黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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黎明の軌跡EXTRA シャドウオブラビリンス(後編)

 クローゼのケースの場合、アニエスが事情をわかっていたから何とかなった。

 だがもしもその過去(・・・・)を知らなかったら、上手く対応できずに初手で詰んでいたかもしれない。

 アーロンが言った。

「おいヴァン。どの扉が誰に繋がっているのかはわからねえ。コイツは情報共有が必須だろ」

「その重要性は理解してる。分かれる前に一気に済ませちまうか」

 一度〝銀の扉”に足を踏み入れると、中に広がる〝マイナスイメージの記憶”を本人に受け入れさせない限り、永遠に外には出られない。

 つまり当事者に関わる性格、趣向、出来事、人間関係をある程度把握しておかないと、攻略の取っかかりさえつかめない可能性が高いのだ。

 そしてそれらは、他国の彼らと縁をつないだ裏解決屋のメンバーのそれぞれが知っている。

 無論、全てではないが――

「つまり共有という名の暴露大会をするわけね。私の秘密をばらした空エリアの時のように」

「おう! あ、いや……」

 勢いで応じて後悔した。

 瞬時に抜かれたエレインの剣が、目にも止まらぬ早業でヴァンの喉元に突き付けられる。

「あまりお行儀がいいとは言えないけれど、やむを得ないのは同感よ。ここ以外で口外しないことを条件とした守秘義務とするほかないわね」

「はっ、その辺のさじ加減は任せろ。安心と信頼のアークライド解決事務所は、顧客の個人情報を漏らしたことはねえ」

「顧客じゃなくても言っちゃダメなことってあるわよねえ?」

「すみません」

 首に添えられた刃先をぞりっと撫で上げられて、汗顔のヴァンは姿勢を正した。

 

 

《★――黎明の軌跡EXTRA  シャドウオブラビリンス(後編)――★》

 

 

「どうしよう。僕、こういうの苦手なんだよね……ワジさんにでも教わっておけば良かったな」

 他人を慰めたり、たしなめたり、導いたり。そんなの得意じゃない。というか苦手だ。技術専門職のコミュ能力の低さを甘くみないでもらいたい。

 人付き合いがまともに見えるエレ姉だってずれてるところあるし、ヤン兄にいたっては友達の一人さえ見たことないし、仮にいたとしても研究対象のサンプルくらいにしか思ってないよ、絶対。

 手近な〝銀の扉”を抜けたカトルが放り込まれたのは、薄暗い場所だった。

 目が慣れていないせいか、よく見えない。念のためFIOを横に出しておく。

 その時、闇に声が響いた。

「俺はなんつー馬鹿なことを……はは、どうやっても取り返しがつきはしねえが……」

 当然聞き覚えはある。クロウ・アームブラストだ。

 彼は背の高い椅子に深く座り、悔いるようにうなだれている。

「……あ、これまずいかも」

 数年前、帝国を揺らがし、内戦勃発の引き金になった帝国解放戦線の《C》。

 その正体がクロウだというのは、情報共有されるまでもなく、これまでの会話内容から察しているところだった。

 彼には彼の事情があり、一時は敵対し、時を経て清算し、そうしてエレボニアの仲間たちと行動を共にするまでに至ったという。

 だが過去はなくならない。いつも軽薄に振舞っていても、クロウは償えない罪を抱えているのだ。

「いや、無理。一発目から重すぎるんだけど。ベルガルドさん辺りじゃないと処理できないって……」

『アノ裏切リ者ノドタマニ風穴アケタロカイ。ソレデ解決、FIO満足!』

「そんなことしたらクロウさんが死んじゃうでしょ!?」

『ヤッタラエエガナ! イテモウタレヤ!』

「また攻撃性が増してない!? というかその口調なに!?」

 導力ネット経由でインストールしたんだろうか。

 応援を呼べない以上、僕一人でどうにかするしかない。まずは話を聞くことからだ。

「あ、あの」

「……俺は選択を誤った」

「でもそれが今に繋がっているわけで……」

「死ぬほど後悔してる。わかってんだ。二枚チェンジが正解だったってな」

「ええ……うん?」

 照明がつく。そこはカジノだった。

 クロウの座る席はポーカーテーブル。この人の受け入れられない過去って、まさか。

「ワンペアはそろってたんだよ。ここはスリーカードか、欲張ってフルハウスを狙うかのどっちかだろ!? そこにいきなりノーチェンジでストレート出してくるかよ? イカサマしてんじゃねえのか、ディーラーの兄さんよ!? 賭け事でイカサマやるヤツなんざ最低だぜ! こちとらラクウェルくんだりまで遠出してきたっつーのによお!」

 ディーラーに難癖をつけている。どうやらオールインして大敗を喫したらしい。

「み、見苦しいな。つまりあれかな……クロウさんは“カジノで大負けしたこと”が受け入れられないってこと? いやいやこの人、絶対もっと他に悔いることあるって」

 だがヴァンの推論通りなら、彼の中では〝大きな負の記憶はすでに受け入れ、折り合いがついている”ということなのだろう。

 残ったままの負の記憶がこれ(・・)というのは、いかがなものかという感じではあるが。

「仕方ない。FIO、スキャンお願い」

『クソガ』

 FIOがディーラーや卓上の手札を透過する。相手はイカサマをしていなかった。

 溜息一つ。カトルはクロウの横に座った。

「あー、クロウさん?」

「お、誰だ?」

「えーと、カジノの妖精です」

「勝利の女神的なあれか」

「まあ、そういうあれで。もう一勝負賭けれますか?」

「いけなくはねえが、宿泊費とか帰りの旅費がな」

「野宿でいいし、歩いて帰ったらいいし、なんなら魔獣に襲われても自業自得だし」

「辛辣な妖精だな、おい」

 なんやかんやでカトルに促されるままクロウは全賭けした。

「レイズ。オールチェンジで」

「はあ? おいおいペア来てんだぜ」

「いいから」

「ったく、どうにでもなりやがれ」

 フラッシュがそろう。

「おお!?」

「ダブルアップ。High、Low、Low、High、Low、Highの順番で」

「おお? おお! おおお! マジか!」

 あっという間にコインが積まれていく。換金すれば相当な額になるはずだ。

「へへ、ありがとよ妖精! ついでに明日のレースの勝ち馬券も教えてくれや!」

「なんでこんな人とリィンさんが仲いいんだろう……」

 満ち足りた表情でクロウは消えていった。

「あれ? でも過去は変えられないんじゃ……まあいいのか。本人の思い出の中で補正がかかった感じかな」

 要するに〝あり得た未来の提示”で納得したということだろう。可能性を示すだけでも人によっては攻略できるらしい。

『アイツ、ヤッパリ撃ッテモ良カッタト思ウ』

「良くないよ……」

 でもちょっとだけ同意してしまう自分がいた。

 

 ●

 

「ふむ、過ごしやすそうなところだ。風が心地よい」

 夕暮れの町並み。通行人の会話から、ここはトリスタという帝都近郊都市であることがわかった。トールズ士官学院があることでも有名だ。

 涼やかな空気の匂い。季節は秋頃のように思える。

 ベルガルドは、そのトリスタの中央公園で一人たたずむ少女を見つけた。

「あれは……ミリアムか」

 天真爛漫で無邪気な彼女の記憶。悔いている過去とはいかなるものか。

「ふふ、手に取るようにわかるな」

 大方、菓子でも食べ損ねたのであろうな。それともお使いの最中に財布を落としたか? いずれにせよ可愛いものだ。

 ベルガルドはズボンのポケットを探り、ニッキの飴玉を手にする。いわゆる孫ズのおやつ用だ。ティオやアルティナには極めて不評だったが、ミリアムならなんでも喜んで食べるであろう。

 さて、どう近づく。怪しまれてはなるまい。そうだな、大陸中の良き子に飴を配り渡る革ジャンの妖精とでも名乗らせてもらおうか。

「そこな少女よ。美味なる飴に興味はないかな?」

「はあ~」

 ベンチに座り込んだミリアムは深い吐息をつく。

 ベルガルドに気づく様子もなく、彼女は沈んだ声でひとりごちた。

「ボクが命を捨てて剣になった時、すごくみんなを悲しませたよね……。もう二度とあんな顔させたくないよ。しんどかったな、あの時……」

「なんと……っ!?」

 ぽろぽろと手から飴玉がこぼれ落ちる。想像の1000倍重かった。

 

 ●

 

 アニエスが選んだ扉の先は首都イーディス。つまり地元だ。

 しかも覚えのある店の中だった。タイレル地区の百貨店。しかし取り扱う商品がなんとなく古いし、内装もところどころが違う。結構な過去に来てしまっただろうか。

 しばらく店内を歩いてみる。貴金属店に、目立つ大柄な体躯を見つけた。

 ジンだ。宝飾類にはどうにも不似合な大男が、それらを前に背中を丸めて難しい顔を浮かべている。

「うーん、キリカってこういうの喜ぶのか? いや、そもそも誕生日に宝飾って意味が出ちゃわないか? つーか俺のガラじゃないんだよな……」

 CIDのキリカ・ロウラン室長のことだろう。旧知の仲であることは知っている。だとしても宝石類を贈ろうとするなんて意外だった。ちょっと楽しいかもしれない。

「あのー、贈り物でお悩みでしたらアドバイスしましょうか?」

「ん? 店員か」

「違います。プレゼントの妖精です」

「俺は遊撃士だ。君が怪しい薬をやってないか検査させてもらいたい」

「やめて下さい。大声出しちゃいますよ」

「お、俺のほうが立場が悪いだと……?」

 きっと彼は、結局贈り物を選べなかったか、選んでも喜んでもらえなかったか、心に引っかかったままなのはそれなのだろう。

 悩みに悩みつつも、アニエスの助言もあって、ようやくジンは決めた。

「ありがとよ。おかげで良いものが選定できた」

「ええ、そのブレスレットなら間違いないと思いますよ」

「ただ一つ問題があってな」

「なんでしょう?」

「どうやってキリカにプレゼントのことを切り出せばいいのかわからん」

「……なるほど」

 選べなかったのでも、喜んでもらえなかったのでもない。ジンは渡せなかったのだ。これは最後まで付き合うしかない。

「不動の名は伊達ではありませんね」

「初対面の妖精がそんなこと言うなよ……」

 

 ●

 

 どうにかミリアムを諭すことができた。しかしあの幼い身の内に、そこまで深き苦しみを抱えていたとは。

「不覚……だが、それだけミリアムに想われているⅦ組か。そのような素晴らしい仲間たちとの縁にガイウスが繋がっておることを何より嬉しく思う。……さて続くは――むっ、邪気!?」

 ミリアムの扉を出て、矢継ぎ早に入った次の扉の先では、強烈な魔の力が渦巻いていた。

 このおぞましさ。何が起きている。これは尋常ではない。それこそ守護騎士が総出でかかる程の。

 時刻は夜。辺りに人通りはない。

 ベルガルドがいるのは整然とした公共広場だ。後ろに振り返ると、立派な大聖堂が視界を埋め尽くした。もちろん訪れたことはある。ヘイムダル大聖堂。確かサンクト地区だったか。

 その聖堂を見上げる。遥かな頭上。鐘楼塔の頂点に人影が映った。

「鐘が鳴っているだと……?」

 リーン、ゴーン……と厳かに闇を震わせている。

 夜中に鐘の音を響かせるはずもない。あの何者かの仕業か。

「誰か!? 不届きはよすがいい!」

「不届き? 笑わせてくれる」

 鐘楼塔の上から応じる声が返ってきた。

「これは鎮魂の音色。あるいは破滅を告げる慟哭。そう、世界に裏切られた男の嘆きだ」

「結社の手の者か」

「結社? それこそ笑い話だ。いや、暗黒を身に巣食わせる今なら執行者になれるかもしれないな」

 男から自嘲の笑いがこぼれた。

 満月を背景に両手を広げた人物は、ついに名乗った。

「このマキアス・レーグニッツの悲哀と悲憤。鐘ごときで癒せるわけもなかったか」

「マ、マキアス……?」

 逆光の月明かりの中で、メガネの陰影が浮きだっている。

 どういうことだ。彼とはチェスの話を幾ばかりかしたが、穏やかで礼儀正しい青年だったはずだ。

「そうか……確執があったとは聞いている。……おぬしはまだ、貴族を許しておらんのだな」

「もう貴族なんか恨んでいない。僕が……僕が許せないのはな……リィンだ」

「今なんと?」

「リィン・シュバルツァーだっつってんだよお!」

「なぜだ? 仲間であろう!」

「ああん?」

 くっちゃくっちゃガムを噛んでいる。なんと凄まじき悪態か。自分の知る彼とは似ても似つかない。

「……その怒りはどこから生じるものだ。私に教えてくれぬか」

「あいつは……あいつはなァ……!」

 マキアスは毒杯を飲み干すように喉を絞った。

「クレア少佐から頬にキスされやがったんだよおぉおおおおああああああアアアアアアアアッッ!!!」

 さらに増大する魔の陰気。一体これをどう収めればよいのか。

「知った以上は捨て置けるわけもない。リィンは今トリスタに来ている。夜襲をかけて亡き者にしてくれるわ……!」

「手段を選ばぬか。修羅に落ちておる」

「黙れい!」

 鬼の形相に変えて、鐘楼塔からマキアスは飛んだ。ベルガルドめがけて落下しながら、ショットガンの銃口を突き付ける。

「邪魔立てするなら誰であろうと容赦はし§ΛΗΦΞ!!」

「もはや人の言語すら忘れたか!」

 説得しようにも、会話が成り立たない。まずは無力化しなくては。

 若き獅子に道を示すことも、また先達の役目なり。

 拳を固め、ベルガルドは満月に吼えた。

 

 ⚫︎

 

「おお、アンダルシアじゃねえか? まさか地元が出てくるとはな」

 幻想の世界とはいえ、かぐわしい焼き菓子や甘いホイップクリームの香りが漂っている。

 カルバード関係者とはいえ、まさか《不動》の記憶ってことはあるまいし、てことは――

「うーん、迷っちゃうわねえ。どうしようかしら」

 レンがショーウインドウの前で前屈みになっている。

「ねえ、ヴァンさんはどう思う?」

「あ?」

 振り返ったレンが自ら声をかけてきた。

 そうか、俺は最初から知り合いだから、妖精的な自己紹介はいらないのか。

「私の後輩がアークライド事務所を訪ねるから、手土産を持たせようと思うのだけれど、ヴァンさんは何が好き? 何でもアリは無しよ」

「いきなり言われてもな……」

 ふと店内のカレンダーに視線が留まる。レンの今は8月26日か。ああ、この時期なら。

「晩夏限定のケーキが出てるだろ。そいつなら間違いねえぜ」

「お目が高いこと。それじゃあ予約しておくわ。アニエスは明日にお邪魔すると思うから優しくしてあげてね」

「あ、おい!?」

 レンの姿が消えていく。

 すぐに〝銀の扉”も消えて、元の空間に変わっていた。

「あ、ヴァンさんおかえりなさい。誰の記憶の扉でした?」

「ん? ああ、レンだ。特に問題なかったぜ」

 駆け寄ってきたアニエスにそう応じる。

 彼女だけでなく、ちょうど全員が戻ってきているタイミングだった。扉の残りは……あと半分くらいか。順調なペースではあるものの、皆そこそこ疲れているみたいだ。

「………」

 レンの心に残る悔いってあんなもんなのか? そもそも悔いですらない。それに時系列を考えると、さっきの会話ちょっと変じゃなかったか? 

 本来なら、あの時点の俺はアニエスの存在を知らず、しかもレンとの再会も久しぶりになるはずなのに。

 あまりに自然過ぎるというか。いやまあ、レンは元々そんな感じではあるが――

「う!?」

 背すじに悪寒が走った。冷たい気配に全身が総毛立つ。

 空中に黄金の歯車が浮いていた。その周囲に生じた大量の黒い霧が凝縮され、瞬く間に人の姿を成していく。

「ミ、ミストマータだと!?」

 地に着地したそれは、これまで幾度となく交戦してきた霧人形。

 だが顔が判別できない。誰の姿も模していないのだ。

 そいつは腕を剣の形状に変えて、いきなり襲い掛かってきた。

「なんなんだ、お前は……っ!?」

『《原罪の霧人形(ミストマータ=オリジン)》。〝グルヴェイグの歯車”ニ刻マレシ、王ノ傷痕ヲ塞グ者』

「わかんねぇな……!」

 スタンキャリバーで敵の攻撃を防ぐ。

 そのままさらに伸びた影の剣先が、ヴァンを越えた向こうの“銀の扉”を狙った。

 すぐにヴァンは身を翻し、その扉をミストマータの攻撃から守る。

 俺を後回しにして、扉を破壊しようとした? ならば。

「お前らは急いで銀の扉を消していけ! その間、こいつは俺が一人で引き受ける!」

「ヴァンさん一人でなんて……せめて私も残ります!」

「ダメだ!」

 いち早く魔導杖を取り出したアニエスと、続き戦闘態勢に入ろうとする仲間たちを、ヴァンは手で制した。

「銀の扉を壊そうとするのは、俺たちのやってることがあいつにとって都合が悪いからだ。あいつにとって不都合ってことは、俺たちにとっては都合が良いって理屈だ。だからこちらが一番にやるべきはあいつが嫌がること――すなわち扉の攻略を最優先にする」

「っ! ……理解しました。どうかお気をつけて」

 アニエスを筆頭に、一斉に全員が分かれて扉へと向かう。

 ヴァンはスタンキャリバーを振るい、ミストマータを牽制した。影がぞわぞわと不定形に蠢き、肌を刺すような敵意が拡大していく。

「さて、よろしくやろうぜ。時間稼ぎなんてセコいことは言わねえ。お前をぶっ倒して、ついでに《王》の正体にでも迫れりゃ一石二鳥だな!」

『……霧の理カラ外レタ者共。歯車ハ止メサセヌ……』

 

 ●

 

「プレゼントの妖精二号なのですが」

「これは渡りに船だ」

 奇妙な自己紹介を訝しむ様子もなく、アンゼリカはリゼットに微笑みかけた。

 どこかの店内のようだ。ギフトショップだろうか。

「えっと……どなたかへの贈り物で?」

「一番大切な友人に親愛の意を込めてね。実はかれこれ六時間は悩んでいるんだが……それでも決め切れないんだ。まさしく深淵の命題だよ」

 その友人というのはトワ・ハーシェルだろう。

 ゆっくり順を追って話を聞きたいが、今はその時間がない。リゼットは単刀直入に訊いた。

「それは大変でしょう。わたくしにお手伝いできることはありませんか?」

「ありがたい申し出だ。さすがはメイドの妖精と言わざるを得ない」

「プレゼントの妖精二号です」

 アンゼリカは左右の手に持つギフト候補を見せてくれた。

「このレースのセクシーパンティと、こっちの毛糸の子供パンツ、どちらが似合うだろうか。ぜひ忌憚ない意見を聞かせて欲しい」

「あの……」

「わかっている。子供パンツだと言うのだろう。私も同意見だ。それは例えるなら海と空。あるいは大地と宇宙。相互一体の完全なる調和という意味では、それが最適解であることに議論の余地はない」

「ですが……」

「うん、いい着眼点だ。確かにトワとセクシーは相反している。水と油のように混ざり合うことがない不変の概念だよ。真理と言い換えてもいい。だが不和だからこその調和もあり得るとは思わないか? 不完全であるがゆえの完全というべきか。一見してアンバランスであったりミスマッチだったとしてもね。さらにそこに恥じらいというエッセンスも加わったとしたら……どうだい?」

「どうだい、とは」

「《七の至宝(セプト=テリオン)》に匹敵する―――否、それらを遥かに凌駕する存在となるのさ。羞恥に耐えながら身をよじらせるトワを、私は未来永劫、狂おしいほどに愛おしむだろう」

「友人という定義がわからなくなってきました……」

 ミラベルはそんな感じじゃないけれど――あ、いや、彼女も彼女でスキンシップは多いような気がする。

 過去のアンゼリカはそのどちらかを贈って失敗したに違いない。だがどちらにしたところでトワは喜ばない。

「でしたら、両方プレゼントすればいいのでは」

「て、天才かな」

 両方とも喜ばれないことを知れば、ひとまずこの件は片付くだろう。

「素晴らしい発想だ。そうすれば日替わりで二種類のトワを楽しめる。こんな解決方法があったとは……そうだ、これを君に」

 アンゼリカは別のセクシーランジェリーを持ち出した。

「素敵な妖精に感謝を。ささやかな礼として受け取って欲しい」

「いえ、お気持ちだけで……というか布面積が少ないような?」

「遠慮せず納めたまえ。どこかで君がこれを身につけていると想像するだけで、私は世界を敵に回してでも戦える」

「それは……なによりです」

 

 ●

 

「学校……? でもアラミスじゃないわね」

 教室の並ぶ長廊下の雰囲気は万国共通だ。

 急がなくては。謎のミストマータをヴァンが一人で押さえている。いつまでも耐え続けられるものではない。

 エレインは通路に貼られていた掲示物を見る。トールズ士官学院第Ⅱ分校と刻印があった。

「第Ⅱ……ユウナさんたちの学校ね。とすれば分校Ⅶ組の誰かの思い出かしら」

 足音が近づいてきた。エレインはとっさに物陰に身を潜める。

 あれは――アッシュだ。

「あーくそっ、もう時間かよ」

 彼は歩きながら渋面を浮かべている。不機嫌というよりは悩んでいる感じだ。

「そりゃまあ生徒会長として卒業生代表の挨拶ってのは妥当だが……感謝の言葉とかガラじゃねえんだよな。クルトにでも代役を押し付け―――ってシュバルツァーが許すはずもねえか……」

 驚いた。

 アッシュが分校の生徒会長というのは本人から聞いてはいたのだが、冗談だと思って信じていなかった。まさか本当だったとは。

 ならばここはアッシュ・カーバイドの悔いの残る記憶。

「ははあ、なるほど。可愛いところもあるじゃない」

 今日が卒業式。彼はその最後の挨拶で素直になれなかったのだろう。照れ隠しで『そこそこ楽しかったぜ、じゃあな』くらいであっさり締める姿がありありと目に浮かぶ。

 つまり“卒業生答辞でアッシュの口から全員への感謝を述べさせればミッション完了”である。

「いや、どうやってよ。あの跳ね返りが言うこと聞くわけないでしょうに……」

 講堂と思しき方向から拍手の音。もう式が始まってしまった。

 

「卒業生代表、アッシュ・カーバイド」

「はいよ」

 彼らしいと言えば彼らしく、厳かな卒業式には似つかわしくない普段通りの態度でアッシュは壇上に立つ。

 少し考えるそぶりを見せて、奉書紙を開くでもなく、彼は静かに言った。

「あー、なんだ。別に大層な話なんざねーんだけどよ。一言あるとすりゃあ……そこそこ楽しかったぜ。じゃあ――」

「やっぱりそんな感じだと思ったわ!」

 舞台の天幕に隠れていたエレインはアッシュの背後に飛び降りると、瞬時に後ろ手を拘束し、その首に剣を押し付けた。

「動かないことをお勧めするわ」

「ちっ、ふざけた真似しやがって! 何者だテメェは!?」

「テロリズムの妖精よ」

「んなもんがいてたまるかよ!」

 エレインは黒ニットの目出し帽をかぶっていた。

 実習室に置いてあったものを拝借したのだ。制圧訓練なんかで犯人役が着けるものだろう。まさか自分が実践で使うことになるとは思わなかったが。

「大丈夫か、アッシュ!? ……ミハイル教官、ここは左右から二人で回り込んで―――」

「動くな、リィン・シュバルツァー!」

 他の教官と小声で話すリィンを鋭く制する。彼だけは封じておかねば、いつ切り込んで来られるかわかったものではない。

 加えて分校長のオーレリア・ルグィンも控えていた。一秒たりとも気は抜けない。

「少しでも妙な動きを見せてみなさい。あなたの恥ずかしい秘密を大暴露してあげる! 個人情報の守秘なんて知ったことではないわ!」

「くっ、卑劣な!」

 リィンは止まった。

「いや『卑劣な』じゃねえよ! 助けろよシュバルツァー! てめえの隠し事なんざどーでもいいだろーが!」

「そういうわけにはいかないんだ……っ!」

 アッシュから視線をそらして葛藤するリィンに、トワやらユウナやらアルティナやらが疑惑の目を向ける。ミュゼだけは興味津々に息を荒くしていたが。

「あなたも動かないで! ミサイルとか言ったわね! 高速で飛んできそうな名前をしてからに!」

「ミハイルだ! 貴様ァ!」

 壇上から学院生たちを見下ろし、アッシュは自嘲気味につぶやいた。

「はっ、正直心当たりはあり過ぎる。なんたって大戦のトリガーを引いちまった人間だからな。因果応報ってやつだろうよ。だがそれは俺だけだ。……他のヤツには手出しすんじゃねえぞ」

「つまらない勘違いをしているようね」

 アッシュの耳元にささやく。

「私の要求は一つ。この場で全員に感謝を述べなさい。それだけよ」

「はあ? 意味わかんねえ……うっ」

 首元に刃を食い込ませる。

「私がお願いをしているように見えるかしら?」

「やるなら一思いにやりやがれ! 俺は屈さねえ!」

「ここで意地を張ったりすれば、あなたはこの先必ず後悔する。今という時間は今しかなくて、感謝を伝えるのもやっぱり今なのよ。感情には鮮度がある。胸に留めておくだけではだめ。時にはちゃんと言葉にして伝えることも必要。それが絆を繋いだ仲間に対する誠意というものよ」

「卒業式をジャックしたテロリストが言っていい台詞じゃねえぞ!」

「だから素直になりなさいよ!」

「ほら来やがった! だったらまずは剣を下ろせや!」

「逃げるでしょ、どうせ! 今は私にも余裕がないんだから、さっさと要求に応じなさい!」

 こうしている間にもヴァンは一人で戦っている。早く戻ってあげたいのに。

 さらに拘束の圧をかけると、とうとうアッシュは観念した。

「くっそ……お前ら、世話になった。充実した日々だった……と思う」

「まだ照れがあるわ。死にたいの? ねえどうなの?」

「なんだこの仕打ちは……わーったよ! いいか、一度しか言わねえからよく聞け! ……俺はお前らに感謝してる! Ⅶ組だけじゃねえ! この分校学院生全員、もちろん教官もだ! こんな俺を今日まで見離さないでくれてありがとよ! この恩は……一生忘れねえ!!」

 ユウナたちだけではなく、リィンたち教官勢も大号泣だった。

「ふふ、アッシュ君。良いものを見せてもらったわ。その気持ちを大切にね」

「満足したならもう消えてくれ……」

「いいえ。消えるのはこの虚構の世界よ」

「やっぱテロリストかてめえ!」

 

 ●

 

 ベルガルドは傷だらけだった。

「ぐ……まさかあれほど深き修羅に落ちていようとは……」

 マキアスの説得――というか調伏にはどうにか成功した。聖典に記されし《七十七の悪魔》。その楔より解き放たれし七十八匹目がマキアス・レーグニッツなのではなかろうか。

 最終的には時空間の因果律を書き換える《零の至宝》までをも手に入れんと猛り狂っていた。

 ケビンがいたら即刻、外法認定を下していただろう。

 そして聖痕の力をもう一度顕現できるなら、私は迷うことなく使っていた。

「次は……おお、なんと風光明媚な。荒れた心が洗われるようだ」

 《槍の聖女》の伝承が残る街。エレボニアのレグラムだ。だが安穏とはしていられない。謎のミストマータの出現で状況が変わってしまった。

 その聖女像の前に、両手を地につけてうずくまる少年がいる。

「ふむ、どうしたのかな?」

「己の天運を祈っていまして。あなたも聖女への祈念に? 失礼、すぐにどきますので」

 声をかけて振り向いたその顔は、クルト・ヴァンダールだった。

「ただの物見遊山だ。気を遣わなくてもよい。それよりもずいぶんと思い悩んでいるように見える。差し支えなければ理由を聞きたいが」

「……実はこの後、同じクラスだった仲間たちと会う約束があるのです。同窓会というやつで」

「旧友との語らい。結構なことではないか」

「仰る通りなのですが……その前にここに立ち寄ったのはお世話になった先輩がおられるので、時間が取れる内にとあいさつに参った次第です」

「実に感心だ」

 性根が素直で清々しい。さきほどまで魔人じみた者と戦っていたからか、余計にそう思う。

「ですがその先輩から、道中小腹が空かぬようにと差し入れを頂きまして。それを食べてから出立しなければならないのです」

「話が見えぬな。食べればよかろう。見たところ大した量ではなさそうだが――む?」

 クルトの傍らの小箱から焦げ臭い臭いが漏れ出している。

 なるほど。レグラムの先輩というならラウラ嬢のはず。その彼女が菓子を作り、どうやら失敗したらしい。

 そこに気づきながら、先輩の心遣いを無下にはできないと、過去の彼は律義にもそれを口にしたのだろう。結果、腹を下し、同窓会に間に合わなかった――そんなところか。

「少年よ。その小箱の中身、私にもらえぬか?」

「え!? ですが……」

「実は財布を落としてしまい、丸三日何も食しておらん。人助けだと知れば、そなたの先輩も快諾してくれるはずだ」

「うーん、うーん……」

「こう見えて胃袋の強さには自信がある。道草で飢えを凌いだこともあるが、食中毒になったことは一度もない」

「食中毒? そんな生易しい代物じゃありませんよ。控えめに言っても禁じられた絶滅兵器……」

「仕方ない。正体を明かそう。私は〝同窓会に行きたい若者の背中を押し、代わりに訳アリ菓子を食す妖精”だ」

「そんなピンポイントな妖精が!? ……そこまで言って下さるなら……わかりました。ではお言葉に甘えます」

「うむ。もう行くがよい。無論、これは責任をもって私が完食する」

「ありがとうございます! ご武運を……!」

「ふふ、武運とは大げさな」

 何度も頭を下げるクルトを見送ると、ベルガルドは小箱を空けた。現実世界でないとはいえ、約束は守らねば。

 鉄の胃袋というのは本当だ。焦げの一つ二つで腹下しなど起こさない。

「ザッハトルテか。これはまた凝ったものを……」

 すまないラウラ嬢。私のために作ったものではなかろうが、ここは容赦して欲しい。

 一口。

「がっかあっ!?」

 瘴気。しかも暗黒竜に匹敵するほどのそれが一噛みごとに際限なくあふれ出し、魔の気配をまき散らしながら口腔内を余すことなく蹂躙する。

 これはまごうことなき特級封印指定。ザッハトルテという甘美な菓子ではなく、斬覇屠流天(ザッハトルテ)という罪過の一撃……!

「おおぉ……」

 荘厳な鐘の音が鳴り響き、天使たちが舞い降りてきた。

 過酷な任務の中で殉職していったかつての聖杯騎士たちが、黄金に輝く川の向こうで私に手を振っている――

 

 ●

 

 様々な攻撃を織り交ぜながら、ヴァンは善戦していた。

 しかしそれを遥かに超える変幻自在の手数に、徐々に戦局が押されはじめる。

「食らっとけ!」

 指弾でコインを撃ち込む。しかし影の手に払われる。今や触手のような腕も六本に増えていた。

 ミストマータは人を模したものだが、こいつは明らかに人間がベースになっていない。

 黒霧が集合したミストマータという概念そのもの。あるいは人であろうとして人になりきれない歪んだ〝何か”のように思えた。

 残る扉は七つ。それらにはすでに仲間が入っている。その扉も守りながら立ち回らなければならない。

「まだなのかよ……! 早く戻ってきやがれ――っ、しまった!」

 思考がそれた隙に攻撃を受け、武器が手から弾かれてしまった。スタンキャリバーが遠くの扉の前へと転がっていく。

 目標をヴァンから変えたミストマータが、その扉に突撃した。

「くそっ、間に合わねえ……!」

「オッサンの泣き言なんざ聞きたくねえぜ?」

 甲高い衝撃音に紛れる、すかした声。

 ミストマータの腕が扉を貫く直前に、そこから現れたアーロンが敵の攻撃を防いでいた。今しがた彼の出てきた扉が、その背後で光を散らして消えていく。

「へえ? おいしいタイミングで戻ってこれたみてえじゃねえか。なあ、ヴァン!」

 アーロンは足元のスタンキャリバーを、すくい上げるようにして高く蹴り上げた。

「おいコラ! そいつはMKからの貸与物だ! もっと丁重に扱いやがれ! あとノーコンか!」

「戦いでぶん回してるもんに丁重も何もあるかよ。ついでにノーコンでもねえ。馬鹿正直にテメェんとこ蹴ったって邪魔されるだけだっつーの」

 宙に放物線を描きながら、スタンキャリバーが離れていく。

「どのみち俺が取りに行かなきゃなんねえだろーが!」

「オレらの雇用主なんだからドンと構えてろや。心配しねえでもちゃんと届けてやる」

「また適当なことを言いやがって……」

「わかんだよ。危険な役回りを取ってばかりの所長殿がやられちまわないように……全員が超特急で戻ってくるってな」

 スタンキャリバーが落下していく先の〝銀の扉”が強く輝く。

 光の中から飛び出してきたフェリが、問答無用で手榴弾をばらまいた。続けてアサルトソードのマシンガン滅多撃ち。入り乱れる爆発が視界を赤黒く埋め尽くす。

「無事ですか、ヴァンさん!」

「たったいま無事じゃなくなるところだったぜ!」

「? でも無事でよかったです!」

「はい今日もわかってない!」

 敵の触腕が八つに増え、アーロンとフェリにも襲い掛かる。その内の一本が、爆風で再び空中に押し上げられたスタンキャリバーへと伸びた。

「なんだあいつ!? 武器破壊を狙ってんのか!?」

「無力化のための優先順位を理解しているのでしょう。ここはわたくしが!」

 リゼットがヴァンの傍らを走り抜けた。シャードの足場を連続で蹴って、スピーディーに上方へと駆け上がる。

 帰還するなり一瞬で状況を把握したらしい彼女は、影の触手よりも早くスタンキャリバーに到達。虚空で鮮やかに宙返り、剣の腹をサマーソルトで蹴り飛ばした。

「お願い、XEROS! ほんとお願い!」

『GWRRR!』

 景色の一部が歪曲し、ステルスモードを解いたカトルとXEROSが躍り出る。カトルの指示で疾駆したXEROSが、落下の軌道を変えたスタンキャリバーに体当たりをぶちかました。

「WAHAHAHAHA!!」

「やっぱり言うこと聞いてくれなかった! ていうか今笑ってた!?」

「どいつもこいつも人の得物を雑に扱いやがって!」

 だが結果オーライだ。

 さらに軌道が変わったが、悪くない位置に向かっていく。あそこなら俺が直接キャッチしに行けば――

「あいだっ!」

 扉から帰還した矢先のジュディスの頭にゴンッと柄が直撃。また離れていく俺の武器。

 さらにそれを執拗に追うミストマータの影の手が、ルート状にいた彼女の体にまとわりついた。

 全身をくまなく無数の触手にまさぐられ、ジュディスは艶めかしく喘ぐ。

「あっ、あはあぁ~っ!」

「いや、お前だけ役に立ってねえな!」

「てか見るな! 戻ってくるなりこの辱めはなんなのよ! く~……だあ!」

 かろうじて指先がコンパクトに触れる。眩い閃光と共に顕現された漆黒のボディスーツが、しなやかなジュディスの肢体を巻きつくように包んでいく。

「参上、グリムキャ~ッツ!」

「むしろ痴女レベルが上がってんぞ! いかがわしさだけをシャードブーストしやがって!」

「うーるさーい! あたしだってやるときゃやんのよ! あれを取ったらいいんでしょ!?」

 うねる触手に拘束されたまま、上半身のひねりだけでステラビュートを鋭くしならせる。勢いよく伸びた連接刃が、スタンキャリバーのグリップに絡みついた。

 それを一気に引き寄せ――吹っ飛ばす。

「結局どっかにぶん投げてんじゃねえか!」

「誰かのとこに行くわよ、たぶん!」

 そこに待ち構えていたのはベルガルドだった。

「せいっ!」

 体を半回転させ、鉄山靠を繰り出す。バンと空気の面が爆ぜ、スタンキャリバーは大きく宙に跳ね上がった。

「ヴァンよ! 聞くがいい!」

師父(せんせい)!」

 ベルガルドの膝が震えて内股になり、弱々しくくずおれていく。

「良き人生であった……」

「師父――っ!?」

 最後の力を使い切り、《吼天獅子》は女神の御許に旅立っていった。すぐさまリゼットがアセラスの薬を束で抱えて救護に走る。しかし彼女はベルガルドの容態を見るや、沈痛な面持ちで静かに首を横に振った。

 度重なるスタンキャリバーのバトン渡しで翻弄したことが功を奏した。絶え間ない敵の攻撃密度に、ほんの少しの緩みができている。

 好機と見たアーロンが叫んだ。

「突っ込めヴァン! じいさんの尊い犠牲を無駄にすんな!」

「てめえふざけんな! 師父を勝手に殺すんじゃねえ!」

「わかってるぜ! オレたちの心の中で生き続けるんだよな!」

「やめろ! 早くも過去の人みたいに扱うのマジでやめろ!」

 アーロンに蹴りを入れてから、ヴァンはミストマータに特攻をかけた。

 敵の触腕は十二本にまで達している。それらが凶暴な鞭と化し、縦横無尽に暴れまくった。

 一振り叩きつけるごとに石の床が木っ端微塵に爆散する。あんなもの一発掠めただけでも致命傷だ。

「ぐっ!」

 粉々になって降り注ぐ石片を容赦なく浴びながら、ヴァンは全速力で走り続ける。スタンキャリバーはもう見ていなかった。

 この嵐のような攻撃のせいで、どこにあるかもわからない。それでも残る二人(・・・・)なら、必ず俺に繋ぐだろ……!

 ヴァンの視界の端で、霊子装片の煌めきが星屑のように尾を引いていた。シャードを翼のように展開したエレインが、鮮やかに空中を滑空する。

 その手にはすでにスタンキャリバーが握られていた。

「ちゃんと受け止めてもらえるのかしら?」

「遠慮はいらねえ! どうせしねえだろうけどな!」

「わかってもらえて何よりよ!」

 影の触手を紙一重でかいくぐり、わずかな隙間を縫うようにして、エレインは剣を竣敏に投げ放つ。

 彼女の投擲に呼吸を合わせてアクロバティックに跳躍し、ヴァンはそれに腕を伸ばそうとして――

『眠ッテイル《王》ノ痛ミヲ起コスナ! 間モナク世界ハ完結スル!』

 怒り。怒りの感情だった。ミストマータの憤怒が膨れ上がり、押し広がった黒霧がヴァンの視界を暗く覆い尽くした。

 間髪入れず、その闇を切り裂く一条の光。

「見失わないで下さい、ヴァンさん!」

 アニエスの魔導杖から放たれた《エトワールレイ》が、真っすぐな光軸となって道を示す。

「ああ、ここまでお膳立てされたら俺が決めねえとな」

 紡ぎ繋ぐバトンさながら、再びヴァンの手に渡ったスタンキャリバー。

 ミストマータの触腕も一つに戻り、全ての霧を凝集させた禍々しい剣を形作った。

『霧ヲ払ウナ……!』 

「聞けねえ相談だ!」

 互いに繰り出す渾身の斬撃。

 激突の刹那、刃に雷光がたなびく。蒼電一閃。寸分早く振り抜かれた《ヴァンダライズレイド》が、虚空に青白いスパークを刻み付けながら黄金の歯車を両断した。

『……《王》ノ世界ヲ……守ラネバ……残ルチカラハ……全テ、黒キ竜ヘ……』

 〝銀の扉”は全て消え去り、《ミストマータ=オリジン》と名乗った存在も消滅する。

 そしてその空間の中央の床に、さらに下層へと続く階段が出現していた。 

 

 ●

 

「オイじいさん、しっかりしやがれ。つーか重いんだよ!」

 憔悴が激しいベルガルドの肩を支えながら、アーロンが悪態をつく。

「むう、すまんな……少しでも気を抜くと斬覇屠流天が逆流してくるのだ……」

「ザッハトルテだ? ついにボケちまったか。今日の朝飯なに食ったか覚えてっかよ?」

「くらあ! 師父に失礼な口叩くんじゃねえって何度言ったらわかんだ!」

 先頭を進むヴァンが、最後尾のアーロンに怒声を飛ばす。

「るっせえな。だったらてめえが変われや。こちとら岩石運んでるようなもんなんだぜ」

「変わりてえのは山々だ! そうもいかねえからお前に頼んだんだろーが」

「はあ……働いた分の臨時ボーナス期待してっからな」

「ねえよ、そんなもん。うちの収支状況教えてやろうか」

 ボーナス無しの言葉に、バイト共の空気がピリついた気がした。

 突如として現れた螺旋階段を、ヴァンたちは慎重に降りていく。下に行けば行くほど体が重く感じる。

 どれだけ深く潜ってきただろうか。ようやく最下層にたどり着いた。

 痛いほどに冷えた空気。時間さえも凍っているように思える。濃い闇だけが一帯を支配していた。

 だが正面、50アージュほど向こう。暗黒の中に、光が差し込む小さな区画があった。

 そこに何かが見える。

「俺が行く。お前らは師父といっしょにここにいてくれ」

「だったら私が同行を――」

「いや、何があるか不明だからな。後方待機は多い方がいい」

「また一人で行こうとして……」

「むくれんなって。線を引いてるわけじゃねえ」

 ついてこようとするアニエスを止め、ヴァンは単身で歩を進めた。

 罠の類は無かった。ほどなくその場所にたどり着く。

 柔らかな光を浴びながらそこに佇んでいたのは、一つの〝銀の扉”だった。だがこれは扉というより、

「……まるで墓だ」

 光の指すここだけ色鮮やかな花が咲いていて、〝銀の扉”の周りをぐるりと囲んでいる。その墓標を悼むように、慰めるように、あるいは……封じ込めるように。 

 

【挿絵表示】

 

 あのミストマータはずっとここを守っていたのだろうか。どこからか摘んできた花を供え続けながら。

 そして直感する。これは《王》の扉。《王》が受け入れられない負の記憶だ。

 ヴァンは扉に手のひらをかざす。《王》の心に介入すれば《ロア=ヘルヘイム》の秘密が明かされるのでは――

 

 〝それに触らないで”

 

「うっ! く……っ! ぐあああ!」

 硬質な拒絶の声。

 立っていられないほどの痛みが、頭蓋の内側を強烈に圧迫する。

 周囲の闇に亀裂が走り、割れたステンドグラスのように崩れ落ちていく。同時に転移の光が身を包んだ。

 気づけばヴァンたちは教会の外にいた。というより教会は影も形も無くなっていた。霧は晴れている。

「……なんだ、こいつら? どうしてここに……つーか、寝てんのか?」

 ヴァンの周りにはリィンたちエレボニアチーム、エステルたちリベールチーム、ロイドたちクロスベルチーム、ルーファスたちピクニック隊が寝転がっていた。

 皆、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 アニエスたちは気絶していたが、特に問題はなさそうだ。

「おかえりなさい、ヴァンさん。無事のようで安心したわ」

 伏したままの彼らの間を抜けて、レンが歩み寄ってきた。一番最初に目を覚ましたらしい。

「ああ……まあ、どうにかな。どういう状況だ?」

「ヴァンさんたちが音信不通になったから、総出で救出に来たのよ。ただ教会についたら急に眠くなっちゃってね。あとはよく覚えていないの」

「何らかの仕掛けが発動したんだろうな。〝銀の扉”に接触できるようになったのは、どうやらお前らが来たことがきっかけっぽいぜ。正直助かった」

「へぇ、また銀の扉があったの」

「実はあの扉の先、それぞれの過去に繋がっててな。なんか苦い思い出をこねくり回して、本人が受け入れられるようにすると消えんだよ。現実に起きたことが改変されるわけじゃねえから、あくまで認識的なものなんだろうが」

「じゃあ私の思い出ってなんだった?」

「アンダルシアで何を買うのか迷っていたって感じだったが……」

「あらあら、我ながら可愛い悩み」

「レン、お前が――」

「他には? 収穫はあった?」

「ん、そうだな……あとは《王》の扉もあった」

「見たの」

「入れなかった。もう少しだったんだが」

「そう、残念ね。何かのヒントになればと思ったのだけど。さてと、私はみんなを起こしてくるわ」

 彼女は踵を返した。すみれ色の髪がふわりと揺れる。

「レン」

「なあに?」

 レンは振り返らない。

「いや、なんでもねえ。いよいよ明日が《ユグドラシル》突入作戦だからな。頼りにしてるぜ」

「ふふ、変なヴァンさん。いつだって頼りにしてるのは私のほうなのに」

 

 

 ――EXTRA END――




 これにてDLC扱いのエクストラストーリーも完結です。
 さて前書きでもお知らせした通り、ショートストーリーのプレゼント企画があります。が、その前にご協力頂きましたアンケートの結果発表です。
 サイトに登録した人しか投票もできないし、結果も確認できないようなので、みんなが見れるように挿絵形式にして紹介しますね(若干の変動はあるかもしれません)

 ★

《アンケートⅠ 今後、読んでみたい軌跡シリーズのタイトルはありますか?》

【挿絵表示】

 やはりホットな話題なのか黎の軌跡が人気でしたね。その中で虹の軌跡も健闘しました! 同率!
 《虹の軌跡(黎明の軌跡)》に関しては物語として繋いできた絆の継続を大切にしたいという気持ちと、シリーズ化すると新規の方には独自の人間関係が理解しづらいよね……というのは前々から自覚している課題でもあったので、新作品を書くかは悩み中ですが、ぜひ今後の参考にさせて頂きたいと思います。

 ★

《アンケートⅡ あなたはどの組織に所属したいですか?》

【挿絵表示】

 はい、このような結果となりました。やはり裏解決屋が強かったですね。
 遊撃士協会より身喰らう蛇のほうが人気というまさかの結果に。みんな心に闇を抱えているか、ファッションセンスが鬼奇抜か、そのどちらかでしょう。
 トールズも票割れしましたね。本校はⅦ組という意味合いですが、明記しておいた方が良かったかもしれません。
 エプスタイン財団はなぜ五人も希望されたのか、その魅力は果たして何なのか。あれかな、MK社とか黒の工房に比べたらクリーンな企業だからかな?
 ピクニック隊は私も入りたいなあ。ラピスに名前を判定してもらいたいです。
 魔女を選ばれた方は素敵ですね。表舞台には立たずとも、歴史の語り部となる素質を感じます。
 そして第三機甲師団を選ばれた一人の修羅。どう考えても猛将列伝を読んでいますね。あなたには《猛将の眷属》の称号を授与します。どうか今後も猛々しくあられますように。
 それではみなさん、アンケートのご協力ありがとうございました!

 ★

《★コネクトイベント(ショートストーリープレゼント企画)★》
 ヴァンたちは〝銀の扉”に入ることで、皆の記憶に干渉していきました。本編でスポットが当たったのはごく一部ですが(師父ががんばりました)、実はちゃんと全員分のストーリーがあったりします。
 なのでご希望の方に以下の中から選んで頂いたショートストーリーを、書き下ろしで送らせて頂きたいと思います。

方法はこちら
★ハーメルン内のメッセージ送信でテッチーのID「48355」宛に希望のストーリー番号を教えてください。そのメールに返信という形式で、ショートストーリーをお送りします(書き下ろすのでちょっとだけ時間を頂くかも)
★希望数はひとまず最大10個まででお願いします。(文字数制限的にはもっと行けそうなんですけど念のため)コネクトイベントのようなものだと思って頂ければ!
★本編で出た話の番号は黒色に反転させているので、それは飛ばして下さいね!
★特に受付期限はありません。更新していなくても頻繁にハーメルンには出入りしているので、メールを頂き次第(書き下ろし次第)、お送りさせて頂きます。
★以下は“誰の記憶か”“どんな記憶か”“誰が対応したのか”を記したものです。選定の際にご参考下さい。

《銀の扉》
①エステル:激レアのカブトムシに逃げられたわ!(→アーロン/アニエス)
②ヨシュア:入浴中のエステルと鉢合わせてしまった…(→リゼット)
③ティータ:い、色仕掛けってどうするのかなぁ?(→エレイン/ジュディス)
④アガット:エリカ・ラッセルが俺を殺そうとする(→カトル/アーロン)
●クローゼ:ヨシュアさんにフラれました(→アニエス/エレイン)
●ジン:キリカに誕生日プレゼントが渡せねえ(→アニエス)
⑦シェラザード:子供の名前が決まらないわ(→アーロン/アニエス)
⑧オリビエ:シェラ君に精のつく料理を食べさせてあげたいな(ベルガルド)
⑨ロイド:攻略王とか呼ばれるけどそうじゃないとこ見せてやるさ(→ヴァン/アニエス)
⑩エリィ:対ロイド用のセクシーポーズの練習をお祖父様に見られたわ(→エレイン/フェリ)
⑪ランディ:ミレイユとの初デートに遅れちまう!(→フェリ)
⑫ティオ:みっしぃキーホルダーを失くしてしまいました…(→エレイン/ヴァン)
⑬ワジ:久々だしヒマだし、セリスにサプライズでもしてあげようかな(→ヴァン)
⑭リーシャ:ロイドさんが一人で私の部屋に遊びに来るの!?(→ジュディス)
⑮ノエル:最強のモンスターバイクを作ってみせます!(→カトル/ヴァン)
●リィン:不可抗力を反省している…(→ヴァン)
⑰アリサ:社会人なんだけど、まじかるアリサに変身するとか…(→アニエス/リゼット/エレイン/フェリ/ジュディス)
⑱エリオット:あの日見た本の名前を僕達はまだ知らない。(→ジュディス)
⑲ラウラ:近頃、門下生の食が進まず困っているのだ(→ヴァン/ジュディス)
⑳フィー:シャーリィが発育のことでケンカ売ってきたんだけど(→フェリ)
●マキアス:リィンを始末してやるぁああ!(→ベルガルド)
㉒エマ:ガイラーさんが倒せません…(ジュディス/カトル)
㉓ユーシス:たまにはロジーヌに贈り物でも。深い意味はないが?(→アニエス/アーロン)
㉔ガイウス:いい風景なのに絵のモデルが見つからない(→アーロン/ジュディス)
●ミリアム:ボクが剣になったせいで、みんなを悲しませちゃった…(→ベルガルド)
●クロウ:あの時、カードをチェンジしておけば(→カトル)
㉗トワ:がんばってるのに色々大きくなれないよぅ(→アニエス)
●アンゼリカ:トワに贈る下着が決められない!(→リゼット)
㉙サラ:この合コンに全てを賭けるのよ!(→ヴァン/アーロン)
㉚シャロン:うっかり鋼糸がアリサお嬢様とリィン様に絡みついてしまいました(→ベルガルド/ジュディス)
㉛クレア:最近セドリック殿下のことを不純な目で見てしまうのです(→フェリ/アーロン)
㉜トヴァル:エリゼお嬢さんの心からの笑顔が見たいぜ(→エレイン)
㉝セリーヌ:黒い影をまとう少女が猫になったのよ!(→ジュディス/フェリ)
㉞エリゼ:トヴァルさんと仲良くしてあげてもいいですけど(→ベルガルド/リゼット)
㉟アルフィン:ついに服だけをはぎ取る機械が完成したの(→アニエス/ジュディス/カトル)
㊱セドリック:エリゼさんを釣りデートに誘いたい(→アーロン)
㊲スカーレット:サラが大切にしてるヴィンテージワインを飲んじゃった(→ジュディス)
㊳ユウナ:体重測定の前日だからおやつがまんしないとね!(→ジュディス/フェリ)
●クルト:ラウラ先輩の差し入れから生きて脱出するんだ!(→ベルガルド)
㊵ミュゼ:エリゼ先輩の包囲網を抜けて、リィン教官への夜這いを!(→アーロン/ヴァン)
㊶アルティナ:まあその、本当はお姉ちゃんに甘えたい時もあります(→フェリ)
●アッシュ:卒業生挨拶で感謝の言葉が素直に言えなかったつーか……(→エレイン)
㊸デュバリィ:今日こそエンネアとアイネスにぎゃふんと言わせますわ!(→ヴァン/アーロン)
㊹ルーファス:そろそろラピスに一般常識というものを教えねば(→ヴァン/アニエス/エレイン)
㊺スウィン:そろそろルーファスに一般常識というものを教えねば(→ヴァン/アニエス/エレイン)
㊻ナーディア:超絶せくし~テクで、す~ちゃんをメロメロにするのだ~(→リゼット/アニエス)
㊼ラピス:たまにはルーファスたちにご飯を作ってあげようかしら?(→カトル)

 ★

 これらは全て過去に起きたことで、しかし落とし所に大失敗した過去。ヴァンたちはどーにかこーにかできるのでしょうか。
 ではではお付き合い下さり、ありがとうございました! リクエストメールもお待ちしています!
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