黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
《★白霧の先に視えるもの★》
ヘイムダルエリアには東方人街のような区画もできていた。おそらくクロスベル市の東通りが融合されているのだろう。
その街路に面した屋台の一つで、ジュディスとリーシャは肩を並べていた。
「かんぱーい!」
「乾杯」
互いのグラスを重ね、ぐびりと喉を潤す。
この東方人街には人通りが多くあった。想像、あるいは創造された幻影の人間たちが自由に歩き回っている。
屋台の店主も再現されているので、酒も出してくれるし、つまみも各種そろっていた。もっとも夢の世界でアルコールが体に作用するわけはないので、酔うと思えば酔う、といった現象が起こるのだという。まったく難儀な異世界だ。
「ねえ、ジュディス」
「なに、リーシャ」
「殺して」
「なに言ってんの? まだ囚われてんの?」
「囚われてないから問題なの」
「あー、アレね。あたしからできるフォローはないわね」
「あ~もうー! うぅ~!」
台に額をこすりつけてリーシャはうなった。うなりーシャだ。
「恥ずかしすぎる。自刃する」
「そんなんで死んでたら、命がいくつあっても足りないわよ!」
伝説とまで謳われた凶手の死の理由が、想い人の前での醜態だなんて、後世にどう語り継げばいいのよ。
まあ、わかるけどね。
本気の勝負が始まると誰もが固唾を飲んで見守る中、仮にも舞台に立つ人間とは思えない三文芝居をかました挙句、『負けたのでロイドさんにもらわれます』と地面に転がったのだ。
確かに死ぬほど恥ずかしい。しかもリーシャの待機場所は特務支援課事務所という罰ゲームのような配置だ。クロスベルチームに属するわけだから、当然と言えば当然だが。
「ご主人、もう一杯ください!」
グラスの底を台に叩きつけ、代わりに差し出されたグラスを秒で空にする。
「ペース早過ぎだって」
「だって酔わなきゃやってられないもの! ひっく、うええええん! 変なとこロイドさんに見られたあ~! もし嫌われたら……わあああん!」
「あ、あんた泣き上戸だったの?」
いや、聞いたことがある。リーシャは幼少からの訓練で毒の効きにくい体質になっているという。その影響でアルコールの巡りも遅く、ほぼ酔わないのだとか。
しかしここは《ロア=ヘルヘイム》。認識の世界。
酔うと思えば酔う。酔いたいと思う分だけ酔う。つまりリーシャは、生まれて初めて酒に溺れている。
「ちょっと水飲も? ほら」
「いらない! ジュディスには私の気持ちなんてわからないわ! もう知らない!」
「次は怒り上戸!? ねえ、落ち着きなさいって」
「もうどうでも良くなってきたかも。……ふふ、逆に笑えてきたわ。あはははっ!」
「今度は笑い上戸……あんたがそんなに陽気に笑うとこなんて初めて見たわよ」
リーシャは普段から自分の心を抑制している節がある。そのタガが外れて、感情のコントロールができなくなっているのかもしれない。
ジュディスは話題を変えることにした。
「覚えてるなら教えて。ウルズフロアの戦闘でさ。最後にあたしの名前を呼んで、爆発から遠ざけてくれたじゃない。どうしてあたしのことを認識できたの?」
「……よくわからない」
「そっか」
「でもジュディスが私を呼ぶ声はずっと聞こえてた。私の為に怒ってるのもわかってた。でも思考に白い霧がかかったみたいになっていて……」
「霧?」
また霧。
そういえば“囚われ”にまとわりつくのは白い霧だが、
「ジュディスの言葉に心が揺れた瞬間があって、その時だけは霧が晴れてジュディスの姿が見えたの」
「………」
《ノルンの工房》は想い人だけを――愛情を核として認識が固定されると、そう思っていた。
だが愛の感情にも様々な形がある。恋愛。自愛。物愛。家族愛。
そして、友愛。
友としての絆が〝囚われ”の縛りを越え、あたしをあたしとして認識したということ……?
「ジュディス?」
「なんでもないわ。愚痴ならいくらでも付き合ってあげるから、ずーっと押し殺して長年ため込んできたものを存分に吐き出しなさいよ」
「……ありがと」
「ん、親友だからね」
●
《★猫ならざる★》
「三つの城が融合してるとか……すごい異様ね」
城門前から見上げる少女形態のセリーヌは、グランセル城、バルフレイム宮、ローエングリン城からなる、空に向かって並び立つ幾重もの尖塔に圧倒されていた。
「すごいでしょう? とりあえず今の時点でわかっていることを伝えるから」
エマは判明した《ロア=ヘルヘイム》のルールを説明した。
「ふーん、霧に囚われる夢の異世界ね。アタシの知る限り、どんな伝承にもそんな記述は載ってない。聞いた事もない。相当イレギュラーな空間よ、ここ」
「ええ。おばあちゃんのミストマータも出現したくらいだし、これからどんな敵対勢力が出てくるかわからない」
おばあちゃんは倒せなかった。もう少しで胸の金の歯車を砕けたのに。ガイラーさんの邪魔が入ったせいだ。
まさか異世界に来てまで、狂い咲きの用務員の妨害を受けるとは。もはや私にかけられた呪いではなかろうか。
「で、残るエリアは二つだっけ?」
「え? ええ、そうよ。メインエリアは七つ。街、城、ミシュラム、学校、工房の五つを攻略済みだから」
「とっくに後半戦ってことね。はあ、もっと早くにアタシも夢から覚めてればね……」
そこに関して、気になっていることがあった。
攻略中に起きた様々な出来事から、おそらく《ノルンの工房》は情愛を絡めとるエリアという推察が立っている。
それを知ると囚われていた本人たちは恥ずかしいだろうから、その辺りは適当にごまかしているが。
ティータはわかる。アリサもわかる。ジョルジュもわかる。
ではセリーヌは?
「ねえ、セリーヌ。もしかしてあなたって、恋をしていたりするの?」
「はあ!? 意味わかんないこと言わないでよ!」
「まあ、そうよね。セリーヌは恋とかしないわよね」
「それはそれでなんかムカつくんだけど……」
ならばなぜセリーヌは囚われていたのだろう。
彼女は特定の誰かを認識していたわけではなく、ヴァンたちの名前も覚え、あれこれと世話を焼いていたらしい。
そう、愛情には様々な形がある。恋愛。自愛。物愛。家族愛。友愛。
そして人への親愛。
「人間に興味を持って、好きになってきたとか?」
「そんなわけないでしょ! 人のことなんか知らないわよ! 別に興味なんかないし、勘違いしないでよね!」
「わかりやすい……」
●
《★リィン教官は呼ばせたい seasonⅡ★》
「二チームとも準備はいいな?」
トールズ本校のギムナジウム――その練武場である。
リィンが最終確認をすると、赤チームであるミリアムとヨシュアは気合もばっちりに応じた。
「がんばろうね、ヨシュア! 絶対勝つよ!」
「任せてくれ、全力を出すつもりだ」
対する青チームはアルティナとアッシュだった。
「負けられませんね。相手は典型的なパワーとスピードのコンビです。こちらも連携を取って、うまく立ち回りましょう」
「くそっ、なんだって俺までこんなことを……!」
ミリアムたちと違い、こちらの士気はどこか低い。リィンに無理やり連れて来られたのだ。
「ではルール説明だ。シンプルに二対二の模擬戦で勝敗を決める。ミリアム、ヨシュアチームが負けた場合は、この練武場の清掃を。アルティナとアッシュが負けた場合は――」
凄みのある声でリィンは告げた。
「アルティナはミリアムを“お姉ちゃん”と、アッシュはヨシュアを“お兄ちゃん”と呼んでもらう」
二人はぶんぶん首を振った。
「意義ありです。私たちのペナルティが重いと思います」
「そうだ、おかしいだろーが!」
「一切の抗弁は聞き入れない。これは決定事項だ。俺の全権限を総動員し、絶対的に遂行されるものだ」
圧が強すぎる教官だった。
ミリアムはともかくヨシュアもまんざらではない様子で、この戦いに臨んでいたりする。
勝ちたい赤チームと、負けたくない青チームが対峙する。
「先手必勝だ! 行くぜ!」
先制攻撃を仕掛けようとしたアッシュに、リィンはホイッスルを吹き鳴らした。
「俺が『始め』という前に前に出た。青チーム、ペナルティ1だ。ちなみに5つたまったら無条件で敗北とする」
「はあ!? んなの聞いてねえぞ!?」
「審判への不当な抗議。青チームペナルティ2だ」
「ぐっ……」
「ここは我慢しましょう。追加ペナルティを受けかねません」
アルティナに引き戻されるアッシュ。
改めて『始め』の号令がかかり、二チームが激突する。しかし、
「二秒以上地面に手をついた。青チーム、ペナルティ3」
謎ルールが次から次に出てきて、
「戦術殻によるトランス禁止違反。青チーム、ペナルティ4」
あっという間にペナルティが増えていった。
ミリアムが召喚したアガートラムがハンマーと化し、アッシュを勢いよく吹っ飛ばす。
アルティナが反則を訴えた。
「あ! ミリアムさんもトランスを使いましたよ。反則なのでしょう。リィン教官、判定を……リィン教官?」
「ん、なんだ? 靴ひもを結んでいたから気づかなかったな」
「審判のジャッジが著しく公平性を欠いているんですが……うぎゅっ」
飛ばされたアッシュが戻ってきて、アルティナを米俵のように肩に担いだ。
「だー! やってられっか、こんなもん! 出来レースも大概にしやがれ!」
「抱え方に文句はありますが、戦術的撤退を推奨します。ごーごー」
二人は逃げ出してしまった。「あっ、ヨハン……」と言いかけたヨシュアは口をつぐみ、「アーちゃーん!」とミリアムはうなだれる。
「大丈夫だ、連れ戻してくる」
言うが早いか、リィンはアッシュたちを追走した。
「しっつけえぞ、シュバルツァー!」
「ブリューナクで焼きますよ。一応、最小出力にはしておいてあげますけど」
「こうなったら力づくで呼ばせるしかないな。おとなしくしてもらうぞ」
「教官のセリフじゃねえ!」
「やっぱりブリューナクの出力最大で」
「神気合一」
まもなくギムナジウムの外に、激しい戦闘の音が響き渡った。
●
《★命の雫★》
学校エリアに再現された第Ⅱ分校の学生寮。そのキッチンから、苦しげなうめき声がしていた。
「がっ、は……くっ……うぅ……」
息も絶え絶えにコップに水を注ぎ、一気に飲み干そうとして――しかし体が受け付けず半分以上も吐き出してしまう。
「こんな……ここまでとは……今日のは、すごい……っ」
空になったコップを床に落とし、クルトは両膝をついた。そのままうつ伏せに倒れ込む。
限界だった。《ロア=ヘルヘイム》で命を落としたものは現実世界に帰還することなく、その意識は永遠に消滅すると《幻夢の手記》に記されている。
僕がその最初の一人になるのかもしれない。
なんだろう、ここに呼び込まれる前に何か――そう、何かとても大切な約束があった気がするのだが……。
それが思い出せないのは記憶の混濁があるからか、あるいはつい先ほど口に入れたラウラの最新作手料理が、胃の中で猛威を振るったせいか。
「クルト君!? だ、大丈夫!?」
偶然キッチンにやってきたユウナに見つけられた。彼女は血相を変えて、クルトを抱え起こした。
「どうしたの? すぐに誰かを呼んでくるから!」
「ああ、いや、大丈夫だ。ちょっと煉獄に行っただけというか、やっぱりリィン教官はすごいんだなというか……」
「意識が朦朧としてるわ……どうしたら……」
「本当に問題ない。ただ少しだけ、ほんの少しだけ胃が荒れていてね……水分もまともに取れなくて……」
「わかった。待っててね」
クルトを椅子に座らせると、ユウナはエプロンを着けた。
キッチンに立ち、慣れた手つきで鍋を沸かす。
ほどなく卓上に差し出されたのは、一杯のお粥と温かなスープだった。
「食欲ないかもだけど、これなら食べられる?」
「……頂きます」
震える指先でスプーンを持ち、お粥をすくって口に運ぶ。
優しい味だった。
「ク、クルト君……なんで泣いてるの?」
「え?」
無意識に涙がこぼれていた。
「わからない……はは、なんだ、これは……あまりにもおいしかったから……」
「あの、味付けは塩だけなんだけど……」
「ユウナは料理が上手いんだな……うっ、うう、まだ生きられるんだ、僕は。……空の女神よ、今日の糧に感謝します」
「反応にすごい困る!」
●
《★さんかくしかくまーる★》
「ねえ、エリゼ。わたくしたちってズッ友よね。恋バナしちゃわない?」
また姫様が変なことを言い出した。
ずっと親友だから恋愛のお話をしたいわ、ということなのだろうけども。
「なんですか、藪から棒に。それに色恋沙汰の雑談でしたら、姫様とはかなりの頻度でしていますが」
「かたい、かたーい。わたくしたちは年頃の女子なのよ。もう話題って言ったらコレしかないでしょう」
「そんなことはないと思いますが……あまり大きな声を出さないで下さいね。向かいは兄様のお部屋なんですから」
第三学生寮の二階、エリゼの部屋である。クロウが張り残していたグラビアポスターは焼却処分済みだ。
時々アルフィンはこうして他愛のない話をしにやってくる。
「でもリィンさんと近い部屋で羨ましいわね。何かドキドキイベントとかないの?」
「別にないですよ」
「眠れない夜に『兄様、一緒に寝て下さいませんか』みたいな感じで、枕だけ持って突撃とか」
「しません」
「逆にリィンさんが『ムラムラして眠れないんだ。一緒に寝てくれ』みたいな感じで、息も荒く押し入ってこられたりとか」
「ありません」
「つまらないわ。まるで予定のない休日のよう」
「姫様には何回も言っていますが、兄様と私は兄妹ですよ? 血縁の関係がないというだけで、れっきとした兄妹なんです」
「特別な感情はないのかしら?」
「それは……」
エリゼは浅く吐息をついた。
「ないこともない……と思います。でもやっぱり私にとっては兄様で、兄様にとっては妹でしかないんです。それに思慕ではなくて、憧れとかに近いような感じです」
「じゃあわたくしがリィンさんにアタックかけてもいいってことよね?」
「ダメです。妹の立場としての独占欲はありますので」
「面倒エリゼ。エリゼが工房エリアに囚われてなくて良かったわ。攻略の難易度が三割増しの予感がするもの」
「私からすれば、姫様が学校エリアに囚われてなくて良かったです。攻略の面倒さが五割増しになっていたと思いますから」
「言ったわね」
「知りません」
ここまで明け透けにものを言うのもアルフィン相手だからだ。
そう。ずっと私だけの兄様でいて欲しいという、身勝手な独占欲。
ありていに言って兄様はモテる。
灰の騎士として帝国中に名前が知れ渡ってから、それは特に顕著になった。よく雑誌にも取り上げられるし、英雄なんていう耳障りのいいキャッチフレーズもついている。
街中を歩けば、声をかけられない日はない。
いったいどれほどの悪い虫を追い払ってきたか。トールズ一年目は“緋の呪い”に侵食されていたこともあって、割と本気で消し炭にするほどの殺意の眼光で睨みつけていたりもした。
ええ、まあ、あの頃は私も若かったです。今も若いけど。
「この際よ。エリゼは身近でお手軽な相手で手を打ったらどう?」
「え、誰かいます?」
「セドリックがいるじゃない」
「エレボニアで一番お手軽じゃない方ですけど」
第一皇位継承権のある、いわば次期皇帝だ。
トールズのクラスメイトとして接し、今では砕けた会話もする仲だが、本来それは決してあり得ない相手である。
「たとえば。たとえばよ? 皇族の立場とかそういうの全部抜きにしたとしたら、セドリックは異性としてどう思うの?」
「そもそも想定が不敬ですし、考えたこともないですが……」
入学当初は正直、優柔不断なところはあった。優しいけれども、色々なことに気を遣って、遠慮して、結局一歩を踏み出さない煮え切らなさがあった。初めての物事には手を出したがらない臆病さもあった。
弱腰、という言葉でまとめられるのかもしれない。
でも、私の呪いを解くために全力で戦い抜いてくれた。
帝都の空で《エンド・オブ・ヴァーミリオン》と共に消滅するつもりだった私の元に、銀の騎神の起動者となってまで駆けつけてくれた。
追い返そうとした私の攻撃を受けて傷だらけになっても、必ず君を連れて帰ると力強く叫んでくれた。
格好良かった……と思う。
「ね? どう? 悪くないでしょう?」
「な、なにがですか。この話はもう終わりにしますよ!」
「だって、エリゼとセドリックが結ばれるとしたら、わたくしとエリゼは義姉妹になるじゃない? そしてセドリックはリィンさんの義弟になるじゃない? さらにわたくしとリィンさんが結ばれたら、もはや盤石じゃない?」
「最後のは認めませんから」
「かたい、かたーい」
●
《★運命の形に差し込む鍵★》
湖に浮かぶ半球状の施設だと思っていたが、水中に隠れた地下区画――ウルズフロアはお椀のような形をしているらしい。
つまり《ノルンの工房》の全体像は球体だったのだ。
「考えごと?」
「あっ」
レイクサイドビーチから工房を眺めるティータの後ろで、レンがすみれ色の髪を風に揺らしていた。
「レンちゃん!」
「わっ、もう」
わしっと抱きつく。
紆余曲折ありながらも、ティータとレンは親友と呼べる関係だった。
「この世界のことは聞いた? エリアの主格者だったなら疲弊しているでしょう? 私もそうだったから、様子を見に来たの」
「もうそんなにしんどくないよ。わたしが工房の主格者で、レンちゃんが学校の主格者なんでしょ。えへへ、気が合うね」
「気が合うって言うものなのかしら……。そうそう、工房の鍵をヴァンさんに渡して――それがフェリちゃんに渡って、《ノルンの工房》が《フェリちゃんの工房》に変わったって聞いたのだけど」
「そうみたい。でも工房内のことは普通に把握できちゃうんだよね。権限の一部委譲って感じなのかな。レンちゃんもそうなの?」
「私は学校だからね。委譲できるような権限って別にないし。“ディースの証明”っていうネームプレートをヴァンさんに渡しただけよ」
「主格者だけが持ってる不思議なキーアイテム……。あのね、わたしが持っていた工房の鍵――“フリッグの鍵”っていう名前だったのも今思い出したんだけど……あの鍵、誰かからもらった気がする」
「誰かって……誰?」
「それが思い出せないよ……」
人同士の縁とは円であり、運命とはそれらが密接に絡み合って立体的な球となる。故に《ノルンの工房》は球体をしているのだと――わたしに鍵を渡してきた“誰か”に教えられた気がする。
「レンちゃんの“ディースの証明”は最初から持ってたの?」
「……いえ、そう言われれば、いつから手元にあったのかが定かではないわね。このことはヴァンさんに報告しておくわ。何かのヒントになるかもしれない」
「ヴァンさんって、あのちょっと怖そうな人?」
「怖くないわよ。むしろ優しすぎるくらい。ああ見えて大の甘党だし。ふふ、まあ優しいのは私にだけかもしれないけれど?」
「あっ、レンちゃんってもしかして……」
「なによ」
「聞きたいなあ、レンちゃんとヴァンさんのこと。どういう関係なのかなあ――ふむっ」
レンはティータの口元に指をあてた。
「私だって聞きたいわ。工房エリアの空で、アガットさんから何をささやかれたのかを」
「ふえっ!? い、言えないよ!」
「あら、なんで? ズッ友でしょ? 恋バナしましょ? ティータが言ったら、私も言うから」
「ズッ友……あれ?」
ティータは訝しげにレンを見つめた。
「レンちゃん、なんだか大人っぽくなってない? 大きくなってない?」
「あー、今気づいたの? 私、七耀歴1208年から来てるの。ティータは1207年だから、成長に差が出てるのは当然よ」
「ず、ずるいよ!」
「そう言われてもねえ。だったら1208年のティータがどんな姿になってるか教えてあげましょうか?」
「知りたい! アガットさんに教えたら、大人の女性として見てくれるかな……」
「それはもう出るとこ出てる立派なレディーに――待って、アガットさんに教えるの? どうしようかしら……」
「ダメなの?」
「だってアガットさん、ティータが大人に成長したら興味を失っちゃうかも」
「どういう意味かわからないよ」
●
《★恋の黒幕★》
「待ってよ、アガットくぅん」
「どこに行くんだい、アガットくぅん」
オリビエとジンが、アガットを追いかけ回している。
耐えかねて転移で別のエリアに逃げても、どうやって嗅ぎつけるのか必ずやってくる。執拗に、どこまでも追跡してくるのだ。
あちらこちらに飛んだ挙句、グランセル城のテラスにまで追い詰められて、とうとうアガットは観念した。
「だー! もうなんなんだよ!」
「要件は言ったはずだよ、アガットくぅん」
オリビエがニヤつきながらにじり寄り、
「とっとと吐いて楽になっちまおうぜ、アガットくぅん」
ジンは拳をぱきぱきと鳴らしながら間合いを詰めてきた。
「さあさあ教えたまえよ。あの時、ティータ君に何を告げたのかをさあ」
「俺たちにまで内緒だなんて水くさいよなあ? リベールの異変を共に駆け抜けた仲だろ?」
「……言わねえ」
『なっ、なんっだってえ!?』
オーバーリアクションで二人は空を振り仰いだ。
「おいおい、聞いたか、オリビエ。あろうことか俺たちにも言えないと」
「信じられない。信じられないよ、アガット君。カレイジャスが爆散した時くらい信じられないよ」
「どんだけだよ……」
ダメ元でもう一度転移を――と思ったが、機先を制するようにジンとオリビエが両側から肩を組んできた。
「つれないなあ。僕たちズッ友だろう?」
「恋バナしようぜぇ」
「くそっ、誰か……!」
ジンから恋バナというワードはなんだか聞きたくなかった。最近、アニエスに発勁を教えているそうだから、女子高生のノリが混じってしまったのかもしれない。
ジン・ヴァセックと女子高生の融合とか、前代未聞のモンスターが誕生してしまう。即行でギルドに討伐依頼が張り出されるに違いない。
「あら、皆さんおそろいで」
テラスにクローゼが姿を見せた。
「おお、クローゼ! 助けてくれ、埒が明かねえんだ」
「最近は女性メンバー同士の結束も高まってきまして、独自の情報網を構築していたりするんですよ。ほら、広範囲に巡回とかしてるじゃないですか」
「なんの話だ?」
クローゼは《ARCUS》を取り出すと、にっこりと微笑んでみせた。
「どうしてアガットさんの逃げた先が全部わかったか、知りたいですか?」
「俺に味方はいねえのか……」
●
《★リミットオブハート★》
アークライド事務所を出たところで、ヴァンの姿を見かけた。
彼は愛車の前で立ち尽くしたまま、石像になったみたいに動かない。
「車の手入れでもしているの?」
歩み寄って声をかけたエレインに、ヴァンはそれこそ動く石像のようなぎこちなさで振り返った。
「……エレインか。見ろ、俺のピックアップトラックを」
「ええ、見たわ」
「感想は?」
「ピックアップトラックね」
「違う!」
「きゃっ!?」
急に怒るから驚いてしまった。
ヴァンが私に大声を出すなんてまずない。ちょっと心臓がドキドキしている。
「……悪い、取り乱した」
「別にいいけど……それでどうしたの。車に何か問題が?」
「乗れ。そうすりゃわかる」
「急に何よ。あ、待っ」
機嫌の悪そうなヴァンが半ば強引にエレインを助手席に座らせた。そして自分は運転席につく。
「説明くらいしなさいよ。ねえ!」
「黙って前見てろ」
「……もう」
私に対して苛立ちを露わにするというのも記憶にないことだった。隠さない感情を向けられたことが、どこか新鮮に感じる。少しだけ嬉しいような気が……いやいや、いけないわ。こういうので流される女じゃないわよ、私は。
ヴァンがキーを差し込み、エンジンをかけた。
するとフロントガラスに四角い枠に囲まれた十字線が浮き上がる。
「……これって照準マーク?」
「そうだ。工房エリアで俺のピックアップトラックがオーバルギアに改造されただろ。そんで《デルタ=オラクル》戦で酷使した挙句にスクラップ同然になった」
「それをまた復活させたんでしょう。あなたの認識で」
「そのはずだった。だが――」
ヴァンはハンドルの横の赤いボタンを押し込む。車の両サイドから機銃が展開した。
「ターボチャージャーの出力が馬鹿みてえに上がってるし、謎のペダルが増えてるし、走らせてたら時々浮いてるし。他にも変なところはまだまだある」
「車が元に戻るっていうヴァンの認識が及ばない。そういう理屈?」
「愛車がオーバルギアに、しかもスクラップに変えられてんだぜ。どうやったら全てをリセットして、何事もなかったかのように復元できる認識を持てるってんだ」
「全部をリセットするなんて、あなたの得意技じゃない。人間関係とか」
「今は優しくしろ……」
「はいはい」
嫌味に言い返す元気もないらしい。さすがに可哀そうになってきた。
ハンドルに顔をうずめる彼の頭を撫でてみようかと手を伸ばし――やはり引っ込める。
「その……なんていうのかしら。私はかっこいいと思うわよ。これはこれでアリじゃない?」
フォローのつもりだったが、無言のままクラクションを鳴らされた。
●
《ロンリーウルフおにいさんとタイガーチャージ警察官》
遊撃士トラックが街中を爆走する。
ジンとアガットがリベール組の拠点であるグランセル城に移ってしまったから、必然的にこのトラックはトヴァルだけの待機拠点となってしまった。
「ったく薄情だよなあ。俺一人だけがこの拠点――つーか車で寝泊まりとか」
その気になって探せば別の拠点などいくらでも見つかるのだが、実際のところトラック住まいは便利だった。
エリア転移では入れない細かな場所も入れるし、一人というのもそれはそれで気楽だし、意外にもストレスフリーなのである。
「さて、今日はリベールが合成されてる地区でも見に行こうかね。確かそんなに探索の進んでいない方面だったはずだ」
上機嫌に鼻歌を鳴らしながら、アクセルを踏み込む。流れていく景色が加速する。気持ちがいい。
信号は機能していないし、そもそも対向車も再現されていないし、法定速度の概念さえもない。取り締まってくる人間もいない。
「さあ、かっとばすぜ!」
「はい、免許証出して」
ロイドに即捕まった。めちゃくちゃ警笛を鳴らされた。
路肩に停めたトラックの横に立ち、トヴァルは消沈する。
「いや、異世界だし、こんくらいはアリかなって思うんだが……」
「そういうわけには行きません。これ、違反切符です。現実世界に戻ったら、最寄りの警察署に出頭するようにして下さい」
「マジかよぉ……」
●
《★テクノロジカル・シンギュラリティ★》
「へえ、すごい。これが導力ドローンなのね。完全自律稼働式だなんて驚かされるわ」
アリサが興味深げにXEROSとFIOを眺めている。
「あ、今はあまり近寄らないほうがいいかもしれません。ヴァンさんとアーロンさんのせいで、二機とも人類に憎悪を抱いてしまっているので……」
「何がどうなったらそうなるのよ」
アークライド事務所の屋上である。二機のメンテナンスをする時は、この場所がカトルの定位置になっていた。
「バーゼル理科大の飛び級なんて、カトル君はすごいのね。簡単にできることじゃないわ」
「別に……そんな」
アリサさんはラインフォルトのご令嬢だという。かの帝国のラインフォルト社と言えば、知る人ぞ知る兵器メーカーだ。近年では路線変更し、家庭用導力機器にも力を入れているらしいが。
美人だし、優しいし、メカニックとしても一流らしいし。《デルタ=オラクル》を乗り回していた印象とはだいぶ違うから、正直驚いている。
「そうそう、ちょっと小耳に挟んだんだけど、カトル君は天体望遠鏡を扱えるんですって?」
「ええ、星空を見るのが好きで」
「いいわね。私も星は好きなの。色々話を聞かせてもらえない?」
「え、ええ! ぜひ!」
なんて素晴らしい人なんだ。そうだ。望遠鏡なら僕の認識で呼び出せるんじゃないか?
果たして《ロア=ヘルヘイム》の空で星が見えるのかは不明だが。
「あん? カトルじゃねえか」
アーロンが屋上にやってくる。外の空気を吸いに来たらしい。
「そっちはラインフォルトのか。工房エリアでは世話になったな」
「ちょっとガラ悪いよ! はぁ……ごめんなさい、アリサさん。紹介しますね。アークライド事務所のアーロン・ウェイさん。ヴァンさんに続いて認定された二人目の人類の敵です」
「どういう紹介の仕方してくれてんだ」
納得いっていなさそうなアーロンだが、厳然たる事実だ。彼が登場しただけで、FIOとXEROSは警戒モードに入っている。
「その節はご迷惑をお掛けしたわ。ごめんなさい」
「そんな……アリサさん。アーロンさんには頭を下げなくてもいいですよ」
「おい」
プライドの高そうな女性なのに、こうして素直に謝るところが彼女の人柄なのだろう。
「なんだなんだァ、えらく肩を持つじゃねえか。そうかよ、美人のお姉さんにはやっぱ弱いってか。くくく、男の子だねえ、カトルきゅんよ?」
「攻撃許可。やっていいよ」
『BOWBOW! GROOOOW!!』
『FIO、ソイツ、蜂ノ巣ニスル』
襲い掛かる二機に追い立てられ、アーロンは屋上から落ちた。
「じゃあアリサさん、星の話の続きをしましょう」
「彼が星になったんだけど」
●
《★彼らはどこへ★》
「わぷっ」
「目、閉じといて」
フィーはわしゃわしゃとフェリの髪を洗う。ショートヘアだからまったく手間がかからない。第三学生寮のシャワールームにて、二人で洗いっこである。
そういえばトールズに入学した頃は、自分もこうしてエマに頭を洗ってもらっていたっけ。私が嫌がって逃げようとするのを、彼女は笑顔で捕まえに来ていたものだ。
そんな私がこうして年下の女の子の世話を焼いているとは、どうにも不思議な感覚だった。
「髪を洗うくらい自分でできますよっ」
「ちょっと毛先が痛んでるね。普段からちゃんと手入れしてるの?」
「シャンプーしてます」
「トリートメントは?」
「時々……アニエスさんから借りて」
「毎日やること。あとドライヤーあんまり使ってないね?」
「放っておいたら乾きます。ぶんぶん頭振れば割とすぐに」
「犬じゃないんだから」
この無頓着さ。まったくもって、かつての自分と重なる。エマは私のことがこう見えていたわけか。あれこれと構いたくなる気持ちが少しわかった。
「猟兵やってるとこうなっちゃうのかな……」
「猟兵……フィーさんってそういえば《西風の旅団》でしたっけ」
「元ね。それがどうかしたの?」
「《西風信用金庫》とかやってました?」
「まさか。私が言うのもなんだけど、猟兵が噛んでる金融業なんてろくなものじゃないよ。利率は法外だろうし、取り立てに至っては尚のこと」
「じゃあ猟兵団とは関係なかったのかな……ゼノさんとレオニダスさん」
「え? どうして二人の名前を?」
フェリが言うには、カジノエリアにIBCフロアがあって、そこの受付にいたのが件の二人だったそうだ。
だがカジノエリアが倒壊し、ミシュラムエリアが解放されたあと、彼らの姿は忽然と消えていたらしい。
「もしかして幻影だったんでしょうか?」
「それだと違和感がある。多分、本人たちだと思う」
主格者のティオに創造できるほど関わりが深いとは思えない。会話の内容からして、ミストマータでもなさそうだ。
クロスベル再事変時において、彼らとは《ARCUS》で戦術リンクを繋いでいないが、情報収集のために導力通信は何度かした。すなわち《ロア=ヘルヘイム》に取り込まれる条件は満たしてしまっている。
だが二人が“囚われ”だったとするなら、すでに霧は解かれているはずだ。
「シャワーかけるよ」
「わっ」
ゼノたちがこんな異世界で姿をくらます理由はない。状況を把握するために、事情を知る者や協力できる人間を探そうとするだろう。
「………」
「あぱっ、ぱはっ、フィーさん、あのっ、もうシャワー大丈夫ですけど」
ならばどこに行ったのか。
レオとゼノのこと、滅多なことにはならないだろうが――いや、滅多なことにならないはずの二人の行方がわからない。彼らに一体何が――
「あぱぱぱぱっ」
「あ、ごめん」
★ ★ ★
――八枚目の破片に光が灯る――
《話末コラム①》【工房エリア攻略後の待機拠点】
①アークライド事務所:ヴァン、アニエス、フェリ、アーロン、リゼット、カトル、エレイン、レン、ジョルジュ
②バルフレイム宮(城エリア):アルフィン、セドリック、エリゼ、デュバリィ、スカーレット、クレア
③グランセル城(城エリア):エステル、ヨシュア、アガット、ジン、クローディア、オリヴァルト、シェラザード、ティータ
④第三学生寮(ヘイムダルエリア/オスト地区):リィン、ラウラ、エリオット、フィー、ユーシス、エマ、マキアス、ミリアム、クロウ、シャロン、ヴィータ、アリサ、セリーヌ
⑤第Ⅱ分校学生寮(学校エリア):ユウナ、クルト、アルティナ、ミュゼ、アッシュ
⑥特務支援課事務所(ミシュラムエリア):ロイド、エリィ、ランディ、ティオ、ワジ、ノエル、リーシャ
⑦遊撃士トラック(エリア不定):トヴァル