黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
「私はこのままシェラザードさんの補佐に入ります。……いつか絶対にリベールに来て下さいね」
「はい、必ず」
アニエスとクローゼが握手を交わす。
このアークライド事務所エリアが現実世界と《ロア=ヘルヘイム》を繋ぐ“夢の綻び”になるので、《バルドルの箱》の入手後は、ヴァンたちもここに戻ってこなくてはならない。
しかし悠長に会話する時間はないだろう。もう今しか話すタイミングはない。
各地にミストマータが出現している。おそらくは今一度世界を霧に沈めて、このアークライド事務所に踏み入るために。
その迎撃のために、ほとんどのメンバーが割り当てられた初期配置へと向かった。
「ヴァン」
《モンマルト》の戸口に寄りかかるヴァンに、リィンが声をかけてきた。彼の後ろにはエステルとロイド、それにルーファスもいた。
「まだ行ってなかったのか? なんかの確認か?」
「ちょっとちょっと! まさか一言の挨拶もなしに、しれっと作戦を始めようっていうの? 大切よ、こういうの!」
ぷりぷり怒るエステルが、ヴァンにずいっと顔を寄せた。
その横からロイドが言う。
「ヴァンには世話になったからな。あとフェリちゃん教官にも」
「そりゃこっちこそ……フェリなら向こうでオーバルギアの最終点検してんぞ?」
「一番最初に挨拶は済ませたよ。本当はフェリちゃん教官の出撃を最敬礼で見送りたいところだが」
特務支援課も最後までフェリちゃんサンに汚染されたままだったな……。
ロイドに続いて、ルーファスが朗らかに言った。
「私は合流が遅く、多少会話した程度の君とそこまで分かり合えたわけではないが」
「別れの挨拶で、そういう前置きを持ってくるんじゃねえよ……」
「世話になった」
「取って付けたように言いやがって」
ま、足並みをそろえようとしているんだろ。協調性の習得は順調のようで。
そしてリィンが口を開く。
「俺たちが転移すれば本格的に作戦開始だ。後を頼んだ」
「おう、頼まれた」
「元の世界でも会おう。その機会は必ず巡ってくるはずだ」
「観の目の読みか?」
「勘が半分、もう半分は望みかな」
「意外に楽観的だな」
「俺の場合、それくらいがちょうどいいらしい」
「だったら再会の折には悪い火遊びを教えてやるさ。カルバード流のな」
「それは……考えておくよ」
堅物なりに精一杯譲歩した返答なのだろう。
「《ユグドラシル》への道は俺たちが切り開く。信じて待っていてくれ」
「任せたぜ」
「ああ、任された」
ヴァンは異世界の空を覆わんとする黒い格子を見上げる。それらはまもなく天頂に到達しようとしていた。
俺たちが霧を払うのが先か、《ロア=ヘルヘイム》が閉ざされるのが先か。
視線を正面に戻した時、すでにリィンたちの姿は消えていた。
《――★第47話 閃光のリフレイン★――》
機甲兵チームのリィン、アリサ、スカーレット。
カレイジャス運用チームのトワ、アンゼリカ
パンタグリュエル運用チームのルーファス、スウィン、ナーディア、ラピス。
奪還補佐チームのエマ、ヴィータ、セリーヌ。
総メンバーのおよそ五分の一を投入した計十二名の《パンタグリュエル》奪還班が、その船倉ドックに転移した。
ここが作戦の第一の要。まずは艦を取り返さねば、《ニーズヘッグ》を引き付ける手段すら得られない。
リィンは素早く船倉内に視線を走らせる。
「パンタグリュエルもカレイジャスも無事か」
『我らの目的は、艦の破壊ではなイからな』
精悍な声が響き、全員が戦闘態勢に入る。
広い船倉の中央――《カレイジャス》の前に立ちはだかるようにして、オズボーン、アリアンロード、ローゼリアがそこにいた。
エマが眉をひそめ、アリアンロードに問う。
「……? ガイラーさんの姿が見えないようですが」
『用務員殿はこの場から離レました。深いお考えがあるのでしょう』
「ガイラーさんに対するその絶大な信頼はどこから来るんですか……」
リィンは一人、歩み出た。
応じるようにオズボーンも前に出てくる。
「父さん」
『久しイな。良い顔付きとなった』
この声音、口調。もう二度と聞くことはできないと思っていた。
「嬉しいよ。たとえあなたが本物じゃなくても、会えて嬉しいと思ってる」
『記憶と人格があるのナら、それは本物と同じではないか?』
「同じじゃない。魂がもうそこにない」
『魂の証明など、誰にもすることはできない』
「できるさ。父さんの魂の強さは、俺が一番知っている」
縮地と見紛う速度で、リィンはオズボーンに切り込んだ。斬撃を受けとめたオズボーンの剣に火花が散る。
「もう一度でいいから、あなたと剣を交えたかったんだ」
『一度と言わず、存分に切り結ベばよかろう』
「そういうわけにもいかない。この一合は俺のわがまま。目的はあなたの後ろに行くことだ」
鎬を巧みに返して剣を捌く。刀身を受け流しながら、リィンはオズボーンの脇を抜けようとする。
『逃がすわケには行かん』
リィンの背中を狙って振り下ろされた剣を、ルーファスが割り込んで止めた。そのまま鍔迫り合いに持ち込む。
『……ルーファスか。今の陣営はそちらだったか』
「どこまでの記憶があるのかは知りませんが、ご無沙汰しております、閣下」
『霧を晴らすなら、お前と言えども容赦はシない』
「それは望むところ。あなたと戦いたい気持ちは私も負けていない。そうだ。私はずっとこういう機会が欲しかった……!」
オズボーンは剣を打ち払って間合いを離そうとする。しかしルーファスは食い下がり、接近戦の姿勢を崩さない。
『ならばすぐさまお前を倒し、この場の他の者も切り伏せよう』
「ご随意に。ただしこの場というわけにはいきません。――魔女の諸君」
ルーファスの合図で、エマ、ヴィータ、セリーヌが同時に術を発動する。
光の陣が敵三名の足元に広がり、アリアンロードとローゼリアとオズボーンと、そして彼と打ち合ったままのルーファスを、あらかじめ決めていた場所に転移術で飛ばした。
「私たちは外の戦線に加わります! 皆さん、ご武運を!」
エマたちも間を置かずに、自身の転移術で所定の配置へと飛ぶ。
カレイジャスの船倉に駆け込んだリィンは、《ティルフィングS》に乗り込んだ。
システム起動。コックピットハッチ閉鎖。デュアルアイセンサーを通じて、正面モニターに機体の外の景色が映し出される。
スカーレットも《ケストレル・レギンレイヴ》に搭乗した。
アリサは《レイゼル雷閃式》に向かうより先に《パンタグリュエル》のエンジンルームに赴き、メインエンジン復旧の最終工程に取り掛かる。
ルーファスがオズボーンを押さえるのは事前に打ち合わせていた。残されたピクニック隊の三名――スウィン、ナーディア、ラピスが《パンタグリュエル》運用のためにブリッジへ急ぐ。
トワとアンゼリカは《カレイジャス》のブリッジへ。
あとは皆がそれぞれの持ち場で全力を尽くすのみ。
ほどなく地鳴りのような振動が拡がっていく。
『エンジン復旧作業終了。いつでも行けるわ!』
艦内放送でアリサが告げる。
続けて《パンタグリュエル》のブリッジからも放送が入った。
『こちらスウィン。ラピスと操艦システムとの同期が成功した』
『いぇーい! これでこの艦はラーちゃんの手足も同然なのだ~!』
『私の演算機能にかかれば、こんなの楽勝よ! さっそく飛んじゃうわ!』
轟音がマーテル公園全域に響き渡った。
墜落したまま傾いていた船体が徐々に垂直浮上する。大量の土煙を巻き上げながら、白銀の戦艦が再び大空を目指した。
●
『……その場で戦わず、いきなり転移術とは不意打ちでした。さすがはローゼリアの教え子たちというべきデしょうか』
アリアンロードが飛ばされたのは、ローエングリン城の最上層。
「あなたに全力を出されたら、さすがのパンタグリュエルも持ちませんからね。エマさんたちにお願いして、ここに送ってもらったんです。相手は私たちが務めます」
レイピアを構えるエリゼ。その両脇を固めるのが、セドリックとアルフィンだ。
『三対一。それで勝テる算段があると。甘く見積もられたものです』
「あなたの力は承知しています。何人用意したって足りませんよ。でも連携を取って戦うなら、やりようはあります」
『それでセドリック皇子にアルフィン皇女ですか。……なルほど。あなた達のチームワークは私も知っています。私と何度も戦った経験もあリますしね』
戦法がわかっていたところで、まともな勝利など得られる相手ではない。だが時間を稼ぐことならできる。
「それにローエングリン城ならあなたとの戦いの場に相応しいと思いませんか?」
そう言ったのはアルフィンだ。ひゅんと軽やかに回転させた魔導杖が、虚空に光の円を描く。
「甘く見ない方がいいというセリフはそのままお返しします。あなたの記憶の中の僕たちより、ずっと強くなっていますから。体も、きっと心も」
セドリックの振るう魔導剣の刃に、色鮮やかな輝きが散った。
『確かにこれは少々手こずりそうです。しかしあまり時間をかけてもイられない。仕方あリませんね』
アリアンロードはランスの穂先を床に突き立てた。
彼女の左右に黒い霧が立ち昇る。宙に浮かぶ黄金の歯車を核にして、瞬く間に二つの人型が形成された。
『我がマスターの命により、霧を晴らす者を破砕スる』
『手加減はできナいの。まとめて射抜いてあげるわ』
軽鎧に身を包む二人は、《魔弓》のエンネアと《剛毅》のアイネス。アリアンロードに仕える鉄機隊だ。
「結局は三対三か……!」
「エリゼ!」
「ですね!」
エリゼは迷いなく《ARCUS》に告げる。
「ローエングリン城防衛班より作戦本部へ! 敵ミストマータ二体増援に伴い、こちらも応援を要請します!」
『本部了解、要請承認! ほら、あなたよ! 行った行った!』
『急かさなくてもわかってます!』
シェラザードの応答の直後、エリア転移が発動。
薄闇に弾ける転移の光。その中にアイネスらと同系統の甲冑のシルエットが浮き立ち、片手で振るわれた大剣が空気を断つ。
「ふん、マスターの似姿だなんて、傲岸不遜にも程がありますわ」
派遣されてきた応援メンバーはデュバリィだった。彼女はアリアンロードにではなく、エンネアとアイネスに剣先を突き付ける。
「あの二人の相手はわたくしがします。あなた達がマスター……のミストマータを押さえて下さい。いいですわね」
「それだとデュバリィさんが二対一になってしまいますが」
エリゼが心配するも、デュバリィは不服そうに鼻を鳴らした。
「妥当な戦力配分でしょう。マスター……のミストマータ相手に迂闊な分散は悪手の極みです。それに……」
「それに?」
「あんの二人は事あるごとにわたくしをからかうんですの! 筆頭なのに! ちょうどいい機会です。ギッタンギッタンにのしてやりますわ!」
「ギッタンギッタン……」
言い回しが古い。アイネスとエンネアによほど鬱憤が溜まっているようだ。
デュバリィは小さな声でつぶやく。
「まあ、ミストマータであってもマスターとは戦いにくいですからね」
「そうなんですか? ルーファスさんはオズボーン宰相と戦いたがっていたようですが」
「力を試したい気持ちはありますわ。でも本物のマスターはもう槍を置いているのです。今は薬局の店主として日々楽しそうにしていらっしゃいます。最初は戸惑いましたけど……今となっては、わたくしはその姿が一番好き……なのかもしれません」
「わかる気がします」
「同調してもらおうとは思っていません」
もう一つ鼻を鳴らして、デュバリィはアイネスたちに向き直った。
アリアンロードに闘気が揺らめき、風もないのに外套がはためく。
『あなた方の意気は評価しましょう。しかし我らの頭上には守護の黒竜がいる。そう易々と黎明の樹にたどり着けると思わなイことです。それに戦いはまだ始まったばかり――!』
黒霧をまとう長大なランスが、エリゼたち目掛けて突進した。
●
「主格者のレンが学校エリア担当じゃなくて良かったの?」
「いいのよ」
エステルに問われ、レンはあっさりと答えた。
「学校エリアなら現役生の第Ⅱ分校チームの方が上手く立ち回れるでしょうし、逆に私はこっちの方が土地勘があるし」
ここは街エリア、リベール区画、ロレント地区。エステルたちの故郷だ。
「それに私はエステルとヨシュアと一緒が良いって言ったじゃない。何度も言わせないで」
「レン~! うりうりうり!」
「ち、ちょっと! そういうのはティータにだけにしてちょうだい」
エステルの頬ずり乱舞がレンを捕らえる。抵抗しないあたり、レンもそこまで嫌がってはないらしい。
その様子をヨシュアは微笑ましげに眺めていた。
だがいつまでものんびりはしていられない。ロレントの待機は、あくまで初期配置。自分たちの担当はリベール区画全般。場合によってはグランセル方面もカバーするし、こちらに敵の攻勢がないなら、他のチームのサポートに回る必要もある。
さらには時間制限付き。カトルの話では《ロア=ヘルヘイム》が黒い檻に閉ざされるまで、およそあと二時間弱だという。
その間に突入チームは《バルドルの箱》を見つけ出さなければならないし、防衛チームはアークライド事務所エリアへの敵侵入を防がねばならない。
ヨシュアはロレントの時計塔を見上げた。時計の針は正常に動いているから、時間の確認はできる。
その時、鐘の音が響き渡った。
「来た」
時計塔の頂上に、黒い霧が揺らめいている。
ミストマータだ。誰だ。レーヴェか?
『ほう……これはこれは。また君たちに会えるトはね』
「お前は……っ!」
ヨシュアもエステルも、即座に臨戦態勢に入った。
鼻持ちならない仕草で、メガネのブリッジを押し上げるその男の名はゲオルグ・ワイスマン。
《白面》の名を持つ結社の使徒。その元第三柱で、現実世界ではすでに死亡している存在である。
『ヨシュア・アストレイ。エステル・ブライト。霧を晴ラす者は滅せねばなるまいが、それを差し引いたとシても殺すに値する』
「アストレイじゃない。ヨシュア・ブライトだ。その顔をまた見ることになるなんて最悪としか言いようがないよ」
「その時計塔から即刻降りなさい。あんたなんかが足をつけていい場所じゃないのよ。それにレンのことを無視してくれちゃって――え、レンどこ?」
『がっ、なッ!?』
のけぞるワイスマン。その背から貫通した鎌の刃が、心臓部たる黄金の歯車を穿ち、胸から突き出していた。
「長広舌を待ってもらえるのは正義の味方だけよ。ペラペラと不愉快ね、ミストマータであっても」
レンがワイスマンの背後から即死の一撃を入れていた。
まともな戦闘にさえならず、人型を崩壊させながら黒い霧は虚空に散っていく。
レンは時計塔から飛び降りて、エステルたちの元に戻ってきた。
「ミストマータがあとどれくらい出てくるか知らないけど、人数でこちらが有利ってことはないんだから、効率的に片づけて行かないとね。不意打ち、闇討ち、だまし討ち。全部使っていくわよ」
「うちの妹は頼りになるわー……」
「その、ありがとうレン。僕に気を遣ってくれたんだろう?」
「別に。私もあの人嫌いだから。即刻ご退場願っただけ」
「うちの妹はクールだわー……」
「さっきからエステル、それしか言わないな。っ――まだだ! まだ気配が残ってる!」
ヨシュアが双剣を抜き放ち、全方位を警戒する。
『気配は消していたはずなんだが、随分と鋭い感覚を身に付ケたな、ヨシュア』
その影は時計塔の裏から姿を見せた。
カシウス・ブライトだった。
「とっ、父さんのミストマータぁっ!?」
「あり得なくはないが、ここでか……!」
「パパ相手じゃ……不意打ちは無理ね」
カシウスは軍服姿だった。その手にはサーベルではなく、棍を携えている。
ぐるりと回転させた棍の風圧だけで、ヨシュアたちは足を引きかけた。
『可愛い娘たちに息子よ。元気が良いのは上等だが、霧払いは頂けナいな。たまには親子喧嘩でもするとしようか』
●
《デッドリーサイズ》が人形兵器の胴体を切り裂き、生き別れになった下半身が爆炎を噴き散らした。
「次から次に邪魔くせえな……!」
鎖鎌のギミックを開放し、浮遊している頭上の飛行型に絡みつかせると、そのまま力づくで地上へと引き落とす。
すかさずクルトがその人形兵器をなます切りにして破壊する。
「浮いている敵はミュゼとアルティナに任せて、僕たちは地上戦に集中した方がいい」
「わかってるっての。ぶんぶんとハエみたいに目ざわりだったから払っといただけだ」
アッシュは大鎌を肩に担ぐと、不満気に鼻を鳴らした。
学校エリアのグラウンドが、現在の分校Ⅶ組の戦闘フィールドだ。
とにかく数が多い。どこのエリアもこんな状況なのか?
空からは飛行型人形兵器が火器をばら撒いてくるし、地上ではレジェネンコフ式とかいう人型甲冑タイプが襲いかかってくる。
こちらは分校五人がそろっているとはいえ、この《ブライト総合学園》の敷地の全てをカバーするのは難しい。
まさかここまでの物量で攻めてくるとは。やはり主格者のレンに来てもらうべきだったか?
レーヴェのミストマータが出現したという報告はまだない。来るとすればヨシュアのとこか。あいつには戦わせたくねえ。俺がやらねえと――
「アッシュ!?」
クルトの声ではっと我に返る。目の前で人型甲冑が大太刀を振り上げていた。
振り下ろされた一刀を、横から跳び込んできたユウナがガンブレイカーで受け止めた。そのまま弾き返すや、瞬時に射撃モードに移行したトンファーから弾丸が吐き出され、至近距離でハチの巣にされたレジェネンコフがくずおれる。
「そこ!」
さらにアッシュの背後に特大のエネルギー弾を撃ち、出現したばかりの人形兵器をスクラップに変える。
「何ぼさっとしてんの! 気合入れなさいよ!」
「こういう時のお前は神がかってんな……。元気いっぱいじゃねえか、じゃじゃ馬」
「じゃじゃ馬言うな!」
怒りながらも、ユウナは上空に乱射。精度の高い射撃で敵を撃ち抜き、火の粉の雨を降らした。崖っぷちになればなるほど、集中力が増すのがユウナだ。
「このままじゃジリ貧になるわ。あたし、ちょっと考えてることがあるんだけど」
「策があんのか?」
「機甲兵よ」
「んだと?」
ユウナの視線の先には、グラウンドに併設された格納庫があった。現実世界ならそこに機甲兵が格納されている。
「認めたくねえが、悪くねえ案だ」
「いや、なんで認めたくないのよ。細かく再現されてるなら少なくとも三機はあるでしょ。あたしとアッシュとクルト君で走るから、ミュゼとアルはサポートして!」
言い終わらない内に、ユウナは先頭を切って駆けだした。
ミュゼは魔導騎銃で、アルティナはクラウ=ソラスのバリアーで三人を援護する。
あと少し。その瞬間、格納庫が中央から縦に
続けざまに内側から大爆発。破壊し尽くされた機甲兵の残骸が、黒煙に巻かれながら落ちてくる。
『ずいぶんと暴れてくれるな。こコは神聖なる学び舎だぞ』
燻ぶる炎と積み上がった瓦礫。そこに大剣の影がゆらと持ち上がる。格納庫は内側から一刀両断されたものだとわかった。
このオーレリア・ルグィンによって。
「ぶ、分校長のミストマータ……っ!? みんな、すぐに陣形を組んで――」
ユウナが警戒を促す前に、正面にいたはずのオーレリアは、すでに全員の背後を取っていた。振るわれた一閃がグラウンドを割る。地鳴りと粉塵の中で彼女は言った。
『霧を晴らスのは学則違反だ。不良生徒たちには仕置きが必要だな』
●
作戦本部はアークライド事務所の一階《モンマルト》だ。
その中央に大きなデスクを設け、そこでシェラザードが指揮を執っていた。
彼女の手元には親機となる自身の《ARCUS》と、グランドリンクシステムの補助となる外部端末が接続されている。
「情報共有するわよ! 各地にミストマータ出現! クロスベル地区にツァオ・リーとシャーリィ・オルランド! ミシュラムエリアにマリアベル・クロイス! ノルドエリアと工房エリアに人形兵器多数襲来! まだまだ来るわ。 チーム再編成が即必要なレベルね。サポート部隊スタンバイしといてよ!」
一度に来た情報をまとめ上げ、一息に指示を出す。
ヴァンは《モンマルト》の入口から、シェラザードの手腕を見ていた。とんでもない女王様だ。
声をかけるのも邪魔になるだろうから、離れておくしかできない。とはいえサポーターとしても加われないのは、やはりもどかしかった。
「信じて待つ……か」
リィンに言われた言葉を反芻する。
俺が誰かを手放しで信じるなんてまずない。ましてや会ってそこまで時間も経っていない相手に。
それでも信じてもいいと思える何かが、彼らにはあった。
ツァオのミストマータも来たか。厄介そうだ。読み上げられた名前は、俺が知らないやつも多い。
だが事務所待機メンバーの表情を見れば、そいつらが一筋縄ではいかない相手ばかりなのがわかる。
早く動きたいが、リィンたちからの合図は来ない。
俺たちはまだ飛べない。
●
高度は2500アージュに到達。
雲海を渡るようにして《パンタグリュエル》が飛行する。
『見えてきたわ! 《ユグドラシル》よ!』
ラピスが艦内放送で告げた。現在この艦は、操艦システムと一体化している彼女の制御下にある。
その声を聞きながら、アリサは正面モニターを見た。
《レイゼル雷閃式》のコックピットには、ブリッジから転送されてきた外の映像が映っている。
最大望遠。天空に向かってそびえ立つ黎明樹《ユグドラシル》と、それを守護するように羽ばたく黒き幻竜《ニーズヘッグ》の姿が確認できた。
直線距離にして、およそ200セルジュ。
あまり近づき過ぎると、《ARCUS》持ちは霧に囚われてしまう。霧の濃度から推測するに、接近できるとしてあと半分くらいが限度だろう。
つまり《ユグドラシル》から最低でも100セルジュ――10000アージュ離れた地点が戦闘可能な空域だ。
その付近まで《ニーズヘッグ》を引き付けることが、自分たちの役割となる。
《パンタグリュエル》の船倉で《カレイジャス》は発進の時を待っており、その《カレイジャス》の船倉で、三機の機甲兵はスタンバイしている。
『《ユグドラシル》まで残り15000アージュだよ~』
『カレイジャスの発進シークエンスに入ってくれ』
ナーディアとスウィンが報告を入れてきた。
『了解。こちらの準備は整ってるよ』
『操舵は私が直接取る。空を駆けるのは久しぶりだ。腕が鳴るね』
トワとアンゼリカが《カレイジャス》のブリッジから、同じく艦内放送で応じる。
いよいよだ。
アリサは念入りに機体チェックを行う。
モニターの情報に視線を走らせていた時、リィンから通信が入った。接続はアリサとスカーレットになっている。
『最終確認だ。カレイジャス発進後、機甲兵チームも続けて発艦。相対速度を合わせて、機体をカレイジャスの甲板に着地させる。そこを基本配置として、遠隔攻撃をメインに、パンタグリュエルと共同して《ニーズヘッグ》を誘い出す』
「了解よ。まともに戦える相手じゃないからね。ヒットアンドアウェイを繰り返して、《ユグドラシル》から引き離すわ。スカーレットさんもよろしくお願いします」
『任せてちょうだい。これほどの高度での機甲兵運用は初めてだから、ちょっと緊張してるけど』
三機には空中戦を想定したフライトユニットが装備されている。
しかし永続的な飛翔ができるような代物ではない。あくまでも一時浮上と、落下した場合の緊急措置的な意味合いが強いものだ。
簡潔にブリーフィングを終え、通信を切る。しかしアリサはリィンにだけ通信を繋ぎ直した。
『どうした?』
「なんであなたに1208年の記憶があるのか、わかったの?」
リィンには《
ただ一緒に楽しんだはずのエリゼには、その記憶がないらしい。
「……わからない。ルーファスさんの“囚われ”時の認識と言い、《ロア=ヘルヘイム》のルールから微妙に外れていることが度々ある。これは何を意味しているんだろうな」
「ねぇ、リィン。私ね。ここに来る前、どこかであなたを待っていた気がするの」
「え?」
「一人で、どこかで、待ち遠しく」
これは異世界に囚われる前のこと? それとも幻想の景色?
たとえそれが茫洋とした夢であっても、叶うならその続きを見たい――
『《ユグドラシル》まで12000アージュを切った! 全員準備はいいな! ハッチを開放するぞ!』
スウィンが告げた直後、《パンタグリュエル》の前部ハッチが大きく開いていく。高空の風が一気に吹き込み、ぎしぎしと巨船を軋ませた。
『メインエンジン始動。各種機能正常。カレイジャス発進する!』
『待って、アンちゃん! 《ニーズヘッグ》に動きが!』
出撃直前にトワがアンゼリカを止めた。
アリサはカメラをズームアップし、遥か彼方の様子を確認した。
遠距離過ぎて解像度が荒いが、《ニーズヘッグ》が両翼を広げ、こちらを見据えている。
データ計測。大気の流れがおかしい。黒竜の大口に急激に空気が圧縮されていく。
空を揺るがす咆哮。《ニーズヘッグ》から吐き出される不可視の何か。
滞留する雲海を一直線に蹴散らしながら、それが凄まじい速度で迫りくる。
「ハッチ閉鎖! 急いで!!」
アリサが叫ぶより早く、ラピスは行動してくれていた。
衝撃が到達。閉まったばかりの鋼鉄製のハッチが紙くずのようにひしゃげ、後方へと吹き飛ばされていく。
「きゃあああ!?」
それだけでは済まなかった。列車砲が可愛く思えるほどの常軌を逸した威力が、目に映る全てを破壊していく。
戦闘艦として耐え得る強固な外装が、薄氷のごとく砕け散った。七層全てに致命的なダメージを振りまかれ、《パンタグリュエル》は完全に壊滅する。
ドラゴンブレスだ。ブリッジとの通信も断絶された。スウィンたちの安否さえわからない。
視界を遮る粉塵に包まれて、状況の把握が何一つできない。
『こんな窮地いつものこと……!』
耳を弄する轟音の中で、アリサは強いトワの声を聞いた。
《カレイジャス》が動いていた。
崩落する白銀の巨船の中から、紅き翼が大空へと舞う。
『やることは変わらない。作戦は続行する』
アンゼリカの声音に焦燥はなかった。
『ただし内容は変更せざるを得ない。そうだな、トワ?』
『うん。今の攻撃は半端じゃなかった。旗艦として敵の注意は引きつけるけど、カレイジャスだけじゃ狙い撃ちされかねない。だから、ごめん。みんなにはむしろ単機で《ニーズヘッグ》に接近して欲しい』
『的の分散にもなるし、さっきのブレスは近付いた方が逆に食らわないだろう。さて機甲兵チームの諸君、腹はくくれているかな?』
異論などあるはずがない。霧の異世界の守護竜。ヒットアンドアウェイが通じるような生温い相手ではなかった。
《カレイジャス》の前部ハッチが開き、新造のカタパルトデッキが外界へとレールを伸ばす。
スカーレットが鼻で笑った。
『誰に言ってんの。腹なんかとっくにくくってるわ。《ケストレル・レギンレイヴ》出るわよ』
電磁の力で物体を投射するリニアカタパルトが稼働する。かつて《レイゼル》が使用していたレールガンの技術を転用したものだ。
瞬時に加速した深紅の機体が、虚空へと飛び出していく。
「次は私が」
アリサはカタパルト上のレールに、機体の両足を固定させた。信号を受信した機体が、自動で前傾姿勢に移行する。
「《レイゼル雷閃式》、発艦します!」
足元に稲妻をほとばしらせて、《レイゼル雷閃式》が続く。
加速したレールの先端で跳躍し、勢いそのままブースター点火。
下腹にかかる加圧。噴射炎の尾を引いて滑空。瞬く間に《カレイジャス》が遠ざかっていく。
『《ティルフィングS》、出撃する!』
最後にリィンが飛ぶ。
三機が発艦した直後、再び《ニーズヘッグ》がブレスを放ってきた。
「あれを連続で撃てるの!? 全機射線上から退避して!」
《カレイジャス》は急浮上。《レイゼル雷閃式》と《ケストレル・レギンレイヴ》は左右に分かれた。
「リィン!? 何やってるの!?」
『き、機体の制御が……!』
《ティルフィングS》の動きが正常ではなかった。フライトユニットの左バーニアが起動していない。そのせいで機体が傾いている。
「あっ……!」
《ティルフィングS》へのフライトユニットの取り付けは最後だった。その最中に《パンタグリュエル》はミストマータに占拠された。システムの同期が完了していなかったのか……!
「逃げて!」
二発目のブレスが到達する。
10000アージュを越えてなお減衰しない、暴力的な竜の息吹に煽られた《ティルフィングS》は、四肢を撒き散らして爆散した。
●
散り散りに損壊した《ティルフィングS》の残骸の一つとなって、リィンは霧の空を落下していく。
これほどの大ダメージを受けたのに、五体満足のままコックピットから投げ出されただけで済んだのは奇跡だった。
残りの二機と《カレイジャス》は無事だ。変則軌道を取りながら、《ニーズヘッグ》に向かっていく。
『リィン、どこにいるの!? 無事なら転移で他のエリアに退避して!』
アリサの焦った声が外部マイクで響いた。リィンは今、大空の中に生じた一点の染みでしかない。
見つけ出すのは容易ではないし、彼女らの機体がブースターで前進している以上、引き返して救出に来るのも不可能だ。
かすめただけでこの威力。一撃で《ティルフィングS》を失った。
いったんアークライド事務所エリアに戻って、俺もミストマータ防衛に注力する他ない。
「あれは……敵の迎撃部隊か!?」
複数の飛行用機械人形がリィンに向かってきていた。ミストマータ以外にも戦力を投入しているらしい。
俺を捕捉しているのか。空中ではどうしようもない。しかもこの下は《フヴェルゲルミル》。3000度の煮えたぎる湖だ。
成すすべなく落ち続け、リィンは分厚い雲の中に入った。わずかだが敵への目くらましになる。
今のうちに、とにかく早く地上まで転移を――
「……違う」
まだやれることがあると、俺の中の何かが言っている。
この状況でやれること? 何がある? 騎神だって呼べないのに。
……そうか?
確かに学校エリア攻略中に、旧校舎で騎神の召喚を試みた。結果は不可。存在が特殊なのか、呼び出すことはできないと結論付けた。
……本当にそうなのか?
ベルガルドはガイウスに譲渡したはずの聖痕を出現させた。認識による再現とはいえ、あれほど特殊な力をだ。聖痕を行使していた頃の自分に立ち返り、強く猛る心をもって顕現させたのだ。
……だったら、俺は?
“彼”をお試し程度で呼んだことがあったか?
ない。一度だってない。
俺が“彼”を頼る時はいつだって、ひりつくような危機の中。
今みたいな窮地を覆す力を、皆の為に道を切り開く力を、心の底から望む時――!
「来い……!」
胸の奥に炎が灯る。掲げた拳に熱が宿る。
雲の中に人形兵器の群れが突入してきた。六機だ。機関砲やミサイルを撃ち尽くしながらリィンに襲い掛かる。
逃げようがない。直撃。紅蓮の爆発光が膨れ上がった。
大量の雲を一度に噴き散らすと同時、灼熱する黒煙を代わりとばかりに押し広げた。
風に流されてわずかに薄れた噴煙の中で、巨大な人影がその輪郭を濃くする。
それはバラバラに切り刻まれ、爆発を連鎖させた六機の人形兵器たちの中心にいた。
『また会えるとは思わなかった。息災そうだな』
「この通り元気にしてるよ。……俺も会えて嬉しく思う。状況はわかるか?」
『さあ。だが私のやることは一つだ。たとえ時が、場所が変わろうとも、それだけは変わらない』
「また俺と一緒に戦って欲しい」
『応』
爆炎に照り返された灰白の装甲が燦然と輝く。背のウィングバインダーが開き、
力強く飛翔する《灰の騎神》ヴァリマールが、霧の空に鮮烈なスラスター光を刻み付けた。
――つづく――
《話末コラム①》【最終決戦 ―現状―】
・青文字は配置、役割変更
・赤文字は各エリアの状況
①【ユグドラシル突入班】 ―待機中―
★ヴァン、アニエス、フェリ、アーロン、リゼット、カトル、ジュディス、ベルガルド
②【アークライド事務所防衛班(作戦総司令)】―作戦開始―
★シェラザード
③【アークライド事務所防衛班(シェラザード護衛)】
★オリヴァルト、クローディア
④【アークライド事務所防衛班(遊撃チーム)】―待機中―
★エレイン、サラ、シャロン、クレア、トヴァル
⑤【ニーズヘッグ陽動班(騎神、機甲兵チーム)】―発艦―
★リィン(ヴァリマール)、アリサ、スカーレット
⑥【ニーズヘッグ陽動班(カレイジャス運用チーム)】―発進―
★トワ、アンゼリカ
⑦【ニーズヘッグ陽動班(パンタグリュエル運用チーム)】―撃墜―
★スウィン、ナーディア、ラピス(安否不明)
⑧【場所不明】―ローゼリアと戦闘―
★エマ、ヴィータ、セリーヌ
⑨【街エリア防衛班(ヘイムダル区画)】―人形兵器多数出現―
★クロウ、ラウラ、エリオット、フィー
⑩【街エリア防衛班(リベール区画)】―ワイスマン撃破→カシウス出現―
★エステル、ヨシュア、レン
⑪【街エリア防衛班(クロスベル区画)】―シャーリィ、ツァオ出現―
★ワジ、リーシャ
⑫【城エリア防衛班】―アリアンロード、エンネス、アイネアと戦闘―
★セドリック、アルフィン、エリゼ、デュバリィ
⑬【ミシュラムエリア防衛班】―マリアベル出現―
★ロイド、ランディ、エリィ、ティオ
⑭【学校エリア防衛班】―機械人形多数。オーレリア出現―
★ユウナ、クルト、ミュゼ、アルティナ、アッシュ
⑮【工房エリア防衛班】―人形兵器多数出現―
★ティータ、アガット、ノエル
⑯【ノルドエリア防衛班】―人形兵器多数出現―
★ガイウス、ミリアム、ジン、マキアス、ユーシス
⑰【場所不明】―オズボーンと戦闘―
★ルーファス