黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第46話 霧の先の未来へ

 最後の準備を始めて三日目の朝。今日の午後には全ての準備が整う。

 そして同時に、《ロア=ヘルヘイム》が“黒き檻”に閉ざされるタイムリミットも訪れる。

「整備班以外は集まってくれたな。今からラストミッションについての再確認を行う。各チームごとに固まって席についてくれ」

 ヴァンが指示を出す。

 アークライド事務所の一階《モンマルト》に、ほぼ全員が集合していた。

 ギリギリまで作業をしなければならないメカニックチームだけは、この場には招集していない。

 夢の異世界に囚われ、解放されてきた者たち。改めて大所帯になったものだ。

 彼らの前に立つのはヴァン、エステル、ロイド、リィン、ルーファスの五名。チームリーダーの役割を担う者たちだった。

 皆が席についた頃合いを見計らって、最初にエステルが言った。

「じゃあ始めるわよ。まず最終目標はもちろんこの異世界からの脱出ね。そのために必要なのが《バルドルの箱》と“夢の綻び”よ。すでに《幻夢の手記》でも開示されたけど、“夢の綻び”っていうのはこのアークライド事務所のことね」

 招かれざる人間であるはずのヴァンが創造したが故に発生した、現実と夢の境界を曖昧にする特異点。

「と言っても、《バルドルの箱》の所在が確定したわけじゃないわ。黎明樹《ユグドラシル》にあるって予想。おそらくはその所有権を有するという《王》と共にね。その上で不確定要素なのは――」

「肝心の《王》の詳細が今もって不明なことだ」

 エステルの言葉をロイドが継ぐ。

「人物なのか、物質なのか、仕組みなのか、概念なのか、《王》がどういう存在かがわからない。ただ少なからず“意思”は持っていると思う。であれば外敵となる俺たちに、何らかの対抗手段を持ち出してくる可能性は高い。それに加え――」

「《ユグドラシル》周辺は、あの煮えたぎる湖から発生する濃霧に覆われている」

 そう続けたのはリィンだ。

「あの霧にリンク機能の特性がある以上、《ARCUS》持ちが近づき過ぎると、また囚われてしまうかもしれない。だから突入チームは《Xipha》持ち――主にはカルバード組だけで構成する。ただし――」

「霧の巨塔を守護する幻竜《ニーズヘッグ》は、明らかにヴァン・アークライドを“敵”として認識していた」

 ルーファスが涼やかに言う。

「パンタグリュエルの墜落中も、あれほどの距離からずっと彼を見据えていたというしね。おそらくピンポイントで狙いにくるだろう。常軌を逸した巨体のドラゴンだ。まともに戦える相手ではない。そこで――」

「陽動チームを編成する」

 説明のバトンがヴァンに戻ってきた。

「パンタグリュエルで高度2000アージュまで上昇後、霧に囚われない限界まで《ユグドラシル》に接近。そこからカレイジャスを発進させ、飛行艦二機で《ニーズヘッグ》をかく乱。さらにフライトユニットを装備した機甲兵三機も発艦し、そのまま空中戦に移行。可能な限り、《ニーズヘッグ》を引き付けてもらう。ほれ、次いけ」

「このリレー形式の説明ってなんなのかしら……」

 一巡して再びエステルが口を開く。

「で、敵の気を引いてる内に、攻略チームであるヴァンさんたちが、カレイジャス船倉から高機動型オーバルギアΣ(シグマ)で離脱。なるべく低空飛行を保って《ユグドラシル》突入を敢行。内部を探索し、最終的には《バルドルの箱》を入手する。以上がメインミッションね。じゃあ次はロイド君!」

「了解だ。続いて待機班の役割を説明するが、ここまでみんな理解できているか?」

 その確認に多くがうなずきを返すが、ミリアムとラピスは首をかしげていた。横からアルティナがあれこれ教えてあげているので大丈夫だと信じて、ロイドは続けた。

「アークライド事務所が“夢の綻び”であることから、万が一に備えて待機メンバー総出で防衛チームを配置する。とはいえこの場所は《ロア=ヘルヘイム》の外円部より外に位置しているから、今のところミストマータに発見される気配はないようだが……念には念を入れてね。よし、締めはリィンに頼む」

「ヴァンじゃなくていいのか? まあ、順番的には俺か」

 暗黙の順番があるらしく、ロイドの次はリィンが話す。

「《バルドルの箱》入手後は、突入チームは速やかに《ユグドラシル》からアークライド事務所まで帰還。かく乱チームもただちに艦を放棄し、エリア転移でアークライド事務所まで戻ってくれ。《バルドルの箱》という“鍵”で、アークライド事務所という現実世界への“扉”を開き、全員で《ロア=ヘルヘイム》から脱出する。……とはいえ《バルドルの箱》の扱いが不明な以上、出たとこ勝負になるのは否めないな。ジョルジュ先輩を連れて帰ってくるのがベストではあるんだが……」

 ジョルジュ・ノームが《バルドルの箱》の開発者。であれば使い方は熟知しているだろう。彼の発見も必要になってくる。

 各配置については、ルーファスが説明を引き継いだ。

「パンタグリュエルの運用は、我々ピクニック隊が請け負う。ラピスの演算機能を操艦システムに直結させれば、少人数でも十分なパフォーマンスを発揮できるからね。逆に機甲兵とオーバルギアを抱えるカレイジャスの運用は人数がいるからエレボニアチーム総員で行ってくれたまえ。そしてアークライド事務所の防衛は、リベールチームとクロスベルチームが合同で担う」

 エリア転移を使えば《パンタグリュエル》と地上との行き来は自由なので、状況に応じて待機メンバーも空に上がることは可能だ。

 二巡してヴァンのターンになった。

「ただ突入チームの中で一つ決めなきゃいけねえことがあってな……メカニックチームが相当がんばってくれたんだが、運用可能なオーバルギアは八機だけだ」

 本来なら作戦の正否を分ける突入チームは、なるべく人数を厚くしたかった。しかしオーバルギアを作るには時間がかかる。既存のものをベースにしたから、かなりの時間短縮はできたが、それでも八機。

 俺の愛車を最後まで資材扱いしやがって、ちくしょうが。

「要するにだな。俺、アニエス、フェリ、アーロン、リゼット、カトル、ジュディスの七人の正規メンバーは確定として、同行者枠で呼ばれた《Xipha》持ち――エレイン、ジン、レン、ベルガルド師父の中から一人を選ばないといけねえってことだ」

「そういうことなら俺は防衛班に入る。こういう時はリベールチームとして動きたい。アークライドとの連絡役で《Xipha》持ちが地上班にも必要だろうしな」

 ジンが言う。

 心配すんな、お前は最初からカルバードチームとしてカウントしてねえ。と、ヴァンは心の中で思った。

「じゃあ私も辞退。リベールチームに入って、エステルとヨシュアとタッグを組むわ。最後くらいはいいでしょ? ね、お姉ちゃんにお兄ちゃん」

「レンー!」

 いたずらっぽく笑ったレンは、問答無用でエステルに抱きつかれていた。

「ふむ、では私も防衛チームに――」

「私が残るわ」

 ベルガルドに被せて、エレインが言った。

 そんな彼女を、レンが意外そうに見る。

「いいの? せっかく枠を空けてあげたのに」

「何があるかわからないから、年長者であるベルガルドさんの知見があった方が良い。それに私は――いえ、とにかく防衛チームに入りたい」

 三人目の辞退はエレインとなり、ベルガルドが突入チームのメンバーに決まった。

 こうして全ての段取りが整う。

「あとは作業終了の報告が入り次第、行動を開始する。各自やり残しがあれば、今の内に済ませておいてくれ」

 

 

《――★第46話 霧の先の未来へ★――》

 

 

「本当は事務所に待機すべきなんだろうけどね。フェリには見て欲しかったんだよ」

 フィーに連れられて来たのは、トールズ本校Ⅶ組の教室だった。

 前後二列に並んだ机。一段高い教壇と、その後ろの黒板。窓から柔らかな風が吹き込み、カーテンを優しく揺らす。

 フェリはその空間を興味深げに見回した。

「わたし、こういう学校には通ったことがないのに、なんだか懐かしい感じがします。……不思議です」

「ここにはたくさんの大切な思い出が詰まってる。些細で大したことはなくて、思い出せないくらい何気ないことが」

「大したことがないのに、大切なんですか?」

「そういうのを大切に感じられるようになったんだよ。昔は……そう、猟兵やってた頃はそんな感性は持ち合わせていなかった」

 そうかもしれない。わたしもヴァンさん達に出会う前は、そもそもの価値観が違った。

「猟兵だった自分を否定するわけじゃない。それも私を作った大切の一つ。自分を生み育てた猟兵という生業に誇りを持つのは当然。その道で生き続けたってもちろん構わない。でもね、人生の選択肢って本当はもっと多い。こうあるべきって考え方は歩く道を狭めてしまう」

「視野を広く持ちなさいってことですか?」

「フェリは賢いね。出会いを大切にするんだよ。自分の知らないことを教えてくれる」

 フィーがここに連れてきてくれた理由がわかった気がした。似た境遇のわたしを心配してくれているのだろう。

「でも……私とフィーさんがこの世界で出会ったことって、なかったことになるんでしょうか?」

「わからない。ただ私は1207年から呼び込まれてる。フェリの一年前を生きてる人間だから」

「会えないんでしょうか? そんなの……いやです」

「会いに行くよ。一年後に。実際、私とは出会ってるんでしょ?」

「でも、でも……」

 それは何かが違う。

 こうして繋いだ関係が継続しているのか。同じ経緯をたどって再び出会えるのか。なんの保証もない。

 アイーダのことも、どうなるか……。

「フェリの言いたいことはわかるよ。でも現実世界にどういう戻り方をするのかわからない。私にも確実なことは言えない。ごめんね」

「いや、いやです……っ」

 フェリはフィーの胸に顔をうずめて泣いた。

 戦い方を教えてもらった。昼寝をした。散歩をした。ご飯を一緒に食べた。お風呂で髪も洗ってくれた。アイーダの思い出話を聞かせてくれた。

 お姉ちゃんみたい……だった。

「大丈夫。フェリのことは忘れない。たとえ忘れても思い出す。必ず」

「………」

「だから帰ろう。私たちの世界に、みんなで」

「……はい」

 フェリは顔を上げた。

「カルバードチームの発艦後、空中でのメインバックアップはエレボニアチームがやる。リィン、アリサ、スカーレットで機甲兵も運用する。フェリたちの突入ルートは私たちが確保する」

 力強い声。信じてと、そう言われているのだ。

「心配しないで、行っておいで」

「はい、行ってきます」

 抱きつくフェリを、フィーは優しく抱きしめた。

 

 ●

 

「アンタらともお別れだな。楽しかったぜ」

 アーロンはセドリックとエリオットにそう言った。彼らは《モンマルト》のテーブル席の一つを囲んでいる。

「普通に共和国で暮らしてたら、まず会わなかっただろうな。世の中には面白えヤツらがいるってことを知った。だがまあ……《ロア=ヘルヘイム》に来て、一番の収穫はやっぱこれか」

 卓上には《猛将列伝》があった。何度となく読み返した漢のバイブル。

「借りたもんだからな。今のうちに返しとく」

「アーロンさんにも共感してもらえてよかったです。ぜひカルバードでも普及させて下さい」

「ホント、勘弁して欲しいな…」

 満足そうなセドリックとは逆に、エリオットは肩を落としている。

 セドリックは受け取った《猛将列伝》を、またアーロンに渡した。

「この本は差し上げます。餞別のようなものだと思ってもらえれば」

「い、いいのかよ。そりゃ嬉しいが……」

「いつか本当のエレボニアに来て下さい。その時は国賓として僕が案内しますよ。原典の納められたゼンダー門も見たいでしょう? あとはトリスタのケインズ書房とか。猛将巡礼の定番ルートですからね」

「はっ、皇子サマ自らが観光案内かよ。とんでもねえ国際ニュースになりそうだが、悪くねえな。そんときゃクレイジーも一緒だぜ?」

「えぇ……まあ、いいけどさ。クレイジーじゃないけどさ……」

「ふふ、教祖自らが訪問するなんて、これはゼンダー門が燃え上がりますよ」

 狂乱の章に載っていたクレイジーフェスだ。ふんどし姿の屈強な益荒男たちが、足を踏み鳴らしてソイヤソイヤ叫ぶわけである。漢の祭りはそうでなきゃいけねえ。

「でも戻ったらか。それ持って帰れるのかな? 僕としては《ロア=ヘルヘイム》に置いて行ってもらえると助かるんだけど」

「暴力を振りかざす反面、己が覇道をひけらかさねえ精神か。クレイジーの言いたいことはわかる」

「教えて。いつ僕が暴力を振りかざしたの」

「その存在がもはや暴力だろ」

「なんて風評被害なんだ……」

 確かにこの本を持ち帰れないのは困る。まあ、裏ルートで買えるらしいから、それはどうとでもできるんだが。

「なあ、記憶は持ち帰ることができると思うか? 少なくとも俺には龍來(ロンライ)旅行までの拡張された記憶がある」

「僕もそれは考えてました。わからないけど……《ロア=ヘルヘイム》での記憶を保持できる可能性はあると思うな」

「そりゃセドリックはシュバルツァー妹への告白をなかったことにしたくないもんなァ」

「ちょっ!」

 近くにエリゼがいないか、セドリックは慌てて首を巡らせた。

「なんつーかな。全部じゃなくても構わねえ。限定的でいいんだ。覚えておきたいモンがある」

「《猛将列伝》を広めたいからでしょ……」

 呆れたようにエリオットが言うと、「もちろんそれもあるけどな」とアーロンは肩をすくめる。

「当たり馬券、買えるだろ?」

 ひどく真面目な顔で、彼はそう続けた。

 

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 ●

 

「ではこちらをお持ちくださいませ」

 たくさんのサンドイッチを詰めたバスケットを、リゼットはエマに手渡した。

「ありがとうございます。では届けてきますね」

 それを受け取ったエマは転移術で消えた。

 彼女に託したのは《フェリちゃんの工房》で作業を続けるメカニックチームへの差し入れだった。彼らはあらゆる突貫メンテナンスを、ほとんど不休で受け持ってくれている。

「その気遣い、さすがですわ」

「ええ、まったく」

 ぱちぱちと手を鳴らしながらシャロンとクレアが歩み寄ってきた。

 《異世界メイダーズ》なるユニット名でくくられるメイド三人である。彼女らはメイド風味の服を着ているが、シャロン以外は本職のメイドではなかったりする。

 作戦開始間近ではあったが、リゼットたちは《モンマルト》で最後の軽食を用意したり、全員にドリンクを配ったりと、相変わらず細やかに働いていた。

「有事こそ平時の落ち着きを求められるのがメイドに求められる資質です。やはりリゼット様はメイドになるべくして生まれ、運命に導かれるがごとくメイドの道を歩まれたのでしょうね」

「はい、えっと……そうです」

 シャロンに言われ、もう否定もしない。シャロンとクレアの二人からメイド業のあれこれを教えられ、それはそれで楽しかったし、自分の性格にも合っていた。

「今日まで丁寧なご指導を賜り、ありがとうございました。お二方の教えを活かしながら、今後もヴァン様たちのサポートに尽力する所存でございます」

「マルドゥック社から転職する際は、ぜひラインフォルト社にご連絡を。メイド部門への配属の手配をさせて頂きますので」

「鉄道憲兵隊も候補に入れて頂けると。メイド部隊もありますから」

 ラインフォルト社はともかく、TMPにもメイドチームがあるのか。あったとして何のミッションを遂行するのか、リゼットには想像できなかった。

 しかし転職とは。“この体”を買い取るまでは働くつもりだし、よしんば入手できたとしてもメンテナンスやら何やらでMK社との繋がりは切れないだろう。

 《ロア=ヘルヘイム》でジョルジュ・ノームに会えたことは良かった。経緯はどうあれ、彼の研究はこの義体の運用に大きく貢献してくれている。

 極論を言えば、彼の成果がなければ私は今、こうして歩くことさえできなかったかもしれない。

 感謝がある。とても言葉だけでは表し尽くせない感謝が。

 ジョルジュが何を隠しているかはわからないが、彼も救い出してみせる。

「ええ、転職の折はどうか宜しくお願いします。その時は本格的にメイドマスターを目指しますので」

 半ば冗談、半ば本気。そういう未来も悪くない気がしてきた。

 シャロンとクレアは満足そうに、リゼットと固い握手を交わした。

 

 

 《パンタグリュエル》の船倉ドック。作業大詰めの真っ最中、カトルの元にワジがやってきた。

「やあ、カトル君」

「あ、ワジさん。どうしたんです?」

「君のことが気になってね。根を詰めすぎてはいないかい?」

「大詰めですからね。多少無理しても手は抜けないですよ」

 カトルは整備途中の機体に視線を転じる。

 オーバルギアΣが八機。機甲兵が三機。あとは《パンタグリュエル》のメインエンジンの復旧。

 全工程の九割は終わっているものの、作戦が開始されたらメンテをするタイミングはもうない。起動も運用も一発勝負である。

「そうは言っても、カトル君自身も突入班として実働チームに入るだろう。休息は必要だよ。あとでエマさんが軽食を運んできてくれるからね」

「あの……どうしてワジさんは僕を気にかけてくれるんですか? 最初に聞いた時は『同じ匂いがするから』ってはぐらかされましたけど」

「ごまかしたつもりはないさ。どことなく自分と似たものを感じた。ロイドに出会う前の自分とね。紙一枚隔てて、本当の自分を見せていない気がしたんだよ」

「それは誰だってそういうものじゃないんですか?」

「でも君は、そのことに引け目や負い目を感じているように思える」

 的確だった。核心を突かれた。本質を見透かされた心地だった。

 隠す事への背徳感。それはずっと僕の心の中に沈んでいる。

「どうしてそんなことを……」

「七耀教会の聖杯騎士とはいえ、出向いた先で神父の真似事をやったりもする。迷える子羊の気配には敏感なんだ。でも実はそんなことはあまり関係なくて、やっぱり君にシンパシーに近いものを感じたというのが本当のところさ。元々そこまでお節介な性格じゃないよ」

「シンパシーって言われても、僕とワジさん、全然違いますけど」

「もう少し深い部分のことさ」

 僕の秘密に気付いている――わけじゃない。ワジさんは何となくで話をしている。きっと……何か察したんだろう。

 でも不躾に探ったり、無用には踏み込んではこない。

 むやみに傷口を触らないように、最大限の配慮をしてくれていると感じた。

「僕がロイドたちと出会って変わったように、カトル君もヴァンたちと出会ったことで変化が訪れる。今の君も好きだけど、いつか心から笑う君が見てみたいな」

「変化……」

「作業の邪魔をして悪かったね。それじゃあ作戦の成功と、霧の先にある未来でも出会えることを願っているよ」

「あ、あの!」

 踵を返したワジを、カトルは呼び止めた。

「たくさん話しかけてくれてありがとうございました。素っ気ない態度を取っちゃったかもしれないですけど、人見知りだから……ごめんなさい」

「やっぱり気が合うね。僕も人見知りの恥ずかしがり屋なんだ」

「それは絶対嘘ですよね……」

 

 ●

 

「なんだかんだで楽しかったわ。もっと早くに合流できてれば良かったのに」

「こんなところに二人でいていいのかしら……」

 クロスベル区画、東方人街の屋台にジュディスとリーシャは横並びに座っていた。

 幻影の人々は変わらず街を行き交い、屋台の店主は接客をしてくれる。

「別にすぐに戻れるし、構わないわよ。最後の巡回みたいなものと思えば。ただしリーシャはお酒はダメ」

「どうして? 私は酔わない体質だって知ってるでしょ?」

「いやいや、《ロア=ヘルヘイム》は認識のせいで酔うんだってば。自分の感情がバクったの覚えてないの?」

「せっかく酩酊の感覚を知れたのに……」

「あんたはアークライド事務所エリアの防衛チームでしょうが。万が一戦闘になったらどうすんの」

「酔拳ってあるし……」

「敵味方の見境なく襲いかかる姿が目に浮かぶわ。なんならその勢いでロイドに襲いかかっちゃったら?」

「しません」

 特にクロスベル勢からの彼への信頼はすごい。もちろん実績もあるのだろうが、あれは天然の人たらしだ。

 エステルやリィンにもその気質はあるけど、ロイドのは格別と言える。

「こっちのことばかり言って、そっちはどうなの? ヴァンさんだって人気じゃないの?」

「冗談。ひねくれ者のなんちゃってハードボイルドよ。あたしのことだって煙たく扱うし。……でもどういうわけだか、ヴァンの周りにも人が集まってくんのよね」

「人徳なのよ、それが。ロイドさんやリィンさんたちとは形の違う、ね」

「納得いかないったらないわ」

「そんなこと言ったって、ジュディスだってヴァンさんと一緒にいるじゃない。1208年では私も出会うみたいだから、よろしく言っておいてね」

「1208年か……」

 成り行きとはいえ、ヴァンのところで厄介になって、けれどここからどうなるかまではわからない。

 全員の記憶の拡張はジュディスが合流――つまり雇用契約書にサインをした龍來からの帰り道の車中で止まっている。

 その後にベルガルドが合流したが、同行者枠ということで記憶の拡張は起きなかった。そしてベルガルド自身、呼び込まれた前後の記憶が曖昧だ。

 だからこの先――首都高速の渋滞の果てに何があるのか、誰も知らない。

「不安?」

 見透かしたようにリーシャがそう聞いてくる。

「いいえ。未来なんてわからなくて当たり前だもの。何が起こるかわからないから切り開く覚悟を持っていられる。ってことは、ロイドと結ばれる未来もあるかもね?」

「私のことをからかってばかりだけど、ジュディスこそいいの? 龍來にはスキャンダルから逃れるための旅行だったって聞いてるけど」

「はっ!?」

 某レーサーとの逢引き疑惑だ。根も葉もない話ではあるのだが、写真に収められた時点で分が悪いのは間違いない。

「現実世界に戻ったらその対応からよ? がんばってマスコミの皆さんからの追求を切り開いてね」

「お、怒ってんの?」

「知らないわ」

 ぷいっとリーシャはそっぽを向く。

「謝るから許してよ――……あれ?」

「どうしたの?」

「いや、なんか……」

 幻影の通行人が、さっきよりも少なくなっているような――

 

 ●

 

 草葉がなびくこのノルド高原は、何度見ても創造された幻だとは信じがたい。土の匂いも、風の柔らかさも、太陽の光も、全て自分が知る悠久の大地そのものだった。

 いや、このエリアを作り上げたのがガイウスであるなら、そのリアリティにも納得はできるか。

「師父」

「おお、ガイウスか。ちょうどおぬしのことを考えていた」

 エリア転移でやってきたようだ。よくもこの広大な場所で見つけられたものだと内心で驚いたが、主格者権限というやつだろう。自分のエリア内のことは概ね把握できるらしい。

「考えていた? 俺のことをですか?」

「なに、大したことではない。ガイウスこそ私に用事か」

「ああ、いえ。お姿が見えなくて、同時にこちらに気配を感じたものですから」

「それは心配をかけたな。この光景をしかと見ておきたかったのだ。すぐに戻る」

 ノルド高原を見据えたまま、ベルガルドは続けた。

「《ロア=ヘルヘイム》に来られて良かったのは、おぬしの心を知れたことだった。力の継承を後悔していないという本心が聞けて何より嬉しかった」

「師父の聖痕の力は、もちろん軽く扱えはしません。重く感じることもあります。でも背負いたいと思える力と使命です」

「感謝する。……嬉しいというよりは、安堵したという表現が一番適しているかもしれぬな」

「俺こそ無用なお気遣いを師父にさせてしまって……ところで師父は元の世界では何をしていたのです?」

「記憶の前後関係が定かではないのだが、とある目的のために動いている最中だった。遅かれ早かれヴァンに会いに行くことになる」

「その先は?」

「ふむ、全てが片付いた後という意味なら……どこかに腰を落ちつけて静かに暮らすのもよいな」

「それはなんというか意外ですね。一人旅を続けられるものかと」

「フェリやアルティナ、ティオやミリアムといった孫みたいな子たちに囲まれて、実に楽しかった。あのような生活も悪くないと思った。なぜか私があげる菓子は不人気だったようだが」

「何をあげたのですか?」

「乾燥させた芋や豆の煮つけなどだが」

「渋すぎたのでは……」

 栄養価は高いのだが、何が不満だったのだろうか。

「孫もいいかもしれませんが、奥方を選ばれるというのは?」

「この年齢から嫁探しというのはな」

「たとえばサラ教官とか……あ、いえ。無理にお勧めするわけではありませんが。気が向けばというか、数ある選択肢の末席にでも加えて頂ければと……」

 ひどく控えめに推薦してくる。勧めてくる割に気乗りしなさそうな表情のなのはなぜなのか。

「サラ嬢ほどの器量良しは私にはもったいないように思うが」

「そのセリフだけでサラ教官は失神するかもしれません」

「ところでおぬしはどうなのだ。懇意にしておる女性はおらぬのか?」

「懇意……か、どうかはわかりませんが、在学中に同じ美術部だった同級生とは時々会ったりはしますが。今はトールズ分校の看護職員として勤務しています」

「ほう、それは良き縁だ。結びの儀の際はぜひ呼んで欲しい。ラカン殿やファティマ殿に継いで、祝辞を述べさせてもらいたい」

「え? い、いえ、まだそんな」

 珍しくガイウスが言いよどむ。

「ははは、泰然としているかと思えば、まだまだ青いな」

「はぁ……恐縮です」

「いや、安心した。年相応とはそういうものだ」

 それでいい。

 一線を退く老いた身なれど、若き者たちが笑って過ごせる未来の為に、今しばらくはこの拳を振るうとしよう。

 

 ●

 

 ヴァンはアークライド事務所の屋上から、《ロア=ヘルヘイム》の本土を眺めていた。

 円状に形作られた、あまりにも巨大な霧の大地。願いを核に絡めとる夢の異世界。

 ヴァンは手元の《幻夢の手記》に視線を落とした。ついに最終局面がやってきたが、まだ全ての条項は開示されていない。

 それはここから先で明らかになるのか、あるいはここまでに見落としている何かがあるのか。

「俺たちを導いてきた指針……か」

 《幻夢の手記》に何かが引っかかる。

 おそらく嘘や欺瞞は何一つ書かれていない。要するに内容は間違いなく正しい。

 だがどこかに違和感を覚える。これは臭うと俺の鼻が言っている。しかし何がと言われたら――いや、待てよ。

 この条項(・・・・)だけ、何か妙な書き方を……?

「ヴァンさん、ここにいたんですか」

 屋上の扉を開いたのはアニエスだった。

「お前こそレンやナーディアと談笑してたじゃねえか。いいのか、こっちに上がって来て」

「下にいるとお二人にからかわれるもので……なにをとは答えられませんが」

「よくわからねえが……」

「わからなくて構いません、今は。ところでヴァンさんはお一人で何を?」

「気持ちを落ち着けてただけだ。作戦成功のイメージを固めておくのは重要だぜ」

「ご一緒させて下さい」

 アニエスはヴァンの横に立った。肩を並べて、遥か彼方の《ユグドラシル》を見据える。

「不思議ですね。《ロア=ヘルヘイム》に来て、まだそこまで経っていないはずなのに、ヴァンさんとはすごく長く一緒にいる気がします」

「そりゃ記憶の拡張の度に、だいたい一ヶ月分ずつくらいの記憶と経験が刷り込まれてきたからな。それにこっちの世界じゃ、うちの事務所に泊まり込みだったし、長く感じるのは当然だろ」

「そういう合理的な返答は求めていません」

「そ、そうかよ?」

 時々、少女らしからぬ妙な圧に押される。

「ヴァンさんのことをたくさん知りました。知りたかったことも、もしかしたら知りたくなかったかもしれないことも」

「来なきゃ良かったか? 確かにお前らは俺が巻き込んだみてぇなもんだろうし」

「えいっ」

 わき腹をぽむっと殴られる。

「お、おお。発勁されんのかと思ったぜ。アーロンにかましたんだろ? すげえな、お前」

「ヴァンさんにはしませんよ、多分。というか知ってるんですね。アーロンさんには口留めしておいたのに……」

「目が怖えぞ……」

「私たちはもうヴァンさんの内側です。外側にいるみたいに言ったら怒ります。その時ばかりは発勁打っちゃうかもしれません」

「悪かったよ……」

「はい」

 アニエスは満足気だった。まったく末恐ろしい女子高生だ。とりあえずジンとアンゼリカには、うちのバイト一号に何教えてくれてんだと文句を言いたい。

「でも……元の世界に戻ったら無くなっちゃうんでしょうか、築いた関係も、作った思い出も、ここでの出来事が全部……無意味になってしまうんでしょうか」

「時間軸の仕組みがわからねえんだ。そうかもしれねえし、そうじゃないかもしれねえ。間違いなく1207年から呼ばれているはずのシュバルツァーだけが、1208年の記憶の一部を持ってたのも謎のままだしな」

「きっとみんな気になって話していることですよね。リベールの皆さんは似たようなことが以前にもあったそうで、その時は記憶を保持したまま帰還したそうですけど」

「つまり可能性はゼロじゃねえってことだ。仮にだが……全部とは言わないまでも、何か一つだけ現実世界に持ち帰れるとしたら、アニエスは何を持ち帰りたい?」

「一つだけ……」

 アニエスは俺の顔をじっと見て、

「内緒です」

「お、気になるな。《ゲネシス》とかじゃねえのか?」

「それも放置はできませんけども。ヴァンさんが持ち帰りたい一つは何ですか?」

「愛車だ」

「ですよね……」

 屋上からピックアップトラックの駐車スペースを見下ろす。もうそこには何もない。とうとう最後の最後までフェリちゃんサンは破壊神だった。

 アーロンも生意気っぷりは変わらないが、つるめる交友関係は広めたらしい。

 リゼットはシャロンとクレアの指南で、本格的にメイドの道を歩み始めたとか。

 カトルもメカニックチームと親しくなってるし、技術師として勉強になってるようだ。

 ジュディスはリーシャと存分に絡めたことと、憧れだったヴィータに会えたことが嬉しいと満足している。

 ベルガルド師父はただただ生きていてくれて良かった。

「ま、なんやかんやで充実はしてたか。悪くねえ日々だった」

「帰りましょうね、必ず、みんなで」

「おう」

 今一度目的地たる黎明の樹を視界に入れる。

 最後の作戦開始まで、およそあと二時間――

 

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 ●

 

 《パンタグリュエル》の船倉で作業しているメカニックチームは、カトル、アリサ、ティオ、ティータ、トヴァル、ノエル、アルフィンの七名だ。

 彼らが忙しいのはわかっていたが、エマは一番近くにいたカトルに声をかけた。

「こんな時ですけど、差し入れを持ってきました。少しでもお腹の足しにして頂けると」

「ワジさんから聞いています。わざわざありがとうございます。あ、おいしそうなサンドイッチ」

「作って下さったのはリゼットさんですけどね」

 軽食の詰まったバスケットをカトルに渡すと、エマは慌ただしい船倉に視線を巡らせた。

「進捗はどうですか?」

「全行程の九割は終了しています。今は三機の機甲兵に空戦用フライトユニットを装着中で、これから最後のティルフィングSに取り掛かるところですね」

「機甲兵はあくまで《ニーズヘッグ》の囮役ですけど、甲板から落下したらまずいですもんね……」

 その下は煮えたぎる湖が広がっている。落ちたらまず助からない。

「あとはパンタグリュエルのメインオーバルエンジンと、六つのサブエンジンを連動させれば終了です。とはいえぶっつけ本番は不安すぎるので、発進直前まで起動試験はやりますが――ああ、そうそう」

 カトルは船倉の端に待機中のオーバルギアを見た。

「オーバルギアΣ(シグマ)は最優先で仕上げたので、もういつでも使えますよ。カルバードチームのみんなも一通りマニュアルシミュレーションは受けてるので、基本操縦は問題ないかと思います」

「本当に突貫作業でしたね……。お疲れ様ですとしか言えなくて申し訳ないですが」

 オーバルギアΣは三人乗りだったオーバルギア・ギガントとは違い、通常の一人乗りに戻したことで、小回りと操作性を向上させている。武器は可能な限り軽量化を図り、代わりに各部ブースターを増設した。

 ハイスピード仕様の正面突破に比重を置いた機体――すなわち電撃作戦特化型のオーバルギアだ。

 ちなみに八機それぞれのカラーリングと主武装は異なっている。

「皆さん、いったん休憩を挟みましょう。エマさんがサンドイッチを持って来てくれましたので――」

『そうだね。無理をするのはよくなイ』

 カトルが言った時、黒い霧が視界に散った。

 声は上からだ。

 見上げたエマが見たものは、空中で三回転半ひねりを決めながら、鮮やかに跳躍する紫の用務員の姿だった。

「ガイラーさん……!」

『やあ、エマ君。ノルド高原以来ダね。元気そうで何よリだよ』

 ここで来るか。

 最悪のタイミングで最悪の場所に現れるのがこの人の常とはいえ、よりにもよって今とは。

 何をしに。いや、考えるのは後でいい。すぐに迎撃を。

『おっと、血気盛んなのは悪クないがね』

 先手で放った《ヴォーパルフレア》が、手刀一つで切り裂かれる。散らされた炎の残滓が、黒霧のガイラーを赤く彩った。

「私がガイラーさんを押さえます! 皆さんは作業手順を省略して、発進シークエンスに入って下さい! ここを落とされるわけにはいきません!」

『わかっておるから、落としニ来たのじゃろうが』

 別の声が響く。これも良く知る声音と口調。

「おばあちゃんまで……!」

(わらわ)は機械仕掛けの工房以来かの。あの時は後れを取ったが、今回はそウはさせん』

 魔杖の柄に腰かけ、ローゼリアが宙に浮いていた。

 ガイラーさんを相手取りながら、おばあちゃんとも戦う? できるわけがない。

 だとしてもこの場所の放棄は絶対にできない。メカニックチームの助力も得て撃退するしか――

「エマ!」

 アリサの警戒でエマも気づいた。まだだ。まだ気配がある。

 船倉に響く甲冑の音。白銀の鎧をまとうアリアンロードが、長大なランスを手に進み出てくる。

 さらにその後ろに、一人の男が控えていた。

「オ、オズボーン宰相……!?」

 鉄血宰相のミストマータだ。

 状況のまずさも忘れて、エマは見入ってしまった。

 導き手の魔女たる緋のローゼリア・ミルスティン。

 槍の聖女たるリアンヌ・サンドロット。

 獅子心皇帝の魂を持つギリアス・オズボーン。

 かの獅子戦役に縁のある人物たちが一堂に会する様は、たとえオリジナルでないにせよ壮観の一言に尽きた。

 二度とは見れないだろうその光景の中心に、どうしてガイラーさんが四人目として入っちゃうんですか。エレボニアの歴史を台無しにされた感さえあるんですけど。

 敵が各々の武器を構え、しかしそれをガイラーが制した。

『魔女殿、聖女殿、鉄血殿。彼女らへの攻撃はまだお控え下サい。私に考えがあります』

『ふむ、用務員殿がそウ言うなら』

 オズボーンが剣を納めると、残りの二人も従った。

 いや、ガイラーさんのポジションはなんですか。なんでオズボーン宰相にも一目置かれた感じになってるんですか。

 相変わらずの規格外。

 だが剣を引いてくれたこの瞬間は見逃せない好機――!

「エマ君」

「今です、全員撤退!」

 ガイラーの話になど耳を貸さず、エマは転移術で先行離脱した。

 この場を放棄するのは痛い。しかし戦ったところで突破は不可能。とにかく状況をヴァンたちに伝えなければ。

 

 ●

 

「緊急事態です!」

 屋上から《モンマルト》に降りてきたヴァンとアニエスの前に、いきなりエマが転移術で現れた。待機していた大勢のメンバーがざわつく。

 ヴァンが聞き返す間もなく、エマは矢継ぎ早に言った。

「パンタグリュエルの船倉ドックがミストマータ四体に占拠されました! 急いで対応策を――え?」

 スタンキャリバーをエマに向かって振り抜くヴァン。騒然となる一同。

 だがその喧騒は、ヴァンの行動のせいではなかった。

 刃はエマの首筋直前で止まり、その剣先は動揺する彼女の後ろに突きつけられていた。

『迷いのない判断。実にイいね』

 スタンキャリバーの横一閃を、ガイラーが指先二本で挟んで止めていた。

『ようやく見ツけた。ここが“夢の綻び”かね。霧の大地の外側とは、我々に発見できなイわけだ』

「ど、どうしてガイラーさんがここに……!?」

『エマ君にはお礼を言わねばナらない。君たちのいうエリア転移には我々はついていけナい。だが君の転移術(・・・)なら別だ』

 エマの表情が青ざめる。

『気づいたようだね。君の術の効果範囲に入レば、同行者を転移先に連れていける。そしてとっさの時は、身に沁みついた行動を優先すルものだ』

 エマは普段からエリア転移ではなく、魔女の転移術を多用している。細かな地点指定が可能という理由でだ。

 そこを逆手に取られた。

 おそらくはエマの思念から生成されたミストマータだから、彼女の思考を先読みされたのだろう。

 あるいはそのような転移術の利用の仕方を実際にしたことがあり、その記憶をミストマータも有していたか、だ。

『さて、君たちも知っているんだろう。“夢の綻び”はこの世界にひびを入れる特異な場所であるということを。私の仲間を総動員して破壊し尽くさセてもらう』

 腕をかかげるガイラー。

 船倉を占拠したという四体だけでなく、《ロア=ヘルヘイム》に存在しているミストマータ全てをこの場所に呼ぶというのか。

 たった一手で作戦の全部が潰された。なんなんだ、この用務員は。

 今にも力を放出しようとしたその腕は、しかしバチンと何かに弾かれた。

 その手を眺める。

『なるほど。各地の霧を払う度に守護の領域が強くなってきタのか。七色の橋が霧の逆流を防いでもいる。たとえ発見できても容易には立ち入れないように。よくできた仕組みだ。君が考えタのかな? ヴァン・アークライド』

「わけのわからん言い回しは好まねえぜ」

『それは失敬』

 ガイラーの体の黒い霧がちりちりと散らされていく。

『このままでは、ここに長くはとどまれない。ならば再び大地を霧に沈ませるまで』

 ガイラーの姿が消えた。

「ごめんなさい、私のせいで……」

「気に病むな。パンタグリュエルを占拠された時点で、どのみち作戦は破綻していた。今は頭を切り替えろ」

 落ち込むエマを、ヴァンはフォローする

 まもなくジュディスやベルガルドの外にいた組が戻ってきた。

「ちょ、ちょっと大変よ! 各地の攻略済みのエリアにミストマータが出現しまくってるっぽいんだけど! しかも霧を撒き散らしながら!」

「どこからか人形兵器も大量に出現した。エリアを無秩序に破壊し回りながら、ミストマータの出す霧を拡大させておるようだ」

 ガイラーの言葉から察するに、霧が減るたびにこのアークライド事務所エリアの防御のようなものは強くなっていたらしい。

 ということは逆に霧が増えれば防御は薄くなり、ミストマータは侵入できるということ……!

 リィンが鋭く言った。

「ヴァン! 悩んでいる時間はない! 手をこまねいている内に、ここにミストマータの軍勢がやってくる!」

「わかってる! 作戦を緊急変更する! 配置の再調整もだ! 十分でできるか!」

「五分でいい!」

 各リーダーが一瞬でミッションプランの立て直しに入る。

 その時、ヴィータが転移術で《モンマルト》に戻ってきた。どこかに行っていたらしいが、驚くべきことに彼女の傍らにはオーバルギアΣが八機そろっていた。

「妹の尻ぬぐいよ。パンタグリュエルの船倉から、これだけは転移術で持って来てあげたわ。さすがに機甲兵は容量オーバーだったけど。ああ、それとエンジンが攻撃を受けたりはしてないみたい。今のところはね」

 ヴィータは扇子でパタパタと首元を扇いでいる。

 ヴァンは彼女を称賛した。

「マジで助かった! お前さんは救いの女神だぜ!」

「ふふ、知ってる。あ、でもお願いよ。エマを責めないであげて。愚かな妹だけど可愛い妹なの。お仕置きは責任を持って私がやるから」

「まあ、その辺はそっちで処理してくれたらいいんじゃねえか」

 エマはずーんと肩を落としている。これに関しては言い訳できないと思っているみたいだ。

 きっちり五分後、急ピッチで変更した作戦を全員に発表する。

 まずエステルが口を開く。

「《ユグドラシル》を攻略し、《バルドルの箱》を入手するという最終目標は変わらないわ。つまり骨組みはそのままでいいってことよ」

 恒例のバトン式説明だ。

 次にロイドが言う。

「だから大きく変わるのは二点。防衛班の配置と突入ルートだけだ。事務所防衛人数を最小限にして、ほとんどのメンバーは各エリアに転移し、霧を放出するミストマータを撃退してもらう」

 三番手はリィンのターン。

「全員の《ARCUS》をグランドリンクシステムに接続。あらゆる戦況は事務所待機のシェラザード殿下が把握し、状況に応じて班員編成の変更や、フォロー体制の再構築などの指示を出して頂く」

 つまりシェラザードが総司令となるのだ。

 四番手にルーファスが口を開く。

「新たに追加するのは、パンタグリュエル奪還班だ。船倉を占拠したミストマータを排除すると同時にエンジンを復旧させ、船体を再浮上させる。あとは当初の作戦通り、上空でカレイジャスを発進し、二艦で共同して《ニーズヘッグ》を引き付ける」

 そして五番手にヴァンが言う。

「ただしカルバードチームはオーバルギアΣと共に、アークライド事務所エリアに待機だ。十分にニーズヘッグが目標進路から離れたと判断したら、この場所から八機で一斉に発進。フルスピードで《ロア=ヘルヘイム》を縦断し、フヴェルゲルミル湖の水上を突っ切り、黎明樹《ユグドラシル》に向かって特攻する」

 これがラストミッション。

 各班員の初期配置がボードに記された。乱戦になるにつれ、縦横無尽に動き回る事になるだろう。

「行くぜ! 今度こそ全ての霧を払ってやれ!」

 ヴァンの号令で、ついに決戦の火蓋が切られた。

 

 

 ――つづく――

 

 





《話末コラム①》【最終決戦】

★当初組み上げていた作戦はガイラーが“夢の綻び”に侵入したせいで修正を余儀なくされた。以下が作戦の最終版である。

①《パンタグリュエル》を奪還し、上空へ浮上。途中で船倉から《カレイジャス》も発艦させ、機甲兵三機とも連携しながら《ニーズヘッグ》を引きつける。

②《ユグドラシル》から《ニーズヘッグ》を十分に引き離したら、アークライド事務所エリアから、ヴァンたち突入チームがオーバルギアΣで発進。《ロア=ヘルヘイム》を渡り、《ユグドラシル》を目指す。

③その間、リベール、クロスベル、エレボニアの混成チームは、各エリアへのミストマータ迎撃に出る。ヴァンたちが《バルドルの箱》を持ち帰るまで“夢の綻び”を防衛しなくてはならない。

 ●

《話末コラム②》【メンバー初期配置】

①【ユグドラシル突入班】
★ヴァン、アニエス、フェリ、アーロン、リゼット、カトル、ジュディス、ベルガルド

②【アークライド事務所防衛班(作戦総司令)】
★シェラザード

③【アークライド事務所防衛班(シェラザード護衛)】
★オリヴァルト、クローディア

④【アークライド事務所防衛班(遊撃チーム)】
★エレイン、サラ、シャロン、クレア、トヴァル、デュバリィ

⑤【パンタグリュエル奪還班(機甲兵パイロットチーム)】
★リィン、アリサ、スカーレット

⑥【パンタグリュエル奪還班(カレイジャス運用チーム)】
★トワ、アンゼリカ

⑦【パンタグリュエル奪還班(パンタグリュエル運用チーム)】
★ルーファス、スウィン、ナーディア、ラピス

⑧【パンタグリュエル奪還班(転移チーム)】
★エマ、ヴィータ、セリーヌ

⑨【街エリア防衛班(ヘイムダル区画)】
★クロウ、ラウラ、エリオット、フィー

⑩【街エリア防衛班(リベール区画)】
★エステル、ヨシュア、レン

⑪【街エリア防衛班(クロスベル区画)】
★ワジ、リーシャ

⑫【城エリア防衛班】
★セドリック、アルフィン、エリゼ

⑬【ミシュラムエリア防衛班】
★ロイド、ランディ、エリィ、ティオ

⑭【学校エリア防衛班】
★ユウナ、クルト、ミュゼ、アルティナ、アッシュ

⑮【工房エリア防衛班】
★ティータ、アガット、ノエル

⑯【ノルドエリア防衛班】
★ガイウス、ミリアム、ジン、マキアス、ユーシス

 ●

《話末コラム③》【最終決戦、共有認識】

★《ARCUS》持ちはグランドリンクシステムで全員が連動し、逐一の状況を統制役であるシェラザードにリアルタイムで報告する。

・情報の錯綜を防ぐために、各メンバーからシェラザードへの報告内容は【敵の撃破】【敵の出現】【敵の撤退】【敵からの撤退】【自身及び味方の負傷】【応援要請】の六つに限定されている。

・シェラザードから各メンバーへの伝達は【各エリアの優勢、劣勢】【応援要請の受諾、保留、却下】【メンバー移動】【撤退命令】の四つに限定される。
指示に速やかに従わなかったり背いたりした場合、緊急アーベントタイムによって、恥ずかしい個人の秘密が大々的に放送されるペナルティあり。

★《Xipha》持ちへの情報共有はアークライド事務所エリア防衛のエレインが、シェラザードからの情報を経由する形で発信を行う。
ただし《ユグドラシル》突入班に対しては、濃霧の影響で通信が遮断されることが想定されるため、あくまでヴァンたちが突入する前までの役割である。

★エリア防衛に当たっては、地区の状況を把握できるそれぞれの主格者が担当するのが理想だが、作戦の都合でリィンが街エリアではなく、機甲兵の運用担当になるなど必ずしもその限りではない。チームの総合力やバランスを優先している。
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