黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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☾第34話《ホワイトライ》の幕間☽


破片の九(34話)

《★レンちゃんとあそぼ first★》

 

「マキアスお兄さん。遊びましょう」

 何かと理由をつけてクレアに会いに行こうとしていたマキアスは、オスト地区の第三学生寮を出たところでレンに呼び止められた。

「やあレンちゃん。遊んであげたいのは山々なんだが、今から僕は重要な用事があってね」

「わかったわ。何して遊ぶ?」

「僕に選択権はないらしいな」

「どうせクレア少佐にちょっかいかけに行くつもりだったんでしょ? ちょっとくらい私に付き合ってくれてもいいじゃない」

「相変わらず鋭いな……仕方ない。何して遊ぼうか?」

 1208年から呼ばれているレンちゃんは、僕が知る姿よりも大人びた背格好になっている。

 だがこうして、遊ぼうと誘ってくるあたり、まだまだ子供っぽさも感じる。

「マキアスお兄さんの前だと、どうしてか私も童心に返ってしまうのよね。鬼ごっこなんてどう?」

「おっと、その手には乗らないぞ。また僕を鎌で追い回すつもりだろう」

 レンちゃんとの鬼ごっこは狩りと同義だ。獲物が僕で、ハンターが彼女なのだ。

「あら、別にお兄さんが鬼でもいいのよ?」

「え? いいのか?」

「もちろんよ。じゃあさっそく始めましょう。よーいどん!」

 オスト地区の裏路地をレンちゃんは走って逃げていく。身軽な猫みたいだ。

 だが僕も元士官学院生。社会人になったとはいえ、体力は衰えていない。

 追いかけて、追いかけて――表通りに出た瞬間に追いつく。その背中をタッチした。

「はあ、はあ……さすがはマキアスお兄さんね。あっという間につかまっちゃった」

「ふふふ、休みの朝とか走り込みしてるからな。これでもまだまだ本気は出してないぞ?」

「すごいわ。じゃあ攻守交代で」

「ん?」

「次は私が鬼で、お兄さんが逃げる番」

 レンちゃんは死神の大鎌を呼び出した。

「ま、待ってくれ。聞いてない!」

「今言ったけど。安心して。十秒は待ってあげるから」

 十秒? それだけあればかなり距離を稼げる。

 レンちゃんの《Xipha》が光り、アーツが駆動した。《クロノブレイク》をかけられる。

「うっ、体が重い……」

「いーち、にーい、さーん」

「ひいっ」

 体感時間を狂わされ、ノロノロ逃走しようとする僕を、レンちゃんは楽しそうにじわじわと追い詰めてくる。

「――きゅーう、じゅーう。あらあら、全然逃げてないじゃない」

「やめろ……やめてくれええええ!」

「それお兄さんのセリフじゃないし。新技試そうかしら」

 グリムリッパー! の掛け声と同時に、マキアスのメガネは両断された。

 

 ●

 

 

《★引き受けてセブンスペイン★》

 

「痛い。すごく痛い」

 うめくアリサがリィンをにらむ。

 

【挿絵表示】

 

「まあなんだ。すまなかったとは思う。とはいえ、アリサががんばってくれたから、時間ギリギリでもガイウスを開放できたわけで、そこはみんなが感謝しているというか…‥」

 歯切れ悪くリィンは謝った。

 ノルドエリア攻略の大詰めの時。巨大な台座の頂上にいるガイウスに届く為に、肩車スタイルのⅦ組タワーを作った。

 その最下部で全員を支えたのがアリサだったのだ。

「おかしいって言ってるのに、組み直してって言ってるのに、誰も聞いてくれないし。肩砕けるかと思ったわよ」

「わかってる。そうだよな。痛かったよな」

 アリサをなだめるのに必死だ。

 第三学生寮のリビング。そこにあるソファーに彼女はうつ伏せになってしまった。

「俺にできることならなんでもする。機嫌を直してくれ」

「……なんでも?」

 ちらりと目線だけを向けてくる。

「じゃあ肩さすって。湿布じゃ全然きかないの」

「それくらいなら」

「ん……」

 優しくさする。確かに張っているようだ。しばらく続けていく内に、筋肉が弛緩してきた。

「少し強くしていいか?」

「うん……あっ」

 筋をほぐし、血の循環を良くしていく。溜まっていた疲労物質が血液と共に流れ、リラックス効果を生む。

「はぁ……っ、気持ちいい……な、なんでそんなに上手なの……?」

「老師に仕込まれたからな。首の方も触るぞ。ああ、こっちもちょっと固いな」

「やっ、痛い……お願い、優しくして……」

「こうか?」

「ぁん……そう、いいわ……」

 ドタドタドタと、階段をラウラが降りて来た。

「いかがわしいぞ! そなたらから不健全な臭いがプンプンするぞ!」

「いや、アリサの肩をマッサージしていただけなんだが……」

「そうよ。変な勘違いしないで」

 ラウラは眉根を寄せた。

「筋の調整や骨の整復は私だって心得がある。わざわざリィンに頼まなくとも同性の私に言えばいいだろう。それにいくらエリア攻略のためとはいえ、体を痛めるほどの無茶は良くないな」

「いや、あのね。私の肩に最初に飛び乗ってⅦ組タワーの流れを作ったのラウラだからね?」

 

 ●

 

 

《★貫いてインパクト★》

 

「そんな……私がこれ以上は発勁を習得できないってどうしてなんですか!」

 学校エリア、ジェニス王立学院の裏手の山――いつもの修行場である。

 突如としてジンにそう告げられ、アニエスは納得できなかった。

 ここまでがんばってきて、ようやく曲がりなりにも扱えるようになってきたのに。

「まあ話を聞け。習得できないというのは語弊だ。これは武道事の指導ではよくあることでな。いいか、女と男では骨格が違うんだ。体格じゃない。骨格だ」

「それはもちろん承知していますが……」

 男性は鎖骨が長いぶん胸郭も広い。対して女性の胸郭は狭い。骨盤の形状の違いから、腰のくびれの出来方にも差ができる。これは生物学上の差異だ。

「だから体の使い方にも微妙な差がある。感覚の食い違いというかな。それは最終的には力の伝導に関係してくる」

「男性のジンさんには、女性である私の感覚面での指導をしきれない部分がある、ということですか」

「まあひっくるめるとそうなる。誤解のないように説明するなら、もちろん基本的な技術指南はできるぞ。だがワンランク上げて上級の指導をする場合、もっと精細な肉体のコントロールは不可欠だ。同性の師範格に一度稽古をつけてもらった方がいいのはこの辺りからだな。そしてお前さんはその段階に入ってる」

「え?」

「筋がいいんだよ。正直、こんなに伸びるとは思わなかった」

「そう……なんですか。自分ではよくわかりませんが……」

 そう言ってもらえて、単純に嬉しかった。

 武術を学ぶなんて初めての経験だった。

 反復練習の積み重ねで技術が錬磨され、昨日できなかったことが今日にできるようになる。

 そうするとまた新しい課題が見えてきて、そこに向かって邁進する。その中で集中力、精神力、人間性も磨かれていく。

 達人と呼ばれる境地に至って尚、道は果てなく続いている。

 つま先ほどではあるものの、武の奥深さの一端に触れ、多くの人がその修練に時間に費やすことを、あるいは人生さえも賭す価値のあるものだと、アニエスも肌で理解した。

 だからこそ、ここで中途半端に終わるのは……

「どうやら私の出番みたいだね?」

 凛としたハスキーボイスが聞こえた。近くの木の裏からバイクスーツ姿の女性が姿を現す。

 サーキットエリアに囚われており、先日に解放されたアンゼリカ・ログナーだった。

 まずアンゼリカはジンの前まで進み出ると、片膝を地面について両の手を組み合わせる礼をする。それが泰斗流の最敬礼だというのは後で知ったことだった。

「我が師よりジン殿のお話はかねがね。お初にお目にかかります。アンゼリカ・ログナーと申します」

 サーキットでトワに無節操に襲い掛かっていた時とは別人かと思うほど、落ち着き払い洗練された立ち振る舞いだった。

「師……ああ、キリカが半年ほど面倒を見たっていう。面白い跳ねっ返りがいたとは俺も聞いていたよ」

「お恥ずかしい限りです」

「いや、そういえばログナーという名だったな。サーキットエリアですぐに気づけなかったことは、こちらも申しわけなかった」

 話から察するに、アンゼリカはその師匠から泰斗流を教わり、師匠とジンは面識があるということらしい。

「ところで、私の出番とさっき言っていたが」

「もしかして私に発勁の稽古をつけて下さるのでしょうか?」

「当然さ」

 アンゼリカはアニエスにウィンクを飛ばした。

「見目麗しいうら若き乙女が、汗を流して日々武の修練に明け暮れている。ここで私が力にならずしてどうするというんだい。女性特有の脚部からの力伝導は、男性の感覚でやると腰の部分で歪みがでるからね。私ならその辺りはしっかり教えられるよ」

「ありがとうございます! 心強いです!」

 ここにきて師匠が増えた。アンゼリカさんなら私の発勁を形にしてくれるに違いない。

 そしてアーロンさんの各方面への無礼をこの手で止めてみせる。

「では早速アニエス君のスリーサイズを教えてくれたまえ」

「スリーサイズ? え?」

「おっと変な勘違いはしないで欲しい。体型や筋肉量にあった指導をするのは基本中の基本だろう」

「そ、そうですよね。なるほど」

「ああ、だから早く教えてくれたまえ。やましい気持ちはないから。ほら早く」

「……上から93の」

 気のせいだろうか、この人の目が濁って見えるのは。

 

 ●

 

 

《★レンちゃんとあそぼ second★》

 

「マキアスお兄さん、遊びましょう」

「またか……」

 ヘイムダル巡回中。脇道からにこにこ笑ってレンが登場した。

「また鬼ごっこじゃないだろうな。鎌で襲われるのはごめんだぞ?」

「ふふ、お兄さんったらまた面白いことを言って」

「いや、おもしろポイントはなかったはずだが……」

「でも安心して。今回は私の親友も一緒なの」

「こ、こんにちは」

 物陰に隠れていたティータが、控えめに顔を出した。

 ティータ・ラッセル。クロスベル再事変の解決で、もちろん面識はある。しかしマキアスとの接点はさほど多くなかった。

「あ、あの、マキアスさんが遊んでくれるから、ついてきてってレンちゃんが……えと、よろしくお願いします」

 人見知りの気があるのか、とても遠慮がちだ。ここで“遊びません”というのは、彼女を傷つけてしまいそうな気がする。

「僕はまあ構わないが……ただ女の子二人と遊ぶとか、正直何をしたらいいかわからない」

「おままごとなんて言わないから安心して。そうね、鬼ごっこの次はかくれんぼなんてどうかしら?」

「かくれんぼ? そんなものでいいならお安い御用だ」

「さすがマキアスお兄さん。じゃあ場所を変えましょうか」

 

 

「はあっはあっ……!」

 街エリア、クロスベル区画、旧市街。灰色の家屋が立ち並ぶ一角。トタン屋根のあばら家にマキアスは隠れていた。

 薄いコンクリート壁を隔てたすぐそばを、オーバルギアがエンジン音をがなり立てて通り過ぎていく。

「音波センサー……反応なし。振動センサー……反応なし」

 それを操るティータの声が聞こえてくる。認識で呼び出した機体らしい。かくれんぼという名のオーバルギアの性能テストだった。

 見つかったら何をされるかわからない。ひたすらに縮こまって身を潜める。

「熱源センサー……反応あり。この辺りだよ、レンちゃん」

 オーバルギアが転回し、また戻ってくる気配がした。

 直後、木製のボロ扉が切り裂かれる。

「うふふ、みぃつけた」

「ひいい!」

 逆光を受けて戸口に立つレンちゃんは、死神のシルエットそのものだった。

 メガネのブリッジめがけ、大鎌が振り抜かれる。

 

 ●

 

 

《★ぶん殴ってフレンドリーファイア★》

 

 ミシュラムのレイクサイドビーチに、またしてもクルトは呼び出されていた。

「えっと、セドリック。今度はなんですか?」

「それだよ、クルト」

 セドリックはびしっと指さした。

「ラウラさん主催の親睦会以降、君は僕をセドリックと呼び捨てにしてくれるようになった。でもまだ敬語のままだ」

「まあ、すぐに切り替えるのは中々難しく……言ってみれば癖ですので」

「君の真面目な性格は知っている。呼び捨てにするだけでも大変なことだっただろう。でもここまで来たなら、一気にタメ口まで行ったほうがいいと思うんだ」

「そう言われましても……気持ちの切り替えがありますから、すぐにというわけには……」

「わかってる。だから改めて君を呼び出させてもらった」

「と言いますと?」

「ケンカしよう」

「またそれですか……」

 ザッザーンと波が寄せては引いていく。

 前回はどっちが先に殴るだの殴らないだの、あーだこーだとケンカの“事前準備”に時間を掛け過ぎて、結局何もしないまま終わってしまったのだ。

 あとはエリゼのこともある。がむしゃらにやって、発散したい気持ちも確かにあった。

「僕は君と殴り合う心づもりはできている。あとは拳を前に繰り出すだけだ!」

「くっ、いつもながら覚悟だけは強い……」

「ならばその私闘。俺が立会人になろう」

 いつの間にかジンが登場していた。

「事情はおおよそ理解した。青春って感じで良いと思うぞ。熱が入り過ぎたら適当なところで止めるから、存分にやり合うといい」

「いやいや、ジンさん。皇族が殴られるんですよ。止めるでしょう、普通」

「リベール組はオリビエがはたかれるのをよく見てるからなあ。違和感がないんだよ」

「帝国人としては少し引いてしまいますね……」

「まあまあ、アニエスの指導を引き継いだから時間が余ってな。若者の青春に付き合わせてくれ」

「……?」

 なにはともあれ、波打ち際で向かい合うセドリックとクルト。

 ジンが勝負の号令をかけようとした時だった。

「うわっ!」

 ぬめった海藻を踏んだらしく、セドリックがしりもちをついた。

 その彼を助けようとクルトが駆け寄り、

「セドリック、手を――うわっ」

「ぶっ!?」

 同じくクルトも滑り、セドリックに差し出した手がその頬を打った。グーパンチだ。

「うおっ、不意打ちとかマジか……」

 ジンが引いた。

「や、やったな!」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか、うぐっ!」

 セドリックの拳がクルトの腹に入る。

 あとはなし崩し的に取っ組み合いになった。砂にまみれ、海水を飲み、水しぶきを上げながら殴り合う。

 クロスカウンターが決まり、二人は同時に仰向けになって倒れた。

「はあ、はあ……こんなことは最後にしてくれ、セドリック……」

「……わかった。あ、敬語じゃない……?」

「これだけ殴りあった後なんだ。敬語の方が使いにくいだろ」

「はは……やった」

 うんうんとうなずくジンは「やっぱ青春ってのはこうじゃなきゃな」と満足げな様子だった。

 夕暮れの大団円。湖が茜色に染まる中、園内放送が響いた。ティオの声だ。

『レイクサイドビーチにてミシュラムにそぐわない事をしている三名。ただちに退園するように』

 しかも放送は三回繰り返された。

「え、ミシュラムにそんなルールあるんだ?」

「ティオさんの主格者権限でこっちの状況を把握されていたみたいだな」

「俺は見守っていただけで、特に騒いでいないぞ。出て行けとは少々横暴じゃないか?」

『警告に従わない場合、エイドロンギアで即殲滅します』

 三人はすぐに退散した。

 

 ●

 

 

《★打ち鳴らしてメモリーベル★》

 

 トールズ士官学院の屋上を訪れていたエマは、そこに立つ鐘楼塔を見上げた。

 授業の始まりと終わり。あとは昼と夕に一回ずつ鳴らす。

 これはかつては用務員であるガイラーの仕事で、分校ができた頃から機械仕掛けの構造に置き換わり、自動で鐘を鳴らすようになっていた。

「……鳴りませんね」

 故障なのか、定刻になっても鐘の音が響かないのだ。

 何日か前までは普通に鳴っていたので、《ロア=ヘルヘイム》だから機械が動いていないというわけでもないらしい。

「大きい音なんですか? 聞いてみたかったです……」

「うん、トリスタ中に聞こえる鐘の音でね。街の人たちもそれを合図に昼食を取ったりしてたんだよ」

 残念そうにするフェリに、フィーがそう説明した。

 ああ、フィーちゃんがお姉さんしてる。ダメだ、泣きそう。

「何で上向いてるの?」

「いえ、こぼれてしまいそうで」

「胸が?」

「涙が」

 フェリがフィーの母校を見たいと言うので案内していたのだ。別にエマは呼ばれていないのだが、無理やりついてきた形だ。

 だって私もフェリちゃんと仲良くなりたいもの。

「学校って面白いですね! プールや練武場、音楽室に技術室……たくさんのことが学べそうです」

「眠たくなったらいつでも寝ていいしね」

「ダメです」

 フェリちゃんは色んなことに興味津々だ。その意味では何かと淡泊だったフィーちゃんとは真逆に感じる。

 だが猟兵の性ゆえか、少々ずれたところはやっぱりあって、校舎内の狙撃ポイントや遮蔽物の位置など、常に屋内戦を想定しながら動いていた。

 当初はフィーちゃんにもそういうところがあって、それでラウラさんとこじれて、私を含めみんなが気を遣って――というのも過去の話。

 ただただ懐かしい思い出だ。

「直したいですね、もう一度鐘が鳴るように……」

 エマたちは改めて、沈黙する鐘楼塔を見上げた。

 《ロア=ヘルヘイム》でも変わらない鐘の音は、存外安心感を与えてくれるものだったのだ。

 誰かに修理をお願いしてみようか――

 

 ●

 

 

《★銀の意思★》

 

「まさかこの場所まで再現されていたなんて……」

 複雑だ。

 その一言を口には出さず、ヨシュアは朽ちたハーメル村を歩いていた。

 寒々しい風、乾いた砂地、枯れた草木、焼け焦げた石壁、崩れ落ちた家屋。

 そこまで再現しなくてもいいだろうに。

「ヨシュア、平気?」

「今さらさ」

 同行してくれたエステルが気遣ってくれる。

 言葉少なに返しながら、我知らず早めていた歩調に気づく。僕はここを早く通り過ぎたいらしい。

 どうせ幻影であるのなら、在りし日の活気にあふれたハーメルを――いや、それもダメだな。余計につらくなる

「僕はいい。それよりもアッシュは大丈夫かい」

「感傷に浸るほどの記憶は残ってねえよ」

 素っ気なくアッシュは言う。

 街エリアの最果ての区画。鬱蒼と生い茂る雑木林に隠されるように、ひっそりとハーメル村は存在していた。

 広域巡回中にトヴァルが発見していたそうなのだが、あえてヨシュアやアッシュには伏せていたという。

 それを知り、三人はあることを確かめるために、この場所を訪れていた。

 やがてハーメルの最奥、悲劇に見舞われた村人たちの慰霊碑の前にたどり着く。

 ヨシュアは奥歯を強くかみしめた。

「ない……!」

 ないのだ。慰霊碑を守護するように地に突き立っていたはずの《ケルンバイター》が。何者かが魔剣を抜き去った痕跡だけが残っている。

 間違いない。レーヴェがここに来た。

 

 ●

 

 

《★夢守ってブレイクスルー★》

 

「ついに……ついに完成しやがったか!」

 アーロンは堂々たるその外観を見上げた。

 黒を基調にしたシックな色合いで、いかにもな高級感を演出している。予想を超える出来栄えに、このプロジェクトに関わった誰もが満足した。

「最高じゃねえか。待ち望んだ瞬間だぜ」

「ふふ、さすがの僕も感無量だよ」

 ランディとワジが手を打ち鳴らし、

「ここまで長かったな、出戻りパイセンよ」

「出戻り言うんじゃねえ。しかし同感だ。ようやくの再稼働だぜ……!」

 アッシュとクロウも拳を突き合わせた。

 男たちの悲願。崩壊したカジノの再設立である。これで思う存分のギャンブル三昧。異世界だろうがなんだろうが、息抜きは人生に必要なのだ。

「さて……そろそろ来る頃だな。正面から迎え撃つぞ」

 ランディを筆頭に、一同は新設のカジノの前で構える。

 想定通り、すぐに彼女たちはやってきた。

 ティオを先頭にエレイン、ラウラ、ユウナの四人が、五人の男たちとバリケードを挟んで対峙する。

「これはどういうことでしょうか。私に提出された企画書では、展示スペースを兼ねた休憩用施設とのことでしたが」

 低い声音でティオが問う。

「おいおい、ティオすけ。景品の展示はやってるし、休憩もできる。偽りはないはずだぜえ?」

 そう言うランディの後ろの男たちは、一様にニタニタと笑う。邪悪な笑みだった。

 ティオは主格者権能でミシュラムで不穏な動きがあれば、すぐさま察知できる。

 ゆえにランディたちは事前にフェイクの企画書を提出し、着工の了承だけは彼女自身から得ていたのだ。

 そしてカジノの中身であるスロット台やらゲームテーブル、ルーレット盤などは、全て別エリアである《フェリちゃんの工房》で仕上げた。

 それらをカジノの完成と同時に、一気に搬入したという手口である。

 この段階に至って初めて、ティオは諸悪の企みに気づいたのだった。

「ミシュラムという夢のテーマパークの敷地内に、汚い大人の欲にまみれたカジノを作るだなんて言語道断だわ」

「小細工を弄して事を進めようなど、やましい自覚がある証拠。その歪んだ性根ごと我々で切り刻んでくれる」

 エレインとラウラは剣を抜いて、すでに臨戦態勢だ。

「は、はんたーい、カジノ建設はんたーい。ミシュラムのイメージを壊すな~、地元住民の声を聞け~」

 ユウナは安全第一の黄色メットをかぶり、ほぼ棒読みで『カジノ反対!』の登り旗を振っている。付き合わされ感満載だ。

 男たちも負けてはいない。

「ああん!? お上の横暴に屈してたまるかよ! 社会経済は夢追い人共の負け金で回ってるってこと教えてやんぜ!」

 アーロンの啖呵を皮切りに、次々とヤジが飛ぶ。

「カジノの何が悪いんだ! 勝手なイメージを俺らにまで押し付けんじゃねえ!」

「そもそも最初からあったのはカジノエリアだっつーの! ミシュラムこそ後付けで派生した施設だろーが!」

「ほら、提案書の副本にもティオちゃんの認可署名があるよ? 何か問題があるのかな?」

「どうしたどうしたあ、不服があんなら言ってみろ、ティオすけ!」

 オラオラ系大集合の、勢いに任せた悪罵と悪態の乱れ打ちだ。

 最終的には互いにあらゆる騒音をがなり立て、

『かーえれ! かーえれ! かーえれ!』

『立ーち退け! 立ーち退け! 立ーち退け!』

 双方微塵も譲らず、もはや埒が明かなかった。

「こうなったら強制執行しかありません。ティオ隊長、突撃のご指示を」

「いえ、いったん退いて準備を調えましょう」

 一触即発で構えるエレインに、ティオはそう言い含めた。

「仲間も集めてきます。装甲車も用意して、エイドロンギアも召喚します。完膚なきまでに叩き潰し、この目障りなカジノ施設を更地に変えてあげましょう」

「はっ、言うじゃねえか。それまでに防衛システムの完備は済ませておくし、こっちも同志は増やすぜ。ヴァンやアルフィン殿下辺りなら乗るだろ。何人たりとも俺たちの城に傷はつけさせねえ!」

 ランディは挑発的に嘲った。

 ぶつかる視線の中心で、バッチバチにスパークが散る。

「不遜なる者たちに正義の鉄槌を。《みっしぃ愛好同盟》改め《みっしぃ解放戦線》がミシュラムをあるべき姿に戻します!」

「やってみやがれ。俺たち《ギャンブラー愚連隊》が返り討ちにしてやらあ!」

 

 ●

 

 

《★レンちゃんとあそぼ third★》

 

「マキアスお兄さん、遊びましょう」

「まだ重ねてくるのか……」

 散々レンに付き合わされ、ようやく解放された午後一番。

 第三学生寮のリビングで、一人チェスに興じようと思っていた矢先のことだった。

 疲労困憊のマキアスの前に、レンがにこやかに現れた。

「いやいやレンちゃん。さすがに今日は疲れたよ」

「私は遊び足りないわ。もっとお兄さんに構って欲しいの。本当の妹だと思って可愛がってちょうだい」

「言ってることは愛らしいんだけどな……」

 鬼ごっこでメガネを切られ、かくれんぼでメガネを切られ、次は何をされるかわかったものではない。

「じゃあチェスをしない? 実はチェスAIを作ってみたのよ。そのテストをしたいのだけど、相応の実力者じゃないと今一つ精度が測れなくて」

「チェスAIか……そういえばルーレ工科大で見たことがあるな。ステファン先輩も絡んでいたっけ」

 もう何年も前の話だから、あの頃より技術は進歩しているかもしれない。“相応の実力者”というワードも、僕の心をくすぐった。

「よし、いいぞ。やろうじゃないか」

「そうこなくっちゃ」

 さっそくレンちゃんと対戦する。彼女は僕の打った手を端末に入力し、そこから導き出される最適解に従って盤上の駒を進めた。

「はい、ナイトを取ったわ」

「うっ」

 メガネにヒビが入る。

「ルーク、ビショップもさようなら」

「ぐっ」

 さらに深くメガネのレンズに亀裂が走る。

「うふふ、クイーンにお別れは言ったかしら?」

「がはっ」

 フレームがぼろぼろと崩れていく。

「劣勢の状況に合わせてメガネも損傷していくその仕組みには興味があるわね。精神とメガネが結合しているとしか思えないわ」

「レーグニッツ家にとって、メガネは魂の一部だからな。だが逆に言うなら、心さえ強く持てばメガネは永遠に不滅なんだ!」

「チェックメイト」

「ぎゃあああ!!」

 そしてメガネは爆散した。

 

【挿絵表示】

 

 

 ●

 

 

《★這い上るグレイプニル★》

 

『マズ一匹目ノ足ヲ撃ツ。次ニソイツヲ助ケニ来タ奴ヲ撃ツ。繰リ返セバ人類絶滅。FIO満足!』

『GRRRR!』

 ヴァンとアーロンのせいでグレてしまったXEROSとFIOが、どうしても元に戻らない。

 人類絶滅とか言ってる時点で、グレるの域は軽く突破している気がする。

 とはいえ、今のところカトルに危害を加えるようなことはなく、荒ぶっていてもそこの一線は守ってくれているようだった。

 これがヴァンとアーロン相手なら、容赦なくオプティカルカノンを撃ち放つのだろうが。

 二機のメンテは屋上が定位置だ。《フェリちゃんの工房》を利用してもいいのだが、やはりこの場所は一人で作業に没頭できるので落ち着く。

 と、思っていたら来客があった。

「こちらでしたか。お邪魔してもいいですか?」

「うん、かまわないよ。どうしたの、フェリちゃん」

 ずっと僕を探していたらしい。ぎゃんぎゃん威嚇するFIOやXEROSに物怖じすることなく、フェリはカトルのそばまでやってきた。

「次って空エリアじゃないですか。パンタグリュエルでしたっけ? どうやって行くと思います?」

「これまで通り、《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》を渡るんじゃないかな? あの巨船の甲板あたりに転移するとかして」

「でもそうじゃなかったらどうします?」

「うーん、一応保険はかけとこうか?」

了解(ウーラ)っ」

 フェリは屋上の端から、《モンマルト》横に停めているピックアップトラックを見下ろした。獲物を狙う狩人の目だった。

 第六エリアが大地と来て、第七エリアが空。

 空か。

 ふとジョルジュが消える間際に言った『天体観測でもしてみたらどうだい』という言葉を思い出した。

 追い詰められての虚勢や軽口? しかしあんな場面で言うだろうか。

「……試すだけ試そうかな」

 カトルは自前の天体望遠鏡を召喚した。グランマに買ってもらった宝物。これを呼び出せないはずがない。

 手早くセットして、望遠鏡をのぞき込む。

 昼の明るさはあるが、《ロア=ヘルヘイム》に太陽はないので、うっかり目を痛める恐れもない。

 《パンタグリュエル》でも見つけられればと思ったが、滞留する霧の中を遊覧しているらしく、その船影を視認することはできなかった。

「……ん?」

 望遠の度合を調整しつつ、角度も微細に変えていく。

 その最中、不意に目に留まったものがあった。相当の距離があるが、うっすらと格子状の模様が虚空に浮かんでいるのだ。

 その模様は広く広く横へと連なり、《ロア=ヘルヘイム》全域を覆っているかのようだった。

 なんだ、あれは――

 

【挿絵表示】

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 十枚目の破片を誰かが踏み割った。

 

 

 

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