黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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★このタイミングでの更新理由は活動報告にて。
★連載中、《ロア=ヘルヘイム》マップの黒塗りしていた部分が舞台となります。
★本編クリア後のDLC扱いなので、先に読むとネタバレ一直線です。
★最後にアンケートあります。
★《界の軌跡》発売記念!

【挿絵表示】



★クリア特典①《黎明の軌跡EXTRA》
黎明の軌跡EXTRA シャドウオブラビリンス(前編)


 ぬかるんだ地面に靴が沈む。

 ここ最近で雨が降った覚えはないが、元々が湿地帯なのかもしれない。当然、湿度も高いのだろう。背中や首元が汗ばんで余計に動きづらい。

「みんな、泥に足を取られないよう気をつけてくれ。何が潜んでいるかわからない。警戒を厳に、もう少し進んでみよう」

 ロイドは後ろに続く仲間たちに指示を出した。

「任せてよ。ロイドの背中は僕がちゃんと守るからさ」

「ワジィ! ロイドの背中を守るのは今も昔も相棒である俺の役割だ! 割り込んでくんじゃねえ!」

「独占欲かい。ランディはその浅ましさを自覚した方がいいんじゃないかな。男の嫉妬は見苦しいよ」

「そのセリフはそのまま返してやらあ。すかした顔しやがって。どうやらここで白黒つけるしかねえみてえだなあ?」

 互いに威嚇し合い、いつものようにワジとランディが小競り合いを始めた。

「また……また出遅れてしまったわ……どうして私はこのやり取りに入れないの。絶対おかしいわよ……」

「ドンマイです、エリィさん。もはや何らかの見えない力が働いているとしか」

「そんなの嫌すぎる……。ティオちゃんのエイオンシステムとかでどうにかできないかしら? 何かこう、認識阻害的な導力波を二人に照射するとか」

「ドンマイです」

 ランディたちの諍いの後ろでエリィが頭を抱え、そんな彼女をティオがなぐさめている。

 仲間たちのあれこれに、ロイドは振り返ることさえせず黙々と前進した。

 まあ、普段通りと言えばそれまでではあるのだが。

 緊張感が薄いのは良いと見るか悪いと見るか。というかその辺りの気の緩みのことで、俺たちはセルゲイ課長からお叱りを受けていたんじゃなかったのか――

「――いやいや、なんだそれは……」

 ロイドは頭を振って、フラッシュバックしかけた奇妙な光景を振り払う。

 《ロア=ヘルヘイム》攻略も大詰めとなり、あとは黎明樹《ユグドラシル》への突入を残すのみとなった頃。皆が思い思いに過ごす最後の三日間。

 ミシュラムエリアの端から不可思議な圧迫を感じるとティオから連絡を受けたのは、その二日目の昼過ぎだった。

 主格者であるティオはミシュラム全域の状況を把握できる。彼女が異常を察知したなら放置はできない。

 クロスベルチームを率いて、ロイドは一帯の調査に来たのだった。

「しかしこんなに足場の悪いところだったとは……ティオ。上空からここらの地形を見渡せないか? ほら、認識でエイドロンギアを召喚してさ」

「それは無理です。私のエイドロンギアはフェリちゃん教官のオーバルギアΣ(シグマ)の素体として提供しましたから」

「そうだったな……」

 鬱蒼と生い茂る木々が空を覆っていて、見渡す景色は薄暗い。確かに現実世界のミシュラムからも林道に繋がるゲートはあるが、その再現とは明らかに違う。

「ロイドさん!」

 木の上からリーシャに呼ばれた。身軽な彼女には枝を伝って、先行してもらっていたのだ。

「ああ、何か見つかったか?」

「そ、それが……その」

 言いよどむリーシャの視線の先を追って、一同は歩を早める。

 草葉をかき分け、湿地を抜けると、そこに広がる光景にロイドたちは当惑した。

「なんだ、あれは……?」

 

 

《★――黎明の軌跡EXTRA シャドウオブラビリンス(前編)――★》

 

 

「――以上が我々クロスベルチームで確認できた内容となります」

 ロイドたちはアークライド事務所に戻り、リビング兼応接室で状況を報告していた。

「わかりました。休んでください」

了解(ウーラ)!』

 フェリの号令で、横並びの彼らは一斉に“休め”の姿勢に移行する。口元を真一文字に結び、余計な発言は一切しない。もはや警察官というより軍人の佇まいだ。

 その異様に耐えかねて、ようやくヴァンが口を開いた。

「あのさぁ、君たちさぁ、なんで重要報告の一番窓口がフェリちゃんサンなのかな? なんで俺じゃないのかな? とっても不思議だね?」

「ヴァンさん、ヴァンさん。ロイドさんたちは警察官ですので、きっちりと統率を取りながら報連相をしてくれてるだけですよ。猟兵もそうですが、組織は規律が大切なんです」

「だからなんでその最上位にいるのがお前なんだって話だよ。いいか? そいつらのは規律じゃなくて呪縛だ。フェリちゃんサンという呪いの産物だ!」

「むっ、失礼ですねっ! ――あうっ、あうぅ~」

 むくれるフェリのほっぺを、嬉しそうにリゼットが突っつく。ぷしゅーと空気がもれ出すフェリを後ろから抱きすくめると、リゼットはリビングから出て行った。さすがはマルドゥック社のSC。素晴らしいサポートだ。

「それで、新しいエリアを発見したかもしれないというお話ですが……」

 直立したままのロイドたちに着席を促しつつ、アニエスが不安げに言った。

「変ですよね。だって《幻夢の手記》には〝《ロア=ヘルヘイム》には七つのエリアがある”って記されているんですよ。手記の内容が更新された様子もありませんし」

「そこなんだよな。俺たちは街、城、ミシュラム、学校、工房、ノルド、パンタグリュエル――それら七つを攻略済みだ。ここに来て八つめのエリアってのは少々しんどい話だが……」

 だが主格者となった“囚われ”がいるというのなら、放ってはおけない話でもある。

「とにかく自分の目でも確認するしかねえか。アニエス、部屋にいるメンバーに声かけてこい。ひとまずはカルバードチームでいく」

「カルバードチームだけで?」

 と聞き返したのはロイドだった。ヴァンは肩をすくめて、

「報告の限りじゃ今までのメインエリアより霧が濃かったんだろ? せっかく解放したヤツらがまた“囚われ”になっても困る」

「それは……その通りなんだが」

「とはいえ本当に新エリアが出現してるなら総動員で挑みたいのも確かだ。まずは俺たちが先行して探索。バニングスたちは待機。助力が必要だと判断したら一度引き返してくるから、そうなったら改めて攻略方針を練る。こんな感じでどうだ?」

「……了解(ウーラ)

「その返事やめてもらえませんかね」

 《ARCUS》持ちは霧に囚われ、《Xipha》持ちは囚われない。この異世界のルールの一つだ。

 クロスベルチームは他チームへの情報共有のため、先にアークライド事務所を出た。そのタイミングでリビング隣接のヴァンの部屋のドアが開く。

「これはまた厄介なことになったわねえ」

 さも当然の顔をしてそこから出てきたのはレンだった。なんでお前がそんなとこから、と言う前にアニエスが詰め寄っていった。

「なんでレン先輩がヴァンさんの私室から出てくるんですか!」

「それはもう毎度おなじみ、可愛い仔猫の可愛いイタズラ的なアレよ」

「認めません!」

「アニエスに認めてもらう必要はないと思うけどね。それともなに? 悔しいの? 悔しエスなの?」

「ううぅ……」

「ふふ、どうやら今日はうなりエスのようね」

「別に日替わりエスとかやってませんので……」

 憔悴気味のアニエスは、上階の事務所メンバーに声をかけに行く。

 逆にそこはかとなく満足気なレンは、優雅な仕草でソファーに腰をかけた。

「この件、お前はどう見る?」

「どうもこうも、どうにもこうにもって感じかしら」

「まあ、そうだよな。判断材料が少なすぎる。とにかく現地確認しねえことにはな……」

「それなんだけど、今回は私はヴァンさんたちに同行せず、このまま事務所でお留守番しておくからね」

「なんでだ? 〝夢の綻び”を不在にするのが心許ないってんなら、その間の事務所番はシュバルツァーやバニングスに任せておくつもりだが」

「違うわよ。忘れたの? 霧に囚われる条件の一つ。“クロスベル再事変で《ARCUS》を使用した場合”に私は該当してるでしょ。他のエリアよりも霧が濃いって理由で《ARCUS》保持者を除外するなら、私も外れなきゃダメじゃない」

「そうだった、忘れてたぜ……」

「だから学校エリアの主格者なんてやってたわけだし。大事なことなんだからちゃんと覚えていてね」

 ほどなくカルバードメンバーがそろう。レンに見送られて、ヴァンたちは謎のエリアへと出発した。

 

 ●

 

「ロイドさんたちの話によれば、目的地はミシュラムエリアから南西に下った先のようですっ」

 ぬかるんだ湿地をフェリが元気よく進んでいく。その後ろで跳ねた土を受けたアーロンが憤っていた。

「こらチビ! オレに泥がかかってんだよ! ちったあ気いつけやがれ!」

「? わかりました」

「いつも通りわかってねーな。ガキは泥んこ遊びがお好きってか」

「むっ、子供扱いされた気がします。そもそも泥というのは潜入ミッションにおいて優秀なカムフラージュとして――あうぅっ!」

 待っていましたとばかりに、リゼットがふくれたフェリの頬を狙いにいった。

 最後尾につくカトルはXEROSの背に乗っている。汚れたくないアーロンも乗りたがっていたが、獰猛に吠えるXEROSに威嚇されて断念したらしい。

「うぅー……グリムキャッツに変身しようかしら。そうすれば木の上を身軽に――きゃばっ!?」

 ジュディスが顔面から泥に突っ込んだ。すかさずベルガルドが彼女の腕を引いて救出する。

「おお、大事ないかジュディス嬢。ずいぶんと景気よく転倒したな」

「あはは……全然大丈夫です。むしろ泥パックみたいな? 女優だし? はい……」

「美への探求心というやつかな。役者の道とはかくも厳しいものかと感心する」

「それほどでもー……べぺっ」

 土を吐き出すジュディスからそそくさと離れて、エレインが先頭を行くヴァンに並ぶ。

「ねえヴァン。やっぱり新エリアっていうにはおかしいわ。だって《虹の影橋(ビヴロスト・シャドウ)》も出現してないもの。あなただって気づいてるでしょ?」

「まあな。相変わらず《幻夢の手記》には反応がねえしよ。とにもかくにも行けるとこまで――待て、霧だ! 全員警戒しろ」

 瞬く間に霧が広がった。視界を遮り、辺りを白く白く濁らせていく。

「この状況ではぐれたらまずい! 近くのヤツと手を繋げ!」

 ヴァンのそばにいたのはエレインとアニエスだった。濃霧の中でそのどちらかの腕を引いた。

 確かにここまで深い霧は今までのエリアにはなかった。

 判然としない位置感覚の中で、ヴァンはとにかく進行方向に歩を進めた。

 バニングスからの報告ではそろそろのはずなんだが――

「あれか……!?」

 わずかに濃度が薄くなった霧の隙間を縫うように、淡い光が差し込んでいる。

 ヴァンはその光を目指した。懸命に泥を踏み、必死に草木をかき分けた先で――

 あった。見えた。

 依然として悪い視界の遥か先に、建物らしき陰影が浮かび上がっている。

「どうするよ、ヴァン。ありゃいかにもな雰囲気だぜ」

「ここまで来たんだ。いずれにせよ引き返すって選択肢はねえ。まずは慎重に近づいて――って俺と腕組んでたのはアーロンかよ!」

「興奮すんなよ」

「してねえんだわ!」

 

 ●

 

 湿地帯を抜けた先の地形は、巨大なクレーターを形成していた。まるで隕石でも落ちたかのようだ。

 ならば爆心地というべきか、その陥没した大地の中央部に件の建造物は佇んでいた。

「はあ、ずいぶんと年期入ってんな。周囲に罠らしき罠は見当たらねえが……」

 外壁をぐるりと一周してみるも、特にわかることはなかった。

 ただ石造りの外壁には深いひび割れが走り、尖塔を備えた屋根はあちらこちらが剥落している。

 一体いつからここに存在しているのだろう。果たして長い年月で風化したのか、あるいは風化した状態で創造されたのか。

「……もう中を調べるしかなさそうですね」

 アニエスが言った。

 アークライド事務所メンバーとしてこの場にいるのは九名。ヴァン、アニエス、フェリ、アーロン、リゼット、カトル、ジュディス、ベルガルド、エレインだ。

 誰も異論はなく、ヴァンが先頭に立ち、慎重に正面扉を開こうした矢先、その背後から大量の銃弾がばら撒かれた。

 綺麗にヴァンを避けた弾痕は人型にくり抜かれ、木製の扉は粉塵を散らしながら屋内側へと倒れゆく。

 ぎりぎりと強張った首を後ろに振り向けるヴァンに、油断なくアサルトソードを構えたままのフェリは言った。

「クリアリングも済んでないのに迂闊ですよっ! 敵が潜んでいたらどうするんですかっ」 

「物陰に潜む敵より背後から撃ってくる味方のほうが危険だとは思わないかい、フェリちゃんサン」

「? そんな人に背中を預けるのはどうかと思いますけど」

「ははは、後で鏡を貸してあげよう。しっかりと自分の顔を見るんだよ」

 無垢なる破壊神をリゼットに任せ、ヴァンは出来上がったばかりの破孔をくぐった。ぱらぱらと頭に振り落ちる木くずを払いつつ、屋内へと足を踏み入れる。

 よどんだ空気。薄暗い空間。しかしその内装にはどこか見覚えがあった。

「こいつは……礼拝堂か?」

 砕けた石タイルの上には多くの椅子が並び、最奥の壁面には割れたステンドグラスが掲げられ、その下には煤けた教壇が配置されている。

 信心深く神父の説教を聞きに行くタイプではないが、それでもここが教会であることはわかった。

「……誰もいねえな。出てくる気配もない。とりあえず全員でこの礼拝堂を調べんぞ。わかってると思うが気は抜くな」

 〝霧”があるところには〝囚われ”もいるはずなのに。

 後続の仲間たちに指示し、それぞれが動き出す。

 しかしどれだけ探っても手掛かりらしきもの一つ見つからなかった。

「おっ、そうだ。カトルならサーチで広範囲を調査できるんじゃねえか? パパっとやってくれ」

 ヴァンが気軽に肩を叩くと、カトルは不機嫌な顔をした。

「いやまあ、やろうと思えばできるんだけどさ。でも絶対力を貸してくれないと思うんだよね」

『コノド畜生ガ。オ前ヲ精肉機ニブチ込ンデ、残念ミンチ肉ニシテヤロウカ』

 暴言を吐くFIOがヴァンをロックオンしていた。

「まさに機械の反逆だな。進化しすぎた人工知能の成れの果て……このテーマだけで映画一本取れそうだぜ」

「ヴァンさんの脳みそって、本当に残念ミンチ肉なんだろうね」

「とてつもない誹謗中傷を受けた気がするが」

 嘆息をついて、カトルは自分の調査に戻っていった。FIOは最後まで銃口をこちらに向けていた。俺とアーロンに憎しみを抱いている導力ドローンに頼るのは、最初から無理な相談らしい。

「ではわたくしが試してみましょうか? ただ最新鋭のAIと比べるとさすがに精度は落ちると思いますが」

 カトルと入れ替わりで、リゼットがやってきた。

「お、その手もあったか。悪いな。人類に敵対する機械のせいで、どうにも(はかど)らなくてな」

「人類というかヴァン様とアーロン様への敵対では」

「融通の利かない機械ってのは難儀なもんだ」

「実に」

「っと、他意はねえぞ」

「さて?」

 リゼットは《Xipha》をかざすと、探査導力波を円状に飛ばした。跳ね返ってくる情報を高速で分析し、彼女のモニターへとフィードバックする。

「壁面、反応なし。天井、反応なし。棚、椅子、机などの配置物反応なし――いえ、一か所反応あり。……そこです」

 指し示しめされたのは教壇。正確にはそこにある教卓だった。

 ジュディスがかぶりを振った。

「ちょっと待って。その辺りはあたしが調べたわ。特に怪しいものはなかったわよ」

「ジュディスの調査なら抜けがあるはずだ。全員で調べなおすぞ」

「はあ!? 納得いかないんだけど! みんなもそう思うでしょ!」

 無言のメンバーたちは、すでに教卓回りを再調査していた。

 ぷんすか怒るジュディスの相手はさておき、ほどなく教卓の下に潜り込んでいたフェリが何かを発見した。

「この机変ですよ。四脚全部が教壇に固定されています。普通は持ち運びできるようになってますよね?」

「ふむ……場所を変わるがいい。この手の仕掛けは大体相場が決まっておる」

 ベルガルドは教卓に体重をかける形で、上から両手で押さえた。がこん、と四脚が教壇に沈み込む。次に教壇を降りて、その端に手掛けて真横に押す。

 滑るようにスライドした教壇の下から、さらに下へと続く入口が姿を現した。

 その穴をジュディスとアーロンがのぞき込む。

「えぇ……ほんとにあったし。ていうかこんなわかりにくい仕掛け、あたしの見落としのせいとかじゃないし……」

「真っ暗でまったく底が見えねえぞ。おいランスター、責任とってお前が一番に飛び降りろや」

「はあ!? イヤよ! 責任とか意味わかんない!」

「いいから行けよ、痴女キャット! もう消去法でお前なんだよ!」

「痴女じゃないし、幻夜の猫だもん! まず何を消去したのかの説明を求めるわ! って誰よ、あたしを押してるのは!? 行かないったら行かない――……あれ?」

 誰も彼女の背を押してなどいなかった。

 穴に吸い寄せられているのだ。黒い霧が湧き出し、獰猛に渦を巻いている。

「な、なんだ、離れられねえ! 引きずり込まれる……! くそっ、つかまるものを――」

 ヴァンが手を伸ばすより早く、瞬く間に拡大したその闇が全員を食らった(・・・・)

 

 ●

 

「おあああああ!!」

 叫ぶ声さえ吸い込まれていくような常闇の中を、ヴァンたちは延々と落下する。

 100? 200? もしかしたら300アージュは落ちたかもしれない。

 唐突にその終わりが来た。

「ぶっ」

 最下層の床に叩きつけられる。体がバラバラになるほどの衝撃――はなかった。少なくとも数百アージュも落ちてきたとは思えない程度。

 ヴァンはうつぶせの体勢から身を起こす。

「っー……全員無事か? はあ、床が柔らかい素材で助かったぜ」

 軽く頭を振ったとき、勝手に明かりが灯った。導力灯ではないらしいが、うっすらと辺りの様子が見えてくる。

 そしてヴァンは知った。

 まさに今、自分の体の下敷きにしているのはエレイン・オークレールであったことを。

 彼女は固まったままヴァンの顔を見返している。しかも最悪なことに自分の右手が触れていたのは、あろうことかエレインの胸だった。

「ご、誤解だ」

「んっ」

 強張った指に力が入り、思いがけず握ってしまう。

 柔らかい感触の中に手のひらがうずまり、エレインから小さな声が漏れ出た刹那、フルスイングの平手打ちがヴァンの頬に炸裂した。

 首が取れんばかりにねじれ、耐えきれなくなった体がきりもみ大回転――その勢いのままヴァンは遥か後方の壁にまで吹き飛んだ。

 石造りの壁面に顔面が埋まり、突き出た尻が痙攣したのもわずか、全身の力を失い床にくずおれる。

「はあ、はぁ……ばか、なんなのよ、ばかぁ……」

 薄闇にエレインの荒い吐息だけが微かに響いていた。

 ほどなく誰かが俺の足をつかみ、瓦礫から引き出してくれる。

「よいしょ、よいしょ……」

 声でアニエスとわかった。さすがはアークライド事務所のバイト一号。こういうアクシデントの対応は手慣れたものだ。

 しかし戻ってきた視界に映ったのは、見下ろしてくる彼女の無機質な瞳だった。殺意が宿っている気もする。

「ど、どうした、アニエス。女子高生がしていい目つきじゃねえぞ」

「一つお聞きしたいんですけど、さっきのわざとですか? エレインさんを狙ってたんですか?」

「待て、そんなことができる状況じゃなかっただろうが」

「状況が整っていたらやったという意味でしょうか」

「いやいや、しねえよ!」

「本当に?」

「俺のこの曇りない目を見てくれ。これが嘘を言ってる人間の目か?」

「濁っていますね」

「ジャッジが早え!」

 瓦礫を顔に戻そうとしてくるアニエスに、ヴァンは全力で叫んだ。

 

 ●

 

 ひと悶着はさておき、ヴァンは改めて周囲を見渡した。

 床も壁も灰色の石に囲まれたその空間は、おおよその直径が100アージュほど。《パンタグリュエル》攻略でやった対人チェスの総フィールドより一回りは広い印象だ。出入り口のようなものは見当たらない。

「上は……わからねえか」

 自分たちが落ちてきたであろう天井はまったく見えず、光の差し込む余地さえない完全な闇だけが頭上に満ちている。完全に閉じ込められてしまった。

「つーかやっぱおかしいよな。あんだけの高さから落下して無傷ってのは。いくらエレインがクッションになったからってよ」

「私のどこをクッションにしたっていうの。なんならもう一発……!」

「だー! やめろ! 暴力じゃ何も解決しねえ! まずは平和的な話し合いをだな!」

 パァン!! と鋭いビンタの音が響いたのは、エレインが平手を振り上げた時だった。

 身を固くするヴァンに、エレインは困惑していた。

「私まだ何もしてないわよ……?」

「は?」

 巡らすヴァンの視界に人影が映った。この空間の中央辺り。黒髪の少年が金髪の少女を組み敷いている。奇しくも先ほどのヴァンとエレインと同じ体勢で。その二人の顔には見覚えがあった。

 リィン・シュバルツァーとアリサ・ラインフォルトだ。

 ちょうどアリサがリィンの頬を引っぱたいた瞬間だった。

「まさか彼らもここに落ちて――」

「待て、様子がおかしい」

 リィンとアリサの像が波打つように揺らぐ。周囲を囲むカルバード勢の視線の中心で、二人の姿はかき消えてしまった。

 そう、それはあたかも〝幻影”のように。

「こいつは単なる幻ってわけじゃなさそうだぜ。二人とも今よりどこか顔が幼かったし、何よりトールズ士官学院の赤服を着ていた。……おそらくだが、記憶の再現じゃねえのか」

「つまり実際に起きた過去ということ? でも若くとも将来的に英雄とまで称されるリィン・シュバルツァーよ。そんな不埒なことするかしら?」

「する。俺にはわかる。あいつは不可抗力の権化だ。因果律を捻じ曲げてでもラッキースケベを引き起こすほどのな」

「いったいそれは何の呪いなの」

 エレインは半信半疑のようだが、ほぼ全員がうなずいていた。《ロア=ヘルヘイム》に呼び込まれてからの付き合いではあるものの、普段の彼の素行から納得する節はあるらしい。

 教え子であるアルティナは「リィン教官は不埒ですね」と事に触れて口にしていたし、同じくミュゼも「不埒な教官もそれはそれではかどります」と煽情的に頬を緩めていたし。

 何がはかどるのかは知らない。とにもかくにも不埒なんだ、あいつは。

「下がれヴァン! そこら中から妙な気配がすんぞ!」

 アーロンが叫んだと同時、それら(・・・)は現れた。

 扉。銀色の光をにじませる扉が、この閉ざされた空間の至るところに出現した。数えきれない程の量だ。

 最初に気づいたのはカトルだった。

「これって銀の扉……? パンタグリュエルの船倉に出てきたのと一緒だ。でもどうして今こんなものが――ってジュディスさん! 勝手に開けようとしないで下さいよ!」

「ご、ごめん。不思議なドアの向こうにレアなお宝があるのかもと思うと、怪盗の血が騒いじゃって体が勝手に――あ、いや、怪盗とか意味わかんないわー」

「もうみんな知ってるのに、そのくだりやる意味あります?」

「あら? というかこの扉、全然開かないんだけど」

 ジュディスがドアノブをがっちゃがっちゃやったり、裏側から押したり引いたりしたりしても、うんともすんとも言わない。

「ど、どうすりゃいいんだよ、この状況」

 数十にも並び立つ銀の扉に囲まれて、ヴァンは立ち尽くすしかなかった。

 

 ●

 

「まさか本当に〝影夢の大渦“に迷い込んじゃうなんて。誰も立ち入れないように濃霧で隔絶していたのに……」

 各地の霧が晴れるに従って、封印としての効力が弱まっていたのかもしれない。教壇の下の隠し口まで発見されてしまった。

 黎明樹《ユグドラシル》の最上層。王の間の玉座に腰掛けながら、レンは床に散らばった《幻夢の破鏡》の一枚から視線を外した。

 破鏡の力でヴァンたちの動向は追えていたが、あの場所(・・・・)の最深部にまで入られたら、もう補足することはできない。いや、正確には最深部の一つ手前か。

「さて、どうしたものかしらね」

 ドラゴンの咆哮が王の間を震わせた。こちらの漠然とした不安が伝わったのか、《ユグドラシル》近辺を飛び回る《ニーズヘッグ》が私を心配してくれたらしい。

「大丈夫よ、大丈夫。安心して。私は元気よ。げーんきげんき」

 そう口にし、心の中でもつぶやくと、《ニーズヘッグ》はゴロゴロとどこか甘えた唸り声をあげて、周辺の回遊へと戻っていく。

 《ニーズヘッグ》は黎明樹の守護竜だが、元々は私の遊び相手として《バルドルの箱》が生み出したものだった。だからなのか、《王》である私と《ニーズヘッグ》とは、《バルドルの箱》と同じく表層上のリンク状態にあるらしかった。

 初期は仔猫くらいの大きさで、よく私の膝で居眠りし、それこそ仔猫のようにか細く喉を鳴らすくらいだったのに。

 《ロア=ヘルヘイム》に〝囚われ“が増え、余剰した思念を取り込んでいくうちに、あっという間に今の巨体になってしまったのだ。

 《ニーズヘッグ》に情がないといえば嘘になる。けどこの異世界から脱出するにあたっては倒すべき障害と見なさなくてはならない。

「……ごめんね」

  “影夢の大渦(シャドウオブラビリンス)”。あそこから抜け出すことは不可能だ。囚われたヴァンたちに活路を与えられるのは、やはり彼ら(・・)しかいないだろう。

「ここは力を貸してもらうわよ。《ロア=ヘルヘイム》に招かれた全員にね」

 

 

 ――つづく――

 




《話末コラム①》【レンとニーズヘッグ】 
 黎明樹《ユグドラシル》の守護竜たるニーズヘッグだが、元々は《バルドルの箱》がレンの遊び相手として生み出したものだった。だが《ロア=ヘルヘイム》にあふれ出した“囚われ”たちの思念を吸収するたびに、最初は子猫サイズだったその体は巨大化し、みるみるうちにレンの膝どころか王の間に収まるサイズですらなくなった。
 以降は《ユグドラシル》周辺を飛び回り、レンの護りを固めている。今でもレンには甘えたいと思っていて、時々は撫でて欲しいらしい。
 ヴァンのことは《ロア=ヘルヘイム》――つまりはレンの王国を壊そうとする異物と認識しており、強い敵意を抱いている。
 最終決戦時はエリゼの駆る《エンド・オブ・ヴァーミリオン》に消し炭にされかけるが、その後に思念体となって《バルドルの箱》に戻り、最終的にはレンの真の望みが果たされたことを知ってから夢の異世界と共に消滅した。

 ●

《話末コラム②》【レンの暗躍《未開示分》】 
《王》であるレンの目的は《ロア=ヘルヘイム》の消滅である。そのために彼女は裏で様々に糸を引いてきた。その中には最後までヴァンたちも知りえなかったこともあり、例えば――

★ピックアップトラックを《ロア=ヘルヘイム》に創造したのはレンで、町エリア初回戦闘時に人形兵器の群れに突っ込ませやすいよう、呼び込まれたばかりのアニエスの前に配置した。これはまだ《ロア=ヘルヘイム》の召喚ルールを知らないヴァンに足を与える意味もあった。

★パンタグリュエルでのチェスゲームの際、実はラピス及び《ラタトスクの羅針盤》はゲーム内容を決めていない。羅針盤の能力は本編中にあるように、“嘘か真実かの判定”と“《ユグドラシル》への道を指し示す”の二つである。
 勝負の点数付けこそ正誤判定とラピスの演算能力を掛け合わせて成したことだったが、裏でゲーム内容自体を決めていたのはレンだった。ルーファスやロイド、ヴァンやエレインなどぶつけ合わせた方が本人たちのために良いと判断したらデュエルにしたりなど。
 とはいえ大局に重要ではない組み合わせ同士になった場合は、“リィンとエリゼは互いに相手の心を折る”や“ベルガルドとジンはポージング”にしたりなど、いたずら心満載の対戦方法にしてレンも楽しんではいた。
 最終的にルーファスの願いにたどり着けるのは因縁の強い特務支援課だと見越していたので、レンはその盤面に持っていくべく、彼らが負けないような勝負内容に調整していたのである。
 たとえばティオVSリーシャで“本物のみっしぃはどれだ”という、圧倒的ティオの有利になったのはそういう手引きがあったためだった。

《話末コラム③》【ユグドラシル突入時の違和感】
★レンは一度霧から解放されたゼノとレオニダスを〝《バルドルの箱》に補足されるような独断行動を封じる”目的で、再度〝囚われ”にし、《ユグドラシル》内部に幽閉していた。
 しかし“囚われ”とは願いや望みに囚われるという意味である。幽閉の最中、彼らはフィーの幻影を生み出し、その健やかな成長を見守ることを至上の喜びとしていた。
 10歳の誕生日を迎えたフィー、入学式のフィー、父兄参観のフィー、運動会のフィー、海で遊ぶフィー、卒業式のフィー、服を買ってあげたら「あ、ありがと。似合うかな?」とはにかみながら笑うフィーなどなど、とにもかくにもフィーフィーフィーフィーである。その夢の世界が視えていたレンは「さすがに引くわねえ」ともらしたとか。
 ちなみにノルドエリア攻略後に再び〝囚われ”になったジョルジュは、アンゼリカと幸せな同居生活を送る幻影を見ていたという。
 本来、番人の役目など与えてもいない彼らが《ユグドラシル》で襲い掛かってきたのは、ゼノとレオニダスはヴァンたちが宿敵ケネスに見えており、ジョルジュは同居宅に不審者が入ってきたと認識したためである。



《★アンケートのお願い★》
 今後の軌跡シリーズの小説に関して構想はありますが、執筆するかどうかは正直かなり迷っています。
 その参考にしたいアンケートですので、ご協力頂けると助かります! ちなみに選択項目の《虹の軌跡》については世界観引き継ぎの上で、オムニバス形式だったり当作《黎明の軌跡》のようなオリジナルストーリーを含みます。
 ちなみに第1話と第50話にもちょっとしたアンケートを入れていますが、完結から相当時間が経ってから掲載したので、ほぼ気づかれていないかと思います。ご興味のある方はそちらもぜひ!

今後、読んでみたい軌跡シリーズのタイトルはありますか?

  • ①空の軌跡(FC、SC、3rd含む)
  • ②零の軌跡(碧の軌跡含む)
  • ③閃の軌跡(Ⅱ~Ⅳ含む)
  • ④黎の軌跡(Ⅱ、界の軌跡含む)
  • ⑤虹の軌跡(キャラと世界観の引継ぎ有り)
  • ⑥虹の軌跡(キャラと世界観の引継ぎ無し)
  • ⑦特にこだわりはない
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