住めば都のツブラヤ荘   作:タッコング

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見知らぬ『妹』(その2)

【3】

 陽輔は本気で『ヒーロー』になりたいと考えていた。

 それはオリンピックに選ばれる運動選手だとか。

 ノーベル賞を受賞する様な研究者だとか。

 そう言った、社会的な功績によって選ばれる『ヒーロー』の事ではない。

 陽輔がなりたいのは、日曜日の朝からテレビでやっている仮面ライダーだとかナントカ戦隊だとか、みんなの平和を脅かす悪党と戦うタイプの『ヒーロー』だ。

 とんでもない男である。

 男の子なら誰しもそう言った仮面ライダーだとかナントカ戦隊に憧れ、一度は「なってみたい」と想像するものだろう。

 しかし、いつしか「あれは架空の存在だから」と諦めが生まれ、やがて思い出として胸にしまわれていくものだ。

 陽輔は違う。

 彼はこれまでの人生の大部分を『ヒーロー』になる為に消費した。

 多種多様な格闘技の修得はもちろん、様々な乗り物の免許や関係ありそうな資格も片っ端から取得している。

 そして、もう二十代に突入したのに、その情熱はまだまだ治まる事を知らなかったのである。

 

 

 ──家へと続く帰り道。

 すっかり茜色に染まった空の下を歩きながら、陽輔は手にした鍵を眺めていた。

 

「……どういう事なんだ?」

 

 ひとしきり難しい顔をした後。

 ほっと息を吐いて柔和な表情にもどった陽輔は、溜めに溜めた感想を口にした。

 陽輔はその鍵に全く見覚えがない。

 だが何よりも、この鍵が彼の手元へやってきた経緯こそ不可解極まるものだったのである。

 

「俺の妹ねえ……」

 

 時は遡ること一時間前。

 山南の説教からようやく逃れてホッとしていた陽輔に、アルバイトの女の子が紙封筒を持ってやってきた。

 

「陽輔くん。さっき妹さんが訪ねてきて、コレを預かってたの」

「イモウト?」

 

 まるで生まれて初めてスワヒリ語を聞いた様な顔をする陽輔。

 しかし、そんな彼に構わず、アルバイトの女の子はさらに続けた。

 

「新しいアパートの鍵と住所だって。……それにしても陽輔くんにあんな可愛い妹さんがいたなんて、ぜんぜん知らなかったなあ。てっきり一人っ子だと思ってたんだけどね」

「いや、あの、ちょっと──」

「じゃあ、渡したから。またね♪」

 

 女の子は言いたいことだけ言って満足したのか。

 何か言いかける陽輔へ封筒を押し付けると、てってけと帰っていってしまった。

 

 

 以上、回想終わり。

 

 

「妹ねえ……」

 

 まるで吟味する様に、再び陽輔はその単語をもごもごと口にしてみた。

 やっぱり『違和感』と言う味しかしない。

 

「当然だよな。俺には妹なんていないし」

 

 それをプッと吐き出して、陽輔はあっけらかんと笑った。

 そう、彼は正真正銘の一人っ子。

 九州の実家から、一人でノコノコと上京してきた身なのだ。

 この鍵はきっと、おっちょこちょいな女の子が人違いをしてしまったのに違いない。

 

「……とは言え、気になるとことあるんだよなあ」

 

 普段は柔和な笑顔の張り付いた顔を再びしかめながら、今度は封筒の中に同封されていた紙を取り出す。

 そこには『ツブラヤ荘』と言うアパートへ至る地図が可愛らしい筆致で描かれていた。

 問題はその地図の隅っこに記されていた名前である。

 

 ──春日 未来。

 

 見覚えも聞き覚えも無い名前だ。

 しかし、仮に陽輔に妹がいたとしたらこんな名前かもしれない。

 

「……オレオレならぬ、妹々詐欺とか」

 

 電話口で「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」と呼ばわる悪人を想像すると最高に間抜けな絵面ではあったが、それでも『犯罪』と言う可能性に陽輔の目がキラリと光った。

 ……光ったが、すぐにそれを引っ込めると。

 

「交番に届けよう」

 

 鍵を入れた封筒をバッグの中に押し込んで、陽輔は商店街の中へと入っていくのだった。

 

 

【4】

 神奈川県 北川町。

 大根が特産品である以外にこれと言って特徴らしい特徴が無いのが特徴の、どこの県にもありそうな平々凡々とした町である。

 その町のほぼ中央に。

『北川町ニコニコ通り』と呼ばれる商店街はあった。

 他県では商店街の過疎化が大きな問題として取り沙汰され問題視されている昨今。

 ニコニコ通りはそんな話題もどこ吹く風と、なかなかの盛況を博している。

 陽輔にとっては、下宿先がこの商店街の中にある為、勝手知ったる庭の様な場所だ。魚屋のおじさん、花屋のおばあちゃん、その他にも大体のお店の人とは顔見知りである。

 いつもであれば、挨拶がてらに雑談なんてしつつ、商店街を歩くのだが。

 今回は挨拶もそこそこに、真っ直ぐと目的地へ向かって歩いていく。

 

「──おや、陽輔君じゃないの」

「お疲れ様っす、立花さん」

 

 商店街の一角にある交番。

 その前に立っていた壮年の男に、陽輔はぺこりと頭を下げる。

 この壮年男性──立花巡査部長は、齢50を数えるにも関わらず本人たっての希望で交番勤務を続けている、言わば生粋の『お巡りさん』だ。

 この商店街の秩序の顔とも言うべき人物で、陽輔も度々にお世話になっていた。

 

「また、なにか面倒事に首を突っ込んだんじゃないだろうね?」

「や、やだなあ。そんなことあるわけないじゃないですか」

 

 どこか意地悪な笑みを浮かべながら肩に手を置いてくる立花さんに、陽輔は「あはは」とちょっぴり引きつった笑みを返す。

 陽輔が度々にお世話になった──と言うのも、特に陽輔が悪事を働いたわけではなく、行き過ぎた善意のせいでお世話になっていた過去があったのだ。

 ひっくたくり、泥棒、酔っぱらいから飼い猫同士の喧嘩まで。

 上京したての陽輔は、持ち前の正義感で首を突っ込みまくっていた。しかし、生来の抜けた性質のせいで空回りする事も多く、そういう時にはかえって面倒事を大きくしてしまっていた。

 その度に、立花さんからこっぴどく叱られてきたのだ。

 さすがに陽輔も学習した。

 なので最近はもっぱら、緊急を要さぬものについてはお巡りさんの公権力にお願いする事にしている。

 見知らぬ妹に謎の鍵──こんな事件性の高そうなモノに、隙あらばヒーローに近づく為の活動を惜しまない陽輔が自ら動かないのもその為であった。

 

「実はですね、俺のところにこんなものが──」

「それにしても突然で驚いたよ。君、引っ越すんだって?」

「……はい?」

 

 バッグから封筒を取り出そうとしていた陽輔は、立花さんの言葉にギクリと身を震わせて顔を上げた。

 

「さっき妹さんが訪ねて来て、引っ越しの挨拶をしていってくれたんだよ。君が仲良くしている商店街のお店にも一つ一つ丁寧に挨拶していってねえ。ああいう可愛い妹がいるんだったら、なおさら無茶は……陽輔君? どうかしたのかい?」

「い、いもうと……」

 

 陽介は酸欠状態の金魚の様に口をパクパクさせていた。

 まさか妹を名乗る謎の人物が、自分の先回りをしていたとは……。

 

(もしや……俺は本当に、何かとんでもない陰謀に巻き込まれているのでは……?)

 

 そんな現実味の無い空想が次第に輪郭を帯び始める様な感覚に、陽輔はごくりと息を呑む。

 そして、ハッと何かに気付いた様子で顔色を変えた。

 

「すいません! 俺、ちょっと急用が!」

 

 それだけ言い残すと、陽輔は交番に背を向けて駆け出していた。

 目指すは自分が下宿している八百屋の二階である。

 

「あら、陽輔く──」

「ただいまミドリさん!」

 

 店先に立っていた八百屋の奥さんに『ただいま』の挨拶を叩きつけると、陽輔はドタドタと二階へ駆けあがる。

 そして、自室の扉を開いた瞬間──陽輔は膝からその場に崩れ落ちそうにった。

 

「な、無い……っ!」

 

 彼の眼前にあったのは、綺麗さっぱりすっからかんになった古い和室。

 申し訳程度の私物であった、小さな冷蔵庫やテレビや洋服棚はその姿を消失していた。

 

「どうしたの、陽輔くん? 何か忘れ物?」

「ミ、ミドリさん……お、おお、おれ、俺の荷物は……?」

 

 ギシギシと階段を軋ませて上がって来た重量級ミドリさんに、陽輔は訴えかける様に口をパクパクさせた。

 そして──。

 

「ああ、さっき妹さんが来てね。荷物全部、引っ越し先に持って行っちゃったわよ?」

「オーーーマイガッッ!!!」

 

 満面の笑顔から繰り出されたミドリさんのその言葉に、陽輔は突然外国人になると頭を抱えて絶叫するのだった──。

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