黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
《★入ってみたいライオンサークル★》
トヴァルが発見したユミルエリアは、ユミルらしく雪が積もっていた。
「おじいちゃーん、雪合戦しよー!」
「ははは、よしきた」
白く染まる景色の中、ミリアムはベルガルドに雪玉を投げた。
「ねえ知ってる? エリゼって雪合戦が強いんだよ。おじいちゃんなら勝てるかなー」
「雪郷の遊びであろう。地元の民に中々勝てるものではないぞ」
手加減しつつ、ベルガルドがミリアムに雪玉を投げ返していると、アルティナが呼んできた。
「雪だるまの頭が乗せられないです。おじいちゃんも手伝って下さい」
「おお、これは立派なものを拵えたものだ。どれ、任せるがいい」
アルティナが作った雪だるまの体は大きい。別個に作った頭部分を抱えると、ベルガルドはそれを慎重に乗っけてやった。
今度はティオがやってくる。
「雪上でも走る車のラジコンを作成してみました。二台ありますので、おじいちゃんもやりませんか」
「ティオは器用なのだな。しかしバイクならともかく、ピコピコの操作は私にはよくわからんのだが……」
言いつつもベルガルドはコントローラーを受け取ると、そこはかとなく楽しそうにラジコンを動かした。
「ばふっ」
と、離れたところでフェリがこけた。顔面から雪に埋まり、持ち上げた顔は鼻が赤くなっている。
駆け寄ったベルガルドはフェリを起こし、体中の雪を払う。
「大事ないか、フェリ。中東の育ちでは雪に馴染みがなかろう」
「うぅー冷たいです。靴の中にも雪が入ってビチャビチャで……」
「そこに足湯がある。背負って連れて行くからつかまりなさい」
「わっ、ベルガルドさん、背が高いですね! クマみたいですっ」
「はっはっは、違いない」
フェリをおんぶするベルガルド。
彼女らはノルドエリア攻略で、ベルガルドと同じチームだった。
そこで身を挺してミストマータのセリスとリオンの猛攻から守ってくれたベルガルドに、いわゆる“孫ズ”の四人は懐いていた。
そのおじいちゃんと孫の微笑ましい光景を、親指の爪を噛みながら眺める者が一人。
「なんなのよ、あのちびっこたち。あたしのベルガルドさんにい……っ!」
木の陰に潜むサラ・バレスタインである。
彼女に同行してきたヴァンは、かじかむ手をさすりながら言った。
「いやいや、サラの姉御。師父は子供の面倒見てるだけじゃないですか。嫉妬するような場面じゃねえと思うんだが……」
「なによ、ヴァン。ずいぶん偉そうになったわね。昔のアンタは尖りつつも、もっと可愛気があったわよ」
「はあ、そうですかね」
かつて《北方戦役》におけるノーザンブリア入りの裏ルートを確保した縁から、ヴァンはサラとトヴァルとの面識がある。
「うー……あたしもベルガルドさんの輪の中に入りたいわ」
「さすがに孫は無理ですって」
「孫とは言ってないわよ! ああ!?」
ヴァンは紫電ほとばしるアッパーを食らった。
●
《★猛将列伝のすすめ World's End(前編)★》
これがグランセル城か。なかなか悪くねえ。だがバルフレイム宮のほうが色合いのセンスがいい。
「ヨシュアの部屋はここか? 城ってのは無駄に部屋数が多くてわかりづれえな」
ノックするが返事はない。人の気配も感じない。留守のようだが、アーロンは関係なくドアを開いた。
案の定、そこには誰もいなかった。
クローゼから与えられた客室だろうが、それにしても整然としている。ベッドのシーツもきちんと折りたたまれ、彼の几帳面な性格がうかがえた。
戻ってくるまでヨシュアを待つか? しかしこの後は野暮用がある。
「仕方ねえ。とりあえずここにありゃ読むだろ」
アーロンはデスクに《猛将列伝》を置いた。読みかけの本があったので、あえてその上にだ。
猛将エリオットの勇名はエレボニア、クロスベルには深く浸透している。カルバードにも自分が広めるから大丈夫だ。
問題はリベール。どうも布教活動が進んでいないらしい。これは由々しき事態だ。
だからここにやってきた。ヨシュアはエステルに続くリベールチームの中心人物。
彼から拡散してくれれば事は早いだろう。遊撃士として国内のあちこちに出向く利点もある。
「……セイたちにも読ませてやりたかったぜ」
亡き親友の名をつぶやく。少しばかりしんみりした気持ちになって、アーロンはその部屋を後にした。
「――それでアニエスさんも《日溜まりのアニエス》が好きなんですって。気立てもいいし、可愛らしいし、イメージに合いますよね」
「うんうん、わかるわ。清楚な感じよね」
《ロア=ヘルヘイム》で初期に合流したこともあってか、クローゼは特にアニエスと仲が良い。
エステルもクローゼの話には同意で、彼女の優しい人柄には好印象を抱いていた。
「ヨシュア、いる? そろそろご飯食べに行かない?」
グランセル城のヨシュアの私室を、エステルがノックする。応答はない。
「あら、お出かけでしょうか」
「巡回に行くなんて聞いてないけど……あ、ドア開いてるじゃない。入るわよー?」
いない。やはり外出のようだ。
「うーん、あたしたちだけでお昼済ましちゃおっか。……クローゼ、どうしたの?」
「あ、いえ。机の上に本がありまして。ヨシュアさんってどんな本を読むのかなと」
「そういえば、あたしもよく知らないわね。えーと《猛将列伝》? 英雄譚かしら。ちょっと意外かも」
それは興味本位だった。二人でぱらぱらと《猛将列伝》をめくってみる。
いくつもの章で構成された実録記のようだった。
「……いや、これ、ちょっと……」
「あ、あぁ……あええ……」
顔を真っ赤にしながらページを進める。倫理観無視の内容、突き抜けた表現、異次元の哲学。
「エ、エステルさん。ここ“幼馴染の彼女の章――緊縛黙示録”ってありますよ」
「きんばく……? なに、あたし、縛られるの……? ま、待って、次の章って」
「……“しつけの章――従順王太女の懇願”……私、しつけられちゃうんですかね……」
幼馴染の彼女とか王太女とか、なんてピンポイントなのだろう。
「こ、ここ、こんなことをあたしたちに? というか二人を同時に……!?」
「こ、困りましたね。ヨシュアさんが望むなら私はやぶさかではありませんが……」
「やぶさかじゃないんだ!?」
「でもこれ……本当にヨシュアさんがこんな感じで迫ってきたら、いつも通り『モチのロンよ!』のテンションで応じちゃうんですか?」
「そ、そんなわけないでしょ! むしろ『あんですって~!』が飛び出すわ!」
二人は混乱の極みだった。
●
《★取らないでバーニングハート★》
マーテル公園はいつ来ても景色がいい。
異世界の中であることは理解しているが、それにしても現実世界との差異が感じられないほどだ。
この辺りでいいだろう。ガイウスがキャンバスを広げ、絵の具を取り出した時、
「やあ。絵を描くのかい?」
近くを巡回していたらしいワジに声をかけられた。
「ヘミスフィア卿。ああ、すまない。良い風景を見ると、つい普段の癖で……」
「息抜きは必要さ。それとファミリーネームだなんて他人行儀じゃないか。ワジでいいよ。それとも僕もウォーゼル卿って呼んだ方がいいのかな?」
「失礼した。聖杯騎士としては新米だから、つい気を遣ってしまってな」
「総長を筆頭に曲者揃いの騎士団の中で、君は本当に常識人だよ。あのセリスが可愛がるくらいだからね」
「セリスさんはいつも優しいと思うが。会った時は『たくさん食え』と言って必ず食事に連れていってくれる。姉御肌というのか、頼りがいのある人だ」
「リオンと口喧嘩してるところ、まだ見たことがないらしい」
ワジは苦笑した。
「そうだ。絵を描くなら僕たちをモデルにしてくれないか?」
「構わないぞ。ん、たち……?」
「ちょっと待ってて」
ワジは転移で消え、そしてすぐにロイドといっしょに戻ってきた。
「僕とロイドのツーショットでお願いするよ。額縁に入れて私室の壁に飾ろうと思う」
「な、なんだ。俺はどうしたらいいんだ」
「ロイドはただ僕の横に立つだけでいい。じゃあガイウス、さっそく頼めるかな」
「そうはさせねぇよ、ワジィ!」
さらにランディが転移で現れた。
「何を企んでいるかと思えば……いいか、ロイドのとなりは相棒であるこの俺の指定席だ。たとえ絵だとしても見過ごせねえな!」
「まったく……ここぞの時に邪魔してくれるね、ランディは。カジノ建設に協力した恩を忘れたのかな?」
「それはそれ、これはこれだぜ」
水かけ口論はいつまでも止まらない。
「見つけたわよ! あなたたちがセットでいなくなったから、どうせこういうことだろうと思ったわ!」
そこにエリィまでもがやってきた。
「引っ込んでろ、お嬢! こいつは俺とワジの戦いだ!」
「やれやれ、エリィも相変わらずだ。君の出る幕じゃあないんだよ」
「出る幕でしょうよ、どう考えても! この手のことで二人が戦うのもおかしいのよ! どうして私がこの場に入れないのよ!」
やいのやいのと揉める三人に囲まれて、困惑するロイドが言った。
「いや、あの、だから俺は何をすれば……」
『何もしなくていい!』
「はい……」
異口同音に怒鳴られて、ロイドはしゅんと肩を落とした。
ほどなく喧騒の彼らをそのまま写した絵が完成する。今度は誰がそれを手に入れるかのケンカが始まった。
●
《★猛将列伝のすすめ World's End(中編)★》
レーヴェのことが頭から離れない。
剣帝レオンハルトの霧人形。他のミストマータもそうであったように、記憶は保持している可能性が高い。
ノルドエリアで交戦したベルガルドの見解によれば、“霧を晴らすものを討つ”という使命が最上位に来ているため、たとえ自分たちが相手でも容赦をしないという。
旧知だから手加減するなどという思考がそもそも発生しないのだろう。
つまりは姿と記憶があるだけで、価値観のまったく異なる偽物だ。
「だったら……だったらなんであの時、僕に攻撃してこなかったんだよ……」
氷の洞窟で彼と初遭遇した時、ベルガルドのいう行動順位の通りなら、霧を晴らそうとした自分たちを見逃すはずもない。
レーヴェの心がどこかに残っているのか? それともまだ予測が及んでいない何かがミストマータにはあるのか?
いずれにしても“偽物”だと割り切るのは、わかっていても難しい。姿と記憶なんて、本人を認識する一番の記号じゃないか。
戦いは避けられないかもしれない。そして今の僕では全力のレーヴェには届かない。
部屋に戻ったら、クルトから借りた本の続きを読もう。ヴァンダールの双剣術の指南書を、彼の認識で呼び出してもらったのだ。
僕の剣技はまっとうな手段で覚えた代物じゃない。暗殺術のノウハウも組み込まれている。
今さら感は大いにあるが、一度基本に立ち返れば、見えてくるものもあるのではと思ったのだ。
仲間を――エステルたちを守るために、もっとできることを増やす必要がある。
「あ……おかえり、ヨシュア」
グランセル城の正門にまで戻って来たところで、エステルとクローゼが出迎えてくれた。
「ただいま。二人してどうしたんだい。僕に用事?」
「うん……ちょっとね。聞きたいことがあって」
彼女たちの表情は暗く、固かった。
ひどく重苦しい口調でエステルが切り出した。
「あのさ、ヨシュア。最近、どんな本を読んでるの?」
「本? ああ……」
ヨシュアはエステルたちが自分の部屋の“双剣術の指南書”を見つけたのだと察した。
エステルは気づきの目がある。僕の悩みに勘づかれたのかもしれない。
「隠しているつもりはなかった。もしかして不安にさせたかな」
「ちょっとは隠した方が良いと思うけど……不安っていうか……ねえ?」
エステルは意味ありげな目配せをクローゼにする。
「深い意味もないよ。ちょっと興味があっただけで」
「いや、意味しか感じないわ……」
「本当に気にしないで欲しい。僕の問題だ」
「き、気にするでしょ、そんなの! 一人だけの問題ってわけでもないじゃない!」
「エステル……」
そうだ。僕は何を考えてるんだ。そうやって自分だけで抱え込んで、勝手に線を引いて、みんなに心配ばかりさせて。
やっと人を信じて頼ることを覚えたんじゃないか。
「急にそんな本を読み出したら心配させてしまうと思ったんだ。はぐらかしてごめん」
「それはまあ、確かに驚いたわ……ヨシュアも興味あるんだって。そんな気配、今まで一度も見せなかったし」
「実はほとんど我流に近いんだよ。まっとうに学ぶ機会がなかったからね。やっぱり応用は基礎を覚えてからだろう?」
「ま、間違ってはないと思うけど」
ずっと黙っていたクローゼが口を開いた。
「それで、あのう……二人と言いますか、私もヨシュアさんのその対象に入ってるんですか?」
「え?」
指南書には様々な想定が記載されている。一対一に一対多数。他にも自らの背後に守る対象を据えながら戦う立ち回りも紹介されていた。
僕が守りたいのはエステルだけじゃない。
「もちろんクローゼもさ」
「な、なんて清々しい宣言」
ヨシュアは強い眼差しで二人を視界に入れた。
「僕の強みは手数の多さなんだ。どんな状況にも対応できるように、やれることを少しでも増やしたい」
「てっ、手数」
「いや、手数だけじゃダメだ。パワー、スピード、テクニック……全てがまだ足りない……!」
「えっと、すごいこと言ってますよ? 少し落ち着きましょう? ね?」
クローゼがどうにかなだめつかせようとしてくる。だが記憶のレーヴェに敵うイメージがまるで湧かなかった。
「その、うまく言えないんだけど、一人で思い詰めすぎじゃない? 急にそんなカミングアウトされても、さすがに戸惑っちゃうし? なんていうか、あたしもそっち方面の勉強は全然してこなかったし? いつかは――なんて考えないわけじゃなかったけど……」
「僕とエステルは違うだろ。君は父さんから仕込まれてるじゃないか」
「んなわけないでしょーが!!」
顔を真っ赤にして怒られる。意味がわからない。幼少期から棒術の指導を受けているのは間違いないのに。
「それにエステルにまで一から学んで欲しいとは思ってないよ。だってもう棍の扱いで君に並ぶ相手はいないだろう?」
『棍!!』
かたかたと戦慄する二人。
「爽やかな顔でなに言ってんのよ……」
「いったい今、どんな精神状態なんですか……」
「いたって普通なんだけど」
エステルが強く肩をつかんできた。
「何がヨシュアをそうさせちゃったの!? あの本よね!? 誰から借りたの!?」
「ああ、やっぱり見られてたか。白状する。クルト君に僕から頼んだんだ。彼も双剣の使い手だからね」
『双剣!!』
のけぞる二人。さっきから驚愕するポイントがおかしい気がする。
「エステルさん、お気を確かに!」
「大丈夫、大丈夫だから……」
エステルは地面に両手をついてうなだれた。
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《★誤解しないでスクールランブル★》
つい先日までサラが囚われていたバーに、お姉さんたちは大集合していた。
サラを筆頭に、クレア、スカーレット、ヴィータ、エレイン、デュバリィ、シャロンである。
デュバリィとエレインはこの一団にまとめられることを地味に拒否していたが。
「いやー迷惑をかけたわね。自分じゃよく覚えてないんだけど」
罰悪そうにサラが謝ると、シャロンは微笑んだ。
「ええ、本当に。最初のエリア攻略で発見されていたにも関わらず、ずっと囚われっぱなしで、もう最終エリア目前となりました。ここまで引き延ばすなんて、さすがはサラ様ですわ。逆に感心致します、逆に」
「ね、ねちっこいのよ、あんたは……!」
にこにこしながらも、ここぞとばかりに責めてくるシャロンから視線を逃し、サラは話題を変えた。
「そういえばさ、あたしも第3学生寮を待機場所にしてるんだけど、その自室のクローゼットにこんなのが入ってたのよ」
サラはそれを召喚した。テーブルカウンターにバサバサと落ちて来たのは制服の束だった。
その一つをクレアが広げる。
「これは学校エリアで使った制服……でしょうか? サイズ感も合いそうではありますが……」
「ああ、そういうこと。なんかそういうエリアがあったとは聞いてるわ。あたしの部屋に転送? されてきた理由はわからないけども」
興味深げに制服を見やる一同に、サラはこんな提案をした。
「せっかくだから着てみない? 色々種類があるし、あたしたちだってまだまだイケる証明にもなるし?」
幸いバーにはお姉さんチーム以外には誰もおらず、幻影のバーテンダーはテンプレの接客を繰り返すだけで、こちらが呼ばない限り見向きもしない。
しかし気恥ずかしいのなんだので、みんな二の足を踏んでいる。
その中で最初に乗ってきたのはヴィータだった。
「いいじゃない。面白そうだから私はやるわ。でもまずは言い出しっぺからどうぞ?」
「やってやろうじゃないの」
一枚の制服を手に取ると、サラは店の奥へ着替えに行く。
ほどなく準備が整った。
「ふっふーん、どうかしら」
さながらファッションショーのように、カウンター袖から制服姿のサラが登場する。トールズの赤服を着用して、髪はツインテールにくくられていた。
『あぉ……』
ざわつく一同。色々な意見がありそうだったが、そこは大人のお姉さん。ぐっと喉の奥に押さえ込む。
そこにヴィータが続いた。
「ふふ、宿題はちゃんとやってきたの? 忘れたら放課後にお仕置きよ」
彼女がチョイスしたのはジェニス王立学院の制服で、メガネとスクールバッグで清楚系にまとめている。ウェーブのかかった髪は三つ編みだ。
「いかが? エマの委員長スタイルにしてみたのだけど」
これが意外に良く、酒の勢いもあってか、今度はみんな乗ってきた。
「遅刻、遅刻ですわー!」
デュバリィはミニスカセーラーだ。
彼女のためだけにデザインされたのかと思うほど、しっくりとハマっている。口にくわえた食パンのポイントが高い。
このあと曲がり角でぶつかった男子生徒が、実は今日から自分のクラスに入る転校生だったという謎の設定も盛り込まれた。
「あんたどこ校なわけ? うちらのシマででっけえ顔してんなっつーの!」
「わたくし、道に迷ってしまいまして……ああ、どこなの爺や」
次はクレアとスカーレットの同時登場だ。
スカーレットは例によってのヤンキースタイルで、長スカートに黒マスク、木刀装備。
クレアはいかにもなお嬢様学校の白いブレザー。
正反対の格好だが、不思議とマッチしていて、不良娘と箱入娘の出会いから始まる物語が見えてくる。
「せんぱぁい、そこのボール拾って下さぁい」
甘ったるい声で、腕をフリフリ胸をバインバインさせながらシャロンが走ってきた。
部活中というシチュエーションなのだろう、シャロンが着ているのは体操服だ。
胸には『しゃろん・くる~が~』と刺繍され、下はブルマ。歴史の奔流の中で文化ごと失われ、伝説の神具とまで謳われた紺のブルマである。もはや聖杯騎士がこぞって回収していく
「ど、どうも。エレイン・オークレールです」
最後は恥じらいマックスのエレインである。彼女はお決まりというべきか、アラミス高等学校の制服を選んでいた。ホワイトブロンドの髪はポニーテールにくくられている。
素材の良さを活かした味付けに絶賛の歓声が上がる。
そして次々とシチュエーションのオーダーが飛んできた。やるとなったら真面目なエレインは、がんばって要望に応えようとする。
――となりの家に住んでいる幼馴染を起こす時。
「もういつまで寝ているの!? 学校に遅れちゃうわよ! あなたって私がいないと本当にダメね!」
――お昼にお弁当を作ってきてあげたけど、渡すタイミングが中々つかめない時。
「き、昨日の夕飯作り過ぎちゃって、捨てるのももったいないし、別に余り物お弁当箱に詰めただけだから味は保証しないけど……た、食べたかったら食べてもいいわよ?」
――熱を出した幼馴染の家に行くと彼だけが寝ていて、熱を測りたいけど体温計がなく『……仕方ないわよね』と自分を納得させつつ額を近づけ、互いのおでこが触れるまさにその瞬間に彼が目を覚ました時。
「やっ、ち、違うの! これはあなたが体調不良だって言うから、その様子を見るためにね!? 勘違いしないでよね! 私もう帰るから! あ、冷蔵庫にプリンとゼリー入れてるから! ……早く元気になりなさいよね」
――彼と一緒にミシュラムに遊びにきて、思い出の写真を取る時に見せる嬉しい本音を隠せない最高の笑顔。
「えへっ」
とピース。
その瞬間に、ヴァンがバーに入って来た。
「あ……えっとだな、サラの姉御が解放されてから、ちゃんと霧が晴れてるかを確認しに来たんだが……」
状況が飲み込めないまま、制服のお姉さんでいっぱいの店内をぐるりと見回す。
「……そういうお店に変わったんですか」
エレインは笑顔ダブルピースで固まったまま、カタカタと全身を震わせていた。
●
《★猛将列伝のすすめ World's End(後編)★》
なぜだ。なぜ僕は怒られているんだ。
「――だからね? 別にクルト君も男の子だし、わかるのよ? あたし、そういう理解はある方だと思ってるから。ただ限度ってあるじゃない?」
「クルトさん。武道における節度、節制は大変なものですよね。どこかで発散するのも必要でしょう。それでも発散の仕方ってあると思うんです」
「は、はぁ……申し訳ありません」
クルトはエステルとクローゼに頭を下げた。
事情はまったくわからない。
分校寮のラウンジで昼食を取ろうとした矢先、いきなり彼女たちが転移で現れ、そして責められた。
武術を学ぶ身に染みついた条件反射で、目上の方々からの指導叱責はまず受け入れる。
しかしどれだけ熟考し咀嚼してみても、自分がなぜ注意されているのかは理解できなかった。
節度? 節制? 僕の稽古の方向性が良くなかったのか? しかしそれをエステルさんやクローディア殿下が指摘してくるという背景が腑に落ちない。
「クルト君の趣味趣向に口出しするつもりはないのよ。でもヨシュアにはまだ早いっていうか、順序があるっていうか、わかるでしょ?」
「要するにですね。階段は一段ずつ踏みしめて登るものであって、大砲で一気に上階まで撃ち上げるというやり方は少々乱暴ではないかと言うことなんですよ」
「は、はぁ……申し訳ありません」
やっぱり意味がわからない。それなのに謝り続ける僕ってどうなんだ。
そういえば今、ヨシュアさんの名前が出た。最近での彼とのやり取りは、せいぜい双剣の指南書を貸したくらいだが……まさかそれか?
だとしても、それがヨシュアさんに早いとはまったく思わない。
「それともう一つ、あの本に書かれていたエリオット君はなんなの? 獣そのものなんだけど!」
「あの本……エリオットさん?」
「猛将がどうのってのはノルドエリアで同じ夏エリア攻略班だったし、冗談半分で聞いてはいたわよ。でもまさかここまでだなんて思わないじゃない!」
「な、何がなんだか……」
本とはやはり指南書のことか。しかしヴァンダール流の指南書にエリオットさんが登場するはずもない。いったいエステルさんたちは何を言っているんだ。
「エリオットさんは獣なんかじゃありませんよ」
セドリックがラウンジに姿を見せた。午後から一緒に巡回にいく約束をしていたから、それでやってきてくれたのだろう。
彼は堂々として、自信に満ち溢れた声音で言う。
「そう。エリオットさんは獣ではなく、獣の皮をかぶったケダモノ。情欲のみが行動原理の血濡れの大魔王。《猛将列伝》に描かれている彼こそが、全ての事実にして真実の姿なんです」
『やっぱり!』
エステルとクローゼは膝をついてくずおれる。
多くの人の誤解を渡り歩き、ついに猛将がリベールにまで上陸した。
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《★おねがいティーチャー★》
「よう、教官コンビじゃねえか。何話してんだ?」
トワとリィンが第三学生寮のリビングでくつろいでいるところに、クロウが声をかけた。時刻は20時、外はしとしとと雨が降っていた。
工房エリアを攻略したことで時間の概念が、ノルドエリアを攻略したことで天候の概念が生まれたらしい。
始めは荒唐無稽だった夢の異世界が、どんどんと現実世界の環境に近づいている。俺たちにとって馴染みやすい世界へ変わっていこうとしているのは気のせいだろうか。
「軽く飲みながらの雑談だ。大した話じゃない」
「クロウ君も座っていきなよ。もう少ししたらシャロンさんがおつまみを持って来てくれるって」
とか言いつつ、真面目ちゃんの二人だ。どうせ昨今の世界情勢とか、教育現場のあれこれとか話してんだろうな。
「ま、そういうことなら邪魔させてもらおうかね。それで雑談ってどんな?」
「昨今の世界情勢とかだな。エレボニアとクロスベルは落ち着いているが、カルバードとはまだ不安定だ」
「内戦の影響で学業がストップした事例もあるからね。教育環境の体勢見直しも課題だよ」
どこが雑談だ。議論じゃねえか。期待を裏切らないヤツらだよ。
「そういえばアニエスさんはカルバードの学生なんだっけ。確かアラミス高等学校とか。ちょっと話を聞いてみたいなあ」
「だったらレンに顔つなぎを頼みましょうか。1208年では留学生としてアラミスに通っていて、生徒会長を務めているそうですよ」
「あのレンちゃんが……感慨深いねえ」
「成長しましたね。ずいぶんと後輩の面倒見もいいみたいで」
「お前ら両親か」
二十代そこそこで熟年夫婦みたいな遠い目をしやがって。
教官職やってると父性やら母性が違う方向で出るんだろうか。
教官……教官か。
「ちょっと聞きてえんだが、教官やるってどんな感じなんだ? 実は今後の身の振り方を考えててな」
スカーレットに勧められたことだった。本気にはしていなかったが、この二人がそろっているなら参考程度にはなるかもしれない。
「え、教官職に興味があるってことか?」
「クロウ君が?」
「ああ、いや。別にそんな大層な話じゃなくて――」
『それ大層な話!!』
凄まじい勢いで、ずいっと同時に前に出て来られる。飲みかけたドリンクを吐き出しかけた。
「トールズの卒業証書は持ってるな? あの時確かに渡したから持ってるよな? 推薦文は俺が書くから、クロウは履歴書を作成しておいてくれ。顔写真はちゃんと店で撮るんだぞ。あと職務経歴に帝国解放戦線って書いたらダメだからな!」
「はいこれトールズの願書。私の認識で呼び出しておいたからね。あと採用条項と雇用条件に目を通しておいて。筆記試験、実技試験、体力測定、健康診断、適性検査、志向調査のあとは三次面接まであるから、私とロープレで練習するよ。模範解答を630通り暗記してね」
「い、いやいや、待て待て、お前ら目がマジじゃねえか!」
それこそ雑談のつもりだったのに。慌てて逃げようとするクロウの両脇をつかむと、トワとリィンは強引に席に戻した。
「夜は長いんだ。これから教官職のやりがいと素晴らしさをとことん語らせてもらうぞ。もちろん朝までな」
「おつまみとお酒もらってきたよ。あと拘束用の鋼糸もシャロンさんから借りてきたから」
「誰か助けてくれ! こいつらモンスターティーチャーだ!」
●
《★怒らないでゴールドギア★》
いったいどういう事態なんだ、こいつは
「うおおっ!?」
轟音と共に鐘楼塔が揺れる。振り落されないよう、トヴァルは必死で鐘本体にしがみついた。
トールズの鐘が鳴らなくなってしまったからと、エマから修理を請け負ったのが今日の午前。入用な工具をそろえて、修理に着手したのが一時間ほど前のことだ。
実際に鐘楼塔に登っての作業。かつては用務員が手動で鳴らしていたのを、数年前に機械仕掛けに改修してから、定時になると自動で鐘を響かせるのだという。
その機構さえ再現されていた。だから時間をかければ直せると踏んでいたのだが――滅多に誰も上がって来ないはずの屋上にちらりほらりと人が集まり始めた。
何かのイベントだろうか。しかしお兄さん、何も聞いてないぜ。
ひとまず鐘の裏に身を身をひそめながら様子を窺っていると、ギャラリーに見守られる形で、セドリック殿下とエリゼお嬢さんが向かい合った。
ひどくシリアスな様子だ。まさかケンカか。いずれにせよ、完全に出ていくタイミングを逸してしまった。
それにここで下手に登場すると、またお嬢さんのご機嫌を損ねてしまうかもしれない。それだけはなんとしても避けねばならない。
このままやり過ごすしかない。つーか俺の真下なんだけど。
「シャアアア!」
「ぐっ!」
なぜか続いて、リィンと殿下の果たし合いが始まってしまった。
どういうことなんだ、こいつは。誰かお兄さんに状況を説明してくれ。
互いの大技が激突し、トールズの校舎――その屋上を含めた上階が半壊した。
鐘楼塔は無事だったが、傾いてしまっている。落ちそうになるのを、俺は鐘にしがみついて必死で耐える。
「僕のことを男として見て欲しい」
殿下からすごい発言が飛び出した。
え、なにそれ? どういうこと? そういうこと?
いい雰囲気だ。しかし俺の腕の状況は良くない。プルプルしてきた。もう限界だ。
早く、早く、俺の下からどいてくれ。
「いてっ……?」
コンと頭に何かが当たった。金の歯車の欠片だった。
ミストマータの心臓部じゃねえか。まさか鐘の不具合は、これが機械に挟まっていたからか……?
なんでこんな場所に――
落ちゆく歯車に、とっさに腕を伸ばしたのがまずかった。
汗で滑った手の平から鐘が離れ、俺は尻から落下していく。
逃げてくれ。そんな願いもむなしく、俺の尻メテオはお嬢さんの顔面を押し潰した。
しどろもどろの弁明をする俺を見据えながら、彼女が無言で立ち上がる。
「あ、あの、お嬢さん。なんか言って……」
「首、痛いなあ」
最後の《
逆光の中でレイピアを引き抜くお嬢さんは、黒い影に塗り込められた鬼神そのものだ。
「あなたはいつも……いつもいつもいつも――ふふっ」
怒りが限界を超えた時、人は笑うのだと知った。
●
《★隠し通してシークレット★》
恥ずかしのバーから自室に帰ってきたエレインは、ぼふっとベッドに倒れ込んだ。
「はぁ~」
ひどい目にあったわ。あれは誤解よ、不可抗力よ。
深いため息が部屋の中に沈んでいく。
アークライド事務所の空き室を借りているが、内装は現実世界の自分の部屋そのものだ。
とはいえ余計なものは再現していない。白をメインに取りそろえた清潔な小物類に、ちょっと奮発して買ったブランドのレースカーテン。
あとは限定品のみっしぃ目覚ましと卓上みっしぃカレンダー、みっしぃマグカップにみっしぃボールペンくらいか。
いや、みっしぃテーブルクロスとみっしぃタオル三色セットもある。
壁にはご当地みっしぃストラップをかけるボード。お気に入りはアルモリカ村限定ハチミツみっしぃだ。やはりクロスベル産は愛があっていい。
それと忘れてはいけない非売品のみっしぃウォッチ。懸賞に応募して当たったもので、ハガキ500枚くらいは送ったと思う。定刻になると『みししっ、◯時だよ!』と言ってくれるのだ。最高すぎる。それを聞きたいがために、時計の前で動かず一時間待っていたこともある。
そう、余計なものは置いていない。
「……もう寝ようかしら」
今日は疲れが深い。
その前にと、エレインはあるものを呼び出した。ベッドの上に現れたのは、愛用のみっしぃ抱き枕である。
エレインはそのみっしぃにぎゅっと抱きついた。
「ねえ聞いて、みっしぃ。私、ヴァンに恥ずかしいところ見られちゃったの。悪ノリしてた私も良くないんだけど……それにしても間が悪かったわ」
就寝前のこの一時が本当に安らぐ。現実世界でもずっとやっていた習慣だ。
遊撃士業務が忙しくて、どれだけ疲れても、みっしぃとのお話が私を癒してくれる。
まぶたが落ちて、意識がとろんと溶けていく。
「ん……おやすみなさい。また明日ね……」
みっしぃの鼻をちょんとつく。明日は朝からミシュラム巡回に一日を費やそう。
召喚法則で特に有用性が高いのは、呼び出すだけではなく、消すこともできることだ。
大型の武器やオーバルギアを使う人たちは、この出し入れが非常に便利だという。
私もそうだ。いい大人がみっしぃに抱きつかないと寝れないというのは、やはり他の人には知られたくない。だから自分が部屋にいる時だけ出すようにしている。
これで私の秘密は守られる。
ばれてはいけない。ばれるはずがない――
そしてエレインは眠りに落ちた。
●
《★逃がしてくれないモンスターティーチャー★》
面接官役のトワが質問する。
「名前と志望動機をお答えください」
「クロウ・アームブラストと申します。かねてより教育の現場に興味があり、自分も未来ある若者の育成に携わりたいと常々思っておりました。その熱意が志望動機となります」
「数ある高等学校の中で、トールズ士官学院を選ばれた理由は何でしょうか?」
「貴校の教育理念に共感したからです」
「その理念とは?」
「若者よ、世の礎たれ。かのドライケルス大帝の言葉だと記憶しています」
トワはうなずいた。
「次に職務経歴についてです。まずは前職のことを教えてください」
「帝国解放戦せ――あ、いえ、蒼の騎士的なアレをやっていました」
「その職場で、あなたはどのようなポジションでしたか?」
「仲間たちの指示役として統率を取るだけでなく、自らも積極的に行動し、リーダーシップを発揮しておりました」
「ではあなたの長所を交えつつ、そのリーダーシップを発揮した具体的なエピソードを紹介して下さい」
「私は何事も諦めることなく物事を完遂できる人間です。スケジュール管理と事前準備をしっかりと行い、目標の心臓を撃ち抜いた実績がございます。もちろん自分一人だけの力ではありません。仲間との信頼関係、そしてチームワークのおかげであることは理解しています」
「休日はどのように過ごしていますか?」
「ギャンブルですね。競馬に費やす時間が多いですが、カジノも嗜みます。特にポーカーは得意です」
「その趣味を教員としてどのように活かせるとお考えですか?」
「一歩先を読む思考力。時には大胆な判断力。耐えどころでは自制する忍耐力。社会に出てから必要なそれらをバランスよく教えられると考えます。賭博学の担当教官の枠はありますか?」
「ありません。質問を続けます。たとえば遅刻、サボタージュ、カンニングなど校則や倫理を守らない生徒がいた場合、あなたはどのように対応しますか?」
「抑圧への抵抗は青春の一環として推奨します。ただ若さゆえの反逆には思わぬ落とし穴が付き物ですので、そこは教官として――いえ、人生の先輩としてサポートしていければと思います」
「もしも未成年である教え子に飲酒が発覚した場合、あなたはどのような指導をしますか?」
「飲酒は適量に留めておくよう厳しく注意致します」
「なるほど、よくわかりました。……どうかな、リィン君」
リィンは口元を緩めた。
「不採用です」
「だよねぇ、もう一回やるよ」
「もう解放してくれよ……」
午前四時。クロウは白目をむいていた。
★ ★ ★
誰かが砕けた破片を繋ぎ合わせようとして、ばらばらと床に零れ落ちる。
もう二度と《幻夢の望鏡》には戻らない。