友を欲しても、友情の結び方は流され忘れてしまった。
それでも信じたいと、その純粋な心も覆いかぶさる
多くを失い、海は困り果てた。
僕はそれを、流されながら見ることしか出来なかった。
「愛は世界ヲ救うのデすよ!」
「ほんと!?愛って最高だね!」
「愛ィィィィィィィィィッ!!」
「愛エェェエエエぃぃ!!」
「クァィィィィィィイ!!」
メールとクーランとあともう一匹のデジモンは叫んでいた。
そう、それは愛深き故に。
「言い訳があれば聞くけど?」
「クゥォゥッ!!」
メールとクーランは久々にキレ気味だった。
道端で偶然出会った"ナノモン"と仲良くなり、楽しくお茶会をしていればこっそり妙な薬を入れられてハイテンションで叫び続けることになったからだ。
今、ナノモンはそのメタリックなカプセル剤のような形状の身体を両手足共々クーランによってグルグル巻きにされている。
相手が完全体とは言え脱出は不可能。本気ならばともかく。
「素晴らしかったでしょう?」
「クーランやってよし」
「
「………………」
「ア!?その黒い手ハ多分ダメですヨ!?割と洒落にナラないデすよ!?ヨク分かりまセんが絶対にヤバいと私の本能がビシビシ言っテまスよ!?」
「…で?何でこんなことしたの?」
「クァアゥ!!」
「クーラン落ちつけ。締めすぎて喋れなくなってる」
「プハッ!いえ!いえ!貴方たちヲ害そうなどと思ってハいませン!本当でスよ!」
それはあまり疑ってはいない。せいぜいが悪戯が過ぎる程度だとはメールは思っている。今のところは。
それはそれとして何故こんなことをしたのかは、はっきりさせたかったのだ。
ナノモンは関節のない両腕をぐにゃぐにゃと曲げながら意味のなさそうな身振り手振りをする。ランプのようにぼんやり光っている片目の色がピンク色になり、そしてこう言った。
「愛の為デす!」
「………へぇ?で、その、君の言う"愛"?って言うのは?」
「勿論!ミナが幸せにナるこトです!」
幸せになることを叫ぶことは関係あるのだろうか?メールは眉を寄せる。
そもそもお茶に変な薬入れる時点で
メールが視線で続きを
「コのお茶に入レたもノは私の開発した医療ナノマシンの一つナノです!ソの効果!身体の隅々まデ害のあるデータをスキャンしテ消滅させルという素晴らしいモの!ナノマシンが体中を回るタめにその反動デ愛を叫びタくなる衝動に駆られるトイう全くデメリットとナらない副作用がアるだけナノですよ!素晴らしいデしょウ!?コれが愛ナノですよ!!ちなみにウィルス種のデジモンでモ生命維持の問題がないヨウに調整してイる最新鋭の医療ナノマシンナノですよ!?愛を叫ぶし!!愛情深キ故に!!」
そうはならないでしょ。
意味不明過ぎてメールは眉間を押さえるはめになる。被り物の上からだけど。
確かにいつもより身体が軽く感じる気はするが、ハイになる薬でそう感じている可能性が
それに愛情深くなったらこのテンションになると言うならば、ティラノモンは今頃幼いデジモンたちの鼓膜を全て潰していることだろう。メールとクーランも含めて。
結論。危険な奴か見定めよう。身体にまた悪影響が出るかもわからない現状、ワクチンを作れそうなのはナノモンだけかもしれない。最悪
どうか「悪戯好きのデジモン」だった程度で済むことを願って。
「うん、まぁ取り合えずあれだね。その愛がどんなものか気になるから同行願いたいんだけど」
「私の愛を受けタイんですか!!スバラシイ!!ならバ私はあなたの望むがマまに愛ヲ与え、マたその愛ヲ受け取りマしょう!!私たチの愛は永劫不滅デす!!!まっことスバラシイ!!!」
ぶん殴りてぇ。
だがメールは必要な事だと割り切った。クーランは「不服です」と顔に書いているがなんとか飲み込ませる。
そうしてクーランと、クーランに
「クーラン君!イつもより調子がイイでシょう!?ソれはこのナノマシンに入っていル―――――」
大きなため息が二つ。そしてそれを意に返さないデジモンが一匹。
奇妙な旅路はこうして始まった。
不味い。
状況が、ではない。味がである。
メールたちは"デジタマモン"が開いているというある移動式の屋台に立ち寄っていた。
知り合いからの紹介なのだが…
「どうかな?味の方は?」
店主であるデジタマモンが一人と二匹に問いかける。卵のような外殻から怪しく光るように覗く両目からは、その表情が
本気で言っているのだろうか?
幸いにもメールは被り物のおかげで思いっきりしかめていた顔は表に出ていない。
妙な事を言って
「あぁ店主さん。この料理おいし―――――」
「不味イ!!」
突如として叫んだのは勿論ナノモン。
メールは一瞬思考に空白が出来た。ここまでドストレートに誰かに文句を言うタイプと思ってなかったからだ。
というか愛しか言わないと思ってた。
「なんだとぅ…!?」
デジタマモンは怒り心頭。唯一卵型の外殻から飛び出している爬虫類じみたずんぐりとした両足が地面を叩く。そりゃぁ不味いのは間違いないが、こうまではっきりと言われたらそうもなる…のだが。
「ナゼ!?ナゼでスか!?」
ナノモンは…なんと泣いていた。
何故ですかと言いたかったのはメールとデジタマモンだった。クーランは巻き込まれないように少し距離を取っている。
流石のデジタマモンもドボドボに泣かれると戸惑わざるを得なかったのだろう。その隙をつくようにナノモンが畳みかける。
「ナゼ誰もアなたにコれが「不味イ」と言っテあげナかったノデすか!?」
その物言いに再びデジタマモンの怒りが沸き上がった。
「言わせておけば…!素人に何がわかる!!」
「食べる人ハみなアなたと違い素人デす!!!」
最も過ぎた。
「ソれにアなたの料理からは伝わっテくる…!愛が!!アなたの料理への愛情が!!確かに伝わっテくるのデす!!ナノに、ナノに!誰もがアなたの愛ヲ受け取るばかりデ返しはシなかった!!!不味イと!!タった一言の"愛"ヲ誰もアなたに返しテあげナかった!!!ナゼですか!!??」
ついにナノモンは泣き崩れた。膝を付き、(膝…?)両の手を地面に落として
「コの愛のナノモンが保証しマしょう!!間違いナくアなたは料理を愛していル!!ダけど、ダけれどっ!ソこには愛が足りナイのです!!アなたが受け取るべキだった愛!!愛ナノです!!厳しさと言う愛だケが足りナかったのデすっ!!…っ!ソれさえアればアなたはっ!!間違いなく誰もが認める料理人にナれていたはず…!!愛さえアれば!アなたの料理に対する愛で乗り越えていたハずナノす!!トっくの昔に!!!」
まるで自分の事のように泣き崩れるナノモンの凄まじい勢いに流されつつあったメール。
多少ドン引きしつつも驚いていた。
思ったよりまともな事言ってる…
一体どうなってしまうのか。最早観客の一人になり果てつつあったメールはデジタマモンの顔を見て息を呑む。
泣いていた。
立ちすくむ様に、止まることのない涙で床を
―――――デジタマモンは親代わりの師の下で料理の道へと進んだデジモンだった。
しかし師は同時に親であったがために指導を厳しくしきれなかった。それでもめきめきと実力を伸ばしていたのはその才能故か。だからこそ最後の最後まで必要な"愛"を与えられなかったのだ。
デジタマモンはそんな師の心の揺らぎをなんとなく感じ取っていた。
だが同時に料理を愛している。愛していたからこそ、料理こそが師の指導を"本気"にさせる手段足り得ると思い、言葉によってその疑問を指摘しなかったのだ。
親と師との間で揺れるのを知りつつも、もっと努力すれば身の入りきらない指導を止め、いつかきっと本気で自分を一人前に育ててくれると信じていた。それが余計に師の心を揺らしているとは知らずに。
やがてデジタマモンは免許皆伝を言い渡される…本気の指導をついに受けないまま。
デジタマモンは分からなかった。何故?何故?何が足りないのか?違う!足りないものが無かったのだ。彼には才能があった。あってしまった。自らで道を開けると、師に示してしまった。お互いが嚙み合わずにすれ違い、やがてデジタマモンは一つの答えに辿り着く。
―――そうだ、料理を不味くしよう。
いくら何でも、こんなことをしてしまえば師も自分にはまだ師が必要な未熟で愚かな料理人と思うはず…
デジタマモンは幾度となくそれをやろうとし…結局は出来ない日々が続いた。何故なら料理を愛しているから。それは
そうしてやっとの思いで、
その日は、師がデジタマモンのレストランで料理を食べにくる日だった。
しかし師は来なかった。
死んでいたのだ。師は高齢故に最後にデジタマモンの料理を食べようとして…辿り着くことなく
デジタマモンは目の前が真っ暗になった。
師の最後に食べてくれようとした料理を、自分は一体どうしたというのだ?
自分の事ばかり考え、その果てに何てものを食べさせようとしたのだ?
結果的にそれが師の口へ運ばれることは無かったが、その事実が余計に彼を責め立てた。愚かだ。あまりに愚かだった。
これだけで終われば彼の料理人人生はこんなちっぽけな屋台に収まることは無かっただろう。
「不味っ!何だこれ!」
デジタマモンの料理は一流だ。
手を付けずに捨てるの何て勿体ない。誰かだそう思って食べたのだろう。
不味い?
ふざけるなっ!!!
師から再び指導を受けるために、
その出来事は不問にされる。師という人間の死だけでも悲しいと言うのに、その一番弟子の愚行など、と。
愚行。
そんなことは彼が誰よりも分かっていたつもりだった。だが、それを師以外の口から聞くのだけは我慢できない。
デジタマモンは自らレストランを捨て、身一つで屋台を引きながら料理をする。
本気で、愛を込めて、丹精に丁寧に…そして最後に台無しにしてから客に料理を出すのだ。
デジタマモンのことを知っているデジモンは多い。だから彼の料理を探し求めてわざわざ食べにくる。
その相手に丹精込めた不味い料理を出す。
相手は「不味い」とは言えない。その姿勢も、腕も、何一つ落ちてはいないのだ。最後だけを除いて。
言いたくても言えない客を見て、デジタマモンは満足していた、上辺だけは。
そうだ。どんなに不味くとも、それを言っていいのは師だけなんだ………
そこには
葛藤は日常を
本当は言って欲しかったのかもしれない。「不味い」と。薄っぺらい言葉じゃダメなのだ。本気の、全力の「不味い」という言葉が。
そしてそれは今日、愛のナノモンによって受け渡される。
ナノモンの主張は全てが正しくはない。不味くしているのはわざとであるし、不味いと言われたことがないわけではない。
それでも核心をついた言葉があった。
―――――アなたが受け取るべキだった愛!!愛ナノです!!厳しさと言う愛だケが足りナかったのデすっ!!…っ!ソれさえアればアなたはっ!!―――――
―――――間違いなく
その言葉こそが、デジタマモンの心にその愛を届かせたのだ。
本気の"愛"を。
メールとクーランは本気で困惑した。
ナノモンとデジタマモンは床に
「どうすればいいかな…」
「クァオゥ…」
やがて泣き止んだ二匹は立ち上がり、愛を叫び始める。
「愛デす!!」
「愛だ!!なんだか体が軽い気がするし、今ならもっと上手い料理を作れそうだ!!」
「それも愛デすゥ!!!」
「そうか!愛かぁっ!!!」
うるせぇ。
クーランは思った。
メールはいちいち相手にしても無駄と悟って黙って座っている。その表情は黄色い被り物で全く
きっと難しい顔してるんだろうな、とクーランは考える。
もう一度料理を食えと呼び止められているのだからそうもなる。またあの不味い料理が出るかもしれないという不安はあるのだ。
…しかしその後に改めて出されたデジタマモンの料理は信じられない程に美味しかった。
それこそ、メールとクーランが常連になってしまう程に。
ナノモンはそんな一人と一匹を見て言う。
「愛は世界ヲ救うのデすよ!」
最初にハイになりながら聞いた言葉も、今では少し違って聞こえて来る。
メールもクーランも、そしてデジタマモンも、"愛"の形を一つ学んだ一日だった。
一体何の料理だったのか、それはみなさんが一番好きな料理を思い描いてください。
プロット段階ではもう少し大人しい性格だったのに作者のせいで暴走機関車と化したナノモン。
まぁいいか!
■メール
未知は好きだがキチは苦手。
ナノモンはやばい奴だが悪い奴ではないかもしれないと思い始めた。
え?まだ付いてくるの?
■クーラン
ナノモンはいい奴だとは思うけどそれはそれとしてうるさい。
まだ付いてくるの??
■ナノモン
愛の散布者、その名もナノモン。
マだまだ愛ヲ教え足りナいのデすよ!!
■デジタマモン
自責の念もあり、レストランを持つような再起はしないが、屋台を引いたまま最高の料理を食べさせて各地を回っている。
後に彼も一人の弟子を取ったとか。