黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
《★青春ランナーズ★》
「青春ぽいことやりたーい!」
カトル教官のホームルームも終わった放課後である。霧に覆われながらも、午後の陽光が差し込む分校Ⅶ組の教室で、ユウナが唐突に席から立ちあがった。
「今度はどうした、じゃじゃ馬」
「じゃじゃ馬言うな!」
アッシュをにらみつけ、ばんっと机を叩いたユウナは、両腕を広げて全員に熱弁した。
「あたしたちってほら、もっと青春するべきだと思うのよ! 一年の時からもうアレコレあったし、《黄昏》やら《ヨルムンガンド戦役》やらの渦中にいたし、当たり前の青春を謳歌するヒマもなかったわけよ! 言っとくけど、あれ全部一年生の時の出来事だからね!?」
「まあ、な」
アッシュは歯切れ悪く肯定した。
《黄昏》のトリガーを引いてしまった身としては、いささか耳の痛い話ではある。
じゃじゃ馬とはいえ、ユウナは気を遣える人間だ。普段なら相手の受け止め方を考慮した話題選びをするやつだが、これが夢に囚われているということだろう。
「んー、そうですよね。甘酸っぱい青春をしたいですよね。レン学院長も学院生活を満喫するようにと、全校集会なんかで常々仰っていますし」
うんうん、とミュゼが追従する。
このクラスで“囚われ”なのは、ユウナ、ミュゼ、クルトの三名だが、いずれも普通に会話が成立する上、人を人として――しかも個人として認識している。
とはいえ、やはり“囚われ”。ところどころズレはあったりするのだが。
「だったらユウナさん。グラウンドに行きませんか? リィン先輩がサッカーするみたいですよ」
「えっ、リィン先輩が? へ、へえ。別にそんなに興味ないけど。ちょっと見るくらいなら……」
いそいそとピンク髪を手ぐしで整えるユウナ。
これがズレの一つ。〝リィン教官”が“リィン先輩”になっている、だ。いや、最初はこいつらもシュバルツァーを教官として見ていたが、時間が経つに連れて、先輩として認識するようになった。
ユウナとミュゼは小走りで教室から出て行った。
「僕も失礼する。マキアス先輩とチェス勝負の約束があるんだ」
クルトも早々に行ってしまった。
「では私も」
「あ? お前もどっか行くのかよ」
「はい、プールに」
アルティナは軽く伸びをした。
「水泳部ですから。久しぶりにちょっと泳いでこようかと」
「悠長なことやってんな。これでもメインエリア攻略中だぜ?」
「〝学生は学生らしく”が学校エリアのルールなら、まずはそれに従うべきでしょう。映画撮影のこともありますが、多少の息抜きだって必要ですよ。アッシュさんがトランプゲームをするのと同じです」
「言うようになったじゃねえか。トイレの件まだ怒ってんのか?」
「怒ってませんけど」
心なしか強めに扉が閉められる。やっぱ怒ってるじゃねえか。
学校のルールに合わせることが、差し当たっての重要ポイントだっていうのは理解できる。
でもなぁ、改めて学生らしくって言われると、イマイチよくわかんねぇな。つるめるヤツも近くにいねぇし。
「……図書室にでも行くか」
「あれ? アッシュさんだけ?」
教室にカトル・サリシオンが入ってきた。
「カトル教官か。他の連中は解散したぜ」
エリアのルールに従い、先生として扱う。
「え、そうなんですか。映画のストーリーの打合せしようと思ってたんだけどな……」
「あ? 打合せ?」
「ご、ごめんなさい」
「なんで謝んだよ。はぁ……なら俺が見てやる。脚本の骨組みはできてんのか?」
「え、えええ!?」
「驚き過ぎだろ。いいから見せやがれ」
「あっ、ちょっ!」
ホッチキスで留められたメモ用紙をかすめ取り、流し読みしてみる。
「戦隊系……? なんか意外だな。こういうの好きなのかよ」
「べ、別に好きとかじゃないですけど。うちのクラスの人数的にちょうど良かったから。あとは敵役を誰にしようか悩んでて……五人組編成は崩したくないしなあ……」
「教官殿がやりゃいいじゃねえか。監督兼演者がダメだっつー制限はねえ」
「えええええ!?」
「クールに見えて、よく叫ぶな……」
●
《★流星キッカーズ★》
「サッカーなんてやったことないぞ。どうしたらいいんだ」
足元のボールを適当に転がしながら、リィンは困り顔を浮かべた。
カルバードのバスケットボールと同じく、最近になって台頭してきた球技らしい。本来は一チーム十一人だそうだが、今回は二対二で行う形式にしている。
相方であるクロウが肩を組んできた。
「ボールを相手のゴールにシュゥゥーッする超エキサイティンなスポーツ。それがサッカーだ」
「さっぱりわからない」
「足だけ使う。それだけ覚えときゃ十分」
なんて雑な説明だ。やりながら慣れるしかないようだ。
対戦相手はラウラとフィー。クロウが誘って連れてきた二人だ。彼女らも今ルールを知ったばかりである。
グラウンドを広く使い、互いのゴールの中間地点で、リィンとフィーが対峙している。それぞれのゴールキーパーはクロウとラウラだ。
キックオフ。
フィーが先にボールを蹴り、鋭いドリブルでフィールドを駆ける。
「速っ!?」
さすがはフィーか。初めてなのに上手い。運動神経とフィジカルがずば抜けている。
だがボールを扱う分、さすがに普段よりスピードは出ていない。
「もらった!」
「わっ」
リィンは追いつき、後ろからボールを奪った。しかしフィーの反応速度が凄まじい。眼光を散らす勢いで、激しいディフェンスを仕掛けてくる。
一進一退の攻防は続き、一瞬の隙を突いたリィンが競り勝った。
巧みなフェイントを織り交ぜながら、果敢に敵陣へと切り込んでいく。
キーパーのラウラとの一騎打ちだ。
「来い、リィン!」
「うおおおっ!」
左足を軸に捻りの力を生み出す。螺旋の極意。八葉の技は武器を選ばない。
剣聖の実力をいかんなく発揮した八葉一足流、紅葉蹴りが繰り出される。
空中で鋭い弧を描いたボールは、ゴールポストぎりぎりをすり抜けるようにネットに叩き込まれた。
「きゃあああ! リィンせんぱーい!」
黄色い声援が飛ぶ。ミュゼだ。いつの間にかグラウンドの隅で見学していたらしい。俺は教官ではなく、先輩という認識のようだった。
そのミュゼに背中を押されながら、ユウナが近づいてきた。
「ユウナ? どうしたんだ」
「あ、あの、これ」
タッパーを手渡される。レモンのハチミツ漬けだった。ユウナはもじもじしながら、
「テニス部で作ったんです。ちょっと多く作りすぎちゃったから、おすそ分けっていうか。べ、別にリィン先輩のために用意したわけじゃないので、へ、変な勘違いとかはしないで欲しいっていうか……」
クロウがニヤつきながらやってきて、リィンに耳打ちした。
「モテるねぇ、リィン先輩は。ほれ、憧れの先輩からお返しのリップサービスってのをしてやれよ。学校エリア的にそういうのが望まれてるかもしれねえぞ」
「リ、リップサービス? どうすればいいんだ?」
「しゃあねえな。俺の言う通りにやるんだぜ?」
クロウのアドバイスを受けて、リィンは咳払いをした。
「ありがとう、嬉しいよ。これはすごく元気が出そうだ。ユウナは気が利くんだな」
白い歯を見せて、爽やかな笑顔を向ける。髪をかき上げ、額ににじむ汗がきらめいた。これぞクリティカルヒットの生搾り100%リィン先輩だ。
「あっ……」
頬を真っ赤に染めるユウナ。
「どうしたんだ、熱でもあるんじゃないのか」
「も、もう、なんでもありませんから……そんな目で見られたら、あたし……」
「ん? なんなら保健室まで連れていくぞ。歩けるか?」
「あ、だったら……か、か、肩を、貸して欲しい……かも。とか言っちゃったりして、えへへ……」
「そんなのお安い御用だベプッ」
リィンの顔面にサッカーボールがめり込んだ。
猛スピードの一撃に吹っ飛ばされたリィンは、自軍のゴールにノーバウンドで突っ込み、さらにネットを突き破ってグラウンドの端まで転がっていった。もはや流星だ。
「ああ、すまない。ちょっと強く蹴りすぎたかもしれない」
ラウラから蒸気が上がっていた。マスタークオーツ《ブレイブ》を発動させた、灼熱の右足が輝いている。アルゼイ怒流、洸凰脚が決まった。
ゴールにシュゥゥーッされたリィンは、指をピクつかせ、やがて完全に沈黙した。
「あー……俺、映画撮影の進捗でも見に行ってくるわ。じゃあなー」
屍と化したリィンを尻目に、クロウは速やかに退散した。
●
《★天秤アクターズ★》
ヴァンが難しい顔をして、紙にペンを走らせている。
Ⅶ組の教室の扉を開け、クロウが近づいても、まったく気づかなかった。
「よお、アークライド教官。脚本は順調か?」
「ん? おう。アームブラストか」
ようやく顔を上げたヴァンは、固まっていた首をごきりと鳴らした。
「どうよ。難航してるみたいだが、撮影に割く時間も必要だろ。さっさと原案をまとめた方がいいんじゃねえか」
「とりあえずレンの望みはわかってんだ。あとは納得させるだけのクオリティが必要になる。時間惜しさに妥協はしねえ」
「こだわりがあるなら、とやかくは言わねえが。じゃあ俺らは精一杯、学生気分を満喫するかね」
「それがいいな。レンが〝楽しい学校生活”を望んでいるとしたら、そのように振舞うのが上策だ」
「あいよ。で、ストーリーの大枠ぐらいは決まってんのか?」
「それを聞くかね、アームブラスト君」
ヴァンは自信満々に言った。
「俺はかなりの映画好きだぜ。むしろ作品の評価には厳しいと自負してる。その俺が脚本、演出、構成を手掛けるわけだ。この意味がわかるな?」
「はっ、そいつは演者側の俺たちとしても、全力を出さねえわけにはいかねえな。映画の見どころは?」
「なんと言っても画面映えするアクションだろう。それと正義の反対は悪じゃなくて、また違った正義があるっつー勧善懲悪とは逆のベクトルのテーマを表現する。大人のセクシーさも導入予定だ。まあ、ゴッチ監督ほど露骨にはやらねえが」
ゴッチ? カルバードの映画監督か? 1207年時点での記憶では、聞き覚えの無い人物だ。
それにしても“正義の反対は、悪ではなく違う正義”か。我が身としても感じ入る言葉には違いない。《裏解決屋》ならではの視点と言えるのだろう。
スカーレットには教官職を勧められたが、俺の性格的にはそっちの道もありかもしれない。
どっちが向いてるか、今度誰かに軽く相談してみるか。
「失礼します」
ノックのあとに、エリゼが入室してきた。
「ん、エリゼじゃねえか。どうした、迷子か?」
「子供じゃないんですから。兄様を誘いに来たんです。まだ学内探索できていない区画もありますし、一緒にいかがかと」
「だったらニアミスだ。さっきまでグラウンドでサッカーしてて、今は……保健室かもな」
もしくは女神の御許かだ。
「兄様がスポーツを……!?」
エリゼの目が鋭くなる。こいつもお堅いやつだからな。エリア攻略中に何を遊んで――みたいな文句を言われるかと思ったが、
「どうして私に教えてくれなかったんですか。兄様の活躍を見れるせっかくの機会だったのに」
「おいおい、逐一リィンの動向をエリゼに伝えなきゃいけねえのかよ」
「はい」
「即答だと」
とんでもねえ義妹ちゃんだ。その内に“兄の所在と行動を把握しておくのが妹の務めです”とか言い出しそうだぜ。
「兄の所在と行動を把握しておくのが妹の務めです」
「秒で言いやがった……」
●
《★煉獄アーミーズ★》
現実世界の校舎と構造が同じ場所もあれば、まったく異なる場所もある。
目的地にたどり着くのにも一苦労だが、どうにかエリゼはギムナジウムまでやってくることができた。目当てはプールである。
「姫様?」
プールサイドにアルフィンがいた。
「あら、奇遇。エリゼも来たの?」
「ええ、少し泳ぎに」
トールズ在学中、エリゼは生徒会と水泳部を掛け持ちしていた。
カスパル部長とモニカ先輩にはずいぶんと可愛がってもらった。特にモニカ先輩とは、今も頻繁に手紙のやり取りをする仲だ。
「さっきアルティナさんも来てたのよ。泳がずにすぐに帰っちゃったけど」
「どうしてですか?」
「あれを見て」
プールには先客がいた。
クロスベルの特務支援課の皆さんだ。水しぶきを上げながら、ひたすらに泳いでいる。
「水練でしょうか。警察官は体力が大切ですからね。でも私たちが泳ぐスペースくらい全然ありますよ?」
「見てって言ったのはそっちじゃなくて、あっち」
反対側のプールサイドに、軍服姿の少女が仁王立ちしていた。
「あ、フェリちゃんですね。役割は警察学校の教官でしたか。ところであの服はなんでしょう? 最初はジャージだったと思うのですが……」
「それはわからないけど、なんというか、まあ……すごいのよ」
「すごい?」
フェリが軍靴の踵で、床を打ち鳴らした。カンッと甲高い音が反響し、支援課たちがビクリと身を固くする。
「誰が泳ぎを止めていいと言った、クズどもめ! 手を動かせ! 足を動かせ!」
『
「蚊の鳴き声か、コメディアンども! 腹から声出せ!」
『
響き渡る怒声と、応じる大声。
「フェ、フェリちゃん……?」
あんなことをいう子じゃないと思う。手元に小さなノートがあって、それを読み上げているだけのようだ。多分、意味もよくわかっていないだろう。
警察学校というのは士官学校よりも厳しいらしい。知らないけど。
「八時間泳ぎっぱなしだな! 苦しいか!?」
『Sir,no sir!』
「楽しいか!?」
『sir,yes sir!』
「なら笑え!」
『ハハハハッ!!』
カオスだ。入学当初は似たようなことをスカーレット教官からやられたが、ここまでではなかった。
「そうか、楽しいか、ではもっと楽しませてやる」
フェリは台車で運んできた大きな鉄格子の檻を開けると、そこに捕らわれていた数匹のサメゲータを水中に解き放った。
信じられないものを見たとばかりに、ロイドたちの目と口が呆然と開く。
「上がっていいぞ。サメゲータの胃袋に収まらなければだがな」
『うっ、うわああああ!!』
疲弊は限界だろうが、それでも必死でプールサイドを目指して泳ぐ支援課の皆さん。
唐突に波打ち始め、水面に巨大な渦が生まれた。
「あ、あれは姫様が作った大渦発生マシーンじゃないですか! 全部員の前で、カスパル部長の水着をはぎ取って大変なことにした、あの……」
「あ、違うのよ、エリゼ。元々の作成者はジョルジュ先輩で、次にラウラさんに譲渡されて、そこからわたくしの手に渡ったというだけで。あと名前は《煉獄のヴォルテクス君》というのだけれど」
「どうでもいいです!」
そのヴォルテクス君が生み出す大渦は勢いを増し、支援課をサメゲータが大口を開ける渦の中心部へと引きずり込もうとしている。
ランディ、ワジ、ティオはもちろん、“囚われ”のロイド、エリィ、ノエルまで悲鳴を上げていた。
『あああああっ!』
「どうした、笑え! 愉快になっ!」
『ハハハハーッ!!』
フェリちゃんは鬼の末裔か。
その折、ティオを抱えるランディが脱出した。ノエルも根性でプールサイドまで泳ぎ切る。
《
「ライジング……サアアアンッ!」
まさかの大技を繰り出したロイドも、水中から勢いよく飛び出す。
残るエリィは力尽き、大渦の中心へと飲まれていった。救いを求めるように天井に突き出された細い腕が、やがて水中へと沈んでいく。
「おっ、お嬢――っ!」
ランディがスタンハルバードを手に再びプールへと飛び込んだ。
絶望の光景の中、アルフィンが訊いてきた。
「泳ぐ?」
「わけないでしょう。はあ、こういう迷惑系のトラブルはトヴァルさんの専売特許なんですから、姫様はもう少し自重していただかないと」
「もう、失礼なエリゼ。今回に限ってはわたくしは何もしてないわ。《煉獄のヴォルテクス君》が再現されているなんて知らなかったし、プールに来たのもなんとなくだし」
「まあ、そうでしょうけど……今回に限っては」
「含みがあるわね。それにしてもエリゼのトヴァルさんへの心象は相変わらずというか。もう少し警戒を緩めたら?」
「緩めません。ジンさんが使ったあとの蛇口くらい締めます」
「ガッチガチじゃない。トヴァルさんは悪い人じゃないわ。それはエリゼもわかっているでしょう?」
「悪い人じゃないことが、良い人の証明になるとは限りません」
「頑固エリゼ、面倒エリゼ」
「なにか」
わかってはいる。助けてくれたことがあるのも事実。有り余る罪状はあれど、歩み寄りは必要か。いつまでも態度を硬化させておくのも子供っぽい気はする。
リゼット教官は映画のストーリーを練っている最中だし、すぐに撮影も始まらないだろう。なんでも女子校を舞台にホラーテイスト仕立てにしたいのだとか。
見かけによらず、けっこう愛嬌があったり、冗談も言ってくれたり、面白い女性だ。かねてより知り合いの方のリゼットと、そこは似ていなくもない。
さておき、時間はあるわけだが……。
●
《★不良プルーバーズ★》
「みっしぃしかありえない。異論はありますか? ある人は挙手して教室を出ていくように」
エレイン先生がそう仰る。異論はありますかと聞いておきながら、一切の異論を認めない強硬派だった。
「先生、よろしいでしょうか」
「はい、トヴァルさん。これ以上の発言をすることなく、荷物をまとめたら速やかな退室を」
「だー違う、違う! そういう意味の挙手じゃない!」
ノータイムで出ていけとは。強硬派なんてもんじゃねえ。暴君だ。
「映画の題材がみっしぃであることに文句はない。だがうちのクラスは他より人が少ないだろ。配役が厳しいんじゃないかと思ってな」
留年クラスと位置づけられたこの教室には、生徒役としてトヴァルの他に、シャロン、クレア、スカーレットが配属されている。故に“囚われ”はいない。
「人数のことは確かに憂慮すべき件ではありますが、そこは私がなんとかします。他のクラスに応援を頼んでもいいでしょう。どう配役を割り振っても、肝心のみっしぃ役がいないですからね」
「みっしぃとか着ぐるみなんだし、誰でもいいんじゃ……」
「トヴァルさんは速やかな退室を」
「冗談です! なんつってもみっしぃ役だ。生半可なやつには任せられねえよな!」
「ふう……ティオさんかラウラさんにお願いしたいけれど、自分のクラスの撮影もあるでしょうし、適任……ヴァンはどうかしら……いえ、彼も撮影が……でも頼み込めばなんとか……」
エレインはかなり真剣に悩んでいる様子だ。責任感の高さゆえか、みっしぃ愛の深さゆえか。
しばらく考え込んでいたが、「それはそうと」と彼女は顔を上げる。
「あなた達は行儀が良すぎる気がします。まあ普段ならそれが推奨されるのですけど、その制服を与えられて不良としての素行が求められているということなら、相応の振る舞いをしたほうが良いのでは」
攻略の鉄則。エリアのルールに従え、である。
「言われてることはわかるが……」
金髪リーゼントに『喧嘩上等』を背負った白学ランのトヴァルは、後ろの席のお姉さん方に振り向いた。
黒セーラー、長スカート、黒マスクに、赤黒い染みのついた木刀装備のヤンキースカーレット。
フリルスカート、ポンポンつき上着、ピンクカラー一色で構成されたお嬢様シャロン。
超ミニスカート、へそ出しセーラー。だるだるルーズソックス、マニキュア、つけまつげのギャルクレア。
そろいもそろって改造制服だ。
トヴァルはふと思った。
留年クラスと烙印を押されているが、自分も含めて確かに彼女らは過去に色々あった組だ。まさかそういうグループ分けなのか?
「なによ、不躾な視線ね」
スカーレットが睨んでくる。恰好のこともあって、凄みがえげつない。
「もしやトヴァル様は、わたくし達がすねに傷もつ輩だから、留年クラスに押し込まれたのだと蔑んでおられるのでしょうか」
「そうですか、トヴァルさんは私たちをそういう目で見てるんですね。いえ、事実ですし、構いません。あなたはまっとうに生きてこられた方ですから……軽蔑されていると思うと少し寂しいですけど」
シャロンとクレアまで責めるような目をしてくる。
「いやいや、待て待て。こう見えて昔は俺も中々のアウトローでな? 今でこそ遊撃士なんざやってるが、結構なヤンチャをしたもんだぜ? そうとも、地下をねぐらにしたことだって一度や二度じゃねえ」
「えー、嘘っぽいわね」
「ホントだって! 《カーネリア》のトビーって言えばさあ――」
時として男は、昔ワルだった自分を語りたいものである。尖ってましたアピールだ。
しかし彼女たちはどこか話半分で聞いていて、あんまり俺の刺々しい時代を信じてくれない。
くそ、なんだかお兄さん、くやしいぜ。
「そうかよ、わかったぜ。だったら証明してやる!」
トヴァルは席を立つと、ずかずかと大股で歩いてドアまで向かった。
「いいか、教室を出て最初に会ったやつに横柄に絡みまくって、カツアゲの一つでもかましてやる。どうせ相手は夢の異世界で歩いてるだけの幻影の人間だしな。一日限りの悪トヴァルの大復活だ!」
おらあ! と勢いよくドアを蹴り開けた先に、エリゼが立っていた。
「エ、エリゼお嬢さん……? なぜここに……!?」
「トヴァルさんに会いに来たんですが」
生まれてこの方、一度もかいたことのないような嫌な汗が全身から噴き出した。
「教室を出て最初に会ったやつに横柄に絡みまくって、カツアゲの一つでもかましてやるのでしたか」
「い、いや、ちがっ……」
「どうぞ。存分にかまして頂ければと」
リーゼントがしなびて垂れ、トヴァルは無言で両膝をつく。
ドアが無慈悲に閉められた。
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《★わんぱくエナジーズ★》
「わー!」
はしゃぎながら、子供たちが駆け回る。
教会の一室を利用した日曜学校である。学校エリアの片隅に、その七耀教会は再現されていた。
とはいえ神父もシスターもおらず、建物の管理者――すなわち先生役はアーロンだった。
「うるせーぞー、オメェらー」
覇気なく言う。最初は『うっせーぞ!』くらいの勢いで怒鳴っていたのだが、ガキ共のバイタリティを甘く見過ぎていた。
ぜんっぜん静かにならない。永遠に飛んだり跳ねたりしている。最終的にはこちらの方が疲れ切って、怒声も出せなくなっていった。
イーディス八区の子供たち――ユメ、シーナ、ハリーは、ひたすらに元気だ。
「アーロン、あそんでー!」
「ダリぃ」
「どーん!」
ユメが腹に頭突きをかましてくる。「ぐえっ」とうめきつつ、アーロンはユメの襟首をつかみ上げた。
「はーなーしーて~!」
「おてんばめ。今すぐポーレットに返品してえぜ」
短い手足をジタバタさせるユメ。
「ユメを離せ! とりゃあ!」
「えーい!」
ハリーとシーナが両すねを蹴ってくる。地味に痛え。つーかガチで痛え。
「いい加減にしやがれ! 軒先に吊るし上げられてえか!」
『きゃああー!』
長机の下やら、椅子の後ろやらに隠れるチビ三人。
くそ、ヴァンの野郎め。ふざけんなよ。こんなんでどうやって映画なんざ作れっつーんだ。
撮影はおろか、まともなストーリーも浮かびやしねえ。
脚本。脚本か……。俺は基本的に演者側だしなァ。
「おう、オメェら。なんかやりたいことねえのか?」
何とはなしに訊いてみる。中身のある答えが返ってくるとも思っていなかったが、
「えー、あたし早く大人になりたいなー」
案の定、ユメの返答は大したものではなかった。ハリーとシーナも「だよねー」と適当に続いてくる。
大人ね。それくらいの子供は背伸びしたがるもんだ。オレも同じ年頃はそうだった。お袋の前でカッコつけて、イキがってみたりとか……待てよ。
それをそのままテーマにしたらどうだ。
ガキが大人を演じようとする。そういうギャップは面白いんじゃねえか?
「よし、お遊戯だ。オレの言う通りに動いてみな」
「なになに? 遊んでくれるの?」
「えー、楽しみ~」
「何すんだよー?」
ごっこ遊びにかこつけて、それぞれに役割を与え、上手い具合に撮影に転がしてやる。
そもそもアークライド事務所メンバーで、舞台に一番詳しいのはオレだ。演出、魅せ方に関しちゃ本職よ。画角や画面映え、舞台道具のことだって熟知してる。
完璧だ。こいつは一位狙えるぜ。
「このアーロン先生が手ほどきしてやる。しっかりやれよ、ガキんちょ共!」
『おー!』
●
《★願望ビートルズ★》
リベール組はアニエス先生を筆頭に、かなり早い段階で案がまとまっていた。
タイトルは《陽溜まりのアニエス》。言わずと知れたリベールの小説物語。
つまり原作ありきの実写化だ。これはアニエスとクローゼが打ち合わせて決めたことだった。
改めてストーリーを作る必要がないし、子供のころから読み込んでいるから、細部までのイメージがすでに出来上がっている。
しかし、いざ撮影となった時に困ったことが起きた。
「アニエス先生ー、あたし、カブトムシ採りに行きたいんですけど」
「またですか……」
エステルが言うことを聞かないのだ。
散発的にやってくるこの要望のせいで、思うように撮影が進められない。
映画作りはクラス全員で取り組むようにと、レン学院長から言われている。エステル抜きで進めるわけにもいかなかった。
そして生徒の望みを叶える事も、先生の役割と見なされているらしい。それがエリアのルールであるならば、無下にはできない。
「とりあえず皆さん、今日も裏山に行きましょうか」
『はーい……』
連日のカブトムシ狩りに、リベール組の返事は疲れていた。
ただの虫取りではなく、異常なほど巨大化したカブトムシが敵意むき出しで襲ってくるから、それを撃退しながら雑木林を突き進まなくてはならないのだ。毎日ボロボロだ。
先駆けて廊下に出たアニエスに、クローゼが追いついてくる。
「アニエス先生。私、思ったんですけど、このまま《陽溜まりのアニエス》を撮影するのは無理がある気がするんです」
「それは……」
「映画祭の本番まであと三日。撮影は序盤までしか終わっていません。いえ、当初の予定では十分なスケジュールを組んでいましたが……」
「ええ、わかっています」
やはりエステルだった。セリフを無視してアドリブを始めたり、ヨシュアに絡みに行ったりと、とにかくマイウェイを突っ走るのだ。
聞けばエステルは、元より天真爛漫な気質だそうだ。“囚われ”となって、より色濃く彼女の性格が前面に出ているのかもしれない。
同じ“囚われ”でも、ヨシュアは割と指示に従ってくれるので、その辺りの行動や認識には個人差があるようだった。
この手の問題は、おそらく他のクラスでも起きているだろう。
「そこで考えたんです。《陽溜まりのアニエス》を諦めて、別の作品にするのはどうかと」
「路線変更は致し方ないと思いますが、うまく行くでしょうか? エステルさんがセリフを無視すれば、結局は同じことですし」
「それを逆に利用しませんか? 要するにエステルさんの望みに、私たちの作品を合わせていくスタイルです」
「なるほど……」
カブトムシを捕るというのがエステルの望みなら、カブトムシを捕りにいくという内容の映画を作ればいいわけだ。
これならエステルの行動を管理しやすい上に、そのまま撮影もできる。ストーリーは練り直しになるが、無為に時間だけが過ぎるよりはいい。
「やりましょう、クローゼさん! あ、でも……」
「どうしました?」
「せっかくの《陽溜まりのアニエス》がお蔵入りになっちゃうので、それはちょっと残念かなって……。私の名前も入ってますし」
「確かにそうですね……《陽溜まりのアニエス》要素を残して、カブトムシのニュアンスを加えたタイトルにしてみましょうか?」
思案して、クローゼは言った。
「《陽溜まりの甲虫》とか」
「アニエス要素だけが消え去ったんですけど」
あれ?
ふと視線を感じた。窓の外からだ。ここは二階なのに。
不思議に思って、窓縁から辺りを見回してみる。特に異常は――いや、校庭の近くにある木だ。
今その木の裏に誰かが隠れなかったか?
すぐに校庭まで降りて、確認してみる。しかし何も見つからなかった。何かがいた痕跡もない。
見間違いか? だがあれは――
「黒い人影……だったような……?」
★ ★ ★
――四枚目の破片に誰かが映る――