュディスの嘆きに、ナーディアが同調した。

「なーちゃんたちもルーファスのあれこれには困ってるんだよね~。雑貨屋に人の心とか売ってないかな~」

「ははは、それなら実に簡単だ。高価買取させてもらうよ」

 ルーファスは面白そうに肩を揺らす。

 ブラックな人たちはさておき、コンパクトの回収方法の話に移った。

「あの、わたしがオーバルギアで空中から回り込んで、コンパクトをつかんで来るのはどうでしょうか?」

「ダメよ。外装に接触したら危険でしょう。させられないわ」

 ティータの提案を却下したレンは、別の代案を出した。

「ロープで吊るしたアガットさんを降下させるのはどうかしら? 清掃班で一度経験もしているから適任だと思うのだけど」

「ま、待て。俺はその時、エステルのせいで落下しかけてるんだが」

「実に傑作だったわ」

「………」

 結局アガットは承諾し、しぶしぶロープを自分の腰にくくりつける。根元が縛られているか、何度も何度も自らの目で確認して。

「じゃあ行くからな。しっかりロープの状態は見といてくれ。……いや、誰かなんか言えよ」

 一本の命綱を頼りに、慎重に外装の際を降りていくアガット。それを見守る一同。

 やがて20アージュほど降下したあたりで、コンパクトが引っ掛かっているのと同じくらいの高さに到達した。

 アガットが腕を伸ばし、もう少しで指先が届く――瞬間、コンパクトに光がにじみ出した。

「な、なんだぁ!?」

「ま、まずいわ!」

 ジュディスが甲板から身を乗り出した。

「同期システムが作動してる! このままだと一番近い位置にいるアガットさんがグリムキャッツになっちゃう!」

「は!? グリム……なんだ!?」

 困惑するアガットに、ヴァンが叫んだ。

「一言で説明するのは難しいが、結果だけ伝えるとお前は今から痴女になる!」

「ふざけんなァ!!」

 当然憤慨するアガットと「誰が痴女よ!」と怒るジュディス。

 レンが神妙な面持ちでうなずいた。

「ティータ。アガットさんに声をかけてあげなさい。今から彼は別の何かに生まれ変わるの。さなぎが蝶になるようにね。ちなみにそれ変態って言うんだけど。もうこれまでと同じじゃいられないわ」

「え、えっと、わたし、アガットさんがチジョでも大丈夫です!」

「お前意味わかってねーだろ! つーか何隠れてクスクス笑ってやがる、レンてめえ!」

 コンパクトが落ちかける。微妙な窪みにはまっていたのが、間近で騒いだせいか、位置がずれてしまったらしい。

 葛藤するアガットをジュディスが急かす。

「ちょ、ちょっと! 絶対落としちゃダメだから! 早く取って!」

「取ったらそのグリムなんとかっつー痴女になっちまうんだろ!?」

「痴女じゃないわ! 幻夜の猫よ!」

「ますますわからん! だがロクなもんじゃねえのはわかる!」

「御託はいいからとにかく回収してよ! お願いだから! 遊撃士でしょ! これ民間人からの依頼! 支える籠手が泣いてるわよ!」

「くそっ、なりふり構わず煽ってきやがって……! お?」

 アガットはジンが真下にいることに気づいた。彼もコンパクト捜索に加わっていたのだ。そしてジンもアガットに気づいた。

「おお? 何やってんだ、アガット。そんなところに吊り下げられて……何かの罰ゲームか?」

「そんなわけあるか――あ!」

 とうとうコンパクトがずり落ちた。

 やけくそで掴もうと、手を伸ばすアガット。

 状況が飲み込めないまでも、とっさに受け止めようと下で構えるジン。

 アガットかジンのどちらかが確実にグリムキャッツ化する。悪魔の二択だ。

 さらに事態を察し、近くにいた特務支援課メンバーがジンの周りを固めた。取りこぼした場合のフォローをするつもりだ。

 アガットは出しかけた手を引っ込める。ジンに託す気だ。いや、全部ぶんなげる気だ。哀れな生贄が確定した。

 光を放ちながら落下するコンパクト。手を差し伸べるジン。

 天からの啓示を受ける求道者のごとく、荘厳な神々しさがそこにはあった。この一瞬だけを切り取るなら、ガイウスはさぞ素晴らしい絵を描けることだろう。

 しかしその数秒後には、公然と痴女キャットに変身したジン・ヴァセックを、クロスベル警察の皆様が不審者として速やかに取り押さえる未来だけが待ち構えている。

 ヴァンはもう見るのをやめた。

 そして誰もが目を背け、その瞬間は訪れた。

 

【挿絵表示】

 

 

 ●

 

「ジンさんって昔から兄貴肌でね。あたしが遊撃士になりたての頃、リベールに来てくれるたびによく面倒を見てもらったわ。ほら、最初ってあたしもすれてたところあったし? でもそんなあたしを根気強く指導してくれたの。時に厳しく、時に優しく。誰にとってもお手本のような存在なのよ」

 作業机に座ったまま、シェラザードは遠い目で窓の外を見る。グランセル城の執務室だ。その窓縁に飾られた花瓶には、綺麗な一輪の花が生けられている。

 彼女の話を興味深げに聞きながら、オリヴァルトは壁に背を預けた。

「シェラ君が過去の話をするなんて、何だか珍しい気がするよ。どうして急にジンさんの話題を?」

「なぜかしら。ふとジンさんの顔が思い浮かんだの。もしかしたらこれが完成したからかもね」

 シェラザードは机に広げていた紙をトンと指で叩いた。大きめの一枚物の用紙には、地形図が描かれている。

「《ロア=ヘルヘイム》の地図。完成したわ。微妙にまだ空白の地域もあるにはあるんだけど、大枠はこれで埋まってるはず」

「探索に参加できない代わりに、ずっとそれを作ってくれていたからね。巡回班の面々が効率的に地区を回れるようになってきたのは、シェラ君が地道にマップをアップデートしてくれていたからだよ」

「それを言うなら、都度情報を報告してくれた巡回メンバーのおかげだけどね。さすがに多少の縮尺の狂いはあると思うけど、文句を言いにくる人もいないから一応まともには使えているんでしょう」

「不備があったとしても、君に文句を言える人はそういないだろう」

「なんて?」

「何もありません。……ん? でも地図の完成とジンさんを思い出すのと何か関係があるのかい?」

「遊撃士の情報収集は足を使うのが基本だって教えてくれたのがジンさんなのよ。特に知らない土地のマッピングは、自分で赴いて、自分の目で直接確認しろってね」

「なるほど、そしてそれがエステル君やヨシュア君にも受け継がれていると」

「そういうこと。地図は画像取り込みして、個々の《ARCUS》に送信するのが手っ取り早いかしら。あ、でもジンさんやレンとかは1208年組だから《Xipha》持ちよね……。そちらはカルバードチーム分と合わせてコピーを配るしかないか」

「ならセドリックに渡そう。このあとアーロン君と会う約束があると言っていた。彼からカルバードの皆に配布してもらおう」

「そうね。いいかもしれない」

 シェラザードはうなずいた。

 セドリックとアーロンがよく一緒に行動しているところはシェラザードも度々見かけていた。

 正直、セドリックとは馬が合わなさそうというか、真逆の性格をしているように思えたのだが、うまく付き合えているならそれに越したことはない。

 それに、それを言うなら、あたしの方が――

「最近、セドリックとはどうだい?」

「見透かしたような質問ね。普通よ、別に普通」

「普通ね」

 事実、セドリックとの関係性は悪くない。少なくとも現実世界にいた時よりはよく話している。

 ……セドリックが気を遣ってくれているのはわかっている。こちらも踏み込むべきなのだろうが、やはり慎重になってしまう。

 嫌われたくない気持ちが強いのだ。彼は繊細で、私はちょっと雑なところがある。無意識に使う無神経な言葉で、大切な義弟を傷つけたくなどない。

「セドリックはタフだよ。君が思うよりずっとだ。僕たちに負けないくらい厳しい戦いを潜り抜けて来ている。アルフィンと同じようにフランクに接してみたらどうだい?」

「……まあ、できるならあたしもそうしたい。でも中々きっかけが掴めなくて」

「姉弟なんだ。きっかけなんて本来必要ないものさ。少しだけ気持ちに弾みがつけば、それが最初の一回になる。確かに急ぐことじゃないかもしれないがね」

「アドバイスどうも。オリビエったら、あたしの旦那さんにでもなったみたいね」

「知らなかったのなら教えよう。僕は君の旦那さんなんだよ。いつか二人が親しく『姉上、セドリック』と呼び合う姿を見たい。今じゃなくても、いつか」

 オリビエは地図のコピーをしてくると言い残し、執務室から先に出て行った。

 本来きっかけなどいらない、か。そうなのかもしれない。

 自然体の気さくな態度といえば、思い出すのはやはりジンだった。一度彼の話も聞いてみようか。

 シェラザードは今一度窓の外を眺める。

 霧の晴れた青い空にジンの精悍な笑顔が浮かび上がり、飾ってあった花瓶から一片の花びらがはらりと落ちていった。

 

 ●

 

 《パンタグリュエル》の船倉ドックに突如として出現した紅き翼。その《カレイジャス》の船倉ドックに佇んでいた三機の機甲兵。

 《ケストレル・レギンレイヴ》、《ティルフィングS》、《レイゼル雷閃式》。

 あれらは謎の“銀の扉”が呼び寄せたのだろうか。それを手配したのはジョルジュさんなのか。なぜ? 目的は? 僕たちを脱出させるためだというなら、最初から協力してくれればいいじゃないか。

 それができない合理的な理由なんて、何一つ思い当たらない。

『殺ス! 愚カナ人類絶滅サセテヤンヨォ!』

『GWRRR!』

 相変わらず殺意の高い導力ドローンたち。愚かな人類ことヴァンとアーロンに歪められてしまったFIOとXEROSも、現実世界に戻る前に何とかしなくてはならない。バーゼルの皆が卒倒してしまう。

 そんなことを思いつつ、アークライド事務所の屋上で、カトルは望遠鏡の準備をした。

「やあ、昼間から天体観測かい?」

 ワジがやってきた。屋上に独りでいると彼が現れる。この流れもお決まりだ。

『下等ナ人間メ! オ前モ機械人形ニシテヤロウカ!』

『WAHAHAHAHA!』

「ちょっとFIOもXEROSもワジさんを威嚇しないで!」

 かろうじて僕のいうことは聞いてくれる。FIOの威嚇ワードはどういう意味なんだろうか。低いデスボイスに音質変更までしてるし。というかXEROS笑ってなかった?

「困ったものだね。ずいぶんと攻撃的だ」

「ヴァンさんとアーロンさんをFIOたちに差し出せば解決するような気がしないでもないんですけど」

「はは、違いない。その時は手伝うよ」

 ワジさんは僕に何が気に入ったのか、しょっちゅう声をかけにくる。最初は少し警戒したけど、今は別に抵抗はない。むしろ楽しいひと時でさえある。

「ところでカトル君はジュディスさんの形見探しに行かなくていいのかい?」

「手は足りてるみたいですし、急ぎの別件もありまして。ワジさんこそいいんですか?」

「一人くらい休んでいてもばれないよ。あと、たまにはエリィにロイドを貸してあげなきゃね。それとも僕がここにいると邪魔かな?」

「そ、そんなことはないですけど」

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 話しながら望遠鏡のセッティングを続ける。

「実はこの前、何気なく天体観測をしていた時に、空に浮かぶ格子状の模様を発見したんです。《ロア=ヘルヘイム》を広く囲んでいるようでした」

「なるほど。《パンタグリュエル》を攻略したことで、空の霧も晴れている。もっとはっきり見えるかもしれないと考えたわけだ」

 設置を済ませて角度を調整。ピントを合わせて、カトルはスコープをのぞき込んだ。

 遥か遠く。格子状のものは変わらずに存在していた。

「肉眼でも視認できるよ。まるで鉄格子だね。黒い檻みたいだ」

「檻……」

 ワジが例えた黒き檻は黎明樹《ユグドラシル》を中心に、やはり《ロア=ヘルヘイム》全域を覆っているらしい。

 さらにはそれが以前に観測したときよりも明らかに、天頂に向かって拡張されている。

 そう、さながら閉ざそうとしているかのように――

「……カトル君、覚えてる? ミストマータのあの発言(・・・・)……」

 ワジの一言で、カトルは望遠鏡から目を離した。

「まさか……!」

 

 ●

 

「リベールチーム。エステル・ブライト、来たわよ」

「クロスベルチーム。ロイド・バニングス、到着した」

「エレボニアチーム。リィン・シュバルツァーだ」

 アークライド事務所に各チームリーダーが転移で集まってくる。

「ピクニック隊のルーファス・アルバレア。よしなに」

「そのチーム名でいいのか……?」

 最後に現れたルーファスの迷いのない名乗りに、逆にヴァンは不安になった。

 以上、この場に集合した五人が各勢力の代表だ。

 現在抱えている大人数で全体ミーティングなどまとまるはずもないので、方針共有と情報統制はリーダー会議の内容を下ろしていく方式だ。今回からはここにルーファスも加わる。

 全員で事務所のテーブルを囲んだところで、ひとまずヴァンが口を開いた。

「あー……うちのジュディスのコンパクト探しで手間をかけたせいで、この重要なミーティングの開催が遅れちまったことを最初に詫びさせてくれ。あと各々尽力してくれたことを、ジュディスに代わって礼を言わせてもらいたい」

 なんで俺が代理で頭を下げるんだか。

 ジンがあれを手にする寸前。あわや誰にとっても大惨事となる瞬間に、横から跳んできたリーシャが間一髪でコンパクトを蹴り返した。

 絶妙なコントロールで甲板まで飛ばしてくれたこともあって、そのままジュディスが見事キャッチに成功。

 誰もグリムキャッツ化することなく、事態を終えられたのだった。

 その後、ジュディスはリーシャに何度も感謝を伝えていた。持つべきものは親友よ、とか言っていたが、リーシャからガチ目のお説教を食らって少しへこんでいるらしい。まあ、当然だろ。

 ちなみにジンは己の身に何が起きようとしていたのか知らないままだ。

 アガットはその秘密を墓の下まで持っていくと言い、レンにその墓にはティータも持っていけと言われていた。

 以上がコンパクト探しの顛末である。

 何はともあれ、ようやく《ロア=ヘルヘイム》脱出に向けたラストミッションの立案が始まった。

「――で、まず本格的なプランを詰める前に、“夢の綻び”ついてだ。ルーファスが思い当たることがあったらしい。先にそれを教えてくれ。ちょうど主要メンバーもそろってるしな」

 ヴァンが促すが、ルーファスは考える素振りを見せたあと、小さくかぶりを振った。

「ヴァン君。君が当てたまえ」

「はあ? この期に及んで何言いだしやがる」

「思い直したのだよ。私は新参者だ。その自分が無遠慮に謎解きをするのは(はばか)られる。やはり扉に手をかけている君が鍵を開くべきだろう」

「俺を試したいのか?」

「まさか。気遣いさ」

 ぬけぬけと言ってくれる。

 だがルーファスは俺たちが知る以上のことはもちろん知らない。だからこの男が気づいて、俺に気づけない道理はない。

 ヴァンは《幻夢の手記》を開いて、テーブルの上に置いた。

「ヴァンさん! いる!?」

 思考を巡らそうとした矢先、事務所にカトルが駆け込んできた。かなり焦っている様子だ。

「ミーティング中にごめん! でも急いで伝えておかないといけないことがあって……」

「お前がそんだけ慌てるなんて珍しいな。構わねえから言ってくれ。何があった?」

「《ロア=ヘルヘイム》が檻みたいな何かに覆われようとしてる。前に比べて頂上に向かって拡大してるから、おそらく閉ざされようとしてるんだと思う。これって多分ミストマータの言ってた――」

「“世界を完結させる”ってのはそういうことか……!」

 つまりミストマータたちの目的は、俺たちをこの異世界に閉じ込めて、ふたをしてしまうこと。

 元の世界への帰還を許さず、夢に捕らえた人間を永久に《ロア=ヘルヘイム》にとどまり続けさせる。文字通りの“檻”だ。

 それがヤツらの目的とする世界の完結――引いては《王》の目的か。

「だとすれば……その最終目的の障害になり得るのが“夢の綻び”ってことになるのか……?」

 俺たちを閉じ込めるのが《ロア=ヘルヘイム》の最終形態。

 逆に言うなら、“夢の綻び”という何かは現実世界への帰還が可能だから、ミストマータたちはそれを見つけ出し、奪取、管理、あるいは破壊を目論んでいる――という考えは筋が通る。

 さらには俺たちが隠していると思っていて、最終的にシズナは俺を見て“夢の綻び”の正体に気づいた。

 思い出せ。《ロア=ヘルヘイム》に来てからのことを。

 俺が関わるのなら、俺は答えを知っているはずなんだ。

「……ここだ」

 唐突につながった。

 当たりをつけていたルーファス以外が、怪訝な顔をする。

「このアークライド事務所が“夢の綻び”だ」

 《ロア=ヘルヘイム》に落とされて、幻影のヘイムダルをアニエスと一緒に逃げ回っていた時。

 人形兵器の群れに追い回されながら、俺はピックアップトラックの運転席でこう叫んだ。

 

“アークライド事務所は俺の帰るべき場所だ”と。

 

 その直後に俺とアニエスは、この場所に転移したのだ。

 そもそもそれは、あのフード男――ジョルジュ・ノームに『アークライド事務所を探せ。強く思えば必ず見つかる』と事前に言われていたから、追い詰められた状況で必死に発した言葉と感情だった。

 リィンが言う。

「《Xipha》持ちのヴァンは招かれざるもの。あのシズナの台詞を借りれば“招かれようもないもの”だな。本来《ロア=ヘルヘイム》には取り込まれるはずがない異物だ。その異物が《ロア=ヘルヘイム》の外に作り上げたイレギュラーなエリア。現実と夢の境界が揺らぐ、まさしく“夢の綻び”ということか」

 確かに今ある情報だけでも組み立てられる仮説には違いない。

 しかしあまりにも身近過ぎて浮かばなかった。先入観のないルーファスだけが思いつくのも納得ではある。

「でもヴァンさんはずっとアークライド事務所に滞在してるじゃない? 何か特殊な場所と思える異変みたいなものはあったの?」

「それは感じたことがねえが……」

 エステルの疑問はもっともで、ヴァンの代わりに答えたのはロイドだった。

「《バルドルの箱》が関係しているんじゃないか? 推察するにアークライド事務所は“扉”で、《バルドルの箱》が“鍵”なんだと思う。きっと両方をそろえる必要があるんだ」

 《ロア=ヘルヘイム》への行き道が《バルドルの箱》であるなら、帰り道もまた然り。

 そしてその道が開くであろう場所が、夢の異世界に生じた“綻び”たる、このアークライド事務所。

「……矛盾はねえな。バニングスの見解の通りかもしれねえ。だとすればミッションプランの大枠が見えてきたな」

 《バルドルの箱》の正体を突き止め、入手するための《ユグドラシル》攻略チーム。

 この場所が“夢の綻び”である以上、万が一に備えてのアークライド事務所防衛チーム。

 《ユグドラシル》に向かうための空路を確保するための、《パンタグリュエル》復旧チーム。

「幻竜ニーズヘッグへの対抗策も必要だな。カレイジャスと三機の機甲兵の起動も急務か。……カトル、現在進行形で“檻”は広がってるって話だったな。《ロア=ヘルヘイム》が完全に閉ざされるまで、あとどれくらいかわかるか?」

「うん。観測してる限り、黒い格子は等速で拡大してる。距離と速さを算出したんだけど……あと三日」

「パンタグリュエル修復完了までの見込みは?」

「それもあと三日」

 三日もあると考えるか、三日しかないと考えるか、だ。

 全員の顔を見る。彼らの表情はこう語っていた。

 三日もある、と。

 間に合わないかもしれないという不安が、誰一人なかった。

 そうだ。三日もあれば各準備も作戦の詰めもできる。

「正真正銘、最後の三日間だ。やれること全部やって、全員で脱出するぜ。この霧の異世界からな!」

 ヴァンの宣言を待っていたかのように、卓上の《幻夢の手記》が輝く。推論を正しさを証明する一つの条項が開示された。

 

㊳【アークライド事務所エリアは《ロア=ヘルヘイム》と現実世界を繋ぐ唯一の特異点であり、《夢の綻び》である】

 

 ――つづく――

 

 





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