黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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 ☾第16話《ハートのエースは砂時計》~第18話《その観覧車は天秤に似て》の幕間☽


破片の五(16話~18話)

 

《★仲良くなりたいフレンドリーファイア★》

 

「君が無事でいてくれて嬉しいよ、クルト」

「自分もです、殿下」

 ミシュラムのレイクサイドビーチ。その波打ち際で向かい合うのは、セドリックとクルトだった。

 オリヴァルトとミュラーの間柄がそうであるように、ヴァンダール家は代々皇族の護衛を担う一族である。一時期はその任から解かれたこともあったが、今では以前の通り守護職として復帰していた。

 そういう家柄の事情もあって、彼らは幼少期からの仲だ。

 同い年ではあるものの、入学時期の違いからセドリックが一学年先輩で、クルトが後輩という形ではあるが、二人は気兼ねない親友だった。

「さっそくなんだけど、君に頼みがある。ずっと言おうと思っていたことなんだ」

「頼み? ええ、なんでもどうぞ」

「僕と殴り合って欲しい。要するにクルトとケンカをしたい」

「なぐ……?」

 クルトは言われたことが理解できていないようだった。

「わからないかな? 僕と殴り合いのケンカをしてくれ」

「で、できるわけないでしょう!?」

 重ねて告げると、ようやくクルトは血相を変えた。

「クルト。君は僕に遠慮しているだろう。一学年違うこともあるしね。でもそんなの気にしないで欲しい」

「それは……わかっているつもりです」

「はっきり言うよ。僕はクルトと……兄上やミュラーさんみたいな、ああいう気さくに話せる関係になりたいんだ」

「あれはあれで特殊だと思いますが……」

「君の生真面目な性格も承知してる。僕だって兄上みたいな陽気な人間じゃない。だから何かきっかけがあったらいいんじゃないかって」

「それで殴り合いのケンカですか。もう少しこう、別の何かがあるような……」

 セドリックはアルフィンのように友人を作ることに長けていない。心を開くまでに時間がかかる。

 そのように広いとは言えない人間関係の中で、クルトは特別に大事な友人だった。

 心の奥深くで繋がった親友ゆえに成り立つ、ミュラーとオリヴァルトのような掛け合いに憧れもある。

 かつてマキアスとユーシスが月夜の街道で取っ組み合いのケンカをして、それがオーバーライズ発動のきっかけになったとも聞かされていた。

 男同士の本気のケンカは友情を育むのだ。

「さあ殴るんだ。まずはセドリックと呼び捨てにした上で、阿呆と罵ってもらいたい。兄上が良く言われるようなスチャラカ皇子とでも揶揄してくれ」

「いえ、できませんって!」

「だ、だったら想像するんだ。えーっと、たとえば僕が君の大切な仲間を傷つけようとするところを。こう、ほら、ぐぐーって首とか締めたりさ」

「えぇ……殿下は絶対そんなことしないじゃないですか」

「うぅ……」

 とはいえセドリックの気持ちはわかっているらしく、クルトは渋々妥協した。

「じゃあこうしませんか? 殿下が先に僕を殴って下さい。そうしたら僕も殴り返しますから」

「え、本当に?」

「はい」

「でも僕が殴ったとしても、なんだかんだでクルトが遠慮して殴り返さないパターンあるよね。やっぱりクルトが先に僕を殴った方が確実だと思う」

「それを言うなら殿下が後攻になったとしても同じでは? 直前で僕を殴るのをやめたり、手加減したりするでしょう?」

「そんなことしない! 強く地面を踏みしめて、腰の入った右フックをちゃんとクルトの顔面に決めるよ!」

「お、思ったよりしっかりめの打撃だった……」

 なし崩し的に細かな打ち合わせが始まる。

「そういえばクルトって利き腕どっち?」

「右です。今さらですけどグーじゃなきゃダメですか? パーならまだソフトでは」

「パーだと殴り合ってる感でないよ。ケンカはグーだよ」

「ケガしたらどうするんです。せめて救急箱くらい用意させて下さい」

「ゼラムパウダーは持ってきたけど」

「さすがに高価過ぎます。そこはティアの薬で十分かと」

「アセラスの薬は?」

「瀕死になるまでやる気ですか……」

 そんなこんなで、全然ケンカができないまま時間だけが過ぎていった。

 

 ●

 

「お二人、何をやってるんでしょうね」

 先に殴るや、後で殴り返すや、不毛な言い争いを続けるセドリックとクルトを眺めながら、ミュゼは小首をかしげた。

「ケンカしたいって言ってたわ。現実世界じゃ周りの目もあるからできないし、せっかくの機会だと思ってとかなんとか。本当なら河原でやりたかったらしいけれど、《ロア=ヘルヘイム》では見つからなかったからビーチで我慢するって」

 アルフィンが深く嘆息し、エリゼも追従の吐息をつく。

「せっかくの機会ってなんでしょうね。殿方の機微は、私にはまだよくわかりません」

 聖アストライア女学院の“元中等部”トリオだった。後輩のミュゼが真ん中で、その左右を先輩のエリゼとアルフィンで挟んでいる。

 三人肩を並べて、ビーチサイドの砂浜に三角座りだ。

「ふふ、でもクルトさんとセドリック殿下の青春の一幕。これは捗りますね。そういえばアルフィン先輩は知ってます? 《G》の新作が発表されたこと」

「もちろん。中東を舞台にした《アーロニア王子と牛車のヴァンヌ》よね。一年後の発売というのが待ち遠しいわ。そうそう、ドロテ先輩の日常系ノベル《クリムゾンシンちゃん》も発刊数伸びてるって」

「まあ、それは朗報ですね。私、実はドロテ先輩の握手会行ったんですよ。その会場の入口に何があったと思います?」

「え、なになに?」

「目立たない位置にそっと添えてあったんです。一輪の紫色の薔薇が」

「そ、それって……!」

 盛り上がるミュゼとアルフィン。エリゼは二人の趣味をあまりわかっていなかった。有名な作家の小説であるらしいことは理解していたが、それらの作品を読んだことはなかった。

 あまりにも彼女らが熱中しているので、今度アルフィンから借りて試しに読んでみようかと思っている。

 ミュゼとアルフィンのテンションもようやく収まり、しかしクルトとセドリックは依然としてケンカの打ち合わせを続け、波の音だけが辺りに響くようになった。

 ふとミュゼが言った。

「そういえばリィン教官とまだゆっくりお話していませんでした。あとで会いに行ってきますね。お土産は……わ、た、し」

「やめたほうがいいんじゃない? リィンさんはお忙しいし。ミュゼに構っている時間なんてないと思うわ」

「姫様の言う通りよ。ちゃんと弁えてね。あとお土産は私とか意味わからないから」

 さっきまで優しかったのに、いきなり辛辣になった先輩たちだった。

「うーん、でもリィン教官も私とお話ししたがってるかもしれません。二人きりで、どこかの個室で」

 ミュゼは砂浜に『リィン教官LOVE』と指で文字を書く。

 それを即座にエリゼが削除した。

「相思相愛っていうのでしょうか。若い二人の熱い想いは誰も邪魔できませんし、するべきでもないと思うんです」

 ミュゼは懲りずに相合傘を描いて、左側に『みゅぜ』、右側に『りぃん』と記そうとした。

 瞬時にアルフィンがリィン側を消し、代わりに『いすら・ざみえる』と書き入れた。最強の魔煌兵と鎖で繋ぐわよ? という黒きロイヤルメッセージだ。

 それでもめげずに、ミュゼは『ミュゼ・シュバルツァー♡』と砂浜に深く刻む。

 速攻で両側から砂をかけられ、その文字は消滅した。

「あん、どうしてそんなに私をいじめるんですか? あ、ごめんなさい。嫉妬ですよね、わかりますぅ」

 しなを作り、悲劇のヒロインのような雰囲気を醸し出すミュゼ。

 アルフィンとエリゼはしっとりと微笑んだ。

「クルトさんやセドリックみたいにケンカしてみる? 今よりもっと仲良くなれるかもしれないわ」

「すばらしい案ですね。加勢しますよ、姫様」

「あの、二対一はちょっと……」

 

 ●

 

 

《★リィン教官は呼ばせたい★》

 

 教官にも色々なタイプがある。リィンは厳しくも優しいという、指導育成する立場の人間の理想と言える型だ。

 そしてその性格もあって、放任主義ではない。

 要するに生徒が困っていたら放っておけないし、あれこれと世話を焼くのである。そして別に生徒が困っていなくても、なんやかんやで世話を焼くのだ。

「あれ以降、ミリアムをお姉ちゃんと呼んでいるか?」

 トールズ第Ⅱ分校の生徒たちが待機場所にしているのは、学校エリアに再現されたリーヴスの寮だった。そのラウンジでアルティナをつかまえるなり、リィンはそう言った。

「いきなり転移でやってきたかと思えば、何を言うんですか」

 アルティナはかぶりを振ってその場をやり過ごそうとしたが、リィンは逃がさなかった。

「俺はアルティナにミリアムをお姉ちゃんと呼んで欲しいと思ってる」

「ミシュラムエリアでも言われましたが、なぜ教官がそこに執着するんです」

「ミリアムはアルティナにお姉ちゃんと呼ばれたがっている。わかるな?」

「それはまあ、察していますが……」

「だから呼ばせたい。ミリアムが喜ぶし、内心ではアルティナもそう呼びたいと思っている。だが恥ずかしくて中々素直に呼べない。当たらずとも遠からずといったところだろう?」

「観の目とは厄介ですね。そういうのをラウラさんとかアリサさんとか他のことに使えばいいのに……。でも時々は呼んでますよ。本当に時々ですけど」

「常時だ」

「圧が強い……」

「呼ぶんだ」

「いやです」

 そんな不毛なやり取りを続けていると、アッシュがラウンジに降りてきた。

「ったく、上の階まで声が聞こえてたぜ。チビ兎も何を強情になってんだか。別に姉貴を姉貴と呼ぶくらい簡単じゃねえか」

「他人事だと思って」

「他人事だからな。俺は読書の続きをしてくっから静かにしてろよな」

 階段を登ろうとするアッシュの肩を、リィンは後ろから掴んで止めた。

「お、おい、何しやがる」

「アッシュはヨシュアと幼馴染だ」

「だから何だよ……?」

「時々、昔の呼び方が出そうになっているのを知ってる」

「ま、まさか、てめえ! 離せ! 離しやがれ!」

 アッシュが振りほどこうとしても、リィンの力は強かった。

「俺はアッシュにもヨシュア兄ちゃんと呼ばせたい」

「くそっ、目がマジじゃねえか……!」

 

 ●

 

 

《★カーマニアは語りたい★》

 

「えー!? インゲルト社製《ナイトブレイカー》1204年モデルじゃないですか!」

 ノエルは両手を上げて喜んだ。

 導力車はもちろん導力バイクまで、乗り物全般が好きなのだ。

 ヴァンが車を持っていると聞き及び、ぜひ見ようとアークライド解決事務所エリアまで足を運び――そこで目にしたのがこのピックアップトラックだった。

「わ、わかるのか!?」

 車庫に案内したヴァンは、ノエルの反応に驚いていた。

「もっちろんですよ! 1204年モデルというのがまた渋いですよね! カラーリングも良いですし。あとこのモデルはフロントバンパーの形がちょっと違うんですよね!」

「おお! おおっ!」

「あ~、こだわったカスタムも結構してますね。わあ、エンジン周りまで。あ、すごい! このパーツって市場に出回らないのに!」

 あれこれ細部まで観察する。これは車に愛ある者の仕事だと、ノエルは感心してしきりにうなずく。

「やるじゃねえか。っと、名前は……」

「ノエル・シーカーと言います。クロスベル警備隊所属です」

「そうか、ノエル。中々見る目がある。バニングスといい、クロスベルには有能な警察官や警備隊が多いんだな。俺は行政付きの組織員は好きじゃねえが、お前さんは別だ」

「えへへ、ありがとうございます」

 ストレートに褒められたら照れてしまう。ノエルは頬を指でかきながら、はにかんだように笑った。

「少し運転してみるか?」

「いいんですか!? やったあ!」

 運転席に乗り込む。掃除が行き届いていた。芳香剤も拘っているようだ。無駄なストラップをがちゃがちゃ飾り付けず、シンプルにしているのも好感が持てる。

 アクセルを踏む。スムーズな動き出し。申し分ない。

「最高ですよ、ヴァンさん!」

「そうか、そうか! 警備隊辞めたら、うちの事務所に来るか? お前さんならいつでも歓迎だ」

「あはは、ヴァンさんは冗談好きですね」

 

 ●

 

「これは由々しき問題よ」

 と、事務所の陰からレンが言った。彼女の横からアニエスは顔だけのぞかせる。

 いつもの先輩後輩コンビだ。

「この泥棒猫、とか思ってる?」

「そ、そこまでは思ってませんが」

「じゃあどこまで? ねえ、どこまで?」

「知りません!」

 執拗な追及をかわしつつ、改めてアニエスはその光景を見る。

 ヴァンがノエルに愛車を運転させているのだ。

 まあ、それはいいだろう。アーロンやリゼットだって、何度かヴァンと運転を代わったことはある。

 しかしヴァン自らが“運転してみるか?”とその席に座らせたのは見たことがない。さらには――

「聞いたわね? ヴァンさんって馴染みの薄い相手にはファミリーネームで呼ぶじゃない。でも今は一発で“ノエル”って名前を呼んだわよ」

「確かに……っ」

 私だって出会った最初は“クローデル嬢”だった。それを自分から“アニエスでいい”って言ったから、名前呼びに変わった。

「ちなみに私は最初から“レン”って呼んでくれてたけどね」

「隙あらばマウントばかり取ってくる……」

 もう一つの気がかりは、アークライド事務所に誘ったことだ。

 アニエスに始まり、カトルの加入まで。彼は今まで一度たりとも自分から勧誘したことはない。真意はどうあれ、押しかけてきたのを渋々承諾した形である。

「これは間違いなく気に入ってるわ。ノエルさんのことを可愛がってる」

「可愛がるって言っても、妹扱いとかそんな感じでしょう。別にいいじゃないですか」

「じゃあ聞くけど。アニエスは妹扱い的でもいいから、あんなに可愛がられたことある? あれほど無邪気な笑顔で話しかけられたことある?」

「……ない……です……けど」

「ノエルさんって素直だもの。ああいう裏表のない『すごーい!』って反応がヴァンさんの心をくすぐるのよ。特にそれが共通の趣味ともなれば尚更のこと。アニエスはどう? むしろ口うるさくしてない?」

「……してる……かも……しれません」

 脱いだコートはすぐにハンガーにかけて下さい。読んだ雑誌は置きっぱなしにしてはいけません。寝るときはソファーではなくベッドで。フェリちゃんの教育に悪いから、アーロンさんとの怪しげな会話は向こうでお願いします。

 などなど。我ながら思い返してみると――

「アニエスのことだからお母さんムーブしてたでしょ? ママエスだったわけでしょ?」

「……はい」

「そんなんじゃあ、ヴァンさんも素直で従順そうなノエルさんを可愛がるに決まってるじゃない」

「うぅ~」

「あらあら、今度はうなりエスが出たわ」

 エスエス言って楽しんでるだけだ、この人。

 このままでは悶々と余計なことを考えてしまう。少し体を動かしに行こう。

 

 ●

 

 

《★穿ちエス★》

 

 精神の据え方。関節と筋肉の稼働。下支えとなる強い肉体。それらの心技体を根底にして、人が人の形を保ったまま、目的となる動きの合理性を理念の元に追求していく。

 それが武道だ。

 故に武道において求められる素養とは、理解、閃き、持続性。

 逆に天才とはそこから持続性を抜いても、理解と閃きのみで武の形を成立させられる者のことをいう。

 もっとも一定以上の実力を越えると、いかに天才肌の人間でも頭打ちにはなる。その線を越えて、さらに高みを目指すために必要なのは、努力と運と人間性である。

 その意味でこのアニエスという少女は、武芸事に秀でた素質を持っていた。

「もっと重心に気を払え。発勁にとって大切なのは、正面の敵に囚われて前のめりにならないことだ。常に足のつく地面と、力の流れる背中側の筋肉を意識しろ」

「はいっ!」

 アニエスの申し出に応じて、《ロア=ヘルヘイム》探索の合間に、構え型、打ち型の稽古をやらせて、はや数週間。

 延々と続く反復練習に不平不満を一切言わず、厳しく接してもまったくへこたれない。優し気な容貌とは裏腹に、相当芯が通った性格をしている。何より飲み込みも早い。

 そろそろできるか……?

「よし、では次はこれに手を添えるんだ」

「大きな皮袋……? 水が入ってるようですが……」

 その皮袋を手近な木に吊るす。ここは学校エリアのジェニス王立学院の裏手、カブトムシと戦いまくっていた雑木林だった。

 アニエスは言われた通り、皮袋の表面に手のひらを当てた。

「使ってみろ、発勁」

「えっ、だってまだ型しか……」

「型とは全ての基本だ。いいから、ほれ」

 半信半疑のまま、アニエスは腰を落とす。

 息を吐き、丹田に力を込め、大地を踏みしめ――

「ふっ!」

 パァンと皮袋の表面から弾けた音がする。

 それだけだった。

「ん……よくわからない手ごたえでしたね。やっぱり難しいです」

「いや……少し休もう」

 おい、できてたぞ、今。

 水に円状の衝撃が走って、皮袋の裏側が振動した。力の伝搬はまだまだ甘いが、基礎はしっかり身についている。まさかの逸材だ。

 適当に腰を下ろしての休憩中。雑談混じりにアニエスが聞いてきた。

「そういえばジンさんは、私たちと同じ1208年から呼び込まれてたんですよね? ヴァンさん側の縁ということで」

「ああ、そうらしい」

「ご自身で気づかなかったんですか? 《Xipha》も持ってましたし、記憶だって1208年時点だったんでしょう?」

「これが案外自分じゃわからんもんさ。誰だって自分の記憶を深く考察したりはしないだろ? あとはまあ……アークライドからの《幻夢の手記》の開示条項がスムーズに伝達されてなかったってのもあるが……」

「その辺はレン先輩もヴァンさんに指摘していました。人数が多いんだから、情報共有はしっかりしなさいって」

「だが、俺も気づけるような場面はいくつかあったんだよな……。そういう違和感に気づいてこその遊撃士だってのに。エレインにもお説教を受けたんだぜ」

「エレインさん、身内の方にもシビアなんですね」

「しっかりもんだよ、あいつは。責任感と使命感が群を抜いて高い。そこが少し心配にもなるがな。……さて休憩終わり。続けるか?」

「お願いします。あの……私ってどうですか? 武道に携わるのなんて初めてで」

「あー、うむ。中々筋はいいぞ。しかしだ。発勁を学びたいっていうお前さんの動機は、アーロン・ウェイの行き過ぎる行動を諫めたい……だったな?」

「はい」

「あくまでも武道というのは自衛のための技術だから、みだりに人に打っちゃいかん。わかったな?」

「もちろんです。前向きに検討します」

「だからそこは“はい”って言えよ……」

 ちょっと俺はマズいことをしてるんじゃなかろうか。

 だがアニエスはこれ以上は技を覚えられないだろう。その理由がある。

 少なくとも《ロア=ヘルヘイム》にいる限りは。

 

 ●

 

 

《★とりあえず欲しいのは★》

 

「私はまともに話せる自信がないわね……ノエルさんは?」

「エリィさんでもそうなっちゃうなら、あたしなんか立っていられないかもですよ……」

 グランセル城のテラスで、二人分のため息が重なる。

「あら? エリィさんにノエルさん。こんにちは」

 そのテラスにクローゼがやってきた。

 二人は礼をして、エリィが言う。

「クローディア殿下、お邪魔しています。申し訳ありません。いきなり来てしまって……」

「いいんですよ。現実の城ではないのですから、いつでも気兼ねなくご自由にお越しくださいね」

 転移を使えば基本的にどこにでも行けるので、巡回を兼ねての積極的な移動は推奨されていた。

 探索済みの場所やどこかのチームの待機場所であっても、違う目で見れば新たな気づきもあるかもしれない。そういう理由で、探索メンバーは日がなあちらこちらに飛び回っているのだ。

「ところでお二方は何の話をされていたのですか? 深刻そうなお顔をしていましたが……」

「あ、いえ、実はユリア様のことで」

「ユリア……様?」

 ノエルが彼女の名を出すと、クローゼは不思議そうに首をかしげた。

 ユリア・シュバルツ。

 リベール王室親衛隊の女性軍人で、クローゼにとっては姉のような存在でもあった。

「もしかしてお二人は、ユリアさんに興味がおありで?」

『はい!』

 清々しいくらいに元気な返事。目も輝いている。

 ユリアの凛々しいルックスと立ち振る舞いはもちろん、《アルセイユ》の艦長を務めた実績から、実は国内外問わず女性人気が高い。熱狂的なファンクラブまであるほどだ。

「まあ、その、ユリア様と会話する機会があったらどうなるかをノエルさんとシミュレーションしていたんですけど」

「お察しの通りといいますか、想像するだけでも緊張してしまいまして……」

「え? オリビエさんとシェラザードさんの結婚式に、彼女も警備として来ていましたよ? その時にお話はされなかったのですか?」

「近づくことさえできませんでした。50アージュ離れたところからお姿を拝見しただけで、膝が折れそうになりましたので……」

「それに警護任務中でしたし、ご迷惑かと……」

「なるほど……」

 クローゼは提案した。

「《ロア=ヘルヘイム》を脱出できたら、食事の席でも設けましょうか? 本当は気さくな人ですし、楽しくお話が出来れば――」

『吐きますよ!』

 異口同音に叫ぶ。

「……会食の場で吐いちゃうのはアレですね。でしたらこれはいかがです? グランセル城内にはユリアさんの私室も再現されていましたので、今からそこを見学して彼女の雰囲気に慣れておくというのは?」

『ユリア様のお部屋の空気だなんて、過呼吸になっちゃいますよ! 恐れ多くて絶対に無理です! ムリムリ!』

「そんな長台詞が一字一句そろうことってあります……? じゃあどれくらいならいいんですか?」

 エリィとノエルは顔を見合わせて、

『とりあえずブロマイド下さい』

「……持ってないですけど」

 

 ●

 

 

《★みっしぃ定例会議★》

 

 ミシュラムエリアのテラスに同好の士が顔をそろえている。

 ラウラ、ティオ、エレインによる〝みっしぃ定例会議”の始まりに、議長であるティオが言った。

「今日は最初に新メンバー加入の報告です。さあ、どうぞ」

「どうもー。エレインさんは初めまして。トールズ分校Ⅶ組のユウナ・クロフォードです」

 席から立ちあがったエレインは、ユウナと固い握手を交わした。

「エレイン・オークレールです。地元でみっしぃを長年応援して下さったこと、感謝します」

「えへへ、そんな」

「いいえ、帝国の占領下、みっしぃ文化を守り抜いたことは世界中から称賛されるべきことだと思います」

 エレインさんはカルバードの有名な遊撃士だそうだ。そんな人からクロスベルをここまで良く言ってもらえることは素直に嬉しかった。

 うんうん、みっしぃで繋がる平和の絆。とても素晴らしいと思う。あたしもこんな楽しそうな集まりに参加させてもらえて光栄だわ。

 でも、どんな話をするのかしら。みっしぃの可愛さとか魅力なら夜通し話せる自信があるけれど。

「では早速始めましょうか。本日のお題は“今後のみっしぃプロジェクトにおける諸外国進出への見通しと、付随するリスクについて”です。ぜひ忌憚ないご意見を」

 呼び出したホワイトボードに、ティオがテーマを書き込んだ。

「それではエレインさんから」

「みっしぃブランドはクロスベルのみに留めることが最善と考えます。それは先だっての《長靴をはいたみっしぃ》事件からもわかることでしょう。権利の範囲をはき違え、みっしぃへの解釈を愛なき者へ委ねたがゆえに、あのようなおぞましい作品が作られてしまったのです。キャラクタービジネスは理解できますが、無造作な外部流出は危険であると提言します」

「異議あり」

 ラウラが挙手した。ティオの指名を受け、難しい顔で語り出す。

「エレイン殿のご意見には概ね賛成だ。しかしクロスベルのみに展開範囲を絞るのは、みっしぃの可能性を潰すことにもなると危惧する。具体的にはご当地みっしぃストラップ等に代表される地域性を盛り込んだミニプロダクトだ。あれらがエレボニアやカルバードにおいて新たな種類が作られなくなるだけでなく、新規購入さえ困難になっていくだろう。この点に関して、エレイン殿はどうお考えか?」

「ラウラさんにも一理ある。ただやはり他国を絡めて事業拡大するというのはリスクが大きいと思う。いずれはそのご当地みっしぃだって、ちゃんと許可を得て作成している物と、無許可で営利目的に売り捌かれる物が乱立するでしょう。それは正しくみっしぃを広めたいという我々の理念からは大きく外れるものだわ」

「待って頂きたい。みーしぇとワルみっしぃはミシュラム本部の原案だが、メカみっしぃだけは一般公募からデザインされたものであろう。であれば厳正なルールを設けた上で、解釈の間口を一般に広げても良いのではないか」

「そのメカみっしぃだって世界観にそぐわないと賛否があったのを忘れたわけではないでしょう。一歩間違えればファン同士の暴動にも発展しかねない事態だった。人の定めたルールなんて、いずれ人自身が破るものよ」

「みっしぃを愛する者たちが争うなどあるわけがない!」

「愛するが故に争うことはあり得るのよ! 民間に平和しかないのなら遊撃士はいらないわ!」

「静粛に! 静粛に!」

 ヒートアップする論争を、ティオが収めた。

「ここは一つ、ユウナさんに話を聞いてみましょう。私たちとは違った視点を持っているはずです」

「それは確かにそうね」

「おお、生粋のクロスベル育ちの意見か。ぜひ」

 いやいや。何の話してるか全然わからないんですけど。そういうのってミシュラムの経営者とかがやる会議じゃないんですか。

 あたし、軽い気持ちで来ちゃった。何言えばいいのよ、これ。

 談笑の場でおしゃべりするくらいのつもりだったのに、世界情勢の命運を決める三か国会議で発言させられる心地だわ

「あ、えーと……だからあれですよね……みっしぃは、そんなことで怒らないんじゃないかなーって……あはは、なんちゃって?」

 ビタッと会話が止まる。視線が刺さる。やばい。今のは投げやりな発言に取られたかも。こ、殺される。

 クルト君は剣がんばってね。アッシュは生徒会長頼むわよ。アルはお姉さんと仲良くね。ミュゼは色々と自重しなさいよ。

 バイバイ、みんなと一緒に卒業したかったな……

 静寂の間はわずか、パチパチと拍手が沸き起こった。

「ふうむ、これは目から鱗だ。みっしぃは怒らないか。私たちの偏った意見に対する実に練り込まれたアンチテーゼだ。いや、感服した」

「そうよね、一番大切に考えるべきはみっしぃだったのに。みっしぃ視点からの鋭い指摘、これは頭を下げざるを得ないわね」

「そ、そうです! そんな感じです!」

 すごい補正がかかって、良いように変換してくれてる。

 その後もあれやこれやと二時間は話し合いを続けた後で、ようやくその会議は終わった。

 良かった、帰れる……。

 ティオ議長が締めの言葉を告げた。

「本日はこれで解散とします。次回の会議は明日の同じ時間に」

 え、毎日やってるんですか、これ。

 

 ●

 

 

《★未来への分岐★》

 

「へえ……やっぱ新しい分、トリスタの本校よりも綺麗だな」

 自分が通っていた頃は分校などなかったわけだから、その本校という言い方はどうしても呼び慣れない。

 クロウがやってきていたのは、トールズ士官学院第Ⅱ分校の食堂だった。

 適当な席の一つに腰かけて、一息ついた。

 自分の行く先を考える。以前から考えていたことだった。まもなくヴィータが結社を抜ける。俺も同様で、執行者の任も解かれる。

 今さら表世界では生きられない。猟兵にでもなって食い扶ちでも探そうかと漠然と思っていた矢先。

 スカーレットからトールズの教職はどうかと勧められた。

 まったく考えてもいなかったから、その時は冗談で流したが――まさかこの年齢になって進路に悩むとは。

「やっぱガラじゃねえよなあ……」

 改めて教壇に立つ自分を想像してみて、笑ってしまうくらいにあり得ない姿だった。そういうのはリィンとかトワみたいな真面目なヤツが似合う。スカーレットだってそうだ。あいつは根が真面目だ。

 残念ながら俺は違う。

「ねぇな、やっぱねぇよ……」

「なにが?」

 と、声をかけてきたのはフィーだった。その横にはミリアムもいる。

「ちびっこ組じゃねえか。どうした、こんなとこで」

「私はもうちびっこじゃないよ。ミリアムはあんまり変わってないけど」

「むー! フィーだって身長そんなに伸びてないし!」

 二人は分校の学食メニューに興味があって、ここに来たという。

 もっとも調理師までは創造されておらず、メニューを見たところでその食事が食べられるわけではなかったが。

 ちょうどいい。ちびっこ共に聞いてみよう。

「なあ、仮に俺が教師になったらお前らどう思う? 変か? いや、仮にだぜ?」

 フィーとミリアムはきょとんとして、顔を見合わせ、『別に』と声をそろえた。

「クロウだったら宿題忘れても許してくれそうだしね。昼寝も容認してくれそう」

「授業中のお菓子もいいんでしょ? えへへ、それだったらクロウが先生でいいよ」

 不純なチビ共め。よく卒業できたもんだな。まあ、それこそ俺が言えたことじゃねえが。

「おいおい、面白い話してんな?」

 さらにやってきたのはランディだった。

 そばにいて聞き耳を立てていたようで、クロウたちに声をかけてきた。

「知っての通り、俺はトールズ分校の教師として勤めていたことがある。その俺から言わしてもらえば、アームブラストは教師にならない方が良い」

「お? なんでだ?」

「だってほら、お前が教師になったら俺とキャラ被るだろ」

「被らねえよ……」

 

 ●

 

 

《★クレイズ・オブ・クレイジーズ★》

 

「よお……やっと見つけたぜ、エリオット・クレイジー」

 ミシュラムエリア、鏡の城の屋上テラス。気分転換に高いところでバイオリンを弾こうとしていた時に、アーロン・ウェイは現れた。

 どうやらずっと探されていたらしい。

「クレイジーじゃないってば。えっと、僕に用事かな?」

「ああ、いくつか質問に答えてもらう」

 ひどく真剣な表情だ。ミストマータ関連だろうか? あれのことは僕にもわからないと言っておいたはずなのに。

「アンタ、今ここで何をやろうとしていた」

「ちょっと演奏をね。こんな場所で思い切り弾いたら気持ちいいかなって」

「高所から他人を見下しながら、気持ちよく思い切りエクスタシーだと……」

「うん、言ってないね」

 あれ、この感じ、まさか。

「バイオリンなんざ持ち出して、何が目的だ?」

「だから演奏だって。しばらくぶりだから、メンテもしようと思ってるけど」

「ご無沙汰だから、いじりまくってやろうと思ってただと……」

「うん、ニュアンスが違うね」

 絶対フィルターがかかってる。幾度となく経験してきたあの厄介なフィルターが。

「やっぱとんでもねえ。バイオリンのくびれに興奮するのは当たり前。もはやトロンボーンのスライド管の前後運動にさえ情欲を催す男ってことか」

「例えがひど過ぎる……」

「おい!」

「は、はい」

 アーロンは《猛将列伝》を力強く差し出した。

「サインくれ――あ、いや、下さい」

「………」

「わかってる。ただとは言わねえ。手づから作ってきたもんだ。これを納めてくれ」

 渡されたのは白い紙箱。

「え、怖い。何が入ってるのさ?」

「オレの持てる技術を総動員して作った、ボイン型肉饅頭だ。名付けて“猛将まん”。三日三晩の思考錯誤を繰り返し、形と弾力にこだわり抜いた極上の逸品だぜ。絶対に満足してもらえる」

「あ、あの……」

「心配すんな。ちゃんと二個でワンセットだ」

「そこは何となくわかってたけども!」

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 ――六枚目の破片に光が灯る――




《話末コラム①》【マキアスとユーシスの殴り合い】

 十月戦役のケルディック焼き討ちでショックを受けたユーシスは、仲間たちから離れて単身で父の滞在するオーロックス砦へと向かった。
 その道中にマキアスが現れ、二人は取っ組み合いの大ゲンカをした。それをきっかけにユーシスの心の曇りは晴れ、やがてはⅦ組初のオーバーライズへと至る。
 しかし以降のケンカがなくなったわけではなく、それなりに諍いは発生していた。
 見かねたエマが「そろそろやめましょうか。ね?」と、怒る一歩手前の笑顔を見せると大体二人とも引き下がって大人しくなる。

 ★

《話末コラム②》【《ロア=ヘルヘイム》における巡回行動】

 新たな気づきや情報収集、“囚われ”の捜索をするために《ロア=ヘルヘイム》の巡回は、解放されたエリアを含めて頻繁に行われている。
 違う視点で物事を見た方が新たな発見も得られやすいという理由から、同行メンバーを変えたり、普段絡みが少ない人とタッグを組むことも少なくない。
 それはコミュニケーションにもつながり、全員で行動するメインエリア攻略の際の連携強化にも役立っている。

 ★

《話末コラム③》【《ロア=ヘルヘイム》の地図】

 探索メンバーからの報告を元に、《ロア=ヘルヘイム》のマップは作られる。
 現在地図作成を主に担っているのはシェラザード。細かな事務仕事は意外にきっちりしていて、拠点の位置や距離の縮尺はかなり正確に仕上げている。
 探索率が一定値を越えるごとにご褒美のアイテムをもらえる――わけではない。

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