黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
《★魂の形は四輪駆動★》
開放された学校エリアではマキアスのみが囚われていたが、クレアの協力もあって彼を夢から覚ますことができた。
そして
今のところ報告できるのはこれくらいだ。
「ヴァンは事務所か?」
リィンが転移でやってきたのは、アークライド事務所エリアだ。《ロア=ヘルヘイム》の外にある直径100アージュほどの〝離れ浮島”。
その中心部にあるのがヴァンの事務所兼アパートの建物である。
一階のビストロレストラン《モンマルト》の脇にある階段を登ろうとしたところで、
「やあ! シュバルツァー君じゃないか!」
建物の横に停めてあるピックアップトラックのすぐそば。実に晴れやかに、にこやかに、ヴァンが手を振っていた。
「どうしたんだい? ああ、巡回報告だね。いつもありがとう。助かってるよ!」
「ど、どうしたんだはこちらが聞きたいが……上機嫌……って言っていいのか?」
「ん? 俺はいつもこんな感じさ。ちょうど良かった。少しこっちに来てくれないか。君に見て欲しいものがあるんだ!」
ヴァンがおかしい。機嫌が良いとかいうレベルじゃない気がする。むしろ心が壊れかけているような。
「ほらー、こっちだよシュバルツァー君!」
「わかった。わかったから、その笑顔をやめてくれ」
「笑うことをやめたら、人は人でなくなってしまうよ」
おそるおそる近付いていくと、いきなりヴァンにがっと肩を組まれた。そのまま車の運転席に頭を突っ込まれ、
「このシートの傷を見ておくれよ」
首をぐりっと回され、視線をそこに向けさせられる。運転席の座席のヘッドレストに貫通痕があった。これは刀傷だ。
「ははは、これはね。君がつけた傷なんだよ。ほら覚えてるかい? 最初に戦った時さ。繰り出された八葉一刀流の鋭い刺突が、俺の愛車を貫いたじゃないか。すばらしい太刀捌きだったネ!」
首に回された腕にぎりぎりと力がこもる。
「いや、その、あれは悪かったと思っているが、夢に囚われていたわけで、俺も正気じゃなかったわけで……」
「んんぅ? シュバルツァー君。先に言う事があるんじゃないのかい、ねえ、シュバルツァーくぅん?」
「すっ、すみませんでした! だがおかしくないか!? 仮に傷ついたとしても、元には戻せるんだろう!?」
首の拘束が外される。下手を打てば絞め落とされるところだった。
ようやくヴァンは普段の口調に戻って、
「俺の精神の影響だ。〝俺の愛車は元通りになる”という認識が“ボッコボコに破壊された車が原型をとどめているはずがない”という認識に負け始めてやがる」
「ああ、それで戻らないのか」
「ずいぶん軽い物言いだな、シュバルツァーくぅん?」
「くそっ、ヴァンの愛車が! これは大至急対抗策を練らないといけないぞ!」
「その通りだ」
言葉選びを間違えると大変なことになる。ご機嫌斜めなアリサの対応をする時に似ていた。
「だが対抗策というなら決まってる。フェリちゃんサンを俺の車に近づけなければいい」
「フェリちゃんを?」
「あの破壊の権化はな。ヘイムダルエリアでは車体の下に手榴弾敷き詰めて大爆発させた。カジノエリアでは闇金の担保にした挙句、倒壊した瓦礫の下敷きになった」
「………」
「学校エリアではクロスベル勢の映画の中で、四連装ミサイルランチャーを撃ち込まれて爆散した。追い火薬もしてあったみたいでな。ビルの五階を余裕で越える火柱が上がっていた」
「………」
「黙ってねえで教えてくれや、帝国の英雄。どうやったら持てるんだ? こんなにズタボロにされてんのに、車が元に戻るって認識を揺るがさない心の強さをよ」
何も言えなかった。
完全にヴァンの心の柱が折れた時、ピックアップトラックは正真正銘ただのスクラップと化すのだろう。
そしてその時が、この世界に新たな修羅が生まれる瞬間となる。
リィンにはそうならないことを祈るしかできなかった。偉大なる空の女神とフェリちゃんサンに。
●
《★おうちのひみつ★》
アルト通りの自宅まで戻ってきたエリオットは、変わらずにそこにあるクレイグ邸を見上げた。
これが再現? これが創造? 僕の家そのものじゃないか。
門をくぐり、敷地内へ。ドアノブに手をかけようとしたところで、扉が内側から開かれた。
「あ、エリオットさん。お邪魔しています」
「猛将パイセンじゃないっスか」
「やあ二人とも。……その猛将パイセンって、いつになったらやめてくれるのかな」
アルティナとアッシュだった。彼らが待機場所として自分の家を使っていることは聞いていた。幻影の邸宅とはいえ、我が家に不備がないかの確認に来たのだ。
「どこかに外出?」
「ああ、いえ。実は解放した学校エリアの中に、第Ⅱ分校の学生寮を見つけまして。ユウナさんたちと合流して、そちらに拠点を移そうかと」
「《ロア=ヘルヘイム》に分校Ⅶ組が全員そろっちまったからな。俺たちの思念や認識が強まった結果、寮が出現したのかもしれねえ」
なのでクレイグ邸から引き上げるところだったという。
「うん、慣れたところの方がいいと思う。僕らも第三学生寮を拠点にしてるからね。まあ、寮があるのはなぜかヘイムダルエリアなんだけど」
「家の中は荒らしていませんので、どうかご心配なく。アッシュさんはごそごそと勝手に引き出しを開けていたみたいですが」
「あ? 猛将本をリサーチしてただけだろうがよ」
「あはは、いいよ、そのくらい。別に見られて困るものもないしね」
「そこに関しては信用しています。《クラウ=ソラス》で念入りにスキャンしましたが、いかがわしい書籍の類は発見できませんでした」
「隠し場所が想像の上を行ってたっつー可能性は捨ててねえがな」
「なにやってるのさ、君たち……あれ?」
家の中をのぞく。雑に扱った形跡はなく、整然としたものだったが、床になぜか線が引かれている。黒いサインペン――おそらくは油性――で家をど真ん中から両断しているのだ。
「なにあれ? 直で床に書き込まれてるみたいだけど……というかちゃんと消せるの、あの線――」
振り向いた時、二人はすでに転移で姿を消していた。
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《★可愛がって煉獄!★》
「記憶の混濁は収まったか?」
「はい、大体のことが思い出せます。面目ありません。ラウラ先輩やリィン教官にも迷惑をかけてしまって……」
「私もリィンも、そなたと同じで霧に囚われていた身だ。自分だけを卑下するな」
ラウラは、よしよし、とクルトの頭を撫でる。
「や、やめて下さい。自分は子供ではありません」
「気に障ったか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ならよかろう」
フィーがフェリにそうするように、ラウラはクルトを弟のように可愛がっていた。クルトもまた、ラウラを姉のように慕っている。
剣を学ぶ真摯な姿勢。真っ直ぐな性格。波長が合うとでもいうのか、Ⅶ組としての縁で出会ってからラウラは度々クルトの稽古をつけ、クルトもラウラに積極的に剣の指南を求めている。実際に姉弟のような関係だった。
「ふんふんふーん」
「………」
ラウラは上機嫌だった。
それは良いことだと、クルトは思う。しかし今は不安で仕方がない。
学校エリアに囚われ、そして解放されたクルトは、まもなくラウラに呼び出されていた。
場所はトールズ士官学院の本校。《ロア=ヘルヘイム》ではこの先もどんなエリアが現れて、どんな苦難が待ち構えているかわからない。だから異世界においても稽古をつけて下さるのだと、そう考えていた。
だが案内されたのは練武場ではなく、調理室だった。
そう、不安で仕方がない。
「……ラウラ先輩は何をなさっているんです?」
「見てわからないか? 料理だ」
「くっ、信じたくはなかった! ですが、なぜ今料理を……」
「何をするにも食事は基本だ。クルトに精のつく料理を作ってやろうと思ってな」
「は、はは……光栄です」
顔面にあぶら汗が止まらない。意思とは無関係に指先が震える。
クルトは知っていた。ラウラの料理は兵器と同義であると。
姉弟のような仲であればこそ、手料理を振る舞われる機会も多かった。同じ目によく遭うらしいリィンからは、『ちょっと煉獄に行って帰ってくるだけの簡単な修行だ』とだけ言われた。
「あの、この世界で食事摂取の意味はあるんでしょうか? 全然腹は空いてないんですが」
「人は食べなければ生きていけない。当たり前のことだ。しばらく何も口にしていないのだろう?」
「はっ!?」
その認識を持たされた途端、ぐううう、と腹が鳴った。
「ふふ、腹の虫が鳴いているぞ」
「くそっ!」
とっさにクルトは自らの腹を殴る。しくじった。今ので完全に空腹認定された。
なんとかこの場から逃げ出す算段を考えたが、何も思いつかない。
キッチンからはトントントン、じゅうじゅう、ガンガンガン、ギャアアア、メキメキメキ……と工事現場のような調理の音。悲鳴らしき叫びも聞こえた気がしたが、気のせいだと信じたい。
やがて一つの皿が卓上に置かれた。
ロールキャベツ。見た目は間違いなくロールキャベツだ。どくんどくんとキャベツの筋が血管のごとく脈打っていなければ。
「シンプルなものですまない。なにせまだ食材が十分ではなくてな。抵抗するから巻くのに苦労した」
「ロールキャベツって抵抗するような食材入れないですよ……」
手をつけないことはできない。クルトは観念して一口食べる。
いつものアレが来た。骨が軋み、血が沸騰し、世界中の苦しみが我が身の内に凝縮されていくような、圧倒的な極大の責め苦。人の味覚では、もはや味の判別ができる次元に存在していない。視界が暗黒に覆われていく。
「ゴハアッ……」
「皇族の皆様にお出しするフルコースを、そろそろ考えんとな」
意識が遠のく中でクルトは聞き捨てならない言葉を聞いたが、すぐに何もわからなくなった。
●
《★理不尽はいつだって一方通行★》
「は、ははは、これはどういうことだ? どうして僕の家が潰れているんだ」
第三学生寮からわずかに数棟離れた場所に、レーグニッツ邸はある。正確にはレーグニッツ邸跡地だ。
マキアスに同行してきたのはリィンとユーシスで、三人は瓦礫の山をただ眺める。
「教えてくれないか。ヴァンさんとリィンの戦闘で、街の広範囲を破壊したんだろ。でも綺麗さっぱり元通りになってる。なんで僕の家だけ壊れたままなんだ……」
震える声のマキアスに、リィンが説明しようと口を開きかけて――それを制してユーシスが言った。
「ヘイムダルエリアの主格者はリィンだ。ならばリィンの認識が影響しているのだろう。お前はそういう不遇な目に遭う、遭い続ける、という認識がな」
「納得できるか! だったら認識を変えるんだ! 今すぐに!」
「簡単にできるなら、リィンもとっくにやっているはずだ。諦めるがいい。所詮は幻の建物だ」
「くそっ、せめて、せめて、あれだけは……!」
「なんだ? 言ってみるがいい」
「クレア少佐のブロマイドだ! かつてレックスから桁違いの金額で買い取ったあれだけは救い出してくれ! 創り直してくれてもいい!」
リィンが口を開こうとして、しかしまたユーシスが遮った。
「無理だ。それがどのようなものか知らないリィンに、そもそも創造できるわけなかろう」
「おかしいじゃないか! 僕の家は作れたのに!」
「どういう理屈かは知らん。それに、仮にそのブロマイドとやらがあったとしてもだ。ここまで瓦礫の下敷きになってしまっては確認のしようもない」
「そ、そうだ! 瓦礫の撤去くらいは認識一つで簡単にできるんじゃないのか!? そうだろう、リィン!」
「そう思うのなら見るがいい、リィンの表情を。無理だという顔をしている」
「うおおお!」
泣き崩れたマキアスが、ギリギリとゆっくり首だけをリィンに向ける。
「許さないぞ、リィン……」
一言もしゃべらせてもらえないまま、リィンはマキアスに恨まれた。
●
《★なかよし姉妹★》
「ヴィータ様、どうぞ紅茶を」
「あら、ありがとう」
シャロンはティーカップをヴィータの前に置いた。
居場所がはっきり決まっていなかったお姉さん組の内、スカーレット、クレアはバルフレイム宮に。シャロンは“囚われ”から解かれたヴィータと一緒に、第三学生寮を待機場所にすることになった。
「うん、おいしいわ。あなたの才能は結社よりもメイドとして活かした方が良かったのは間違いないわね。スカウトしたイリーナ・ラインフォルトの慧眼には感服よ」
「そう仰って頂けると。ヴィータ様も使徒よりオペラ歌手の方がお似合いだと思いますわ。復帰は考えていないのですか?」
「今はまだね。ところで私もこの寮に泊まって本当に良かったのかしら。警戒する人もいるんじゃない?」
「まさか。あらゆる方面からⅦ組へのご助力をして下さっていたヴィータ様です。とうに皆様も受け入れていますし、少なくとも害のある人とは誰も思っておりませんよ」
「嬉しいこと。でもあの子は違うみたいだけど」
ソファーの裏に隠れながら、こちらの様子をじっと窺っているのはエマだった。
「それはまあ、ずいぶんと言葉責めをしていましたので」
「ただの姉妹のコミュニケーションでしょ。頭を撫でるくらいのスキンシップと大差ないわ」
霧から解放されるにあたってのヴィータの願いは“エマをいじめたい”だ。そのご要望を叶えるべく、エマはミシュラムエリアでサンドバッグとなったのだった。
「実はわたくし、以前からヴィータ様に一度相談してみたかったことがありまして」
「あら、何かしら」
「アリサお嬢様のことです」
「ああ、あなたが仕えているラインフォルト家の。まだ《ロア=ヘルヘイム》では見つかっていないそうね?」
「学校エリアにはおられませんでしたから、心配は心配なのですが。……お嬢様はわたくしのことを姉のような存在だと仰って下さいまして。僭越ながらわたくしもお嬢様を妹のように思っております」
「素敵な関係ね。あ、もしかしてそれって……」
「はい。ヴィータ様とエマ様と似たような間柄かと存じます」
妹分。姉分。血は繋がっていないけど、姉妹としての絆は確かにある。
「こんなことを思うのはいけないことかもしれないのですが……わたくしもヴィータ様と同じで妹を――アリサお嬢様をいじめたくてたまらない時があるのです」
「いじめたらいいじゃない。何を我慢する必要があるというの?」
ヴィータはSだった。そしてシャロンもSだった。
「ですが、よろしいのでしょうか」
「よろしいに決まってるわ。妹を可愛がるのは姉の特権よ」
「可愛がると辱めるは同義と思っても?」
「常識よ。あと辱めると悦ばせるも同義だから」
「万が一それで嫌われてしまったら」
「それも一興」
「楽しみ方の一つであると?」
「早く再会できるといいわね」
「本当に」
朗らかに笑い合うお姉さん。
普通に会話が聞こえているエマは、ガタガタと震えて戦慄していた。
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《★不協和音ハーモニクス★》
ヘイムダルのカフェテラス。そこでは音楽に造詣の深い四人――エリオット、ヨシュア、エリィ、クレアがテーブルを囲んでいた。
「いつかちゃんと言わないととは思っていたのですが」
エリィは銀細工の施されたオルゴールを取り出して、卓上に置く。彼女が自らの認識を元に《ロア=ヘルヘイム》に呼び出したものだ。
「あ、もしかしてこれは……」とオルゴールを見つめるクレアに、「リーヴェルト社製のものです」と、エリィは重ねた。
「僕も、これを」
次にヨシュアが懐から出したのはハーモニカだった。
「何年も使い続けているのに、傷んだり音色がずれたりすることもなくて。さすがはリーヴェルト社の楽器ですね」
「そんな……」
クレアは照れたように微笑んだ。
「私は経営から離れて久しいですし、楽器開発に携わっていたわけでもありませんから……でも、大切に扱ってくださっているみたいで、とても嬉しいです」
「ただの楽器じゃない。僕の宝物なんです。ずっと救われてきました。これがあったから独りにならずに済んだのかもしれない」
「そうだわ、エリオットさんはバイオリンだったわよね。リーヴェルト社のバイオリンって使い心地はどうなのかしら?」
エリィはエリオットに話を振る。
「あ、その、僕のバイオリンはリーヴェルト社じゃないんですけど……」
それなりの変な空気になった。
●
《★れ・らなんです★》
頭がふらふらするが、ずいぶんと落ち着いてきた。夢から覚めたばかり――ではなく、家が壊れていたショックのせいかもしれない。
《ロア=ヘルヘイム》か。夢の異世界だと教えられはしたものの、まったく実感が湧かない。元の世界と感覚がまるで変わらないからだろう。
自分が囚われていた学校エリア。早い段階から覚醒していたというリィンから聞くに、ここは四番目のエリアだそうだ。
あらゆる“学校という機関”が融合した姿は異様と言う他ないが、その情景に少なからず懐かしさを感じてしまうのはなぜだろう。
いくつかあるグラウンドの一つに足を運ぶ。そこに少女の後ろ姿が見えた。スミレ色の髪をした少女。
「レンちゃんか?」
「あら? マキアスお兄さんも夢から覚めたのね。固有の願いに囚われたままだって聞いてたから、心配してたのよ」
声をかけると、彼女は振り向いて笑顔を見せてくれた。
「はは、申し訳ないな」
「むしろ私が生み出したエリアに囚えちゃったんだから、申し訳なく思うのは私の方だけどね」
「レンちゃんは一人で何をしていたんだ?」
「これといって特には。強いて言うなら感傷に浸っていたのよ。夕日に照らされたグラウンドって、わけもなく物悲しくなるでしょ」
「なんとなくわかるな。僕は嫌いじゃないが」
《ロア=ヘルヘイム》に朝、昼、夕の概念が生まれたのも、この学校エリアができてからだそうだ。
「……ん? レンちゃん、ちょっと背が伸びたか? どこか大人びたように見える」
「あー、だって私、お兄さんとは呼び込まれた年代が違うもの。1208年よ。クロスベル再事変の一年くらい後」
「そ、そうだったか。でもレンちゃんが成長してるのって、感慨深いものがあるな」
「マキアスお兄さんには昔から遊んでもらってたものね。だから私、お兄さんのことは好きよ」
「え、そうだったか?」
「もう、忘れちゃったの? 追いかけっこしたり、虹の実を一緒に探したり」
「んー……あー……」
思い出してきた。そうだ。そんなことがあった気がする。
「そういえば、一人で出歩いて大丈夫なの? ふらつかない?」
「大丈夫だ。散策がてらに来ただけだし。疲れたら転移で戻るよ。便利だよな、このシステム」
「ねえ、せっかくだからまたレンと遊んでくれない? あ、一人称が戻っちゃった。私と遊んでちょうだい?」
「ははは、レンちゃんもまだまだ子供だな。いいぞ、何して遊ぶ?」
「む、子供って言ったわね。慎ましやかなレディになったと自負しているけど……まあ、たまには童心に戻ろうかしら。昔みたいに鬼ごっことかどう? 私が鬼で」
「よーし、そう簡単にはつかまらないぞ。……待つんだ、レンちゃん、どうして鎌を出してるんだ?」
彼女を象徴する死神の大鎌を、肩にかついで微笑んでいる。にこにこと無邪気な笑顔で。
「私の技なんだけど、《レ・ラナンデス》というのがあるの」
「何回か見たことがあるな。駆け抜けて、一気に切り裂くあれだろう」
「そうそう。実はあのネーミングって、本当は《レン・ラン・アンド・デス》を省略した言葉でね。要するに“レンが走って相手を死に至らしめる”って意味なのよ」
「へえー……なんでそれを今言うんだ?」
「じゃあ三秒数えたら開始。早く逃げた方がいいわよ」
「い、いや、質問の答えは? レンちゃん!」
言いながら全力で逃げ出す。
「ふふ、やっぱりマキアスお兄さんはこうでなくちゃ。またいっぱい遊んでね?」
《レ・ラナンデス》が鮮やかに決まり、マキアスのメガネは真っ二つに両断された。
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《★太陽と月の狭間を渡る白ハヤブサ★》
元々クローゼはバルフレイム宮を間借りしていたのだが、リベール組のメンバーが増えるにあたって、待機場所を彼らと共にグランセル城に変えていた。
そのグランセル城のクローゼの私室に、アニエスは招かれている。
「紹介しますね。エステルさんとヨシュアさんです。お二人ともリベール所属の正遊撃士なんですよ」
「アニエス・クローデルです。クローゼさんには良くして頂いていまして」
アニエスが挨拶すると、エステルとヨシュアは朗らかに接した。
「こちらこそよろしくね! あたし達とも仲良くしてくれると嬉しいわ!」
「学校エリアでは色々とありがとう。迷惑をかけたね」
二人は学校エリアでアニエスのクラスだった。だから面識はあるということになるのだが、その時は“囚われ”としての認識だったため、改めての自己紹介となったのだった。
〝太陽のような彼女”と〝月のような彼”とクローゼから聞かされたことがあったが、まさにその通りの印象だ。
エステル・ブライト。ヨシュア・ブライト。
かの導力停止現象に端を発する《リベールの異変》は、カルバードにおいても広く知られる話だが、まさか彼らが事態解決の中心人物だったとは。
聞けばエレボニア、クロスベルでも活躍してきた実績があり、その筋では凄まじい有名人だという。
「それにしても《ロア=ヘルヘイム》ね。異世界に取り込まれる系は慣れてるけど、自分たちの認識ごと縛られるっていうのは今までにないパターンだわ」
「けど何もわからない状態から、よくここまで異世界のルールを解き明かしてきたと思うよ。アニエス先生も――あっ」
「ヨシュア、先生って言った?」
「囚われの時のクセで……はは、恥ずかしいな」
和やかなムードだった。クローゼも楽しそうにほほ笑んでいる。
しかしアニエスは冷や汗をかいていた。
ヨシュアさんとエステルさんは恋人同士。エステルさんとクローゼさんは親友同士。クローゼさんはヨシュアさんに告白して断られていて、エステルさんはそれを知っている。ちなみにクローゼさんは、まだヨシュアさんに対して小さな未練を引きずっている。
私はどうしたらいいのでしょう。いえ、どうしようもないのでしょうけど。
ただどういう気持ちで、この輪の中で談笑すればいいのでしょうか。
「そうだわ。お近づきの印に一緒に食事でもどう?」
「ああ、いいね。簡単なもので良ければ僕が作るよ」
「ええ? 一緒に作ればいいじゃない。あたしのオムレツは絶品よ」
「それは否定しないけど。もう少しレパートリーが増えたらいいな、なんて」
「ヨシュアがそう言うなら、ちょっとがんばっちゃおうかな……」
本人たちにそんなつもりはないのだろう。しかし横から見ていると、イチャイチャ以外の何物でもない。
クローゼさんは変わらずニコニコと笑っている。でも瞳が少し曇ってませんか? 私の気のせいですか?
「どうですか、アニエスさん。お二人とも素敵な方でしょう?」
「ええ、はい、何か軽食まで作って下さるそうで……」
「ふふふ」
クローゼはそっと耳打ちする。
「この世には勝ちヒロインと負けヒロインって概念がありまして」
「き、聞きたくありません!」
●
《★仲良くなりたい大作戦★》
一般的に使用する談話室とはいえ、バルフレイム宮のそこは来賓も招くれっきとした応接間であった。
宮殿住まいに多少慣れはしたものの、シェラザードにしてみれば気を遣わない場所の方が少ない。
「はあ、異世界ってのは悪くないかもね。お付きの人もいないし、堅苦しいドレスも着ないでいいし」
椅子に腰かけ、首を回す。
そのシェラザードの右ひざに、アルフィンがすり寄るように頬をつける。
「いつもシェラ姉様はお疲れでしょう。一挙手一投足に注目される場面も多いでしょうし、こういう時くらいはゆっくり休んでくださいね」
反対側の左ひざに、アルフィンとまったく同じ格好でエステルが頬をつけた。
「あたしがいなくて寂しい時とかない? シェラ姉ならいつでも連絡くれていいからね」
するとアルフィンが「ふふっ」と笑った。
「ご心配には及びませんよ、エステルさん。シェラ姉様のおそばにはわたくしがいつも控えておりますから、常に万全のサポートを心がけております」
「ありがとうございます、アルフィン殿下。ただ付き合いはあたしの方が長いですし、メンタル面のフォローなんかはより細かくできると思いますので」
「今現在、一緒に住んでいるのはわたくしですから、たくさんのことに気づけるのがやはりこのわたくしかと」
「年数って大事だと思うんです。阿吽の呼吸があるといいますか。あとあたしが最初に『シェラ姉』って呼んでるので」
「エステルさんは妹分で、わたくしは義妹です。『シェラ姉様』って呼ぶことは、むしろわたくしの方が正式みたいな感じでよろしくお願いいたします」
シェラ姉マウント取り合戦が始まった。
そんな二人の頭がぽかりと叩かれる。
「そんなことでいがみ合うのはやめなさい。それにね。あたしにとってはエステルもアルフィンも大切な妹なのよ。どちらが先も後もなくて、上も下もない。可愛い妹同士、仲良くしてちょうだい」
「シェラ姉~!」
「シェラ姉様~!」
エステルとアルフィンはシェラザードに抱きついた。
その光景を、離れた椅子に座ったセドリックが眺めている。会話に入るでもなく、無言のまま三人の掛け合いを見ていた。
シェラザードは彼に向けて、両手を広げる。
「良かったらセドリックさんも来る?」
「い、行きませんから!」
顔を真っ赤にして、セドリックは談話室から走り去ってしまった。
『ちいっ!』
なんらかの作戦だったらしい三人は、悔しげにその背中を見送った。
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《★主人公たる必須科目★》
「んー、ちょっと記憶が曖昧かなあ。でもああいう学校に通うって新鮮だったから、楽しかったって気持ちが強く残ってるかも」
エステル・ブライトは釣り糸を池に垂らしながら言う。
「俺は楽しかったっていうより、ずっと緊張していた気がする。警察学校のしごきがストレッチに思えるくらいに、フェリちゃん教官のご指導は鬼だった……」
ロイド・バニングスは釣り糸を池に垂らしながら言う。
「なんにせよロイドもエステルも、無事に夢から覚めて良かった。まだ《ロア=ヘルヘイム》攻略は中盤だ。二人の力が加わるならとても心強い」
リィン・シュバルツァーは釣り糸を池に垂らしながら言う。
「あの、兄様。私もこの並びに参加しても良かったのでしょうか? 場違いな感じがするのですが……」
エリゼ・シュバルツァーは釣り糸を池に垂らしながら言う。
マーテル公園の整備された溜め池である。
学校エリアから合流したエステルとロイドに、ここまでの経緯をリィンが説明するにあたって、そこはかとなく「どこかで釣りでもしながら話す?」みたいなノリになったのだった。
エリゼも一緒なのは、たまたまその場に居合わせたのと、トールズに入学してから彼女も釣りを嗜むようになったことが理由だ。
そんなこんなで四人横並びに釣り糸を垂らしている。この池に魚が泳いでいるのかは定かではなかったが。ちなみに釣竿は、それぞれの認識を元に呼び出したマイロッドだ。
「エリゼも在学中はけっこう釣りをやり込んだんだろ? 構わないさ」
「そうですか……では末席で楽しませて頂きます。お三方の話の邪魔はしませんので」
釣り仲間がそろえば必然的に各地での釣果や、釣公師団などからもらった釣師ランクの話になる。
「まあ、リィン君もロイド君もそれなりに釣り好きみたいだけど、あたしは年季が違うから。ダイナトラードを釣り上げたこともあるし。そうそう、爆釣十五番勝負を制した時の話もしてあげよっかな? ふふん」
ここは譲れないプライドがあるらしく、珍しくエステルがマウントを取りにかかった。
しかしロイドは引かなかった。
「悪いがエステル。俺は釣聖の称号を持っている。ギガルークとの闘いは死闘と呼ぶに相応しいものだったよ。もちろん俺が勝ったけどね」
火花散る二人を、リィンが仲裁にかかる
「待ってくれ。釣果を競うのは良いが、それで諍いになるのはどうなんだ。釣りは親睦の場だろう?」
正論で諭す。個性の塊であるⅦ組をまとめ上げてきた男の弁舌は淀みなかった。
「それは……そうよね。うん、ごめんね。あたしとしたことが、ついムキになっちゃって」
「いや、俺も大人げなかったかな。すまない」
「はは、こんな異世界に来てまでケンカはよくないしな。それにこう言ってはなんだけど、俺が釣ったグランレイクロードが一番大きかったと思う。そこは二人とも理解しておいてくれ」
咳払いのあと、リィンは“釣神”の称号たるバッジを、さりげなくチラ見せした。
火消しの水は、ただの油だった。
「ふ、ふーん? でも釣った数はあたしが一番じゃない? 言った通り、年季は一番だし?」
「いやいや、俺はセピス稼ぎのためにマインツ山道渓流でレインボウを狙い撃ちしたからな。生態系を破壊するくらいには釣り尽くしたぞ」
「種類の多さでは俺だろう。学生時代から各地の特別実習には、折り畳み式の釣竿を持参していたくらいだ」
立場や国は違えど、彼らはお互いをリスペクトしている。今だってあくまでも穏やかな会話だ。罵り合うなどあり得ない。だが水面下で確かにぶつかる、釣りの話なら引き下がれないという熱い主張。
「なあエリゼ。エリゼが釣った今までに一番大きな魚ってなんだ?」
「え、私ですか?」
埒が明かず、リィンはエリゼに話題を流した。
比較的釣り歴の浅いエリゼに、三人でアドバイスを与えたり、ノウハウを教えたりして、ちょうどいい感じの落としどころにする作戦である。
「えっと、あれですね。ホエール・オブ・ユニバースですね」
「ホエ……なに?」
「ホエール・オブ・ユニバース」
エンド・オブ・ヴァーミリオンみたいな字面のが出てきた。
「クジラ?」
「クジラ的なものではありました」
「釣ったのか、エリゼが?」
「はい、大変でしたよ」
ロイドとエステルは絶句している。
「ちなみにエリゼのランクは?」
「確か、聖天覇王爆裂大釣師だったかと」
『せっ、聖天覇王爆裂大釣師……!?』
★ ★ ★
――五枚目の破片に光が灯る――
前哨戦は終わりだ。
《夢の
全ての霧が晴れるのが先か、あるいは――