"海"が"海"を呼ぶ声がする。
けれども「連れて行ってくれ」と手を伸ばしていたことに、遂に気付くことは無かった。
私は夢を見ていたのだ。
「
目覚めの悪い幼子の頭を、母が三度叩いて起こすかのような感覚を覚え、私は覚束ない足取りで彼を求める。
ようやく目が覚めると、そう思った。
「離れないでよ、クーラン?」
「クゥォゥ…」
誰かが僕を呼んだ。
メールに分かるのはそれだけで、それ以外にどうしてここにいるのかは分からなかった。
彩度を無くした…全てがくすんで見える海岸。
そして黒い海。
先は見通しが悪く、深い霧に阻まれている。
日の光は届かず曇ったまま。
いるだけでも憂鬱な気分にされてしまいそうだ。
ただし、それはクーランだけのようで、メールはそのクーランを気遣いつつも表面上はいつも通りに見える。
歩き慣れた道を歩くように。
「困ったね。いきなり飛ばされるとは思わなかったよ…」
急に、何の予兆もなくこの暗い雰囲気の場所へと一人と一匹は飛ばされていた。
ここから抜け出すのならばクーランで飛んで行ってしまうのが手っ取り早い。そのはずなのだが、どうにもここは
だから不用意に動くよりも、一先ず手掛かりを探すことにしていた。
遠くに見える、灯台の光がグルグル回る。
海岸沿いに続く崖。その絶壁の途中に存在するトンネル。
内部に電灯はなく、暗闇が続くそこを覗き込んだメールとクーランは、そこにようやくデジモンと思わしき影を見つけた。クーランにはそのトンネル内は少し狭そうだ。
何にせよやっと進展しそうだ。取り合えず話を聞こうとメールは声をかける。
が…
「
ざわざわと。
「"海の子"だ」
「"海の子"が戻った」
「"黒い海"の子だ…」
それらは黒く、人型をしているようにも見える"何か"。
メールが止むを得ない時にだけ使う、あの"手の黒ずみ"と同じだった。
思わぬ姿形にクーランは硬直するが、メールは何よりその"黒い何か"の言葉に興味を
「"海"…ね。君たちが呼んだと思ってたけど…どうやら人違いかな?」
興味心は
明らかに何か知っていそうな"彼ら"に、全く適当な言葉で話を引き出そうとしているようだ。
「選ばれし海の子よ。それは間違いであり、正しい」
「呼んだのは我々ではない。だが、"何"が呼んだかを知っている」
「…それを聞いても?」
お?とメールは好感触に喜んだ。
声は海の底から響くように低く、やや耳障りだが意外と話せる。効くか分からないが最悪自身の黒い力を使ってどうにかすることも考えていた手前、平和的な話し合いができるのは大歓迎だった。メールだって好きで使いたい力ではない。
メールは近づこうと一歩踏み出す。
………すると、どういうわけか"彼ら"は一歩後ずさり、トンネルの暗がりに入り込んだ。
「待て」
その動きと言葉にメールは歩みを止める。
「我々にそれ以上近づかないで欲しい」
「海へ
「あの海へ、また戻ってしまう」
海へ還る?
それが何を意味するのか。
トンネルに入り込む
"彼ら"は何かを、或いはメールを恐れていた。
「…分った。近づかない」
メールは、自身と同じで表情の変化は分からない"彼ら"の、しかし少し鬼気迫るような、
メールとて厄介ごとは避けたいのだから。
「海だ」
「"黒い海"だ」
「それが海の子を呼んだ」
「大きなうねりだ」
「それが呼んだ」
「連れていくか?」
「ダメだ。我々が海へ還ってしまう」
"彼ら"は先ほどのメールの問いに
話は続けてくれるらしい。
「その"黒い海"っていうのは?」
「母なる"黒い海"、それは我々の"神"だ」
「…神ときたか」
「クォゥゥゥ…」
クーランが得体のしれない"彼ら"に対して目を細めている。
ようやく我に返ったクーランは正体不明の存在に対する怯えよりも警戒心が勝った。メールが全く物怖じしていないのもあるのだろうが、クーランも良く見れば不思議とそこまで拒否感が自分の中にないことに気が付いたのだ。
であればいつもと変わらない。
何かあれば、共に戦うか、逃げるか、それだけのことで、そう言った覚悟の類は出来ている。
メールはクーランが頭上より
"神"、一言に言ってもそれには多大な
聞くべきか、聞かざるべきか。デリケートな部分だ、メールは一瞬迷う。
「神が僕らを呼んだと?」
「それは間違いであり、正しい」
「神より出でた"何か"だ」
"何か"?"彼ら"もまた正体が分からない?だけど先程の確信しているような口ぶりを思えば、そうではないとメールは考えた。
「………じゃぁ一つ聞くけど、君たち
「それは間違いであり、正しい」
なるほど。
"黒い海"は"彼"らの言う神であり、そしてそこから産まれたものに対して定まっていない表現を使っているようだ。
彼らが"黒い海"というこの
神か、神の子か。
海か、海の子か。
"彼ら"は神より出でた存在を神の一部と見なしており、それ故に
海から手の平で
"彼ら"風に言うならば「海は神であり、また我々でもある」といった所だろう。
その宗教観は自然
未知のデータ…分析不可能の"ダークデータ"とも言えるデータが集積され混ぜ合わされて出来た黒い海は確かに
―――――
メールは思い出した。いや、知っていた?
奇妙な感覚を受け、思わず頭を押える。クーランが視線で心配するも、手を振って問題ないと伝えた。
この感覚には、覚えがある。そうだ、はじまりの街、僕が
「あぁ、そうか」
何故呼ばれたのか、それは分からないが、その繋がりは理解してしまった。
「僕の故郷だったのか」
静かに手が黒く染まる。
グルグルグルグル
その時、"彼ら"の内一体がトンネルの暗がりより歩み出た。
歩き方は不安定で心許なく、瞬時に警戒したメールとクーランが心配してしまう程だ。
まるで老人が最後の力を振り絞っているような、そんな哀れさがそこにはあったのだ。
「おお…!我らを、連れて行ってくれ…!」
メールは目の前で
自らの意思と反して手が黒く染まっていると気付かずに。
"彼"はその黒い手に
メールの力の象徴である"黒い歯車"それに変わってしまった。
グルグルグルグル
「クァッ!?」
「!?………!」
意図しない力の発現にメールは思考が止まる。クーランの驚く声で我に返り、すぐさま
『ようやく朝が来る』
とても穏やかで、重い言葉。
長い間眠ることなく、疲れ果て、すっかり暗くなった夜の中で柔らかなベッドに沈む時のような、そんな安堵の声…
―――――やがて黒い歯車はするりとメールの内へと溶けて消えてしまった。
紺色のポンチョの色が濃くなる。
メールは伸ばしていた黒ずんだ手を見つめる。
クーランの心配そうな視線を受けながら、たった今ほんの少しだけ入ってきた"彼"の残骸に意識を向ける。
"彼"はメールの内に流れる膨大なデータの海流に流され穏やかに姿を消していった。しかしそれを見失ったわけではない。
やろうと思えば自らの意思で再び元の形に戻せるだろう。
"彼"に
そして今の今まで募っていた焦りのせいで忘れていたが、メールは初めて己の内側を
誰かを取り込むことなど、今までありはしなかった。かつて出会ったグレイモンを少しの間だけ黒い歯車へと変えて持ち運んだことはあれど、呑み込んでしまうなどと、出来るとなど思いもしなかった。だから身の内に流れる海流の如き膨大な"
それでもすんなりそれを受け入れた。それが自然な事なのだと、当たり前な事なのだとどこかで
ざわつく"彼ら"を前にメールは目を閉じ、
グルグルグルグル
「選んだのだ…」
「海へ還ったのだ…」
「その選択が果たして正しいのか…」
グルグルグルギィ
「出口は知ってる?」
このエリアに拡がるのは全て未知のデータ…解析不能の"ダークデータ"と言えるものだ。
ダークデータとは有効利用されずに保存されているデータ、または分析不可能で価値が不明なデータのことを言う。
全てが
メールは、かつてその壁を越えてきたはずなのだ。
留まる必要はない。
呼び声に、答えてやる必要などないのだ。
メールはそう判断した。
黒い何かたちはメールの言葉に皆、天を指差す。
素直過ぎる行動にメールは怪訝に思うも、嘘は言っていない気がする。海を指差されれば流石に疑ったかもしれないが。
「選ばれし海の子よ、気を付けることだ」
「海の子を呼んだ"何か"は全てを憎んでいる」
「あなたを許せない」
「君を」
「あんたを」
「"|B?書Θ因"を恨んでいる」
「気を付けるのだ」
「"新たなる海"よ、"彼"の事を頼んだぞ、どうか」
まるでタイミングを計ったかのように霧と雲の隙間から光が落ちる。
"彼ら"が指さす限り、そこが出口なのだろう。誰が開けたのか?全く分からないことだらけだが、メールはそれを信じるしかない。いや、信じていい"誰か"だと確信した。
あの時、ここから連れ出した"誰か"と同じ気配がしたから。
「…うん、ありがとう。任せてよ。またきっと来るよ」
…何故か、メールは少し前にガードロモンに渡した
書きかけの、誰に出すつもりだったのかも覚えていない、親しい誰かにだすかのような文面が記された手紙。
名残惜しむ様に一度だけ黒い海を振り返り、そして雲の隙間、光の差す向こう側へ真っ直ぐに消えていったのだった。
メールとクーランが去った雲は以前よりも暗く、固く閉ざされる。
もう二度と呼ばれてしまわないように、間違って足を踏み入れないように。
少なくとも、メールが生きている内は。
グルグルグルグル―――――
● ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
メールは思う。
果たしてこの"
流れ流され流れに乗って。そうやって変わっていき、自ら流れに身を任せることを楽しむようになった。
一期一会の出会いと別れを繰り返し、今日まで地に足付けずに生きていた。それはきっとこれからも。
これは、自分の中から生まれたものなのか?
あの黒い海を起源とする自分のあらゆる構成要素は、本当に自分のものなのだろうか?
グルグルギィ…ギギッ
…と言っても、結論はとうの昔に出ている。
「元が何であれ、今の"流れ"を作るのは僕だよね―――――そしてこれが、その証明だ…やるよ、クーラン」
「クォアッ」
「ピッコロモーン!危ないかもしれないから離れといてねー!」
「もう十分離れてるっピよー!」
「もうちょっともうちょっと!結構すごいことになるからー!」
静かに雪が降る中、メールがクーランの頭の上で両手を広げる。その両手はいつかのように黒ずんでいた。
それは両手だけに留まらず、普段は黄色い被り物にさえ黒くなっていく。青みがかった、暗い暗い色。
パラパラと黄色い
「剥がれちゃうんだよなぁ…これやると」
「クォウ」
「心配しなくでもすぐお揃いに戻すさ―――――
メールが呟く。
すると、扇状に広がった紺色のポンチョ、その内側から、そして表面から、おびただしい量の黒い何かが放たれた。
グルグルグルグル
回る回る。
僕の中で、外で、そして今は遠い場所でも。
―――――それ全てが"黒い歯車"だった。
グルグルグルグル
黒い歯車は重力に逆らって吹き上がり、渦巻き、一つの生き物のようにうねる。
その黒が向かう先には一つの細く背の高い山。それを黒い
グルグルグルグル
全身が黒く染められたメールは、自身の一部ではないピッコロモンの飾り羽と、自身のものであっても白いままの髪の毛を頭の
雪が彼を白く戻そうと張り付くも、すぐに溶けては汗と一緒に流れ落ちた。
…途端、黒い奔流は花火を何千倍もの大きさにしたかのように周囲に大きく飛び散る。
その黒が晴れた頃には山そのものは消え、代わりにただの雪原が広がるだけとなっていた。
「いい感じだよ、クーラン。これなら問題なさそうだ…頼んだよ?」
「クォゥア!」
飛び散った黒い海流は再び渦巻き空を昇る。
クーランがそれを追うために高度を上げ、かなりの高度に達したところである方角へと黒い海流と共に流れていった。
その先を見ればどこまでも広がる海が見える。
黒い海流は海を目指していた。
「凄まじいっピね…」
そして恐ろしい。
理性で理解出来ても、本能がピッコロモンの恐怖を掻き立てる。
黒い歯車はまさに未知の存在。解析することのできないデータ。暗黒の海から流れ出でた暗黒の力。エラーとバグの温床。
黒い歯車は全てのデジモンにとって脅威足りえる存在だ。
「あれは本来あってはならないもの…ですが、彼が使うならば別です。私たちはメールを、クーランを信じています」
ティラノモンが穏やかな表情のまま言い切る。
多くが見ている。多くのデジモンが空を見上げては指差し、恐れ、
新たな"安息地"の
…その中には人間の姿をした存在、ピッコロモンの言う「管理者」に仕える"自律エージェント"の姿もあった。人間と変わらぬ姿形をしたその存在たちもまた、見守っている。メールは既に彼らと対話を終えていた。
自身の危険性を口説き、同時に有用性を示した上でこの計画を話し、そこからさらに何年もかけて話し合った。
「管理者」は静観。明確に"悪"とならなければ自ら動くことはない。
自律エージェントたちの危険視する声はかなり多かったが、知り得る全てを話し、保険をかけることで了承させ、今この瞬間を迎えている。
ちなみに保険とはあるデジモンのこと。メールより
メールとは逆の性質を持つそのデジモンに権限を
そうまでしてでも、メールは
―――――その関係性であれば、ピッコロモンもまたそうだ。
ピッコロモンが昔メールに与えた羽は彼に結界を自由に出入りできる許可証であり、友情の証であり…実のところ監視のためのものでもある。
ピッコロモンはメールを疑っていない。何の心配もしていない。それでも黒い歯車―――"暗黒の力"とは当人の意思とは関係なく心を変えてしまう
だからこそメールに何かあればその"始末"をつけなければいけないと思っている。
それでも尚、恐ろしい。怖いもんは怖いのだ。
ピッコロモンは目の前を通り過ぎる黒い海流を眺めながら笑ってやった。
「まぁ思ったほどでもないっピね!」
「えぇ、そうですね…ふふっ」
今はピッコロモンが継いだ結界の道場、まだ見習いの頃に何故か流れて来たメールたちと同じ釜の飯を食ったもの同士、見栄を張りたい意地がある。
その道場に流したのが横にいるティラノモンと知らないままに。だから事情をよく知っているティラノモンは微笑ましそうに笑った。
ピッコロモンを通り過ぎた黒い海流は海岸より十分離れた海の上へ集まり、渦巻く。
やがてそれが圧し固まり、表面の黒い歯車がその場から散った頃には先ほど跡形も無く消えた山がそびえ立っていた。
その結果にこれを目撃していたデジモンたちから歓声が上がる。
今、一つの島が産まれようとしているのだから!
「ではそろそろ私は街の方へ行きます」
「転ばないように気を付けるっピよ」
「まだまだ若いつもりですが、今日は迎えを用意しているので大丈夫です」
ティラノモンがその場を後にしようとしたのでからかい半分で声を掛けたピッコロモンは、大きな羽音に気が付いて空を見上げた。
「ではお願いしますね」
その頃には巨大な緑色の鳥型デジモン、完全体の"パロットモン"によってティラノモンはあっという間に飛び去って行ってしまったのだ。
「周りにいるのこんな奴らばっかっピね…」
グルグルグルグル
島を支える大地は黒い歯車と同じく黒く染まっている。
これで島の"核"は出来上がった。
「
高高度にいるせいで聞こえない歓声と達成感に浮かされたようにメールが叫ぶ。
クーランもその熱に当てられ、ワクワクを欠片も隠していなかった。
地響きが聞こえる。
無人の工業都市が、おもちゃの町が、日本城が、湖が森が荒野が凍土が。
それらが黒い歯車へと変換され空を昇り、黒い柱が立つ。そしてある一定の高度に到達した時、方向を変え、メールの方へと凄まじい速度で集まり始また。
各地から一か所へと集まる黒い歯車の海流は圧巻の一言。それを成しているのはたった一匹のデジモン。
やがて海へと集い、最初に海の上へ移された山から距離を取った位置へとそれぞれ下って行った。
そうして幾つもの小さな島が現れる。最初の山と同じように大地がは黒い。何千、何万と言う黒い歯車が支えているのだ、それらが一斉に回転し始め、回転に合わせて島々が
「テンション上げて
「クォゥゥ…」
締まらねぇ。
呆れたクーランにそう呟かれるがメールは汗を
多くのギャラリーが見守る中、島々はゆっくりと最初の山のある島を囲うように連結していき、その隙間を黒い歯車が埋めてはどこかの大地へとその黒を変換し直しては繋げていく。
メールの両手が指揮者のように振るわれ、黒い歯車たちはそれに答えるように音を上げ続けていた。
―――――一つの島としての形を成した時には、既に始まってから5時間は過ぎていた。
「…よし…それじゃぁ、ほんとのほんとにこれが最後の仕上げだ」
クーランの頭の上で座り込んでいたメールは気合を入れ直して立ち上がる。
その視線の先には、今までとは違ったものが空に浮かんでいる。
クーランはメールを乗せたままそれに近づき、その
「空の旅もいいものですね」
「一つ親孝行が出来て良かったよ…ちょっと座らせて」
メールが座れば傍で騒いでいた幼いデジモンたちがクーランへと群がる。
同じく横で群がれていたパロットモンは道連れが来たことを喜んだ。
クーランとパロットモンは睨み合う…子供たちを落とさないように微動だにしないまま。仲良くやれそうだ。
「もっと早く」
ティラノモンがメールへと顔を向ける。
「言ってくれても良かったのではないですか?このことについて」
「下手すればその前に
母が子供を責めるような物言いに、メールは言い訳を並べる。
心配させたくなかったのだ。
はじまりの街は決して安全な地域にあるとは言い難い。代々街の管理者が上手くやってきたが、今後も上手く行くとは限らないのだ。だからこそのはじまりの街をより安全な場所を
…それのための交渉で死んだと知られれば気持ちの良いものではないはず。
「前も言ったけど、これは僕自身が"爆弾"として暴発しないための処置でもあるんだよ。僕の身に集まってしまうダークデータは、あまりに多くてあまりに危険すぎる…だからそれ以外はオマケみたいなものでさ」
「良く言いますね、どちらもこのデジタルワールドのためじゃないですか」
「それ言われちゃぁね」
ははは、と笑うメールは視線を段々と近づく"安息地"から外さないまま続ける。
「自身の
ティラノモンは確かに感じた。
メールから
メールはデジタルワールドを、そこに住まう存在を愛している。
世界を見て回り、話し、時に争って数十年。未知を求めるメールとクーランが
"出会い"こそが彼らを次へ次へと流れさせ続けていた。
メールが危うげながらも常に不和なく世界と噛み合っていられたのもそれがあってこそなのだ。
…そう、そうでなくては
「"いつかあなたが分かる時が来る"‥かつて私はそう言いましたね」
「あー言われたかも」
ボタモンの村の時だったろうか?子育てに生きるのが本当に幸せかどうかみたいな…
思い出そうとするメールにティラノモンも慈愛の笑顔でもって答えた。
「どうやらもう分かっている様子…成長しましたね」
「いやいやいや、全然分かってないと思うけど?それに分かったつもりでいると後が怖いよ」
メールはまだ自覚がない。というより、自信がないのかもしれない。心の底からそれがわかる時が来るのは、一体いつになるのやら。
「さぁティラノモンも立って。そこだと危ないからね」
それを確認したメールは声を上げる。
「いやクーランはこっちだって」
ごろごろと戻ってきたクーランに
「はじまりの街だけは
「クォウゥ」
はじまりの街はデジタルワールドの中でも特別だ。
デジモンの
黒い歯車に変換して運ぶなど、そんな恐ろしいことはこの街には出来ない。他は良くとも、デジタルワールドの根幹に関わる街に
だから黒い歯車を下に敷き詰めて浮かすという凄まじい力技に出たのだ。もっといい方法はなかったのだろうか…?その思い付きは勘でしかなかったが、あながち間違いではないと感じている。
今更だが良く許可されたものだとメールは思う。
少なからず
メールが各地を回り始めて数年と経っていない頃に迷い込んだ"黒い海"の存在がメールの頭を
「クォウゥア」
「ごめんごめん。疲れたよな…終わらせよっか」
はじまりの街が、クレーターように黒くぽっかりと空いた敷地へとゆっくりと降りる。
ギ、ギギィ…
そして歯車がかみ合った音がし、やがて静かになった。
終ったのだ。
メールとクーランも地面に降り立った後、はじまりの街の柔らかな芝に仰向けに倒れ込み静かになった。
「
「クゥ………」
朝早くから始めたためにまだまだ日は高い。
とは言え、もう動く気力は二匹にはとてもなかった。
メールの瞳はいつものように戻っており、その目は飛んで向かって来るデジモンに向けられる。
「
一匹は地に伏したまま、一人はふらふらと立ち上がる。
「そんな頭と
「いやぁごもっとも、納得したよ」
全く変わりないことを確認したピッコロモンはメールの黒くなったままの黒い被り物を見た。
そこには変わらず、ピッコロモンが与えた羽飾りが縫い付けられている。
「変わりのないことはいいことっピ」
「この不変性っていう言葉を殴り飛ばすような島に着いて早々言える言葉じゃないよね」
「ぐだぐだ言ってないで行くっピよ」
「………え?どこに?」
これはメールとクーランには秘密にされていたこと。
「祭りっピ!島の見える海岸でもう準備してるっピよ」
「聞いてないけど!?いや、休ませてほんと…ねぇちょっと…!え、ほんとに今から!?あれ?クーラン?」
見上げればクーランはパロットモンによって鷹に捕まえられた蛇のようにぶら下げられて飛び去って行っている最中であったようで、既に小さくなったシルエットと段々と小さくなっていく叫び声だけがメールの元に届いている。
「クォウゥァァァァ………」
「あちゃー………拒否権は?」
「ないですね」
がしり、とティラノモンに胴体を掴まれたメールはのっそりと運ばれていく。
じゃぁ仕方ないかぁ…と小さく笑いながらメールはティラノモンの腕の中に身をぐったりと沈めた。
そのゆっくりとした動きに、メールは次第に
遠くの喧騒もまだ聞こえないここで、歯車の
Engrenage【アングルナージュ】:歯車を意味する。
長らくお待たせ…いえ、待ってる人はほとんどいないのですが、とりあえず一区切りとなりました。
黒い歯車は一体何なのか?誰が何のために?それを描きたいがために始めた小説です。
黒い歯車への変換とかそういうのはアニメでデビモンがやってたのでそこから引用してます。
正直現状作者はあまり続けることに気乗りではないので続きはいつになるかわかりません。そこはご了承ください。
続くならば今後も物語のために少々…いや結構独自設定がありますが、パラレルワールドと思って乗り越えていただければ幸いです。感想などもしあればお待ちしております。
■メール【mer】
この名はフランス語で「海」を意味すると同時に、「母」を表すmèreも同じ発音をする。これ以上進化しないデジモン。元の名は「|B?書Θ因」。それを知るのはクーランとピッコロモン、そしてティラモンのみ。
溜めたダークデータの量によってその強さを変える。
ファイル島創造直前の強さは究極体以上。
黒い歯車は無形のダークデータを形状化させたものであり、他のデジモンにとっては有害なのと同時に誰もが内側に宿している。それをメールは自在に操れるが、同時に勝手に近くのデジモンから回収してしまう性質がある。
ちなみに1話で頭の外殻は「黄色く
え?merもmèreも女性名詞だって?メールはそういうことは特に考えずに自称しています。
■クーラン【Coolan】
クーラン・マランはフランス語で「海流」を意味する。そこから取られた。
このシードラモンは何か特別なものを持っているわけではない。
ただメールと一緒に長い間ずっとあり続けた。それだけで尊いものだと思う。というか作者のお気に入りデジモン。
■ピッコロモン
実は山の提供者。
かつて道場でメールと、まだベタモンのクーランとは一緒に苦しみ友情を育んだ。一応先輩。
亡き師よりメールの危険性を口説かれているが、それを理解しつつもその関係性が変わることはない。
■ティラノモン
究極体(メール)でも頭を下げるみんなの母。
黒い歯車のことを聞いた時はしっかり怒った。
メールの思い描く理想の母とはこのティラノモンそのものである。
■黒い歯車
独自設定と解釈のオンパレード。
メールが扱うダークデータの塊。それに与えられた形状を指す。
どうしてこの形になったのかはメール自身にもわからない。
アニメでオーガモンがこれに変換されたように、デジモンどころか土地すらも変換、自在に元に戻すことが出来る。
歯車を発現させなくても黒ずんだ手で触れればデジモンのプログラムに軽いエラーを起こさせしばらく操ることもできる。かつてグレイモンを鎮静化させたのもその一つ。
歯車を突き刺せば当然デジモンを操れる。エレキモンやパタモンには軽くやったが、普段はあまり使わない。
メールは内に段々と溜まっていくあまりに膨大なダークデータをどうにかしなくてはいけないと考えていた。
やがてその制御方法、エラーやバグを無理なくそして意図的に起こす方法を理解する。
それを使う方法で彼が思いついたのは母と世界への恩返しだった。
■暗黒の海
暗黒の海=ダークエリア
01と02のアニメ設定ではないデジモンの設定では、ダークエリアとは「寿命を迎えたり、戦いに敗れ消滅したデジモンが送られる冥界のエリア」となっています。
今作品ではその設定を一部参考とし、暗黒の海=ダークエリア=???と定義付けています。
全体の設定やプロット自体は出来上がってるのでどこかで終わらせれればいいなぁ…
期待せずにー