黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
《★霧の世界でも頼れるお兄さん★》
徒歩での巡回中、買い物かごを片手に抱えるメイド服姿の女性を見かけた。
ヘイムダルエリア、ヴァンクール大通りの食品露店の前。シャロンかクレアかと思ったが、どうやら違うようだ。
「よっ、リゼットさんだったかな」
カジノエリアでヴァンたちと合流することになったカルバード組の一人。MK社からアークライド事務所への出向だという話くらいは聞いていた。
「あら、トヴァル様。街の見回りでしょうか。《ロア=ヘルヘイム》でも遊撃士業務を遂行されるとは、志の高さに敬服致します」
水色の髪をなびかせて振り向いた彼女は、ぺこりとお辞儀をしてくれる。一目見た程度の俺の名前と職業もばっちり把握しているとは驚いた。しかも出会って一秒で褒めてくれるだなんて、こんなにできたSCを抱えているヴァンがうらやましいぜ。
「食料調達かい? なんか戸惑っているみたいだったが」
「ええ、市街のお店から持ってきて良いと教わったのですが、やはり勝手に物を持ち出すのは抵抗が……」
「なるほどな。だが店主が再現されていない店もあれば、そもそもミラだって出回っていない世界だ。いちいち気にしていたら資材入手に支障を来たすぜ?」
「それもそうですね。では申し訳ないとはお思いつつですが――」
リゼットは見繕った食料を、かごに入るだけ詰め込んだ。
「街に異常はありましたか?」
「ん? ああ、異常だらけさ。街の作りは現実世界とあちこちが違うし、幻影の人間はそれなりに出歩いているものの、まともな会話は成立しないしな」
「それは確かに」
リゼットは淑やかな微笑を浮かべた。
角を曲がればクロスベル、十字路を進めばリベール、かと思いきやすぐにエレボニアに繋がる――なんてのはざらだ。
幸い一度構築された形が組み変わるといった事はないようだから、マップ作製は地道ながらもどうにか進められている。
「俺はそろそろ行くよ。道中は気をつけてな――っても事務所エリアには転移で戻るんだろうが」
「はい、ご心配には及びません。徒歩でしたらトヴァル様こそお気をつけて」
遊撃士チームの基本の待機場所、及び移動手段はエリゼに与えられたトラックだ。転移ではカバーできない場所まで入れるし、これはこれで中々使い勝手は良かったりする。
現在、トラックで街中を走り回っているのはジンとアガットで、トヴァルとはあとで合流する手筈だった。
「じゃ、またな。困りごとがあったら気軽に声をかけてくれ」
「困りごと……」
「え、あるのか?」
「大したことではないのですが……実はエリゼ様のことで」
「なんだと? 詳しく聞かせてくれ」
エリゼお嬢さんのこととあっては聞き逃せない。
「実はミシュラムエリアで行動を共にしたのですが、その際に私の名前がエリゼ様の旧知の友人と同じだから、名前では呼びづらいとファミリーネームの方で呼ばれていまして」
「ふむ。トワイニングってのはちょっと呼びづらいし、お前さんもリゼット呼びの方が好んでいるってことだな?」
「仰る通りです」
「エリゼお嬢さんはああ見えて頑固なところがあるからな。よし、この件は俺が預かろう」
「よろしいのですか? 名前がどうだからといって、別に《ロア=ヘルヘイム》探索において支障は来たしません。わざわざ遊撃士の方にご対応頂く内容ではありませんし、優先順位としても低いと思うのですが」
「いいや。エリゼお嬢さんが絡むとあっちゃ放っておけねえ。俺は十月戦役の頃から彼女の面倒を見てるから、気難しい性格もよく知っててな。なんならエリゼお嬢さん係といっても過言ではないだろう。照れ屋で素っ気ない態度をとる時もあるが、実際は俺に懐いてくれている」
「ホラーコースターの最中に、マシンガンで滅多撃ちにされていたような……」
「なんだそりゃ」
ミシュラムエリアに囚われていた時の記憶はあまり戻っていない。
「とにかく全部俺に任せておけ。この頼れるお兄さんにな!」
「かしこまりました。では宜しくお願い致します、トヴァルお兄様」
●
《★お姉さん側の事情もね★》
「男の子でしょうか? 女の子でしょうか? ふふ、会えるのがすごく楽しみです」
ベットに腰かけるシェラザードのお腹に、アルフィンはぴたりと耳を添えていた。彼女らの待機場所であるバルフレイム宮――シェラザードの私室である。
「生まれてくるまではわからないわよ。でも元気に動くし、男の子かもね。アルフィンはどっちがいいの?」
「もちろんどちらでも! でも女の子だったら、わたくしのおさがりの服を着せたりできるから、そんなこともしてみたいですけど」
アルフィンと自分の仲は良い。彼女とは本当の姉妹みたいな関係だ。お忍びで買い物にも何度も行っているし、気兼ねない会話ができる。
「でも赤ちゃんのためにはシェラ姉様がまず健康でいて下さらないと。《ロア=ヘルヘイム》の探索はわたくしたちが主に出回りますから、姉様は休んでいてくださいね?」
「んー、現実世界じゃないわけだし、そんなに影響はないと思うけれど」
「ダメです。万が一があってはいけません」
アルフィンにしては珍しく強い口調だった。オリビエにも同じようなことを言われている。あたしはそんなに活動的かしら。うん、まあ、活動的か。
「あとはストレスも良くありませんよね。宮廷生活には慣れましたか? シェラ姉様には色々と窮屈でしょう」
「その辺は大丈夫よ。ありがとね」
実を言えば、義父義母に気を遣うのが少し疲れる。なんと言っても皇帝と皇妃だ。お父様、お母様呼びも自分の柄じゃない。二人の前では一人称を“あたし”から“わたくし”に切り替えたりもする。
礼儀作法、テーブルマナーも一から頭に叩き込んだ。遊撃士の捜査技術として習得していた下地もあったから、それはさほど苦ではなかったが。
程々に上手くはやってるつもりだ。ただ、そう。気がかりがあるとすれば一つだけ。
「ねえ、アルフィン。セドリックさんはあたしのこと苦手かしら?」
「そんなことないです」
彼女は断言する。
「本当はシェラ姉様といっぱいおしゃべりしたいと思っています。人見知りなだけなんです、セドリックは」
「それならいいんだけど……」
元々前に出るタイプでもないのだろう。ただでさえ皇族という立場で注目される上に、双子という生い立ちもあってアルフィンとの比較対象になりやすい。彼の引っ込み思案に拍車をかけるのも無理からぬことだった。
それにあたしだって、自分に自信があるわけじゃない。生まれも育ちも人に誇れたものではなく、中東の血が流れるエレボニアとは無縁の人間。オリビエとの婚姻にあたっては、一部から皇族には相応しくないという批判があったことも知ってる。
だからすぐにはセドリックと距離を詰めなかった。踏み込むことを躊躇した。
だって嫌われたくなかったから。あたしの義理の弟になってくれるんだもの、そりゃ仲良くしたいわよ。
「どちらかから歩み寄れば、きっとうまく行きます。……そうです! わたくしが何か仲良くなれるようなイベントを考案してみましょうか?」
「うーん、遠慮しとく」
「え、なぜ……?」
ろくなことにならない気がする。大勢を巻き込むだけ巻き込んで、最後は爆発オチでしょ、絶対。
とはいえアクションを起こさねば変わらないと言うのなら。
「ま、あたしから動いてみようかな。なんたってお姉さんだしね」
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《★リィン教官はわからせたい★》
床にサインペンで黒い線が引かれてあって、その片側ではアッシュが、もう片側にはアルティナが、分かれて待機していた。
二人が滞在場所にしているクレイグ邸の様子を見に来たら、この状態である。
「まさかとは思うが、ケンカでもしたのか?」
リィンが訊く。まるで互いの領土を侵犯するなと言わんばかりの雰囲気だ。
「お構いなく。特に問題は何一つ起きていません。ええ、何一つ」
平然とした態度のアルティナだったが、なぜか足は内股で微妙に揺れている。
「だとよ。問題ないならいいんじゃねえ?」
くっくと笑うアッシュは、クレイグ邸のどこかにあったらしい音楽雑誌を開いている。
確かに問題ないなら、まあいいが……?
「お、クロウパイセンも来てたのかよ」
「よう。お前はマイペースにやってるみてえだな」
アッシュは同行していたクロウに気づくと雑誌をたたんだ。
「なあパイセン、ゲームの相手してくれよ。ポーカー勝負だ。暇でしょうがねえ」
「おお、いいぜ。カジノエリアじゃ同じチームだったよな。けどトランプなんて持ってねえぞ」
「ぶっ潰れたカジノの跡地から探してきといたぜ。ほらよ」
卓上に未開封のトランプデッキが置いてある。
「やるじゃねえか! なんか賭けるか?」
「ってもこの世界じゃ大したもんねえしなァ……」
そんなやり取りの最中、リィンが口を挟んだ。
「二人とも、時間があるなら辺りの巡回に行ったほうがいいだろ。もしかしたらサラ教官みたいに霧に囚われている人がいるかもしれない」
「また固いこと言いだしやがって。ちょっと気分転換するだけだっての」
「まだ《ロア=ヘルヘイム》の全容はつかめていない。あまり気を抜くのは感心しないぞ、アッシュ」
「じゃあずっと気を張っとけってのかよ。肝心な時に動けるように英気を養うってのも重要だろうがよ」
「俺が言ってるのはそういうことじゃ――」
「あー待て待て、ちょい待て」
にわかに口論に発展しそうなところを、クロウが仲裁した。
「アッシュの言うことも一理ある。気分転換は重要だぜ。特にこういう超常現象の中に放り込まれてんだ。当たり前の精神状態を保つのに、普段やってることをするってのは効果的だ」
「クロウ、けどな……」
「なにもアッシュだってずっと遊ぼうと思ってるわけじゃねえんだ。少し休んだら巡回だってちゃんとやるさ。なあ?」
アッシュが上機嫌に口笛を鳴らした。
「やっぱ話がわかるよな、クロウパイセンは。どっかの教官殿と違って」
「お前もお前で余計な挑発をすんじゃねえ。ほれ、トランプ開けろ」
親し気に話すアッシュとクロウ。さっそくポーカーを始めた二人を見やりつつ、リィンは人知れず奥歯を噛んだ。
そんなふうに言えば、アッシュだってお前に懐くさ。でも俺の方がアッシュのことを考えてるんだ。将来的にアッシュのためになると思って、今はあえて厳しくしているんだ。
「ずるいぞ、クロウ。なんかそういうのずるいぞ……!」
納得いかないこの気持ち。そうか、今わかった。
在学中、何かと優しくしてくれるシャロンやクレアを自分たちが慕うと、サラが不満を訴えるような視線を送ってきていたが、これがその時の感情か。
サラ教官の心境が、今になってすごく理解できてしまった。
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《★重剣とインパルス★》
「ここがマーテル公園か。綺麗で静かなところだし、ティータを連れて来てやったら喜ぶかもしれねえな」
クリスタルガーデンを背に、アガットは広場の噴水の前に立っていた。
「ティータ……しばらく会ってねえな。あいつは《ロア=ヘルヘイム》に囚われてないといいんだが……いや、もし囚われていたとしても、俺が必ず助けてやる」
アガットは小石を噴水に投げ入れる。
「俺の秘めたる感情はこの広がる波紋のようだぜ。あいつのことを考えるだけで、どんどん気持ちが膨れ上がっていきやがる。もう自分でも気づいてんだ。この気持ちの正体ってやつに。俺は、俺は、ティータのことが――」
と、ここまでずっと無言だったアガットが、ようやく口を開いた。
「あのよ。さっきからそれは誰の真似だ?」
「真似というか、アガットさんの心を私が表現しただけで」
アガットで遊んでいたらしいクローゼが頬を緩めた。
「勝手に人の心に声を当てんじゃねえ」
「当たらずとも遠からずでしょう?」
「かすってもいねえな」
探索の一環でマーテル公園に立ち寄ったアガットは、そこでクローゼと遭遇したのだった。
「ったく、困った王太女だぜ。一人で巡回に動いてたのか?」
「いえ、さっきまではアルフィンさんとバルフレイム宮の中を調べ回っていたんですけど、それも一通り終わったので、何気なくこちらに足を延ばしてみました。足と言っても転移ですけどね」
エリア間転移は、そのエリアの象徴的な場所にのみ行ける。このマーテル公園は“象徴的な場所”の一つであるらしかった。
「だから一人ってか? あのアークライド事務所の学生――アニエスだったか。彼女は一緒じゃねえのか? 仲良くなったんだろ」
「もちろん誘いには行きましたが、アニエスさんは用事があったみたいで。なんでもジンさんに発勁を教えて欲しいとか」
「な、なんだそりゃ」
「乙女の事情の詮索は野暮ですよ?」
「発勁が必要な乙女の事情ってなんだよ……」
噴水の水しぶきが顔にかかる。冷たい。感覚としては本物の水だ。風にも緑の匂いが漂っている。誰かから教えられなかったら、本当の世界だと思い込むだろう。
ティータ、どこかにいるのか? 不安な思いをしていないだろうか。
「話題を変えましょうか。ティータさんとは最近どうなんですか?」
「話題が変わってねえ気がするが、あいつとは別に何も。リベールに戻った時は、月一で飯を食いに行ったりとかはあるけどよ」
「ティータさんのご実家に?」
「ああ。その都度、エリカが殺意に満ちた目を向けてきやがるから、まったく落ち着かねえんだけどな」
「んー、そろそろエリカさんをお母様と呼ぶ練習をした方がいいかもしれません」
「怖えこと言うな!」
ぶんぶんと首を横に振るアガットに、クローゼも小さくかぶりを振って押し重ねた。
「ティータさんももうすぐトールズを卒業じゃないですか。また環境が変わりますし、そばで誰かのサポートは必要でしょう? 誰かの」
「あいつは成長してる。もうそんな子供じゃねえよ」
「そう。立派なレディーです。妹分としての扱いから、変えてあげる時期が来ているんじゃありませんか?」
無邪気で、泣き虫で、だが芯が通っていて、頑張り屋で。
クローゼの言う通り、ずっと妹分として見守っていた。死んでしまった妹の――ミーシャの影を重ねていたのだろう。その自覚はある。
でもティータは、ミーシャじゃない。
わかってるんだ、そんなことは。過去に囚われたまま足を先に踏み出せないのは、もしかしたら俺の方なのかもしれない。
なあ、ティータ。お前は俺に何を求めてる?
「ごめんなさい。しばらくアガットさんとは、ゆっくりお話しする機会もなかったですから、つい気になってしまって」
「いや、いいさ。俺の事なんかより、クローゼはどうなんだ。浮いた話の一つ二つはねえのか?」
「アガットさんは女性に対するデリカシーというものを覚えないといけませんね」
「な、なんか釈然としねえ!」
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《★クレア少佐は呼ばれたい★》
クレア・リーヴェルトは店内を見渡した。
存在感のある展示用のピアノ。ショーウィンドウに飾られたオルゴールやハーモニカ。棚には有名曲の楽譜も揃えられている。
「ここまで再現されているなんて……」
ライカ地区にあるリーヴェルト社。帝国の音楽楽器メーカーと言えば、まず名前が挙がるブランドだ。
この店までクレアは歩いてきた。途中の街も見てきた。ところどころ他の国の地区なんかが融合されているものの、景観自体はまさしく実物そのものだった。
そして確信を持った。ヘイムダルエリアの主格者であるリィンが――だとしても一人では絶対に全てを創り出すことなどできない。
ましてやこのリーヴェルト社なんて、自分の知る通りではないか。これほど詳細な内装は私以外には作れないだろう。
「私以外には作れない……?」
では私が作ったのか。そう結論づけるのは尚早な気がする。“統合的共感覚”が違うと告げている。全体と部分を繋げるには、まだピースがそろっていない。
不意に店の扉が開いた。反射的に銃を構える。
「あ、クレアさん?」
「セドリック殿下でしたか。申し訳ありません。つい警戒を……」
すぐに銃口を下ろす。
「いえ、僕も先に声をかければ良かった。ライカ地区まで巡回に来たところで、人影が見えたので追ってきたんです。ここは……」
「ええ、リーヴェルトの帝都支社ですね。つい足が向いてしまいまして。現時点で異常はありませんよ」
「そうですか」
「何かお悩み事が?」
「あー……わかりますか」
「伊達に一年以上も殿下たちのお世話係をやっていませんから」
これは統合的共感覚などではない。単に表情や仕草から察しただけだ。新Ⅶ組とは付き合いが長いし、思い入れも深い。
黄昏に加担してしまった身としては、もう二度と前のような関係には戻れないと思っていた。
だから彼らの卒業に立ち会うことができて、本当に嬉しかった。
「あはは、クレアさんには隠せませんね。ところで、どうしてまだメイド服なんです?」
「わかりません。《ロア=ヘルヘイム》に取り込まれる直前のことは覚えていませんが、おそらくもうメイド服は着ていなかったと思うのですけど」
「こちらに来て衣装が変わった? ということは……」
「深く考える必要のないことですよ」
言外に追及不可と含めておく。
それは私がメイド服を普段着として認識していたからなのでは。まさか、そんなこと。とりあえず黙っておくことにしよう。
「それでお悩み事は?」
「実は最近アルフィンにも何かと絡まれているんですが――」
ずっと生活を共にしていたことで、セドリックはクレアに対して心を開いている。彼は迷うことなく心境を打ち明けた。
「なるほど」
シェラザードとの関係で悩んでいるとのことだった。不仲ではないが、距離感が難しいと。未だに姉と呼べていないそうだ。
微笑ましいと、そう思った。
そんなことを言うと彼は怒るのかもしれないが、姉と呼ばれなくなって久しい自分としては少し羨ましくもある。今は亡き弟――エミルの顔がふとセドリックと重なり、在りし日の感傷につかの間浸ってしまった。
「クレアさん?」
「失礼しました。なんでもありません。そうですね……慣れの問題だけではないでしょうか?」
「慣れ……そういうものですか。しかし慣れるにはまず呼ばないと始まりませんから……その一歩でつまずいていますので……」
「なら練習してみますか、僭越ながら私で」
「いいんですか? うん、クレアさんにならできるかも」
冗談で言ったつもりだったが、セドリックは乗り気になった。
「じゃあ行きます」
「いつでもどうぞ」
呼吸を整え、咳払い。前のめりになって、
「姉上!」
「はっ!」
よろめいたクレアは、近くの椅子の背もたれをつかんで、どうにか耐えた。
「え!? 大丈夫ですか?」
「お、お気になさらず。想定値を上回る衝撃だったといいますか……続けましょう。そうです、バリエーションを変えるのはいかがですか? 色々なパターンで慣らしていくのも一つの手かと」
「さすがはクレアさん。えーと、じゃあ……クレア姉さん!」
「くぅっ。ほ、他の皆さんの呼び方も参考にしていきましょう」
「クレアお姉様! クレア姉様! クレアお姉ちゃん!」
「あっ、くっ、うっ」
クレアのダメージ倍率が跳ね上がっていく。
「クレ姉! 姉貴!」
「そうきましたか……っ!」
しばらく姉合戦は続き、とうとうクレアはブレイク状態に。息荒く椅子に沈み込んだ。
「悪くありません……」
「なにが?」
●
《★ユートピア・ゴールドホーン★》
霧に覆われたその雑木林は視界が悪い。
そこはカブトムシたちの楽園だった。天敵はおらず、悠久の安寧が約束されたユートピア。
最近、とある人間が「裏山」と称して、何度も自分たちの王国に足を踏み入れるようになったが、さしたる問題は起きていない。
しかし我は王。一族を繁栄させることこそが我が使命。下賤な人間の侵入を許すわけには行かぬ。
雄々しい金色の角を生やした王カブトムシは、手下カブトムシたちに告げた。
我らが聖域を侵す愚かな人間――栗毛色の髪をした女を見かけたら必ず始末せよ、と。
《★白霧の向こうに★》
「あいたた……なんや、ここは。どうも頭がぼーっとして……」
ゼノは目頭を押さえながら、記憶をたどるように首を振る。
「ううむ……俺たちは何をしていたのだったか……」
彼の横では、同様にレオニダスも困惑していた。
霧の晴れたカジノエリア。正確にはミシュラムエリアの一施設として存在していたカジノ――その倒壊した跡地であるが、彼らにはその状況も経緯もわからなかった。
散乱していた瓦礫の中に、ゼノは《西風信用金庫》なる看板を見つける。
「んん? ウチは金融業にまで手ぇ出してたか?」
「いや、どうにも理解に苦しむ部分が多いが……む、何かを思い出してきた」
二人の記憶の混濁が収まりつつある。IBCを牛耳って金貸しをやっていたことが、おぼろげながら脳裏に浮かんできていた。
「そうやそうや、あの可愛い嬢ちゃん、フェリとかいう娘や。確かカジノがどうとか言うとったで」
「もう一人、ヴァンだったな……彼の車を担保に、百万ミラを融資したのだったか」
「あいつらならこの状況がわかるんとちゃうか? 少なくとも何らかの情報は持っとるやろ」
「彼らを探し出そう。可能であれば協力するのがいいかもしれん。だが話をスムーズに進めるためにも、土産はあったほうがいいだろうな」
「ああー……」
二人の視線がそこに向けられる。彼から預かったピックアップトラックは、大量の瓦礫の下敷きだった。
「掘り出した方がいいやろなあ。マシンガントレット使えば楽とちゃうか?」
「車ごと細かく砕いていいのなら」
腕やら肩をゴキゴキ鳴らしながら、瓦礫の山に近づいていく。
「……気づいとるか?」
「ああ、後ろだ」
異質な何者かの気配。臨戦態勢で素早く振り向く。
「なんでお前が――」
二人の視界は一瞬で“霧”に覆われた。
ヴァンに命じられたアーロンたちがピックアップトラックを発掘しに来たのは、このわずか数分後だった。
★ ★ ★
――三枚目の破片に光が灯る――