黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第7話 ヤドリギ絡むフォーチュンホイール

 絢爛豪華の一語に尽きた。

 どこに視線をやっても煌びやかな光が目に入る。優美で派手でゴージャスな内装。ジャラジャラととめどなく行き交うコインの音。歓声と慟哭が入り混じる人々の喧噪。

 得るか失うかの二択だけが全てを決めるそこは、まごう事なき巨大なカジノ施設だった。

「ヴァン!」

 先行したヴァンたちに、リィンたち後続組が追いついてきた。

「ここはカジノか……? いや、それよりもヴァンたちのその恰好は?」

 リィンが目を丸くする。

 ヴァンとアーロンはワイシャツにジャケット。フェリはレッドワンピース。そしてアニエスはブラックレオタードのバニーガール姿になっていた。

「カジノに入った途端にこうなった。認識上のドレスコードでもあったのかと思ったが……シュバルツァーたちはそのままだな?」

「ああ。今のところ特に変化はなさそうだが……しかしアニエスさんの衣装はそれで合ってるのか?」

「あ、あまり見ないで下さい。恥ずかしいです」

 アニエスは両腕で胸を隠し、身をよじる。うさぎしっぽがフリフリと揺れた。

 ラウラがリィンの脇腹を小突く。

「そなた、そういうのが好みか? しかし会ったばかりの女子に不躾な視線を向けるのはいかがなものかと思うが」

「ち、違うぞ、俺は――」

 アルフィンがすり寄っていく。

「あら。わたくしでしたら、いつでもそのようなコスチュームを着て差し上げますのに。リィンさんのご要望とあらばもっと凄いのでも」

「も、もっと凄いのとは? い、いえ、何を仰るのです、殿下――」

 アルフィンを引きはがしながら、エリゼはこほんと咳払いをした。

「兄様? 兄様は剣聖の称号を冠するお立場ですよ。疑念を抱かれるような行動をしてはいけません。そんなにお好きでしたか? ウサギが」

「ま、待て。そういうつもりはなくて――」

 アルティナが冷ややかな視線を注ぐ。

「やはり教官は不埒な人ですね。ユウナさんとミュゼさんには黙っていてあげます」

「ご、誤解だ、アルティナ。黙っていてくれるのは助かるが」

 女性陣に詰められてたじろぐリィン。

「やれやれだ。英雄と女難ってのはセットなのかね」

 フォローできる言葉もなく、可哀そうな剣聖のことはさておいて、ヴァンは思案する。

 衣装が変化したことはいい。そもそもまともな世界じゃないわけだから、こちらの常識で推し量れることなんてたかが知れている。

 だがどうして俺たちカルバード組だけなんだ。

「いらっしゃいませ、お客様方」

 コツコツと大理石の床を打つ足音が響く。

 メイド姿の女性が二人、ヴァンたちの前まで歩み出てきた。

「わたくし、当カジノの案内をしておりますシャロン・クルーガーと申します」

「同じくクレア・リーヴェルトと申します」

 二人のメイドはエプロンドレスのスカートの裾を持ち上げ、丁寧な出迎えの一礼をする。堂に入った所作だった。

「シャロンさんにクレア少佐!?」

「またシュバルツァーたちの関係者か?」

「あ、ああ。彼女たちは――」

 リィンが言うには、シャロンはラインフォルト家の専属メイドで旧Ⅶ組のサポートを、クレアは鉄道憲兵隊の特務少佐でエリゼたち新Ⅶ組のサポートを、それぞれ務めた人物だそうだ。

 知り合いであるにも関わらず、やはり二人はリィンたちに対し、特別な反応は示さない。淡々と役割に徹している印象だった。

 時に本職がメイドのシャロンはともかく、何故TMPの少佐までもがメイド姿になっているのだろうか。サポートをするにしても軍服か私服で良さそうな気もするが。

 

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 ヴァンの疑問をよそに、シャロンはカジノの説明を始めた。

「ここは賭博遊戯場《ミスティルテイン》。一攫千金にも手が届く、夢のカジノでございます。見たところ、皆様はすでに当カジノで使用するコインをお持ちのようですね」

「コインってあれか。ゼムリアコインのことだな?」

 ヴァンは運んできた宝箱を一瞥する。

「はい。この《ミスティルテイン》では、ゼムリアコインでのみ遊んで頂けます。さらにコインを100万ミラ分集められると、フロアマスターとのギャンブルに挑むことが可能となるのです」

「フロアマスター……そうきたか」

 おそらくはそいつがカジノエリアを生み出した主格者。フロアマスターとやらの望みを知るためにも、まずは話せる場所まで引っ張り出すことが先決だ。

「レートは?」

「ゼムリアコイン一枚で100ミラです」

「つーことは100万ミラ集めようと思ったら、一万枚のゼムリアコインがいるってことか」

 宝箱の中にはゼムリアコインがおおよそ5000枚ほどある。つまり50万ミラ相当。これを単純に二倍にすればいいわけだ。

「元手もあるし、やってやれないことはねえな。コインを全員に振り分けて、個々の運に賭けてみてもいいが……」

「少しよろしいでしょうか?」

 メンバーの一人ずつを見回して、クレアが言った。

「当カジノは成人のみの入館に限らせて頂いております。どうやら二十歳に満たない方が何名かおられるようですが」

「成人限定ね。そりゃカジノだったら当然だよな……アーロン、口八丁でごまかせるか?」

「任せな」

 ヴァンの指名で、アーロンがずいと前に出た。

 二十歳未満の中で、見た目のごまかしが可能なのはエリゼ、アルフィン、セドリック。彼らは十九歳だから、どうとでもなる。

 問題はアルティナとフェリだ。どう繕っても、この二人はニ十歳の壁を突破できる容姿ではない。 

 しかしアーロンは堂々と言った。

「そっちのチビ共も成人してる。れっきとしたニ十歳だ」

「どう見てもそうは思えません」

「オイオイ、わかってねえな。こいつらはなあ……合法ロリだ!」

 力強い宣言。

「ごーほー?」

「ろり?」

 アルティナとフェリはそろって首を傾げた。

「世の中にはそういうジャンルがあるんだよ。二十歳を越えても幼女の容姿をキープしてやがる謎の種族だ」

「ジャンル? 種族? 私が指摘しているのは年齢であって、ジャンルなどと言われても。なら、そちらのお嬢さんはどうなのです。お顔立ちは十六歳くらいとお見受けしますが」

 クレアはアニエスに視線を移した。

「あの胸が十六歳に見えんのか!? つーか普通の十六歳が喜んでバニーガールになるわけねえだろ!?」

「た、確かに」

 意味不明だったが、勢いで論破に成功する。喉から絞り出すようなかすれ声で「喜んでないですけど……」とつぶやいたアニエスの目は死んでいた。

「失礼しました。それでは改めて《ミスティルテイン》にようこそ。夢のひと時をお楽しみ下さいませ」

 シャロンとクレアが道を開ける。

 ヴァンを筆頭に一同はカジノエリアに足を踏み入れる。アーロン自身が十九歳であることは、最後まで誰にも突っ込まれなかった。

 

 

《★――第7話 ヤドリギ絡むフォーチュンホイール――★》

 

 

 リィンとフィーが並んでスロット台に座っている。

 カシャカシャカシャと絵柄が三つそろうと、手元の受け皿に三十枚ほどのコインがマシンから流れ落ちてきた。

「自動停止タイプじゃなくてよかった。目押しならなんとかなるな」

「だね」

 リィンは俯瞰に長けた観の目をフルに使い、フィーは持ち前の動体視力と風読みの技能も使って、それぞれストップボタンをテンポよく押していく。反則級の的中率で、順調にコインを増やしていった。

 その様子をラウラは二人の後ろから眺めていた。

「ふむ……要領はわかった」

 このような遊戯は初めてだが、ゲームの仕組みは単純のようだ。

 差しあたってゼムリアコインは一人に二百枚ずつ分配されている。これを元手にして目標枚数である一万枚に到達できるよう、各自でゲームに興じつつコインを増やしていく――そんなミッションだ。

 ラウラもスロットマシンの前に座った。コインを入れて……なるほど、投入した枚数に応じて配当倍率が上がっていくわけか。とりあえず十枚入れてみよう。

 回り出すスロット。集中して目を凝らす。

「そこだっ!」

 チェリーが三つそろった。ジャラジャラとコインが吐き出される。

 おお、これはちょっと楽しい。

 配当表を見てみると、どうやら『777』とそろうのが大当たりらしい。絵柄も大きいし、色合いも派手だ。高速で回るスロットでも見極めやすい。

「ふふ、当てさせてもらおうか、スリーセブンとやらを!」

 『7』『7』と来て――

「はっ!」

 『2』が止まる。

 おかしい。確かに『7』が来るタイミングを狙ったのだが。少々手元が狂ったようだ。

 一回目、二回目、三回目と外れ続ける。どんどんと減るコイン。

 あっという間に残り二十枚だ。

 ここで慌ててはいけない。追い詰められてからが本領発揮だ。これぞ背水の陣である。たとえコインが減少しても、スリーセブンさえ当たれば余裕で取り返せるのだから。

 ラウラは残コインを全て投入した。景気良く回り出すスロット。

 呼吸を整え、丹田に気を込める。極限の精神集中。真剣勝負の心構え。なんなら洸凰剣を放つ時と同等の気迫だ。

「はあああ……! だあっ!!」

 必中のタイミングでストップボタンを押し込む。

 がっつり外れた。

 

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「………」

「あれ、ラウラ。スロットもうやらないの?」

 目線はスロットに向けたまま、フィーが聞いてくる。彼女は低倍率の絵柄を狙いながら、着々とコインを増やしていた。

「ああ、うん。他がいいかな、と……」

「ん。だったらこのコイン、ついでに宝箱に貯めて来てくれない? 受けスペースが足りなくなってきたし、今ちょっと手離せないし」

「承知した」

 個々で増やしたコインは元の宝箱にまとめて入れておくことになっている。

 リィンとフィーが稼いだコインを詰めたプラケースを抱え、ラウラはスロットマシン区画から離れた。

 いや待て、おかしいではないか。絶対当たってたぞ、さっきの。中央の横ラインでピッタリ止まるはずだったのに、なんかこうスルンって『7』が過ぎ去ったのだ、スルンって。

 結果は結果ゆえ文句をつける気はないが、どこか釈然としない――などと思いながら歩いていると、他のメンバーがちらほらと視界に入ってくる。

「む、当たりませんね。《クラウ=ソラス》のスキャナーでタイミングでも図ってみましょうか……?」

 などと独りごちつつ、別のスロット台に座るのはアルティナだ。椅子が高いらしく、足をぶらぶらさせながらストップボタンを押している。

 当たらないとぼやくも、彼女のコインケースにはそれなりの量が貯まっていた。見たところ白いウサギの絵柄を狙っていて、それが当たらないということのようだ。

「さあさあ、シェラ君! 次は赤か黒か、どっちだい!?」

「あのね、だからあんたは占い師を勘違いしてるのよ」

 オリヴァルトとシェラザードはルーレット台にいた。

「かつて僕を借金地獄から救ってくれただろう? 同じ要領でパパっと当ててくれたまえ!」

「はあ、ダメ亭主……。じゃあアウトサイドベッドの中賭けで。コインは10枚」

 ややあってマネーホイールの回転は止まり、ボールがポケットに入る。黒の⑰番。見事的中だ。掛け率は三倍。30枚のコインが払い戻される。

 ウハウハで上機嫌のオリヴァルトはさらにシェラザードに予見を求め、スパーンと一発はたかれる。結婚してもその関係に大きな変わりはないみたいだ。

「フルハウス」

 別のゲームエリア。その一言と同時にギャラリーから歓声が上がる。注目の中心にいるのはクローディアだった。

 幻影なのだろうプレイヤーたちとで四人卓を囲み、高ランクの手札をテーブルに鮮やかに広げていた。淑やかな笑顔であるものの、完全に勝負師の目をしている。圧倒的強者の風格だ。

 彼女のコインケースは五箱積み上げられ、いずれの中身も満タンだった。そしてそのコインケースを、デュバリィがせっせと宝箱へと運ぶ。

 どうやら彼女も自分と同じく、どこぞのゲームで瞬殺されたらしい。無言で往復運搬するデュバリィは、もはや感情を失くした働きアリと化していた。

 まあ、仕方あるまい。物事には向き不向きがあるものだ。

 ヴァンが教えてくれたが、カジノゲームには大別して三種類――スロットなどのマシンゲーム、ポーカーなどのテーブルゲーム、ビンゴなどのランダムゲームがあるという。

 自分には合っていなかったというだけだ。けど、さっきのスロットは絶対当たっていたから。

「もし、そちらのお客様」

「ん、私か? ああ、シャロン殿」

 ラウラを呼び止めたのはシャロンだった。ゲームテーブルの内側から手招きしてくる。お客様と言うあたり、ラウラをラウラとは認識していないようだが。

「よろしければ遊んでいきませんか? 簡単なルールでできるカードゲームですよ」

「シャロン殿はディーラーもされるのか」

 離れたゲーム台では、同じようにクレアが新Ⅶ組相手にディーラーを務めていた。

「せっかくのお誘いですが、私は手持ちのコインを使い切ってしまいました」

「あら、たくさん入ったコインケースをお持ちではありませんか」

「いえ、これはリィンとフィーのものでして……」

「それを元手にコインを増やせば、お仲間の方々はお喜びになると思いますが。再度申し上げますが、簡単なゲームですよ?」

「……一応ルールだけ聞かせて頂きたい」

「ランダムに抜いたトランプを一枚開きます。お客様は次に引くカードが、その数字より大きいか小さいかを当てるだけです。掛け率は二倍。《HIGH&LOW》というゲームですね」

「ほう、それはまたシンプルな」

 要するに二択だ。50パーセントの確率で、手持ちのコインは倍になる。負け分が取り戻せる。

「しかし、やはりこれはリィンたちのコイン。私が使うわけには行きませんので」

「それはおかしなお話です。皆様で協力して一万枚のコインを集められるのでしょう? であれば、あなたのコインは仲間のコインであり、また仲間のコインはあなたのものでもあるわけです」

「そ、そういう理屈になるのだろうか?」

「チームプレーであればこそ、仲間のコインをあなたが増やすことに、わたくしは何ら問題を感じません。むしろチームの目標達成に貢献したとして感謝されるべきことではありませんか」

「そうは言うものの、確率五割で負けてしまうのに、おいそれと賭けることには抵抗が……」

 シャロンは大仰な嘆息を吐いた。

「その立ち振る舞いからあなたは武人――それも相当な使い手とお見受けします。これまでに多くの真剣勝負を乗り越えて来られたはず。果たしてその勝負、勝率が高かったから戦ってきたのですか? いえ、聞き方を変えましょう。あなたは勝てる相手としか戦って来なかったのですか?」

「まさか、そんなこと。私は挑まれた戦いから逃げ出したことは一度たりともない。たとえ1パーセントの勝ちの見込みさえなくとも」

「このゲームは勝率50パーセントです」

「はっ……!」

「1パーセントにも満たない勝ち筋を諦めなかった方が、50パーセントの勝率を見逃す理由はなんでしょうか」

「そ、それは」

「挑まれた戦いから逃げ出したことは?」

「な、ない」

「では?」

「や、やる」

 コインケースを丸ごと差し出すラウラ。

 トランプ束から一枚抜き取ると、数字の『7』だった。これは微妙だ。

 悩んで悩んで――

「……答えは《HIGH》。7よりも大きな数字だ」

「かしこまりました。次のカードを引いて下さい」

 意を決して引く。数字は⑩だった。

「あ、当たった! やったぞ!」

「おめでとうございます。ダブルアップなさいますか?」

「うん?」

「連続でゲームに勝利すると、その回数に応じて掛け率が上がっていくのです」

 引き際が肝心ということだ。同時にチャンスでもある。なにせ確率は二分の一。それでコインは倍々に跳ね上がるのだから。

「今当たった分も合わせて全賭けさせてもらおう」

「その心意気。さすがですわ」

 カードを引く。今度は『(12)』だった。となるとこれより上は『(13)』しかない。

 無論《K》を引く可能性もないではないが、それこそどんな確率だという話である。

「次は《LOW》だ!」

 ラウラは勢いよくカードを引いた。

 

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 ●

 

「あんまり貯まってねえな……」

 ヴァンは宝箱をのぞき込む。最初の五千枚から、ほぼゼムリアコインの数は変わっていなかった。増えたり減ったりのバランスがおよそ同じなのだろう。

「ちょっと見回り行くか。アーロンもついて来い」

「しゃーねーな。ちょうど一区切りしたとこだし、付き合ってやるよ」

 ギャンブル慣れというべきか、ヴァンとアーロンは危なげなく勝ち越していた。

 二人、連れ立って歩く。多くの人で賑わっていたが、注意深く観察していると、ほとんどが同じ行動を繰り返している。スロットマシンにコインを十枚入れたら、十枚当たり、それをまたスロットに投入することを延々と続けているだけだ。

「一体どれだけが幻想の人間なんだか。逆に本当に夢に囚われているのは誰だっつー話だ」

「なあ、ヴァン。今んとこ囚われてんのってシュバルツァー側の知り合いばっかだよな? どういう理屈なんだ、こりゃあ」

「全て偶然だとは思えねえ。《バルドルの箱》が外の人間をここに呼び寄せてるのは確かなわけだが……」

 そういえば、どういう選ばれ方をされて《ロア=ヘルヘイム》に招かれているんだ? 顔見知りという条件なら、もっと膨大な人数になるだろう。ここまで偏るなら絶対に選定理由があるはず。知り合いとかそういう曖昧な基準じゃなく、なにか決定的な要因が。

 《幻夢の手記》の⑧番も気になる。彼らの姿と記憶は“クロスベル再事変の年代で固定されている”という一文だ。そこに何か関係はあるのか――

「ヴァンさーん!」

 向かいからアニエスとフェリが駆け寄ってくる。

「おう、二人とも調子はどうだ?」

「フェリちゃんは負けちゃいました。逆に私はまだゲームできてません」

「できてないってなんでだ? アニエスにも二百枚は渡してるだろ?」

「だって……三番卓のお客様にドリンクを運んで来いとか言われたり、なんだか従業員みたいに扱われてまして」

「そんな格好だからか」

「知りません……」

 バニーガールアニエス――略してバニエスの声は暗い。思えば《ロア=ヘルヘイム》に来てからというもの、彼女も彼女でろくな目には合っていない。

 街エリアではリィン・シュバルツァーとの死闘、城エリアでは男装させられて全力ダンス、このカジノエリアでは恥ずかしバニーガールで小間使いの接客。

 なんだろうか。これから後に出てくるエリアでも、アニエスだけ妙な衣装を着せられそうな気がする。

「おつかれさん」

「優しい口調ですけど、含みがあるような……」

 カルバード組が合流したところで、周囲を見渡してみる。

 リィン、フィーは地道に勝ち越し。オリヴァルト、シェラザードはそこそこ好調。アルティナは負け越し。スカーレットも劣勢。デュバリィは大爆死。エリゼ、アルフィン、セドリックは、クレアがディーラーを務めるゲーム台で何やら揉めている。クローゼはフィーバー状態、挑戦者たちを片っ端から倒していた。

 ラウラはなぜかリィンとフィーに謝りまくっている。

 なるほど、勝ちと負けの比率がほぼ半分だ。

 ここは通常のカジノじゃない。仮に勝ち率も主格者の思いのままなら、最終的にプラスマイナスを均等に調整されてしまうのかもしれない。あるいはじりじりと削られていくか。

 ならばオッズの高いゲームで一気に高配当を狙うか? しかしそれはやはりリスキーだ。

「こちらにお越しを、ヴァン様」

 不意にルーレット台の一つを担うディーラーから名前を呼ばれる。

 夢の世界の住人が俺を認識している? 違和感を覚えて振り向いた先には、

「リ、リゼット!?」

「皆様おそろいで何よりです」

 腰まで届く水縹(みなはだ)色の髪を揺らし、洗練された立ち振る舞いで微笑む女性。生粋のメイド服ではなく、メイド風味(・・)の服を着こなす彼女の名は、リゼット・トワイニング。マルドゥック社のサービスコンシェルジュだ。

「な、なんでお前さんまでここに?」

「あん? なんだよ、そのメイドは」

「わっ、綺麗な人ですねっ」

「ヴァンさんのお知り合いですか?」

 リゼットと面識があるのは俺だけだ。マルドゥック社関係でシュバルツァー側と関係があるというのは無きにしも非ずではあるが、そうではないとしたら? 同行しているこいつらのように、俺と個人的な繋がりで呼ばれたとしたら――

「お、お前ら、たぶん来るぞ! 構えとけ!」

 言うが早いか、それは来た。

 まともに備える暇もなく、強い頭痛が内側から感知野を圧迫する。反転する視界の色。

 脳裏に流れ込むような、叩き込まれるような、あるいは引きずり出されるような、カルバード中東を象徴するがごときサルバッドの景色。

 サァラ、シャヒーナ姉妹、ニナ・フェンリィ、ジュディス・ランスター、シェリド公太子との出会い。脅迫状の実態を探るべく駆け抜けた砂漠地帯。映画祭の裏で蔓延っていた導力シーシャと、暗躍していた《アルマータ》の存在。なぜか唐突に始まるグリムキャッツとの戦闘。正体隠す気ねーだろお前。そして意図的に起こされてしまった映画祭パレードの暴動。突きとめた黒幕と、アルジャメイラホテルにおける激闘。

 むせ返るような熱砂の記憶が、すでに経験済みの事象としてインストールされていく。

「あ……ぐっ」

「痛い、痛いですっ」

「慣れませんね、これ……」

「オレは初めてだが……頭がガンガンしやがる……。つーかそういうことかよ、そのエセメイドは……」

 全員に、リゼットがアークライド解決事務所にやってきた時点までの記憶の拡張が起こる。

 アニエス、フェリ、アーロン、リゼット。カルバード組の加入はこれで四度目。その度に発生する現象の共通項もつかめた。ほぼ確定だ。

 痛みの抜けない頭を押さえつつ、ヴァンは《幻夢の手記》に叫んだ。

「俺たちの記憶の拡張は、俺と関係のある人間と合流するごとに起こる! そしてその範囲は雇用契約書にサインしたところまでだ!」

 手記が輝き、文字が浮かび上がった。

 

⑩【ヴァン・アークライドとその仲間たちは、新たな仲間と合流する度、記憶が段階的に拡張されていく】

 

⑫【記憶の拡張域は、ヴァン・アークライドに《ロア=ヘルヘイム》で合流した者が、“現実世界でアークライド事務所に雇用された時点まで”となる】

 

 二項目が追加されると、《幻夢の手記》は光を収束させた。

「はっ、大当たりだ。一気に二つも埋めてやったぜ」

 ⑩と⑫か。この並びで⑪が抜けているのは気になるが。

「さすがはヴァン様。お見事ですね」

「いや、つーかリゼットはまだ事情を飲み込めてないだろ?」

「はい。ここが異世界であることと、ヴァン様たちが脱出を試みていること、その手段の一つとしてギャンブルで一定額以上のコインを集めていることぐらいしか」

「八割がた把握してやがる……」

 有能すぎるSCだった。というか俺はリゼットも雇うのかよ。今の記憶(・・・・)によれば、マルドゥック社からの出向という形式だが、確かにうちの契約書も巻いている。

 さすがにもう増えねえよな……?

「待て。そういや、なんでディーラーなんかやってんだ?」

「皆様のお力になれるかと思い、前任者に代わって頂きました」

 リゼットの足元には元のディーラーらしき男性が、ぐたっとへたり込んでいる。

「少々お疲れのようでしたので休息を。見ればメイド服の方がディーラーを務めている台もあるようですし、ここに私が立っていても違和感はないかと」

「思い切り良すぎだろ……」

「『迅速行動。理屈はやってからこじつけろ』がマルドゥック社の社訓でして」

「勝手に社訓を増やすんじゃねえ。レポートで報告すんぞ?」

「では言いつけられてしまう前に役目を果たしましょうか。どうぞベットを」

 ホイールが回転する。

「っても賭け用のコインは置いてきちまったな」

「あ、じゃあ私のを使ってください」

 アニエスがケースに入ったままのゼムリアコイン200枚を渡してくる。

 リゼットは言う。

「どこにベットしても構いませんが、一点賭けでお願いします」

「一点賭け? 当たるわけが――いや、黒の24だ」

「承知しました」

 ホイールの回転が緩まり、ボールが数字枠に接触して弾かれた。その瞬間、ビリッと電気のような閃光が走る。慣性を無視する不自然な動きをした金属製の玉は、吸い寄せられるように黒の24にストンと収まった。

「おめでとうございます。一点賭けですのでオッズは36倍。払い戻しは7200枚となりますね」

「なんかやりやがったな……ディーラーと結託するギャンブルはご法度中のご法度なんだぜ」

「『目標必達。結果は過程より優先される』がマルドゥック社の社訓でして」

「だから勝手に社訓を増や……今のはマジでありそうだな」

 

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 ●

 

 リゼットのルーレットで稼いだ7200枚。宝箱には5000枚程度。合わせて10000枚を突破。100万ミラ相当額だ。

 ヴァンはそれをドンとまとめてシャロンの前に置く。

「お見事でございます、お客様。まさかこの短時間で規定枚数に到達してしまうとは。念のために伺いますが、不正の類はしていませんね?」

「当たり前だぜ。なんなら見てくれ、この晴天のように澄み渡った曇りのない眼を」

 アニエスやらフィーやら汚れのない瞳の少女たちを前面に押し出す。濁った目をした代表格のヴァンとアーロンは代わりに後ろに引っ込んだ。

「なんと嘘偽りのない瞳……。なるほど、これはいかがわしい行為はなかったと認めざるを得ません。大変失礼しました」

「はっ、気にすんなよ」

「職業柄、幸運を疑いたい気持ちはわかるぜ?」

 不正なしとの言質を取るや否や、やたらといい声で前に戻ってくるヴァンとアーロン。

 コインが集まったとの報を受けてリィンたちも集まってきていたが、エリゼ、セドリック、アルフィンの三人組は、まだクレア相手にゲームを続けているようだった。いいところなので手が離せないそうだ。

「ああ……クローディア殿下? イメチェンなさったんで?」

「ち、違います。勝ち続けていたら、色んなグッズをどんどん身につけさせられまして……」

 ごつい毛皮の派手なコートに、首元に広がる孔雀の羽のようなファー、尖ったフレームのサングラスを着用するクローゼは、おとぎ話に登場するような趣味の悪い王様スタイルだった。あれでリベールに帰還しようものなら王太女のご乱心そのものだ。アリシア女王が心臓麻痺を起こしかねない。

 いつの間にか仲が良くなったらしいアニエスと、互いの恰好について慰め合っている。

「ではフロアマスターをお呼びしましょう。手に入れたコインを全て投入し、その掛け率はなんと百倍。すなわち勝者には一億ミラが与えられるのです。得るか、失うか――人生を賭けていざギャンブル! ……ですわ?」

 シャロンの前口上と共に照明が落とされた。続いて奥のステージがスポットライトで照らされ、そこに人のシルエットが映し出される。

「なかなか上がる演出でのご登場じゃ――ん? ちょっと待て、なんか多くねえか?」

 シルエットは四つ。

 その四人はステージを降りると、悠然とヴァンたちの元へと歩いてくる。

「彼らは……!」

「またエレボニア組の知り合いか? どういう奴らなのか簡単に教えてくれ」

「あ、ああ」

 戸惑いながらもリィンは言う。

「あの背の高い赤髪の人は、ランディ・オルランドだ。所属はクロスベル警察だが、一時期は俺と一緒にトールズ分校の教官を務めたこともある」

「へぇ、警官か。そうは見えねえな」

 気さくでフランクな印象を受ける。俺の警察のイメージはダスワニ警部みたいな堅物だ。もしくはネイト刑事みたいなポンコツか。

「中性的な顔立ちのあいつは?」

「彼はワジ・ヘミスフィア。言っていいのか微妙だが……所属は聖杯騎士団の守護騎士だ。確か第九位だったと思う」

 すかした顔して相当やべえヤツじゃねえか。聖杯騎士団には多少の負い目というか、苦手意識がある。

「いかにも悪ガキっぽいのがいるが」

「ああ、アッシュ・カーバイドだな。俺の生徒だ」

「俺が言うのもなんだが、教育指導はちゃんとやっとけよ? ありゃあ相当な跳ねっ返りに違いねえ」

「トールズ分校の初代生徒会長なんだが」

「エレボニアの倫理観バグってやがる……」

 生徒会長でいいわけねえだろ。あんなもんカツアゲ部隊の筆頭隊士だろ。

「じゃあ最後のあいつは? あの銀髪」

「クロウ・アームブラストだ。あいつとは色々ありすぎて一言でまとめられないんだが……」

「……まあ、大体わかったからもういい。逆にそんだけ知ってるなら、当たりもつけやすいだろう。このカジノエリアを生み出した主格者は誰の可能性が高いんだ? 本質を見抜く観の目の出番だぜ」

「そうだな……」

 難解な表情で四人に順番に視線を送る。熟考。額にあぶら汗を浮かべて、リィンは答えた。

「全然わからない」

「観の目ー」

 

 

 ――つづく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――another scene――

 

「招集号令ですー! コインが一万枚を超えましたっ」

 フェリはスロットコーナーのフィーに声をかけに行った。

「へえ、ヴァンとアーロンは賭け事に慣れてる雰囲気はあったけど、やっぱりさすがだね」

 フィーの手元にコインはほとんどなかった。すでに宝箱に運んだあとなのかもしれない。

 もっとも気になるのはコインの残数ではなく、スロット台の横で正座しているラウラだったが。

「あの、ラウラさんは何を?」

「セルフ反省中だって。フェリは気にしなくても大丈夫。最後のコイン分だけ回すから、ちょっと待っててね」

 フィーのスロットはフルーツの絵柄をそろえるタイプだった。チェリーから始まり、一番大きい配当はメロンだ。

 最後だからフィーはメロンを狙うという。

「あ、そうです! 私フィーさんと会ってたんです! あれ、そうじゃないかも……えっとこれから出会うんです……なのかな?」

 リゼットとの合流で拡張された記憶の中に、フィーとの出会いが刻まれていた。

 ディルク記念公園で邂逅し、その後のサルバッドで行動を共にしている。それはフェリにとっては一週間前程の過去としての感覚に置き換わり、フィーにとっては一年以上あとの未来の出来事であるはずだった。

「そうなんだ。なんだか嬉しいね。一つ聞いていい?」

「なんでもどうぞっ」

「未来の私、成長してたかな。身長とか諸々」

「今より大人っぽい感じです。大きくなってました!」

 一つ目のメロンがセンターラインで止まる。

「胸とかも?」

「え、はい、たぶん」

 二つ目のメロンが止まる。リーチだ。

「委員長――って言ってもわからないか。たとえば、そう。アニエスぐらい?」

「あ、いえ……そこまではちょっと厳しいような……」

「……了解」

 三つ目のメロンは外れた。

 

 

 ●

 

 

「姫様、もう行きましょう? ヴァンさんたち、一万枚集まったそうですよ?」

 エリゼが袖をちょいちょい引っ張るも、アルフィンは石のごとく動かなかった。

「エリゼさんの言う通りだよ、アルフィン。もういいんだって」

 セドリックが反対側の袖をぐいぐい引っ張るも、アルフィンは頑として応じなかった。

「ここまで来たのよ。ダメなのよ……!」

 卓上に置かれた裏向きのトランプを凝視しながら、アルフィンは悲壮なる決意に満ちた声音で言う。

「なにがダメなんですか! まだ表に向けてませんし、今ならドロップアウトできますから!」

「そうだよ! 今引けば――倍の倍の倍の倍で……五千枚のコインが手に入るんだ! 十分だって!」

 アルフィンたちがいるのは《HIGH&LOW》のゲームテーブルだ。

 クレアがディーラーを務めていたので来てみたのだが、やはり彼女は三人を認識できず、ならついでにと試しにやってみた《HIGH&LOW》が、まさかの連勝という事態なのだった。

 勝ちに勝ち続けて、倍率がとんでもないことになっている。

「五千枚で十分? もしかしたらヴァンさんが一万枚で負ける可能性もあるでしょう。その時のために別口で一万枚ストックしておいたほうが良くないかしら? それがあと一回で叶うのよ。ねえ?」

「息が荒いです、姫様! なんだか目も血走ってますし!?」

「怖いって! 怖いって!」

「そうね、セドリック。わたくしも怖いわ。いったい自分のツキがどれほどあるのか、試すのを抑えられない自分が怖い……!」

「あ、ダメなやつだこれ!」

 二人の静止も聞かず、アルフィンはクレアにカードオープンを指示した。

 トランプの数字は⑨だ。

「はあ、はあ……確率で言えば《LOW》……いいえ、これくらいの差なら《HIGH》の可能性も十分ある……こ、この極限の緊張と高揚、すごいわ……」

「確信した! アルフィンはギャンブルに手を出しちゃいけない人だ! 兄上寄りだよ!」

「どうか正気に戻ってください、姫様!」

「瘴気……?」

『正気!』

 セドリックとエリゼが両耳から同時に叫ぶ。思考もトランスしているらしかった。しかしカードオープンした以上、もうリタイアはできない。

「ふふ、ふふふ……二枚目を引くわね。《High》よ。これは《High》よ……! お願いします、クレアさん」

「かしこまりました」

 アルフィンが引いた二枚目のカードを、クレアが焦らすようにゆっくりとめくる。

「だああ、無理。僕、こういうの耐えられない」

「わ、私も平静じゃいられないです」

 めくりきる。数字は⑩。《High》だ。

「あ、当たった……!?」

「本当に一万枚いっちゃいましたよ……!」

 放心する二人。アルフィンはクレアに言った。

「もう一勝負です……次勝てば二万枚ですから……!」

「きゃああ! なんてことをーっ!」

「うわあああ! だあああ!」

 絶叫する二人に羽交い絞めにされるアルフィン。

 時すでに遅く、ゲームは始まってしまっていた。

 

【挿絵表示】

 

 

 ★ ★ ★

 




光の神よ、バルドルよ。

その夢はまだお前を苦しめるのか。その悪夢はまだお前を縛るのか。

お前の望みはなんだ。願いを叶えれば夢の囚われから解き放たれるのか。

ならばそうしよう。この世のあらゆる全てがお前を傷つけなければ恐怖は生まれないだろう。私が万物に誓いを立てさせよう。

しかしミスティルテインなるヤドリギだけは、若芽ゆえその契約の輪からは外しておいた。脅威にはならぬだろうと。

それが私の過ちだった。非力であるはずのヤドリギは矢となって、お前の心臓を貫いてしまった。

私の涙は霧と化し、世界を白く濁らせる。

ああ、そうだ。死者の国であるヘルヘイムの王ならば、お前を甦らせることができるかもしれない。
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