住めば都のツブラヤ荘 作:タッコング
【1】
「きゃああああああああ!」
──秋晴れの空の下。
デパートの屋上に大きな悲鳴が響き渡った。
悲鳴の主は若い女性である。
年齢は十代から二十代に足を突っ込みかけた辺り。
いかにも『女子大生』と言った雰囲気のお姉さんだった。
いまだに少女っぽいあどけなさが抜けきらないその顔が、今は恐怖にひきつっている。
無理もない。
そのお姉さんは、周りを怪しげな風貌の男達に取り囲まれていたからである。
……いや。
もう『怪しげ』なんてレベルを通り越した、血統書を付けてもいいくらいの正真正銘に『怪しい』奴らだ。
全員が全員、全身黒タイツに白い縁取りが施された目出し帽の様な頭を覆うマスクを被っていて──端的に言うなら『ショッカーの戦闘員』みたいな奴らだった。
他の言葉など知らないかの様に「イーッ!」だとか「キーッ!」だとか喚きながら、ショッカーの戦闘員は女の子の周りを跳び跳ねる様にグルグルと、驚くほどアグレッシブな動きで取り巻いている。
──さて、身も蓋もなく『ショッカーの戦闘員』などと形容したが。
実際のところ彼らは『ショッカーの戦闘員』ではない。
ではなんなのかと言うと、彼らは世界征服を狙う悪の秘密結社『ドアクダー』の戦闘員なのだ。
……ショッカーとほぼ変わらない気もするが、それはともかく。
「ギョッギョッギョ! 貴様には我がドアクダーの為に人質になってもらうギョ!」
その場にいたのは戦闘員だけではなかった。
まるで『二足歩行する不細工な鯛』の様な姿をした怪人が、かなり癖のある笑い声をあげていた。
ドアクダーの戦闘怪人でお馴染みの『ウオノメ男』だ。
そんな絵に描いた様な怪人と戦闘員達に囲まれながら、お姉さんは大袈裟な身振りで頭を抱えた。
「絶対絶命! 年貢の納め時! 一巻の終わりだわ! きっとここでは口には出せないようなヒドい事をやらされるに違いないのよ! ああ……ここにあのヒーローが……あのヒーローがいてくれたら!」
やたらとわざとらしく聞こえる台詞を吐くと。
女の子はチラッチラッと視線だけで、目の前の観客席でお座りしてる子供達の様子を確認した。
この緊急事態を前に、どの子もドキドキと固唾を飲んで見守っている様子である。
──今だわ!
こうやって怪人と戦闘員達に囲まれること、一年と四ヶ月。
職人的に培われてきた勘によって、お姉さんの瞳がキラリと光った。
「さあ! みんなでクルーガーを呼びましょう! せーの……クルーガー!」
お姉さんの先導によって、子供達が声をあげる。
しかし、お姉さんは困り顔になると、観客席に向けて耳に手を当てて見せる。
「あれれー? 元気が足りないかなー?」
──完璧だわ!
お姉さんは内心でほくそ笑む。
鉄板の『お約束』だが、場を白けさせずにこれをやるのは難しいテクニックなのだ。
実際、お姉さんの思惑通り、テンションアップした子供達はヒーローの名を大声で呼んだ。
「「クルーガー!!」」
その瞬間。
ぼんっ!と盛大にスモークが焚かれ、その奥からヒーローが飛び出してくる。
そのヒーローは空中で何度も身を捻り、くるくる回転すると、格好よく膝をついて着地した。
オリンピック選手も真っ青のスタントに、それまで生暖かい表情でステージを眺めていた大人達からも感嘆の声が漏れる。
「ビーストライダー! クルーガー!」
着地したヒーローこと、このステージの主役であるクルーガーは、マスクに覆われた顔をあげるとビシッとポーズを決めた。
多少、オモチャオモチャした見た目だが、それでもマスクドヒーローらしい通俗的な格好良さがそこにはあった。
「ドアクダーめ! このクルーガーがいる限り、お前達の好きにはさせないぞ!」
「ギョッギョッ! クルーガーめ! 今日こそ引導を渡して地獄にお急ぎ便で直送してやるギョッ! やれえ!」
そこからはドタバタの大殺陣モノである。
向かってくる戦闘員や怪人達を、クルーガーが力強い動きで殴り、そして鮮やかに蹴り倒していく。
その光景を眺めて。
たかしくん(五歳)のパパさんは、感心した様に唸った。
「デパート屋上のヒーローショーだと思ってバカにしてたけど、最近のは迫力があるんだな。まるで本当に殴ってるみたいだ」
ステージ上では、ウオノメ男の頭にクルーガーの必殺ジャンプキックが突き刺さっているところだった──。
【2】
「この──バカ野郎!」
デパートの一室に設けられた控え室。
そこから盛大に怒声が迸った。
声の主は怪人ウオノメ男──の着ぐるみを上から半分まで脱いだ、三十代後半の筋骨逞しい男だった。
「ヒーローショーで本気で殴る蹴るすんじゃねえ!……って何度言わせる気だ!」
そんなヘビー級な男からのヘビー級のお説教を、直立不動の姿勢で受けながら。
相手が息をつく隙を狙って、その青年──春日 陽輔はペコペコと頭を下げまくった。
「すいませんでした山南さん! やっぱり怪人と対決ってなるとどうしても熱くなっちゃって……今度は、今度こそは気をつけますんで!」
「今度、今度って……その台詞も何回目だって話だよ!」
真心70パーセント、おざなり30パーセント。
そんな心持ちで陽輔は柳の木となり、山南と言う暴風が治まるのを待っていた。
そんな様子を陰から眺めながら。
アルバイトの女の子達がくすくすと笑みをこぼす。
「ほんと、陽輔くんも懲りないよねえ」
「この光景もすっかり恒例行事だもの」
毎回毎回、陽輔は全力でヒーロー役をやり遂げていた。
その迫真の演技(演技ではない)によってお客さんの評判は上々であったが、それに付き合わされる山南達はたまったものではない。普段の好青年ぶりから、陽輔に対する身内の女子人気も高いと言う事実が、山南達の怒りに拍車をかけていた事も否定できないだろう。
しかも、単純に。
陽輔の繰り出す拳足は鋭かった。
「確か陽輔さんって、空手やってるんだっけ?」
女の子の一人が発した言葉に、別の女の子がぶんかぶんかと頭を振る。
「それだけじゃなくて、柔道、剣道、合気道、中国拳法にジークンドー、ムエタイ、システマ、なんでもござれ。……あっ、あと古武術もやるって言ってた」
それらの数々を列挙し終えると、アルバイトの女の子達は神妙な表情で顔を見合わせ。
「本物のヒーローにでもなる気なのかな?」
冗談まじりに、にへらっと笑い合うのだった。