黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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☾第26話《liar & liar》~第27話《煉獄プレリュード》の幕間☽


破片の八(26話~27話)

《★可愛くなれないニックネーム★》

 

「腹立たしいですわ! この上なく業腹ですわ! 憤懣やるかたなしですわ!」

 ありったけの怒りの表現を口にしながら、デュバリィがズンズンと歩いている。ミシュラムのメインストリートだ。

「どうしたんですか、デュバリィさん」

「夢のテーマパークでそんな仏頂面はいけませんね。お客さんが怖がってしまいますよ」

 見かねて声をかけてきたのは、ユウナとティオだった。二人は巡回――というか、普通にミシュラムを楽しんでいたらしい。

「ふんっ、どうせ幻影の通行人でしょう。それもあなたが生み出した」

「意図して生み出した覚えはないです。ただミシュラムには人が多くいるべきだとは思っていますが」

「だからそういうことでしょう」

 機嫌悪く、デュバリィは手近なベンチに腰を下ろした。ティオとユウナも彼女を挟む形で座る。

「それで何があったんです? このミシュラムのオーナーは私ですから、なんならデュバリィさんの為だけのパレードを披露することもできますよ」

「それはちょっと興味があり――じゃなくて! そんな子供だましでわたくしの機嫌を直そうなどと浅はかな! もう放っておいて……いえ、そういえばあなた達にまったく関係ない話でもなかったですわね」

『え?』

 互いに見交わすティオとユウナに、デュバリィは重ねて言う。

「オルランドのことですわ。あの男……このわたくしを“デュバりん”などと呼びますの! まったく失礼な!」

「つまりそのあだ名が気に入らないってことですか?」

「でもランディさんは誰にでもあだ名つけますよ? マキアスさんとかマッキーですし、ローゼリアさんとかロゼっちですし」

「他人事だからそう安穏としていられるのです! どうせあなた達には不名誉なあだ名などつけられていないのでしょう? ふんっ」

「えっと、あたしはユウ坊って呼ばれてますけど」

「私はティオすけですね」

 デュバリィは怪訝な顔をした。

「いやそれ……男性につくような愛称じゃありませんか? 坊とかすけとか。年頃の娘ですよ、あなた方」

「もう慣れました」

「同じく」

 デュバすけとかデュバ坊とかで呼ばれるくらいなら、なんだかデュバりんで良いような気がしてきた。

 

 ●

 

 

《★物申したいクロスベルアラウンド★》

 

 特務支援課事務所の空き部屋の一つが、取調室になっていた。

 その取調室の椅子にはロイドが座らされ、彼の周りをクロスベルの仲間たちが取り囲んでいる。

 リーシャだけはジュディスとおでかけらしく、この場にはいなかったが。

「ねえ、ロイド。そろそろいい加減にしてもらえないかしら」

 エリィがこめかみを押さえる。怒っていらっしゃる様子だ。

 ロイドはおずおずと上目で彼女を見る。

「えっと……なぜ俺は責められているんだ?」

「あなたの無遠慮かつ無配慮で無責任な発言の数々についてよ。ちょっとこの辺でしっかり正しておかないと、諸外国の方々が惑わされたらいけないもの」

「惑わされるって……覚えがないぞ。たとえば?」

 ぴくっと口元がひくつくエリィの横から、ノエルが身を乗り出した。

「“俺が勝ったら、君は俺がもらう”的なアレですよ! あれって安売りしていい言葉じゃないですからね!」

「安売りって……そんなつもりはないが」

 ティオがやれやれと首を振った。

「無自覚なのがタチが悪いんだと思います。そういうのを業界では“人たらし”と呼ぶんです。ロイドさんの目にはあらゆる人が攻略対象としてしか映っていないのではないでしょうか。好感度がメーターで見えるようになったら末期ですよ」

「どの業界だ……」

 耳元でワジが甘く囁く。

「要するにロイドの一番をはっきりさせようってことさ。僕を選ぶといい。退屈はさせないよ」

「ワジィ! てめえ抜け駆けすんじゃねえよ! ロイド、お前の無二の相棒は誰なのか、一度原点に立ち返って考えてくれ。わかるだろ?」

 やんややんやと五方向から詰められる。

 エリィが耐えかねて声を荒げた。

「言いたいことは色々あるけども、まずこの手の話で男性陣が入ってくるのクロスベル組だけなのよ!? 変だと思わない!?」

『なにが?』

「ああもう! とにかくロイドのせいよ!」

 異口同音に首をかしげる男二人を諭す言葉もなく、とりあえずロイドが悪いことになった。

 

 ●

 

 

《★選んでくれないガチャミステイク★》

 

「あたし、カトル君に言いたいことがあるんだけど」

 少し不満げな様子で、ジュディスが声をかけてきた。

 アークライド事務所の屋上で、FIOとXEROSのメンテをしていたカトルは作業の手を止める。

「僕が何か?」

 彼女を怒らせることをしただろうか。特に覚えはないが……。

 カトルの前まで来ると、ジュディスは憮然として腕を組んだ。

「カトル君って学校エリアでヴァンたちと合流したのよね?」

「そうですけど」

「あたしは工房エリアで合流したわ」

「そうですよね」

「学校エリアの攻略は映画祭だったとか」

「はい」

「工房エリアの攻略はオーバルギア・ギガントの作成」

「はい」

 ふんっ、とジュディスは鼻息をついた。

「あたしとカトル君。合流する順番逆じゃない!?」

「僕に言われても……」

 

 ●

 

 

《★それを裏切りと呼ぶならば★》

 

「あら、珍しい組み合わせね」

 スカーレットが巡回中に出くわしたのは、クレアとエレインのペアだった。

 ヘイムダルエリアのクロスベル市区画――その大鐘のモニュメントの前という、少々ややこしい場所である。

 クレアが言う。

「スカーレットさんが一人というのも新鮮ですね。巡回中ですか?」

「ずっとお姫様に付きっきりってのもね。過保護と思われてもあれだし」

「それでも過保護の部類に入ると思いますけど。アルフィン殿下のことが心配でたまらないって顔をよくしていますよ」

「お姫様が何しでかすかわからないから、心配でたまらないってのはあるかもね」

「素直じゃないですね」

 エリゼたちの教官であったスカーレットと、学生寮の世話係であったクレアは仲が良い。

 出会った頃は互いに牽制ばかりしていたが、エリゼたちの卒業する頃には二人でショッピングに出かけたり、連れだって食事に行ったりなど気の置けない友人となっている。

 人と距離を開けがちな二人同士、深い部分での共感があったのかもしれなかった。

「実はエレインさんと最近よく話すようになりまして。それで今も一緒に街を見回っているんです」

「へえ、嫉妬しちゃうわ。あんまりクレアを独り占めしたらイヤよ?」

 流し目をエレインに送ると、彼女は困ったように口元を緩めた。

「そんなつもりはないわ。ただそうね……同じ悩みを持つ同志とでも言いましょうか。色々と相談に乗ってもらったり、愚痴に付き合ってもらったり。クレアさんには本当に支えになってもらってるの」

「それは私も同じですよ。エレインさんと話していると、気持ちが軽くなります」

「ふーん」

 友達が取られちゃった気がして、ちょっと面白くないかも。

 お姫様がいなくて良かったわ。あの子、こういうことに鼻が利くから絶対からかわれてた。『あらあら、スカーレットさんったらジェラシーですか?』みたいな感じで。

 それにしても同じ悩みとはなんだろう。同じ……二人の共通点……。

「あー、もしかしてあれ? メイデン的な二つ名のこととか?」

 刹那、二人の目付きが鋭く細まる。クロスベルの象徴たる大鐘にビキビキと亀裂が走った。《剣の乙女(ソードメイデン)》と《氷の乙女(アイスメイデン)》の本気の殺気だ。

「か、勘弁してよ。冗談よ、冗談」

 まさか友人にガチ殺気を向けてくるなんて。これは相当闇深い問題のようだ。

「いえ、すみません。私もスカーレットさんみたいに年齢に大らかでありたいのですが、この渾名のせいで平静でいられなくなる時があるんですよ」

「難儀ねえ。クレアはそういうのあんまり気にしないほうだと思っていたけれど」

「まあ色々と思うところもありまして。その辺りのメンタルコントロールは、人生の先輩であるスカーレットさんからアドバイスを頂きたいですね」

「ん? 人生の先輩?」

「何かおかしなことを言いました?」

 不思議そうにするクレアに、スカーレットは言った。

「私、あなたより二歳年下なんだけど……」

「裏切っ」

「てない」

 

 ●

 

 

《★落ちて堕ちてラブゲーム★》

 

「ああん! リィン教官っ! そんなっ、激しっ!」

「どうした、こういうのはミュゼの得意分野じゃなかったか?」

「いじわる……でもそんな教官が、私は……」

「おしゃべりはここまでだ。ラストスパートをかけさせてもらう」

「ひっ、そ、そんなのムリですっ、余裕ないですから! あっ、もう落ちちゃう!」

「ここまで攻め立てたら、さすがのミュゼも限界だろう」

「あっ、あ、やあああああ~!」

 コントローラーを床に落として、ミュゼはぐったりとくずおれた。

「こ、これが八葉一刀流の切れ味」

「八葉は関係ないと思うが……」

 例によって落ちものゲーム《ポムっと》である。

 ミュゼがやってみたいというので、《ノルンの工房》改め《フェリちゃんの工房》のベルザンディフロア――その奥に再現されているアリサの私室を訪れていたのだった。

「ずいぶんとまあ、楽しそうね」

 もちろんアリサも同席している。リィンとミュゼが座るソファーの後ろで、腰に手を当て仁王立ちだ。その額にはピキキッと血管が浮き出ている。

「彼女は教え子のはずだな? いかがわしさ満点に見えたのは私の気のせいだろうか、なあリィン教官」

 なぜかラウラも来ていて、その無表情からは感情が何も読み取れなかった。

「いや、その、な? いかがわしいって、ただのゲームだからな? 少しばかり熱は入り過ぎてしまったが……というかアリサの時もこんな感じになっていたような……」

「はあ!? そんなわけないでしょ! 適当なこと言わないで!」

「な、なんだと!?」

 記憶が曖昧なのか覚えがないと憤るアリサの横で、ラウラが何やら驚愕していた。

「私も《ポムっと》をやりたいぞ! 自分だけ出遅れるわけにはいかないからな!」

「出遅れる……? よくわからないが、このゲームは結構難しいぞ? ラウラはこういったのは苦手じゃなかったか?」

「気合で!」

「気合とかの問題じゃ……」

 有無を言わせずリィンのとなりに座ると、ラウラはコントローラーを握った。

 さっそくゲームスタート。大画面を二分割し、双方にカラフルなポムが次々と落ちてくる。

 やはりリィンの方が優勢で、ラウラ側の画面は大量のポムで埋め尽くされていった。

「うぅっ、わ、私がこんな……っ」

「どうした、ラウラ。息が上がっているぞ」

「ま、待て、リィン! それ以上は……くぅん!」

「いつも凛としているラウラらしくないな。それとも手加減が必要だったか?」

「そ、そんなことを言うな。ポムなんかに……ポムなんかに私は負けないっ」

「いつまで強がれるかな。ここをこう回転させれば……」

「あっやっ、待て! もう、逃げ場が……ああっ」

「さあ、そろそろ決めるぞ。言い残すことはあるか?」

「くっ、殺せ!」

「ふう……」

 勝負あり。そして勝敗とは関係なく、リィンの心はなぜか熱くたぎっていた。

 

 ●

 

 

《★突然にフレンドリーファイア★》

 

「なあ、セドリックはエロ本は読まねえのか?」

 突拍子もないことをアーロンから聞かれて、セドリックは激しくむせ込んだ。

「な、なな、何言うんだ、アーロンさん!」

「初心な反応してんなよ。年頃で健康な男なら、頭ん中それしかねーだろーが。《猛将列伝》は読んでんだろ」

「そんなことないって! 《猛将列伝》は別だし、人生の指針書みたいなものだし!」

 件の《猛将列伝》の縁でアーロンとは仲良くなった。砕けた態度で構わないと言ったら、一瞬で呼び捨てタメ口に変えてきた辺り、彼の順応力の高さがうかがえる。

 そのアーロンを、バルフレイム宮の屋上テラスに案内していた。

 誰もが見られる景色ではない。

 友情の証として、霧が晴れて見晴らしのいいヘイムダルの町を紹介していたところ、ごくごく普通のテンションでそんなことを訊かれたのだった。

「おいおい、ダチならそういうトークもするもんだろ。いいか? 河原に落ちてるエロ本を一緒に探すのが、友情を深めるための第一ミッションなんだぜ」

「そ、そう……なのかな」

 そういうものだと言われれば、そうなのですかとしか返しようがない。

 皇族として、ある意味管理された生活を過ごしてきた自分には、一般家庭の感性とずれがあるだろうことは理解している。

 クルトともっと仲良くなるためには、浜辺で殴り合いをするのではなく、河原でエロ本を探すことから始めなくてはならなかったのか……。

「よっしゃ、ここで皇子サマの性癖大公開と行くか!」

「え、なんかイヤだな。アーロンさんから先に言ってくれない?」

「年上でボインだ」

「淀みないな……」

「ほれ、そっちの番だ。言いやすいように二択にしてやるよ。好みは派手系か清楚系かどっちだ?」

「えーと、やっぱり清楚な方が……」

「髪はショートかロングでは? あと髪色は?」

「黒のロング……かな」

「胸は大きいのが好きか?」

「む、むっ!? いや、ど、どうなんだろ。別にそこまで大きくないような……あ! いや違う! 別に僕は大きいのが好きってわけじゃないっていうか……」

「あら、珍しいお二人がおそろいで」

 エリゼが現れた。まさかの登場にセドリックの心臓が跳ね上がる。

「エ、エリゼさん!? どうしてここに!?」

「姫様を探していたんです。通信にも出られなかったので、もしかしたら屋上かなと。セドリックさんはアーロンさんとお話ですか?」

「おう、男同士のアレな。俺が世間知らずの皇子サマに色々教えてやってんだよ。イロイロなあ?」

「ちょ、アーロンさん!」

「まあ、殿方同士の語らいを邪魔してしまいましたね」

 わかっていないらしく、エリゼさんはにこやかだ。

 一昔前ならこの馴れ馴れしい態度に『不敬ですよ!』とアーロンさんに怒っていただろうが、最近では寛容というか、僕の交友関係が広がるのを喜ばしく思ってくれている節がある。

 その折、アーロンはしげしげとエリゼを眺めて、

「清楚系……黒髪ロング……胸控えめ……はっはーん。オレ様、ピーンと来たぜ!」

「来なくていいから!」

「ああいうのがいいのか、へぇ?」

「本当にやめてって!」

「ヒューウッ、皇子サマー?」

「うー!」

「うなるなよ、うなリック」

「セドリックだよ!」

 小首をかしげるエリゼの前で、押し問答を続ける二人。

 そこに新たな来訪者が現れた。

「ようやく見つけましたよ、アーロンさん」

「アニエスじゃねえか。オレに用かよ?」

 転移でやってきたアニエスは、なぜかすでに臨戦態勢だった。

「最近セドリック殿下をあちこちに連れ回して、倫理上よろしくない知識ばかりを指導教育しているともっぱらの噂です」

「はっ、だとしてテメェに何の不都合があんだよ」

「アークライド事務所の悪評に繋がったらどうするんですか! ただでさえグレーな稼業なのに!」

「《ロア=ヘルヘイム》で気にすることじゃねえだろ。それか旦那の評判が嫁として気になるってか? クク」

「そ、そんなんじゃないですから! うっううぅ……うー!」

「こっちはうなりエスかよ。小動物みてえな威嚇ばっかしやがって」

 僕とエリゼさんを置いて、アーロンさんとアニエスさんがバチバチにやり合っている。これがアークライド事務所の日常風景だとしたら、ヴァンさんも大変だな。

 それにしてもアーロンさん、なんて悪い顔で笑うんだ。

「で、良い子のアニエスちゃんはどうすんだ? 力づくでもオレを止めるってか?」

「力づく……」

 アニエスは自らの手を眺めた。しかしぶんぶんと首を横に振る。

「まだ未完成のこれを使うわけには……」

「あん?」

「やむを得ません。今日は撤退します!」

 アニエスは再び転移で消えた。

「なんだったんだアイツ。まあいいか。話の続きをしようぜ。それでお前好みのエロ本なんだが――」

「エロ本?」

 エリゼが眉根を寄せた。

 まずい。彼女はクロウが部屋に貼り残した水着ポスターだけで炎上しまくった過去がある。

「エコロジー関係の参考書のことだよ。大陸東部の砂漠化とか、環境問題に興味があってさ……」

「ああ、そうでしたか。私てっきり、やましい書籍のことなのかと」

「いや、そういう本であってるし、なんなら皇子様はアンタでそういう妄想を膨らまし――ぐはっ!?」

「いつも面白いなあ! アーロンさんはあ! ねえ!?」

 余計な事しか言わないアーロンのみぞおちに、セドリックは高速のロイヤルパンチを打ち込み続けた。

 

 ●

 

 

《★猫は踊り、魔女は歌う★》

 

 なんだか最近、周囲からの扱いが雑になってきた気がする。

 巡回がてらの散歩に興じつつ、ヘイムダルの街を見流しながら、ヴィータはそう思った。

 最初は敵勢力のポジションとしての登場だった。ラジオパーソナリティーのミスティさんが、実は《身喰らう蛇》の使徒でしたみたいな感じでリィン君たちを絶句させたのは、中々の演出だったと自画自賛したい。

 そこからも不意に現れてはミステリアスな雰囲気を醸し出し、『いったいクロチルダさんは何が目的なんだ?』と彼らの推察を煽るのも良かった。

 しかしここからだ。煌魔城戦を終え、《黄昏》に至るまでに私の立場も役割も変わり、幾度となくリィン君たちと行動を共にした。

 それでよ。なんだかこう、私の存在に慣れてきてない? 普通に接し過ぎじゃない? アルティナとか最初は『クロチルダ様、ご命令は』だったのに、今や『ヴィータさん、どうも』だからね。思わず私も『あ、どうも』って返しちゃったわよ。

「あー。早くエマをいじめたい。この気持ちを発散したいわ……」

 どこなの、私の精神安定剤は。

 それにしても、こうして街を練り歩くなんて新鮮だ。表でも裏でも顔が広いと、生きづらいことはそれなりに多い。もういっそエリンの里にでも戻ってしまおうか。

 ブティック、食材屋、本屋、ペットショップなんかを順に眺めて――そう、ペットで思い出した。

 先日にマキアス君が私に声をかけてきた。告白したいことがあると。

 告白とは仕方ないわね。まあ、聞いてあげましょう。高嶺の花に声をかけた勇気は立派なものよ。

 だが彼はこんなことを言ったのだ。

『僕はあなたのファンでした。一時期世話をした魔獣に、あなたの名前を割って付けたんです。飛び猫の“クロ”とドローメの“ルーダ”と。でも今はクレア少佐の方が魅力的なんです。ごめんなさい』と。

 いやいやいや、だから何よ。私にわざわざ言わなくていいでしょうよ。ごめんなさいの意味がわからない。私がふられたみたいになるじゃないの。あとファンでした、って過去形で言うな。

 久しぶりに本気で凍らせてやろうと思ったわ。

「苛立ってきた……どうせ幻影の街なんだし、少々派手に憂さ晴らししても――」

「あの! ヴィータ・クロチルダさんですよね!」

「え?」

 急に呼び止められる。

「あら、あなたは確か……」

「ジュディス・ランスターです」

 工房エリアで合流したという、アークライド事務所の新メンバーだったはずだ。

「そのジュディスさんが、私に何か?」

「わ、私、カルバードで映画女優をやっていまして。ヴィータさんのことは以前から知っていて……お姿を見て、まさかとは思っていたんですけど、ご本人だったなんて。あの、あなたの舞台に立つ姿がとても好きで尊敬していて……」

「良くわかった。もういい」

「す、すみません。こんなこといきなり言われてもって感じですよね……」

 ヴィータは扇子をぱっと開いてみせる。

「ジュディスさん。あなた見どころがあるわ。どうかしら。そこのカフェでお話でもしない?」

「いいんですか!? 光栄です!」

 これよ、これ。この反応なのよ。

 

 ●

 

 

《★空気読んでフォーユー★》

 

 夕暮れの日差しがトールズ分校の校舎を淡く照らす。

 茜色に染まる放課後のⅦ組の教室で、ユウナは黒板の前に立っていた。

「で、俺らを招集した理由はなんだよ?」

 分校Ⅶ組メンバーが集まっていた。アッシュはどっかりと椅子に腰かけて、相変わらず偉そうだ。

 ユウナは教壇に身を乗り出し、口を開こうとして、

「ユウナさん、そんなに胸を強調しなくても。もぎたて果実がこぼれてしまいますよ」

「してない! どこ見てんのよ!? もぎたてでもないし!」

「これからもがれる予定だと」

「違うわ!」

 話の腰を初手から折ってきたミュゼをぴしゃりと諫め、改めて言う。

「ほら、あたしたちもいよいよ卒業じゃない? 卒業式のこととか話しておいたほうがいいかなって」

 とはいえ、自分たちが《ロア=ヘルヘイム》に呼び込まれた時期は不明のままだ。

 クロスベル再事変以降の記憶は曖昧だから、現実の時間軸では、もしかしたらすでに卒業している可能性もないではなかったが。

「まあ、色々ありましたしね」

「感慨深くはあるな……」

 アルティナとクルトが遠い目をした。

 色々というのはとても一言では言い表せない。ひたすらに駆け抜けた一年目だった。

 二年になって通常授業や学祭イベントなんかを再開できたのは奇跡に近い。

「それで教官方にサプライズとかどうかなって。すごくお世話になったわけだし」

 というわけで案が募られる。

 対象はオーレリア、トワ、ランディ、ミハイル、リィンだ。

 話し合って出た意見をユウナがまとめる。

「まずはオーレリア分校長ね。えーと“卒業生全員でのお礼参り”……いやいや、ダメでしょ、これは」

 成長の証に私を倒してみせろ、とかは普通に言いそうではあるが、総出で襲い掛かっても瞬殺される未来しか見えない。自分たちの生命に関わるのでダメだ。

「次はトワ教官ね。“お手製のお守りを渡す”……ああ、いいんじゃないかしら?」

 NGOの活動で諸外国を渡り歩いたりするから、安全祈願を兼ねてのプレゼントだ。彼女の性格も考えると、これは大号泣必至だろう。採用だ。

「三番手はランディ教官。“アルバムメモリーの作成”。うん、これもいいと思う」

 ランディはクロスベルに戻るから、みんなと会う機会も少なくなる。

 《ARCUS》で撮った思い出の写真をアルバムにして、ランディの《ARCUS》に転送するのだ。きっと喜んでくれるだろう。

「四番目のミハイル教官は“色紙に寄せ書き”……面白味の欠片もないけど、他に思いつかないしね」

 奇をてらった贈り物ほど失敗しそうな気がする。堅物のミハイルには無難オブ無難がふさわしいという結論になった。

「じゃあ最後はリィン教官っと。うーん、いつも身近なだけに逆に難しいわね。なかなか意見も出ない……っていうか、出しづらかったし」

 全員が煮詰まっていると、最後尾席の一人が挙手した。

「たとえば普段、シュバルツァーって呼び捨てにしているアッシュが、卒業式の最後に半ば照れ隠しがありながらも『世話になったな……リィン教官』みたいな感じで花束を贈呈するとしたら――きっと俺は感動するんじゃないかな」

 そのリィン教官だった。

「あとはまあ、アルティナが歌ってくれるとか。クルトが真剣勝負を挑んで来るとかもいいな」

 ユウナはどんよりした目で言う。

「あのー、やっぱりこういう打合せって、普通は教官は入らないものだと思うんですけど」

「しかし俺も君たちとの残された時間を大切にしたくてだな。アイディアにも困っていたようだし、何かアドバイスでもと……」

「本人がいたらサプライズの案も出るわけないですよ!」

 リィンは追い出された。

 

 ●

 

 

《★願い極まりし★》

 

「ねえ、機嫌直しなさいよ。今度ランチでも奢るから」

「絶対スカーレットさんの方が年上だと思っていました」

「元々はクレアの思い込みでしょうが。そもそもなんで私が上だと思うのよ」

「……見た目?」

「奢りの話はなし」

 そんな会話をしながら、二人は半地下の階段を下りていく。

 ヘイムダルエリア、オスト地区のバーである。年季の入った扉をあけると、カランカランとベルの音がした。

「いらっしゃいませ。好きなお席にどうぞ」

 幻影のバーテンダーが定型文の挨拶をしてくれる。

「うわっ、うそでしょ」

「これは……いよいよまずいかもしれませんね」

 店内の奥に進み、すぐに異変に気づく。

 白い霧が明らかに増えている。霧の中心にいるのは、酔いつぶれるサラ・バレスタインだった。

 ヘイムダルエリアが解放されても、彼女は固有の願望に囚われ続けた。当初は見えるかどうかくらいの薄い霧だったものが、今では視認できるくらいに濃くなっている。

「つ、ついに生まれてしまうのね、イケオジエリアが」

「初の攻略不可になりそうな予感がしますが……とりあえずヴァンさんに報告しましょうか」

 

 ●

 

 

《★欠けたる記憶★》

 

「はい、フィーちゃん」

 差し出した手を、フィーはすぐに握り返してこなかった。

「……なに?」

「なにって、手を繋ぐんですよ。いつもそうしていたでしょう?」

「私、もう子供じゃないけど」

「わかってます……でも、そんなこと……言われると」

「その悲しい顔やめて」

 仕方なくといった様子で、フィーはしぶしぶエマの手を握った。

「ふふふ、ありがとうございます」

「エマだけじゃない。いつになっても、みんな私のことを子供扱いするよね」

「子供扱いじゃなくて妹扱いなんですよ。ほら、ミリアムちゃんとフィーちゃんは、Ⅶ組の中でも年下だったじゃないですか。イヤですか?」

「別にそういうわけじゃないよ。ただ、なんていうか……」

「フェリちゃんに見られたくないとか?」

「う」

 《ロア=ヘルヘイム》で出会ってから、フィーはアークライド事務所のフェリという子の面倒を良く見ている。

 姉のように接していると聞くし、妹分であるフェリには自分が妹っぽく扱われている姿を、なんとなく見せたくないのだろう。

「あのフィーちゃんが……立派なお姉ちゃんに……ぐすっ」

「すぐ泣く……」

 手を繋いで石だたみの道路を歩く。車は走っていないから安全だ。強いて言うならトヴァルが時々トラックで爆走しているくらいだろうか。

 フィーやフェリの巡回ルートの危険物になり得るので、早々に取り締まるよう特務支援課に依頼は出しておいたが。

「こうして二人で歩いてると、巡回っていうより散歩だよね。でも今日はなんでライカ地区?」

「シェラザードさんが作ってくれてる地図を見てませんね? この地区のマッピングはまだあんまり進んでないんですよ」

 あちらこちらが不規則に融合されていて、自分たちの知っている街の構造とは異なる部分が多い。特に現実世界のヘイムダルの街並みに慣れているエレボニアチームは、先入観からよく道を間違えることがあるのだ。

 取り残された“囚われ”の発見も兼ねて、万が一のためにマップ範囲を広げておくに越したことはない。

「あ、帝国博物館はちゃんと元の場所にあるね。一応、内部の確認もしとこうか。……エマ?」

「あ……う……」

 緩やかな上り坂の奥に、その帝国博物館が見えた。異常はない。見慣れた建物だ。

 しかしなぜか足が前に進まない。進めないのだ。

「どうしたの?」

「い、いえ。あれ以上奥に道は続いていませんし、いったん戻りましょう」

「? 別にいいけど」

 この感覚はフィーには生じていないようだった。

 思い出せないが確信はある。私はあの場所で《ロア=ヘルヘイム》に取り込まれたのだ。

 ただ普段から用事のある場所ではない。

 なぜ帝国博物館に行ったのか。そしてなぜ、屋内に入ることを心が拒んでいるのか。

 振り返って視界にいれた博物館が語ることはなく、ただ黙してそこにあるだけだった。

 

 ●

 

 

《★ナイスプランdeおにいさん!★》

 

「頼りになるお兄さん、登っ場!」

 ヘイムダル市街、物資の調達に来ていたリゼットの横に、遊撃士トラックが急ブレーキで停まる。

 お決まりの額をこする敬礼をスマートに決め、トヴァル・ランドナーが車窓から顔を出した。

「これはトヴァルお兄様。今日も巡回おつかれ様です」

「そのお兄様ってのやめてくれよ。エリゼお嬢さんに睨まれるんだよ」

「頼りになるお兄さんとのことでしたので、つい」

「まあ、いいけどさ」

 お兄様呼びされるなんざ生まれて初めてだから、なんだかこそばゆいものがある。

「ところでわたくしに何かご用事でしょうか?」

「以前にエリゼお嬢さんのことで相談してくれただろ。その件でな」

「エリゼ様の相談というと、わたくしの呼び名のことですね」

 エリゼはリゼットと同名の友人がいることから、彼女を名字である“トワイニングさん”と呼ぶ。ファミリーネームで呼ばれることに馴染みのないリゼットは、名前呼びにして欲しい――という、ささやかな悩みがあったのだ。

 とはいえリゼット自身も大した話とは思っておらず、他愛のない雑談の一つとして言ったくらいである。

 しかし『エリゼお嬢さんが絡むとあっちゃあ捨て置けねえ』と、とトヴァルはリゼットへの協力――というか介入を決めたのだった。

「話は道中でする。ほら乗った乗った!」

「え? わたくしは物資調達の途中でして――」

 事情を説明する時間ももらえないまま、リゼットは助手席に乗せられてしまった。

 トラックで走ること三十分。ヘイムダル市内を抜けると、だんだんと街路が少なくなり、未舗装の土道が増えてきた。

「本当はこんなに早くに街中を抜けられない。構造が変わっていたり融合していたりするから、現実世界の地理とは違っていてな」

「その割には道をよく把握されていらっしゃるようですが」

「伊達にあちこち走り回ってねえぜ」

「さすがはトヴァルお兄様です」

 正直それくらいしかやることがなかったというのはある。大いにある。

 最初はトリオを組んでいたジンとアガットが、リベールチームの拠点であるグランセル城に移ってからトヴァルは一人チームとなっていた。

 無常の寂しさを紛らわすために日夜突っ走り――ちょっとロイドに違反切符を切られたりもした―――その内にとある場所を見つけたのだ。

 そここそが今向かっている目的地である。

「あら……なんだか景色が白く……?」

「気づいたみたいだな。ここはユミルエリア――雪郷として有名な土地でリィンとエリゼお嬢さんの故郷でもある。発見したのは偶然なんだが」

「であればリィン様が創造した区画なのでしょうか? ヘイムダルエリアの主格者ですから」

「どうなんだろうな。ヘイムダルと地続きではあるが、ユミルエリアまで結構距離も開いてるし」

 だが細部まで再現できるほどにユミルのイメージを持つ人間など、今のメンバーではリィンかエリゼしかいない。

「着いたぜ。足元すべるから気をつけなよ」

 二人は車から降りた。

 薄く積もった雪景色の中で、郷の中央に設置された足湯場から湯気が立ち昇っている。吐く息も白く、肌にひんやりとした冬の空気感は本物としか思えなかった。

「綺麗な郷ですね。気持ちが落ち着く景観をしています」

「そりゃそうさ。ユミルはエレボニアでも名高い温泉郷。ガイドブックにも乗る一級の観光地だからな」

「カルバードでいうところの龍來(ロンライ)のような位置づけでしょうか」

「おー、龍來か。趣は違うと思うが、観光地の方向性としちゃ同じだろう。リゼットさんは行ったことあるのかい?」

「龍來はわたくしにとって“先日に行った”あるいは“これから行く”地ですね」

「ああ、記憶では行ったことになってて、実際にはまだ到達してない時間軸……だったか。大変だな、カルバードチームは」

「さすがにもう慣れましたけどね。ところで温泉郷ということは、もしや」

「ご明察。お兄さんプロデュース《エリゼお嬢さんと仲良くなる大作戦》その一は、“いっしょにお風呂に入っちゃおう”だ!」

「いえ、ですが……いきなりお風呂はハードルが高いような?」

「心配はいらねえ。言ったようにこのユミルはエリゼお嬢さんの故郷だ。いかに《ロア=ヘルヘイム》の中の再現っつても、やっぱ嬉しいもんだろ」

「それはそうかもしれませんが……しかし」

「だーいじょうぶだ! エリゼお嬢さんのことなら何でもわかるお兄さんだぜ? お嬢さんは絶対テンションアガットになる!」

「なぜアガット様が」

「まあまあ、百聞は一見にしかずってな。まずは鳳翼館を案内するから――あ?」

 そこに目を向けて、トヴァルは止まった。

 ない、鳳翼館が。

 それがあったはずの場所は何か(・・)に繰り抜かれたように、大きくえぐられたクレーター痕だけを残して、きれいさっぱり消え去っていた。

 

 

 ★ ★ ★

 

 

――九枚目の破片に影がよぎる――

 

 

 

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