【ヒト息子ソウル】原作・競馬ミリしらなので安価で進むしかないウマ娘生【転生】   作:やはりウマ娘二次創作界隈は魔境

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 “とれーなー”さん、今日のワタシを目に焼き付けてください。


菊花賞の後に・『大輪の 咲き誇れども 嘆きのみ』

 

 その日、京都レース場はここ数年で稀に見る活気を見せていた。

 

 ここまで無敗の二冠ウマ娘、ミタマガシャドクロ。

 先日のインタビューでの、既に同期に敵は居らず、ただ強き先達の世代打倒だけを見据える旨の発言。

 それをどのように受け取ったか。それはまた受け取り手次第ではあるが、概ね今日この日ここに集った彼ら彼女らは、ミタマガシャドクロの走りに彼女の雄足るか否かのその全てを委ねた。

 

「今日の主役と言っても過言ではないウマ娘ミタマガシャドクロだが、彼女にとって菊花賞、最強を証明する3000メートルという距離は全くもって未知だ」

「どうした急に」

「クラシックディスタンスと呼ばれる皐月賞、日本ダービーの距離で活躍できたとしても、ステイヤーの領域であるこのレースでは涙を飲んだウマ娘も少なくない」

「確かにな。速さの皐月賞、運の日本ダービーに続く三冠目、世代最強を決める菊花賞は何よりも適性距離が絡んでくる。これまで無敗のミタマガシャドクロを凌ぐ伏兵がここに来て現れないとも限らない」

 

 眼鏡を掛けた男は、続々とコースに足を踏み入れるウマ娘達一人一人を注視しながら話す。隣のパーカーを着た男はそれを深く肯定した。

 その言葉の応酬は、ここにいる観客ほとんど全員の懸念であった。

 

「だが、俺はやってくれるんじゃないかと思っている」

「……そうだな。俺も、そう思うよ」

 

 その時、一際大きい歓声と、そしてそれ以上の驚愕がレース場に伝播した。

 緊張など欠片も見せず、黒衣に身を包んだ少女がレース場へと現れる。

 

 

 ────その背後に、おどろおどろしい異形を従えて。

 

 

「……ミタマガシャドクロ、そこまで君は……」

 

 それを上から見下ろす皇帝は顔を歪ませる。

 

「ミタマさん……!」

 

 烈火の少女は善くない予感に後輩を憂い。

 

「……本気、なんだね……ミタマ」

 

 同じく無敗の三冠を志す未来の帝王は修羅を垣間見る。

 

 そして。

 

「ミタマ……!」

 

『菊花賞、スタートしました!!』

 

 

 何を憚ることもなく、誰の想いを汲むこともなく。

 これを遮るものは何も無し。

 

 

 ()()は、滞りなく走り出した。

 

 

『本日の圧倒的一番人気、ミタマガシャドクロはいつも通り最後方からの出だしですね』

『そうですね。しかし、追い込みこそが彼女の常套戦術にして真骨頂。後はいつものように走り抜けられるかどうかですが……』

『その辺り、どの陣営も光明にしているようですね。これは荒れるかもしれません!』

 

 実況の言葉の通り、この菊花賞にミタマガシャドクロの三冠阻止を掲げる全ての陣営が、彼女の適性距離の不透明さを最大の糸口としていた。

 なにせ、それ以上の光明が見えなかったのだ。それでも、それこそが唯一にして最大と言える根拠が確かにあった。

 

 ミタマガシャドクロは他の世代と比べても強くない。

 三冠に手を掛けながら同期の中でも見劣りするという認識もあり、裏では不作の一強、運だけのフロックとまで言われる彼女。

 事実として、皐月賞、日本ダービーにおける凡庸な勝利タイムはそれを裏付けている。

 全てのウマ娘が、私の方が強いのだと強く思っていた。

 

『各ウマ娘、最初のホームストレッチに入ります!』

『各陣営、ミタマガシャドクロをかなり警戒しているようですね。ここまで競り合いなく、どの子も余裕が伺えます』

 

 実況の言うように、どのウマ娘たちも余裕を持ってこの大一番に臨めていた。

 絶対にミタマガシャドクロに勝つという気概を胸に、この時ばかりは誰も彼もが知らぬ内に一致団結していたのだ。

 

 それが、最大の愚行であるとも知らずに。

 

 

「……ミタマ、そんな……!」

 

 

 誰よりも彼女の近くに居続けたトレーナーには、それがすぐに分かった。分かってしまった。

 

 地面から這いずるように現れる幾つもの骨腕。

 淀んだ地面からくるくるくるくる。

 宿業の坩堝。禍々しくも、荘厳で、美しさすら伴って。

 ターフの緑は暗黒のように染まり、まるで異界のようになる。

 まさにその瞬間は強きウマ娘達の心象の具現そのもの。

 

『これから最終コーナーに入ります! ここまで動き無し! どうなってしまうのか!?』

『これは、ますます読めなくなってきましたね』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 咲きたい。もう一度、今度こそ、咲きたい。

 まだ、まだ。足りない。乾く。欲しい。勝利が。

 未だ満ちぬ華は養分を求める。綺麗に咲くために、命を欲する。

 最後尾から御魂を宿した餓者髑髏は滲み、溶けゆくようにレース場を侵食する。黒く、黑く、紅く、赫く。

 それは顕現する為に。

 踏み砕かれた夢を、骸となっても叶えたいから。

 

 

「ぁ」

 

 それは、誰の声だっただろうか。

 微かな声は消え行く。

 

 

 

 ────そして、真っ赤に華が、()()()

 

 

 

『おおっとぉ!? どうしたことでしょうか!? 快走していたウマ娘達が続々と沈んでいく!?』

『これは……』

 

 彼岸の花の大輪が、ターフに赫赫と咲き誇る。

 美しく、危うい華が叶えたい夢のためにその身を咲かせる。

 

 そのレース場で一番最初に異変に気がついたのは彼女のトレーナーであっただろうが、最もそれを実感したのは共に走るウマ娘達であった。

 

 目に見える程に濃密な気配、骨の掌が掴む。握り潰す。どろどろに溶かして、全てを勝手に持って行く。勝ちたい気持ちも、情熱も、何もかも。

 もう走らなくても良いんだ。全部、全部。あの子が連れていってくれる。あの子が私たちの夢を背負って、叶えてくれる。

 

 一度思ってしまったなら、もう無理だった。

 一人、また一人とウマ娘達が沈み、最後尾から死装束を纏った黒鹿毛の少女が一転して先頭に躍り出んと迫る。

 

 最後の一人、意地でもこの想いは渡さないと涙を堪えて走るウマ娘がいた。

 走る。走る。走る。心臓が破れそうだ。でも走らなくちゃ。走らないと、自分でいられなくなる。

 苦しいけど、この舞台に立てたんだ。絶対に抜かされるもんか。トレーナーのために、応援してくれたみんなのために勝つんだ。

 絶対に、勝ちたい。

 

 

「────お覚悟」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その背に、鋭く燃ゆる()()が深々と突き立てられた。そんな幻覚。強いイメージの押し付け。

 しかし、たったそれだけで先頭の少女は全てを奪われた。

 下手人の少女は何事も無かったように走り続ける。それが自分の使命なのだと、そのための命なのだと確信しているから。

 

 ワタシは、導きに祝福されている。ワタシだけがそうあれと導かれている。

 

『ミ、ミタマガシャドクロ先頭! ミタマガシャドクロ、先頭です!? これまでからは信じられないような凄まじい加速!?』

『……まさか、これほどまでとは……こればかりは誰も予想できなかったでしょうね』

 

 観客を呆然とさせるほどの走りを見せながら、少女はなおも加速する。

 既に後ろとの差は六バ身。それが、さらに七、八と開いて行く。

 

『ま、待ってください……!? これ、もしかして……!』

『はい、もしかするかもしれませんよ。これは、とてつもない走りですね』

 

 実況すら息を飲むその理由は残り四ハロン時点でのタイム。

 既にレコードより0.4秒速く、しかし少女は止まることを知らない。

 

 この一瞬で、全てを燃やし尽くすように。

 

『他の子達も頑張りますが、これは厳しいか!?』

『団子状態で余裕は既に皆無ですね』

 

 追い縋ろうと、必死に脚を回そうにも少女達は自分の体力が既に尽きかけていることを畏怖の中で理解した。

 ここにおいてはもう、ミタマガシャドクロを拒む者はいない。

 

『止まらない! 止まりません! ミタマガシャドクロ! 先頭! 先頭!』

 

 実況は類を見ないその走りに、熱に浮かされたように叫ぶ。

 観客達は無敗の三冠、その瞬間を今か今かと待ち侘びる。

 

「ミタマ……! もう、やめて……それ以上は……!」

 

 それでも、彼女のトレーナーだけは悲愴で悲痛な面持ちのまま、その名を呼んだ。彼女に制止を求めた。そうせざるを得なかった。

 このままではダメだ。あれは絶対に止めないと。間違いなく限界を超えている。

 出逢い、誓い、日々、夏祭り。これまで共に過ごしてきた想い出が、走馬灯のように巡る。

 

 

 それでも、走り出したのならば必ずその瞬間は訪れる。

 

 

『今、ミタマガシャドクロ! 先頭でゴール! 私たちは今、歴史的瞬間に立ち会っています!!』

『史上五人目の三冠ウマ娘、それも二人目の無敗三冠ウマ娘の誕生です……!』

『しかも、上がり三ハロンはレコードを二秒半更新! 誰も予想だにしなかった快挙です!』

 

 レース場が沸く。立ち尽くす黒鹿毛の偉業に祝福が降り注ぐ。

 フロックではない。不作の一強などではなく、彼女は最強なのだ。

 彼女こそが無敗の三冠に相応しいのだと、新たな王者に歓迎の声を贈る。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その時だった。

 ふらりと、王者の華奢な身体が揺れる。

 とさり。少女がターフに転がった。

 

「ミタマ!?」

『おっと!? どうしたことでしょうか!? ミタマガシャドクロ、ターフに倒れてしまいました! 一体何が!?』

『心配ですね……』

 

 誰よりも早く、彼女のトレーナーがターフに飛び出て駆け寄った。

 熱く、燃えるような身体を抱きかかえて、トレーナーは愛バに呼び掛ける。

 確信にも似た絶望を覚えながら。

 

「ミタマ! しっかりして!」

「“とれーなー”、さん……?」

「そうよ! 貴女のトレーナーよ!」

 

 弱々しく、掠れた声。震える身体。青ざめた顔。

 尋常ではない様子に、トレーナーは焦る気持ちを抑えられない。

 

「あの、脚、が……」

「っ、脚がどうしたの!? 痛むの!?」

「……動かない、です……どうして、でしょう?」

 

 その言葉に、トレーナーははっと息を呑んだ。

 見ただけでは分からない。だが、ウマ娘の脚は何よりもデリケートだ。

 軽く触れれば、脚は酷く発熱していた。

 

「あ、の、“とれーなー”さん」

「ミタマ、喋らないで! すぐに病院に連れて行ってあげるから!」

「ワタシ、ワタシ……勝てました……よ?」

 

 弱い声音は、怯えているようにも思えてトレーナーの胸を締め付ける。

 微かに微笑んで、ミタマガシャドクロはトレーナーの頬に震える手を添えた。

 冷たくて、とても無敗の三冠を成し遂げたウマ娘のものとは思えないような弱々しい掌。

 

「あの日の、約束……果たせ、ました。“とれーなー”さん」

「ええ、ええ! 見てたわ、凄いわよ! 貴女が、私の愛バが一番強かったの! だから今は休んで!」

「ふふ。変な、“とれーなー”さんですね。ワタシ、まだ、まだ、走れます」

「ええ、そうよ! 貴女はもっと走れる! 私は貴女の走りがもっと見たい! お願いだから!」

 

 それは心からの願いだった。

 自分の愛バにどうしようもなく魅せられてしまったから。目が焼けて、他のものが見られない。

 あの危うさを孕んだ走りの中に、何よりも美しさを覚えてしまったのだ。

 

「“とれーなー”さん、ワタシ、なんだか眠たいです……おかしいですね……」

「っ!? ミタマ! しっかりして! ダメよ! そんなのダメ!」

「起きたら、また、走ります。きっと、何度でも。ワタシは“とれーなー”さんの愛バですから……」

 

 必死の呼び掛けも甲斐は無く。

 ミタマガシャドクロは、ゆっくりと眠るように目を閉じて力を失った。

 安らかな、満ち足りたような顔で。

 

 

「ミタマ……!? ダメだってば、ミタマ! ミタマぁ!!!」

 

 

 それは絶望に拠る慟哭のように。

 もっと、より良い未来を掴み損ねた懺悔にも似て。

 非情な現実を報せるように、京都レース場に響き渡った。

 

 

 




 


 以下、作者の妄想。



[宿業坩堝]ミタマガシャドクロ
★★★☆☆
芝:A ダート:E
短距離:G マイル:C 中距離:A 長距離:A
逃げ:C 先行:C 差し:B 追込:A
スピード:+10% スタミナ:+20% パワー:+10% 根性:-10% 賢さ:±0%
固有スキル:『抜刀禍津御魂・大輪』
最終コーナーまで後方にいた場合、自分より前のウマ娘全員からスタミナとパワーを奪い、器から溢れ出した想いで速度が上がる。
『スタミナイーター(全距離)』
『スピードグリード(全距離)』
『曲線のソムリエ』

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