黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第8話 賭け抜けてインサイドアウト!

 一つの卓を六人で囲む。勝負内容はポーカーだった。

 ルールは通常のものだが、二人一組でチームを組む形式である。そのチームメンバーの手札の合計点が、他のチームより高得点だったら勝利という条件だ。

「ランディとのタッグは何気に初めてかもね。優しくリードしてくれるかい?」

「そういうノリはロイドだけにしといてくれや……」

 ワジとランディのクロスベルチーム。

「課外授業ってやつだ。リィンには教えらんねえことをレクチャーしてやんぜ」

「お堅い教官殿と違って話せるじゃねえか。シュバルツァーの先輩とは思えねえな」

 クロウとアッシュの新旧トールズチーム

「どいつもやりそうな雰囲気だが、こちとら年季が違うんだよ。なあ、アーロン」

「おうよ。東方の賭場は温くねえってことを、諸外国の皆様に教えてやるぜ」

 ヴァンとアーロンのカルバードチーム。一万枚のゼムリアコイン――金額換算で百万ミラのかかった大一番の勝負に、ギャンブル慣れしているという理由だけで彼らが選抜されていた。

 この敵方である四人のフロアマスターの誰かが、おそらくは夢の主格者だ。リィンに言わせれば、誰もがカジノエリアを生み出しそうな感じなので、一人に特定することが難しいという。彼だけの意見ではなく、他の四人を知る全員が同じ見解だった。

「ルールに質問はありませんね? では始めます」

 シャロンでもクレアでもない、男性のディーラーだった。リィンたちの知り合いではないようなので、主格者がイメージで作り出した幻影の人間だろう。

 ディーラーがそれぞれのプレイヤーにトランプカードを配っていく。今のところ不審な動きはない。

 アーロンがかかとで床を二回打つ。ヴァンは肘をつき、ため息を吐いた。

 これは“通し”だ。あらかじめ二人にしかわからないサインを決めていて、それらの符号でカードの内容を伝えたり、指示をしたりする。

「……どうするかね」

 ぼやきつつ、ヴァンは首をこきりと鳴らした。無論これも通しの一つ。応じるアーロンは、眠そうに右目を三回こする。

 J以上のスリーカードがすでにそろっているらしい。自分の手札はストレートが狙える。勝負に打って出られる程度には強い。

 敵方のカードはどれくらいだろうか? さすがに表情や反応から憶測できるほど簡単な相手とは思えないが――

「……あ?」

 ランディが指で二回、ごく自然な仕草でテーブルを叩く。ワジは自分のトランプの下端を軽くはじいた。

 クロウが足を組んで頬杖をつく。アッシュはおもむろに背もたれを軋ませた。

 いやいやいや、こいつら全員やってんな。こっちも負けていられねえ。

「良くない。そういうの良くないぞ……」

 通しのオンパレードに気付いている様子のリィンは、重たげにかぶりを振っていた。

 なにせ同僚、先輩、教え子の、自分に近しい間柄の三人がそろって悪事を働いているのだ。おまけに高潔であって欲しい聖杯騎士様でさえ、当然の顔をして不正行為に加担している。

 剣の道で道理を学び、さらには教官職として他者を導く立場であれば、中々どうして看過しづらい光景なのかもしれない。

 清濁併せ呑んできた経験も少なくないだろうに、しっかり正道を外れず歩んでいるのは英雄としての矜持か、はたまた単なる生来の性格ゆえか。

 ま、どっちでもいいけどな。

「いけるか、アーロン」

「たりめーだ。フォールドなんざしねぇ」

 すでに最大額まで賭けているからコールはない。相手も降りるつもりはないようだ。

 ヴァンはカードを一枚交換。ツキがあった。望み通りの札が来て、ストレートがそろう。アーロンは元のスリーカードにツーペアが来て、フルハウスが組みあがる。上々のセットだ。

「各々よろしいですか? ではショーダウン!」

 ディーラーの一声と同時に、三チーム六人が一斉に手札をオープンにした。

 カルバード組のフルハウスとストレートが天井照明に照らされて輝く。

「見やがれ、これが俺らの実力――………は?」

 ランディはダイヤのロイヤルストレートフラッシュ。

 ワジはハートのロイヤルストレートフラッシュ。

 クロウはスペードのロイヤルストレートフラッシュ。

 アッシュはクラブのロイヤルストレートフラッシュ。

「んなもんあり得るわけねーだろーが! イカサマだ!」

 声を荒げるアーロン。「そうだ、神聖な勝負を汚して恥を知りやがれ!」とヴァンも援護射撃だ。自分たちのイカサマなど遥か天空まで棚上げされている。

「落ち着いてくださいませ、お客様」

「勝負は時の運。受け入れるのもギャンブラーの器と存じますが」

 バンバンとゲーム台を叩いて抗議するアーロンに、シャロンとクレアが楚々として歩み寄ってきた。

「るっせぇ! これが落ち着いていられるかっての! 百万ミラ相当がぼったくられてんだぜ!」

「ああ、公平な条件で再戦させてくれ」

「そう仰いましてもルールですので」

「どうかお控えを。シャロンは困ってしまいます」

 勝ち負けの結果は絶対だと、応じないクレアとシャロン。業を煮やしたアーロンは居丈高に詰め寄った。

「オイオイ、メイドさんよォ? あんまわかんねーことばっか言ってっと、少ーしばかり怖い目にあっちまうかもしんねーぜ?」

「そ、その二人には手を出すな!」とリィンが制止を言い切るより早く、アーロンの首には鋼糸が巻かれ、みぞおちにはゴリッと銃口が押し付けられていた。

 物騒な得物を手にしたメイドさん二人は、何も言わずただ柔和な笑みを浮かべる。

「……すみません」

 アーロンが素直に謝った。

 

 

《★――第8話 賭け抜けてインサイドアウト!――★》

 

 

「鉄道憲兵隊の少佐に結社の元執行者だぁ!? なんでそんなヤツらがメイドやってんだよ……」

 クレアとシャロンの大まかな経歴を教えられて、アーロンはげんなりとしていた。文字通り、手を出してはいけない相手だったわけだ。

「お前が聞いてなかっただけだろ? シュバルツァーは最初に説明してたぜ。さすがに結社のくだりは伏せてたみたいだが」

 いったんカルバード組だけで集合。

 空になった宝箱をのぞき込み、ヴァンはため息をつく。

「一瞬でミラなしか……賭け事ってのは往々にしてこういうもんではあるが」

「わたくしもプレイヤー側として参加致しましょうか? 多少のお役には立てるかと」

 リゼットはさっそく状況に順応している。相変わらずの落ち着いた物腰だった。

 アニエス、フェリ、アーロンの三名は、つい先ほどがリゼットとの初対面だ。しかし同時にサルバッドでの記憶も生み出されたため、初対面からは多少進んだ関係として認知されている。

 さらに言えば、逆に出会ったばかりだったはずのアーロンには、少なくとも一か月が経過したという認識がお互いに構築されている。

 時間経過はせずに、記憶だけが刷り込まれ、その分の人間関係が深まるという現象。

「……すごく変な感じです。でも違和感がまるでないだなんて……」

 同じことを考えていたようで、アニエスがそうつぶやく。

 少しずつ明かされてきた《ロア=ヘルヘイム》の謎と仕組み。これらを全て解き明かさなければ、現実世界へ帰還する道は開けないのだろう。

 ヴァンは現状の問題に思考を移す。

 メイドたちが言うには、再挑戦はいつでも可能とのこと。ただし一万枚のコインはその都度必要だ。

 わずかに残ったコインを分配してリィンたちがスロットやルーレットに出向いてくれているが、一から貯め直しとなるとどのくらいの時間がかかるものか。運が悪ければ、コインを増やす過程のゲームで使い切る可能性もあるのだ。

 ちなみにこの手の遊戯に不得手なデュバリィとラウラには、追加のコインは分配されず、応援要員として待機するだけになった。

 新Ⅶ組チーム――特にアルフィン皇女はかなり勝っていたようなので正直当てにしていたのだが、つい今しがた、そのアルフィンがセドリックとエリゼに担がれてソファーまで運ばれていた。どうやら一世一代の大勝負に大敗を喫したらしい。

 全てを出し切ったアルフィンは真っ白に燃え尽き、しかし何かを悟ったように穏やかな表情で死んでいる。

 幾度となく見てきた引き際を誤ったギャンブラーの末路ではあるが、それにしてもエレボニア皇族のバイタリティはどうなってるんだか。

「他に方法もねえな。面倒だが地道に稼ぎ直しと行くか」

「ヴァンさん、ヴァンさん。あそこに変わった扉がありますよ。掛札にお金を貸しますって書いてるみたいですっ」

 弾んだ声でフェリが袖を引っ張ってくる。ゲームエリアの目立たない一角に、明らかに毛色の違う黒塗りの鉄扉が見えた。

「夢の世界で金貸しとは夢のない話だが……まあ、のぞくだけのぞいてみるか……?」

 ヴァンたちは扉を開き、となりのフロアに移動した。

「うお!? なんだこりゃ?」

 磨き上げられた大理石の床に、整然と並べられた待合用の椅子。随所に備えられたテーブルには、身なりを整えた担当者から何やら説明を受ける客の姿がある。無論、イメージで作られた人間なのだろうが。

 周りを見渡して、アニエスが声を上げた。

「あっ、ニュースで見たことあります! ここってIBC――クロスベル国際銀行ですよ!」

 クロスベル市湾岸区に本社ビルを構える、名実ともにゼムリア大陸最大の銀行である。金融業だけではなくミシュラム事業部に代表される不動産業にも手を広げ、かのテーマパーク内におけるショッピングモール運営も上々だという。さらにはエプスタイン財団クロスベル支部まで、このIBCビルの中にあるというのだから驚きだ。

「IBCが創られている……?」

 カジノに併設された銀行という悪意に満ちた構造なのはさておき、これを創造できるということは夢の主格者はクロスベル関係者か? となればランディかワジのどちらかに目星をつけられるが……。

 しかし受付カウンターに印字してある企業ロゴは《クロスベル国際銀行(International Bank of Crossbell)》ではなかった。

「いらっしゃいませー。新規のお客さんはこっちやでー」

 受付でニコニコと応対するのは、なまりのある口調の糸目の男性だった。胸の名札にはゼノと記されている。

 ゼノの横に控えるのはドレッドヘアーの偉丈夫で、こちらは名札にレオニダスとあった。彼の銀行員としての制服はパンパンの筋肉によって、今にも内側からはじけ飛びそうだった。

「こちらはクロスベル国際銀行ではないのですか?」

 リゼットが問うと、ゼノは営業スマイル全開で応じた。

「お嬢さんの言う通りや。IBCは不祥事で潰れてな。ほら創始者のクロイス家が色々あったやろ? その混乱に乗じてウチが乗っ取ったってわけや」

「ああ、ディーター・クロイスの。しかしその後も引き続きの運営はできていたはずですが……失礼。夢の世界で正誤を論じるのも意味のないことかもしれませんね。ではここは?」

「その名も《西風信用金庫》や! お姉さん方は融資をご希望で?」

「ええ、一応そうなるのですが……担保も必要のようですね」

 リゼットがちらりとヴァンを見ると、彼はぶんぶんと首を横に振った。

 この雰囲気はカタギじゃねえだろ。何が《西風信用金庫》だよ。信用できねえ。こんなもん闇金だ、ぜったいに闇金だ。

「アニエスさん、ユウシとかタンポってなんですか?」

「融資と担保ですね。簡単に言うと、融資を受けるというのはお金を借りること。担保というのは借りたお金を返せない時に、その損失を補えるように融資元に保証をする物のことですよ」

 フェリの疑問にアニエスが優しく答える。担保にも人的と物的があって、この場合は物的担保だ。

「悪いが、担保として出せるもんもねえ。邪魔したな」

 早々に引き上げようとするヴァンに、レオニダスがパンフレットを差し出した。かわいいイラストの“誰でもわかる初めての担保”というタイトルだ。

「あ? なになに。『お金が急に必要だけど、すぐに担保が用意できないってことあるよネ! でも大丈夫。そんな時はあなたの臓器を売っちゃえばいいんだヨ! 肝臓で20万ミラ、肺で40万ミラ、心臓だと、なななんと100万ミラ! こりゃあ売るっきゃないヨ! Let's sell your organs!』……ハハハ、なるほどバカ野郎」

「なぜ腎臓や肺が二つあるか、その理由を考えたことがあるか?」

「売り払うためじゃねえことは確かだ」

 フェリがちょこちょこと横に来た。

「体の一部って売れるんですね。わたしの歯、生え変わりでぐらついてるんですけど、これなら抜いて売ってもいいですよ」

「ははは、それはちょっと買い取られへんな。しかしお嬢ちゃん、かわいいなあ。フィーのちっちゃい頃を思い出すわぁ……」

「上の歯が抜けたときは床下へ、下の歯が抜けたときは屋根の上に投げるのだぞ」

 シンパシーが合うのか、仲良さげに話すフェリと西風銀行員。

 ふと思いついたように、フェリはヴァンに振り向いた。

「そうです! ヴァンさんの車を担保にするのはどうですか?」

「面白い冗談だな、フェリちゃんサン」

「むっ、冗談じゃありませんよっ」

「冗談であって欲しかったぜ。そもそも車はカジノの入り口に停めてんだ。運んでも来れねえし。……ん? なんか《幻夢の手記》が光って――」

 

【㉛その者が当たり前に所有しているという認識があれば、それは《ロア=ヘルヘイム》に実体として呼び出すことができる他、すでに《ロア=ヘルヘイム》内に存在しているものを手元に移動することもできる】

 

 待て待て、ちょっと待て。なんでこんなタイミングでそんな情報を開示しやがる。まるで俺のピックアップトラックを差し出して金を工面しろと言わんばかりじゃねえか。

「むむむ~……」

「はっ? いやいやお前、なに念じてんだ!?」

 フェリが車を召喚しようと力を込めている。

「さ、させるか! つーか車の所有者は俺だぞ!? お前のもんじゃねえよ!?」

 ヴァンは拒絶しようと必死に意思を固める。

「負けんな、チビ! 自分を信じろ!」

「わ、私、臓器とか売りたくありません! がんばってフェリちゃん!」

「わたくしも色々と支障が出てしまいそうなので……フェリ様、ファイトです」

「どっちの応援してんだ、テメェらあっ!!」

「たああああっ!」

 フェリの気合と同時に、どどんっとピックアップトラックが現れる。見事にフェリ側に登場した。

「やりました! ゼノさん、これを担保にできますか?」

「んー、あれこれカスタムしてるみたいやなあ。ま、百万ミラくらいはええやろ。ほなお嬢ちゃん、これにサインしてや。利率は一時間で三割で。あ、保証人名は保護者さんにしといた方がええで」

「? 了解(ウーラ)っ」

「おあああ! やめろおおお!」

 まさに悪魔の契約だった。フェリの契約を中断させようとするヴァンを、アーロンたちは三人がかりで拘束する。

「くそっ、フェリ! 受け取った百万ミラをすぐさま返金しろ! それならまだなんとかなる! 一時間三割とか正気の沙汰じゃねえぞ!?」

「このままカジノに行くんやって? そしたら先に百万ミラを一万ゼムリアコインに変えといたろか?」

「わあ、親切ですねっ」

「うおいいいい!!」

 ヴァンの慟哭が響き渡る。フロアマスターへの再挑戦権として、一万コインをゲットした。

 

 ●

 

 これでまだアラミス高等学校の一年生。アッチ方面の知識が豊富なわけではないし、ソッチ方面の誘惑ができるわけでもない。

 それでも考え得る限りの色気を醸し出し、うさぎしっぽをフリフリしながらアニエスはせくしーに歩く。その後ろをディーラーの一人が緩みきった顔でついていく。

「アニエッタちゃーん? うへへ、どこまで行くんだーい?」

「こっちですぅ。うふふっ」

 

【挿絵表示】

 

 人気のない通路までディーラーを誘導すると、アニエスは壁際で背を向けた。

「背中のホックがぁ、外れなくてぇ困ってるんですぅ。お兄さん、外してぇ?」

「アニエッタちゃんはドジっこだねえ。でへへ、任せてよ……」

 とりあえず偽名を使い、とにもかくにも甘い声を出す。ガラにもない自分の演技に冷や汗が止まらない。

 ああ、絶対お父さんには見られたくない。でもヴァンさんに愛車を担保にさせているので、私もこれくらいの身は切らなければ申し訳がないというか、むしろ良心の呵責に耐えられないというか。

「あん、優しく……」

「し、辛抱たまら――んぐふ!?」 

 ディーラーが白目をむいて、膝からくずおれた。彼の腰にはフェリのアサルトソードのグリップが、首裏にはリゼットのブレードギアのグリップが、それぞれ深くめり込んでいる。

「お見事な女優ぶりでした、アニエス様」

「これが“はにーとらっぷ”ですか。恥ずかしいのでわたしには真似できそうにありませんがっ」

「追い打ちかけないで、フェリちゃん……。あとヴァンさんには内緒でお願いします」

 父よりヴァンに知られたくない心情の自分に気づく。それを意識してしまう自分もまた、なんだか恥ずかしい。

「……しかし、少々気がかりですね」

 リゼットが伏したディーラーを見下ろした。

「私も思いました。このディーラーさんの反応ですよね?」

「ええ。もっと機械的な行動をするものと想像していたのですが、アニエス様の色仕掛けへのかかり方がずいぶんと生々しいと言いましょうか。まるで心のある生身の人間のようです」

「あ、あの、色仕掛けに言及するのはちょっと……」

「《ゴールデンブラッド》の主演も務まると思います。もちろん完全版の」

「ジュディスさんに怒られちゃいますよ……」

 女優のジュディス・ランスターとはサルバッドの件で面識がある。こういう色仕掛けというのは、ああいう大人の女性がやるから効果的なのだろう。

 それはさておき、ディーラーの反応に関しては同意見だ。

 リィンたちのような“囚われた人間”を除き、《ロア=ヘルヘイム》に存在する多くの人々は、夢の主格者が想像して創造した幻影の人間だ。そのように《幻夢の手記》にも記されている。

 特徴としては決められた行動を繰り返したり、テンプレートの返答をしたりするばかりで、ここまで心や思考らしきものを感じることはできなかった。

 だがこのディーラーは少し違った。

 リゼットが言う。

「現状で考えられるのは三点。一つ目は彼も“囚われた人間”の一人である可能性。二つ目は“女性に声をかけられたら鼻の下を伸ばす”という役割をピンポイントで付与されている可能性。三つ目は“ある程度会話に応じた行動を取る”という役割を付与されている可能性。いかがです?」

「その見解なら三つ目だと思います。心があるわけではないけど、自由意志を持つかのように振る舞う幻影の人……ですか」

「もしもそんな役割まで自在に作り出せるとしたら、エリアの主格者が有する権能は相当なものです。まさしく創造者と言えるでしょうね」

 にわかにギャラリーの声が騒がしくなってくる。

「あら、そろそろ始まるようです。ではわたくしも務めを果たして参ります。フェリ様はこちらのディーラー様をお願いできますか?」

了解(ウーラ)っ」

 リゼットは急ぎ足でゲームフロアまで戻っていった。

 フェリはてきぱきとディーラーの口をテープで塞ぎ、慣れた扱いで手足を紐で縛り上げると、適当な掃除用具入れに雑に押し込む。

 その間にアニエスは状況を確認した。

 ヴァンとアーロンはすでに、ポーカーテーブルでフロアマスターたちとの再戦を待っていた。

 リィンたちも配置についている。

 ややあって、リゼットがポーカーテーブルのディーラーポジションに入った。

 そう、たった今フェリによって掃除用具入れに収納されたのは、さきほどのポーカー勝負でディーラーを務めていた男だった。

 メイド服が従業員であることに不自然ではないこのカジノで、リゼットを大一番勝負のディーラーと挿げ替えるというヴァンの強硬作戦だ。

 通しはテクニックとしてありきがギャンブルで、しかしディーラーとの結託はご法度であるとはそもそもヴァンの談だが、車を質に取られた彼はなりふり構わず禁忌の手段に打って出たのだった。

「それでは――」

 ランディたち四人のフロアマスターも再び席につき、偽ディーラーのリゼットが澄んだ声を響かせた。

「張った張った! 張るは春にてライノの花散り、張らねば入らぬ幻夢の金銭。突き出すチップに引き得ぬ意地に、泣けど笑えど行きつく先は煉獄紀行。さあさ各々、威勢よく張っておくんなまし!」

「リ、リゼットさん……?」

 ディーラーのいろはについてアーロンから指南を受けたらしいが、カジノというより完全に東方賭博の前口上だった。

 

 ●

 

「フゥー、フゥー!」

「目が血走ってんぞ、オッサン……」

 穴が空くほどにトランプを凝視するヴァンは、アーロンさえ引くほどの鬼気迫る表情だった。このまま自力でグレンデル化してしまいそうなオーラまで(ほとばし)っている。

「負けねえ、負けるわけにはいかねえ……俺の愛車を取り戻すためにも、絶対に。どんな手を使ってでもなあ……!」

 もはや呪詛のつぶやきだ。

 すでにカードは全員に配られた。ランディ、ワジ、クロウ、アッシュの四人のフロアマスターは、誰も手札をチェンジしようとしない。

 からくりは必ずある。

 一般的な四人卓と仮定して、ワイルドカードなしのノーチェンジで誰かがロイヤルストレートフラッシュになる確率は1/311,875,200だ。さらにこれが四人が全員ノーチェンジで起こる場合、おおよそ1/30溝。数字に換算すると1/300,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000となる。しかも今回はプレイヤーが六人なので、確率はここからまだ大幅に下がる。雷の直撃を三連発で食らった挙句に、飛来した隕石にとどめを刺されるよりあり得ない。

 ギャラリーに紛れていたリィンが腕を掲げた。

「……来たか。見逃すなよ、アーロン」

「誰に言ってやがる」

 同じく観客の中にいたセドリックとエリゼが、ヴァンたちの視界に入るように指でサインを出す。物陰からオリヴァルトとシェラザードも、予め決めていた符号をこちらに伝えてきた。天井に潜むフィーとフェリは、真上からゲームテーブルを監視している。他の面々もあちこちから情報を送ってきた。

 あらゆる角度からフロアマスターたちのカードをのぞき見るという、フルメンバーを総動員しての“通し”作戦である。

 極めつけはアルティナの《クラウ=ソラス》によるスキャン能力発動だ。“通し”ならぬ“透し”で、相手のカード裏面の内容をダイレクトに把握してやった。

 そして一つの解が出た。

 こいつらのカードの絵札は自在に変化する。最初はペアのないブタでも、開示の時にはロイヤルストレートフラッシュに変わっているのだ。夢の世界とはいえ、ルール無用のイカサマには違いない。どうやっても勝てないわけだ。

 しかしそれすらも想定していた範囲内ではある。ヴァンがリゼットに目配せすると、彼女はそれとわからぬ程度にうなずいた。

「五枚、オールチェンジ」

「オレも全替えだ」

 ヴァンとアーロンは手札を全て捨てた。リゼットが親札から順に新たなカードを配る。

「皆様、よろしいでしょうか――」

 緊張が走る。高揚がたぎる。運命の一瞬が訪れる。

「ショーダウン!」

 一斉に手札をさらす。

 やはりランディたちは四人ともがマーク違いのロイヤルストレートフラッシュ。

 対するヴァンたちは二人ともジョーカー込みのファイブカー(five of a kind)ド。

『はあ!?』

 驚愕するフロアマスターたち。絵札は相手に全て取られているのでこちらは全て数字札だが、それでもれっきとしたファイブカード。ロイヤルストレートフラッシュよりも強い。

 無論、自分たちにカード変化なんてチート技は使えない。だからちゃんとした(・・・・・・)イカサマだ。

 仕込みはディーラーのリゼット側にある。彼女はトランプを配る際、オーバーハンドシャッフルとフォールスシャッフルを組み合わせた特殊な切り方をしていた。最大限のカードコントロールをして、二巡目の配布の際にヴァンたちにファイブカードが発生するように仕組んでいたのだ。

 恐るべきはそれをこの大舞台でやってのけたリゼット一人であって、つまるところヴァンとアーロンは何もしていない。

「はーっははは! 俺たちの勝ちだぜ! 今ならジャックとハルにも負ける気がしねえ!」

「おらおら! とっとと配当金よこせや!」

 しかし二人は我が功績とばかりにイキり散らす。

「かあー、やられたぜ。兄さんたち強えなあ!」

 ランディはテーブルに突っ伏した。

「この手で負けたのは初めてだ。君たちすごいね」

 ワジも手放しで称賛している。

「もう一戦どうだよ? アッシュもやりてえだろ?」

「アンタがうずついてるだけだろうが。……だがまあ、付き合うぜ」

 クロウとアッシュは早くも二回戦を望んでいた。

「……ヴァン様、これは」

「勝つには勝ったが、どうなんだ?」

 リゼットとアーロンが横目を向けてくる。

「ああ、何も起きてねえな……」

 四人に変わった様子はなく、夢から解放されたような雰囲気もない。城エリアと同様であるなら、霧が一気に晴れるはずだが、カジノの窓から見える外界にはいまだ濃い白霧が滞留したままだ。

 ならばセドリックとアルフィンの時と同じか? 舞踏会と武闘会で優勝することは手段であって、彼らの目的はシュバルツァーと懇意になりたいことだった。

 つまり“ギャンブルで勝利する”が、主格者の望みを満たす条件ではない。

「考えてみりゃ当たり前か……どこの世界に賭け事で負けたいヤツがいるってんだ。くそっ、だったらどうすれば――うおっ!?」

 視界が激しく上下に揺れた。かなり大きな地震だ。テーブルの上からグラスが落ちて、木っ端みじんに割れる。

「なんだ、なんだ!? とにかく全員身をかがめて頭を守れ!」

 ヴァンが叫んだ直後、カジノの壁面がまるでステージの書き割りみたいな板一枚になって、バタバタと外側に倒れていく。六面が開かれたサイコロのように、豪奢な建物はバラけて平面になってしまった。

「なっ……!?」

 霧の中に巨大な城のシルエットが浮かび上がる。それだけではない。ゆるゆると回転する大きな観覧車に、コースターのレールも見えた。さらにはどこからか聞こえてくる軽快なトランペットの音色と賑やかなパレード行進の足音。

 いの一番に反応したのはラウラだった。

「ま、まさかここは……ミシュラムか!」 

 さすがに全員が絶句する。

 クロスベル市の湖対岸の高級保養地に建設されたテーマパークだ。クロスベルの観光地の目玉といえば、《アルカンシェル》と並んで必ず《ミシュラムワンダーランド》――通称MWLの名が挙がる。

 ヴァンは理解した。

 このMWLこそが本当のメインエリアで、カジノはその敷地内にあるただの一施設に過ぎなかった。ゆえにランディたちは誰一人として主格者ではなかったのだ。

 ならば、いるはずだ。このとてつもなく広大なミシュラムを創造した真の主格者が。

 

『ああ、悲しい。悲しい……』

 

 楽しいテーマパークには似つかわしくない悲壮な声が、館内放送でエリア全域に流れ出す。

 MWLの入り口にある大きなモニターに、一人の少女が映し出された。その心情を投影したかのようなブルーのドレスを身にまとう少女は、絶望に満ちた表情で空を振り仰いだ。

 

『これほどまでに残酷な物語があるでしょうか。誰か、どうか、彼を助けてください。人を信じられなくなったみっしぃを……』

 

 その言葉を最後にモニターはブラックアウト。少女の姿は消えた。

「みっしぃ? そいつは確か――」

「ええ。クロスベルのご当地キャラでもあり、このミシュラムのマスコットでもあるわ。猫をモチーフにした造形で、白と灰色のハチワレ柄をしたデザインが特徴よ」

「ああ、そうだった。的確な解説助かるぜ、エレイン。……エレインっ!?」

「な、なによ」

 

【挿絵表示】

 

 ヘーゼルブロンドの美しい髪を風になびかせながら、可憐な容貌の女性がヴァンのとなりに立っている。

 凛とした佇まいを崩さない彼女は、エレイン・オークレール。最年少でA級昇格を果たした、《剣の乙女(ソードメイデン)》の渾名を持つカルバード遊撃士協会の若きエースだ。

「ど、どうしてお前までこんな場所に」

「私が聞きたいわ。さっきまで市内巡回をしていた気がするけど、気づいたらここにいたのよ。前後のことはよく覚えていない。明らかな異常現象だから周囲を警戒していたところで……あなたの姿が見えたから」

 ということはだ。経緯はともかく、カルバード組に分類されるだろう彼女が合流したとなれば――

「お前ら構えろ! アレが来るぞ!」

「あ、あれってどれよ?」

 戸惑うエレインをよそに、アニエスたちはとっさに頭を押さえて、例の激痛に備える。

 が、待てども待てども静寂だけが続く。

「記憶の拡張が起こらない……?」

「記憶? 拡張? 何を言っているの?」

「説明はする。ただし駆け回りながらになりそうだが。……シュバルツァー! さっきの少女が主格者ってことでよさそうか!?」

「ああ、間違いないと思う。俺たちは彼女を知ってる」

 リィンは確信を持っているようだった。

「シュバルツァーって……リィン・シュバルツァー!? 帝国の!? 本当に何がどうなってるの?」

「落ち着けって。だからあとで説明するって言ってんだろ」

 エレインにはあまり強く出られないヴァンである。

 そのヴァンの横まで歩み出たリィンは、ミシュラムの入り口ゲート前で全員に向き直る。エレインの相手をする彼に代わり、作戦変更の号令を発した。

「これより総員でカジノエリア改めミシュラムエリアの攻略を開始する。詳細は不明だが、差し当たって当面の目標はみっしぃの捜索と、並行して夢の主格者の望みを特定すること。そしてその主格者はクロスベル警察特務支援課、ティオ・プラトーだ!」

 

 

 

 ――つづく――

 

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