アングルナージュの海流   作:凍り灯

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やがて僕は果てへ流れ付き、その"壁"を通り抜ける。

形を成していなかった"海"は土人形を作るように押し固められ、そしてそこで何も見えなくなった。



…あの海はまだ黒いだろうか?















「ありがとタマ~!」
「エエ!忘レないデ下さイ!!愛は世界ヲ救うのデすよ!」

オタマモンが仲間の元へと走る。

彼は歌が下手だったために足を引っ張りたくなく、楽団を外れて一人池のほとりで(のど)を潰さんとする勢いで練習するデジモンだった。

それを見つけたクーランがメールへと伝え、そして奴がその軽い腰をひょいと上げたのである。


愛は世界を救うのですタマ~!


オタマモンたちの素晴らしいハモリが聞こえて来る…言っている内容が"これ"でなければ。












『下水道の薄く厚い壁』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はドこへ行くノでしょウか!?イえ、イえ!ドこでも構いマせんとも!世界はドこへ行こウとも愛に溢れテいるのデすから!!」

「下水道でも?」

「下水道だロウが!!便所の底だロウが!!」

「そっか…」

 

一体このテンションはどうやって維持しているのだろうか?メールもクーランもとうの昔にほどほどで受け流すようにしていた。

"ほどほど"と言うのは、たまに至極まともな事を言ったりするからだ。

 

そういう時は真面目に聞くことにしている。それがいつか?と言うと、だいたいナノモンが人助けをする時だろう。特にデジモン同士のいざこざ、精神的な問題が出て来るとこの愛の散布者の言葉はデジモンの心を動かす。全てが上手くいくわけでもないが。

 

 

どこか歪んでいる…だがそれでもその"愛"にかける想いは間違いなく本物。それがメールの出した答えだ。

 

 

…だからそろそろどっかに行って欲しいと思っている。

疲れるのだ。言うまでもなく。たまに会う分は良いが、一緒にいるのには厳しいタイプのデジモン。

 

「デは行きましょう!サぁメール君!私の身体を(しば)っテくださイ!愛のロープで!」

「うん、誤解を招く言い方はやめてね」

「ドこに誤解がアルのです!このロープは私がクーラン君から落ちナいように気遣っての事デしょう!?ツまりそソれは愛ナノです!!」

「行くよ、クーラン。最速で」

「クゥオァ」

 

意外と上手くやれている…かもしれない一人と二匹である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「下水道!ソれは不浄の塊…ダケではアりません!!」

 

メールが下水道に来たのは配送依頼があったからだ。

大量の"おもちゃ"、それをそこにいるデジモンに届けて欲しいと言うもの。

 

場所はメールにとって関係ない。気まぐれで手紙を届けるのが主だが、こう言った配送依頼も受けることもあり、だいたいは突拍子もない場所に届けることがほとんどだ。

今更疑問に思うことすらなかった。

 

「デジモンたちの排泄排尿その他モろモろの生活排水!ソれらを流す下水道は確かに臭イ!…イやメちゃくちゃ臭いデすね!!??デもこれもマた一つの愛なんデす!!」

「それはまた何で?」

「ヨくぞ聞いてくれマしたメール君!!」

 

ぐるりと先頭を歩いていたナノモンが振り向く。メールは気にすることなく歩き、ナノモンもまた大袈裟なジェスチャーを止めることなく後ろ歩きで器用に歩き続ける。

クーランは少しでも下水道の汚れが身体が触れないように(わず)かに浮きながら移動していた。おもちゃの配送のために大きめの革のトランクケースが幾つも括りつけられており少し疲れ気味に見える。

 

目的地は、まだ見えてこない。

 

「コの下水道が無けれバどうナりますか!?」

「デジモンの匂いが今よりひどくなるだろうね」

「ソウです!!ホんとそれは私もキつい!!ダからこそコの下水道は先人たチの愛の結晶!!私たチが匂いに苦しまナいようにト()()してくレた愛ナノです!!」

「それに関しては全く異論ないかなぁ」

 

この下水道はデジタルワールド各地の便所や排水溝などから()()されたものが流れているのである。

"設定"とナノモンが言ったのはまさにその通りであり、下水道、それに付随する浄水場は他にもいくつもある。そう、()()()()()だ。如何にもデジタルワールドらしい。

 

その一つを意味あるものにした"誰か"のおかげでデジタルワールド中のトイレ事情はこのカオスの中でも清潔と言ってもいい程に保たれているのだ。

これはメールも素直に賞賛している、なんなら崇めることも出来ると思うデジモンは数多いのでは?臭いの嫌だし。トイレに神様が宿りそうだ。

 

「ソれと同時にコの不浄を生息地とするデジモンもイます!今!正に私たチが向かうお届け先の主のヨウに!!」

「あんまり頻繁(ひんぱん)に行きたい場所ではないけどね」

「ソれはほんとに!思いマスともっ!!デも愛があるんデす…!!」

 

クーランが尻尾でメールを小突く。

 

「デジモンが近づいて来てる?」

「クゥォ」

「分かった…ナノモン、念のため警戒してよ」

「愛がアれば解決しマすとも!!私に任せテください!!」

「引き際を間違いないでね」

 

ナノモンが戦う姿をメールもクーランも知らない。

少なくともクーランよりも上の完全体。進化の段階で強さを計れない時もあるが、完全体の強さの下限はそう低くないので気を抜かなければ一方的にやられることはないはずだ。

 

しかし警戒は杞憂(きゆう)だった。近づいて来たデジモンは敵ではなかったのだ。

 

「シードラモンとそれに似た頭の………クーラン・メールの方々で間違いありませんね?」

 

一人と二匹の元に姿を現したデジモン。

そのデジモンは奇妙なことに頭からすっぽりと黒いゴミ袋を被っており、目出し穴上へと飛び出した両目が唯一露出している身体の部位だ。

 

Salut(サリュー)。間違いないよ。君がお届け先の"ヌメモン"かな?」

「ええそうです。こんな所まで本当に配達して貰えるとは…深く感謝します」

「それが仕事だからね、気にしなくていいよ」

 

メールは相手が紳士的な対応でほっとした。

こういう仕事をしていれば、「迷惑なお客様」はそれなりにいる。趣味の延長上でやってる以上丁寧に対応してやる必要などないのだが、それでもメールに仕事人としてのプライドがないわけではない。

そういったジレンマも彼にはあるようだ。

 

それを考えればこのヌメモンの態度はメールにとって気持ちよく対応できる"上客"だった。

 

「お手数おかけしますが、出来れば私の拠点の中まで運んでいただきたいのです」

「あぁそれは勿論。それにしても、まさか迎いに来てくれるとは思ってもいなかったよ」

「仕事を頼んでいる身として当然のことです。特にここは環境が他の方々には合いませんので…長い間誰も私の依頼を受けてはくれませんでした…待ちきれなかったのです」

 

メールとヌメモンが会話している最中、クーランは気が付く。

ナノモンが静かだ。

静かにメールとヌメモンの後ろを歩いている。そんな馬鹿な。大きな目を瞬かせて彼は二度見した。

 

常に騒いでるとまでは言わないまでも、少なくとも誰かと出会えば即座に突撃をするのがナノモンだ、という評価がクーランの中で出来あがっている。

 

そしてそれは正しい。

ナノモンが静かなのは異常なのだ。

 

メールは楽しく雑談しているために気が付いていない………いや、実はメールも気が付いている。

しかしナノモンに対しては予測不可能という結論を出しているために事が起こるまで動かないようにしているのだ…全部徒労になりそうだから。

 

クーランは嵐の前の静けさを気にしつつも、一行はヌメモンの拠点へ辿り着く。

終始会話をしていたメールも横目で背後を気にしながらも、こっそりとナノモンに対する迎撃態勢をとり続けていた。

何も分かっていないヌメモンはゴミ袋から飛び出した目だけ見でもご満悦。

 

そしてナノモンは…?

 

チラリとメールとクーランが様子を(うかが)う。

 

…まだ静かだった。

 

「さぁどうぞ、こちらへ」

「……‥あぁうん、ありがとう」

「クォゥゥゥ………」

 

拠点には幾重ものカーテンのような垂れ幕で(へだ)たれており、シードラモンであるクーランでもなんとか通れる大きさはあった。カーテンを潜るたびに段々と下水道の匂いが気にならなくなる。心なしか汚れも見えなくなり、清潔さが目立つようになっていた。

 

メールは疑問に思う。わざわざヌメモンが拠点を清潔に保つ理由は?

その答えに辿り着いた頃には、ヌメモンが最後の垂れ幕を通り抜けていた。

 

「ようこそ私の"おもちゃ箱"へ」

「おお、これは…すごいね」

「クァウゥ…!」

 

部屋だ。

例えるならば子供部屋のよう。天井はかなり高いが角に蜘蛛の巣が張られる様子すらない。綺麗なのだ。

子供部屋を幻視するような鮮やかさと多種多様なおもちゃたち、さらには下水道の先にあるとは到底思えない程の清潔さ。

さらには天井付近では巨大な換気扇が回っており、常に外の空気と入れ替わるようになっている。

 

ある程度予想をしていたメールは、ヌメモンがゴミ袋を被っている理由もこの部屋を見て確信した。

 

「これは流石に想像を超えて来たね…感服だよ」

「そう言って貰えてうれしい限りです」

「このおもちゃたちは?」

「下水道に捨てられていた物がほとんどです。それ以外にも外に捨てられていた物もありますが」

 

つまりこのヌメモンはメールたちが見ても綺麗に見える程に汚れを取ったということだ。

それをこんな大量に。かなりの根気良くやらなければ成し遂げられないだろう。

 

「愛ナノですネ」

「そうです。私はおもちゃたちを愛しいます」

「スバラシイ…私は多くの愛を、愛の形を見てきましたが、これ程の愛を見たのは初めてです」

「…あなたは?」

「失礼!私はナノモンと申します。一時(いっとき)ではありますが、クーラン・メールの方々と共に行動している…しがない愛の散布者です。以後、お見知りおきを」

「いえいえ、これは丁寧にどうも…」

 

うやうやしくナノモンが頭を下げて挨拶をする。

 

場の空気に流されていたメールとクーランは我を取り戻すとナノモンを凝視(ぎょうし)した。

一人と一匹は何か言いたげではあったが、そのまま穏やかに談笑をするナノモンとヌメモンをしばらく観察した後…取り合えず大丈夫だろうということで荷下ろしをしてしまうことにした。

…と、思いつつもちらちらとナノモンの方を気にせざるを得ない。

 

メールは作業をしながらクーランとひそひそと話す。

 

「クーラン、どうすればいいかな」

「グゥゥゥ…」

「そうしたいけどね…こう…急になんか来そうじゃないか」

「クォゥ?」

「分からないから困るんだよあのナノモンはほんと」

「クォオゥゥン」

「そうしよう。そうすれば間に合うかもしれない」

 

メールはやや急いで荷下ろしをし始める。

何か起こる前にさっさとここを出る。

それがメールとクーランが出した解決法だった。

 

「メール君!クーラン君!」

 

ダメだった。

 

「…………………………………何?」

「愛の求道者でアる同士の悩みヲ解決したイ。協力しテくれナいかナ?」

「あ、うん。いいよ」

 

あぁ良かった。いつも通りだった。

…何でこんな冷や冷やしないとけないんだろう?メールは(いぶか)しんだ。

クーランも付かれた表情をしており、それらが荷下ろしの疲れだと勘違いしたヌメモンは申し訳なくなった。

 

一匹だけ己のペースのまま突き進んでいるナノモンはいつもより真剣な声で言う。

 

「進化が必要ナノです」

「…進化?………あぁ…そういうことね…確かに、それが一番…?」

「クォァアゥ」

「…?どういうことですか?」

「アなたが辿ルベき愛の道順の話デす!」

 

ヌメモンはナノモンと話している内に、まるで神父と話しているような、年上の大人と話しているような包容力を感じ、自身の悩みを打ち明けていた。

それはナノモンがヌメモンの悩みを解決してあげたいがために誘導したから。

ある意味でナノモンは愛のためには手段を択ばない。それは間違いなく"善良"なのだろうけれど…

 

そうしてナノモンはヌメモンの悩みを聞いており、その時ヌメモンはこう打ち明けた。

 

『この両手で直接おもちゃたちを抱きしめたいのです…』

 

ヌメモンはナメクジのような表皮を持つ。常に湿っており、そしてそのヌメりは清潔(せいけつ)とは言い難いものなのだ。

ヌメモンはおもちゃを愛している。ナノモンが感銘を受けすぎていつものテンションが彼方へ飛んでいく程に愛している。

 

故に彼は自身によっておもちゃを汚してしまうことを許容できなかった。

ゴミ袋を被っているのはそのためだ。常にゴミ袋ごしに拾い上げ、洗い、並べて来た。その薄いビニールの隔たりは必要なものと分かっていても、もどかしくて仕方が無い。

 

その解決方法を、ナノモンは進化するしかないと結論付けた。

 

いくらナノモンと言えど、ヌメモンの体質を変えるナノマシンを作ることは出来ない。体質を変えるというのは恐ろしく危険なのだ。本来あるべき形を変えるリスクを冒す程、ナノモンは狂ってはいない。

長い時間をかければできるかもしれない…が、それよりも誰から見ても明白な安全策を取るのが無難であり、ベストなのだ。

正統に進化をすれば、ヌメモンの悩みは解決される。

 

「進化…?私が…?しかしそんな…」

「出来ますトモ!!アなたの愛の深サ!コれがアれば越えらレない壁などナイのです!!見テくだサい!!アなたがイつも見ているコの部屋ヲっ!!コれが出来て!私が出来た進化をアなたが出来ないワけがナい!!!」

「出来ますか?本当に?」

「必要ナのはアなたの覚悟だけデす」

「…」

「やるならば―――」

 

迷いを見せるヌメモンにメールがその背中を押す。

 

「―――僕たちも手は抜かないよ。君は珍しい上客だからね」

「クォォオオゥ!」

 

 

ゴミ袋(薄く厚い壁)を脱ぎ去ったヌメモンの目には、確かに誰よりも大きな"愛"があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一瞬で進化したね…」

「クゥオゥ…」

「必要ナのは覚悟だけと言ったデしょう?アぁ!ソれとメール君の()()()でもアりマすね!」

「僕はおもちゃの荷下ろししかしてないけどね?…君のデジモンを見る目はほんとに感心するよ」

「ソこに愛があルナらば当然のことデす!」

 

下水道を出たメールたちは満ちたりた、幸福な気分で深呼吸をする。ヌメモンが進化した後にしてもらった"お礼"のおかげだ。

新鮮な空気を吸い込めばさらに気持ちが良い。

 

本来知能が低いヌメモンがああまで紳士的で理知的だったのも彼が進化の前触れにまで踏み込んでいたからだ。メールはかつて出会ったガードロモンを思い出す。

きっと本当は、もっと前に完全体へとなっていたはずなのだ。

だがそれでも彼がヌメモンのままだったのは自分と言う存在を卑下(ひげ)していたから。

 

愛する心を持っていてもおもちゃは彼を愛してはくれない、一方通行のもの。それは(はた)から見れば愚かしくも見える。彼はおもちゃへの愛に純真であったが、客観的に自身を俯瞰(ふかん)することも出来ていた。加えてそれに直接触れることすら叶わない。

 

どこかでそんな自分を認められなかったのだろう。その"壁"を彼は今日超えた。

 

 

純真な愛を他人に認められ、捻くれた"成熟"を捨てて"完全"な愛に生きることを選んだのだ。

 

 

それともう一つある要因があったのだが…

 

「私もコうしてハいられマせん!!アまりにスバラシイものを見せてイただきマしたっ!!未熟ナ己が恥ずかシいばかりデす…!デスのでここデお別れデす!!!」

「わお突然。君がこれから何を見つけることが出来のか興味はあるから、出来れば手紙が出せそうな住所とかあれば助かるんだけど…なさそうだね」

「クォァア」

 

ナノモンは関節のない腕を意味もなくぐにゃぐにゃさせながらメールとクーランへ振り返る。

 

「愛デす。オ互いが無事だとイうことヲ信じ、マた会えルと信じるコと…ソれもマた愛の形の一ツ!」

「君はとても見つけやすそうだからその時は声をかけるよ…もし困ったら空を見上げてみてね。海流はいつまでもそこを流れているよ」

「クォォオオゥ!」

「決しテ忘れマせんトも!メール君!クーラン君!マたお会いしマしょう!!」

 

 

 

 

 

彼らはその後、互いに死ぬまで会うことは出来なかった。

それもきっと一つの愛の形なのかもしれない。

 

 

 

 

 









いつか互いの事を忘れるかもしれませんが、それでも最後には思い出す。
そういう出会いと別れがあっても良いのだと思います。
つまり愛ナノです。

PCからとスマホからとではサブタイトルの位置が違うことに気が付きました。
PC基準でやってるのでスマホ版で見ると冒頭が少し変かもしれません…いつか直すかも?

■メール
今後とも元ヌメモンとは仕事の関係で長く付き合っていくことになる。
ちなみに彼の"ラブリーアタック"は本当に良く効くので会うたびにお願いしていたいたり。
今でもナノモンの口説いた愛について考えさせられることがある。

■クーラン
いなくなったらいなくなったで寂しくなる症候群になりかけた。
愛とは何か。クーランもまた思い悩む時が来る。

■元ヌメモン
やがて夢を抱き、それを叶えるために引っ越しをすることに。
そこで"愛"しい町を作るのだ。
メールとクーランに協力をしてもらいつつ、今も己の愛を突き通している。

■ナノモン
愛の散布者、そいつはナノモン。世界を回り、彼は口説き続ける。
メールを解析したことで新たな愛の発信方法を思いついた。(そういうところだぞ)
…その研究の途中、彼はどこかに行ってしまった。

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