黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
「――というわけで、あなた達全員に応援を要請したいの」
ヴァンたちは帰ってこない。通信も途絶した。不測の〝何が”が起きている可能性が高い。
その切迫した状況を、レンはエステル、ロイド、リィン、ルーファスに説明した。
アークライド事務所に招集した四人のチームリーダーは、それぞれが事態を重く受け止めているようだった。
「了解よ、レン! 任せておいて!」
「あのヴァンが音信不通になるほどの何か……事は性急だが、かなり慎重に動く必要があるな」
エステルとリィンが即応する中、「待ちたまえ」と水を差したのはルーファスだった。
「全員と、そう言ったね。それは全員の中から選抜隊を組むということではなく、メンバー全員を救出チームにするということかな?」
「そう言ったつもりだけど」
「私は反対だ。念のため付け加えるが、彼らを助けることに反対という意味ではないよ。全員を未開のエリアに投入することがだ。最悪は全滅の恐れがある。メンバー選抜の上で、救出班を組むべきだと思うがね」
そういう指摘が来るのは予想していた。そしておそらく、ルーファスがそれを最初に口にするのだろうことも。
そこにロイドも続く。
「俺も待機班と救出班に分けた方がいいと思う。全員がまた“囚われ”になるような事態に陥ったら、それで全部が終わってしまう。本末転倒だろう」
「考え方がずれているわ」
すぐにレンは否定した。
「いい? ヴァンさんがいなければそもそも“幻夢の手記”が開示されないでしょ。何より《ユグドラシル》突入作戦は、霧の影響を受けないカルバードチームありきで立案されている。どのみち彼らを取り戻せなければ、それは私たちの全滅と同義じゃないかしら? 本末転倒とはそういうことよ」
ここは是が非でも押し通す必要がある。
何かを言おうとしたロイドたちの先を制し、レンはたたみかけた。
「極論、私たちが“囚われ”になったとしても、ヴァンさんさえ救出できれば状況はまだ変えられる。彼ならまた私たちを解放してくれるわ。全滅のリスクを取ってでもカルバードチームは助けに行くべきよ。第一、今までだって新エリア攻略には総動員で挑んでいたじゃない」
「ちょっと待ちなさい、レン。……うん、やっぱり変だわ」
その懸命の説得に、エステルが反応した。鋭い目つきで彼女はレンを見る。それは幾多の真実をつかみ取ってきた遊撃士の観察眼だった。
「もしかしてレンは……ヴァンさんのことが好きなの?」
「……はい?」
「ああ! いいのいいの! 何も言わないで! あたし全部わかってるから、お姉ちゃんだから!」
何かを盛大に勘違いしている姉。
そしてロイドも「ははぁ」と理解したようなしたり顔を浮かべた。
「だからそんなに必死だったのか……。俺の配慮が足りなかったよ。エリィから怒られるのはこういうところなんだろうな。まったく、これじゃあ捜査官失格だ」
「えっと」
「照れなくたっていい。ははは、状況証拠で逮捕確定だぞ」
ばきゅーんと胸を撃つジェスチャーをやってくれる。それって誤射だし、誤認逮捕だし。
話が脱線しているので、統制役を期待してリィンに視線を移すと、
「そうか、レン。成長したな……」
「リィンさんの立ち位置はどこなのよ」
なぜ教師目線なのよ。その感慨深い表情も何なのよ。
ルーファスを一瞥してみる。本筋に戻すための最後の砦のつもりだったが、
「ふっ、やれやれだ」
と不敵な笑みを浮かべていた。
はい、これあれね。何もわかってない。わかってないけど、とりあえず雰囲気だけ出して流れに乗っとくかみたいな感じでしょ。さすがは人の心がわからない人代表。こっちがやれやれだわ。
「と、に、か、く!」
バンッと机をたたき、レンは立ち上がる。
「全員でヴァンさん達を助けに行くの! 異論は!?」
『ありません』
《★――黎明の軌跡EXTRA シャドウオブラビリンス(中編)――★》
朽ち果てた教会の遥か底で、そこら中に〝銀の扉”が乱立している。
「くそ……っ」
扉の一つの前に立ち、ヴァンは悪態をついた。
触ることはできる。しかし開かない。開いたところで反対側に出るだけかもしれないが――いずれにせよ、それ以上の干渉ができないのだ。リィンとアリサの幻影もあれきり出てこない。
薄暗い闇の中で、仲間たちも色々試してくれてはいた。
アニエスは扉周りを調べ、アーロンがそのドアノブをがっちゃがちゃ動かしてこじ開けようとする。
リゼットは《Xipha》で、カトルはFIOとXEROSでこの空間自体を調査。
ベルガルドは床や壁面の紋様からアーティファクトの一種ではないかと疑い、エレインは扉の並びに法則性はないかを思案。
フェリは扉に爆薬を仕掛け、破壊を試みようとしている。
「おい待て! 取返しのつかないことになったら――」
止める前にあっさり爆破。
轟音と粉塵。しかし“銀の扉”は健在だった。
「うーん、威力が足りなかったんでしょうか。あ、ヴァンさん。何か言いかけてました?」
「今更だが確信したぜ。やっぱお前は一秒たりとも野放しにできねえな!」
爆薬を追加しようとする破壊神フェリちゃんサンを扉から引きはがし、リゼットに押し付ける。
とはいえ今の衝撃で傷一つつかないとは。普通の物理法則が通用しない。特異な上位三属性でも働いているのか?
ここに落ちてどれくらいだ。仲間たちにも疲弊が見える。いよいよまずい。
俺たちの異変を察して救出に来てほしいが、待機を指示した以上、あいつらがそこまで迅速に動いているはずもない。
まるで突破口が見いだせない――
●
「教会だったのか、この建物は。最初に発見したときは遠目でよくわからなかったが……」
ロイドが訝しげに礼拝堂の中を見回す。文字通り〝朽ち果てた”と形容するに相応しい寂れた風景だった。
それなりに広いその堂内には、総勢49人が顔をそろえていた。
「ふぅ」
レンはひそかに息をつく。どうにか自分の目論見通り、全員をこの場に連れてくることができた。
彼らはいくつかのグループに分かれて、早くも教会内外を調べ回っている。
ティオ、アルティナ、ミリアム、ティータあたりはエイオンシステムや戦術殻、それらから抽出したデータをラピスの演算機能で分析し、機械的な調査をかけていた。
エステルを始めとしたヨシュア、アガット、ジン、フィー、サラ、トヴァルの遊撃士チームは教会自体に異常がないか注意深く見分している。
さらにそのトヴァルを、レイピアを握りしめたエリゼが険しい目つきで見張っていた。
「……エリゼお嬢さん。さっきから視線を感じるんだが、どうした?」
「少しでも怪しい動きをしたら刺突しようかと」
「俺、味方なんだけど」
「自称でしょう」
「そこは自他共に認めるところだと思っていたぜ……とりあえず剣先を下ろしてもらえるとありがたいんだが」
「いやです」
「拒否されるとかあんのか……」
他の皆もカルバードチームの痕跡がどこかに残っていないか、人海戦術を駆使して捜索を続けてくれていた。
「このステンドグラスが意味深だな。割れてしまって元々なにが描かれていたのかは定かじゃないが」
「そこは同意見だがよ。ただ《
リィンとクロウが最奥のステンドグラスを見上げている。
彼らのすぐ真後ろに位置する教卓下の隠し穴は抹消済みだ。だが鋭い人たちばかりだから勘づかれるかもしれない。
さて、どう誘導したものか……。
「あー、こほん、レンちゃん?」
「あら、マキアスお兄さん。どうかしたの?」
わざとらしい咳ばらいで前置きし、マキアスがレンに声をかけにきた。
「ふっ、僕はこの
「さすがはマキアスお兄さん。ぜひ私に最初に教えてほしいわ」
「ふふ、いいだろう。レンちゃんだから特別だぞ?」
「まあ嬉しい」
彼はやけにもったいぶりつつ、周りをちらちら見ながら自らの推論を語った。
「僕が思うに、やはり鍵になるのはリィンたちが眺めているあのステンドグラスさ」
「と言うと?」
「割れ方が不自然なんだよ。意図的に砕かれたようにも見える。それはつまり、絵を見られたら不都合な何者かが存在しているってことだ」
「なるほど?」
「ということは、あのステンドグラスの絵が完成したとき、この教会には何かが起こる!」
ビシッと格好よく決めたメガネがきらりと輝いた。
うん、全然違う。
しかしマキアスは爽快な笑みを浮かべていて、おそらくは近くにいるクレアへの秀才アピールのようだった。
「すごいわ、マキアスお兄さん! それで何者かって誰?」
「え、いや」
「何かが起きるって何が起きるの? それはヴァンさんたちの行方不明に繋がるものなのね?」
「えっと、それは」
「あと割れたステンドグラスの破片は床に一つも散らばっていないみたいだけど、どうやって絵を完成させるの? 教えてマキアスお兄さん!」
「ぐふぅ……っ」
精神ダメージが入り、彼の眼鏡は砕け散った。
まあ、ステンドグラスはいい線行ってたけどね。あれ割っておいたの私だし。だって絵が完成したら私の顔になっちゃうし。
とはいえマキアスお兄さんの絶妙な鈍感さには助けられてもいる。
実は今までの彼との会話の中で、『前に夢の中で遊んでもらったし』『一緒に虹の実を探したでしょう』などの話題をうっかり出してしまったことがあるのだ。
下手をすれば記憶保持の不自然さから、私の正体に繋がってしまう可能性もゼロではなかった。幸い『そんなことあったっけ』程度で流してくれたが。
仕方ない。ここはお兄さんに花を持たせてあげましょう。
「はーあ、ちょっと休憩しようかしら」
レンは近くの適当な椅子に座る。
「こらこらレンちゃん。みんな一生懸命調べてるんだから、一人だけ休んじゃダメじゃないか」
「だって歩きどおしでここまで来たから疲れちゃったんだもの。お願い、私には優しくして?」
「くっ、わかった。少しだけな。はあ、僕はレンちゃんに甘いんだよな」
「……そういえば変よね」
「なにが?」
「椅子よ、この椅子。普通は礼拝堂の傍聴席って複数人が座れる長椅子でしょ? でもここにあるのはぜんぶ一人掛け用の個椅子じゃない」
「言われてみれば、確かにそうだが」
まだ弱いか。ではもうワンプッシュ。
「それに椅子の数も49脚。ちょうど私たちの人数と同じみたいだし」
「ん? ……! 待て、待てよ。まさか……」
「どうしたの?」
「試す価値くらいはあるか……!? みんな、椅子を持って集まってくれ!」
マキアスは大きな声で全員に呼びかけた。ようやくピンと来てくれたらしい。
すぐに招集に応じた仲間たちは言われた通り、礼拝堂中の椅子をかき集めてきた。
自らの功績に目が向いているからか、なぜレンが点在する椅子の総数を
「聞いてくれ。どうもこの椅子が引っかかる。全員でそれぞれの椅子に座ってみよう。何かが起こるかもしれない」
こういう時の役目とばかりに、ユーシスが鼻を鳴らした。
「何かとは何だ? それはカルバードチームの行方不明に繋がるものなんだな?」
「いつもいつも僕のやることに小うるさい男め。それを今から確かめるんだろうが!」
「お前の思い付きに振り回されるのが億劫なだけだ」
お決まりのやり取りをルーファスが楽しそうに笑った。
「まあいいじゃないか、ユーシス。試すのに手間というわけでもない。なによりこれで何も起きなかったら、マキアス君はこの大勢の前で恥をかく。それはもう大層な羞恥だ。そのリスクを取ってでも提案してくれているのだから」
「兄上がそう言うなら……。ふう、ほら座ってやるからさっさと号令をかけろ。そして速やかに恥にまみれ、今日の夜にでも枕に顔をうずめて絶叫するがいい」
「ぐっ、この兄弟はどこまでも……!」
怒りをこらえ、マキアスは着席を促した。
その場の皆が椅子に腰かけると、程なくその“何か”は起きた。
一人、また一人と眠りに落ちていくのだ。
抗うことなく、静かに意識が途絶えていく。やがて穏やかな寝息が聞こえてきた。いや、ジンだけいびきがうるさいが――とにもかくにも深い眠りだ。
その中で目が開いている者は一人だけ。
「……みんな寝たようね」
この仕組みがあったから、強引にでも全員を連れてくる必要があったのだ。
夢は優しいものだけじゃない。
たとえば本人が受け入れがたい過去。たとえば好ましくない思い出。たとえばトラウマと呼ぶに近い物事。
個人によって程度の差はあるにしても、特に印象の強かった負の記憶は《ロア=ヘルヘイム》に呼び込まれる過程で、抽出され、切り離される。
思い出が消えるわけではないが、そこに紐づく感情が抑制されてしまい、起きた出来事を正しく思い出しにくくなる。
要するに、
それは幸せな夢だけ見ていられるようにと、《バルドルの箱》が取った〝処置”であり“措置”。
そうして収集された〝不純物”の集積場所が、ここ《
〝囚われ”から解放されてすぐの者たちが、軽度の記憶障害と物事の前後関係に混乱を抱えていたのは、これが原因だ。
この隠されたエリアに主格者など最初から存在しない。近辺に滞留する霧はあふれ出したマイナスの思念とでも言おうか。
ここを攻略したところで得るものはない。そもそも攻略という概念がない。だから誰も立ち入らせたくなかったのだ。
《ロア=ヘルヘイム》全体の霧が減少するに伴い、みんなの行動範囲は増えてきた。だとしても早々に発見されることはないと高をくくっていたが――私の見積もりが甘かったということだろう。
「……っ」
レンにも強い眠気が生じた。
このシステムは自分が作ったものではない。《バルドルの箱》が創ったいわば異世界の秩序だ。つまり私にも作用してしまう。
舞台は整えた。あとはヴァンさんたちに任せるしかない。
そう、はびこる特異な霧を晴らす方法は一つだけ――
●
「ん? んん? はあ!?」
扉が開いた。ヴァンがダメ元で押したドアが、いともたやすく。まるで今までの強固さが嘘だったかのように。
「いったいなんで……うぉ!?」
仲間も呼ばずに足を踏み入れたのは迂闊だったかもしれない。扉が閉まって、今度は引き返せなくなってしまった。
やっちまった。視界に広がる〝銀の扉”の向こう側は、なんなら今までいた空間と似た薄暗い場所だった。
そこにパチーン! と、つい先ほど聞いたばかりの音が響き渡る。
再びリィンとアリサの幻影が出現していた。トールズの制服姿だ。地べたに組み敷かれたアリサが、彼女の胸に触れたままのリィンに痛烈な平手打ちを放ったところだった。
これまたさっきと同じ光景だ。記憶がループ再生され続けているのか? アリサの幻影は消え去り、リィンの映像だけが残った。
「ははあ、あのシュバルツァーにもこんな青春時代があったんだな」
「あなたは誰だ? どうして俺の名前を知っているんですか?」
「あ……!?」
俺に反応した? なぜ? しかし俺のことを知らない様子だ。
「えー、あー……俺はヴァン・アークライドっつーもんだが、まあそんなの今はどうでもいい。それよりもシュバルツァー。どうしてお前さん、クラスメイトに引っぱたかれたんだ?」
「う、それは……」
彼は言いづらそうに語った。
ここはトールズ士官学院の旧校舎地下。入学オリエンテーションという名目で連れて来られたはいいものの、いきなり床が開いて落下させられたとか。そして一緒に落ちたアリサを下敷きにして、その弾みで弾むものに触れてしまったのだという。
「はは……俺は何をやっても上手くいかなくて」
「いや、そんなもん不可抗力だろ」
「だけど俺は……」
なんか俺の知ってるシュバルツァーと違うな。こう、ちょっと卑屈というか。昔はこんな性格だったのか。
だとして、どうして〝この記憶だけ”が切り取られているんだ?
「いいか、シュバルツァー。人生の先輩としてアドバイスさせてもらうが、そういう経験はな、若さの特権ってやつなんだ」
「特権……? けどアリサを相当怒らせてしまったし……入学早々、もう交友関係も終わりかもしれない」
「こっから始まんだよ!」
真正面からリィンの両肩を強くつかむ。
「あのお嬢だって不可抗力なのはわかってる! ビンタしたことは謝りたい! でも一度態度を硬化させちまったからすぐに元通りにはなれない! でも勇気を出して素直になる瞬間が必ず来る! そこがターニングポイント! アリサ・ラインフォルトの中に自分でも気づかない小さな想いが生まれ、育まれ、やがて実を結ぶ! この王道展開がわかるかよ、シュバルツァー少年!?」
「は、ええ?」
「要するにお前はなんにも悪くねえ! むしろそんな感じでどんどん行け! 今後現れる幾多の女性はお前の不可抗力を待ち望んでいると思え!」
「さすがにそんなことは……」
「ある! お前はこの先クラスの女子だけに飽き足らず、先輩、後輩、教え子、あらゆる相手の心を魅了する天然ジゴロ野郎になる!」
「お、教え子って俺は何かを教える立場じゃ……というかそれって良くないのでは」
「良いも悪いもねえ! そういう全部をひっくるめてリィン・シュバルツァーだろ! 自分で自分を形作る一部を否定すんなよ! 認めろ、受け入れろ!」
魂の熱弁。いつか自分にもそのブーメランが刺さる気がしないでもないが。なんとなく励ましたほうがいいような気がしていた。
リィンはつかの間うつむき、「わかりました」と一言だけつぶやいた。
「どこか気持ちが軽くなりました。……ありがとう」
「何よりだ」
まだ幼さの残る面立ちに笑みが浮かぶと、リィンの幻影が光の粒になって消えていった。
同時に旧校舎とやらの景色もかき消え、現実の視界が戻ってくる。
「ヴァンさん! 大丈夫ですか!?」
アニエスと、後に続く仲間たちが心配そうに駆け寄ってきた。
「いったい今なにを――」
「待て。推察する」
幻影のシュバルツァーは俺が誰かわかっていなかった。それは俺たちと出会う前の記憶だからだ。やはり実際に存在した過去であろうことは間違いない。
「おそらく扉の先にあるのは、そいつの〝受け入れがたい過去”だ。〝折り合いがついていない”とか〝消化しきれていない”と置き換えてもいいだろう。〝変えたい過去”ってパターンもありかもな」
アーロンが笑った。
「へぇ、おもしれえな。ちなみに剣聖殿の〝受け入れがたい過去”ってのは何なんだ? 聞いてもいいだろ?」
「簡単に言うと、〝昔やらかしたラッキースケベを申し訳ないと思っている”……ってとこか」
「しょぼくね? 剣聖とは思えねぇスケールの小ささじゃねえか」
「逆だな。しょぼいのが残って出てくるってことはつまり、自分が抱えていた他の大きな問題は、すでに受け入れ済みってこった。最近でもちょいちょい不可抗力やらかして怒られてるらしいし、いい加減成長できねぇそこの部分を反省して続けてんじゃねえか?」
「なるほどなァ。そんなもんマジで悩むもんじゃねえんだけどな」
「だからそこが個人の認識によりけりなんだろ」
エレインが言った。
「だとして、それでどうやって扉から戻ってきたの? あなたが出入りした扉は消えてしまったし」
「おう、シュバルツァーにな、お前はそれでいいって伝えてきた。そのスタンスでやっていけって」
「いいのかしら、それ。……ああ、でもヴァンが戻れたということは、その対応で正解ってわけよね。つまり〝銀の扉”は過去へと通じる道。そしてその先にいる人の過去に介入して、受け入れられるようにすると幻影が消えていく。多分、本人の元に戻るという理屈で」
エレインのまとめが正しいと思う。
カトルに数えてもらったら、扉の数は今消えたのも含めて49だった。これは《ロア=ヘルヘイム》にいる仲間から、この場にいるカルバードチームを引いた人数と一致する。
「あ、見て! 他の扉の光も強くなってる。同じように開けられるようになったんじゃないの!?」
ジュディスが騒がしく言った。
他国の〝囚われ”組と何かしらの連動があるように思えるが、なぜこのタイミングで状況が動き出したのか。
しかし少しでも打開できる可能性があるなら賭けてみるべきだ。
「とにもかくにも心の扉を開いていけ! 小さなお悩みから大きなお悩みまで片っ端から解決していけ! これはアークライド心療内科に持ち込まれた4spgだと理解しろ! いいか、今日の俺たちは心優しきカウンセラーだ!」
●
こちら側の人数に比べて、圧倒的に扉の数が多い。
かといって分散するのが正解かどうかは、入ってみないとわからない。結局は出たとこ勝負……!
「私はこの扉に入ります!」
アニエスが勢いよくドアを開く。
「待って、私も行くわ!」
近くにいたエレインも飛び込んだ。
行動指針が決まっただけで、まだ不透明な状況であることに変わりはない。二人の方が確実性が上がると判断したのだろう。
この先にあるのは、《ARCUS》持ち――すなわちカルバードチーム以外の人間の〝まだ折り合いのついていない記憶”。もしくは〝あの時ああしておけば、という後悔”。それらの思念が具現化された世界。
さあ、
景色が切り替わった。
星々が散らばる暗い空に、ひと際光を放つ満月が浮かんでいる。
夜であることはわかるがその他は――いや、知っている場所だ。
「ここは……グランセル城ですね」
城エリアで幾度となく訪れているから見間違えるはずもない。リベール王国のグランセル城――その上層に近いテラスだ。
「この造形、確かにそのようね。ということはリベールの誰かの記憶かしら?」
「誰かいます。あれは――」
テラスの中ほどにクローゼの後ろ姿が見えた。そこには彼女に背を見せて、遠ざかっていく人影も。あれはヨシュアだ。
「はっ……!」
アニエスは察してしまった。
「エ、エレインさん。まずいです、まずいですよ、これ」
「心当たりがあるのね? 教えて。どういう状況なの」
「………」
「アニエスさん?」
「……クローゼさんがフラれた直後かと」
「話が見えないわ。そんなシチュエーションがあるわけないじゃない」
当然の反応だ。かくいう自分もクローゼ本人から聞かされなかったら、そう簡単には信じられなかっただろう。
「まあ、あの、なんと言いますか。クローゼさんはヨシュアさんのことが好きで、その時点でヨシュアさんはエステルさんと結ばれてはいたんですけど、想いを伝えずにはいられなかったという感じで告白して、そして、その……」
「玉砕……?」
アニエスは無言でうなずいた。
「緊急時なので言いましたが、個人のプライバシーですのでどうか内密に」
「……この情報はS級案件の機密事項として墓まで持っていくわ」
クローゼは立ち尽くしたまま微動だにしない。月明かりが無情なスポットライトを彼女に浴びせている。
ヨシュア側の記憶という線もないではなかったが、彼の姿は消えてしまった。クローゼの記憶で確定だろう。ということは――
「待って、ちょっと待って。なに? まさか今の状況をどうにかしろっていうの? 無理でしょ、無理よ! こんなの国家レベルの案件じゃないの!?」
「あぁぁ……クローゼさん……」
この話をしてくれた時、『んー、まだちょっとは引きずってますね』なんて笑っていたけれど、ちょっとどころじゃないじゃないですか。バキバキにハートブレイクしているじゃないですか。もう背中のシルエットだけで、こっちが泣きそうなんですけど。
いや、だからこそ
「しかもさらにやりにくいのが、失恋直後ってことよね。もう少し早いタイミングで来ていれば、告白の結果を変えられたかもしれないのに」
「すでに確定した過去を改変することはできないんでしょう。どうにかしてクローゼさんが受け入れられる形に持っていかないと……!」
互い見合わせて、おそるおそるクローゼに近づく。
「誰ですか?」
気配に気づかれて、クローゼが振り向いた。
「あ、えっと……迷える人の前に現れる妖精的な何かです」
「ふふ、ずいぶんと実体のはっきりした妖精さんなんですね」
クローゼはアニエスに微笑みかけた。
目が赤いが、涙はこらえている。なんて気丈な女性だろう。
「もしかしてさっきの見られちゃっていましたか?」
「……はい、申し訳ありません」
「いいんですよ。一応周りは気にしていたつもりですけど、公共の場ですからね。私の配慮不足でした。ところでその妖精さんがお二人、何かご用で?」
アニエスは言葉に詰まり、しかしエレインが切り出した。
「おそれながらクローディア殿下。世に男性は彼だけではありません。もっと素敵な方はたくさんいるはずです。どうかお気を落とさずに」
古今東西、おそらく遥かな昔からテンプレとして確立されていたであろう、恋を失いし人に捧げるオーソドックスな慰めの言葉。そしてあまり効果がないことでも有名なセリフでもある。
「ありがとう。元気づけようとしてくれているのですね。私は大丈夫ですから」
「こういう時に口にする『大丈夫』は大丈夫じゃないことが九割ですので……」
エレインに続いて、アニエスもどうにか元気づけようとするが、クローゼは口元を緩めて微笑を浮かべるばかりだ。
私たちの気遣いを気遣いと理解して、逆にこちらを気遣おうとしてくれる。
「うぅっ……こんなに優しく気高い人います? 私、ちょっとヨシュアさんに一言物申したいんですけども」
「居たたまれなくなってきたわ……。ほんと何なのかしら。もういっそ二人とも幸せにするくらいの気概を見せなさいよ……! ――あ」
エレインが何かを思いついた。あの苦い表情。たぶん良くないことだ。奪ってしまえくらい言いかねない雰囲気だった。
「殿下。ヨシュア・ブライトという人間は狭量な男でしょうか?」
「まさか。私が望んだ結果にはなりませんでしたが、それは最初からわかっていたこと。今だって私の想いに誠実に答えてくれました」
「懐は深いと」
「もちろん」
「では進言させて頂きます」
「どうぞ?」
エレインの目が据わっていた。
「二人いてもいいじゃないですか」
「え?」
「恋人です。エステルさんとクローディア殿下、ダブルでお付き合いすれば万事解決でしょう。日替わりとか、時間で区切っても。あの、ほら、遊撃士の勤務って三交代のシフト制ですし」
エレインの提案に、アニエスは驚愕した。
「え、エレインさん!? 何を言い出すんですか!? そんなの倫理的にアウトですよ! 許されませんって!」
「自分がすごいことを言っている自覚はあるわ。でもアニエスさん。ここは記憶の世界。説得よりも納得が大切なのよ。実現できるかどうか、倫理感から逸脱しているかどうかは問題じゃない」
「えぇ……ですかね?」
「裏解決屋の流儀に合わせたまでよ。白でも黒でもなく、灰色の落としどころというやつね」
「いえ、黒です。真っ黒です。でもそんな提案で納得してくれるでしょうか……?」
クローゼはうつむいてしまった。ショックを受けている。
しばし瞑目し、ほどなく顔を上げた。
「あり……かも」
「クローゼさん?」
耳を疑うアニエス。思わず愛称を使ってしまった。
そこにエレインが重ねる。
「ありでしょう。恋人Aと関係性が悪くならないのであれば、クローディア殿下が恋人Bとなっても。さらに言わせてもらえばA>Bではなく、A=Bです。上とか下、前とか後ろではなく、右か左を決めれば良いだけなのです」
「なるほど……」
なるほど、じゃないですよ、クローゼさん。“その手があったか”みたいな感じですけど、その先はヨシュアさんへのバッシングが鳴りやまない未来しか残ってないですよ。
「あの! 一度エステルさんとお話ししたほうが――むぐっ?」
エレインに口を押えられる。
「どういう形でも“この過去”を心に受け入れてもらえれば、この精神世界は消える。殿下には申し訳ないけれど、今は手段を選べないわ」
「そうですけど、よくクローゼさんが納得するってわかりましたね。こんなの普通は了承できないですよ」
「教えてあげる。恋を失ったばかりの人間ってね、どうやっても正常な判断を下せないの。何かが違うって思っていても、心に空いた穴を塞ぎたいって気持ちが優先されちゃうの。きれいに穴にはまる形じゃなくてもいい。つぎはぎだらけの絆創膏だって傷を覆うことはできるのよ」
「え、もしかして実体験だったり……」
「んー?」
「ご、ごめんなさい」
笑顔が怖い。
「アニエスさんもいつかわかるわ。大人になるっていうのは、心をすり減らしながらそういう経験を積み重ねていくことだって」
「わかりたくないです……」
要するに傷心のクローゼは、エレインの甘言に妙な傾倒をしてしまったわけである。
「ふふ……みんな幸せになれる未来があったんですね。……あら? そういえばどうしてエステルさんの名前を知って――」
クローゼの姿が銀色の光の粒になって、闇夜の中に溶けていく。
「カウンセラーってこういうのじゃない気がします……。というか現実世界のクローゼさんの思想に影響とか及ぼさないんですかね、これ」
「……大丈夫」
「こういう時に口にする『大丈夫』は大丈夫じゃないことが九割って、さっきエレインさんが言っていたような……」
クローゼの〝銀の扉”から帰還したアニエスとエレインの周りを、心配そうに仲間たちが囲んでいた。
まだ二番手。二人が戻ってくるのを待っていたようだ。
「ねえ、どうだったの?」
「やっぱちょろい感じかよ?」
気軽に聞いてくるジュディスとアーロンに、残る47個の扉を眺めながらアニエスは重々しく告げた。
「こちらの心が折れそうになるくらいハードでしたよ……」
――後編につづく――
《話末コラム①》【パンタグリュエルに出現した“銀の扉”の正体】
〝銀の扉“は各人の負の記憶とリンクしているゲートであり、特に印象の強いいくつかの思い出と結びついている。
パンタグリュエルの船倉に現れた銀の扉はジョルジュ・ノームが呼び出したものである。
ジョルジュは《ユグドラシル》に到達するための手段としてカレイジャスを再現したかったが、“自らが所有しているもの”という認識など到底持てるわけもなく、その試みには失敗していた。
そのため、自らの記憶に繋がる“銀の扉”を介して、カレイジャスを呼び出すことにしたのだった。それは再現や創造ではなく、模倣や模写に近い。ただジョルジュもカレイジャスに搭乗していたので、内部構造の精度は一目では違いに気づかないレベルで高かった。
ヴァンたちが攻略中に扉が移動を繰り返していたのは、本来はただの映像であるはずのカレイジャスの記憶(機甲兵込みで)を、実体として召喚するための異相融合点を探していたためだった。簡単に言うと、波長の合うしっくりくる場所。
尚、なぜジョルジュにとってカレイジャスが“特に印象深い負の記憶”として紐づいているのかは、閃Ⅲをプレイした人ならば「そりゃそうだろうよ!」となる納得の理由である。
●
《話末コラム②》【レンの暗躍】
エステルとヨシュアの名シーン『キスしていいかな』を、レンは散々いじっていたわけだが、本来あの場面はレンを含めて誰にも見られていない。そこにもっとも近かったのは、レグナートに乗って迎えに来たカシウスである。
カシウスのミストマータを構築する“囚われ”の思念は、主にリベール組の遊撃士メンバーから抽出されており、わけてもエステルとヨシュアの記憶が大部分を占める。
そのため二人の嬉し恥ずかしのメモリーが余すことなくカシウスのミストマータに引き継がれ、そこからレンに伝えられたという経緯だった。
そしてそのエピソードを、レンは大変気に入った。
●
《話末語り》《ガイウスとベルガルドについて、アルティナからのお詫び》
眼前で命を救われ、聖痕の譲渡まで受けたガイウスさんは、ベルガルドさんの生存を最初から知っていると、作者のテッチーは思っていたらしいです。
本作のノルドエリアでベルガルドさんが現れた時、ガイウスさんは彼の存命に関しては大きなリアクションを取っていません。それはガイウスさんが知っている前提だったため、あえて反応は抑え気味に描写したそうです。
しかし《界の軌跡》の序盤で、ベルガルドさんの無事をごく最近までガイウスさんも知らなかったという表現の一文がテキストで出てきました。なので公式準拠とするなら、あの時点では驚く描写を入れるのが正解ということですよね。
こういう公式との差異は極力起こさないように気を払うらしいですが、ここの部分は完全に読み違えてしまったと反省しているそうです。
今さらセリフの修正も不自然のため、《虹の軌跡》の世界線では“ガイウスはベルガルドの存命を知っていた”という物語背景で貫きたいと物申しています。
細かすぎてもしかしたら誰も気にされないかもですが、作者にとっては結構重要だったりするとか。
謝罪代行人として、ここに謹んでお詫び申し上げます。……本編でも度々ありましたけど、なぜ私が謝らなければならないのですか。
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↓《お遊びアンケート》
作者は投票できないのですが、私は意外と《身喰らう蛇》に馴染むのではないかと。「ふふ……」と思わしげに登場し、そこそこ主人公サイドにボコられても「次に会う時を楽しみにしているよ」などと敗北感を出さずに素早く退撤するあたり、なんだか性に合っている気がします。
果たして皆さんには同志がどれくらいいるのか、お暇つぶし程度にどうぞ!
あなたはどの組織に所属したいですか?
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①遊撃士協会
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②身喰らう蛇
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③聖杯騎士団
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④特務支援課
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⑤トールズ士官学院 本校
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⑥トールズ士官学院 第Ⅱ分校
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⑦帝国解放戦線
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⑧魔女
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⑨第三機甲師団
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⑩鉄道憲兵隊
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⑪帝国解放戦線
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⑫新生帝国ピクニック隊
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⑬猟兵団(赤い星座)
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⑭猟兵団(西風の旅団)
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⑮猟兵団(斑鳩)
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⑯裏解決屋
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⑰マルドゥック社
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⑱ラインフォルト社
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⑲エプスタイン財団
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⑳黒の工房