アングルナージュの海流   作:凍り灯

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海だ。
暗い海が広がっている。

それは広大で深く、深く…全てを受け入れた。
底へ底へと溜まっていく。底さえ見えずにただそこへ。












『海と海流』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グルグルグルグル

 

 

目が覚める。

柔らかな草の絨毯(じゅうたん)にうつ伏せで倒れていた"彼"は、まるで朝早くに起きたかのような倦怠感(けんたいかん)を引きずって身体をゆったりと起こす。

 

両の手で支えて起き上がろうとすれば、どうにも地面が柔から過ぎて起き辛い。ふかふかのベッドでもここまでは柔らかくないだろうなと彼は思った。

 

 

グルグルグルギィ

 

 

ふわふわと安定しない足場で何とか立ち上がり、欠伸を一つ。ついでに両腕を大きく頭上へと伸ばす少年。溢れそうな寝起きの涙を拭おうとしてガツン。そこでようやく少年は違和感に気が付いた。

 

手が痛い。それはいい。そんなことよりも、そのぶつかった"もの"が問題なのだ。

 

寝ぼけてるのかな、そんな可能性に希望を見出しつつ頭を触れば硬質な感触。ザラザラしているわけでもなく、だからと言ってツルツルでもない。形状は流線形で顔の正面に伸びているか。鳥のクチバシのようにも思える。握りこぶしで軽く叩けばコツンと気持ちの良い音。

 

何製かはわからないが、薄いわりには硬そうだ。生憎と鏡が無いので少年は自身の頭の現状を(うかが)い知ることは無かったが、すっぽりと(おお)いかぶさっていることだけはわかった。

 

しかしそんな状態でも視界不良に(おちい)ることは無く、よく前が見える。頭のバランスが取れないと言うこともない。まるで元からこうであったかのような、そんな感覚。だが少年の記憶が正しければ、元は少なくともまともな人間の形をしていたはずだ。

 

 

グルグルギィギィ

 

 

おや?

と少年は思う。"ここ"にいるということに然程違和感を感じていなかったが、思えばどこなのだろうか?そもそも、"ここ"にいる前はどうしていたのだろうか。それが思い出せなかった。頭をポンポン慣らして座禅を組んでも何も思い出せない。木魚として使うには少し中身が詰まり過ぎだろう。当たり前だが。

 

少年は困った。困ったが、大して困ってはいなかった。それなりに大事であるはずなのに、「雨予報なのに傘を忘れてしまった」程度でしかなかったのだ。せいぜいが小雨程度の。

 

であれば今は気にしても仕方あるまい。

少年は一人勝手に納得し、取り合えずここがどこなのか知ることを先決とした。

 

見渡せば草原。足元と同じかなりソフトな地面が続いているように思う。遠くで青く茂った木々が見え、それが周囲をぐるりと囲んでいるだろうか。

 

ふと気が付けば足元に白くて卵形の―――いや、これはまさに卵だ。ダチョウの卵よりも、大きい卵。

 

つい、少年は物珍しさからかしゃがんで観察を始めた。胡坐(あぐら)をかいた足の上にまでそっと持ち上げて置き、ペタペタと触れている。肌ざわりが気に入ったのか、そうやっていつまでも感触を楽しんでいた。

何でこんなものがあるのだろうか。どんな生き物の卵だろうか。雛はきっとふわふわなんだろうなぁと想像を(ふく)らませている少年。

その耳に、重そうな足音が。次いで騒ぐような子供の声が飛び込んでくる。

 

少年はその音を聞いて思わず立ち上がる。

 

ここがどこなのか、そんなことを足音の主に聞こうという考えは少年にはなかったようだ。どころか、慌てて見つからないようにと近くの茂みへ走り出した。後ろめたい事でもあるかのように。

 

柔らかすぎる地面に足を取られつつ転がり込んだと同時に、遠くの木々の間から赤いシルエットが見える。

巨大だ。

4~5メートルはありそうな巨体、何よりそれは人型などではなく恐竜のような形をしていた。全体的にずんぐりしており素早そうには見えないが、力は強そうに見える。

 

どこからどう見ても危険な生物にしか見えない。口を開ければ少年なんて一口で丸のみにされてしまいそうだし、手入れされているかのような綺麗な爪は凶器以外の何物でもない。

…それでもどこか愛嬌(あいきょう)を感じられるのはその目、そして表情のせいだろう。

 

足元に群がる小さな生き物たち。30センチもないだろうそれらはまるで幼児のような声を上げ、事実子供がじゃれつくようにその恐竜のような赤いデジモンに登ろうとしている。

失敗しては転がり落ち、柔らかい芝をぽよんと跳ねる。その繰り返しだ。

その様子をただ穏やかに、愛おしそうに赤い恐竜型デジモンが見ているのだ。

 

 

グルグルギィグル

 

 

()()()()

 

 

少年は自身がそれを「デジモン」と認識していることに驚こうとして―――――何を当たり前のことを、と数瞬前の自分をバカにして見せた。

 

きっと寝ぼけていたのだろう、デジモンを忘れるなんて。あのデジモンの名前は分からないが。

(しげ)みの中で一人音もたてずに納得した少年はその一団を観察する。

簡単に表すならばあの関係は保育士と園児だ。話している言葉も理解できるから、その認識で間違いないだろうと思う。

 

時間は既に昼を過ぎ、夕方に差し掛かろうとしていた。

飽きもせず、微動だにせずに観察をしていた少年は、自身の腕が震えたことでようやく思い出す。最初抱えていたデジタマがまだ腕の中にあったままだったということに。

 

それから間もなくして変化は起きた。

 

ピシリ、とデジタマに(ひび)が入ったのだ。

その音に気が付いた少年は顔を下に向ける…自身の頭の被り物のような"何か"がクチバシのように顔より前方にぐいっと伸びていることを忘れて。

 

パキャ!と子気味良い音が響く。

 

クチバシみたいなものの先端がデジタマにぶつかりその頂点をへこます。これには流石に少年も慌てて茂みを抜け出し、デジタマの状態が良く見える日の光の下へと急いだ。

頂点がへこんだデジタマはそこを中心に罅が縦に走っていく。止められない。どうしよう!?

 

慌てる少年は気付かない。自分を覆う影があることに。いっぱいいっぱいだったのだ。

 

 

「そのまま動かずに」

 

ピクリ、と少年は背後からかけられた声に動きを止める。近すぎる。

 

「なになに?」「だーれ?」「あ!生まれそう!」「ほんと!?」「ほんとだ!」「ほんと!!」

 

次々と聞こえる声は少年には聞こえない。冷や汗をかいたままゆっくりと振り返れば先程まで遠くにいたはずの恐竜型のデジモン。近くで見れば尚大きく見えるその巨体を屈めて、少年の顔のすぐ横まで顔を降ろしているではないか。大きな目と少年の目が合う。

 

「いいですか、落とさないようにして下さい。地面が柔らかいとは言え、殻の破片が刺さることもあります」

 

黙って少年は頷くことしか出来なかった。

止めていた呼吸をゆっくりと再会し、腕の中のデジタマの動きに注意しながらも目の前の赤いデジモンへの注意もやめない。いいじゃないか、()()を使ってしまえば。みんな、僕の思いのままだ。そんな言葉が浮かんで来て―――――

 

 

グルギィ…ギギ…ギィ―――――

 

 

ついに殻を破って顔を出したデジモンにそれらを吹き飛ばされた。

 

 

水色の、スライム状のデジモン。

 

 

どこかプランクトンを思わせるような形状。頭の2本の触覚のような器官に、短い両手があるのがわかる。足はない。

生まれたばかりの、赤い目が少年を見つめる。

 

(さわ)ぐ小さなデジモンたちの声は相変わらず右から左に流れる中、赤い目はじっとこちらを眺めていた。

赤い恐竜型デジモンが、そんな少年と産まれたてのデジモンを見てこう言う。

 

「"ピチモン"ですね。あなたは…気に入られたようですね?」

 

え、そうなの?

 

初めての経験が押し寄せてパンク気味の頭ではそれに答えることは出来なかった。というより、直後に(あご)をアッパーするように首辺りに突撃して来たスライムみたいなデジモンのせいで返事を返せなくなった。

ぐぇ、なんて(うめ)き声を出しつつも、もちっとした柔らかい感覚が喉元に押し付けられるのを感じながら、そっと下から抱えるようにを優しく撫でてみた。見た目よりも、ずっと温かく、肌に張り付くようなしっとりとした感覚だ。あぁいや、この湿り気は生まれたばかりだからか。

 

喉元(のどもと)に絡みつくこの姿勢はただただ辛い。しかし…正直後ろに控える恐竜型のデジモンが恐ろしくて引き離す事は少年の選択肢にないのだ。プレッシャーを感じるなと言う方が無理がある。

 

顎を押し上げられていることで上を向かざるを得ないため、現実逃避と頭の整理を兼ねて夕暮れ時の空を見やる。

美しきかな。

明日も再びこの夕日を拝むためにも、少年は今、必死に言い訳を考えている。自身のことすらよく覚えていないが、それでもやらなくてはいけない。大丈夫、きっとできるさ。

 

「では少しあちらでお話をしましょうか」

 

Merde(メ-ルド)!ダメかもしれない。

思わず頭に手をやるも、硬い流線形の頭にぶつかるのみで余計に頭の痛さを加速させる。絶対これのせいで不審人物になってるんだよ、と。

 

そんな気も知らずにスライム状の―――――ピチモンはじゃれつくように首から頭の上へと登ってキャッキャと騒ぐ。

足元の幼年期のデジモンたちが新たなる誕生を祝福するために口から泡を飛ばし、泡の表面、半透明の虹色が少年とデジモンの周囲をグルりと回って吹き上がっていった。

 

夕暮れの赤い光を写し込み、グルグル回る。

 

 

グルグルグルグル

 

 

―――まぁ、なるようになる…のかなぁ?

 

 

これが"クーラン"と名付けられるデジモンと、奇妙な被り物の少年"メール"との出会い。流れ流され流してゆく彼らの誕生の一幕であった。

 

 

 

 

 

ギィ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Salut(サリュー)!久しぶりだね。少し()せたんじゃないかい?」

 

どこかの山の頂。

 

そこに建てられた古めかしい中国式の円形集合住宅。

ドーナツのように中央に庭のある、巨大な建築物だ。

 

いかにも歴史がありそうな(たたず)まいを背にしたピンクの丸いデジモンと、それらに向き合う一人と、一匹。

 

フランス語でフランクな挨拶をした、黄色く塗られた被り物をすっぽり被った少年が手をひらひらと振る。腕には茶色のウロコ状の手甲が嵌められており、一本の鎖のような意匠が手首から肘まで伸びているのが見える。

腕の動きに合わせて、紺色(こんいろ)のポンチョと、被り物に一枚だけ()い付けられた飾り羽が揺れる。

 

「最近回りが騒がしいんだっピ。…"メール"も"クーラン"も、相変わらずそのまんまっピね」

 

対するピンクのデジモン―――"ピッコロモン"は呆れたように言葉を返す。

彼の背後にある"家"の中からはデジモンたちの苦悶の声が響いていた。

…一体何が行われているのだろうか…?

 

しかし"メール"と呼ばれた少年はそれを気にした風もない。

なんてことはない、今回はいつもより声の数が多かったが、大抵誰かしらが物騒な声を響かせているのだ。ピッコロモンはデジモンたちを弟子にとって日々心身ともに鍛えており、その断末魔がこれだ。だから全く問題が無い。

 

「変わりのないことはいいことでしょ?―――――ほら、君の弟子からの手紙だよ…ねぇ、なんて書いてある?」

「プライバシーもへったくれもないっピね…どうやらあの馬鹿弟子は"ドットボム"まで習得したみたいっピね」

「"バイト(byte)ボム"じゃないんだ」

語呂(ごろ)の問題だっピ!」

「そりゃぁ死活問題だ。納得したよ」

 

そんな気やすい会話を、背後に控えていたデジモンがその長い身体を(わず)かに振るわせて欠伸をかきながら聞いている。

 

どうにもこのデジモン―――"クーラン"と名付けられた"シードラモン"は世間話に興味はないらしい。

終わったら呼んでくれと言わんばかりに蜷局(とぐろ)を巻き、目を閉じてしまった。

 

一応寝たわけではないのだが、これには少年メールも溜息を一つ()く。

どうにも、自分の悪いところ(マイペース)まで似てしまったなぁとメールは思っていた。思っただけで直すつもりなどさらさらないようだが。

 

「幸せが逃げるっピよ」

 

ピッコロモンが指摘する。

 

「皆のために幸せを振りまいてるんだよ」

 

メールはそんなことを言ったが…

 

「気色悪いっピね」

「ひどいなぁ」

 

これが彼らの関係だった。

今現在多くの弟子を秘境にて抱えるピッコロモンと、クーランと名付けられたシードラモンと共に旅をするメールは気兼ねなく喋れる友人同士なのだ。

メールの恰好が怪しいと言うのは今は昔、それだけの年月を過ごしていた。

 

「…そういえば知ってるっピか」

「何をだい?」

「大陸の北、ユキダルモンの集落があるのは知ってるっピね?その集落の外れ、データの吹き溜まりに茶色いユキダルモンがいるそうっピよ」

 

それを聞いて、メールの目の色が変わるのをピッコロモンは確認した。

 

「へぇ、確かにそっちにはまだ行ってなかったかなぁ…せっかくだから次はそこを目指してみるよ。クーラン、寒い所平気だっけ」

「クァァァ」

 

シードラモンことクーランの返事は一つの欠伸だった。

しかしそれでもメールは理解できたようだ。

 

「まぁ得意分野だよな、そういう攻撃あるし…ピッコロモン、そっち方面に出す手紙とかある?」

「今回はないっピね。流石に寒冷エリアに住む弟子は来たことないっピ」

「だよね」

「―――――待つっピ。しばらくは奥の部屋を貸してやるから修行の手伝いをして欲しいっピ」

 

今にも(きびす)を返して出ていこうとするメールを、ピッコロモンは先んじて制す。

 

「ありゃ、ボクが必要とは思えないけどね」

「アホ言うなっピ。せっかく来たんだからクーランの調子も確認したいっピ。それと弟子にも外部からの刺激が必要だっピ…断るわけないっピよね?」

「当然。断る理由はないよ。弟子たちだって気にしてはいるんだよ?」

「いいからさっさと来るっピ。引っ張らなきゃいつ飛び出すかわかったもんじゃないんだっピ」

「信頼されてるなぁ…大当たりだよ」

 

ピッコロモンはそんなメールの言葉を無視して"フェアリーテイル"と呼ばれる槍で黄色い被り物をぶん殴った。

カコーン、といい音が響き渡る。「イタイ!流石にひどくない!?」もう一撃入れられたことで、ようやくメールは大人しく家に入ることにしたようだ。

 

背後では突然の快音に驚いたクーランが片目を開けたが、状況を見てすぐにまた目を閉じた。いつも通りいつも通り。

 

 

 

この後すぐにクーランは「いつまで寝てるっピ!」と頭部の黄色いアーマーを叩かれ、メールと同じような快音を響き渡らせることになる。

いつの間にこうまでふてぶてしくなってしまったのかと(なげ)くピッコロモンと、自分のことを棚に上げ隣で大袈裟なジェスチャーで嘆いたふりをしたメールがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が落ち昇り、それを三回ほど繰り返した頃。

彼らは再び巨大な家の正面に集まっていた。ピッコロモンの顔色はどこか良くなってるように見える。

 

相変わらず苦悶(くもん)の声が家から聞こえてくるが、その数は心なしか少ない―――――最も、それはメールたちによってしばらく動けないくらい叩きのめされた弟子たちが多いからなのだが。

 

「いや世話になったよ、ありがとう」

 

いまだに世界がぐるぐる回る視界を残しながらメールが言う。

ついさっき、ここに来るまでにも余計な事を言って一発二発引っ叩かれたばかりの彼の言葉は頼りない。

 

クーランはこの数日でピッコロモンの恐ろしさを思い出したのか、「鎌首をもたげる」というよりは「電柱か何かが立っている」と見間違えそうな程に垂直に真っ直ぐ伸びる綺麗すぎて不自然な姿勢になっていた。

 

メールはその胴体をぺしりと叩いて緊張を解かせる。

 

いつも通りの体勢になったクーランは、そそくさとメールの後ろへと隠し切れない身体を隠そうとしている。

寄せてきた顔を落ち着かせるように撫で、その甘える姿を見てピッコロモンは視線を厳しくする。

 

クーランはまた青い電柱になった。

 

「これに()りたら」

 

ピッコロモンは視線をメールへと戻す。

 

「もっとしっかりと(しつ)けるっピ」

「ペットか何かと勘違いしてないかい?」

「ペットであろうと友人であろうと…家族であろうとやらねばならないこともあるっピ」

「耳が痛いなぁ」

 

反省の色が見えないメールはもう頭を一叩きされ本当に耳が痛くなった。

背の高い青い電柱の横に小さな紺色の電柱が増える。

 

「一つ忠告っピ」

「わお。まだボクらを痛めつけるつもりかい」

 

喋る紺色の電柱を無視してピッコロモンは続ける。

 

「"管理者"に目を付けられてるっピよ」

「知ってる」

 

事も無げに返すメールをピッコロモンは胡散臭(うさんくさ)そうな目で見やるも、また構わずに続けた。

 

「腐れ縁のよしみだからこそ教えるっピね。何が琴線(ことせん)に触れたか分からないっピが、そういう"流れ"があることを忘れないことだっピ…家でも見つけてどこかに留まればまた話が変わりそうなものだというのにっピ」

「流るまま、止まれない。干上がらせない限りはね」

「干上がる?何がだっピ」

「さぁ?…まるで知らない世界に入ったかのような、初めて家の外に飛び出したかのような衝動、好奇心の奔流(ほんりゅう)が収まらないんだよ。だから流れるんだ、最後の一滴までね。()()()()にはまだ早い」

「どうしようもない、生粋(きっすい)の大馬鹿もんだっピね」

「あはは、そうなのさ、実はね」

 

メールはその視線を一度地面へと下げ、すぐに戻した。

 

「悪いね」

「郵便代の代わりだっピよ。ギブアンドテイクっピ」

「ならいいか―――――今後とも"クーラン・メール"をよろしく!」

 

余計な言葉を交わす必要はないということを彼らは知っている。

メールは紺色のポンチョを気取った風にバサリと(ひるがえ)し、クーランの背へと回った。

メールが馬で言う"(くら)"にあたる乗り場に(またが)る。彼が乗るために巻き付けたそれもまたどこから調達したのか革で作られた馬具…海竜具?である。

 

…クーランと呼ばれるシードラモンを見れば胴体の頭部に近い位置に革製のベルトによってさまざまな種類のバッグが括りつけられていた。

ボストンバッグ、メッセンジャーバッグ、ダレスバッグにトートバッグ、果てはレザートランクまで。

 

メールが旅先で拾い集めた物であり、同時にこなしている仕事―――と言っても趣味のようなものだが―――のための必需品(ひつじゅひん)だった。

"クーラン・メール"とは彼らが自称する、デジタルワールドには数少ない郵便サービスなのだ。尚、お届け日時の希望は受け付けられていない。下手すれば一年は届かなかったりする。とんだ郵便屋である。

 

「本当に届ける物はないのかい?」

「しつこいっピね。毎度毎度あるわけでもないっピ」

 

それもそうか。と呟いたメールはクーランの胴体を一撫でして合図を出した。

クーランがまるで水の中を泳ぐように飛び上がる。

 

Bonne(ボンヌ) chance(シャンス)!早めにまた顔を出すよ!」

「凍死しないことだけは祈ってやるっピ」

「ピッコロモンも!過労死しないように気を付けるっぴ!」

「……………ビットボム!!!」

「やべ。クーラン急げ!」

 

泳ぐ海竜の上に、その海竜と似た被り物をしたメールと、それを追う。悪魔をデフォルメしたような爆弾。

喰らえば致命傷になりかねない攻撃で彼らを見送ったピッコロモンに、メールは見えるはずのない顔で笑いかけ、高く昇っていく。

 

爆弾は彼らには届かず、やがてゆるゆると落ちていきピッコロモンの手に収まった。当然、当てるつもりなどない。

 

溜息を吐き、ピッコロモンは小さく笑いながら見上げる。

シードラモンのクーランに乗ったメールの姿は、遠くから見ればまさにシードラモンを擬人化したかのような出で立ちだった。

よくみればその形状は違うのだが、同じ色のせいでそうにしか見えないのだ。

 

 

 

その被り物の隙間から垂らした白い髪の毛を太陽に透かしながら、彼らはピッコロモンの住処を隠している結界を抜け、その姿を消した。

 

結界をすり抜けたメールはクーランの胴体に腹ばいになって簡易的な革のハンドルを掴む。これもまた、メールが取り付けたものだ。メールがぴったりと密着したことを確認したクーランは速度を上げる。

優雅に泳ぐのではなく、逆流を突き上げ逆らうような力強い泳ぎ。

 

慣れ切っているメールは流線形の被り物が風を受け流すピューという高音を聞きながら呟く。

 

「楽しみだなぁクーラン?ふふ…楽しみだね。この(さが)は変えられない。ははは、まぁ急がず行こうよ。いつだって未知は既知の中からひょっこり顔を出すものなんだから。見逃しちゃいけないよ?ゆるりと行こう、それがボクらにとってベストなんだからね…見逃しちゃいけないよ?」

 

クーランはそれが聞こえていたのか、ピッコロモンの元にいた時とは違う勇ましい鳴き声を張り上げ返事とした。

彼もまた、メールと同じ気持ちなのだ。

 

ずっと一緒にあり続けた一人と一匹は似た者同士。世界を回るのを止められない、それが生まれた時から定められた性なのだと言うように、この愛すべき世界を回るのだ。

 

回る回る。海竜は今日も世界を回り泳ぐ。

 

 

グルグルグルグル

 

 

 

 

 









始めに。
拙い作品を読んでいただいてありがとうございます。
今作は初代「デジモンアドベンチャー」の二次創作なのでtriとは無関係になりますのでご注意ください。

また、作者はアニメのアドベンチャーと02しか知らないスーパーニワカ人なのでご注意ください。
ドラマCDと小説版などwikiで知った程度しかわからないのですが、一部設定に反映しております。基本的に初代と02を見てれば分かるようにやるつもりですが、例外はありますので悪しからず。

そして独自設定と解釈が濃ゆいのでお気を付けください。
だからと言って言葉の投石をされるともれなく死にますのでやめておいた方が身のためだぞ。おやめください。

Salut【サリュー】:フランス語でやぁ!という意味。
Merde【メールド】:フランス語で畜生!ようはShit!と同じ意味のスラング。


パッと描いたやつですけど主人公たちのイメージです。

【挿絵表示】


■メール
シードラモンのアーマーのような黄色く塗られた被り物を被った少年。
"クーラン・メール"という個人事業の郵便屋を趣味で(いとな)む。
内にある性に忠実に生きており、それでも気遣いが出来るのは育ての母が優秀だったからか。

■クーラン
カバンなどを身に着けている以外は見た目は普通のシードラモン。成熟期。
メールと共に仕事と趣味を兼ねつつ世界を回っている。
手紙を出したければ空を見上げればいいと、多くのデジモンが知っている。

■ティラノモン
デジモンの死後、デジタマとして再生する場所である"はじまりの街"を管理するデジモン。成熟期。今作オリジナルキャラ。
長い間この任を続けている。
メールとクーランの育ての母。

■ピッコロモン
かわいらしい見た目と裏腹に完全体のデジモン。
結界の張られた、外部と隔絶された空間に居を構え弟子を鍛えている。
メールの飾り羽はその昔ピッコロモンが自らの羽を与えたもの。

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