住めば都のツブラヤ荘 作:タッコング
【5】
衝撃の『我が家がすっからかん事件』を経て──。
陽輔は死ぬほど重たい足取りで、封筒に同封されていた地図を頼りに『引っ越し先』とされる住所へ辿り着いていた。
「本当にあった……」
眼前に堂々とそびえ立つ、見るからに真新しいアパート。
それを前にして陽輔は、一つも面白くないのに引きつった笑みを浮かべていた。
──ツブラヤ荘。
アパートの敷地の前に立つ門柱。
そこには丸っこい文字で、そう大書された看板が掲げられていた。
二階建ての建物はその見た目通り、建築されてまだ間もないらしく、入居者もいないのか人の気配は全く感じられない。
……二階にある、光の灯った一室を除いては。
「…………」
その明かりを半ば唖然と見つめていた陽輔は、両手にぶら下げていた野菜の詰まった袋(ミドリさんからの餞別)を地面に下ろすと、ポケットから取り出したスマホを操作する。
そして、実家への通話ボタンをタッチすると、祈る様な気持ちでそれを耳へと押し当てた。
しばしの呼び出し音──。
「……もしもし?」
「母さん?! 俺だよ俺! 陽輔だけど!」
電話が通じた瞬間、堰を切った様に陽輔はまくし立てる。
相手は九州の実家にいる母親だ。
「なによ、騒々しいわね。それにしてもアンタから電話なんて珍しい……真っ当な進路でも決めたの? だいたいアンタは良い歳してヒーローになりたいとか──」
「いや、母さん! その話はとりあえずいいから!」
母親がお小言モードに突入する気配を察知して、陽輔は強引に話を切り替える。
そして、まるで一小節ごとに祈りを込める様に実母へと問いかけた。
「バカな話だとは思うだろうけど、真面目に答えてくれ。母さん、俺に、妹なんて……いた?」
「はあ? アンタなにをバカなこと言ってんの」
その問いに対して、明らかに素っ頓狂な声をあげる母親。
それを聞いて陽輔は「よっしゃあ!」と勝利の拳を握った。
「そうだよな、バカだよな。俺に妹なんて──」
「未来の事でしょう?」
そして、拳を握ったまま膝から崩れ落ちた。
「あの子はお兄ちゃんと一緒に住むんだって嬉しそうだったけど……アンタみたいなお気楽ノーテンキに預けるの、母さんはちょっと心配なのよね。お兄ちゃんなんだから妹の面倒をちゃんと見てあげなきゃダメよ?」
そんな母親の声をどこか遠くに聞きながら。
陽輔はぷるぷると膝を震わせて立ち上がると、一縷の望みを託す様に口の端から言葉を捻り出す。
「母さん……ここ数時間以内に階段から足を滑らして頭を強打したとか、そういう事はない?」
「ないけど?」
「そっか……ありがとう」
絶望だった。
生返事と共に通話を切って、陽輔は再びツブラヤ荘へと向き直った。
見知らぬアパート。
いもしない妹の存在。
何もかもが不可解だった。
自分以外の世界がおかしくなってしまったのではないか? ──今の今まで、陽輔はそう思ってさえいた。
しかし、腹を痛めて子を産んだ母親までもが妹の存在を肯定するとなると……別の可能性が頭をもたげてくる。
そもそも自分には本当に妹がいて。
今日から一緒にここで暮らす予定で。
それなのに、何故か自分だけが妹の存在をスッパリと忘れてしまっている。
──そんな恐ろしい可能性だ。
「そんなことってありえるか?」
そんな自問にも「NO!」とは即答できなかった。
いかんせん、陽輔は自他共に認めるすっとこどっこい。
ここまでくると、どっかで頭をぶつけて部分的な記憶喪失になっていると言う可能性も否定はできない……悲しい事に。
「行くしかないよな……!」
進むか退くか。
そう問われれば、陽輔は『進む』を選ぶ男である。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。
勇気をもって前進すれば、物事はきっと良い方向に転がる。
そんな前向きさが彼の良いところであり、母親からノーテンキと言われる由縁だ。
陽輔は野菜の詰まった袋を持ち上げると。
ズンズンと力強い足取りで、謎の新築アパートへの討ち入りを決行した。
【6】
建物の各所で煌々と光る照明が、真新しい壁の白さを際立たせていた。
しかし、そこを進む陽輔にとっては。
その生活感を感じさせない無機質さこそ不気味である。
「──ここか……」
外から見えた室内の明かり。
それを頼りにやってきたのは、二階の端っこにある『204号室』であった。
「…………」
その玄関を前にして、真顔の陽輔はゴクリと息を呑む。
これでインターホンを鳴らして、かわいい女の子が玄関の扉を開けて「おかえりなさい、お兄ちゃん!」なんて飛び出して来た時には……自身の頭がポンコツになってしまった事が確定してしまうのだ。
「ええい、ままよ!」
覚悟をきめた陽輔は、ぎゅっと目をつぶると。
天に祈りを込めながらインターホンのボタンを押し込んだ。
ぴんぽーん♪
陽輔の悲愴な覚悟に反して、間抜けな音を立てるインターホン。
すると、ややあって。
扉の奥からパタパタと、軽い足音が近づいてくる。
そして──。
「おかえりなさい、お兄ちゃん!」
玄関の扉が勢い良く開かれ、可愛らしい女の子が笑顔と共に陽輔を出迎えた。
出迎えてしまった。
「……って、あれ? どこに行くんですか?」
その場でクルリと向きを変えて、来た道を戻り始める陽輔。
女の子はきょとんとした顔で首を傾げながら、その後を追いかける。
「俺は今から病院に行くんだ。病院に行って、この頭を治してもらわないといけないんだ……!」
「ちょ、ちょっと。なにを言ってるんですか」
追い詰められた表情を見せる陽輔に、女の子は慌てて彼の腕を掴んだ。
「止めないでくれ! 兄さんの頭はついにポンコツになってしまったんだ! こんな可愛い妹の事を綺麗さっぱりすっからかんに忘れてしまうなんて!!」
「よ、陽輔さん! 落ち着いてください!!」
陽輔を引き留めようと、必死に彼の腕を引っ張る女の子。
しかし、4メートルほど廊下を引きずられたところで。
ついにたまりかねた様子で彼女が叫んだ。
「ボクは貴方の妹じゃありません!!!」
「……なんだって?」
ようやく足を止めて。
女の子へ振り返った陽輔は、かっくりと首を傾げた。
「俺の妹はどこにいるんだ?」
彼の素っ頓狂な言葉に、女の子はその場で器用にずっこける。
そして、これでは埒があかんとばかりに再び声を大きくした。
「もともと貴方には妹なんていないんです!!!」
──すぐにハッとした様子で、女の子は口をつぐむ。
それは彼女にとって、大っぴらに口にしてはいけない言葉だったらしい。
周りを見回して誰もいない事を確認すると、安堵の吐息を零していた。
「それじゃあ……君はいったい?」
疑問符を頭の上に浮かべまくっている陽輔の問いに、再び女の子はハッとした表情を見せる。
そして、先程までの引っ張り合いで乱れた衣服と髪をちょいちょいと手直しすると、改めて女の子は陽輔へと向かい合った。
「ボクの名前はメビウス。М78星雲『光の国』からやって来た宇宙人です!」
花ひらく様な美少女の笑顔。
それは陽輔の頭の上へ、さらに大量の疑問符を生産するのだった。