黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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☾第39話《クロス・オブ・リターンマッチ》~第40話《英霊はヴァルハラに集う》の幕間☽


破片の十一(39~40話)

 

《★仕分けしてランドリー★ 7:32》

 

 今日で《パンタグリュエル》エリアの攻略は五日目になる。

 学校エリア以来の長丁場になりそうな予感があるが、あの時と違うのは自分たちの拠点に戻れないことだった。

「いやー、従業員用の生活スペースが設けられていてよかったわ。持久戦になっても、どうにか持ちこたえられるからね」

 そう言うエステルのあとに続くティータも同意した。

「うん、お仕事が終わってからの炊事だったり、早起きしての洗濯は大変だけど、みんなでやればそこまで時間はかからないし」

 二人はリベール組の衣類をカゴいっぱいに抱えて、洗濯ルームへと足を踏み入れた。

 設備の数々は潤沢に揃えられていて、導力式全自動洗濯機も数台が用意されている。近年ではそれなりに普及してきたが、値が張るために一般家庭ではまだ高級機器扱いだ。

「えーと……ネットでくるんだ衣類をドラムの中に入れてモード選択……洗剤の量が表示されるから――」

「エステルお姉ちゃん、機械の操作はわたしがやるよ」

「さっすがティータ! うりうり」

「はわっ、ほっぺた指で刺さないで~」

 ティータは手際よく洗濯機のセッティングを始めた。その最中、ちらちらと洗濯ネットの中の衣類を見ては、気まずそうに視線を逸らしている。

「ねえ、お姉ちゃん。洗濯が男女共有って、なんだかちょっとアレじゃない?」

「え、そう? あたしはヨシュアの衣服とか普通に洗うから、全然抵抗ないけど」

「うーん」

「まあ、ティータはそういうお年頃だもんねー。アガットの服と一緒に洗濯って恥ずかしいか」

「ベ、別にアガットさんは関係ないよ!」

 頬を赤らめるティータは、ぶんぶん首を振って否定する。

 それでも恥ずかしそうなティータのために、エステルは諸手を打ってこう提案した。

「せめてジンさんのだけ別にして洗おっか!」

「せめてってどういう意味だ、おい」

 通りすがりのジンが文句を言ってきた。

 

 ●

 

 

《★負けないわよランドリー★ 7:55》

 

「渡せ、そいつを」

「イヤだね。僕が責任を持って預かる」

 ランディとワジがにらみ合っていた。ワジの手には一つの洗濯ネットがあった。

「友情の証に俺が完璧に洗って、ロイドの元に返してやる。それが相棒としての務めだ」

「親愛の証に僕が仕上げるよ。嗅ぎ、洗い、干し、たたみ、全てをパーフェクトにこなしてみせるさ」

「嗅ぎの工程はいらねえだろ!?」

 昼下がりの洗濯室で、彼らはロイドの衣類を取り合っていた。

 そこにエリィが入ってきて怒った。

「だからなんで男二人でそんなやり取りするの!?」

「あ? だったらお嬢はロイドのパンツが洗えるってのか!」

「そういう問題じゃないでしょ! ……洗えるわよ!」

 

 ●

 

 

《★破かないでランドリー★ 8:19》

 

 自分の両の手を広げて見る。指には何もついていない。

「はぁ、当たり前だけどね……あら」

 二層の従業員生活区画。その通路を歩いていると、エレインは洗濯カゴを抱えたアニエスと出くわした。

 カゴには大量の衣類が山になっている。どう見ても一人分ではない。

「大丈夫? 手伝うわ。九時からは各自の持ち場に向かわないといけないでしょう」

「あ、おはようございます、エレインさん。これくらい私だけで平気ですよ」

 しかしアニエスはよたついている。エレインはカゴの反対側を支えて、一緒に洗濯室まで運んでやった。

「ありがとうございます。助かりました」

「大したことじゃないわ。でもこんな量をアニエスさんが一人で洗ってるの?」

「大きい洗濯機ですから、そんなに大変じゃないですよ。ドラムの中に衣類と洗剤を入れて、スイッチを押すだけです」

「そうは言っても……え、待って。それってヴァンのシャツ……?」

「はい、ヴァンさんのですね」

「な……っ!?」

「ああ、いえ。現実世界でも時々洗濯していましたし、お気遣いなさらず。ヴァンさんって忙しいと身の回りのこと、おろそかにしがちですから」

 なんなの、なんなの。

 なんで日常的に家事の世話をやってるの。

 なんで奥さんっぽい“知ってますムーブ”が自然に出てくるの。

 なんで《アンドヴァリの指輪》が左の薬指にはめられているの。

「おう、おはようさん。お前ら二人で何やってんだ?」

 間が悪く、ヴァンが通りがかった。

「何やってんだ、じゃあないわよ! どういうことなの、これは!?」

「うお!? い、いきなり怒ってるじゃねえか」

「あなた、洗濯物をアニエスさんに押し付けてるでしょう! 女子高生に自分の下着を洗わせて何も思わないの!?」

「は、はぁ!?」

 たじろぐヴァンを、アニエスがかばった。

「ち、違うんです、エレインさん。これは私が自発的にやっていることでして!」

「違わないわ。ヴァンの下着を洗っているという厳然たる事実がそこにあるだけよ!」

「ですが誰かがやらないといけませんし、だったら私がやれば済む話ですし!」

「その自己犠牲の精神には敬意を払うわ。でもアニエスさんはそんなことしなくていいの。わかってる、今まで辛かったでしょう。これからは私が洗うから安心して」

「どうしてそうなるんですか!」

 二人は洗濯カゴの中のヴァンのパンツを取り合う。

「私が洗います!」

「私が洗うわ!」

「いえ私が!」

「いえいえ私が!」

 そしてパンツは中央からビリィッと破けた。

 立ち尽くすヴァンは切ない目で二つに裂けた布切れを見つめた。

「俺のパンツ……」

 

 ●

 

 

《★描いてオートマータ★ 12:10》

 

 清掃業務の休憩中、ガイウスは甲板で絵具とキャンバスを呼び出した。

 転移だったり召喚だったり《ロア=ヘルヘイム》は便利な仕組みも多い。

 時間経過の再現、天候の再現。霧を晴らせば晴らすほど現実世界との差が埋められて、まるで俺たちにとって過ごしやすい環境になっていくような――

「お絵描き?」

 と、傍らから自分を見上げるオッドアイ。いつの間にかラピスが横にいた。

「絵画が趣味でな。ところでラピスはレストランにいたのではなかったか?」

「失礼ね。いつでも食事してるわけじゃないのに。軽く運動したらまた戻るけど」

「たくさん食べるのは良いことだ」

「でしょ!」

 上機嫌になったラピスはキャンバスをのぞき込んだ。

「なにを描くの?」

「決めてはいないが、甲板の風景にでもしようか」

「そんなのつまらないわ。私を描けばいいじゃない」

「モデルになってくれるのか?」

「ふふん、光栄に思いなさい。高貴なローゼンベルク人形を絵にできる機会なんてそうないんだからね!」

「じゃあそっちに立ってくれ」

「わかったわ!」

 上から目線の割に素直だ。

 格好にはこだわりがあるらしく、何回かの試行錯誤を重ねて、最終的に可愛らしいポーズに決まった。

 モデルの最中、ラピスは微動だにしなかった。美意識の高さなのか、機能停止しているのかのどちらかだ。

 三十分ほどで描き終わり、ラピスに完成した絵を見せる。

「可愛い! さすが私ね!」

「気に入ってもらえてよかった」

「85点よ!」

「厳しいな」

 足りない15点はなんだろうか。

 欲しいというので、絵はラピスにプレゼントした。喜んだ彼女はポーチから《エインヘリヤルの霊珠》を取り出すと、それをガイウスに渡した。

「お礼にあげる。次はナーディアたちと一緒に描いてね」

 

 ●

 

 

《★ぶっ飛ばしてレストラン★ 13:23》

 

 与えられた役割はもちろんこなす。チームの中で我を通すつもりもない。だがしかし……

「なぜ私は清掃班なのだ……」

 甲板をデッキブラシで磨きながら、ラウラは嘆息をついた。

 適材適所でいうなら、私はレストラン務めが最適解のはずなのに。

「ふんっ!」

 鬱憤を発散するように、デッキブラシを力いっぱいに押す。

 硬質な何かが先端に当たり、カコーンッとそれを勢いよく転がしてしまった。

 黒いコンパクトミラー? いや、ファンデーションカバー? 猫の模様が見えたような……。

「ラウラ、ちょっといいか?」

 その何かを拾いに行こうとした時、リィンに声をかけられた。

「ああ、どうしたのだ?」

「実は配置変えをお願いしたいんだが」

「チームを変更するということか? なるほどなるほど。ふむ、仕方あるまい。レストランチームは苦戦しているらしいからな。おっと先に自前のエプロンと調理器具を召喚しておかねば――」

 

 

「なぜ闘技場なのだ……」

 石のリングの上で、ラウラは大剣を構えていた。相対しているのはスウィンだ。

 リングの外からリィンが言う。

「スウィンは強い相手との戦いを臨んでいるみたいでさ。それで色々な対戦相手を見繕っていたんだ」

「ナーディアを守る力を得る……だったか。その心意気は立派だと思うが」

 シズナ・レム・ミスルギなる剣士との勝負はついたが、それで満足というわけではないようだった。

 他に集められたメンバーはアガットやシャロン、エステルだったり、攻め手のバリエーションに富んでいる。

 というかアガット殿がいるなら、同系統の得物を持つ私は別にいいだろうに。

「わかった、とりあえずスウィンを倒せばいいんだな」

「え、違うぞ。あくまで彼の実力を伸ばすための戦い方を――」

 リィンが言い終わる前に、問答無用の《洸凰剣》がスウィンをぶっ飛ばしていた。

 真上に打ち上げられたスウィンはなす術なく落下し、顔面をリングにめり込ませる。容赦なしの一撃によって戦闘不能だ。

「よし、終わったな」

「いや、よしじゃなくて」

「では私はレストラン配属でいいか」

「な、なんでそうなる!? だったら元の清掃チームに」

「イヤだ」

「わがままを言わないでくれ!」

「言う」

 剣を納めると、ラウラは早々にレストランのある六層に上がっていった。

 

 ●

 

 

《★ばら撒いてフノスの銀貨★ 14:00》

 

「ふっふーん、君たちにはこれをあげちゃおう」

 ティオとランディは《エインヘリヤルの霊珠》をナーディアから渡された。

 カジノフロアにやってきた彼女を、二人は徹底的に接待プレイしたのだ。

 要するにナーディアを勝たせまくって気持ちよくさせたのである。案の定、彼女はご満悦となり、大盤振る舞いの霊珠ばら撒きとなったのだった。

「わざと負けるのはストレスだったが、上手くいったみてえだな」

「そもそもカジノという存在さえなければ、こんな面倒も起きなかったかもしれないですが」

「あ? ティオすけ、また難癖つけようってのか?」

「難癖じゃありません。正統なる抗議です」

 一方、八百長に抵抗のあるロイドとエリィは真面目にやっていて、そこそこ普通にナーディアを負かしているので、未だに彼女から霊珠がもらえていない。

「き、来ました! スリーセブンです!」

 じゃらじゃらとスロット台から吐き出されるコインを見て、大喜びしているのはアルフィンだった。

 カジノフロア配属では唯一のエレボニアチーム――というより自分から無理やり加入してきた形だ。以前のカジノエリア攻略時に、彼女はギャンブル狂になってしまったのだ。

「ティオさんは新しいコインケースを! ランディさんは写真を取って下さい! スリーセブンなんてそうそう拝めるものじゃありませんよ!」

『了解です!』

 慌てて走っていくランディとティオ。

 その様子を眺めながら、ナーディアは言った。

「え、あのスロットの人って従業員じゃないの?」

 

 ●

 

 

《★尽くしてメイダーズ★ 14:37》

 

「やっぱり馴染んでますね、メイド服」

 同じく清掃班であるクレアに、エリゼはそう言った、今日の割り当ては、四層の連絡通路。モップを動かす手は止めないまま、「そうでしょうか?」とクレアは小首をかしげた。

 エリゼが在学中は、シャロンの後釜として新Ⅶ組の面倒を見てくれていたが、その時はずっとメイド服を着せられていた。当初は抵抗があったらしいが、一年も経つ頃にはもはや普段着になっていた。

「まあ、私もこの服で動くことに慣れていますし、別に作業着の一つですよ」

 あっさりとクレアは言う。

 エリゼたちの卒業に合わせて世話役の任を解かれてからは、TMPの制服がベーシックになっていたはずだが、《ロア=ヘルヘイム》に呼び込まれてからはずっとメイド服だ。

 これは“自分の所有物であり、普段から着ておきたい”という認識が反映されているんだろうなあ、とエリゼは思った。

「エリゼさんも着てみますか?」

「似合いませんよ」

「似合う姿しか想像できせんよ」

 クレアはエリゼの耳元に口を寄せ、一言ささやいた。

「セドリック殿下も喜ばれたりするかもしれませんよ?」

「そ、そういうんじゃないんです!」

 とっさに顔を離して否定する。

 そもそも好きだと言われた側が変にアピールをするのは、あざとくて品がない気がする。

 セドリックは少し離れた位置で雑巾がけをしていた。こちらの声は聞かれていないだろう。エリゼは彼から視線を逃がして、

「お掃除しますよ! 艦内は広いんですから、効率的にやらないと! ただでさえ清掃チームから闘技場チームに引き抜かれて、人数が少なくなっちゃいましたし!」

「あら、ではその効率のいい清掃方法を三十通りほど考案しましょうか」

「おや、ずいぶんがんばってくれているようだ」

 通りがかったルーファスが、二人の会話を割った。彼はクレアを一瞥すると、

「君がメイド長なのかね。見事な着こなしだ」

「恐れ入ります」

 “囚われ”の認識は否定しない、をクレアは忠実に守っている。

「作業効率の見直しも図ってくれると言うし、期待も込めて二人分贈らせてもらおう」

 エリゼとクレアは、例の霊珠をもらった。

「良いのですか? 特にまだ何の成果を出したわけでもありませんが」

「構わないさ。私だけが複数持っていても意味がないものだしね」

 

 ●

 

 

《★忘れないでメモリーズ★ 15:01》

 

 スウィンの願いは“今よりも強くなりたい”で、動機は“ナーディアを守れるように”で、その手段は“闘技場で戦いまくる”ことだった。

 遭遇したシズナのミストマータは退けたが、それでも彼はまだ強者との戦いを望んでいた。

「おらあ!」

「ぐうっ」

 アガットの重剣がスウィンを打ち据える。闘技場のリング上を転がった彼は、しかしすぐに起き上がって双剣を構えた。

「お前はもっと速度を活かして、重心をだなあ。こう、後ろから前に押し出す感じでいけばいいと思うぜ」

「……つまり、どういうことなんだ?」

 スウィンの頭上に疑問符が躍っている。

 あくまでも稽古。彼を強くするための指導が大前提にあるのだが、リィンが招集したのは清掃チームのメンバーであるエステル、アガット、アンゼリカ、シャロン、デュバリィ、サラ、ラウラだ。

 劇場やら厨房は人手がいるので、清掃チームからしか引き抜けなかったという事情もある。

 ちなみにラウラは指導も何もあったものではなく、スウィンを一撃でぶっ飛ばして、厨房チームに押し入り参加してしまった。

「アガットさんもちょっとあれだな……」

 リィンは人知れず嘆息をつく。

 バリエーション豊かな人選で連れてきたまでは良かったが、指導となると向き不向きが顕著に現れた。

 エステル、アガット、デュバリィは感覚派なのでフィーリングで教えようとする。アンゼリカやシャロンの指導は上手いが、拳と鋼糸ではさすがに要領が違う。

 となると残るはサラだが……彼女こそフィーリングの代表格みたいなものだった。

「ほら、剣先にばっかり集中が偏ってるじゃない。ちゃんと背中側にも意識を向けなさい。せっかく二つの剣を扱うんだから、間合いは広く取らないと損よ」

「なるほど。構えはこれでいいか?」

「片方が逆手持ちなら、左側の脇と肘はもっと柔軟に使えるようにした方がいいわ。あと右の剣は正中線を守れる位置をキープなさい」

「了解だ」

 リィンは唖然として、サラとスウィンのやり取りを見ていた。

 しばらくすると模擬戦を切り上げて、サラがリングから下りてきた。

「リィン、これ見てよ。教え方がわかりやすいって《エインヘリヤルの霊珠》をくれたわ。素直な子っていいわね――って何よ、その呆けた顔は」

「ああ、いえ。サラ教官って俺たちの教官だったなと思って」

「え、忘れられてたの?」

 

 ●

 

 

《★いざなってヘブンズゲート★ 15:30》

 

「下手だなあ、15号は。ぜーんぜん、なーちゃんは満足できません」

「こ、この小娘っ」

 ナーディアの肩を揉む手を震わせ、デュバリィはギリギリと奥歯をかみしめる。

 劇場だったりカジノだったり、ナーディアの行動範囲は他の三人と比べて広いが、中でもこのリラクゼーションルームを特に好んで通っているらしかった。

「15号は生意気だよね~。マッサージはもういいから、なんかダンスとかやってみてよ」

「ダンス!? わたくし踊れませんけど!」

「できるできないじゃなくて、やるんだよ。お返事は?」

「……はい」

「声が小さいなー」

「はい!」

「うるさいなー」

「暴君ですわ……」

 うちひしがれるデュバリィ。

 その横からアルティナが言った。

「ナーディアお嬢様。こちらの椅子におかけ下さい。きっとご満足頂けると思います」

「その黒っぽい椅子? なんかデザインが近未来的だねぇ」

 ナーディアがそこに座ると、その黒い椅子の形状が変わり、彼女の肩や腕やふくらはぎを優しく包み込んだ。

 クラウ=ソラスをトランスさせたマッサージチェアである。

「よくやりましたわ、黒兎! 拘束したままその生意気な小娘を絞り上げてしまいなさい! ヒィヒィ言わせるのです!」

「やりませんよ、攻略失敗になったらどうするんですか」

「でもわたくし、くやしいぃ……!」

「よしよしです」

 ハンカチを噛んですんすん泣くデュバリィは、ずいぶん年下のアルティナに頭を撫ででもらっている。

 その折、クラウ=ソラス=チェアはナーディアの全身をテクニカルにマッサージしていた。

「ふわあ、ふわああ、そ、そんなところまでっ、はわああ! この椅子すごいよぉ! うねうね動いてるよぉ!」

「ミリアムさんのアガートラムと合体させれば、さらに凄まじい効果を持つマッサージチェアも作り出せますよ。試しに座ってもらったユウナさんは白目をむいて悶絶しましたから」

 恍惚の表情でマッサージを堪能するナーディアは、手から何かを取りこぼした。綺麗なクリスタルのバッジが二つ、床に転がる。

「あ、これが《エインヘリヤルの霊珠》ですね。私が受け取ってもいいんでしょうか?」

「ふあぁぁぁあ」

「聞こえていませんか。ではもらっちゃいます。デュバリィさんの分もゲットです」

 

 ●

 

 

《★差し出してプレゼンター★ 15:46》

 

「やあスウィン君。私の戦闘指南はどうだったかな」

 サラの稽古を終え、リングから下りて来たスウィンをアンゼリカはつかまえた。

「そうだな。あんたの指導はわかりやすくて、体の動かし方のコツがつかめた気がする。得物が違うのが残念だったが、それでも参考になったよ」

「うん、何よりだ」

 アンゼリカは手の平を差し出した。

「え、なんだ?」

「《エインヘリヤルの霊珠》だよ。くれるんだろう? 君の役に立てたようだからね」

「それはまあ、渡してもいいが……自分から来るやつはそういないぞ?」

「光栄だね」

「褒めたつもりはない……」

 霊珠を受け取ると、アンゼリカは早々に踵を返した。

「よーう、スウィン」

 息つく間もなく、スウィンの肩に後ろからヴァンの腕が回される。

 付き合わされたのか、リィンもいた。

「おかしいよなあ? 打倒シズナに一番協力したのは俺らだよなあ? それなのに俺たちはそれもらえないのかなあ? 大奮戦してくれた剣聖サマはどう思う?」

「そうだな。俺はがんばった」

 日曜学校の感想文くらいあっさりしたコメントだった。実際リィンの全力がなければ太刀打ちはできなかっただろう。

『ん』

 と、二人は同時に手を差し出す。

「別にいいんだが……じゃあ、ほら」

 目論見通りにヴァンとリィンは二人分の霊珠を手に入れたが、スウィンは首をかしげていた。

「あんた達、それ何に使うかわかってるのか……?」

 

 ●

 

 

《★悩みは尽きないスニーキングミッション★ 16:06》

 

 あの左薬指の指輪。

 彼女が自分でつけたものだとは思う。でもわざわざそこにつけるということは、やはりそういうことなのだろう。

 アニエス・クローデル。始まりの出会いは小さな依頼だったという。でもそれから行動を共にし、苦難を乗り越え、一角の信頼を得て、あのヴァンが自分のとなりに置いている。

 私にはできなかったこと。

 私と彼女の違いはなんだろうか。八つも年下の少女に抱いてしまうこの気持ちはなんだろうか。

 羨望か、嫉妬か。いずれにしても、認めたい感情ではなかった。

「大人になったつもりなんだけどね……」

 床を磨きながら、エレインはつぶやいた。

 第二層のスタッフ用更衣室。ちなみに男子更衣室。

 清掃チームであるエレインは、掃除のために更衣室に来ていたのだった。

 もちろん中には誰もおらず、入口には【清掃中】の立て札も設置している。

 エリアの役割である以上、清掃チームのメンバーとして行動しなければならないし、何より今は一人で体を動かしたかった。

「ここはもう良さそうね。次は鳳翼館の掃除の手は足りてるか確認を――」

「だー、疲れた……スウィンのやつめ。体力底なしかよ、若えな、マジで」

「そんなことを言ってると、またアーロンにオッサンって言われてしまうぞ」

 ヴァンとリィンの声だった。闘技場に行っていた二人だ。思っていたより帰ってくるのが早い。

「えっ、あっ、あ!」

 とっさにエレインは隅っこの掃除用具入れに隠れた。物音を立てないように息を潜める。

 そして気づく。普通に掃除をしていると言えば済んだ話だった。

 というか【清掃中】の札を立てていたはずなのに、なんで普通に入ってくるのよ。

「汗でびちゃびちゃだぜ。替えのパンツは……そうか、破かれちまったんだった」

「パンツを破かれるシチュエーションってそうないと思うが……」

 用具入れは目線の高さに細い通気口があるので、そこから外の様子が見えてしまう。

 闘技場でスウィンの戦闘指南をしていたみたいだ。汚れた服を二人は脱いでいる。

 誰か教えて。こういうのって学園物の男子主人公とかがうっかりやっちゃうミスじゃないの。どうして私が今まさにその状況に陥っているの。

「にしてもシュバルツァー。なんでお前、1208年の記憶があったんだ。カルバードへの旅行は1208年の一月なんだろ?」

「いや、自分でもよくわからないが……どういうことなんだろうな?」

「俺が知るかよ。お前だけがそうなのか、他のヤツらもそうなのか」

「一緒に旅行に行ったエリゼにその記憶はなさそうだったが……」

「いずれにせよ、調べるしかないな。ま、それはさておくとして、これで俺たちも《エインヘリヤルの霊珠》を入手できたわけだ。何に使うかはわからんが、エリア攻略に関わってんのは確実だろ」

「スウィンのために尽力したからな。半ばゴリ押しでもらった感はあるが」

 1208年の記憶とはどういうことなのだろう。

 彼らも霊珠を手に入れたようだ。私はまだ持っていない。そういえばアニエスさんもまだ霊珠は持っていなかったと思う。

 なんとなく彼女より先に入手したい。

 同じ清掃チームのクレアは、通りがかったルーファスから霊珠をもらったと報告を受けている。何かしらの功績があればいいようだが、清掃業務というのは存外アピールが難しいのだ。

 ぱしゃんと液体が撒かれた音がした。

「あーあ、やっちまったな……ええっと拭くもんは」

 ヴァンが飲み物を床にこぼしたらしい。

「そこに用具入れがあるじゃないか。雑巾くらい入ってるんじゃないか?」

「お、確かに」」

 なんてことを言うの。そういうところよ、帝国の英雄。

 半裸のヴァンが近付いてくる。見つかったらあらぬ誤解をまねく。誤解というか、男子更衣室のロッカーに女性が隠れる正当な理由などあるはずもない。

 そうだわ、遊撃士の任務中ということにしましょう。

 うん、馬鹿なの、私は。

 ヴァンがロッカーの扉に手をかけた。

 エレインは扉の内側にある小さな突起を、親指と人差し指だけでつまんで引き、必死に阻止を試みた。

「固えな。中で何か引っかかってんのか」

「ほうきかモップかだろう。力づくで開けてみたらどうだ?」

 余計なこと言わないでよ、帝国の英雄。やめてよ、ほんと。

「ふん! おら!」

 シャードブースト発動。全身の力よ、私の指先に宿りなさい……!

 ああ、空の女神様。私は今日まで真面目に生きて来たつもりです。どうかこのエレイン・オークレールにささやかな奇跡を。その為の善行がまだ足りないと仰るのなら、埋め合わせに寿命の半分くらいは捧げてもいいですから。

「あ? ロッカーが光ってるような……」

 シャードブーストの霊子装片の輝きがもれている。エレインは急いで《Xipha》を服の中に隠す。

「こりゃダメだ。どうやっても開かねえな」

「仕方ない。俺も手伝うよ。二人がかりなら何とかなるだろう」

 いい加減にしなさいよ、帝国の英雄。恨むからね。ここ開けたら、あなた達を殺して私も死ぬしか選択肢がないんだからね。

 ヴァンもヴァンよ。さっき破けたパンツがあるでしょうが。それで拭きなさいよ。

「あ、ヴァン。椅子の下に雑巾が落ちてるぞ」

「本当だな、気づかなかった。まあ、これでいいか」

 さすがね、帝国の英雄。見事な観の目だわ。

 リィンが見つけた雑巾で床のドリンクを拭き取ったあと、着替えを済ませた彼らは更衣室から出て行った。

「はあああぁ……」

 深い嘆息と共に、エレインはロッカーから転がり出た。

 

 ●

 

 

《★ほぐしちゃってカイロプラクター★ 16:56》

 

 施術台に寝そべるスウィンの足の筋を伸ばしてやる。さらに続けてベルガルドは背中を指圧した。

「均整の取れた筋肉の鍛え方だが、やや右が張っているな。双剣使いだとは聞いたが、それぞれの剣の重さが同一ではないのか。あと右利きだからだろう。連撃回数も無意識に右が多くなっておる」

「すごいな。あんた」

「従業員35号と呼ぶがいい」

「な、なんか偉そうだな」

 鳳翼館に隣接するリラクゼーションルームである。整体師としての白衣を着て、ベルガルドはスウィンのマッサージをしていた。

「どうだ? こうすると脇下の筋が伸びるのだ」

「お、おお~」

 玄人の手捌きに、スウィンもすっかりご満悦だ。

 そこにジンがやってきた。彼も鳳翼館スタッフの役割で、ベルガルドと同じユニフォームを着用している。

「俺の整体術も試してみるかい?」

「うおあぁ~」

 ジンがスウィンの足を絡めとり、ぐぃぃと関節可動域を広げていく。

「これは負けていられんな。崑崙流の真髄を見せねばなるまい」

「なんの。泰斗流の底はこんなもんじゃありませんぜ」

「おああああぁ~……」

 下半身をジンが、上半身はベルガルドが、互いの技術の粋を尽くしてストレッチを行う。スウィンの体勢はとんでもなくアクロバットになっていたが、上級者の整体は心地いいらしく、なすがままにされていた。

「す、すーちゃんがムサいおじさんとおじいちゃんに埋もれてく~! 返してよ~!」

 駆け込んできたナーディアが引きはがしにかかる。

「すーちゃんに加齢臭が移ったらヤだよ! 離れて!」

「せっかく気持ちよかったのに……うわ、体がすごく軽いな」

「マッサージならなーちゃんがやってあげるから。すーちゃんがお望みならムフフな大人バージョンも引き出しから取り出しちゃうかも?」

「その引き出し閉めとけ」

「なんでだー!」

 プンスカ怒るナーディアをよそに、スウィンはジンとベルガルドに礼を言った。

「35号と18号だったか。また頼むよ。こいつをもらってくれ」

 二人は《エインヘリヤルの霊珠》を受け取った。

 

 ●

 

 

《★ヴァールの誓約★ 17:05》

 

「スウィン君ね。私は従業員11号よ」

 エレインはリラクゼーションルームから出てきたスウィンを捕まえた。

「その11号がオレに何の用だ? 闘技場で戦ってくれるつもりならありがたいんだが、さすがに今日は遅いし、明日でもいいか?」

「時間は取らせないわ」

 仁王立ちで道を塞ぐ。

「私は清掃班なんだけど、艦内のありとあらゆる場所を掃除したわ。艦内だけじゃない。命綱をつけて外装だって綺麗に拭き上げた」

 それをやったのはアガットだが。

「白銀の巨船と呼ばれるに相応しい美観保持ができているのは、私たちの――いえ、清掃チームの班長である私の功績によるものなのは疑いようがないでしょう」

「そ、そうか。ありがとう」

「だから霊珠を頂けるかしら」

「またそれなのか……」

 アピールしまくり作戦だ。

 スウィンは自分のポケットを探って、しかし首を横に振った。

「すまない。本来なら渡してもいいんだろうが、もうオレの分しか残っていないんだ」

「じゃあそれを頂くわ」

「え、いや、ちょっとそれは……」

「あなたが一つは持っておかないといけないの? 絶対に? そうじゃないと死ぬの?」

「そんなことはないが……」

「なら問題ないわね」

 戸惑うスウィンから、エレインは問答無用で霊珠を強奪した。

 

 ●

 

 

《★猛将の猛将は猛将で★ 18:50》

 

「ストーリーは概ね固まって来たんだが、配役が難しいんだよな。猛将はどう思う?」

「監督にお任せするよ」

 猛将と呼ばれても普通に返答してしまう自分がいる。

 劇の準備に費やした一日の終わり、エリオットはアーロンと鳳翼館の湯に浸かっていた。

「俺としてはやっぱ猛将クレイジーを主人公にして、覇道を突き進んできたその半生を題材にしたいんだが」

「半生って、僕まだ二十代なんだけど」

 アーロンとジュディスの合作となる今回の劇だが、くじ引きの結果、アーロンが監督で、ジュディスは助監督になった。

 ジュディスは主に演出面や演技指導を担うが、ストーリー構成や配役はアーロンが取りまとめるのだ。

「あのさ。先に言うけど、僕は猛将役なんてやらないよ、絶対」

「え!?」

「素で驚かれても……」

「いや、理解はできる。クレイジーは猛将そのものであって、決して“役”じゃあねえ。本物であるが故、虚構を演じるのは筋違いってことだよな。さすがは深い哲学を持ってやがる。オレもまだまだってことか」

「……この際、解釈はなんでもいいかな。脇役でお願いしたいよ」

「だったらストーリー構成を変えて、王道ファンタジーにしてみてもいいかもしれねえ。アームブラストを主人公にして、魔女はあの二人をそのまま使うか。《銀》はセクシー路線一本だろ。あとは――」

 プロの目つきに変わる。ここぞの集中力は、やはり彼が一流である証拠なのだろう。

「くそっ、やっぱ猛将を出してぇ!」

「いやそこ!? だったらアーロンが猛将役をやればいいんじゃない?」

「お、オレが……猛将を? いいのかよ!? だって猛将はアンタで――」

「猛将はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません」

 というわけでアーロンが猛将役となり、エリオットは音楽家としての役割に決まった。

「うしっ、大枠が固まってきた。あとは雑魚寝部屋に戻って、細かいところを詰めねえとな。……あー、やっぱ風呂はいいな。いい案が浮かびやすいぜ」

「わかるよ。大浴場だから開放感があるしね」

「大欲情したから開放する……だと!? ナニを開放しやがるんだ!?」

「言ってないね」

「つくづくとんでもねえ男だ、アンタは。帝国にはこんなヤツがいたなんてな……」

「はあ、僕もう先に上がってるからね」

「あ、おい」

 エリオットが立ち上がる。アーロンはタオルに巻かれた彼の一点を凝視し、ごくりと息を呑んだ。

「一つだけ確認させてくれ。猛将の猛将はやっぱ猛将なのか」

「何一つ意味がわからない」

 

 ●

 

 

《★優しくしてリターン&リターン★ 19:30》

 

「――そんなこんなでして、厨房も大変なんですよ。クローディア殿下には女体盛りを拒否されちゃいまして」

「そりゃ拒否すんだろ。王太女サマに何やらかしてんだ」

 夜、四層の通路をアッシュとミュゼが歩いていた。分校の生徒会長、副生徒会長コンビである。

 各フロアへの配置は九時から十八時までと、きっちり定時が決められている。

 清掃チームのアッシュは勤務後にカジノで遊んでおり、レストランチームのミュゼはリラクゼーションルームで疲れを癒し、従業員の詰め所に戻ろうとしたところで出くわしたのだった。

「アルティナさんが用意してくれたマッサージチェア使いました? あれ凄いですよ。ユウナさんなんて、気持ちよすぎて意識が飛んでましたし」

「逆に大丈夫かよ、それ」

「らめえええって叫びながら白目をむいていましたね」

「大丈夫じゃねえな」

「写真も撮っておきましたよ」

「悪用する気しかねえだろ」

 足音が近づいて来た。歩幅の短い小走りだ。

「きゃっ!」

 曲がり角から出て来たラピスが、ずてーんとこけた。

 彼女のポーチの中から《エインヘリヤルの霊珠》が散らばってしまう。

「ラピスさん、ご無事で?」

「ケガはねえか?」

 二人はすぐさま駆け寄り、ラピスを抱き起こした。

「ちょっと足がもつれただけ。ケガはないわ」

「安心しました。ラピスさんに何かあったら、私どうしたらいいか……」

「俺もだ。まったく心配ばかりかけやがって。気を付けろよ」

 通路にばら撒かれた霊珠を拾い集めて、ポーチの中に戻してやる。

「あ、ありがと。じゃあ私、行くから」

 走り去っていくラピスを見送りながら、アッシュは舌打ちした。

「んだよ。親切にしたら、あれくれるんじゃねえのかよ」

「まあ、別に構いませんけどね」

 アッシュとミュゼのそれぞれの手の中には、くすねた霊珠が握られている。

 分校生徒会のトップたちは、二人とも悪い顔で笑っていた。

 

【挿絵表示】

 

 

 ●

 

 

《★しあわせのカタチ★ 19:47》

 

 エリゼお嬢さんを怒らせてしまった。

 セドリック殿下とお嬢さんの重要な一幕に、俺のケツが割り込んでしまったのだ。誰が言ったのか、裏では“尻メテオ”などと揶揄されているらしい。

「はああぁ~」

 夜の厨房。大きな大きなため息を吐きながら、トヴァルは工具で配管のボルトを締め直した。

 これでもう水漏れは起きないはずだ。導力パイプも調整しておいたから、今日の昼みたいに調理中に火力が落ちることもないだろう。

 しばらくフル稼働させていたからか、厨房機器のいくつかに不具合が出ていたのだ。

 船倉のリペアー部隊に依頼してもよかったのだが、カトルもアリサも疲れ切っていたので、結局自分で修理することにしたのだ。

「何やってるの?」

「どうわ!?」

 驚いて立ち上がる。ラピスが真横にいた。

「びっくりしたぜ。なに、ちょっとした修理をな。もう終わったが」

「そう、じゃあ何か作って」

「ホントよく食べるな……」

「お腹が空いたせいで、さっきこけちゃったの。早く補給しなきゃ」

 非効率ながら経口摂取でも活動エネルギーに変えられるのだったか。食べることも楽しみの一つらしいし、ここは一肌脱いでやろう。

「けど保管庫まで行かねえと大した食材がなさそうだぜ」

「じゃあ行けば?」

「人を使うことにためらいがねえな、このお人形さんは……」

 米と卵が残っていたので、トヴァルはシンプルな塩にぎりと玉子焼きを作ってやった。

「おいしい! どうして夜食ってこんなにおいしく感じるのかしら?」

「ささやかな背徳感がスパイスになってんだろうよ」

「はいとくかん?」

「いや、すまん。お前さんにはなさそうだな」

 

【挿絵表示】

 

 厨房の隅にちょこんと腰を下ろし、おにぎりを頬張るラピス。

 トヴァルは密かに目線を彼女のポーチに向けた。

 なるほど、ヴァンから報告のあった“懐中時計のようなもの”が確かに入っている。しかし角度が悪くて、細かい部分が見えない。

 もう少し近付いて――

「ごちそうさま」

 食べ終わったラピスは口元を拭いて、さっさと立ち上がってしまった。

「あっ」

「なに?」

「別に」

「そ、はいこれ」

 トヴァルは霊珠を渡される。

「お、こいつが……いいのかい、もらっても」

「いいわよ。おにぎり、おいしかったから。あれ、なんか思ったより霊珠が少なくなってる……?」

「もしかしてお礼したい人に渡してるのか?」

「そういうわけじゃないけど。まあ、変な人に渡すとあとで支障が出るから。良いことしてる人だけに渡すようにはしてるわ」

 じゃあね、とラピスは走ってどこかに行ってしまった。

 

 ●

 

 

《★砕けた鏡のカケラ★ 20:07》

 

「どうですか、アリサさん」

「ええ、誰も来ていないみたい。遅い時間だから大丈夫だと思うわ」

 船倉に続く階段と昇降機の両方を確認し、アリサがそう教えてくれた。

 カトルとアリサは急いで、船倉の中央に移動する。

 そこには地上の物資を回収する巨大なレンズ、《オーディンの左目》が配置されている。

「今のうちに調査しましょう。僕はルーファスさんが操作していた端末を」

「私はレンズそのものを調べてみるわ」

 《オーディンの左目》は主にルーファスが使っている。主格者が有する特殊なアイテムだと断定できる何かがあるなら、同時に彼自身が主格者である見込みが高くなる。

「次はあっちですよっ、ノエルさん!」

「しっかりつかまっていてくださいね、フェリちゃん教官!」

 ノエルは自前のバイクの後部座席にフェリを乗っけて、いちいち出現場所が変わる“銀の扉”を追いかけ回していた。

 護衛代わりについてきてもらったはいいものの、この時間ならルーファスたちの見回りもないだろうと高をくくっているようで、ノエルとフェリは存分に遊んでいる。もう二十時も過ぎているというのに、二人ともやたらと元気だ。

 裏方が多いせいか、船倉メンバーで《エインヘリヤルの霊珠》を手に入れた人間はいない。もっともその用途がわからない現状、それはそれで構わないが。

 アリサと二人、《オーディンの左目》を細かく調べるうちにわかったことがあった。

「……これ、ただの機械よ。《アンドヴァリの指輪》みたいに、不可思議な力が働いてるわけじゃないわ」

 アリサの意見にカトルは首をうなずかせた。

 地上からばらして吸い上げた物資を、元通りに再構成するという一点においてはオーバーテクノロジーに思えるが、端末を見ている限りではどうやら明確な仕組みや操作手順があるらしかった。

 直感ではあるものの、おそらく《オーディンの左目》に特別な力までは備わっていない。

「ただ角度も屋内とかも関係なく、地上のあちこちを見渡せるって機能が謎なのよね。大きなレンズだけど、これだけでそんなことが出来るとも思えないし……あら?」

 アリサはレンズの端に挟まっていたガラス片のようなものを抜き取った。

「これ、割れた鏡の破片かしら……?」

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 

 

 

 ――鏡の欠片には誰も映らない――

 

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