【ヒト息子ソウル】原作・競馬ミリしらなので安価で進むしかないウマ娘生【転生】   作:やはりウマ娘二次創作界隈は魔境

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 あ〜、ボーナスタイム〜(
 アンチヘイトの意図は欠けらも無いのでタグは付けません。


ホープフルSの後に・『夢の跡 踏み往き語る 希望かな』

 ホープフルステークスの後、私は控え室にて今日の主役を待っていた。

 

「あ、ミタマ、お疲れ様!」

「……“とれーなー”さん」

 

 がちゃりと音を立てて入ってきたのは私の担当ウマ娘。いつも通りの様子なミタマの姿に内心ほっとする。

 

 今日、このホープフルステークスが彼女にとって初めてのG1だ。

 G1どころか重賞でもほとんどのウマ娘は重圧を覚えることだろう。緊張に潰されてしまう子だって相応にいる。それくらい、ウマ娘にとってトゥインクルシリーズの重賞レースは重要な物だ。

 故にあれだけ超然的な彼女も例に漏れず緊張しているかもしれないと思ったが、その心配は杞憂であったらしい。

 ミタマは平素と変わらず物静かで朧気な佇まいを崩さなかった。

 レース前だから無理をしているのかと思えばそのようなことも無く、自分の実力を十分発揮して勝利を獲得してきてくれた。

 きっと彼女には良い意味で緊張感が無い。

 ただ走り、斯く在り続ける。彼女はそれを体現している。

 これから最低でも三回はG1に出る。彼女のそういった性質はきっと有利に働くことだろう。

 

 いや、それはそれとして今はそんなことよりも大切なことがある。

 

「おめでとう!」

「……おめでとう、ですか……?」

 

 キョトンとして首を傾げるミタマに頷いて、私はペットボトルを差し出した。

 

「ええ、貴女は今日、無敗でG1ウマ娘になった。無敗の三冠を成し遂げる為のスタート地点に立ったんだよ」

「……なるほど」

 

 実感が湧いていないのかもしれないが、それも無理は無い。

 私は初めての担当が無敗のままG1レースを勝利したことに、彼女の夢である無敗の三冠に確実な一歩を進めたことに大いに喜び、捲し立てるように言葉を紡いだ。

 

「来年からクラシック、勝負の年。弥生賞から始動するつもりなんだけど、それでも良い? 何かあったら聞くよ?」

「……」

「ミタマ?」

 

 ぼうっとした様子のミタマに声を掛けると、彼女はその深紅の眼を此方に向けて口を開いた。

 

「……希望とは、如何なるものでしょうか」

「え」

「……今日、共に走った方々にも夢があった。ワタシには使命があった。ワタシはその夢を踏み潰しました」

「ミタマ……それは……」

 

 私は何も言えなかった。

 何かを言うという発想すら出てこないほど、彼女の言に不意を突かれた。

 

「……いえ、これはきっと、無用な感傷なのでしょうね。気にしないでください」

 

 ミタマには何か思うところがあるのだろう。その言い草は、どこか納得していないように見えて。

 私はこれまでの半年と少し、ミタマを無敗の三冠ウマ娘にするために無我夢中でやってきた。新人なりにやれる限りのことはできたはずだ。

 だが、ホープフルステークスを終えた今、ふと思う。

 

 果たして、私は彼女の何を知っているのだろうかと。

 

 

「……では、“とれーなー”さん。ワタシは“ういにんぐらいぶ”の打ち合わせに行って参ります」

「え、う、うん。頑張ってきてね」

 

 G1を勝利して彼女は嬉しくないのか。そんなはずはない。そう断言することは出来なかった。

 私は彼女を笑顔で送り出せなかった。

 彼女が部屋を出て行ってから、私は椅子に座ったままぼうっと天井の照明を眺めていた。

 

 コンコン。

 控えめなノックの音。

 

「あ、どうぞー」

 

 私は慌てて居住まいを正すと入室を促す。

 そして入ってきた存在に目を剥いた。

 

「やあ、いきなりすまないね」

「え、あ、え……もしかしてシンボリルドルフさんですか?」

「ああ、如何にも。そういう君はミタマガシャドクロのトレーナーくんかな?」

「は、はい! 私がミタマの、ミタマガシャドクロのトレーナーです!」

「そんなに畏まらないでくれ」

 

 そこにいたのは、あの皇帝()()()()()()()()

 無敗三冠に留まらず、計七つの冠を戴いたレジェンド的ウマ娘の一人だ。

 まさかのビッグネームの登場に、私は挙動不審になってしまった。

 いや、仕方ないじゃないか。シンボリルドルフは私の大好きなウマ娘の一人なのだから。もちろん一位はミタマ、と言い張りたいところだが、そう言い張れるだけの資格があるかは正直自分では分からない。

 

 と、それより今は目の前の皇帝だ。

 

「あ、あの、どうかしたんですか?」

「いやなに、ミタマガシャドクロにおめでとうの一言でもと思ったんだが……少し遅かったみたいだね」

「はい、ついさっき打ち合わせに行ってしまって……」

「ああ、気にしないでくれ。私の決断が遅かったのが悪い」

 

 決断?

 いったい、何の決断だろうか。

 疑問を覚えてシンボリルドルフへと目を向ければ、彼女はいつにも増して真剣な顔をして口を開いた。

 

「トレーナーくん。君は、彼女のことをどう思う?」

「どう、とは」

「彼女は、少し違う。何かを抱えている、そう思うんだ」

 

 ……彼女の言いたいことに思い当たる節はあった。

 恐らくシンボリルドルフは、彼女の勝負服申請書に目を通したのだろう。

 トレセン学園の生徒会長である彼女には目を通す義務があるし、それだけの権限がある。

 だからこそ、彼女の勝負服に託す想いを知っているのだ。

 

「志半ばで散っていったウマ娘達の勝利への渇望」

「……はい」

「きっと彼女は大きな物を、それも一人では背負い切れないような物を背負っている」

 

 何を背負っているのか、それまでは分からない。

 分かるかもしれない私が、怖くて彼女に聞けずにいるから。

 

「トレーナーくん、君もアレを見たんだろう?」

「……あの、骨の」

「そうだ。きっと、アレに何かしら答えがある」

 

 レースの時、彼女の背で嗤う大きな怪物の幻想。

 歴戦のウマ娘や、才気溢れるウマ娘がレースの時に見せる現象に似ているが、あれは良くないモノだ。その確信がある。

 もしもあれが彼女の走る理由、アイデンティティなのだとしたら、私はトレーナーとして彼女を助けなければならない。

 触れてはならないものだとしても関係は無い。

 

「……時折、思うんだ」

「?」

「私は全てのウマ娘の幸福を願い、これまでを、今を、そしてこれからも走り続ける」

 

 シンボリルドルフの願い、それは全てのウマ娘の幸福。

 彼女はその為に労を惜しまない。

 私はそんな彼女の高潔な願いに、強い姿に魅せられたのだ。

 

「ウマ娘の根源には走ることへの憧憬がある。そして、勝つことへの執念もまた同様に私達の中に刻まれている」

 

 どこかやつれた様子のシンボリルドルフは、噛み締めるように言葉を紡ぐ。

 そこには、私が知り得ない様々な想いが宿っていた。

 

「私はこれまで、全てのウマ娘の幸福を願いながらも、立ちはだかるウマ娘達の願いを、夢を、想いを、その尽くを踏み砕いてきた」

「でも、それは競走だからで」

「だがな、私は走っている時、自分の本能を何よりも慈しんでいる。勝ちたいという渇望を抑えた試しがない」

「……けど」

「分かっているとも。分かっている。それでも、思うんだ」

 

 競走だから仕方が無い。

 勝者がいれば敗者がいる。勝負とはそういうものだ。

 闘争を望むウマ娘という種族であるのだからなおさらに。

 

 けれど、彼女は優し過ぎる。

 彼女の願いは大きくて、それでいて無垢に過ぎた。

 

「私は、指導者ではあるかもしれないが断じて救済者では無いのだ」

 

 全てのウマ娘の幸福を願うことは、全てのウマ娘にとっての救済者となることではない。そして指導者になるということは、より良い未来を得る為に決断をするということだ。それは時に切り捨てる決断も。

 もし仮に切り捨てたならば、自身を救済者と名乗るのは烏滸がましいにも程がある。

 全てのウマ娘の幸福の為に身を粉にして夢に殉じるということは、全てのウマ娘の為のことではあっても、全てのウマ娘の為になることではないのだ。

 その為にウマ娘の夢を踏み砕くなら尚のこと。

 

「だから彼女が、ミタマガシャドクロがいるんじゃないか、とね」

「え」

「彼女という存在が、私という存在を、私のような勝つ者を恨む全てのウマ娘の総意なのかもしれない」

 

 彼女が何を言いたいのか、私には分かってしまった。

 だからこそ、私は我慢ならなかった。

 

「っ、ミタマはッ! 貴女に罰を与えるために走ってるんじゃない!!」

「っ」

「ミタマは、何考えてるか分かんない時もあるけど、それでも走ってるんだ! 彼女なりに想いを抱いて、ターフに蹄跡を残してる! そんな下らない理由で走ってるわけない!」

 

 気が付けば、私は俯く彼女に声を荒げていた。

 

 確かに私は知らない。

 私はシンボリルドルフが何を思い、何を抱えてきたのかを何一つ知らない。彼女がどれだけ苦悩しているのかなんて、図り知ることすらできない。

 それどころか、情けなくも私は担当であるミタマのことだってほとんど知らないけれど。

 

 だけど、彼女の夢は嘘じゃない。

 

 彼女があの時見せた悲しそうな顔は嘘じゃない。

 

 あの夜の、私と彼女の約束は嘘じゃない。

 

 

「……すまない、こんなことを口にするつもりじゃなかったんだ」

「あ、いえ、私こそ、こんな……」

 

 熱が急激に冷めていくのを感じる。

 私はなんてことを、とは思わなかったけれど、それでも一時の激情に身を任せてしまったことは一人の大人として恥じるべきことだ。

 

「彼女に伝えておいてくれ。ホープフルステークス、優勝おめでとう、と」

「……自分で伝えてください。私の分はもう伝え終わりましたから」

 

 去り際、そんなことを言う彼女に、私は驚くほど冷たい声音で突っぱねた。

 閉じる扉。その隙間から見えた彼女の、切なそうな表情がやけに頭に残っていた。

 

「あー、なんか、複雑」

 

 まるで、理想郷の真実を知ってしまったような気分だった。




 希望とは、如何なるものでしょうか:ホープフルステークスってなんでホープフルなんですかね? ていうか、名前の割りに希望とか夢って感じしないですよねーw

 彼女なりに想いを抱いて〜:えー、ほんとにござ(

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