住めば都のツブラヤ荘 作:タッコング
【4】
一瞬の暗転。
浮遊感。
そして──眼前に広がる星の海。
「うわあああっ?!」
突然、宙に放り出される様な感覚に。
陽輔は驚愕の叫びと共に、まるで水中で水をかく様に手足をばたつかせる。
そんな彼のもとへ、メビウスがふわりと飛ぶようにして近付いて来た。
「陽輔さん、落ち着いて」
「ちょ! 部屋! 宇宙?!」
動転して文章にまとまらないのか、陽輔の口からは端的な単語だけが飛び出してくる。
確かに陽輔からすれば、落ち着けと言うのが無理な話だ。
誰だって突然に宇宙空間へ放り出されれば、このくらいの狼狽は仕方ないだろう。
しかし、そんな陽輔を見つめて、メビウスはにっこりと笑ってみせた。
「安心してください。これ、ただのVRですから」
「……
事も無げに言ってのける女の子を前に、陽輔はぶんかぶんかと首を横に振る。
「ちょろっとスマホを操作しただけで、部屋をまるごと『宇宙』に変える様なVR映像なんて、地球では『ただの』なんて形容しないんだよ。ついでに、なんか体も浮いてるし」
「ああ……そこは、ほら、ボクって宇宙人なので」
宇宙人。
出会った時から彼女の言ってた事ではあるし、なんとなく流していたが、ここに至ってようやく陽輔は心の底から理解した。
──この女の子、ガチで地球人じゃない。
陽輔がそんな戦慄を感じているとは露知らぬ様子で、メビウスは話を続ける。
「今、ボク達が見てるのは地球から300万光年ほど離れたM78星雲の光景です。そして、あそこに見えるのが──」
誇らしげにメビウスが見つめる視線の先。
まるで宝玉の様に、闇の中で一際に美しく輝く巨大な星がそこにあった。
「ボクの故郷……『光の国』です!」
「光の……国」
呆けた様に呟く陽輔。
その光景はすでに、地球人のスケールを超えていた。
──メビウス曰く。
遥か昔、この星は地球と同じように、恒星を回る惑星であったと言う。
住んでいた人々もまた、地球人に良く似た姿をしていたらしい。
しかし、26万年前。
突如その恒星が大爆発を引き起こした事によって、この星は死の惑星となってしまった。
恒星を失った事で惑星の環境は激変し、全ての生命が絶滅に瀕する中──この惑星の科学者達はその技術を結集して『人工太陽』を造り出した。
「それが『プラズマスパーク』です。ボク達はそのプラズマスパークから放射されるデイファレーター光線と言うモノの恩恵を受けて、自分達の生命と星の環境を維持しているのです」
「なんと言うか……壮大な話だな」
「あはは。ボクもそう思います」
ピンときてるんだかきてないんだか、微妙な表情でぽりぽりと頬をかく陽輔に、メビウスもあっけらかんと言葉を返す。
「話の続きに戻りますけど──そうして命を長らえたボク達なんですが、ディファレーター光線はボク達の身体に重大な変化も与えたのです」
メビウスが虚空に向かって指先を走らせると、映像が切り替わる。
そして、次に現れたのは──銀や赤の配色も鮮やかな雄々しい巨人達の姿だった。
「これが『光の国』に住む者の姿です」
「ええっ?!」
思わず叫びながら。
陽輔は隣にいる少女と巨人の姿を何度も見比べた。
そんな視線を受けて、ぽっとメビウスが頬を赤らめる。
「あんまり見ないでください……恥ずかしい。きゃっ」
それを厭世とした表情で眺める陽輔。
女性は化粧で別人に変わり、本来の姿とのギャップにショックを受ける男性諸氏も多いと聞く。
しかし、メビウスの持つギャップはそんなもんじゃない。
平地から富士山頂くらいまでの差があった。
ショックどころか、人間(宇宙人)不信に陥りそうなレベルである。
「あっ、この映像は男性ばっかりですから。私はこんなにゴツくないです──それはともかく」
そこはかとない乙女心を感じさせる注釈を付け加えながら、メビウスは表情を真面目なものへと変えた。
「このディファレーター光線によって変わったのはボク達の姿だけではありません。この姿になった事で強大な力も得たのです!」
メビウスの指が虚空をなぞる。
再び映像は切り替わり──轟音と共に光の国の巨人が、やはり巨大な怪獣へと挑みかかる光景が陽輔の眼前で展開された。
──怪獣。
そう……その他に形容のしようがない、凶悪な見た目をした生物である。
「こ、これは……戦ってるのか?」
「はい。ボク達は姿を変容させると共に戦う力をも得ました」
四足歩行の怪獣を見事に投げ飛ばした巨人が、ゆっくりと腕を交差させる。
陽輔にはそれがまるで、怪獣へと何かの狙いをつけているかの様に見えた。
「あれは──」
何をしようとしているのか?
映像を見つめる傍らの少女に声をかけようとした、その刹那。
巨人の交差させた腕から、凄まじい光の奔流が迸る。
それは周囲の空気を灼きながら怪獣の体へと突き刺さり──いとも容易くその巨体を爆散させた。
「……ご覧いただいた通り、それはとても強すぎる力でした。使い方を誤れば、自分達すらも滅ぼしかねない程の」
映像の中で、もうもうと立ち上る黒煙。
それを見つめながら陽輔は、ごくりと息を呑んだ。
メビウスの説明の通りなら、光の国の住人は皆、こんな恐るべき力を持っているのだろう。
そんな宇宙人が果たして地球に──さらに言えば自分にいったい何の用があるのか、陽輔の不安と疑念は膨らむばかりだ。
そんな心情を察してか。
今は細く愛らしいメビウスの指先が、そっと陽輔の手を握る。
「安心してください。永い時の中で、ボク達は与えられたこの力を宇宙の平和を守る事にだけ使ってきました。陽輔さん風に言えば『正義のヒーロー』と言うところでしょうか……どうかボク達を信じてください」
──ヒーロー。
その言葉にハッとなった陽輔は、メビウスの顔を見つめる。
彼女の澄んだ瞳は、燃える様な情熱に煌めいていた。
それは言葉よりも雄弁に、その誠実さを物語っている。
「……あ」
陽輔の脳内で、遠い日の記憶がフラッシュバックする。
おぼろ気な『誰か』の面影に、メビウスの顔が重なって見えると──不思議と陽輔の心から疑いの色は消え失せていた。
「君の言葉、信じるよ」
やわらかな笑みを浮かべた陽輔が力強く頷いてみせると、受け入れられた事にホッとした様子で、メビウスは笑顔の花を開かせる。
しかし、彼女はすぐに口元をきゅっと引き結んだ。
「……陽輔さん、現在この地球は──いえ、この北川町は宇宙からの脅威に狙われています。ボクは貴方とこの町を守る為にやってきたんです」