アングルナージュの海流   作:凍り灯

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ゆるゆると流れる。
ゆっくり流され、(ただよ)い、散り散りに。

その流れをただ僕は見ていた。

やがて海はひとすくいだけ両の手で持ち上げられ、指の隙間から溢れた海を置き去りにどこかへ流されていった。















「クーラン」
「クアァ?」
「街がある、ほら」

黄色い被り物を被った奇妙な恰好のメールが、クーランの上から進行方向とは別の方向を指差す。
空を飛ぶクーランが目を細めて見たのは、背の高いビルが所狭しと並ぶ、だが高さに対しては規模の小さな街だった。












『ガードロモンの街』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止マレ」

Salut(サリュー)、こっちも聞きたいことがあったんだ」

 

ゆっくりと街の入り口と思わしき場所へと降下してきたメールとクーラン。

その一人と一匹を呼び止める一匹のデジモン。名を"ガードロモン"と言う。ロボット型のずんぐりとしたデジモンで、全身が茶色なのが特徴的だ。

 

今、メールたちはそのガードロモンたちにより進路を塞がれている。街の入り口であるここはさながら検問所のようであった。

ガードロモンたちを後ろに控えさせた、一匹のガードロモンが前へ進み出てくる。見た目に違いはないが検問所の代表格だろうか?

 

「何ヲ目的ニココヘ来タ」

「目的はないかなぁ。強いて言うなあば観光?」

「クァア」

 

さっぱりとした物言い。それを黄色いシードラモンのアーマーのような被り物をした少年が言う。紺色のポンチョや灰黒いズボンと相まって怪しさは抜群だろう。表情すら(うかが)い知ることは出来ない。

…と言っても、ここでは表情がわからないのはお互い様である。

 

怪しい風貌(ふうぼう)と適当な返答に対してもガードロモンの視線は微動だにせず、メールにも何を考えているのかは読み取ることが出来ない。そのガードロモンからの返答はやはり見た目通りに鰾膠(にべ)も無いものだった。

 

「コノ街ヘ入ル事ハ許可出来ナイ」

「それはまた何で?」

「守ルベキ物ガアルカラダ」

「守るべき物?」

 

そういうこと言わなければ興味を持つこともないのに。

メールはガードロモンの答えを聞いたせいで余計に街の中が気になってしまった。

メールがワクワクし出したのを感じ取ったクーランは、メールが余計な事を言って相手を怒らせないだろうか?と少し心配になった。それでも止める気はないようだ。

 

「何を守ってるんだい?」

 

門番っぽいデジモンに良くそんなこと聞けるな?と呆れ半分でクーランは感心する。

そして少しだけ警戒度を上げた。これが災いしていざこざが起こらないとも限らないからだ。

 

そんな無遠慮な言葉を投げかけたメールも実は答えを聞けるとは思っていなかった。

ただ興味心から、あわよくば聞けたらいいなと思ったが故の質問だったのだが、これは予想外の事態へと転がる。

 

「………………」

「あれ?」

 

相変わらず微動だにしないが、それでも不自然な間があった。

…いやもしかして?そう思い始めたメールを他所に、そのガードロモンは後ろに控えていたガードロモンへと振り向き問いかける。

 

「何ヲ守ッテイルンダ?」

「待テ、今聞イテミヨウ」

 

そのガードロモンはさらに後ろに控えていたガードロモンへと振り向き問いかける。

 

「何ヲ守ッテイルンダ?」

「待テ、今聞イテミヨウ」

 

そのガードロモンは後ろに控えていたガードロモンへと振り向き問いかける。

 

「何ヲ守ッテイルンダ?」

「待テ、今聞イテミヨウ」

 

そのガードロモンは後ろに控えていたガードロモンへと振り向き問いかける。

 

「何ヲ守ッテイルンダ?」

「待テ、今聞イテミヨウ」

「待って待って待ってARRÊT(アレィ)!」

 

妙なことになった。メールとクーランが内心思ったことはこれに尽きる。

静止させたにも関わらず、その繰り返される全く同じやり取りは止まらなかったが、メールと話していたガードロモンは振り向いて反応を示す。

 

「ねぇ、もしかして誰も知らないのかい?」

「ソンナ事ハナイ。我々ハ守ッテイルノダ」

「あぁうん、そうだね。悪かったよ」

(じき)ニワカル…待ッテイロ」

「え、待たなくちゃだめかい?せっかくだから街の中で―――「待ッテイロ」―――わかったって、悪かったよ」

「クォゥゥゥ…」

 

伝言ゲームのように、しかし一言一句間違いない言葉が街の方へとゆっくり進んでいき、やがて聞こえなくなる程に奥へと続いていった。ひどくシュールな光景だったがメールもクーランも茶化すことはしない。なんかもっとややこしくなりそうだったからだ。

 

しかしいつまで立っても答えは返ってこない。

やがて最初に対応したガードロモンを残して皆街の中へ戻っていった。その様子から少なくともメールたちは危険な敵と見なされてはいないようだ。

 

「………」

「………」

「………」

 

ガードロモンは動かない。メールたちも待っていろと言われて了承した手前、動くわけにもいかない。

メールは置物と化したガードロモンのことは一旦忘れ、クーランに(くく)りつけているカバンの一つから本を取り出して立ったまま読み始める。クーランはその本を後ろから(のぞ)き込んで一緒に眺めていた。それは様々な場所の風景写真を集めた写真集か何かのようだ。

ガードロモンはやっぱり少しも動かない。

 

「………」

「………」

「………」

 

「クァァァァ………」

「…ねぇ」

「ナンダ」

 

クーランが大きなあくびをした時、メールはガードロモンに話しかける。写真集から視線を上げたメールは真剣な声色で言った。

 

「本当に守るべき物がここにはあるの?」

 

その問いは、この街の核心に触れるもの。

 

 

『ガードロモンの街』

 

 

ガードロモンが何かを守っている街なのか、そもそもそんなものはなく、ここはガードロモンだけが住まう街なのか。

メールにとってはその答えはどちらでも良い。この世界は()()()()()()が多いと知っているからだ。

 

だが彼らガードロモンにとっては?メールの興味があるところはそこだ。

 

「ワカラナイ」

「わからない、ね…」

 

メールが予想していた答えは「そんなことは関係ない」或いは「お前には関係ない」あたりの言葉であったがそれは外れる。

 

―――――デジタルワールドには意味もなく存在するものが多くある。巨大な植物、逆さまに建てられた建物、渦を巻き吹き上がる湖。そう、それらがそこにある意味など無いのだ。この世界は()()()()()()だ。

メールはこの街も、いやガードロモンに刻み込まれているであろう「命令」こそがそれだと思っている。

 

"そうプログラムされているから守る。守るものがなんであれ、それでいいのだ"

…そう考えていると思っていた。

 

だからこそ興味深かった。

それは眠たそうにしているクーランも同じだったのか、不思議そうな顔を目の前のガードロモンへと向ける。

一人と一匹に見つめられるガードロモンは無機質な目を向けて返すばかり。

 

「…ワカラナイ」

「なんで分からないんだい?」

「"ナンデ"?」

「そう。なんで誰も知らないんだろう」

「ソレハ…ソレハ…ナゼ?」

「うーん。聞いてるのはこっちなんだけどね」

 

メールは思わず苦笑いを一つ。

 

「答えなんてないのかもね」

「ナイノカ」

「ただの推測だよ?求めても見つからないこともある。延々と質問を自分(同一体)と繰り返しても」

「ソウナノカ?」

「僕にはわからないよ?君自身でまず考えてみないと…その後は"誰か"に助けを求めてもいいかもね?探してくれる物好きはいるもんだよ?」

 

ずいっと「誰か」の部分を強調してメールは身を乗り出す…が。

 

「ダメダ。コノ街ヘ入ル事ハ許可出来ナイ」

「あぁっそぅ…まぁ気が変わったら言ってよ」

 

見た目通り頭固いなぁ、とメール。呆れたように赤い葉っぱのような尻尾の先端でメールを小突いたのはクーラン。そんな一人と一匹を見て「オ前タチハ」と口を開いたのはガードロモン。

再びガードロモンへと視線が集まる。

 

「ナゼ街ヘ入リタイノダ」

「入りたいから」

 

無機質ながらも怪訝そうな雰囲気を発したガードロモンに対してメールは続ける。

 

「言ったでしょう?観光さ。観光ってのは"楽しみのための旅"さ…元々は"普段見ないものを見て回る旅行"だったっけ?まぁそれはいいとして僕らが楽しむためにやっていることなのさ、()()はね」

「街ヲ見テ楽シイノカ」

「僕らはね?楽しみは人それぞれじゃないのかな?君はどうかな」

 

ガードロモンの無機質な目が、少しだけ揺れたのをメールは見逃さない。

 

メールは自分の事をまるで蛇だと思った。

知恵の樹の実を食べることをアダムとイブにそそのかした蛇。さもありなん。このやり取りをしているのは善意からではない…全くないとは言わないが、やはりそれよりも興味が勝っているのは否定できない。

―――――だが決してこれは悪い影響を与えているわけではなかった。

何故ならこの街の門番たるガードロモンもまた、(わず)かに疑問に思っていたことだったからだ。だからこそメールの問いに「分からない」と答えた。

 

「楽シミ、ハ、ワカラナイ…ダガ、コノママデハ良クナイ気ガスル」

「そこにずっと立ってるだけゃぁ分かるものも分からないと思うけどね」

「…街ヘ入ル事ハ許可出来ナイ」

「あー今は取り合えずいいかなぁ()()()は。流石に厳しそうだし。せっかくだからもうちょっと雑談しよっか」

 

何を話すか迷うのも一瞬のこと。

 

メールは旅で見て回ったデジタルワールドを語る。一体何に興味を持つのか探るように。

時にクーランが誇張(こちょう)表現を使ったメールを尻尾で叩きつけつつ、段々ギアの上がっていく熱意をガードロモンへとぶつけた。

そこにさっきまでの胡散臭さはなく、純粋な"趣味"への"熱"がある。

 

日が暮れて、月が昇り出しつつある時間帯になり、街が光を灯し始めてようやくメールはその口を閉じた。

メールは暗くなっていることに気が付くと、クーランに(くく)りつけているカバンの一つから携帯できるサイズのガス灯を取り出して火を点け、ガードロモンとの間に置く。

小さいながらも点けられたガス灯の火は明るく、大きい。

ばさり、とポンチョを下敷きにしないようにはためかせてから座り、一息ついたところで再度ガードロモンへと問いかけた。

 

「どうだった?」

「ワカラナイ」

「一言でぶった切るの止めてくれない?」

 

結構傷付くよ?そう言って頭部の黄色い被り物を困ったように撫でた。側頭部に縫い付けられた飾り羽が揺れる。

今の今までずっとメールを見下ろしていたガードロモンは、その視線を暗い空へと向けた。

 

「ワカラナイ、ガ」

 

メールが街の事を聞いた時のように、ガードロモンらしくない不自然な間が空いて。

 

「興味深イ、トハ思ウ」

「すごい気を使われてる感じがするけど…何か、気になる話でもあったかい?」

「工場ノアル都市ノ話ダ」

「あぁ、無人の工業都市の話かな」

「ソウダ」

 

ふむ、とメールは思う。

ガードロモンには「守る」という本能とも言えるプログラムがある。

それは絶対であると同時に曖昧(あいまい)で、「守る」という行為そのものが出来さえすれば対象は何でもいいのだとか。そこに善悪はない。そういうデジモンだった。

 

「守る」ことこそが絶対。しかしこのガードロモンそれが揺らいでいる…わけではなく「守る対象の存在の有無」が曖昧(あいまい)なためにこのままこの街にいていいのか疑問に思っているのだろう。

何故このガードロモンだけがこの疑問を芽生えさせるに至ったか。メールはそれを"進化の前触れ"と予想した。

 

ガードロモンの自我は薄い。だが、進化をすればその限りではない。門番という、最も多くの"外敵"と戦う立場のためにこのガードロモンは経験を積み、それによって進化の道へと踏み込んでいるのではないか?つまり進化の前段階として自我の形成が少しづつ為されていたのだと考えた。

 

メールは笑う。(いつく)しむように。

その顔は黄色い被り物によって見ることは叶わないが、後ろでだらりと休んでいたクーランだけはそれに気が付いた。

ガードロモンが何故その無人都市に興味を持ったかはわからない。そしてそれを知るのも()()()()。自身が知るために問い詰めることは、ガードロモン自身にも答えを与えてしまうことになってしまう。それじゃダメなのだ。

 

「どうするかは君次第だ」

 

与えるのは、"きっかけ"だけでいい。

メールはガードロモンの言った先の工業都市の座標を、(ふところ)から取り出した適当な紙…書きかけの便箋(びんせん)の空白へと書き足す。そしてその部分を破り、渡すために手を伸ばした。

 

ガス灯より一歩前に出たメールの身体は背中だけが照らされ、その顔は暗がりに隠れる。そのシルエットはどこか人から外れたそれであり、ただ唯一被り物から垂れ下がった白髪だけが光を透いて輝いている。

 

「僕としては」

 

ガードロモンが手を伸ばし。

 

「君がこの小さな流れに乗ることを期待しているよ」

 

その大きく無機質な茶色の手の平に、メールは半分だけになった便箋を乗せる。

 

 

―――――メールと出会うそれ以前から既にガードロモンの目には一つの"熱"が宿っていた。

それが今、より大きくなろうとしている。

 

ガードロモンは紙切れを受け取った瞬間、身体が軽くなったかのように感じていた。

それは道を示されたためか、それとも他の理由か、それはまだ知る者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を泳ぐように飛ぶシードラモンのクーラン。その背中でくつろぐメール。仰向けに寝転がったメールは落ちる心配をしていないのか、とても自然体だ。その右手には書きかけの便箋、その破かれた残りの半分がある。

ぴらぴらと手元で遊ばせた後、メールはいつの間にか()()()()()()左手で便箋にデコピンをした。

便箋は途端に(はじ)け、その左手同様に黒い欠片を飛ばして消えてなくなった。

 

 

グルグルグルグル

 

 

左手はもう人と同じような手に戻っている。

やがて両手を後頭部に回して腕枕をし、メールは目を閉じた。

 

「誰宛てに書くつもりだったのかなぁ僕は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メールとクーランは手紙を届ける。

 

()()ガードロモンから、ガードロモンの街の新たな門番へ。

その内容はおおよそ手紙らくしくはなく、いつも違う、どこかの座標だけが書かれていた。

 

そうしてまた一匹、ガードロモンが街を後にすると言う。

けれどもたまに、離れたはずのガードロモンが戻ってくることもあるそうだ。

 

彼らの、街の行く末を、メールとクーランは知らない。だが"火"は確かに彼らが灯したものだった。

 

 

 

 

 









アダムとイブをそそのかした蛇はサタンらしいですね。
少なくともメールは後にサタン(敵対者)と解釈されることはなさそうです。
ちなみにクーランはメールが余計な事しないか心配はするけど意外とそれを楽しんでいたり。似た者同士!

ARRÊT!【アレイ】:ストップ!と同じ意味です。

■メール
手紙は届けるようになったが相変わらず街に入れて貰えない。
あんまりだ!
元ガードロモンにそのことを愚痴(ぐち)ってる。

■クーラン
元ガードロモンとは仲が良かったりする。
実はメールが街に入ってしまうと急激に街の変化が進むかもしれないから出来れば入れないで欲しいと"差出人"に頼まれている。(ゆっくりでいいと考えている)
ということに本当はメールも気が付いている…ということをクーランも理解している。

■元ガードロモン
目的地へ向かう道の途中で進化した。
手紙の書き方はまだまだなってない。
無人の工業都市をただ一匹で守っているそうだ。

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