黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第52話 Break the Nightmare

 ヴァリマールが高速で飛翔し、《ニーズヘッグ》の首元に迫る。

 刃筋を立てた一刀を繰り出す刹那、リィンはとっさにスラスターを噴かして軌道を変えた。

 緊急回避と同時、十字火線がヴァリマールの進路を阻む。空戦用人形兵器の妨害だ。

「邪魔を……!」

『止まらないで!』

 ヴァリマールの傍らを一直線に過ぎた雷光の矢が、空中に布陣する人形兵器を撃ち抜いていく。

 《ニーズヘッグ》の背を足場にしたまま、《レイゼル雷閃式》が援護してくれていた。

 リアクティブブラスターを可変させることによって放つトールズアローだったか。攻撃力、命中精度、共に最強の性能だ。

「少しずつ鋼皮の内側に斬撃が届くようになってきている。《ニーズヘッグ》に致命の一撃を入れるまで何度でも行くぞ、ヴァリマール!」

『応! 時にリィンに確認したいことがあるのだが』

「ああ、何でも聞いてくれ」

『そなたの異性関係の顛末を知りたい』

 猛スピードで飛翔していたヴァリマールが、律儀にリィンの心情を反映させて、がくりと失速した。

「い、意味がわからないぞ」

『次はいつ話せるかわからない。今の内に聞いておくべきだと思った。私にとってそれは、最重要の懸念事項なのだ』

「《ニーズヘッグ》に集中するんだ。雑念は刃を鈍らせる。いいな?」

『しかし』

「集中!」

 心なしかアリサが砲口をこちらに向けたような。

 その時、《ニーズヘッグ》が大きく旋回した。ただの羽ばたきが嵐のような烈風を巻き起こす。

「ぐっ、何を……」

『黒竜は進路をあの塔に向けたようだ』

 ここに来て、なぜ《ユグドラシル》に引き返す? 何かあったのか、あの黎明の樹で。

 知るすべはない。わからないが――

「行かせたらまずい気がする! アリサ! スカーレットさん!」

『任せなさい。私が押さえる』

 そう応じたのはスカーレットだった。

 同じく《ニーズヘッグ》の背の上で、二振りの炎の法剣を納めると、《ケストレル・レギンレイヴ》の胸部装甲が展開した。そこに水晶球のコアが露わになる。

『リミット解除、フルグラビティモード起動』

 コアの結晶回路が黄金色に輝き、不可視のフィールドが押し広がった。拡大した力場は《ニーズヘッグ》の片翼を覆うと、ズンとその巨体を一気に傾かせる。

 アリサが焦っていた。

『ちょっと! 出力考えてくれます!?』

『最高に難しいのよ、扱いが』

 《ケストレル・レギンレイヴ》が上に手をかざすと、また空中に力場が生成された。今度はそこに人形兵器たちが吸い込まれていく。

 一瞬で圧縮された敵機の群れは、ひしゃげて一斉に爆発し、虚空に火の粉を散らした。

「あれが重力操作か……!」

 敵のミサイルが《ケストレル・レギンレイヴ》に迫る。直撃の寸前、その軌道がねじ曲がって明後日の方向に逸れていった。

 直に見るのは初めてだ。これがあの機体に宿る空属性の特性。重力、斥力、引力を従える空間干渉の能力。

 今のは機体の前面に斥力のフィールドを展開したのだろう。

 強力な下方向への重力圧を受けながら、しかし《ニーズヘッグ》は無理やりに浮上した。

『ヴォオオオッ!!』

 巨竜の咆哮が天に轟く。

 大気を波動が駆け抜け、リィンたちの三機は《ニーズヘッグ》の周りから弾き飛ばされてしまった。

「うっ、なんだ!?」

 足元から這い上るような黒いプレッシャー。リィンは霧の空を見上げる。

 叫びに呼応したように、《ロア=ヘルヘイム》を覆う黒き檻が侵食域を急速に伸ばし、ついに空の頂点で結ばれようとしていた。

 

【挿絵表示】

 

 

《――★第52話 Break the Nightmare★――》

 

 

「いよいよタイムリミットね。《閉ざしの影檻(グレイプニル・シャドウ)》によって世界が完結しようとしているわ」

 レンは事もなげに告げ、星屑の天井を見上げた。

 なぜそんなにも平静でいられるのか。もう時間の余裕はないはずなのに、その表情には焦燥の欠片もない。

 経緯は理解した。

 《バルドルの箱》によって《王》にされたレンは、《ロア=ヘルヘイム》を統括する権限を得ることになった。

 そこで霧の異世界に囚われていた人たちを救い出すために、〝箱”の製作者であるジョルジュ・ノームと一計を講じた。

 それは《バルドルの箱》の影響を受けない――すなわち《ARCUS》を持たない《Xipha》持ちの俺――ヴァン・アークライドを事態解決の中心にすることだった。

 そして思惑通り、俺は《ロア=ヘルヘイム》に招かれ、《幻夢の手記》に導かれるままこの《ユグドラシル》の最上層までたどり着いた。

 だが腑に落ちない。

 どうしてレンは最後まで姿を隠さず、中途半端なタイミングで俺たちに合流したのだろう。

 種明かしのタイミングまで、表に出てくる必要はなかったはずなのに。

 いや、レンの話はまだ途中。

 アニエスは何も言わず、彼女から語られる真実を待っている。

「……俺が《ロア=ヘルヘイム》に入ってから、お前にとって何か不測の事態があった。そうだな?」

「そ。裏方ではいられなくなった事情がね。じゃあ話の続きをしましょうか」

 

 ●

 

 ●

 

 ●

 

 《ロア=ヘルヘイム》に落ちたヴァンさんは、こちらの目論見通り、最初に“夢の綻び”を創造した。

 《ARCUS》持ちの誰の思念からも作り出せないアークライド事務所という場所なら、《バルドルの箱》に捕捉されることはない。

 そこは拠点としてだけでなく、異世界と現実世界を繋ぐ特異点としても成立する。元の世界に帰還する際の、最重要の地となるだろう。

「……さて、最初はヘイムダルからね」

 私は《ユグドラシル》の王の間から、ヴァンさんたちの動向を観察していた。

 そこには立派な姿鏡があって、鏡面をのぞくと《ロア=ヘルヘイム》のあらゆる場所を見通せた。名を《幻夢の望鏡》というらしかった。

 ヘイムダルエリアの主格者はリィン・シュバルツァー。

 彼はヴァンさんと並んで、統率の中心となれる人物だ。早々に解放してもらい、続く攻略の手助けになって欲しかった。

 しかしてヴァンさんは、見事にリィンさんの霧を晴らしてみせた。

 だけど同時に、私は思いがけないものを見た。

 アニエスの持つ懐中時計のようなオーブメント《ゲネシス》と、ヴァンさんの《Xipha》にインストールされていたホロウコア《メア》が謎の共鳴を起こし、ヴァンさんを異形の姿へと変貌させたのだ。

「あ、あれはなんなの……?」

 《幻夢の望鏡》に目を釘付けにしながら、私は息を飲んだ。

 正体不明。詳細不明。しかしあれは、明らかに異常な現象。

 エリア攻略においては、確かに切り札になり得る力だ。

 だがあれほど常軌を逸した力を多用していては、《バルドルの箱》もどこかで気づくだろう。《ロア=ヘルヘイム》に異物が紛れ込んでいると。

 これ以上使わせてはならない……!

 あれがアニエスにとって大切なものなのは知っていた。そもそもそれを取り戻したいという相談を受けていた私が、彼女にヴァンさんを紹介したのだから。

 アニエスは正時間軸となる8月27日の数日後に、ヴァンさんとの縁で呼び込まれている。つまりその数日の間に、あの《ゲネシス》を取り戻せたということになる。

「……ごめんね」

 もう一度それを奪う。

 私はまだ誰にも渡していなかった《アンドヴァリの指輪》を、自分の右中指にはめた。

 鏡に向けて、手をかざす。

 異能なる存在を消失させるリングが輝き、《ゲネシス》と《メア》は二人の手元から消え去った。

 そして困惑する彼らのもとに、私はもっとも大切な一つを送り出した。

 この黎明の樹までたどり着くよう願いを込めて、全ての指針となる《幻夢の手記》を。

 

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 ★

 

 主格者たちのメインエリアには認識が歪むことに起因する特有のルールがある。

 それらのエリア攻略に役立つように私が創造したのが《七の曙光(セプト=デリング)》。迂闊に霧の中を歩かず、そこに直行できるように設置したのが《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》だ。

 《王》の権限で作ったアイテムは、主格者の認識領域に縛られない。必ずヴァンさんたちの助けになる。

 その《七の曙光》は当の主格者たちに託すことにした。霧から解かれた主格者は、それをヴァンさんに渡すという制約も付与した上で。

 唯一手元に残していた《アンドヴァリの指輪》も、すでにガイウスさんに譲渡してきた。

 攻略ルートの解放は、主格者の望みが比較的わかりやすい街エリア、城エリア、ミシュラムエリアの順番がいいだろう。

 ノルドエリアと《パンタグリュエル》エリアは人手が要りそうだから、大人数が囚われている学校エリアを先に攻略したほうが良さそうだ。

 概ね順調ではあった。

 だけどヴァンさんたちがミシュラムエリアの攻略まで進んだ頃、私が予想していなかったいくつかのことが起きた。

「――霧の量が減っている? へえ、そうなの」

 《バルドルの箱》が私に意思を伝えてきた。

 世界に“なにか”が起き始めているのではと、疑念を抱いているようだった。

 私は知らぬ存ぜぬの態度を通す。対応の引き伸ばしをするつもりだったが、箱は早くも措置を取った。

 “囚われ”たちから抽出した記憶や思念を混ぜ合わせ、黒霧の人形を作り出し、それを私の配下としてあてがったのだ。

 黄金の歯車を核に生成されたミストマータという存在は、《王》である私に忠誠を誓い、私の指示には従う。

 しかし“霧を晴らす者を排除する”という使命を至上と設定されていたため、たとえば“ヴァンさんたちに手を出すな”という命令は無効となってしまう。

 私はミストマータの情報を遠隔で《幻夢の手記》に書き入れた。開示前の条項であれば、修正は自由にできる。

 《ユグドラシル》の存在にも紐づく内容だから、まだ全てを明かすことはできなかったが、警戒を促しておく必要はある。ヴァンさんたちがミストマータと接触した段階で一部開示をするつもりだった。

 もう一つの懸念事項は《西風》の二人――ゼノさんとレオニダスさんだ。

 ミシュラムエリアの解放直後に、私は倒壊したカジノフロアに向かった。

「あん、お前は……?」

「レン・ブライトではないか。なぜここに」

「あなたたちが知る必要はないわ」

 抵抗などさせる暇は与えない。白い霧が渦を巻き、私は再び彼らを“囚われ”にした。

 この二人はおそらく集団に属さない。霧からの開放後も、ヴァンさんたちとは足並みをそろえず、独断行動をするだろうと想像できた。

 それは《バルドルの箱》に捕捉されないよう事を進めたい私の思惑とは真反対の行為だ。

 なので余計な真似をして計画を台無しにされる前に、《ユグドラシル》に幽閉することにしたのだ。

 そう、イレギュラーはあれど、私は状況を掌握できている。

 このまま上手くやれば――

「え……?」

 転移で王の間に戻った私が見たものは、割れて散乱した《幻夢の望鏡》の破片だった。

 

 ★

 

 一つの鏡で複数の地点を同時に見続けていたから。

 《幻夢の望鏡》が砕けたのは、どうやらそれが原因らしかった。要するに能力超過による損壊。映し出す人々が増えたので、その分負荷が強まったということなのだろう。

 ちなみに後で知ったが、この時砕けた破片の一つは《パンタグリュエル》に転移し、《オーディンの左目》の中に組み込まれていたらしい。

「やってしまったわね……どうしようかしら」

 床に散らばる破片を拾い上げてみると、そこにはまだヴァンさんたちの様子が映し出されていた。望鏡の力までは失われていない。

 しかし断片的で、今までのように完全に動向を把握することはできなかった。

 このままでは《幻夢の手記》での情報開示や、リアルタイムでの細かなコントロールが困難になってしまう。

「《王》であることを隠して、私がヴァンさんたちに同行するしか……」

 その方法しか残されていなかった。

 これなら一番近くで事が進むのを見ることができる。

 けれどデメリットもある。何かと鼻が利くヴァンさんのそばにいれば、どれだけ気を付けていても、私の行動が怪しまれるかもしれない。

 それだけじゃない。たとえばリィンさんはもちろん、後に合流するであろうエステルやロイドさんも控えているし、最悪は私が裏で手引きしていると看破される可能性も否定できない。

「どうする……?」

 ならば自分も“囚われ”になっていると見せかけるのがいい。

 さらに主格者を演じるのだ。

 いずれ開示する《幻夢の手記》の《王》の項目を、今の内に〝主格者以外に王がいる”という内容に修正しておけば、自動的に私は疑いの候補から外れられる。

 そして私が主格者にすり替わるのは学校エリアがベストだと思った。

 本来の主格者であるユウナさんの願いは知っている。『青春ぽいことやりたーい!』だ。

 願望自体は単純であるが故、私がそれを望んでいるように見せかけることも容易だった。

 私の願いだと思ってヴァンさんたちがそれを叶え、間接的にユウナさんの願いも叶うように私が場をコントロールする。

 そうして私は何食わぬ顔で、《ブライト総合学院》と名を塗り替えた学校エリアの学院長のポジションに収まったのだ。

 果たしてその策は上手く運び、学校エリアの開放と同時に、私はヴァンさんたちの懐へと入ったのだった。

 

 ★

 

 適当な理由をつけて、私はアークライド事務所に滞在することにした。

「これが〝夢の綻び”……なるほど、霧の大地の外側。位置的にも概念的にも《ロア=ヘルヘイム》から完全に隔絶されているわね」

 ここならミストマータにも《バルドルの箱》にも見つからない。

 ミストマータという存在は厄介だった。なにせオリジナルをベースにしつつも、認識により歪められた自我がある。

 《王》には従うが、霧を払う者の排除は第一優先。それが《王》のためになると信じて疑わない。

 密かにアークライド事務所と《ユグドラシル》を転移で行き来しながら、私はミストマータたちにこう告げておいた。

 

 “私は霧を払う者たちの中に潜入し、隙あらば自分が仕留める”

 “私と遭遇しても、いかなる反応も示すな”

 “私の正体を明かすな”

 

 その時点でパパ――カシウス・ブライトのミストマータやレーヴェのミストマータも生成されていた。中には洞察力に秀でた達人クラスも多い。

 私の真意はミストマータ陣営にも隠さねばならなかった。

 ミストマータたちには《バルドルの箱》の存在は伏せておいた。そもそも言う必要はなかったし、下手に箱と接触されるのはマイナスでしかない。

「レン先輩、ご気分はいかがですか?」

 割り当てられた空き部屋で休んでいると、アニエスが廊下側から扉をノックしてきた。

「ああ、うん。大丈夫よ。ちょっとふらつくけどね」

「霧から解かれたあとは記憶の混濁があるみたいですから」

「確かにあんまり思い出せないわ、色々と」

 ていよく忘れた感じを装えるのは都合が良かった。

 次は工房エリア。

 待っていて、ティータ。ようやくあなたを助け出せる。お望みのあの人を、ちゃんと連れて行ってあげるからね。

 

 ★

 

 ヴァンさんたちのポテンシャルは思っていた以上に高かった。

 自分たちで考えて、真実を追い求め、仲間たちを解放し、私の想定よりも早く《幻夢の手記》を開示していく。

 第五エリアである《ノルンの工房》も突破した。同時にミストマータの行動も活発になっていく。

 どのミストマータが気づいたのかわからないが、彼らはこの頃から“夢の綻び”の存在を知り、その座標を探して各地を捜索していた。

 とはいえ早々にこの場所は見つからないだろう。

 しかし《ロア=ヘルヘイム》を完結させるための《閉ざしの影檻(グレイプニル・シャドウ)》が、すでに天頂に向かって蠢き始めている。のんびりとはしていられない。

「――こんにちは、ジョルジュさん。そういえば今まであんまり話す機会もなかったわね。ごきげんいかが?」

「レンちゃんか? 君までいるだなんて……」

 工房エリア攻略後、アークライド事務所の一室で、私はジョルジュさんと再会した。

 〝囚われ”から脱したはいいが、なぜ私がヴァンさんたちと共にいるのかは謎だろう。彼は不測の事態により計画が変わったことを知らない。

 “君までいるのか”というさっきのセリフは、“なぜ君がいるのか”という意味で、他の人には悟られないよう私に問いかけているのだ。

「リベール、クロスベル、エレボニア、カルバード、よりどりみどりね」

 こう言えば各国に加え、共和国勢も合流していることは伝わるだろう。

 扉を閉めた私は、ジョルジュさんにメモ紙を渡した。

 そこには『抵抗してる感じで叫んで』とだけ記しておいた。

 扉の外で耳を澄ますヴァンさん達に聞こえるように、わざと鎌の刃がこすれる音を鳴らす。

「や、やめ――う、うわあああっ!」

 手をジョルジュさんにかざす。

 ヴァンさんたちにも起こしてきた記憶の拡張を、ジョルジュさんにも起こした。

 これで私が知っていることを彼も知る。話すよりも遥かに手っ取り早い。

 激しい頭痛によるうめき声は、私の折檻による絶叫だと思わせることで隠ぺいした。

「……そういうことか」

「そういうことよ」

 痛みにうずく頭を抱えたまま、ジョルジュさんは小さく喉をうならせた。

 

 ★

 

「――《王》よ。僕をもう一度“囚われ”にしてくれ!」

 アークライド事務所の屋上。

 追い詰められたジョルジュさんは、夜の空に向かって叫ぶ。だがその言葉は、私に向けられたものだった。

 ノルドエリア攻略後、彼は行動を起こした。

 疑いをかけられた以上、いつまでもはぐらかすのは限界がある。余計な情報を引き出されてしまう前に、遅かれ早かれこうするつもりではあった。

 私と再会したとき、彼がすぐにそれを望まなかったのは、同期のアンゼリカさんとトワさんを自分の手で助けたかったからだそうだ。

 私もティータに対してそうだったし、ジョルジュさんの気持ちは理解できた。

 ゼノさんたちと同じように、彼も《ユグドラシル》に飛ばす。

 これで事情を知る者は、また私一人に戻った。

 残るエリアは空、ただ一つのみ。

 あれこそが唯一《ユグドラシル》を目指すための足掛かり。《カレイジャス》も機甲兵も仕込んでおいたが、《パンタグリュエル》を手に入れないことには始まらない。

 夜空の果てを見据える。闇と一体化して視認することはできないが、《閉ざしの影檻(グレイプニル・シャドウ)》はその範囲を少しずつ、しかし確実に拡大している。

 タイムリミットが刻一刻と迫りゆく――

 

 ★

 

 ついに最後の時が来た。

 ヴァンさんたちは空エリアを攻略し、“囚われ”の全員を解放した。

 《パンタグリュエル》も手中に収め、あとは《ニーズヘッグ》を越えて《ユグドラシル》を目指すだけ――

『―― ならば再び大地を霧に沈ませるまで』

 正直、ここで見つかるとは思っていなかった。

 用務員のミストマータが、エマさんの転移術についてくる形で“夢の綻び”に侵入してしまったのだ。

 私にとってそれが最大の想定外だったかもしれない。あんな方法で足を踏み入れられるなど考えもしなかった。

 かくして最終決戦が始まった。

 

 地上班は各地で霧を拡大させようとするミストマータの迎撃を。

 上空班は《ユグドラシル》を守る《ニーズヘッグ》の陽動を。

 突入班は皆が時間を稼ぐ間に《ユグドラシル》の攻略を。

 

 私は地上班に入り、機を窺うことにした。

 観の目を持つカシウス・ブライトのミストマータを優先して倒しておきたかったのもある。

 百日戦役の戦況をひっくり返した知将が、何をしでかして来るかわかったものではない。

 パパともっとも縁深いエステルとヨシュアの元に現れると思ったから、私は二人のチームに入った。

 案の定、すぐに交戦となったが、幸いなことに“私は霧を払う者たちの中に潜入し、隙あらば自分が仕留める”というミストマータに出した指示を、パパは疑っていなかった。

 彼なら看破してきそうなものだけど、私が《王》であることが、認識上で有利に働いたらしい。

 不意打ちでとどめを刺した瞬間に『そういうことか……』と察した様子ではあったが。

 ちなみにワイスマンを即殲滅したのは、普通にアイツ嫌いだから。

 一体誰の思念を吸い上げたのよと、あれだけは《バルドルの箱》に声を大にして文句を言いたかった。

 いずれにせよ、準備は整った。

 学校エリアに転移すると見せかけて、私は《ユグドラシル》へと飛び、その時を待つ。

 そして数多の壁を乗り越えて、ヴァンさんとアニエスは王の間へとたどり着いた。

 私は闇のドレスをまとい、万感の思いで二人に告げる。

「そう、この私こそが全ての黒幕。夢の異世界を統べる《ロア=ヘルヘイム》の女王、レン・ブライトよ」

 

 ★

 

 ★

 

 ★

 

 静寂が満ちる《ユグドラシル》の最上層。

 レンの静かな語りは終わった。

「ま、こんな感じよ」

 あっさりと話を切った彼女は、おどけたみたいに肩をすくめてみせた。

 言葉に嘘はなかった。《ロア=ヘルヘイム》に囚われた仲間たちを救うために、ずっと一人で神経を削るような画策を続けてきたのだ。

 秘密を打ち明けることもできず、俺を頼るしかなかったのか。

「アニエスにも理解してもらえたかしら。どんな理由があっても騙していたのは事実だから、怒られても文句は言えないけれど」

「怒ってなんていません。ただ……レン先輩らしいというか……」

 言葉に詰まったアニエスは、複雑な表情で顔を伏せた。

 “言ってくれたらいいのに”と“言えなかった事情もわかる”という気持ちが半分ずつなのだろう。

「ごめんね。人数を絞って、口の堅い何人かには最初から話しておこうと考えたりもしたわ。その方がスムーズに進む場面もあるでしょうし。でもどうしても万全を期す必要があったのよ」

「それはわかります。《ARCUS》持ちの皆さんは、一度解放されてもまた囚われる可能性がある。もしも秘密を知っている人が再び霧に捕まったら、リンク機能を通じて《バルドルの箱》に情報が伝わってしまうかもしれない……ですね」

「そういうこと。逆に《Xipha》持ちだけが知っていても、それはそれで不自然だしね」

「質問いいですか? 本筋とは離れますが」

「どうぞ」

 アニエスは一拍置いて言った。

「新エリアに行くたびに、私たちの服は変わってましたよね。あれもレン先輩が?」

「そうよ。周囲の景観に馴染むことで、エリア内での異物と見なされにくくなるように。それを思いついたのは、あなた達が城エリアの舞踏会でダンスの衣装に着替えたのを見たからだけど」

「私が聞きたいのは! どうして私ばっかり、毎度毎度いかがわしいコスチュームを着させられていたんですか!?」

 バニーガール、ピチピチ女教師、グリムキャッツ、レースクイーン、ミニスカメイド。どこぞの夜のお店から引っ張ってきたようなラインナップだ。

「え、可愛いかったでしょ? アニエスの魅力を最大限に引き出せたと自負しているわ」

「あ! そういえばレン先輩はレースクイーンになってませんでした! それと同じメイド服だったのに、丈が短かったり胸元が開いたデザインだったの私だけでした! 可愛いって言うなら先輩もそうしたらいいじゃないですか!?」

「だってヴァンさんもいるのに、むやみに肌を露出するなんてはしたないでしょ」

「う~っ!」

「あら、うなりエス」

 アニエスはむくれてしまった。

「……一つ、レン先輩の不自然を思い出しました。《七の曙光(セプト=デリング)》なんですが、まだ六つしか明らかになってないですよね」

「うん? 七つ目の隠し場所がわかったの?」

「空エリア攻略のチェスゲームで、私が借り物競走に当たった時です。お題は“大切な人が身につけているもの”でした」

「そうそう、それでアニエスったら日和(ひよ)っちゃって、ヴァンさんのところに行けなかったのよね」

「そ、それはともかく。私は最初、レン先輩に『そのリボンを貸してください』とお願いしたんです。でも断られました。『え、これはダメよ』って即答で、少し戸惑い気味に。いつもの先輩ならリボンなんてすぐ貸してくれそうなものなのに」

「……本当に鋭いこと。まあ、そういう勘に優れたところも見込んで《ロア=ヘルヘイム》に来てもらったのだけれど」

 レンはすみれ色の髪を飾る黒のリボンを解いた。

「お察しの通り。これが七つ目のアイテム、《ロキの結び紐》よ。能力は色々あるけど、衣装を変えたりするのはこのリボンの力の一つね」

「やっぱり! 他にも色々ズルしてたんじゃありませんか? あっ、ノルド攻略でレン先輩は春エリアに配置されてましたよね! 一番穏やかな区画に! まさかあれも……」

「ズルとは心外ねぇ。誰も石碑の時間制限に気づいてないから、私がそれを教える役に回ってあげたんじゃないの。おかげでみんな助かってたでしょ」

「うぅ~……!」

「ふふっ」

 やってんな、コイツは色々と。

 レンの性格のこと、掘り返せばまだまだありそうだ。しかし――

「先輩後輩で仲良くおしゃべりしてるとこ悪いんだが、俺も聞きてえことがある。お前の話を聞いた後でも、まだ明らかになってない謎が三つ残ってるだろ」

「そうね。でもその話は……もうできそうにないわ」

「なに?」

 床が震えていた。いや違う。壁が、天井が、空間が振動していた。

 押し出そうとするような圧迫が、押し潰そうとする重圧が、《ユグドラシル》の全てを覆っている。

「まさか……」

「来た」

 レンの頭上に光が弾け、銀色の立方体が出現した。

 燐光を煌めかせながら、ゆらゆらと宙で回転するそれは、目を奪われるほど美しい輝きを発していた。

 これこそが探し求めていたもの。《ロア=ヘルヘイム》を生み出した始まりの元――!

「《バルドルの箱》の本体か……!」

「気をつけて」

 レンが言った。

「ここでヴァンさんとアニエスに話したことは《バルドルの箱》も聞いていた。二人を明確に異物と認識したと同時に、私の裏切りも知ったことになるわ」

「かまわねえさ。お前が最終的に思い描いていたのは、今この瞬間なんだろ。あとは俺たちに任せろ。なあ、アニエス」

「はい。見込んで頂いた期待に応えてみせます」

 ヴァンはスタンキャリバーを、アニエスは魔導杖を構えた。

 《バルドルの箱》がプリズム光を放つ。

 駆け抜けた虹色の波動は、しかしヴァンとアニエスには何の影響も及ぼさなかった。

「効かねえよ! 俺たちを“囚われ”にしようったって無駄だ!」

「っ!? ヴァンさん、《バルドルの箱》が!」

 いくつもの光の帯を伸ばし、《バルドルの箱》はレンの体に取りついた。

「うっ……!」

「そこから離れて、レン先輩!」

 駆け寄ろうとするアニエスを、レンは手で制した。

「こ、こうなることはわかっていたわ。外敵にリンクが通じないなら、直接攻撃ができる実体と融合しようとする……。でもそれは同時に、こちらの攻撃も届くようになるということ……っ」

「先輩、早く!」

 レンの影が押し広がり、何かが這い出てくる。それは夢の始まりと終わりを司るもの。

「ヴァンさん、私の……」

「わかってる。よくやった。よくここまで一人でやり遂げた」

 ヴァンはスタンキャリバーをレン――いや、《バルドルの箱》に突き付けた。その切先にまで雷光が走る。

「お前の望みを叶えて、最後の霧を晴らしてやる」

 

【挿絵表示】

 

 

 ――つづく――






《話末コラム①》【ケストレル・レギンレイヴ】

左腕部装備:レーヴァテイン《紅炎》
右腕部装備:レーヴァテイン《赫灼》
胸面部装備:グラビティコア
特殊型能力:フルグラビティモード

解説:アルフィン直属の騎士となったスカーレットの専用機。《レイゼル》と同等の連立式オーバルエンジンを搭載し、皇族守護に相応しいマシンポテンシャルを得るに至った。
結晶回路には空属性が組み込まれ、空間制御機能を有しているが、上位属性ということもありその扱いは非常に難しい。重力をプラス方向とマイナス方向に操作できる他、引力や斥力への干渉も可能。尚、炎を操る機甲兵用法剣《レーヴァテイン》は、武器自体に紅耀石が埋められた特別製で、《ケストレル・レギンレイヴ》自体が二属性を宿しているわけではない。

 ●

《話末コラム②》【ロキの結び紐】

七の曙光(セプト=デリング)》の最後の一つで、レンが自分のリボンとして隠していた。
ロキとは狡知の神であり、その名には“閉ざす者”“終わらせる者”の意味を含む。悪戯好きとしても知られ、他者の姿を強制的に変化させる術を行使できる他、自身でさえ何者でも演じてみせた。
ロキは光の神バルドルの命を奪う計略を立て、己以外にそれを実行させている。
ヤドリギ(ミスティルテイン)に胸を貫かれたバルドルの魂は、死の国であるヘルヘイムに囚われたという。

 ●

《話末コラム③》【お知らせ】

 次話が最終話となりました。応援してくれたら嬉しいです!
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