ブリタニアが日本に宣戦布告する一週間前、日本人の足利清十郎の姿はブリタニア帝都、ペンドラゴン大学にあった。
ブリタニアと日本との間の国際緊張が徐々に高まりつつある中でも、ブリタニア本土に日本人はわずかながらいた。その主な日本人の職業は学生。しかし足利清十郎は学生ではなかった。ある任務のため、ブリタニア帝国本土を訪れ、学生のふりをしていた。
ブリタニアと日本との関係が未だ良好な時から、一部の政府関係者の間ではブリタニアの日本侵攻がささやかれ、ブリタニアが実践で使用可能なKMFが量産されつつあるという情報を手に入れていた。
他方、日本軍部内では、ブリタニアに対して先制攻撃あるのみと主張する開戦派と、人質を理由にブリタニアは攻めてくることはないと考える中立派が対立していた。
開戦派は武田昌晃中将が率いており、中立派は片瀬帯刀少将が率いていた。当時から力をもっていた武田中将だったが、ブリタニア相手に開戦するなど日本を滅ぼすだけだとはねのけられ、上層部では中立派が殆どを占めていた。
それに加え、京都の有力者、いわゆる公家連中が、ブリタニアの邦人企業の利権を守るため、戦争断固反対姿勢をとっていたのも大きかった。
そのため片瀬少将は軍部で発言力を増していった。
それでも武田中将はブリタニアがいずれ必ず攻めてくると考え、敵のナイトメアフレームの情報を奪取するため、世界に名の知れた科学者であり、1000年に一度の天才と呼ばれたマルドル・ブラジネーゼの研究データの奪取を計画した。
マルドルは帝都にあるペンドラゴン大学の教授をしており、清十郎は学生に扮してその機会を伺っていた。
講堂でマルドル博士が授業を行うのを、退屈そうに清十郎は聞いていた。
(ったく、めんどくせぇ。俺が学生なんぞ性に合わねぇの分かってるだろうが…、あのじじぃ、わざと俺に押し付けやがったな。)
清十郎がまともに講義を聞いていないのを見つけたマルドル博士は、清十郎に声を掛けた。
「そこのあなた、普段見ない顔だけど。この大学に私の講義をまともに聞かない学生がいるとは驚きね。講義を受ける気がないなら出ていきなさい。」
マルドルに注意された清十郎は、机に脚を乗せると、マルドル博士を見下ろしていった。
「さっきからずっとあんたの授業を聞いてたが、俺は全く理解できなかったぜ?すげー博士なんだろ?だったら俺にも分かるように説明しろよ。」
「えらく挑戦的な発言をするのね。でもあなたに分からなくても、分かる人に分かればそれで構わないの。分からない人に教える時間があるならば、分かる人にその倍教える方が有意義だわ。」
「そら悪かったね。講義を受ける気もなくなっちまったし、俺は言われた通り出てくとするよ。」
清十郎が立ち上がり、講堂から出ようとすると、マルドル博士はそれを止めた。
「あなた、授業が終わったら私の研究室まできなさい。あなたのような生意気な学生には教育が必要なようね。」
「ほう、そりゃ楽しみだね。」
清十郎は再び席に座ると、マルドル博士は何事もなかったかのように講義を再開した。
そして講義が終わると、清十郎はマルドル博士の研究室に連れていかれた。
「さて、あなたはどこの誰なのかしら?あなた、ここの学生じゃないわね?どうやってこの大学の厳重な警備を潜り抜けたのかしら?」
「言い逃れする気はねぇ、単刀直入に言おうか。俺はあるじい様に頼まれてあんたの研究データを持ってくるように頼まれた清十郎ってもんだ...。これで分かるな?ナイトメアの設計データを俺によこせ。」
「あらあら、身元を自分から明かすスパイなんて、初めてだわ。」
「俺は煩わしいのは嫌いでね。脅す気もねぇが、抵抗するなら女だろうと容赦はしねぇ。」
「悪いけどあなたなんかに私の研究データを渡す訳にはいかないわ。」
「なら、仕方ないか…。」
清十郎が博士の腕を掴もうとすると、博士は素早く懐に入り、清十郎の顔に蹴りを一撃加えた。
「!?」
それを反対の手でつかんだ清十郎は、その手を離すと笑い始めた。
「てめぇ、ただの頭でっかちだと思ってたが、随分面白れぇやつじゃねぇか。」
「あら、失礼ね。私は小顔の方だと思うのだけど。」
清十郎とマルドル博士は距離をとると、今にもやり合うという時だった。研究室の外から声が聞こえてきて、誰かが入ってきた。清十郎は気を取られているマルドルの隙をついて腕を掴むと、ロッカーに引きずり込んだ。
「だぁ~かぁ~らぁ~、何度も言うけどさ、あのシステムは汎用的じゃないんだって。そもそもそんな滅茶苦茶なマシン誰が操るのさ、作ったところで扱える人間がいなければガラクタ同然なんだよ。」
「良く言うよ、元々ガラクタばっかり発明するから誰もこんなもん使えやしないって否定されてキレてたくせに。」
「あのさ、さっきから君は僕の揚げ足取りばっかり!もっと論理的な議論ができないの?言っておくけど、僕の発明はガラクタなんじゃなくて、周りの技術が僕の発明に追いついてないだけ、時代が追い付いてないだけなんだよ!」
「あー、はいはい。結局それかよ、プリン大好きプリン伯爵。毎回毎回ぷりぷり怒って、あんたと一緒に研究なんてやってられないわ!」
二人は研究室に入ってからも言い争っていたが、少しして熱が引いたのか。落ち着き始める。
「あれ、ていうかマルドル博士は?」
「まだ講義中かしら?たしか第3講堂だったかしら。」
「ま、ここで待ってても仕方ないし、こっちから行こうか、どうせちょっと質問があるだけだし。」
「あ、あのさ、ロイド...。」
「ん?」
「あんたって、人間に...、恋愛とかに興味あったりするの?」
「え?何その質問?」
「いいから...!イエスかノーで答えてよ。」
「...、ノー?」
ノーと同時にビンタが飛んできた。
「あんたに聞いたのが間違いだった!」
「はぁ?ねぇ、なんで僕ぶたれたわけ?」
「自分で考えな。」
「いやいや、理不尽にもほどがあるでしょ。」
二人は仲が良いのか悪いのか、出るときは再び険悪ム―ドになり研究室を後にした。
隠れていた二人もロッカーから外にでた。
「ったく、なんだったんだあいつらは?」
「あれは私の教え子よ。二人ともとっても優秀なの。いずれKMF研究を背負って立つことになるわ...。」
「っは、おかしなこと言うな。てめぇもまだボケるほど歳くっちゃいねぇだろ。今のKMF研究の最先端はあんただ、なのにまるで自分は第一線から退くような発言だな。」
清十郎の言葉を聞いたマルドル博士は、笑みを浮かべて言った。
「なんででしょうね、私は生きていながら死んでいるとでも言ったらいいのかしら?そうね...、こう言ったら分かりやすいかしら。心臓は動いているけど心が死んでいる。人間の身体には心という臓器はない。だから心というものは喜怒哀楽等の感情を脳が思考して生み出された産物。でも本当にそうなのかしら。私は、そんな簡単に説明できるものじゃないと思う。」
「...。」
「私は長く研究ばかりしているうちに、人の心というものが分からなくなってしまった。KMFを設計した私を財閥や貴族は1000年に一度の天才と呼んだ。でも結局は人殺しの兵器を生み出しているに過ぎない。私は最も非生産的と自分で否定的な印象を持つ戦争に使うための兵器を生み出している。」
「だったら研究なんてやめちまえ。別に好きな事をして生きりゃいいだろ。」
「それができるなら楽なんだけどね。」
「そうか、お前...。」
マルドルの苦しそうな笑顔をみて、清十郎はすべてを悟った。
「俺がてめぇの心とやらを取り戻す手伝いをしてやってもいいぞ。」
「え...?」
「だから、心がねぇてめぇに心ってのがなんなのか教えてやるっていってんだ。」
「どうして...、というより、どうやって?」
「知るかそんなもん。だがこれだけは断言できる。お前はここにいる限り一生その心とやらを手に入れる事はできないだろう。」
「...!?」
「分かったら黙って俺についてこい。」
清十郎はマルドルの腕を掴むと、研究室から連れ出した。
「ちょっと、私をここから連れ出すのは無理よ!それよりあなたが取りに来た研究データはいいの?」
「俺様を誰だと思ってやがる。ブリキ野郎になんぞ捕まる玉じゃねぇよ。それに、研究データはここにあるだろ。」
清十郎はマルドルを連れて研究室を出ようとしたが、研究室の出入り口には警備員が立っており、さらにゲートはすべて両側のオートロックだった。
「わかった、あなたの言う通りにしようじゃない。でも、正面から出るのは無理よ。この大学は外から中に入るより、中から外に出る方が大変なの。」
「だったら何か方法はないのか?」
「そうね、一つだけあるけど、あなたならもしかしたら...。」
清十郎とマルドルは研究室の地下へ向かった。地下室へのエレベーター前で警備員に止められたが、マルドル博士が清十郎を研究生と嘘をついて誤魔化した。
しかし地下に到着して巨大格納庫の前にある検問で研究生の同伴を禁止された。
「博士、この区画はレベル5です。博士以外の立ち入りは皇帝陛下以外許されておりませんので。研究生は上に帰しておきますので...な、なにを!?」
清十郎は博士を人質にとり、警備たちを脅した。
「おい、こいつの頭を吹き飛ばされたくなきゃそこをどけ。早くしろ!!」
「くそっ!変な気を起こすんじゃない!今ならまだ間に合う!」
「私は大丈夫ですから、ここを通してください。」
マルドルは冷静に兵士たちに告げた。
マルドルに従い警備の兵士たちは道をあけ、格納庫のゲートを開いた。そしてその扉を内側から閉じて制御装置を破壊した。
「あまりにも大根だったんでばれるんじゃねぇかって冷や汗かいたぜ。普通あの状況だったら泣きわめいてやめてー、だろ。」
「あなた私がそんな事する女に見えているの?」
「おっと、そうだったな…。」
二人が格納庫の通路を抜け、二重の隔壁の先に向かうとそこには、赤いナイトメアフレームがあった。それも、グラスゴーとはまったく違うオリジナルの機体だった。
「これがナイトメア…。」
清十郎はそのナイトメアを見て目を丸くしていた。
「あら、KMFを見るのは初めてかしら?」
「こいつがグラスなんとかってやつか?」
「これはグラスゴーなんて、そんなレベルの代物じゃない。これはガノンドロフ。私の最高傑作にしてCの世界へつながるゲート。」
「Cの世界?」
「私もにわかに信じられないけど、このナイトメアのスペックを利用する事でCの世界とやらに接続できるようなのだけれど、私もCの世界というものがなんなのかまでは分からない。ブリタニアの皇帝もおかしな能力とやらに陶酔しているようでは、ブリタニアが世界の支配者たる地位を失うのも時間の問題ね。」
「ま、とにもかくにも。こいつならこの大学、更にはブリタニア本土から脱出できるってのか?」
「あなたがガノンドロフを扱えたらね。」
清十郎はガノンドロフに乗り込むと、一通り操縦方法をマルドルに教えてもらった。それもものの数分ですべてを理解したと清十郎は言い放ち、半信半疑ながらも、マルドルはその言葉を信じた。
「おい、呑気にしてると入り口のやつらが仲間を引き連れてここに突入してくるぞ!」
「ちょっとだけ待ってちょうだい。」
マルドルはコンピュータからデータをコピーしてUSBを取り出すと、ガノンドロフのコックピットに向かった。
だがその時、二重の隔壁を破って警備の兵士たちが突入してきた。
「博士、一体なにを...?まさか脱走を…!」
「悪いわね、もうこんなところにいるつもりはないの。見逃しては...くれるわけないわよね。」
「博士、皇帝陛下の命です。ここで死んでいただく。」
兵士たちが博士に銃を構え、発砲した瞬間、間一髪のところでガノンドロフがシールドで銃弾を防いだ。
「ガノンドロフが...、動いている!!?」
ガノンドロフは博士を手で抱えたまま、格納庫上方に向けて近くにあったライフル型の装備を向け発砲した。
すると格納庫の天井を突き破り、大学の敷地内にあった池に穴が開いた。そしてそこからガノンドロフは飛び出した。
博士をコックピットに乗せると、凄まじい速度で上空を飛行していった。
「あの短時間で教えただけでここまで乗りこなすなんて流石大口をたたくだけあるわね。」
ガノンドロフは太平洋に向けて飛行していると、オープンチャンネルでブリタニア空軍から所属を問われた。
「こちらブリタニア空軍である。所属不明の空軍機に告げる、10分後に到着する戦闘機の誘導に従い、カリフォルニア基地に着陸せよ。繰り返す...。」
「レベル5、登録番号は00943244。確認してちょうだい。」
「...、失礼しました、確認取れましたので、どうぞ良い旅を。」
マルドルがなんとか空軍をやり過ごし、ガノンドロフはついに太平洋へ出た。
「さぁ、これでブリタニアともおさらばだ。」
「本当に、この国から出られるなんて…。」
マルドルを乗せたガノンドロフはそのまま日本に向けて太平洋を横断した。途中、マルドルは清十郎に頼み、コックピットを開けて外の空気を吸い、海風に当たった。
「どうだ、飼い主に噛みついて檻の外に出た気分は?」
「まだなんだか実感がわかないわ…。」
「いずれすぐ分かるさ。自由を手に入れたんだからな。これからは好きな事して暮らすといい...。」
「好きな事...。」
「やりたい事とかたくさんあるだろ?世界中渡り歩いた俺ですらまだまだやりたい事がたくさんあるんだ、今まで窮屈な生き方してたお前ならなおさらだろ。」
「やりたい事と言われても、生まれてから勉強と研究しかしてこなかったから、なにか興味を持てるものを見つける事から始めないと…、ってあなた、世界を渡り歩いたって、今まで何をして生きてきたの?」
「小さい頃にふと海を見て思ったのさ。この海の先に別の世界をみたいってな。それ以来ずっと世界を渡り歩いてきたが、ある時ふらっと母国に立ち寄ったら運悪く恩人に会っちまってよ…。それで今はそいつにこき使われてるって感じよ。」
「ふぅーん...。世界を渡り歩く...、か...。まぁとりあえずそれにしようかしら。」
「とりあえずってお前なぁ...。」
「ちょうどここにその世界を案内する人もいるわけだし。」
「あぁ?俺は御免だぞ?」
「あら?私に人間の心を取り戻させてくれるって言ったのはどこの誰かしら?」
「ったく、抜け目のねぇ女だぜ。」
「安心して、まずはあなたの方を片付けるから。」
夜の海をガノンドロフはゆっくりと飛んで行った。その日は綺麗な月がでていて、海面に反射し、幻想的な風景が二人の前に広がっていた。
二人はこの時同じことを考えていた。この時間が少しでも長く、続けばいいのにと。
その頃、ブリタニア本土では、機密情報局が博士の研究室やガノンドロフの収容されていた地下格納庫を捜索していた。その中には、ナイトオブワン、ザクセン・ロンタリギアの姿もあり、ガノンドロフの格納庫に空いた穴を見ていた。
「ザクセン様、監視カメラ映像や警備兵の証言から、ガノンドロフを強奪した者の素性が判明しました。日本人の足利清十郎という者です。」
「足利清十郎…。」
「ブリタニア空軍によると、カリフォルニアから太平洋に向かっていくレベル5の権限を持つ航空機を通航させたと。おそらく足利清十郎なるものは日本のスパイだと思われます。」
「スパイ...。」
「それと、誘拐されたと思われていたマルドル博士ですが、警備兵の証言から、脱走する意思があったことが明らかになりました。」
「脱走...。」
「あの...ザクセン様?」
「...、ああ、すまない。少し動揺してしまってな。ガノンドロフがない以上、この研究所も放棄する。ペンドラゴン大学の学長にはマルドル博士は辞職された事とするように指示しておけ。それと、研究データは一つ残らず回収しろ。私はこの後皇帝陛下のもとへ行く。」
後日、すぐにマルドル博士が辞職したことが研究生や学生に知らされた。それはマルドル博士の弟子であり研究室生だったロイド・アスプルンドとラクシャ―タ・チャウラ―にも知らされていた。
「「博士が辞職…?」」
KMF研究開発の最前線に立っていたマルドル博士の大学からの辞職は、二人を驚愕させた。
「どう思う?博士が辞職なんて、それも突然...。」
「どう思うもなにも、池が大爆発した日から姿が見えなくなって、それから間もなくして辞職したって大学側から発表があった。こりゃぁなにかあったに違いないね。博士に連絡も繋がらないし。」
「ま、博士の事だから無事だと思うよ。私は研究があるから先に失礼するわ。」
「え...?ちょっとちょっと...博士がいないんじゃ研究もなにもできないじゃないか...。」
封鎖された研究室の目の前で立ち尽くすロイドには目もくれず、ラクシャ―タはどこかへ行ってしまった。
表では強がる二人だったが、博士がいなくなったことでかなり動揺していた。そして内心で、博士の無事を心配していた。二人にとって尊敬する師であり、姉のような存在だったマルドルを。