恩義など、最初から感じてなどいない。
幾千幾百の年月が流れて人の心も失ってしまったのか、ただ只管に女王卑弥呼の御身を守護する為に生きてきた、あの冒険者という無法者達が侵入して来た時点で地上の連中に信頼など出来ぬ、しかしこの心のつっかえは一体何なのだろうか。
嶋「左近、城の護りは任せる、このベル・クラネルを戦力にする為少し篭るぞ」
左近『御意…』
嶋を中心に嵐の防人達にも様々な感情が渦巻いた、しかし新しい仲間は久しぶりのことであって、皆一様に新参者の到着を待ち侘びていた。
地上ではベル・クラネルが行方を晦ました事で話題が持ちきりであった、まさか嵐の防人達に連れ去られたのか、はたまた愛想を尽かして街から出て行ったのか、再びあらぬ噂ばかりが飛び交っていた。
ヘスティア「…」
神ヘスティアには概ねの予想は付いていた、19階層、そこで姿を晦ませたのだろう。
理由も概ねの検討がつく、何処までもお人好しのベル・クラネル、今回ばかりは主神もお怒りである。
ヴェルフ(あんな怒ってるヘスティア様は初めて見た…)
しかし捜索隊を出すにも、相手は強力すぎる、ヘスティアファミリアの面々でさぁ探すぞとなっても、結果は目に見えている。
ヘスティア(なんとしてでも身柄だけは確保したい…でも誰に頼んでも危険すぎる…)
リリ「ヘスティア様…リリは行きます、この身が切り刻まれようと、ベル様を救出します!」
命「自分も同意見です、ベル殿は大切なファミリアの仲間です、むざむざと見捨てるわけには行きません!」
春姫「私も…ベル様を助けられるのであればこの身に変えてでも…!!」
ヴェルフ「…お前ら、ヘスティア様の気持ちも汲み取ってやれ」
ヘスティア「…すまないが、ヴェルフ君の言った通りだ、今回の件に関しては…おいそれとさぁ行けと言えない」
この身に変えたとして、それでベルが帰って来れたとして何を思うだろうか、自責の念にあの少年は間違いなく耐えられないだろう。
リリ「では…ではどうするのですか!ベル様の居所はもう掴めているんですよ?!」
ヴェルフ「掴めてるからこそ厄介なんだ、19階層に用事があるっつたら、嶋義貞にしかねぇだろ」
あの時、ベルにもっと釘を刺しておけば…ヴェルフ自身も自責の念に取り憑かれていた。
ヘスティア「…諦めるつもりは毛頭無い、ただ今の僕たちに出来ることは何も無いと言う事だけどは理解してくれ、ベル君みたく行方を晦ませられたら、僕はもう耐えられない」
リリ「…っ」
ヴェルフ「…ックソ!」
打開策はある筈だ…この子達が命を散らす事などない。
ヘスティアはギルドへと足を運んだ。
エイナ「やはり、19階層にベル君が…」
ヘスティア「十中八九間違いないだろうね、安否の確認は出来ないけど」
エイナ「…今やどのファミリアもダンジョンへの立ち入りは制限しています…ギ…ギルドとしては…打つ手が…すみません…」
ヘスティア「…大丈夫、君は何も悪くないから自分を責めないでくれ…そんなに泣かれてしまうと僕が困ってしまう」
やはりクエストの受注は無理であった、薄々勘づいてはいたが。
今は本当に指を咥えてみてるしか無い状況である。
ティオナ「アルゴノゥト君、行方不明なんだって?」
アイズ「…」
ベルの行方不明の報を聞き、アイズは落ち着かなかった。
自分があんな事を言ってしまったから愛想を尽かされたのか…はたまた街から出て行った原因を作ってしまったのは自分なのか?あり得ない予想が浮かんだ消えて行った。
レフィーヤ「街から出て行ったとかいろんな噂が流れてますが…」
ティオナ「う〜んそれは無いんじゃ無いかなぁ、だって一昨日ダンジョンに入っていくのみたし」
レフィーヤ「え?」
アイズ「…ティオナ、それほんと?」
ティオナ「うん、確かリヴィラの街の冒険者と一緒に入ってったよ」
行方はわかった、邪馬台国だ。
アイズの中で全ての合点が行った、あの話をした後に嶋義貞に会いに行ったのだ。
アイズ「……」
皆が寝静まった夜中、一人の少女がダンジョンへ潜る準備をしていた。
ドアから出れば間違いなく番のものに気付かれ、裏口から回ってもおそらく幹部レベルの冒険者には気が付かれるだろう、しかしそんなのは時間の問題である、少女は屋根に飛び移り、闇夜を屋根から屋根へと駆け抜けていった。
シマ将軍は忠誠心は防人の中でも最も高く、女王卑弥呼の御身を護る為であれば冷酷に、情け容赦なく敵を切り刻む。
だが恩義は最も大切にする男だ、あの寂しそうな気配は何だったのであろうか。
左近『……成ッタカ』
何があろうとシマ将軍に従い、侵入者は全て殲滅する、それが我ら嵐の防人の務めなのだ。
ベルは、女王卑弥呼の御前で儀式に巻き込まれていた。
嵐の防人となるための儀式だ。
ベル「ッグあ″っ!!ああああ″あ″!!」
嶋「…」
女王卑弥呼の力がベルに流し込まれる、嵐の防人としての素質がなければそこで死に絶えるが、ベルには脈々と力が注がれている。
将軍級…いや、ベル・クラネルはそれ以上の力を得られる。
ベル「しまぁぁぁ!!!し″ま″ぁ″ぁ″ぁ″!!!」
器に水が注がれた、これで完成である。
ベル『ッグ!ウうっ…!』
嶋「貴様の名は?」
ベル『ベる…ベル・クらネル…っ!』
嶋「貴様の務めは?」
ベル『じょ、女王ヒ弥呼の御身を護リ…違う…僕は…!!や、邪馬台国を護る…っ!!』
ベルは、今や卑弥呼の力を注ぎ込まれ嵐の防人となった。
力が体に馴染んでゆく、オラリオの日々が全て泡となって消えてゆく。
嶋が言っていた僅かながらに思い出す故郷、その程度の記憶となってゆくように。
嶋「嵐の防人ベル・クラネル 、貴様を足軽大将と任命し、左近虎徹の元で務めを果たせ」
ベル『御意のままに…』
アイズ「…っ」
19階層手前に辿り着いたアイズは不穏な気配を察知した、慣れ親しんだ者の気配ではあったが、何かが違っていた。
アイズ「…ベル」
19階層へ足を踏み入れるのはこれで二回目であるが、この異様な雰囲気はなれるものでは無かった。
そこいらに散らばっている人骨も、飾られた様な人の死体もダンジョンはおろか地上の世界でも見たことのない光景である。
和風な街の廃墟を抜け、城門へと辿り着いたアイズはこの中にベル・クラネルがいると確信した。
『そこな女!何用か!!』
アイズ「…ベルを迎えに来た」
城門の上から誰何された、嵐の防人だ。
『ベル様は現在足軽大将の就任の儀を執り行われている、それに貴様のような奴を通すわけがなかろう、立ち去れ』
アイズ「ベルに…ベルに会わせて!」
『くどい!立ち去らぬのならば侵入者とみなし…』
突然後ろから東洋の甲冑を付けた少年が姿を見せた、口元は布で覆われていたが、紅の瞳を見てすぐにわかった、それはベル・クラネルだった。
ベル『…謁見の間まで案内せよ』
『…はっ、御意のままに』
城門が開かれ、アイスは中へと招き入れられた。
あれは姿形こそベル・クラネルであるが、声色が何か違う。
謁見の間は城の中層にあり、道中には女性を象られた石像が何体も建立されていた、聞くところによると女王卑弥呼の石像らしい。
『ベル様はこちらに』
案内された広間はベルとアイズ以外誰もいなかった、人払いされたのだろう。
アイズ「…ベル!どうして…!?」
ベル『…貴公は誰なのかは存ぜぬが、何やら必死だったのでな、火急の用事であろうと感じてな』
ベルは嵐の防人となってしまい、オラリオの記憶もファミリアの記憶も朧げになっていった、思い出してはふっと消える、そんな記憶である。
アイズ「…私はアイズ、アイズ・ヴァレンシュタイン…」
ベル『アイズ…アイズ氏、申し訳ないが、自分にその様な知り合いは…』
一瞬だけ、一瞬だけだが頭に知らない記憶が流れた、このアイズという女性と言葉を交わし、刃を交わした記憶が。
ベル『…ッグ、なんだ今のは…っ』
その記憶が何なのかは分からない、それに自分の体のうちから何かが追い出されようとしている、知らない景色や人の記憶が見えて来る。
アイズ「…ベル、大丈夫?」
ベル『…すまぬ、少々混乱した、用事とはその事か?であれば申し訳ないが、自分は其方のことを知らぬ』
アイズ「…そっか…」
何故悲しむ?この女性と自分はどのような関係だったのだ?邪馬台国にくる前の記憶はないが…もしかしたら…
ベル『…間違っていたら申し訳ないが、其方は自分と契りを交わした仲なのか?』
アイズ「契り…?」
ベル『先程から反応を伺うに…自分と婚約の契りを交わしたとか』
そんな筈はない、まだベルから何の言葉も聞いていないのだ、好きであるとも、愛しているとも。
なのにそんな軽々しく…前のベルがどうだったか分からないけど、今のベルは確実に私の事は知らない、無性に腹立たしい。
アイズ「…けないで…」
ベル『?』
アイズ「ふざけないで…っ!今まで何も言ってくれ無かったくせに…私の事を忘れた時だけはそんな簡単に…っ!」
よくわからないが、目の前で女性に泣かれてしまった、勝手に自己の認識を確認されて、知らなかったら泣かれて怒鳴られ、意味が分からない、だが何故か胸がズキズキと痛む、この女性を知らないのに、何故かこの女性を泣かせたくなかったかのように。
ベル『…すまぬが覚えなどない、第一に妻でも妾でも無いのであればそんな事を言う筈がなかろう』
アイズ「…っ!」
思い切り頬を打たれた、痛みは感じなかったが、大事な何かが脳裏をよぎる。
ベル『ア、アイズ…?!アイ…なんだ今の記憶は…何だ…』
しかし思い出せない、今のベルに、アイズは断片的に思い出しては消える程度の記憶であった。
左近『ベル、話ハツイタカ?』
ベル『左近様、申し訳ありません、すぐに帰らせます』
アイズ「…いや…」
ベル『女、聞き分けてくれ、其方のような女性に手を掛けるような事はしたくない』
アイズ「ベル…思い出して…」
左近『…』
左近は知っている、この女はベルが好意を寄せている女であり、地上の世界でも懇意にしていたのだろう、この女もまたベルに好意を寄せているのであろう…伝えれば簡単だ、しかしそれは女王卑弥呼を守護する者の務めではない。
『左近様、ベル様、何者かが訪れて参りました』
左近『ウム、ベル、ソノ女ハココニ残シ行クゾ、後デマタ話ヲツケヨ』
ベル『御意、女、また後で話そう』
本当にベルを嵐の防人に任命してよかったのだろうか、この少年には時折シマ将軍よりも強大な力を感じて仕方がない。
『貴様ら!帰れと言っている!』
ティオナ「そこにいるんでしょ?!お〜い!アイズ〜!アルゴノゥトくーん!!」
ヴェルフ「お、おい、そんなに騒いだら刺激しちまうだろうが…」
城の前には、ベルとアイズを救わんとする冒険者が集まっていた、リヴィラの街で聞き込みを行った結果、ベルと一緒にダンジョンに潜った冒険者が居た、一緒に入って19階層に行った後、ここ数日姿を見ていないらしい。
『ダメだ、丸っ切り話にならん』
『今左近様とベル様が参っている、すぐに話は付くだろう』
ティオナ「やっぱり、今アルゴノゥト君の名前が出てた」
レフィーヤ「と言う事は…アイズさんもこの中に…」
遡る事数時間前、ヘスティア・ファミリアの一行はダンジョンの入り口にて作戦会議を行っていた。
リリ「良いですかみなさん、我々が行う事はまずベル様の安全を確認する事です、こちらから手は出さず、相手を尊重する行動を取らなければ、我々はまず助からないでしょう」
神ヘスティアの願いは、まず皆が安全でいる事だった、間違いなく嵐の防人と対峙しても勝てない、まずはベルの安否を確認する事が先決だ。
命「そうですね、彼等もまた武士、此方が卑怯ななり振る舞いをしなければ対峙することは無いと、自分は嶋義貞をみて確信しました」
ヴェルフ「よし、頭が揃ったとこで行くか、春姫、神様の事は頼んだぞ」
春姫「ついて行けず申し訳ありません…足を引っ張ってばっかりで…」
命「春姫殿、そんなことはありません、最悪の場合抑えられる犠牲を少なくせねば…今のヘスティア・ファミリアを護れるのは貴方だけです」
悲壮とも取れる決意は春姫にもしかと響いた、最悪の場合は訪れなければ良いが。
ティオナ「あれ〜?みんな何してるの?」
レフィーヤ「神ヘスティアの…」
計ったかのように、ティオナとレフィーヤが現れた、彼女らは行方をくらましたアイズを捜索しているようだ。
ティオナ「…もしかしたら、アイズがいるところにアルゴノゥト君もいるかもしれないね」
レフィーヤ「…認めたくはありませんが、その可能性はありますね」
ヴェルフ「味方が多ければこっちも心強い、一緒に行くか?」
互いの利害も一致し、まとまって19階層へいく運びとなった、邪馬台国が現れて数週間、ダンジョンの魔物も下層から溢れ出る何かの気配に怯えているのか姿を表さなくなった。
そうして邪馬台国に到着した捜索班の面々は、邪馬台国の異様さを改めて認識した。
レフィーヤ「我々が入った途端にすごい嵐…」
リリ「まるで来られたら困るとでも言いたげですね、あの女王は…」
山頂から吹雪が吹き下ろされる、ここにとられたく無い者達がいる事をあからさまに示していた。
和風の廃墟の街を抜け、城門の前までたどり着いた、嵐の防人達が此方に気が付き、誰何を行った、あの反応からベルは間違いなくこの中にいる。
ティオナ「う〜…やっぱ会わせてくれないか」
リリ「ダメですね…あぁっもう!ベル様のバカ!」
ベル『いきなり罵倒とは、随分と嫌われた物だな』
ヴェルフ「ベル…?」
数日ぶりに姿を現した団長の姿は変わっていた、嵐の防人と同じ格好をし、喋り方も。
『ベル様、あの者達はお知り合いなのですか?』
ベル『知らん、だが訪ねてきた女の事は知っているだろう、おい、女を連れて来い』
『御意』
レフィーヤ「女…まさかアイズさんは中に…」
ベル『お嬢さん、あの女の知り合いであるならば早急に渡す、早く帰してやれ』
レフィーヤ「あなたに言われ無くとも…!」
随分と嫌われている物だ、一体自分は何をしたのだろうか、奥からアイズが連れてこられた。
ティオナ「アイズ!」
ベル『城門を開けよ、アイズよ、申し訳ないが…』
アイズ「…ベル」
やめろ、そんな目で見るな、見つめられるたびに記憶の奥底から何かに呼ばれる声が聞こえてくる、思い出せ、思い出せと。
アイズ「…ベル、嫌なら避けて」
ベル『…っ!?』
いきなり唇と唇が触れた、ベルは何が起こったのか判断が出来ず、目を見開いていた、そして心の奥底からアイズとの記憶が溢れ出てきた。
レフィーヤ「あ、あのヒューマン〜!!」
リリ「ああああ!!ベル様になんてことを〜!!」
『左近様、如何しましょうか』
左近『待テ、ベルノ動向ヲ伺ウ』
ベルは知らない記憶がいきなり溢れ出し混乱していた、下にいる者達との日々も出てきた、しかし知らない者達との記憶は更に混乱を招いた。
ベル『ゔぅっ…!アイズ…さん…?アイズ…誰…いや…』
左近はベルの奥底に眠る未知なる力の働きに見当がついた、その力は無理矢理にでもこの少年を人へ戻し、元のベル・クラネルへ戻そうとベルの中で働いていた、ベルの体から鐘の音が聞こえて来て、ベルが白い光を出し始めた。
左近(コノ力で、防人トシテノ力ガ弾キ出サレル、何ト強イ意志ダ…)
ベル『アイズ…さん…!アイズ…!貴様ら…!みんな…!!』
この少年は嵐の防人として力を得た、しかし女王卑弥呼の力を上回る何かがベルから弾き出そうとしている、もうこの少年は嵐の防人ではなくなるだろう。
左近『…女、此奴ヲ連レ城カラ離レラレヨ』
アイズ「え…?」
左近『此奴ハ最早嵐ノ防人ニ有ラズ、サスレバ唯ノ侵入者トナル、ソシテ貴様モ』
ベルは唯のベル・クラネルに戻りつつあった、それ即ち嵐の防人ではなくなり、人に戻るのだ、ベルは城にはもう居られない。
アイズ「…わかった…!」
混乱するベルを抱え、アイスは城門から飛び降り下にいる仲間達と合流した。
リリ「ベル様…まさか英雄願望が…」
ヴェルフ「そんな事よりさっさと逃げるぞ!!」
城から離れた瞬間、先程以上に強い風が吹き荒んだ、橋は吹き飛び木造の家屋はバラバラに飛び散った。ベルが嵐の防人の力を手放した事により、女王卑弥呼の怒りを買ったのだ。
ティオナ「これじゃ先に進めない…!」
レフィーヤ「一旦あそこの建物に…!!」
一寸先も見えないくらいの突風に足を止められた、一行が入ったのはオラリオでは見かけない石造りの建物で、錆びた昇降用の為の機械があった。
鉄扉を閉じて、嵐が吹き込まないようにした。