黎明の軌跡 Break the Nightmare   作:テッチー

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第9話 駆け抜けてアップサイドダウン!

 倒壊したカジノフロア。

 その跡地では散乱する瓦礫に紛れて尚、どこからか引っ張ってきたテーブルを囲んで、ランディーたちフロアマスターがトランプを広げていた。

「……まるで周囲の状況を気にしてない。あれが夢に囚われているってことなの?」

 慌てるわけでも、逃げ出すわけでもない。異様な光景を眺めながら、エレイン・オークレールが訊いてくる。

「そうだ。本人の主観が世界の全てになるらしい」

 《幻夢の手記》をめくりながらヴァンは答える。これは⑦番の項目だ。

 この主観というのが厄介で、たとえばランディたちのように周りがどうなろうとまるで反応しない人間や、リィンのように別のものを見ていた人間、スカーレットのように特定の人物だけを認識した人間や、フィー、ラウラのように普通にこちらを認識して会話ができた人間など、様々だった。

 しかし彼らに共通していたのは、自身の置かれた境遇にまったく疑問を抱いていなかったことか。まさしく夢の中にいるのと同じような感覚なのだろう。

「それにしてもなんで記憶の拡張が起こらねえんだ? エレインは絶対カルバード組だろ。何かの法則が違うのか……?」

「その手記にこの世界のルールが書いてあるの? ちょっと見せて」

「あ、おい」

 エレインはヴァンの手から《幻夢の手記》を取った。

「……⑩番が“ヴァンが仲間と合流する度に、記憶の拡張が起こる”で、⑫番が“記憶の拡張域はヴァンが仲間を現実世界でアークライド事務所に雇用するまで”ね。……じゃあ私、この抜けてる⑪番わかるわよ」

「なに?」

「この並びなら⑪番は“仲間”という言葉の定義よ。それが記されていないと条項があやふやになる。いいかしら? あなたの仲間と認定されるのは“あなたが直接雇い、契約書にサインをさせた者”よ」

 エレインが告げた瞬間、開いていたページが光った。

 

⑪【ヴァン・アークライドの仲間と認知されるものは、現実世界でヴァン・アークライドと雇用関係を結んだ者である】

 

「ね? ⑫番にヒントもあるし、というか⑫番が開示された時点でセットで思いつきなさいよ」

「ぐっ」

「あともう一つ。⑩⑪⑫の意味を逆に読み解くと、私がここでヴァンに出会っているのに記憶の拡張とやらがなされないのは、私はあなたに雇用されていないから――つまり定義上の仲間ではないからということになるわ。けれど仲間でなくても、あなたと関係のある人間はこの世界に呼び込まれる可能性があるということでもある。これは重要よ」

 

⑬【ヴァン・アークライドと雇用関係になくとも、現実世界の縁で繋がれた者であれば《ロア=ヘルヘイム》に召喚されることがある。ただしその場合は仲間ではなく同行者と認知され、記憶の拡張には至らない】

 

 続けて輝き、浮かび上がる文字。

「はい。どうぞ」

「ぐぬっ」

 澄ました顔で《幻夢の手記》を返してくる。

 くそ、なんだコイツ。《ロア=ヘルヘイム》のことなんざ、つい今しがた簡単な説明をしただけなのに、チラ見しただけの情報をつなぎ合わせて、さっそく二つの情報を開示させやがった。

「あら、悔しいのかしら?」

「んなわけねーだろ。ほら、さっさと行くぞ!」

 口元を緩めて顔をのぞき込んできたエレインから目をそらし、ヴァンはミシュラムワンダーランドの正面ゲートをくぐる。

 他の連中はいくつかのチームに分かれて、すでにMWLエリアの探索に当たっている。俺はエレインと顔見知りってことで、半ば強制的にペアを組まされたわけだ。周りから妙な気を遣われた気がしないでもない。何やらもの言いたげだったアニエスの視線は、じとっと湿度を帯びていたようにも思う。なんなんだよ。

「いいか。まずやることは夢の主格者を探し出し、その望みを叶えることなんだが……今回はまた前回と趣向が違うんだよな。主格者はティオって少女だと判明していて、その望みもみっしぃを救うことだと本人が明言している。ただその肝心の理由がわからねえ」

「それに関しては、一つ心当たりがあるわ」

「マジか? そういやエレインはみっしぃが好きだったな」

「別に普通。人並程度よ。心当たりは確信を持った段階で話すから」

 改めて二人はMWLエリアに足を踏み入れる。

「……こんな形であなたとミシュラムに来るなんてね」

「ん? 何か言ったか」

「別に」

「他より出遅れてるし、少し急ぐぜ」

 ヴァンは歩調を早める。

 彼女のつぶやきは聞こえていた。でも聞こえないふりをした。

 

 

《★――第9話 駆け抜けてアップサイドダウン!――★》

 

 

 落ち着かない気持ちになる自分が少し嫌だった。

 エレインとは何度か顔を合わせている。その記憶がある。

 いつだって凛としていて、品格があって、綺麗で。理想的な大人の女性を絵に描いたら、こんな素敵な人なんだろうなって思っていた。

 同時に、過去にヴァンと何かあったのだろうとも察していた。確執というのが一番近い気がするし、表面上の距離も取っているけれど、深いところでの繋がりは確かに残っていると感じる。

 人が語らない事情の詮索はするべきではないし、自身の生い立ちもあって、されたくない気持ちも実感としてわかる。

 でもヴァンさんとエレインさんの関係が、どうしても気になる私。急に自分が線の外側にいるみたいに思えて、大人を見上げる子供のような――そんなどうあっても内側に踏み込めない疎外感に締め付けられそうになってしまう。

「うーん、みっしぃは見当たりませんね。アニエスさんは気になったこととかありませんか?」

「………」

「アニエスさーん?」

「えっ、あ、申し訳ありません、クローディア殿下!」

「クローゼ」

「ご、ごめんなさい、クローゼさん」

 アニエスはクローゼとのペアだった。二人はアトラクションには入らず、施設の外を探している。

「つい考え事をしてしまっていて……」

「そのバニーガール姿のことですか?」

「ち、違います」

 カジノフロアは倒壊したが、悲しいかな衣装は元に戻ってくれなかった。

「じゃあヴァンさんとエレインさんのことですか?」

「えっ? その、どうでしょう? ね?」

「ヴァンさんとエレインさんのことですよね?」

 押しの強い王太女様だった。ごまかそうとしても無理そうで、渋々アニエスは認める。

「えぇ、まぁ……はい」

「好きなんですか? ヴァンさんのこと」

「うぇえ!? いやそんな――」

「違うんですか? 私、興味があります。私とアニエスさんの間に隠し事はしない約束じゃないですか」

「初耳ですけども!」

 人の事情にストレートに踏み込んでくるが、不思議と嫌ではなかった。アルフィン皇女の人懐っこさといい、高貴なる方の魅力というのは、こういうところにあるのかもしれない。

「……異性としての好意かはわかりません。頼りになる人ですけど放っておけない危うさも感じる人でして……ただ私にはヴァンさんの知らない過去があって、エレインさんはそれを知っていて、うまく表現できませんが、こういうのどう言うんでしょう。……良くないですよね」

 羨望なのか、嫉妬なのか。それとも他の何かなのか。本当に自分でもわからなかった。

 クローゼは微笑んで、しかし真面目な眼差しで、

「感情は湧き出る泉のようなもの。止められるものではありません。でも少なくとも、アニエスさんのそれが悪いものでないのは確かです」

「そうでしょうか」

「もちろん。それで?」

「それでとは?」

「好きなんですか? ヴァンさんのこと」

 最初の質問に戻ってしまった。

「で、ですからわからないと言っているじゃないですか!」

「じゃ今決めましょう。異性として好きかどうか」

「あ、圧がすごい。もう! だったらクローゼさんの話を聞かせてください。王族の恋や愛なんて私には想像もできないですから!」

 詰問から逃れるために、逆に答えづらい話題を振り返したつもりだったが、クローゼは存外けろっとして、

「普通ですよ。好きになった人がいて、告白もしました」

「えっ。え゛」

 まさかその人が次のリベール国王? 軽い気持ちでとんでもない話を聞いてしまった。

「フラれちゃいましたけどね」

「ええええぇっ!?」

 もっととんでもない話だった。

「その人には大切に想う女性がいて、相手の女性もその人を大切に想ってる。私の横恋慕であることはわかっていましたし、彼にふさわしいのは彼女だとも思っていました。それでも気持ちを伝えずにはいられなかったんです。ちなみにその女性というのは、私の親友になってくれた人でもあります」

「す、すごい」

 としか言いようがなかった。

 クローゼは苦笑した。

「勝ち目なんて最初からなかったと思います。月のような彼には、太陽のような彼女が必要でしたから」

「あの……その女性とは?」

「私の告白を知った上で、まだ親友でいてくれています」

「失恋はもう割り切っているんですか?」

「んー……まだちょっとは引きずってますね。内緒ですよ?」

 なかなかハードな恋愛遍歴だ。自分の悩みが相対的に軽くなった気さえする。それを見越して話してくれたのかもしれないが。

「だからね。アニエスさんも変に身を引くとかは考えない方がいいですよ。乙女たるもの、時には突撃も大切です」

「あはは……はい。途中から私がヴァンさんを好きだという前提で話が進んでいますけど……」

 クローゼは思い出したように言う。

「私がここにいるくらいです。もしかしたらその男性も女性も《ロア=ヘルヘイム》のどこかにいるかもしれません。合流できたらアニエスさんのことを紹介しますね」

「修羅場には……!?」

「なりませんってば」

 そんな色恋話もひと段落したところで、ぶにょんぶにょんと肉球を弾ませる音が耳に届いた。

 視界の遠くに、着ぐるみのシルエットが映り込む。

 

 ●

 

了解(ウーラ)っ」

 と、通信を切ったフェリは、リィンたちに言った。

「アニエスさんとクローゼさんのチームが、みっしぃらしき目標を見つけたそうです」

 《ARCUS》は《ARCUS》と、《Xipha》は《Xipha》としか通信ができない都合上、広範囲に散らばる時は、《ARCUS》持ちと《Xipha》持ちの混成チームにするのが望ましい。

 とはいえ現状ではカルバード組の人数が少ないので、どうしても偏りは出てしまうが。

 このチームはフェリ、リィン、ラウラ、アルティナの四名で、バランスはとれていた。

「みっしぃがどっち方面に向かったかはわかるかな?」

「すみません、アニエスさんたちも遠目だったみたいで、すぐに見失ったそうなんです。霧で視界も悪いですし……」

「ああ、いいんだ。気にしないでくれ。俺たちは俺たちで探そう」

 しゅんと肩を落とすフェリの頭を、リィンは優しげに撫でてやっていた。

 そのやり取りは、ラウラとアルティナに物議を醸した。

「見ましたか、ラウラさん。リィン教官のフェリさんに対する優しさを。私たちのことなんて目に入っていないかのようです」

「よくない癖が出ているな。節操ないことこの上ない。頭を撫でられたことなんて、私は一度もないというのに。アルティナもそうであろう」

「え、私は結構な回数ありますけど」

「………」

 リィンが振り向いた。

「捜索範囲を広げよう。占いの館辺りまで戻って、そこからアーケードの方も――ってどうしたラウラ? なんだか顔が怖いぞ」

「この世の不条理に憤っているだけだ。心配するな、そなたは九割ほどしか悪くない」

「ほぼ悪いんだが」

 近くから元気のいい弾んだ声がした。

「わーい! わーい! ボクにも風船ちょーだい!」

「あっ!」

 アルティナが一番に反応した。

 みーしぇとワルみっしぃの着ぐるみの前で、ぴょんぴょん飛び跳ねているのはミリアム・オライオンだった。

「えへへ、アーちゃんにあげよっと。どこにいるのかなあ~」

 ミリアムは着ぐるみたちから風船を二つもらうと、嬉しそうに走り去っていった。

「まったくあの人はいつも忙しないですね……でもミリアムさんも囚われていましたか」

「大丈夫だ、アルティナ。このエリアを開放すれば、ミリアムの夢も覚めるだろう」

 そっけなくしていても心配が隠せていないアルティナの頭を、リィンは撫でてやる。それをラウラが後ろからじっと半眼で見つめる。残念ながら不満に満ちたその視線に、リィンが気づくことはなかったが。

 フェリがおずおずと質問した。

「えっと、リィンさん。あの着ぐるみから風船がもらえるんですか?」

「テーマパークじゃ珍しいことじゃないさ。フェリちゃんも欲しいのか?」

「え、わ、わたしは、その……」

「もらっておいで。待ってるから」

 ぱあっとフェリの顔が明るくなる。

「えへへっ、リィンさんってなんだか(アブ)みたいですっ」

(アブ)? 確かにレグラムでは町の人からよく虫扱いされていたが」

「お父さんって意味ですよ。ラウラさんは強くて優しいから(アマ)みたい。あ、お母さんってことですっ」

 ドドーンとラウラは衝撃を受けていた。頬をリンゴのように赤くして、

「わ、私が母で、リィンが父とか……そんな、なあ? ちょっとそんな、なあ? ――コホン。あー、アルティナ。フェリが風船が欲しいと言ってるから、いっしょに行ってあげなさい。ちゃんと手をつないで行くのだぞ」

「なぜ急にまんざらでもないお母さんムーブを――わっ」

「行きましょう、アルティナさんっ」

 アルティナの手を取るが早いか、フェリは着ぐるみに向かって駆け出した。

「ぶぅはぁーっ、あっちぃ!」

「おう、こりゃあ堪えるなあ!」

 着ぐるみの頭部が取れ、中から無骨な男たちの汗だくの顔が現れる。

 飛びつく勢いだったフェリは急ブレーキで立ち止まった。

「ジンの旦那。このあと一杯どうだ?」

「お、いいねえ。アガットと飲むのは久しぶりだなあ!」

 みーしぇからは二アージュ近い大男のジン・ヴァセックが、ワルみっしぃからはワイルドな赤髪のアガット・クロスナーが登場した。ジンはカルバードの、アガットはリベールの遊撃士である。

 豪快に笑うむさ苦しい男たちの前で、フェリは無表情で制止していた。感情が死んだらしい彼女に、アルティナが声をかける。

「風船もらわないんですか?」

「あ、はい。問題ありません。ありがとうございました」

「そういう痛みを知って大人になっていくものらしいですよ。前に人から聞きました」

「だったら、わたし、大人になんてなりたくないです……」

 純粋な瞳に一点の曇りを残すと、着ぐるみたちは「ふひいーっ」とか言いながら、のそのそと日陰に入っていった。

 

 ●

 

「リィンさんから中継連絡が入りました。アニエスさんたちの班がみっしぃを見かけたようです。ただ足取りの捕捉には至っていません。それとジン・ヴァセック、アガット・クロスナー、ミリアム・オライオンの三名を発見。いずれも夢に囚われている状態らしいですが、大きな問題はなさそうだと」

 セドリックがリィンからの報告を伝える。

「ジンさんにアガットも来てたのね。とりあえず無事で良かったわ」

「この調子だと他の面子もそろうかもしれないね。こんな状況だけども楽しみだよ」

 《リベールの異変》に立ち向かったメンバーであるオリヴァルトとシェラザードは嬉しそうだった。

 この班はセドリック、アルフィン、オリヴァルト、シェラザードでまとめられた、いわゆるアルノールファミリーチームだ。

「お兄様、わたくしに提案がありますわ」

「おや。なんだい、アルフィン」

 ぴんと挙手したアルフィンを、オリヴァルトは無駄に大きな動きで指名する。

「観覧車に乗って上から探すというのはいかがでしょうか? 広く見渡せますしー? 発見したら誰かに通信したらいいですしー?」

「ナイスアイディーアッ! さすがはアルフィンだっ!」

 その芝居がかったセリフと挙動に、セドリックは言い知れない白々しさを感じた。

 とはいえ良い案には違いなかった。大観覧車はすぐ近くだったので、四人は乗り場まで移動する。

 係員はいなかったが、ゴンドラはゆるゆると回り続けている。

「じゃあシェラ君から。足元に気をつけてくれたまえ」

「ええ、ありがと」

 そこは夫としての紳士的なエスコート。ゴンドラの扉を開けると、オリヴァルトはシェラザードを先に乗せる。

「次はセドリックね。早く」

「わかってるよ」

 続いてアルフィンに急かされたセドリックが乗り込む。ばたん、と閉められる扉。

「あ、あれ!? アルフィン、兄上!?」

「わたくし達は一つ後ろのゴンドラに乗るわ。大丈夫」

「視野を広く確保したいからね。分かれた方が効率的だろう?」

 何が大丈夫なんだよ、アルフィンめ。兄上もだ。ゴンドラ一つ分の差で、視界がそんなに変わるわけないじゃないか。

 やられた。仕込みだ。こんな時にまで何をやってるんだ、あの二人は。一個下のゴンドラから、にまにまとこちらの様子をうかがってくる。

「あ、あはは。兄上たちは後ろですって。がんばって探しましょうか、シェラザードさん。はは、みっしぃどこかなー」

「ええ、セドリックさんは右側をお願いね」

 沈黙の時間が訪れる。揺れるゴンドラの振動が、やけに大きく感じた。

 けど、確かにチャンスじゃないか? 姉上と呼ぶための、またとない好機だ。

 今までは肩肘を張りすぎていた。自然で行こう。ごくごく普通に『姉上はさー』みたいな感じでいいんだ。

「あ、あね――」

「え?」

「アネロイド式っていう水銀を使わない血圧計がありましてね。アナログですが医療の現場での有用性は高いそうですよ」

「セドリックさんは物知りなのね。でもどうして今、血圧計の話を?」

「はは……最近血圧の変動が激しくて……」

「まだ若いのに……。塩分は控えめの方がいいと思うわ」

「ですよねー」

 意気地なしの僕を叱ってくれ、クルト。

 出せる話題は消え去った。あとは天気と好きな動物の話しか残っていない。僕の雑談デッキが貧弱過ぎる。というかその数少ない手札の一つが血圧計っていうのはどうなんだ。

 セドリックはゴンドラの窓に額を押し当て、地上の様子を食い入るように眺める。

 霧で視界は悪かったが、うっすらとリィン班が見えた。フェリをベンチに座らせて、アルティナがなだめ付かせている。疲れたのだろうか。

 あっちはアーロン、デュバリィ班か。どこかに行こうとするアーロンを、ぷんすかと怒るデュバリィが止めている。方向から察するに、彼の目的はビーチのようだった。

 スカーレットが占いの館から出てきた。なにやら表情が明るい。……いやちょっと待って。もしかしてスカーレット教官、普通に占ってもらってた?

「……ん?」

 少し離れた建物の陰だ。そこに人影が見えた。

 みっしぃではない。仲間の誰でもない。もっと異質なモノだ。人影というより、揺らめく影そのものに思えた。黒い。しかし確かに人の形をしていると認識できる。その胸の辺りで何かが光っていた。遠くてよくわからない。

「あ! みっしぃよ! ホラーコースターに入っていくわ!」

 シェラザードの大きな声に、セドリックは思いがけず視線を外した。またすぐに元の場所を見たが、その黒い影はもう見当たらなかった。

 なんだったんだ、今のは。

 

 ●

 

 みっしぃ発見との連絡をセドリックから受けて、ホラーコースターの建物の中に駆け込んだのは二人だった。

「ここですか。参りましょう、エリゼ様。暗くなっているようですのでご注意を」

「ええ、トワイニングさんも」

 その場所にもっとも近かったリゼットとエリゼのチームである。

 ホラーコースターはMWLの目玉アトラクションの一つで、レールを走るトロッコに乗りながら、ホログラムで投影された魔獣を玩具の銃で撃ち、そのスコアを競うものだ。

「いました!」

 入り口に入ってすぐ、エリゼはみっしぃを見つけた。

 しかしそのみっしぃは、ひょいっと身軽にトロッコに乗ると、そのままレールを進んでいってしまった。

「今のみっしぃ、上着を着ていたような……? すぐに次のトロッコが来るはずです。それに乗って追いかけましょう、トワイニングさん」

「はい。ではその間に……エリゼ様」

「なんでしょう?」

「わたくしの名前、ファミリーネームは言いづらくありませんか? どうぞ、リゼットとお呼びください」

「え、ええ。その……」

 申し訳なさそうにエリゼは言った。

「実は同名の友人がいまして……まあ、手紙のやり取りばかりで、しばらく会ってないんですけど。それでちょっと被ると言いますか」

「そうだったのですね。そのご友人はわたくしに似ているのですか?」

「いいえ、全然。むしろ真逆です」

 エリゼはきっぱりと言い切る。

「でしたら、トワイニングを略して“トワ”という愛称はいかがでしょうか? トワイニングよりは呼びやすいかと思いますが」

「その名前の人も知り合いにいまして……」

「……困りました」

 そんな会話をしている内に、次のトロッコが到着した。二人が乗り込むと、トロッコはレールを軋ませながらガタガタと動き出す。

「私の事もかしこまらずエリゼと呼んでください。私の方が一歳年下ですし」

「さて。どの年代が正しいのかは、まだ判明していないそうですが。ただ性格上でも仕事柄でも呼び捨ては慣れておりませんので、ならエリゼさんと」

 トロッコには機関銃が二丁備えられていた。左右に分かれ、エリゼとリゼットがそれぞれのシューターとなる。

 徐々に加速し、景色の流れる速度も増してゆく。ホラーコースターというだけあって、内装はおどろおどろしい雰囲気だった。あちこちに見えるむき出しの岩肌やぼろぼろの建材が、いかにもな朽ちた館を演出している。

「来ました! 魔獣の映像です」

 飛び猫やドローメの小型クラス、ゴーディオッサ―などの中型クラスが、ギャアギャアと鳴き声を上げながら襲ってくる。もちろん導力器を利用した立体映像なので、実際に攻撃を受けることはないが。

 二人はトリガーを引いた。吐き出された弾丸が魔獣の映像を引き裂き、その向こうの壁面を粉塵まみれにする。ハチの巣と化した建材がガラガラと崩れ落ちた。

「こ、これっ、まさか」

「……実弾ですね」

 戦慄するエリゼ。レールの先を行くみっしぃの背中が見えるくらいの距離には縮まっていたが、どんどん湧き出てくる魔獣に邪魔されてトロッコの速度が落ちつつある。このままでは引き離されてしまう。

「エリゼさん、魔獣の群れを撃ち払いましょう。みっしぃに当てないようにお気を付けください。多分、赤いのがいっぱい噴き出すと思いますので」

「い、言わないでください。あと魔獣に紛れて人間の立て看板も設置されています。これに当てたらペナルティで、魔獣が追加される仕組みのようです。それも気をつけましょう」

「かしこまりました。さっそく人型の板が出て来て――いえ、……あれは間違いなく人ですね。こちらに手を振っているようです」

「えっ、まさか囚われている人でしょうか!? 大変、助けてあげないと!」

 その人物にトロッコが接近する。岩肌にもたれかかる彼は、白いコートをはためかせ、額をピッと二本指でこするニヒルな敬礼をした。

「頼りになるお兄さんこと、トヴァル・ランドナー登っ場! 魔獣のホログラムを三割増しで作っといたから、みんなで楽しんでくれよな! おっ、エリゼお嬢さんじゃ――」

 フルバーストで掃射されるガトリングガン。エリゼは迷いなく引き金を引き続けた。無表情、無言だ。派手に削れ散る岩肌の壁。そこかしこで弾ける跳弾の火花。豪雨のごとき弾幕が一方的な破壊を徹底的に撒き散らす。

「あの、エリゼさん。今のは人だったと……」

「何か言いましたか?」

 果てなく轟く銃声のせいで、ほとんど何も聞こえない。

 全弾を打ち尽くしたガトリングは、やがてカラカラと空転した。焼けた銃身は真っ赤に灼熱し、シュウウウと煙を立ち昇らせている。トヴァルと名乗った男の痕跡は塵一つなかった。

 リゼットは表情を微笑みの形に固めたまま、

「わたくし、やはりエリゼ様と呼ばせて頂きます」

「え、なぜです?」

「なぜも何も」

 

 ●

 

「ミシュラムを代表するアトラクションと言えば、やはり鏡の城が挙げられるわね。内部は複雑な迷宮のようになっていて、城の壁面のほとんどは鏡張りにされているの。合わせ鏡が生み出す幻想的な光景の中を、目移りしながら進むことで得られる没入感が人気の理由よ」

 その鏡の通路で歩を進めながら、ヴァンはエレインからそう説明された。

「お前、ミシュラムに来たことがあったのか」

「ないわよ。誰かさんのせいで」

 まずい。下手に話題を振ると、カウンターで刺されてしまう。ここはあえて流すのが正解だ。

「その割には詳しいじゃねえか」

「普通よ。パンフレットで読んだ程度の情報を知っているだけだし」

 そうは言うものの、暗記しているのかと思うほど滑らかな語り口調だったが。

 リゼットからヴァンに通信が入ったのは、五分ほど前になる。

 ホラーコースターでみっしぃを捕捉したが、結局はコースターで追いつけずに見失ってしまったらしい。だが複数の目撃情報から、次に向かうであろう場所のおおよその範囲は絞ることができた。

 それがこの鏡の城というわけだ。そしてここに一早くたどり着いたのが、ヴァンとエレインのチームだった。

「そういえば主格者の望みに心当たりがあるって言ってたよな。まだ確信は持てないのか?」

「いいえ。もう確信は持ったわ。さっきリゼットさんとエリゼさんが見たみっしぃは、上着を着ていたそうね」

「ああ、そう聞いてる」

「そして主格者であるティオさんは、みっしぃ愛がとても強い人だとか」

「それはアルゼイドも言っていたな。ファンとかマニアを超えて、スペシャリストと呼んでも過言じゃないらしいが」

「なら結論は一つ。ティオさんは《長靴をはいたみっしぃ》を見てしまったのよ」

「聞き覚えがあるな。ちょっと前に劇場公開された映画のタイトルだったか?」

 カルバードは映画文化が盛んだ。

 俺は映画を見る方だ。《ゴールデンブラッド》に《狼たちの鎮魂歌》なんかの有名どころは押さえているし、個人的には《パーフェクト・ドライバー2》をおすすめしたい。しかし《長靴をはいたみっしぃ》は子供向けだろうと思って見ていなかった。

「それに何か問題があんのか。どんなストーリーなんだ?」

「私もそんなに詳しくないけど――」

 そう前置きして、エレインは語った。

「主人公のコナーって男の子がいてね。彼は貧しい家の生まれだった。ある日、奮発したコナーの父親が彼をクロスベルに連れていくところから物語は始まるの。そこでコナーはみっしぃのぬいぐるみを買ってもらった。それはもう大喜びでね、とても微笑ましいシーンだったわ。小さな旅行を終えて、自宅に戻った夜。不思議なことにそのみっしぃは自我を持ち、コナーに話しかけてきた。そういうの良いわよね、夢があって。みっしぃは言ったわ、『ボクの夢は人間になること』って。その為には人間の服を着なければいけない。でも服を集めるには人間の願いを叶える必要がある。ここまで言えばわかるわよね? そう、みっしぃはコナーの願いを叶え、コナーはみっしぃに服を与えるようになった。けどここからよ。あとは長靴を残すのみとなった時、コナーはみっしぃの利用価値に気づいてしまった。どんな願いも叶えてくれるみっしぃだけど、長靴を渡してしまったら、彼は人間になってその能力を失ってしまう。だから、だからコナーは……色々な理由をつけて長靴を渡さなかった……! もうね、この辺りから私の情緒は壊れそうだった。何度スクリーンにカレイドフェンサーを叩きこもうと思ったかわからない。そしてみっしぃはついに自分が裏切られていたことに気づいてしまうの。約束を破られた怒り――いいえ、違う。それは信じていた親友の汚れた心を知ったがゆえの落胆。みっしぃは『ボクよりも人間でいる価値がない』と告げると、コナーの叫びと共に画面は暗転……。こうして映画は幕を閉じた。私はしばらく座席から立てなかった。あれほど空虚な気持ちでエンドロールを見ることは今までなかったし、これからもないでしょう。正直、どんな過酷な任務より精神を削られた。もちろんその日の内に、総監督と制作会社には直筆の抗議文を出したわよ。これは国際問題レベルの案件であると。万が一続編でも作ろうものなら、カルバード遊撃士協会の総力をもって撮影現場に介入すると――」

「わかった、もういい! やっぱお前、みっしぃ好きだろ!?」

「いいえ。普通よ」

 もう完全に視聴済みだろうが。スクリーン破壊しようとしてたじゃねえか。無関係な遊撃士協会を巻き込んでやるなよ。A級遊撃士の職権乱用とか手がつけられねえぞ。

「つまりどういうアレだ……?」

「だから、みっしぃはコナーと並んで歩きたかっただけなのよ。買ってもらった長靴をはいて……」

「映画を要約しろとは言ってねえ! それがティオ・プラトーの望みとどう繋がってくるんだって話だ」

「ここまで丁寧に説明したんだからわかるでしょう? ティオさんは映画を見て、傷ついたみっしぃに心を痛めている。だからみっしぃの心を救って欲しいと願っている。おそらく私たちが追っているみっしぃは、映画の中の長靴をもらえなかったみっしぃなのよ」

「筋はまあ、通るような……だがおかしくないか? 今のところ、カルバード組以外は七耀暦1207年から呼び込まれてる。一年前だ。《長靴をはいたみっしぃ》は上映どころか、多分撮影も始まってない。そもそもクロスベルには映画を見れる施設なんかないぜ?」

「知らないわよ、そんなこと。でも絶対そうなの」

「そこは理詰めじゃないのかよ……」

 みっしぃが絡むと、熱の入りが違い過ぎる。そうか、エレイン。まだこのマスコットのことが……。

 ピリッと空気が尖った。

 瞬間的にヴァンはスタンキャリバーを、エレインはナイトソードを抜き放ち、背後から飛びかかってきた何者かを打ち払う。

 床に転がったその襲撃者の他に、鏡の中からズズッと出てきたのは、トランプの兵隊だ。カードから足と手が伸びていて、槍を携えている。そいつらが五体。

「ファンタジーだな。こういうのは好みか?」

「普通よ」

「そこは嫌いって言ってもいいんだが……。ま、とっとと片付けようぜ」

「そうね、早くみっしぃを探したいし」

 二人同時にシャード展開。《Xipha》が光を散らし、霊子装片が円状に展開された。さらにヴァンとエレインはお互いのシャード領域を重ね合わせる。光度が増した霊子装片が、甲高く共鳴した。

 トランプ兵が突っ込んでくる。ヴァンはすかさず槍の穂先を蹴り上げた。開いた懐にエレインが飛び込み、袈裟に切り抜く。鋭い一閃が、トランプ兵の薄い胴体を両断した。

 別のトランプ兵が二体、前後に回り込んできた。ヴァンはエレインと背中合わせになって死角を消し、正面の敵は拳打で腹をぶち抜き、背後の敵はエレインが細切れトランプに変える。

「息が合うな」

「こういう時だけね」

 S.C.L.M.(スクラム)と呼ばれる《Xipha》の戦術システムだ。展開したシャード領域を触れ合わせることで、高度な連携行動を可能にする。

 第四世代から始まった《ARCUS》のリンク機能のように、阿吽の呼吸を実現するほどの意思伝達はできないが、シャードを使った様々なサポート効果を発現できるのだ。

 あっという間に五体を殲滅。しかし次から次へと鏡の中からトランプ兵が現れた。

「キリがねえな。大元を叩くか。安全地帯は俺の直上だ」

「了解。ちょっと屈みなさいよ」

 最低限の会話だけで意思をくみ取る。この辺りはS.C.L.M.ではなく、ただの幼馴染スキルだ。

 ヴァンはスタンキャリバーを床に突き立てる。同時、ヴァンの背中を蹴って、エレインが高く跳躍した。

 全方位かつ広範囲に最大出力の電撃が走る。

 エレインが着地した時には、前線に出て来たトランプ兵は全て焼け焦げ、近くの鏡も片っ端から砕け散っていた。

「追加はなさそうだ。今のうちに走り抜けるか」

「ええ。あの……一応聞くけど、重くなかったかしら……?」

 鞘に剣を収めながら、エレインが上目遣いで訊いてくる。

 そりゃまあ人間一人分が勢いよく背に乗ったんだから、重くないわけがない。だがそれを正直に言ってご機嫌を害さないわけでもない。なんで聞くんだよ、それを。

 エレインの性格は知っている。さらっとごまかせば、案外追及はされなかったりするのだ。

 ふっ、とクールに笑んでヴァンは答える。

「余裕だぜ」

「それどういう意味の? ねえ? はっきり言いなさいよ」

 めちゃくちゃ追及された。

 

 ●

 

 トランプ兵に道を阻まれるのは面倒だ。

 手あたり次第、目につく鏡を割りながら、ヴァンとエレインは上層へと続く螺旋階段を駆け上がった。

 一気に最上階に到達した二人は、眼前にそびえる大きな扉を押し開ける。

「いたわ!」

 大広間の中央に、青いドレス姿の少女が床にうなだれていた。この光景を絵画にしたら、タイトルは間違いなく《絶望》となるだろう。

 彼女こそMWLエリアを創造せし夢の主格者、クロスベル警察特務支援課のティオ・プラトーだ。

 

【挿絵表示】

 

「私では……私ではもうみっしぃを止められません。誰か……」

 か細い声。ティオが手を伸ばした先は外に通じるテラスで、そこに例のみっしぃが立っていた。なるほど、確かに上着を羽織り、ハーフパンツを腰に履き、しかし靴は履いていない。件の映画の中に登場するみっしぃであるようだった。

 エレインがティオに駆け寄る。

「大丈夫!?」

「あなたは……?」

 彼女はエレインを見た。

 ティオは人を人として認識しているタイプの主格者だ。どうやら会話も成立する。

「事情は概ね理解しているけれど、どうか確認させて。ティオさん。あなたは《長靴をはいたみっしぃ》を見たのね?」

「うっ!」

 トラウマなのか、ティオは口元に手を押し当て、何度もえづいていた。その背中をエレインは優しくさする。

「わかる、わかるわ。あれはダメよね。つらかったわよね」

「うぅ……みっしぃが映像で見れるというので楽しみにしていたんです……。コナーが色々な理由をつけて、みっしぃに長靴を渡さないあたりで、私の情緒は壊れそうでした。何度スクリーンをビームザンバーで切り裂こうと思ったかわかりません」

 思考がエレインと同じだ。最近の映画ファンは納得いかない内容だとスクリーンを破壊しにかかるのだろうか。

「お取込み中に悪いんだが、みっしぃ飛び降りようとしてるぜ?」

「えっ!?」

 足をテラスの柵にかけている。肉球がぶにっと音を立てた。

 とにもかくにも主格者(ティオ)の願いを叶えなければ、エリアの開放には至らない。しかも望みが望みだから、一度失敗したらカジノのように再チャレンジとはいかないだろう。そうなった場合、俺たちは永遠に《ロア=ヘルヘイム》に囚われてしまうんじゃないか。

 説得だ。

 ラッキーなことに、こちらにはエレインがいる。遊撃士という仕事柄、緊迫した状況での交渉を始めとしたネゴシエイト技術は習得しているはずだ。加えてこの冷静な性格。極めてロジカルに、相手の心を誘導してくれるだろう。

「エレイン、説得を頼む。なるべく相手を刺激しないように――」

「みいっ」

「え」

「しいいい――――いっ!!」

 まさかのスーパー大絶叫。

 エレインはカルバードの旧貴族の流れを汲むオークレール家の息女であり、実家の企業はゼムリア大陸でも有名な老舗の菓子メーカー《クインシーベル》を経営するクインシー社である。つまるところ正真正銘のお嬢様だ。品行方正、淑女然。

 そんなお前がそんな声を出せるのかよ。

「エ、エレイン? もう少し落ち着いてだな――」

「どうして!? どうして自分を諦めようとするの!? 確かにコナーはひどかった! でも人間すべてがそうじゃない! お願い、信じて!」

 ヴァンの言葉など微塵にも耳に入っていなかった。

 みっしぃがゆっくりとエレインに振り向く。

「ボクはもう疲れたヨ。信じるから裏切られる。コナー君のこと、友達だと思ってたのに。もう少しで人間になれたのに……」

「もう一度、もう一度だけでいい! 人を――私のことを信じて! 私は絶対にあなたを裏切らないから!」

「そういう甘い言葉はもういいヨ。人は平気な顔でウソをつくんだ。お姉さんもそうさ。どうせすぐに保身に走る。ボクを利用するだけ利用して、あとはどうせ捨てる気なんだよネ」

「そんな悲しいことを言わないで……。私はただ知って欲しいだけなの。世界にはあなたを愛している人ばかり。コナーはあれよ、ちゃんと粛清しておくから」

 逃げてくれ、コナーを演じた子役。あいつマジっぽい。役者と役を同一視するタイプだ。

「……そっか、お姉さん。優しいネ。ありがとう。少しだけ気持ちが楽になったヨ」

「みっしぃ……」

「もっと早くにお姉さんみたいな人に会えてたら良かったナ」

「えっ、やだ、待って……!」

 みっしぃはテラスから乗り出し、虚空へと身を投じた。

 声にならない声で叫んで、ティオが手を伸ばす。エレインは弾かれたように駆け出した。

「みっしぃ――――っ!」

 みっしぃを追って、エレインもテラスの外へと飛び出した。

「バ、バカ野郎! ここ何階だと思ってんだ! この世界で死んだら――」

 死んだら、どうなる? そういえば知らない。

 《幻夢の手記》が光った。

 

㊷【《ロア=ヘルヘイム》内で命を落とした場合、現実世界に帰還することなく精神は消滅し、実質的な死を迎える】

 

「どのタイミングで開示してやがんだ――っ!!」

 もっと早く教えろ。破り捨てんぞ手記てめえ。

 顔面蒼白のヴァンは急いでテラスの柵にしがみつき、下を見下ろす。

 エレインの背とくるぶし付近にシャードが展開されていた。高密度に輝く霊子装片が、さながら翼のように広がり、彼女は宙を滑空する。

 高速でみっしぃに抱き着くと、エレインはそのまま近くの尖塔へと降り立った。

「本当にボクを助けてくれたんだネ……お姉さんだって死んじゃうかもしれなかったのに……」

「私にとって、あなたを失うことは何より耐えがたいことなのよ。どこかの誰かさんのせいで、結局ミシュラムには行けないままだったけど、あなたのことを忘れたりはしなかった」

「ああ、嬉しいナ……」

 みっしぃの体が光に包まれていく。その心が救われ、スクリーンの中へと帰っていくのだろう。

「長靴」

「え?」

「とびきりおしゃれなのを探して、いつか必ず渡しに行くわ」

 触れ合う小指と肉球。それは約束の証。

「みししっ!」

 いつもの笑い声を響かせると、エレインの腕に抱かれながら、みっしぃは小さな光の粒になって消えていった。

 瞬間、滞留していた霧が渦を巻いて、どこかへと吸い込まれるようにして消え去る。

 ということは――

「あれ、ここは……あなた、誰ですか? 私なんでこんな格好を……」

 ティオが戸惑っていた。夢から覚めたばかりは記憶の混濁がある。いずれにしても開放されたのだ。彼女の望みは確かに果たされた。

「な、なんでしょう。体が勝手に?」

 ティオは大広間の奥から、大きな木箱を運んできた。城エリアを開放した時と同じ。おそらくこれは夢から目覚めた主格者から譲渡される、次のエリア攻略に関わるキーアイテムだ。

 だがその木箱を開ける前に、ヴァンは遠くの尖塔で空を見上げるエレインに叫ぶ。

「やっぱお前、みっしぃ好きだよなーっ!?」

「普通よーっ!」

 そんな声が返ってきた。

 

【挿絵表示】

 

 

 ――つづく――

 

 




9話までお付き合い頂きありがとうございます。ヴァンたちは第三エリアをどうにか攻略しましたが、まだまだこれからですね。

ところで創の軌跡のギャラリーモードにはVR機能があるのをご存じでしょうか?
全キャラの各種モーションを間近に見たり、街の雰囲気を世界の中に入って直に体感できるので、人物描写や背景描写をするにあたってとても重宝しています。
服、武器の細部、髪の結わえ方、アーツ駆動前の光陣の紋様までばっちりです。ブリオニア島の巨像を見上げるのは良い経験でした。

実際に見て初めてわかるものってありますよね。例えば、

アルティナのクラウ=ソラスの一撃は正面に立つと、まず避けられない代物でした。攻撃範囲と速度と圧がえぐすぎて、生身で戦ったら瞬殺されるとわかりました。

マキアスのメガネは実はアンダーハーフフレームで、公式でも超割れやすそうです。

リーシャは大きかったです。もちろん剣がですよ? 勘違いしないでよね。

そして今回の舞台となる鏡の城にも行ってきましたが、実際はテラスに繋がる大窓はないんです。
でもそこは夢の世界だから、多少の構造変更は許して頂きたいところ……

近々サイドシナリオ《幻夢の破鏡》がスタートとなります。解禁はもう少し先ですがサブメニューに追加されますので、こちらも合わせてお楽しみ頂ければ幸いです。
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